※この作品はR-18です。

続・続・月下香の檻 セックスバトルロワイヤル   作:シン之助

12 / 18
秋月暁年は、調教師・三好満司によって凌辱され、牝豚マゾ奴隷に変えられた妻・諾子をとりもどすため、満司に命がけのセックスバトルを挑む事になった。しかし、セックスバトルは秋月家全員の抹殺をもくろむAJK団の巧妙な罠だった。暁年の一人息子・暁人や探偵・鈴木一之介たちの起死回生をかけた作戦が功を奏し、暁年は謎の修行僧・プールナーナンダに教えられたチャクラを使って諾子の奪還を成功させる。しかし、意識失った暁年と唯子は中々目覚めることはなかった・・・。
 悠人と一之介が見出した解決策は・・・。


第47話 母の別の顔

---------登場人物---------

秋月 暁人:主人公

秋月 唯子:暁人の母

唯魔子:唯子の別人格(ダークサイド)

秋月 暁年:暁人の父(M商事・開発部・課長←オリジナル設定)

三好 満司:調教師・主人公の遠縁(暁年の母方の従祖母の孫娘の夫)

三好 聖満:満司の子

三好 良枝:満司の元妻

藤原 綾乃:暁人の恋人(オリジナルキャラ)

鈴木一之介:鈴木貫太郎探偵事務所・所長・探偵 (オリジナルキャラ)

及川:鈴木貫太郎探偵事務所・探偵、一之介の部下 (オリジナルキャラ)

パタンジャリ・プールナーナンダ:ヨーガ修行僧 (オリジナルキャラ)

葛城浩夢:ピアニスト(オリジナルキャラ)

-----------------------------

 秘密SMショーにおける多数の観客の意識喪失・・・本来ならAJK団の陰謀が白日の下に晒される大事件になるはずだった。大混乱の会場には遅ればせながら現れた警察によってやっと捜査の手が入ったかにみえた。多くの観客や従業員は暁人達が目覚めた直ぐ後で意識を取り戻し、逃げるようにその場を後にしようとしたところで警察に取り押さえられていた。意識を取り戻さなかった観客は付近の病院に運ばれ、後ほど事情聴取を受けることになった。

 だが、観客に多くの政府高官が混じっていたことが判明し始めると、警察の態度は一変し始めた。警察上層部から現場刑事に驚愕の命令が伝えられる。

 

【事件性は一切なし】

 

 彼らはこの夜に起こったことを含めて、「ソン・ヨンウ心療内科」に受診した以降の記憶を全て飛ばしていた。もっと端的にいえばその時以来の洗脳が完全に解かれていた。そのため、彼らの悪事の記憶も無くなっていた。政府高官が多かったこともあって、彼らの犯罪行為は全て不問に付され、AJK団の悪事も闇に葬られてしまった。マスコミ各社も口をつぐんでタフロイド誌やゴシップ誌ですら報道される事はなかった。不幸中の幸いはチーム「MRO」の面々も、何の事情聴取も嫌疑も受けぬまま、不問に付され、SMクラブにおける記録は全て抹消されたことだ。

 

(結局、AJK団の陰謀を阻止したものの白日の下に晒すことは出来なかった・・・)

 

 一之介は悔しい思いで唇を噛んでいたが、この件によって、鈴木貫太郎探偵事務所の仕事はその後かなりやりやすくなった。当局に対する「借り」は絶大なものだったので、多くの被害者救済に役に立つことになった。数週間が経過した後の調査で、更に驚愕の事実が判明する。唯子や暁年、暁人や綾乃に至るまでチーム「MRO」の問題になるような情報が、どのサイトでもすべて削除されていたことだ。

 

「地球上のインターネット網など、一人の人間の神経回路に比べればはるかに稚拙じゃわい。ましてや波動エネルギーの宇宙空間における関与を解析する複雑さに比べればの・・・」

「勝手にネット上のデータを削除すると、違法行為になりますよ?」

「さて何のことだか?・・・わしは一般論を言ったまでじゃ・・・」

 

 プールナーナンダ博士はそう言って惚けていたが、彼ならコンピュータなど使わなくても、いくらでもハッキング行為を・・・波動エネルギーの流れを調整し、あるべき姿に戻す・・・ことなど朝飯前なのだろう。

すべての電子機器を焼き切られ、電源系を破壊しつくされた「J-POP」は、違法行為が露呈したこともあってすぐに閉店に追い込まれていた。もちろん、唯子が違約金を支払う必要もなくなっていた。職場を失ったマスターやMCを務めた星山真由と鬼童和虎に関しては、その後どうなったか杳として分からなかった。ただ、星山真由は癖がなくなって、業界を去ったらしい。

 金井由美・真美姉妹は、一之介の予想通り巫女として正しい方向に霊力が使えるようになっていた。満司に犯された直後からなくなった記憶と、数年分の時間を取り戻すように、退魔巫女として活躍しているとの事だった。

 結局、これだけ大騒ぎになったものの、病院に運ばれた観客は半日後には目を覚まし、事情聴取も何もないままに、退院を許されていった。

 

「お前達ももう帰って良いぞ」

 

 威張りくさった刑事が暁人たちにそう言ったのは、事件が発生して数時間後、プールナーナンダが目覚める前の事だった。

 

「証拠保全は良いんですか?その踏む潰されたペニスとか血痕まで無視するんですか?」

 

 正義感の強い暁人は棘のある視線を刑事に向けながら訴える。

 

「SMクラブなら日常茶飯事なんだろ?こんな事は・・・それとも警察に行って前科付けてもらいたいのか?」

 

 暁人と刑事がにらみ合っている間に一之介が割って入る。

 

「まあまあ・・・刑事さん・・・ここはひとつ穏便に」

 

 そう言って「あのどす黒い短剣だけも押収しようか・・・」と迷っていた刑事を急き立てて、ステージ上から追い出してしまう。確かにステージ上には凍り付いたように動かない座禅をしている老人、全裸で手をつないでステージ上で昏々と眠り続ける男女・・・その周りに飛び散った血痕に、踏みつぶされた性器・・・、漆黒の短剣・・・、重大事件が発生したことは明らかだった。だが、暁人や一之介ら鈴木貫太郎探偵事務所の必死の訴えにもかかわらず、現場に来た警察官は、刑事をはじめほとんどの者が何事もなかったように踵を返して引き上げていく。

 

「何で刑事たちを黙って引き上げさせてしまうんですか?」

 

 暁人が一之介のそっけない対応に食って掛かるように問い詰める。

 

「警察を呼んだのは誰だと思う?」

「えっ?」

 

 虚をつかれた暁人が言葉を濁していると、一之介が暁人に向かってウィンクをする。

 

「まさか・・・一之介さんが・・・」

「毒を以て毒を制する・・・君たちに関するセクストーションを抑えるにはこれしかなかった」

 

 暁人が、自分の事はどうでもいいと言わんばかりに言い返す。

 

「そんな・・・それではAJK団の悪事や陰謀も・・・」

「どうせ捜査を始めたところで「上級市民」だらけのSMクラブが捜査される訳がない。それよりは手っ取り早く国家権力を借りて、セクストーションの拡散前に全部葬り去るほうが作戦的には有効だ」

 

 一之介の見識や見通しの広さに敬服しつつ、暁人が悲しげな表情を浮かべる。

 

「うやむやになることをあえて承知で僕たちの事を救ってくれたんですか?でも・・・それじゃあ、一之介さんが命懸けで追ってきたものが台無しじゃないですか」

「なに・・・依頼者の利益が優先だ。そこが警察と違うところだ。言っただろ?本当に被害者に寄り添えるのは探偵の方だけだって」

 

 暁人は改めて一之介を見返す。一之介が本当にかっこよく見えていた。一之介がその視線に照れながら、ステージ上に転がっている一本の短剣に視線を移す。

 

「それに・・・こいつに触れらたり、押収されると厄介だからな」

 

 そう言って、漆黒の短剣を忌々し気に見つめる。だが決して触れようとはしない。暁人も、先ほどまであれほど強力な邪気を放っていた短剣から、全く何も感じられなくなった事に驚きながらも、やはり触れることは躊躇われていた。

 

「この短剣に関しては、調査段階から随分と怖い噂を聞いていた。うっかり触ってはいけないものだ。警察に押収されたくはないが、かといってこのまま手をこまねいている訳にもいかねえ・・・」

 

 そう言って引き揚げ始めた警察チームを伺う様に横目で見る。

 

「しばらくはこのまま放置しておこう・・・決してみんな手を触れないように」

 

---------------

 数十人規模で現れた警察官が引き揚げた後、SMクラブ「J-POP」に残っていたのは、店を事実上潰された支配人と、チーム「MRO」のメンバーだけだった。

 

「いつかはこうなると思っていたんだ。調教師がレイプや脅迫まがいの行為をしているのは分かっていたから・・・もともとは素人同士の健全なクラブを目指していたんだが・・・金田興産と資本提携したころからおかしくなって・・・クラブも俺もおかしくなっていった。気づけば信じられないことを平気でやっていた・・・」

 

 人のよさそうな顔の支配人は、洗脳を脱して、いつの間にか本当に人のいいおじさんに戻ったようだった。もしかすると元々はそうだったのかもしれない。今は憑き物が下りた様なさっぱりした顔になりながら、悲しそうにホールを見渡す。

 

「あんた達がまだここに居たいんならどうぞ。こっちはもうどうでもいいよ。おれはもうヘトヘトだ。今日は帰って明日から店をたたむ準備だ・・・来月には別の店になっているさ・・・」

 

 その顔は感慨深げであったが、彼なりの夢が破れたのだろう、項垂(うなだ)れる様に首を振りながらその場を後にしていた。

 

 ステージ上には昏々と眠る暁年と唯子、「ヨーガの眠り」についたプールナーナンダが並んでいた。その三人を取り囲む様にチーム「MRO」の面々・・・暁人と綾乃、三好良枝と聖満、満司がぐるりと囲む様に車座に座っていた。警察を送り出した一之介が、その一行にそっと近づくのを暁人が沈んだ表情で迎える。

 

「一之介さんが言う様に漆黒の短剣は触れたり動かさない方が良い様な気がします。あともう少しでプールナーナンダ師匠が目を覚まします。その時に色々と聞けます。僕は父や母もなんだか動かしたくなくて・・・。それまでここで父や母を見守っていたくて・・・。そう言ったらこの場にみんなで居ようってことになって・・・チーム「MRO」の面々にここに居てもらっています。一之介さんは警察との交渉や、事後処理で大変でしょうから、プールナーナンダ師匠の目覚めに付き合ってもらわなくても大丈夫ですよ」

「プールナーナンダ博士はそんなに心配していないんだが・・・お父さんやお母さんは・・・」

 

 一之介の言葉が途中で途絶える。父親と母親がなかなか目を覚まさないことに暁人が焦燥を感じていることは傍目にも明らかだった。

 

「分かった。俺もここに居よう」

 

 そう言って、ステージ上に上がると車座の輪に加わる。あまりにも様々な出来事が立て続けに起こった一日を反芻するように、だれも言葉を発しない。

 

「皆さんがリラックスできるように・・・」

 

 ステージ横に備え付けられていたグランドピアノを見つけた綾乃は、イージーリスニングでよく演奏される軽快な音楽を即興で奏で始めた。

 

「俺たちにじゃなくて暁人のためだろ・・・」

 

 聖満が不満そうな声を上げるが、やがてプロ顔負けの演奏に、チーム「MRO」の面々も思わず聞きほれる。

 

(この音楽で唯ママが目を覚ましてくれればいいのに・・・)

 

 綾乃は一心にピアノを弾き続けた。何曲か弾き終わり、「フゥーッ」とため息を漏らした綾乃に、チームの心からの拍手が送られる。

 

「綾乃は何でピアニストを目指すようになったの?」

 

 暁人は不思議そうに綾乃を見つめた。

 

「えっ?暁人は知らなかったの?唯ママはピアニスト志望だったのよ。私は唯ママの影響でピアニストに憧れたの・・・やだ・・聞いてないんだ・・・でも何だかわかるわ。聞かせたくなかったのかも」

「全然知らなかった・・・父さんは知っていたのかな?」

 

 そう言って、昏々と眠り続ける二人を悲しげに見つめる。

 

「母さんの事・・・教えてくれないかな?」

 

 そう言って綾乃の顔を見つめる。

 

「口止めされた訳ではないけど、大人になってからって・・・暁人はもう大人かな?」

 

 そう言って、返事を求めるように唯子を見てしまう。

 

「二人はお見合い結婚だって聞いてるけど・・・母さんの実家はかなりの金持ちで、父さんは分家の次男坊の息子だから、あんまり財産も持っていない貧乏人の小倅(こせがれ)だ。お見合いにしては釣り合わないんだよな~」

 

 そう言いながらチラチラと綾乃の方を横目で伺う。

 

「良いわ・・・唯ママから聞いたこと、教えてあげる。ううん・・・ここにいるみんなにも聞いて欲しい」

 

 綾乃は根負けしたようにそう言って、車座に座る面々に向き直っていた。

 

「レッスンで行き詰ってどうしようもなくなった時、唯ママにどうしたら良いか聞いたの。まだ中学3年生。暁人がSSHに行く前よ。そうしたら、思わぬ具体的な方法をいくつも教えてくれたの」

「苦手なパートだけを弾くな・・・とか、指の訓練の方法とか・・・それで唯ママが相当の訓練を受けてきたことを直感したの。それで思い切って聞いたの。何でピアニストを目指していたことを教えてくれなかったのか?そうしたらあっさり教えてくれたの・・・私だけに・・・なんだか嬉しかったわ」

 

「僕には何も教えてくれなかったな・・・僕は男の子だからかな?」

「そうかもしれない・・・でもきっと違うわ」

 

「どう言う事?」

「その時・・・唯ママはこう言ったの・・・自分はピアニストの葛城浩夢に10年以上も師事して、彼に多大な影響を受けたと・・・」

 

「葛城浩夢?」

「知らないの?かなり有名な人よ・・・唯ママはその葛城浩夢から10年間教えを受けていたのよ。そのまま続けていたら、きっと有名なピアニストになれたかもしれないわ」

 

「その葛城浩夢って・・・なんで死んだの?」

「交通事故だったらしいけど・・・自殺かもしれないって・・噂だわ」

「・・・・・・」

 

「もしかして・・・母さん・・・その葛城浩夢ってピアニストに・・・」

「そう・・・当たり。ぞっこんだったみたい。唯ママはこう言っていたわ・・・」

 

 そして、綾乃は唯子から聞いた暁年との馴れ初めを語り始めた。それは暁人にとって意外な母親の一面だった。

 

-----------------

 綾乃のレッスンの相談に乗っていた唯子は、遠くを見るような眼でその時の様子をとうとうと語り出していた。

 

『そうね・・・私の夢はピアニストになる事だったの。そう・・・綾ちゃん、あなたと一緒。違うのは、私の夢は19歳の晩夏に断たれたって事・・・。私の心からのピアノの師匠・・葛城浩夢がこの世を去った時に、私はピアノが弾けなくなったの。20年前の9月14日・・・忘れもしないわ』

「葛城浩夢って・・・ショパコン(ショパン国際ピアノコンクール)で優勝したあの・・・幻の名ピアニストですか?」

 

『そう・・・私は彼に片思いしていたの・・・でもその時の私は彼が死ぬまで、彼にどれだけ教えを請い、どれだけ影響を受け、どれだけ傾倒していたか分かっていなかった。彼が自らの命を絶った時から、私は私のピアノが弾けなくなったの。傷心の私は、音大を去り、生きる希望も無くして実家の家事を手伝いながらアルバイトをして無為の生活を送っていたわ。そんな時にお父さんとのお見合いの話が来たの。傷心の私を気遣って、親戚の叔母さまからのお話で。父や母はあまり乗る気がしなかったようだけど・・・。私は大河の川の流れのように、ゆったりとした生き方を選んでいる暁年さんにお会いして、心の底から癒され、安寧を見出したの。今まで会ったどんな男性とも違うタイプの暁年さんとの出会いはとても新鮮だったわ。でも、結婚する気はなかった・・・。私は燃えるような恋にあこがれていたから・・・ちょうどあなた達の様な素敵な恋をしたかったから・・・」

「やだ・・・唯ママったら」

 

「でも、お付き合いをしている間に分かってきたの。彼はゆったりした生き方なんてしていない事を。彼は人一倍「強い愛」を持っていたの。あなた方も聞いているわね。「強い愛」・・・暁年さんはそれが深くて大きいの。そう・・・まるで大河のように。でも、それがあまりにも大きくて深いから、彼をよく知らない人はその事に気がつかない。大河の流れがゆったりしていて、止まっているように見えるように。だから彼の途方もない優しさや、途方もない器の大きさを、知りようもないし、気が付きもしない。彼が大きすぎるから」

 

「私がその事に気づいたのも随分と後だったわ。あなたももう聞いているでしょ?プールナーナンダ博士を暁年さんが救った時の事。私も最初は腹が立ったわ。見ず知らずの老人のために、車から降ろされて雨の中を待たされたのだから。信じられなかったわ。無性に腹が立って、だからお父様が病院から戻ってきたときに、さんざん文句を言ってやろうと思っていたの。でも出来なかったわ。暁年さんは私に迎えに来るときに泣いていたから。ボロボロと涙を流して、まるで自分が待たされていたみたいに。そして強く抱きしめてくれたの。とても暖かったわ。とても暖かくて、頼もしかったの。私は、葛城浩夢を亡くしたときに失ったものをこの時はじめて取り返していたの。ここよ・・・自分・・・」

 

「そう言って唯ママは自分の胸・・・魂の在り処を抑えたの。そうここよ」

 

 綾乃はそう言って真っ赤なバニーガールの衣装の胸の谷間を指さした。

 

「『おかえりなさい』不安そうに涙を浮かべている暁年さんの顔を見て私、思わずそう言っていたの。暁年さんは私とともに暁年さん自身を此処に置いていったと知ったから。私以上に私の事を思っている事を、その時はじめて知ったから。それまでの私は私の事ばかり考えていて、私以外の事に思いを馳せることができなかった。本当は他人に関心も、興味も持ち得なかった。一人勝手な恋に陥り、平気でピアノを断念してしまったの。だから、私は暁年さんと出会って初めて自分を知ったの。自分のありようや世間とのかかわりの中で初めて私は私になりえたの。分かるかしら?浩夢さんの事を本当に考えたことなんてなかった。自分がどう思われているかばかり考え、愛されることばかり考えていた。愛は互いに育み、育てていかなければいけない事を分かっていなかった。そう・・・だから私は本当に浩夢さんのことを愛していなかったと、今に思えばわかるわ」

 

「ずぶ濡れになりながら暁年さんに強く抱きしめられて、その時はじめてわかったの。人生の伴侶になるのは暁年さんだって。それは葛城への思いなどとはレベルが違ったの。私が自分を取り戻し、私の人生を生きていく覚悟が出来たのはその時だったの。暁年さんとともに自分を生きていこうと」

 

「でも私の心のどこかに、恋に焦がれる情欲の炎が時々くすぶるの・・・。そう、暁年さんでは満たされない、恋に憧れる乙女の感覚・・・きっと綾ちゃんには分かるわね。人の命すら奪いかねない急峻なる峰に流れる血の奔流に、身を任せて押し流されてみたいと時々思うことが時々あったの。利己的で、自分勝手で、幼い愛・・・でも根源的で逆らい難い愛・・・。だからあなたが羨ましいわ・・・。恋を愛として昇華しようとしているのだから。私の忘れてきたものをあなたはしっかりとつかんでいるのだから。暁人との恋・・・成就できると良いわね」

 

 きっと私が不安そうな顔をしたからだろう、唯ママは遠くを見つめるような眼からいつもの慈愛に満ちた優しい目に戻っていた。

 

「でも安心して。年と共にそんな気持ちは無くなっていったの。暁年を生んだ途端に忘れてしまったわ。自分が新たな生命を育んでいくことに、私は夢中になったから。今の話、暁人にはまだしないでね・・・彼が大人になってから」

 

---------------------

 そう言って、綾乃はチームの面々を見回すように眺めていた。暁人は何も言うことが出来なかった。母にそんな一面があることに、少なからずショックを受けていた。

 

「きっと今が話さなければいけない時だと思うの。その時、唯ママは私を強く抱きしめてくれたの。だから・・・満司さんとの事、私・・・分るの」

 

 そう言って、満司の方に向き直る。胸に手を当てながら・・・。

 

「唯ママはあなたに淫らに変えられたんじゃない。焦がれるような恋に憧れた乙女の感覚を、あなたの愛情の上に乗っかって味わいたかったからだと思うの。刹那的な愛に溺れてみたかったの。暁パパに背伸びした分を今取り戻したの・・・」

 

 満司に向き直って居た綾乃が、正直な感想をまさに直球で投げつける。

 

「俺すらも代用品だったのか・・・」

 

 満司がもじもじと居心地悪げに身体を揺さぶりながら、唯子を見つめる。良枝がその視線をたどってうんうんと頷く。

 

「あら誰にもあることだと思うわ。青春の一コマよ」

 

 暁人はその言葉を聞いて、少し違和感を感じる。

 

「でも母さんはこの男によってセックス依存にさせられ、マゾの快感を植え付けられ、家族すら顧みない状態に陥っていった。どんなに深刻な結果を招くか、どんなに身勝手で無責任なのか十分知っていながら・・・。そして、一度落ちてしまえば、いつかは冷め、冷静になっても帰る場所がなくなっていることが分かっていながら・・・」

 

 満司が若い暁人をせせら笑う。

 

「一度果てのない牝の燃焼を覚えちまった女はもう元には戻れねえ・・・」

 

 そう言った満司の頭を良枝が軽く小突く。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ。そんなのは男の幻想だよ・・・そんな単純なもんじゃない。壮年期になってそんなこと言ってるのは男の方だけだよ」

 

 そんな二人を聖満がニヤニヤしながら見つめている。

 

 一同を見渡しながら、探偵として人間を見つめてきた一之介が、論理を好む暁人に配慮しながら、唯子の心理を解説し始める。

 

「その話を聞くと・・唯子さんは暁年さんによって発達過程の初期成年期から壮年期への移行における心理社会的危機を見事に脱し、健全な人間的成長を遂げたと考えるべきだ」

 

 その言葉を聞いて暁人が文句を言おうと口を開きかけたのを、一之介が制する。

 

「だが、満司・・・あんたによって・・・それを歪められた。なぜだ?暁人?これが分からないと、お前は前に進めない?そうだろ?母さんは色情狂なのか?無責任なビッチ妻なのか?この男が強力なサイコパスだったからか?」

 

 そう言って一同を見渡す。推理小説の最後のページ・・・名探偵の謎解きが始まる。

 

「エリク・H・エリクソンが提唱した発達過程では親密性(相手に自分を預けても自分を失わない関係)を育むには、青年期にアイデンティティを確立できたかどうかにかかっていると主張している。唯子さんが満司におぼれたのは・・・その葛城さんとの恋愛とピアニストとしての自己のアイデンティティが、同時に崩壊したことに遠因がある。そう綾乃ちゃんがさっき言った通りだ。「焦がれるような恋に憧れた乙女の感覚を味わいたかった」そして・・・・」

 

 一之介は名探偵宜しく間を開ける。古今東西、名探偵が行う謎ときの一瞬・・・。

 

「答えは簡単だ「ピアニストとして成功したかった」からだ。唯子さんの自己達成欲求のなせる業・・・。それが深層心理の中に紛れ込み、唯子さんを邪恋に駆り立てた。悲劇はもう20年も前に起きていたんだ」

 

 複雑な表情で聞いていた暁人は、眠り続ける暁年と唯子を見ながら、ポツリと言った。

 

「きっと父さんは知っていたんだと思う。そんな恋焦がれる母さんすらも、父さんは愛することが出来る。待つことが出来る。そして、恋焦がられる対象になるように常に努力をし続ける。でなければこんな馬鹿げた事はしない」

 

 暁人はセックスバトルが繰り広げられたステージを見返す。まさに命がけのセックス。暁年と唯子はまさにそれをやってのけたのだ。

 

「それが暁パパの言う「強い愛」なのね」

「母さんは恋焦がれるような恋を味わうことが出来たのかな?」

 

 昏々と眠り続ける二人をチーム「MRO」はまぶし気に見つめ続けた。

 

 その時・・・

「うーむむっ」

 

 数時間ぶりに「ヨーガの眠り」から目覚めたプールナーナンダが大きく伸びをすると、周りの様子を眺め始めた。

 

「フム・・・」

 

 そう言って、横たわる暁年と唯子を見つめる。そして説明を求めるように暁人に振り返った。その問うような視線を受け、暁人は父と母がまばゆい光に包まれて人々が意識を失い始めた後に起こったことを、全て話していった。

 

「フム・・・」

 

 プールナーナンダは暁人の話す言葉を悄然としながら黙って聞いていた。

 

「あの魔女にしてやられたかの・・・だが、どうやらあの魔女も大きな間違いをしたらしいの」

 

 そういって踏みつぶされた満司のペニスを見つめる。

 

「御主・・・良くそこまでの覚悟ができたな?」

 

 そう言って満司を見つめる。

 

「好きでやった訳じゃねえ。そいつに切り落とされなかったら、出来なかったぜ」

「フム・・・」

 

「師匠・・・父と母はどうなってしまったんですか?このまま目を覚ますことが無いなんてことは・・・」

「いや・・・そんな事はない。」

 

 その言葉を聞いて暁人はホッと胸をなでおろす。だが、プールナーナンダの次の言葉を聞いて、その場にいた全員が凍り付いてしまう。

 

「このままでは二人とも死んでしまうじゃろう」

「なっ・・・何ですって?!」

 

「漆黒の短剣から二人を離した途端に、二人は間違いなく死んでしまう」

「ど・・どういうことですか?」

 

「普通は魂をすべて失った身体は長く持たん。生命が生きて行くには何らかの情熱や思いが必要だからじゃ。それは人間でもアメーバのような下等生命でも同じじゃ。暁年と唯子の抜け殻はその短剣から滲み出ている二人の魂の情熱だけでかろうじて生き延びておるだけじゃ。短剣から離した途端に衰弱して死んでしまうじゃろう」

「いったい父と母はどうなってしまったんですか?何で寝たままになって・・・」

 

「人間の魂は情熱や思いからできておる・・・バレリーナのバレエへの情熱、宗教者の神への信仰、調教師の邪な歪み切った情欲さえも・・・そう言った情熱や思いの集合体が魂じゃ。この短剣はその者の情熱や思いが命よりも大事な場合、命の代わりにそれを奪う。大事な情熱や思いが宿る魂の一部を切り取って、それだけを吸収する。魂を切り刻んで無くしてしまうのではない。だが、魂自体が美しいものは?魂自体に魅力がある者は?二人はまさにそうじゃった。暁年は余程、唯子殿を失った悲しみが強かったのだろう。何も残さずに見事に全てを短剣に奪い取られたようじゃ。唯子殿はあの魔女の姦計によって根こそぎ魂を奪われたのは御主がさっき言った通りじゃ」

「でも父はあえて自分を刺したような感じがしたんです・・・「私にはわかる・・・どうすれば良いのか・・・暁人・・・すまない・・・時間がない」・・・そう言って自分を刺したんです・・・もしかすると父は自殺したんじゃなくて・・・母を救いに行ったんじゃないんですか?」

 

 暁人の必死の訴えに、プールナーナンダの顔が苦渋にゆがむ。 

 

「わしもそう考えておる。だが、まだ誰もやっておらん・・・。「漆黒の短剣」は波動エネルギーにおけるマイクロブラックホールじゃ。御主(おぬし)たちの知っている質量と空間におけるブラックホールではない。波動エネルギーにおける特異点・・・人の魂を吸い寄せ、凝縮しながら、虚無に取り込んでしまう特異点じゃ」

「それでは父や母の魂はもう無くなってしまったんですか・・・」

 

「無くなることはない。御主(おぬし)たちの知っているブラックホールとて質量自体を失わせるわけではない。体積ゼロ、質量無限大となった特異点に無限に落ちていくだけじゃ。暁年と唯子殿の魂は確かにこの短剣の中にある。だが、その特異点にとらわれ急速に落ちつつある。ブラックホールに吸い込まれ脱出できないでいる宇宙船と同じ状態じゃ」

「それでは父と母の魂はまだ・・・」

 

「うむ・・時間との闘いじゃ。このまま落ちていけば、素粒子レベルを維持できなくなった物質と同じ。二人の魂は虚無に帰るのみ。幸福の絶頂か絶対的な絶望を味わいながら果てのない時の向こうで虚無に帰っていく」

 

「それで父さんは「時間がない」と言ったんだ・・・でも・・・だったら父と母は救えるのですね?」

「あまりにも無謀な賭けじゃ・・・この短剣に捕らえられた魂はその情熱を凝縮していく。臨界点まで高まって幸福の絶頂か絶対的な絶望を味わいながら虚無に帰っていく。幸福の絶頂を味わっている者に、そこから抜け出そうと思う者が居ると思うか?絶対的な絶望に陥っている者が、さらに生き続けようと希望を持つ者が居ると思うか?」

「・・・・・・・・・」

 

「時間が経てば経つほど幸福も絶望も密度が濃くなり、虚無に近くなり抜け出せなくなる。暁年はそれに気が付き、救いに行ったのじゃ。唯子殿の魂の光跡を追いながら見つけ出し、魂を丸ごと掬い上げようとしておる」

「そんな・・・そんな事が本当にできるのですか?」

 

「確率はゼロじゃ。まだ誰も成功しておらんからな・・・。普通ならその短剣に触る事すら恐れる・・・あの賢姫とかいう小娘とてそうじゃからな。だが、暁年は死ぬ気で唯子殿の魂を救いに行ったのじゃ」

「それじゃ犬死じゃないですか・・・父まで死ぬことになるなんて・・・」

 

 縋るような暁人の視線に、プールナーナンダも同意せざるを得ない。

 

「悲しむでない暁人よ・・・確率はゼロでも可能性がないわけではない。唯一の希望があるとすれば暁年が意識してこの短剣に呑まれたと言う事だ。暁年は唯子を奪還するつもりでいたのなら可能性がある。この短剣の最も嫌うところ・・・「希望」と共に暁年がこの短剣に呑まれておるなら、この短剣と戦える。そしてその勝利は、とりもなおさず御主(おぬし)達と、何より唯子殿の暁年への「思い」がどれだけ強いかによる・・・」

 

その言葉を聞いて、チーム「MRO」のメンバーの顔が輝き始める。

 

「可能性があるなら、確率が0でも暁パパは絶対に勝つ」

「そう・・・私もそう思うわ・・・暁年さんならきっと帰ってくる。そういう人よ!」

「俺は何度も煮え湯を飲まされてきた。暁年なら・・・何とかしてしまうかもしれねえ」

「分んないけど・・・唯子とまた会ってみたい」

「暁年さんだったら何とかしそうだ」

 

 チームの全員から口々に希望が語られる。

 

「・・・・みんな・・・・」

 

 暁人は全員から微かな波動を感じ始める。希望に溢れた清々しい波動を・・・。

 

「宜しい。さすれば、皆で手をつないで二人の周りに車座に座るのじゃ」

 

 そう言って全員の手を輪になってつなぐように指示する。

 

「ナーちゃん・・・私はピアノで唯ママに語り掛けたいの?だめかな・・・」

「よかろう。其方のピアノからは凄まじい気を感じることがある。さすれば一心に暁年と唯子を思うのじゃ・・・御主達一人一人の中に残っている二人の魂を・・・」

 

「それって・・・さっき師匠と父さんが母さんの魂を辿(たど)ったのと・・・」

「左様・・・既に暁年が唯子殿に対して行った事と同じじゃ。この短剣の中にいる暁年と唯子殿の魂を呼び寄せ、集め、纏めて、マルっと元に戻すのじゃ!」

 

 綾乃が即興のピアノ曲を奏で始めると、プールナーナンダを中心にして残りのメンバーが手をつないで輪になって暁年と唯子を取り囲む。プールナーナンダの波動が全員に伝わり始める。そして綾乃のピアノの音が、心地よくその波動と調和(ハーモニー)し始める。

 

「良いか・・・気を集中するのじゃ!」

 

 そして全員が暗闇の中に吸い込まれていった。

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