食堂は良くも悪くも雑多な喧騒に満ちていた。
若く瑞々しい活気。
いくつかのグループに分かれて、取り留めのない話に花を咲かせている。
ここガルグ=マク大修道院に併設された士官学校の生徒たちは、昨日より今日今日より明日の育ち盛りの伸び盛りで食べ盛りだ。
とはいえ、
「オデぇ、おかわりしてくる」
「え? もう? まるで魔法ですね」
流石にハンネマンの隣りの席から聞こえてくるような、聞いてるだけでお腹いっぱいになるような食べっぷりの生徒は少数派だったが……。
なるべく視界に入れないようにしながら、紋章には負けるが好物の激辛魚団子を口に運ぶ。
噛み締めるようにゆっくり咀嚼した。
が。
味がせん……。
忙しい料理長に無理なお願いをしてハンネマンの魚団子は、他のものよりかなりスパイスを利かせてもらってるが無味。
ハァ~。
ため息を吐きつつハンネマンはスプーンを置いた。
片眼鏡のレンズ越しにチラッと、離れた席に座る教え子を観察する。
リシテアがリクエストしたのは桃のシャーベットのようだった。
ハンネマンも大好きなメニューである。
ただハンネマンは辛い物も甘い物もイケるクチだが、リシテアの偏食ぶりは徹底していて嫌いなメニューの方が圧倒的に多い。
肉や魚もダメだが野菜もダメだ。
健康面や栄養面から必要なことは理解しており、我慢して残さず食べてるみたいだが表情は露骨に曇る。
今日はニコニコでスプーンが止まらない。
小さなクチに果肉を運んでる。
この食堂にいる誰にも、きっと想像すらできないだろう。
……魔道の天才少女がその小さなおクチで昨日、紋章学の父の老いてますますお盛んな牡勃起を咥えていたなど。
唇で。
舌で。
教えを請いながら舐めしゃぶり、熱を篭めてしごいてたなど夢にも思うまい。
少女の口内の狭さも、少女の粘膜の温かさも、自分しか知らないのだ。
控えめなふくらみの繊細な柔らかさも、デリケートで敏感な乳首の硬さも、その儚い初々しさは自分だけが知っている。
ぐぐぐッ……。
ハンネマンは賑わう昼の食堂で独り、密かに頭を抱えそうな自己嫌悪に陥っていた。
心身ともに多感な時期の生徒であれば仕方ない。
よくある。
むしろ正常だ。
しかしそれが齢51で教壇に立つ、堅物で通る初老の男であるならどうだろう?
社会的なステータスがあればあるほどだ。
普段から生徒をそういう目で見てるんだというヤバさしかない。
情けない気持ちで、ハンネマンの胸はイッパイだった。
ハァ~。
けれど上半身と下半身は別人格。
どれだけ上半身が貴族であり学者であり紳士であろうとしたところで、下半身は闇に蠢き牡の欲望に従うだけのケダモノでしかない。
油断すると理性の拘束からあっさり逃げてしまう。
天然のハニートラップにハマってしまったハンネマンには、捕縛することは極めて不可能に近いモノになっていた。
若さと欲望というのは密接に結ばれており、欲望が枯れたときこそが若さを失うときである。
これまでのハンネマンは紋章の謎を解き明かすという一点に、その欲望のパワーとベクトルの全てが振り分けられていたので、年甲斐もない顕著な身体的反応が起こることはなかった。
こうしてただ眺めてるだけでうなだれていた牡器官に、若々しい劣情まじりの血液が流れ込み急速に体積を増してゆく。
と。
リシテアと目が合った。
そしてすぐさまスッと目を逸らされた。
「むっ!?」
そうした反応にハンネマンは意外な衝撃を受ける。
胸に痛みを覚えた自分に驚いた。
それは間違いなく経験のある懐かしいモノではあったが、51年という人生で培った常識という固定観念が答えを遠ざける。
耳まで赤くしているリシテアを見ているだけで、心拍の鼓動が速くなるのが何故かわからずじまいだった。
とりあえず完全に勃ってしまう前に、急いで残りの団子を口にして席を立つ。
やっぱり何の味もしない。
不安。
今日も午後からリシテアは研究室を訪ねてくれることになってるが、渡り廊下を歩くハンネマンの悶々とした気持ちはずっと消えなかった。
部屋に着いてもまったく治まる気配がない。
紋章学の貴重な古書をパラパラしてたが、
コンコンッ。
控えめなノックにハンネマンは弾かれたように顔を上げ、軽く咳払いして居住まいを正すと平静を装って入室を許可した。
「失礼します……」
静かに扉を開けると左右をキョロキョロして、リシテアは音もなくするりと素早く部屋に入ってくる。
見られてはいけないという共通認識を、教え子と共有できてるのをハンネマンは理解した。
淫靡な空気が部屋中に拡散されて、背徳感を否が応でも刺激する。
しかしこれもふたりは共通認識で気づかないふりをすると、
「では、早速だが始めるとしよう」
「は、はいっ」
ハンネマンのちょっと裏返りそうな声を皮切りに、リシテアがあきらかにキョドった声で続くと、紋章の謎を解き明かす恥の実験が開始された。
素人には用途がよくわからない魔道の専門器具。
先日検体から採取された体液の途中経過を確認するため、試験管からプレパラートに垂らすと顕微鏡で順番に覗き込んでいく。
学問に限らずどのようなことであれ、一足飛びには成果に結びつかない。
地味で地道な努力は必須である。
紋章学の父とまで称される権威のハンネマンにしても、天才の呼び声を欲しいままにするリシテアでもそこは変わらない。
そもそもそこに苦痛を感じるようでは、一角の研究者として大成するわけもなく、師弟ふたりは黙々と検体の観察に従事していた。
「……」
「……」
といってもいつもなら無駄話というわけではないが、もう少しコミュニケーションを円滑にするための世間話だったりを交えたりする。
浮いて消えるような他愛もない話。
弟子でもあり同志でもあり、実験体でもあるリシテアに、興味をなくなられるのが一番困るのだ。
どうしても話題は紋章についてに偏るが、ハンネマンなりの軽妙なトークを心がけてる。
なのに、
「……」
「……」
今日のふたりには不自然なほど会話がなかった。
居心地が悪い。
だからこそ逃げるみたいにハンネマンは、いつにもまして研究対象と真摯に向き合い没入していった。
被験者から協力の証として、最低限の情報はすでに提出してもらってる。
唾液を。
汗を。
これまでの常識を覆す神秘の血を。
つぶさに観察する。
つい昨日採取されたばかりの体液には、深遠へと至る最新の情報が詰め込まれており、紋章の真理にまた一歩迫る興奮と実感があった。
覗き込むレンズの向こうで、半透明の細胞が泳ぐみたいに蠢き、ハンネマンの胸を少年のように躍らせる。
ある意味でその人間の、最も深い部分を見ているのだ。
「……うーむ。リシテア君は格別であるな」
しかし心の声が駄々洩れなのにも気づかないハンネマンには、裸より恥ずかしいかもしれないパーソナルな部分を、堂々と覗かれて感想まで呟かれてるリシテアの、白い肌を真っ赤に染めて身悶えする様子までは観察できてなかった。
「じつにすばらしいっ!! このように計算され尽くした細胞を、こうしてお目にかかれるとはっ!!」
紋章学の父はデリカシーのない、でっかい独り言をしきりに口にしてる。
声も段々大きくなってきてる。
後の世に紋章学の申し子と称されることになる弟子を、悪気一切なしなのが始末に負えない言葉の刃で切り刻み続けた。
おそらく、
――きぃーん・こぉーん・かぁーん・こぉーん……きぃーん・こぉーん・かぁーん・こぉーん……。
大修道院の敷地内全域に響き渡る鐘の音がなければ、延々エムブレムジャンキーの羞恥責めは終わらなかったかもしれない。
「もうこんな時間であるか。では、いったん休憩にするとしよう」
リシテアを弟子にする前の、ハンネマンが独りで研究に打ち込んでたときにはなかったことだ。
尽きない熱意と限界を迎えるまでの体力に任せて、ノッてくれば倒れるまでというのがお決まりの定番コースである。
元々はリシテアもそのタイプだったが、どちらかが倒れたらどちらかが介抱するでは、効率が良くないだろうと無理にでも休憩を取っていた。
3時の鐘の音を合図にして、お茶会を開くことにしてる。
「今日は何ですか?」
「フレスベルグブレンドでどうかな?」
「いいですねぇ。あ? お砂糖あります?」
「もちろんだとも。甘いお茶菓子も用意してある」
奮発したアンヴァルでも評判の焼き菓子と、派手さはないが上品なティーカップを、応接セットのテーブルにふたりで手早く並べていく。
作法通りポットからお湯を注ぎ、紅茶を淹れると貴族よりも貴族らしく、
「召し上がれ」
ハンネマンは洗練された嫌味のないエレガントさで勧めた。
リシテアはリシテアでそこはやはりご令嬢であり、お菓子に釘付けだった視線をもぎ離すと、取り繕ったお澄まし顔をつくって、
「いただきます」
優雅にお招きに応じた。
美味しい紅茶に、美味しいお菓子。
いつもは年齢不相応に気を張ってるリシテアであったが、このときばかりは年齢相応の油断し切った無防備なものになる。
頬が緩んでいた。
眺めてるだけでほのぼのしてくる幸せな光景に、ホスト役を務めるハンネマンにしても自然と笑みが浮かぶ。
「おかわりはいくらでもあるぞ」
好みは熟知してる。
実験体のデータを逐一取るのは忘れてないが、お茶とお茶菓子を次々勧めるのにとくに他意はなかった。
計算があったわけではない。
茶葉を貴族でも稀にしか口にできないフレスベルグブレンドにしたのも、帝国宰相の子息経由で偶然入手したからに過ぎなかった。
昨日より今日。
さらに新鮮なサンプルが欲しくないわけではないが、この瞬間に手に入れてやろうという魂胆があったわけではない。
同意が得られないなら力ずくや策略も辞さない……などというのはハンネマンの主義に反する。
ぶるっ。
なのでティーカップを両手で持つリシテアが小さく震えたのにも、黙りこくって動かなくなった理由にもすぐには思い至らなかった。
「あ、あの、先生……」
「なにかね?」
「まさかヘンなの、入れてませんよね?」
「うん? なんのことかね?」
「い、いえ、……その、な、なんでもないです」
流石にそこまで疑ってしまうのは、師事してる相手に失礼と感じたらしい。
学者を志してるが疑問を疑問のまま放置することにした。
そもそもそんな問題に、今のリシテアが取り組んでる余裕はない。
花を摘みに行きたい。
急激に膀胱が圧迫されていた。
少しでも気を緩めるとオシッコが漏れそう。
和やかなシーンから一転、リシテアはピンチだった。
「さっきからどうも様子がおかしいが、そんなに身体を揺すってどうしたのかね?」
鈍い。
お茶に利尿作用があるのは学者ならわかりそうなものだが、ハンネマンはわざとじゃないかというくらい勘の悪いときがある。
「せ、先生」
「うむ」
「……あの、ち、ちょっと、その、き、休憩、そ、そう、休憩させて……も、もらえませんか?」
「だからこうして、してるじゃないかね?」
「い、いえ、だからぁ」
まるで状況を察しない師匠に苛立ちつつ、どうにか生理的欲求に耐える弟子だったが、膀胱の限界がいよいよ羞恥を上回ろうとしていた。
もうなりふりなんて構ってられない。
尿意と恥ずかしさを堪えながら、
「トイレですよトイレっ!!」
キレ気味に叫んだ。
「ッ!?」
危ない。
自棄になって無闇に大きな声を出してしまったからか、腹筋に力が入って膀胱にもいらない負荷を掛けてしまった。
予期せぬセルフの奇襲に、一気に瀬戸際まで追い詰められる。
「トイレ……」
そしてそれがちっとも年頃の弟子の訴えに、ぴんっと来てなかった師匠の攻勢を誘う呼び水になった。
モノクルが午後の陽射しを照り返して、お茶会のほのぼのムードを霧散させキランッと光る。
道を究めんとする者に特有の、マッドでクレージーな輝きがあった。
「大かね? 小かね?」
落ち着いた低い声で尋ねる。
静かな物腰が狂人のヤバさを際立たせた。
「は、はぁああああっ!?」
危険であると身を持って学習したばかりなのに、大声を上げるという同じ過ちをリシテアにくり返させる。
内股になってもじもじする少女の小さな手は、無意識に自然と股間を押さえていた。
「どっちだね?」
人権を尊重し倫理を遵守しているようでは、認めたくはないが新しい扉が開かれることはない。
リシテアもその点は納得こそできないが理解しており、自分という検体を余すところなくサンプルとして提出してる。
唾液。
汗。
血だけではない。
生きている証である毎日の大や小の排泄物も、英雄の遺産クラスで厳重管理するハンネマンのモノになっていた。
エドマンド辺境伯の養女が愛馬の健康をチェックするみたいに、リシテアの大だったり小だったりも定期的かつ徹底的にチェックされてる。
なのでハンネマンはリシテアより、リシテアを知ってると言ってもいい。
が。
サンプルはいくらあっても困ることはなかった。
鮮度が良ければ尚更である。
フレッシュなサンプルが手に入るかもしれないチャンスに、ハンネマンは身を乗り出しピンチのリシテアの肩を揺さぶった。
これがわざとじゃないのだから、ヤバさが際立って逆に怖い。
「大なのかねっ!! 小なのかねっ!!」
声を荒げる。
内なるパッションの命じるままに迫った。
紋章学に人生を懸ける師匠の暴走した熱意と、勢いずく尿意に敗北しそうな弟子に、素直に従順に現状を告白する以外の選択肢はない。
「し、小ですよ小っ!! 教えたんですから、揺さぶらないでっ!! お、オシッコ漏れちゃうからぁ!!」
「……ふむ。なるほど小か。どうやらその様子だと、もうかなりマズそうであるな?」
行為との温度差が凄い。
冷たく静かなハンネマンの問いに、リシテアはこくこくと頷くことしかできなくなってる。
痙攣するみたいにぶるぶる小刻みに震える小さな身体の、腋の下に手を差し込むと我慢できない師匠は我慢する弟子を持ち上げた。
抵抗すら許されないリシテアは、そのままトンッとテーブルに載せられる。
欠片の迷いもなく、淀みのない流れるような動きだった。
生理的防御態勢。
反射で蹲ろうとするリシテアよりもさらに速い。
制服のスカートの裾に同時に両手が侵入し、
ずりッ。
折れそうなほど細い脚に沿って、タイツごとパンツまで引き降ろした。
だけでなく膝小僧を掴むと、左右に大きく割り広げてしまう。
いつもはぴったり閉じてる縦線一本の、シンプルな無毛のスリットの奥の奥までさらされた。
ハッとするほど鮮やかなシェルピンクの花のほぼ中央に、爪楊枝でポツッと突いたみたいな小さな穴がある。
決壊寸前だ。
儚いくらい憐れにひくついてる。
そのすぐ下にあるのが穢れなきヴァージンホールで、牡を咥えるために神がデザインした生々しい艶かしさがあった。
しかしハンネマンはソコには目もくれず、ノールックでお湯を捨てると、落水予測地点にティーポットを配置する。
ここまでが一連の戦技かのようだった。
「さあいいぞ。リシテア君」
デリカシーなんて微塵もないその的外れな台詞が合図。
あまりにイカれた発言がトドメになった。
限界。
ぷしゃあぁッ!!
我慢に我慢を重ねた天才少女の尿が、見惚れるほど美しい流麗な放物線を描く。
いったん堰が切れると、もう止めようがない。
今のリシテアのできるのは激しい羞恥と、生理的欲求を満たす快感に身を委ねることだけだった。
「あ……あ……ああ……」
じょぼじょぼじょぼ……。
ほとばしりの勢いは非常に強いモノで、ティーポットを手にするハンネマンに心地いい振動を伝えてくる。
ふわっと香る匂いはどんな茶葉にもない芳醇なモノで、たとえ皇帝や王、盟主であっても口にすることは叶わない最高等級であろう。
どこかうっとりした恍惚の貌を浮かべて放尿するリシテアを、爛々とした眼で観察しながらハンネマンの灰色の脳細胞は、
さて、では、味はどうかな?
狂った嵐みたいに高速回転していた。