夜明けの朝。全くもって寝足りないのを我慢して、身体を起こす。
「…眠い…」
慣れない場所で慣れない事をしたからか、朝が来たというのに大して眠る事が出来なかった。だが今日は待ってはくれない。備え付きのシャワー室で軽く汗を流し、ついでに頭の眠気も吹っ飛ばした私は、予め沸騰させておいたお湯に茶葉を入れ、優雅に紅茶を嗜むことにした。
「…さて、仕事をするか」
ズズズ…と紅茶を飲み干し、器を片付ける。その途中で気付いた。
「あ、軍医…」
そう、すっかり今のいままで忘れていたが我が中隊…中隊?には軍医がいないということに気付いてしまった。完全に頭からすっぽ抜けていたのだ。というか、医薬品もあるかすら怪しい。
「………。一つ一つ、片付けるしかないな」
頭を抱えつつ、しかし自分は一人しかいないので取り敢えず、今の問題から片付ける。
先ずは前の部隊に戻ってツテのフル活用だ。
ーーー
官舎を出るとタイミング良く少女が二人立っていた。
「あ、おはようございますワイヤット隊長!」
「おはようございます隊長!」
「あぁ、おはよう。確か…ルッキーニ二等兵とロッティ二等兵だったかな?」
「は、はい!そうであります隊長!!」
「た、隊長!もう私達の名前を覚えて下さったのですか!?」
凄ーいと囃し立てる二人に少し気恥ずかしくなるが、上官ならある程度は覚えていないと示しが付かないものだ。それに、軍曹とは兵士の顔を覚えるのも仕事だ。それの癖もあって顔と名前だけは一致させた。
「いや、名前と顔だけしか一致してないよ。それ以外はさっぱりだ。それよりも、皆に伝言を頼みたいのだがいいか?」
「あ、はい!隊長!」
「なんなりと!」
「今日から二日間訓練中止、休暇とする。門番や武器の管理人以外は街で遊んでも良い」
「え!?」
「ほんとですか!?」
「あぁ、だが門限は必ず守れ。夜の鐘が鳴る前には帰営しておく様に。それと門番と管理人は不公平が出ない様にな」
「了解しました隊長!」
「早速皆に知らせて来ますね!!」
皆ぁー!今日から二日間休みだってーー!!!と叫びながら去っていく少女達に苦笑しつつ、私はその場を立ち去った。
ーーー
少し早足で前の部隊がある駐屯地へとやってきた。当然の如く出入口には門番が立っていて、そこにいた野郎は私の知ってる野郎であった。
「あれ?ワイヤット上級軍曹じゃないっすか。どうしたんです?」
「やぁ、ロディ。もう私は少尉だぞ、まぁ良い。済まないがマルクを呼んできてくれないか?」
「あれ、ワイヤットさん昇進したんすか!?マジっすか!!すげぇ!!あ、了解っす。ちょっと待ってて下さいっすね」
そう言ってロディが呼びに行って5分後、彼はマルクを連れて来てくれた。随分と眠そうな顔でマルクがやってくる。
「ふわぁ…よぉワイヤット。どうしたんだ?昇進祝いなら夜なんだが」
「すまんなマルク、昇進祝いの話じゃないんだ。お前の実家の力を借りたい」
「…んー、それはまぁ構わないがどうした?新しく部隊を創設されたんなら基本は全て揃ってるんじゃないのか?」
「ゴミみたいなものばかりだがな」
そうしてかくかくしかじかと私が率いる部隊の説明をした。その説明を聞いていく内にどんどん呆れた顔になっていくマルクの顔は、少し笑えた。
「…うへぇ…それ体の良い厄介払いじゃねえか。お前はそれで良いのか?」
「…あぁ…まぁ、仕方ないさ。新設部隊なんてそんなものだろうしな」
「うーん、そうか…まぁ分かった。親父に根回ししておくよ。ただ生の肉類はちょっと厳しい」
「やはりか」
「済まん、最近はどれもこれも保存食にして長期戦に備えるつもりらしくてな、肉類だけは手に入りそうにない」
「そうか、分かった。ありがとうマルク」
「良いってことさ。請求先は軍令部で良いんだろう?」
「私が払える金額じゃないからな」
「違いない」
くつくつと笑い合い私達は解散した。
ーーー
よし、これで取り敢えず食糧と医薬品関係はなんとかなった。やはり持つべき戦友は酒保商人の息子だな。これからもご贔屓にさせて貰おう。
さて、それならば次は武器の交換申請だ。あんな錆び付いたガラクタ同然の武器なんて鈍器にすらなりはしないのだ、とっとと新品とはいかないまでもマシな銃を受領しなければ。
そう思ったのだが。
「何?武器が無い?」
「は、はい。前回の作戦で数多くの将兵が命を落としましたので、その影響で武器は全て各隊の補充兵に割り当てられてます」
そう説明する受付に私は少し頭を抱えた。確かに先の作戦はかなりの出血を強いられた作戦だった。しかもその作戦は失敗、十万人も注ぎ込んだウィンター都市郡奪還作戦、通称ウィンター作戦は八万人もの犠牲者を出して撤退になった。
その穴を埋めるとなれば確かに一時的に武器庫の武器なんて全て空になるだろう。
…そうか。だから我が中隊の武器はあんなにも錆び付いたガラクタ同然の武器を渡されたのか。
「むぅ…そうか。なら次の補充はいつか分かるか?」
「そうですね…一ヶ月…いや、少尉の中隊分だけなら二週間もあれば工廠から引っ張ってこれると思います」
「成る程…ならそれで頼む。住所はここ、ついでに弾薬の補充も頼めるか?」
「お安い御用です少尉」
受付から離れて私は次なる目的地、軍令部の人事課へと向かった。がその前に軽く昼食を食べた。
ーーー
昼食を食べ終えてから軍令部の人事課に行くと、そこはさながら戦場であった。山積みになった書類、受話器越しに怒鳴る男、死んだ顔で書類に書き込んでいる女性、そして所々にぶっ倒れている人らしき物体。
いつから私は戦場に来てしまったのか?そう錯覚をせざるを得なかった。
「………。少し、良いだろうか?」
「あぁ!?今こっちは忙しいんだ!メアリー!!相手してやれ!!」
「えー…わかりました。えっと、少尉…殿?」
上司らしき男からメアリーと呼ばれた女性が嫌そうな顔でこちらへとやってくる。私はそんな彼女に少し申し訳無いと思いながら、軍医の補充を頼んだ。
「軍医ですか…申し訳ございません、少尉。今我が軍の医療人員はかなり逼迫していまして、民間の医者も総動員されてしまっています。もし回せるとしても医学校から徴用しないと…どうしますか?」
「やはりそうか…分かった。医学校から二人引き抜いてくれ。出来れば女性で頼みたい」
「…女性ですか…理由をお聞きしても?」
「あ、いや、別に娼婦の代わりをして貰うとかそういう訳じゃないんだ」
「ほう…それで?理由は何なのですか?」
「実はな…」
私の発言でゴミ屑を見る様な目になっているメアリーに、あたふたとしながら私はどうにかこうにか弁明した。それを聞いてくれたメアリーは腕組みをしつつ、難しい顔で私を見上げた。
「成る程、少女だけの中隊ですか…確かにそれなら女性の軍医が良いですね。分かりました、少々お時間をください。明後日までには派遣します」
「おぉ、それは有り難い。よろしく頼む」
「ええ、それと医薬品の発注をやっておきましょうか?」
「いや、それに関しては当てがある。済まないな」
「いえいえ、では軍医の申請承りました」
「ああ、ありがとう」
こうして私は、なんとか軍医の申請も通す事が出来た。これで取り敢えず、当座はなんとかなるだろう。本当は教官も欲しかったが、仕方ない。二百人程度ならなんとか私一人で出来る筈、頑張るしかあるまいよ。
そう思いながら、私は外を歩くのだった。既に空は夕焼け、鐘の鳴る音が都市中に響き渡っていた。