前回の悠とは違う、TS娘の話になっています。
8月4日、午前7時55分。
朝特有の多少の涼しさを掻き消し、いよいよ日光が人々の体を炙り出し始める、本格的に暑さが高まる外と、隔絶された一軒家にて。
翔は朝風呂を終え歯を磨くと、リビングへと赴いた。
後10分も経てば始まるであろう、今生における最大の出来事を前に、期待と興奮、そして不安で踊る胸を少しは落ち着かせる為、小さなテーブルを前に座り込む。
無造作に置かれている、ブラウン管のテレビへ対応したリモコンへと指を伸ばし、電源のボタンを押した。
特に興味をそそる番組は放映されていないが、微妙な待ち時間を凌ぐには充分だ。
知らない芸人が騒ぎたてる情報バラエティを視界に入れながら、翔は今日に至る経緯を振り返る。
*
家族と暮らしてきた年月に肉薄するぐらい共に生きてきた友人、渚と出会ったのが4歳。
幼稚園児の時分であった。
初めて会ったことは覚えていないが、いつの間にか、一緒に遊んでいて、年頃の子供らしく特撮のヒーローの真似事や、近所の森や廃墟の探検に勤しんでいたのが、翔が覚えている渚との原初の思い出だ。
そうやって始まった友人関係は、順当に深まっていくこととなった。
何故ならば、互いの家が徒歩3分もかからない程度に近く、二人の親同士が仲良くなったからだ。
お互いの家族で食卓を囲んだり、季節の行事に際して共に外出したりと、家絡みの付き合いが増えた。
そして渚の両親は共働きで、面倒を見ることのできる時間がどうしても工面できないことが多々あった。
そういう時には信頼されている翔の家へと預けられるのが、定番であった。
そうなると、一緒にいるのが当たり前になってきて、翔の部屋で入り浸って遊びに呆けているのが日常となった。
そんな渚はあっけらかんとした陽気な性格で、お調子者と言うべきか。よくしょうもない冗談を吐いて、自他共に笑っている。不意に洒落にならない冗談を吐いて痛い目に合うのが、珠にキズだ。
その明るさは、成長し幼児という期間を終え思春期を迎えても、変わることはなかった。
しかし、そんな不変の明るさは、共働きの両親に面倒をかけないようにと、行き場のない寂しさを隠して、誤魔化すものだと、翔は知っていた。
仲良くなり始めた頃、特に何でもないような場面で、渚は泣き出すことがあった。
ぐすぐすと大きく嗚咽をもって泣くのではなく、あまりに静かに涙を溢して泣くものだから、度々気づくのが遅れていた。
駆け寄って何故泣いているの、と問えば、凄く寂しくなった、と返されるのが、お決まりだった。
友達なのだから助けるという責任感と使命感、そして気兼ねなく悩みを話せ、解決できる親友という存在になることへの仄かな憧れを込め、翔は渚をよく慰めていた。
そうやって面倒を見ている内に、渚が翔の家にいない時間の方が少なくなってきたぐらいには、もう唐突に泣くことは無くなっていった。
こうやって様々な要因が加わり二人は仲を深めあえたのだが、最も単純で明確な強い要因がある。
それは、似た者同士だったことである。
好きな食べ物やゲームが一緒、一人っ子なのが一緒、好物は最初に食べるのが一緒、体を洗うとき始めに腹から洗うのが一緒。
些細なところまで似てるものだから、共通点を探し出すのが大好きな幼児にとっては、歓喜の一言であり、運命的な何か、またはシンパシーを感じざるを得なかった。
そして学力も同じようなもので、明確な将来のビジョンがないという所も似て、幼稚園を卒園すると、家の近くにある小学校、中学校、高校、果ては大学と同じエスカレーターを駆け上がる形となった。
その過程で、生憎にも女子との関係には恵まれなかったが、同学年、先輩、後輩との親交ができ、お互いが関わらない交遊関係が出来上がった。
広がっていく友好の輪は、度々綻んだり欠けたりするが、渚との輪はいつまでも強くあった。
友人に決して優劣を付けるものではないが、渚との関係は、その他の友人よりも1つ段階が上の、家族と同じカテゴライズであり、比べようのない唯一無二の物となっていた。
少なくとも翔から見た渚はまさしく親友と呼ぶに不足がなかったし、何なら半身と言っても差し支えない。
お互いがいい大人になり遠くに離れたとしても、いざ集まれば今のような馬鹿騒ぎができるだろう。
不安定で見通せない将来という曇った鏡。それに写る二人の姿だけは、絆という光で、はっきりと照らされている。そう思っていた。
しかし、その鏡像が揺らいだのが翔16歳、高校1年生の夏の盛りの時だった。
*
──重い玄関の扉を開くと、アスファルトで照り返された湿気の籠った熱風が出迎えた。ギラギラと喧しく中天を少し過ぎた辺りで輝く、太陽から逃れるよう目を伏せながら、サンダルを履いた足を踏み出す。
車内は、息の詰まるような恐ろしい熱気で満たされており、地獄が現界したと言っても過言ではない。
にじみ出た汗が額を湿らせ、シャツを濡らす。
そんな不快感を手で顔を仰ぐことで誤魔化しながら、助手席に座り込み、熱せられた帯に辟易しながらシートベルトを装着した。
病院までの道のりは短く、今から車内のエアコンを着けたとしても、冷える前に到着するだろう。
熱に煽られて、外出する前から何とも落ち着かなく、もどかしい心情が強くなって、顔に出ている翔に、落ち着きなさい、と翔の母親が嗜める。
ああ、と生返事をした翔は発進した車の窓から流れていく見慣れた風景へ注視しようとする。
だが、胃を重くする不安がそれを許さない。
頭の中で、母親によってもたらされた知らせがリフレインする。
──渚ちゃんが病院に運ばれた。
──高熱で気を失ったところを、渚ちゃんのお父さんが見つけたんだって。
──あの病気にかかったらしいよ。
気づけば、流れていた風景は止まっていて、フロントガラス越しの立派な外観の白い病院が、強烈な日光で爛々と輝いている風景となっていた。
行くわよ、と母親が急かす。汗が滲みだしていた腕で、ドアを開いて外へのっそりと出る。
走行による風を失った分、じりじりと髪と背中を焦がす太陽が鬱陶しい。すぐにでも駆けつけたいと願う気持ちが削がれていくのが、不快指数を高めて止まない。
顔を伏せながら、大きな駐車場を抜け、病院へと入り込む。
夏に焦がされ熱を溜め込んだ体が、病院内の空調にて労られる。だが、不安で燻された心までは癒せない。
407号室、そこにあいつはいる。
母親を急かし、エレベーターへと駆け込む。
エレベーターから飛び出し、長い通路を突っ切ると、407号室にたどり着く。
ドアへと手をかけ、開いた。
清潔感で満たされた部屋の中央に配置された、大きなベッドに横たわっている筈の見知った男は、いなかった。
代わりにそのベッドには、上半身を起こして窓の外を眺めている、誰かがいる。
それは、桃色の長髪を肩まで伸ばしている、第二次性徴を迎える直前だと思える、幼い容姿の女の子だった。
本当にここが渚の病室なのか、疑念に駆られる。
初めて会った頃から変わらない渚の間抜けな面とは、似ても似つかない人形の様に整った美貌が、こちらへと向けられた。
「翔……?」
鈴を鳴らしたように凛と響く、高く澄んだ声。
姿、声。そのどれもが渚とかけ離れすぎていた。
ベッドへと駆け寄った母親が、心配を込めた声色で尋ねる。
「渚ちゃん、よね……?熱は大丈夫?」
「あ、翔のお母さん。はい、もう熱は冷めました」
見舞いの品を置いた母と少女が会話しているのを他所に、翔は立ち尽くし、声をかけられずにいた。
分かっていたというのに、その目の前の出来事に脳の回転が鈍り、行動を抑制していた。
──成人の年齢に達しない若い男が、突然高熱を出し床に伏せると、翌日には男性の機能が失われ、代わりに女性としての機能を獲得した正真正銘の女となる。
性転換症。俗称、TS病に渚は罹患したのだった。
人類史の開闢以来、それは神が人に与えたと言われる、奇跡の一つとして伝承されていた。
時代の権力者である王族や貴族達の子息が発症したという話が存在しており、当時の知識人の見解や症状の推移の記録がそれを物語っている。
民間療法や予防、果ては完治したと言われる伝承が多く残っているが、眉唾なモノだったり宗教に根差した非科学的なモノだったりと、誰1人としてこの人類最大の謎を解き明かしてはいなかった。
医学、遺伝子学が発達した現代においても、発症の原因がウィルスでも、遺伝子異常でもない全くの不明であることが分かっており、科学では証明できない何かしらが原因なのではと大真面目に論議されることは普遍的なことである。
現状、解明できないが故に治療、完治は昔と変わらず不可能である。
即ち、TS病を発症した暁には、2度と男に戻ることができないということを表す。
性転換症はこれまでの、そしてこれからの人類が背負い続ける十字架に等しかった。
しかし、人間は順応できるが故に、生態系の頂点に居座ることができる生物である。
圧倒的な不条理を前にし、人類がとった選択とは、この病と同居することであった。
10万人に1人という発症の確率に加え、女性に性転換した後は、妊娠、出産による生殖が可能であり、転換の際の高熱と性別が変わることを除けば、特に苦痛や後遺症が残るわけではない。
男が女に変わるという、科学が発展した現代でさえ、メカニズムを特定できない人知を越えた現象に、神秘性を見い出したかつての人々は、神秘の肯定、または上位的存在の証明とした。
故に発症した彼らを無下にすることは基本的になく、または優遇することもあった。
また、多様性が謳われ始めた現代社会が、新たなる性別として分類されたTS病罹患者、俗に言うTS娘に向ける視線は好意的であった。
性自認の尊重、手厚い保護や支援。症状の解明、根絶に意欲的である。
「ごめんね、翔が急かすもんだから飲み物買うの忘れてたわ。すぐ買ってくるわね」
挨拶が終わり、母親が病室から退出すると、翔と渚の2人だけになった。
翔は立ち尽くしたまま、渚は体を起こしたまま、何をするわけでもなく、ただただ黙り込んだままだった。
翔は、母親と会話していたというだけでは、目の前の少女を渚と重ね合わせることが出来ず、思考が纏まらないことで沈黙していた。
渚もそんな翔の様子に困惑しているのか、考え事をしているのか、顔を伏せていた。
このまま黙り続けるというのはよくないことだ。
会話の切り口と、少女が渚であるという確証が欲しい為に、何とか声をかけようとしたが、喉元に引っ掛かったそれは、言葉の体を成しておらず、口をもごもごとさせるだけだった。
蝉のがなりたてた鳴き声が、遠くから響いている。
窓から見える群青の空には、大きな雲が悠々と流れていた。
ふと、思い出されるのが、何時の日かの会話。
女になってみたいか、という暇潰しの話題で、渚は、可愛い女の子になってみたい、と肯定的な意見を出していた。
これを会話の導線にするのはどうだ、と考える。
可愛い女の子に成れた気分は如何、と軽く尋ねるのだ。
だが、そんな刹那で消費された雑談で出た冗談のような主張を、本気で受け取っていいかは分からない。
それに、配慮に欠けた発言は控えるべきだ、と翔の脳が警告を出す。
しかし、このまま思案し続けたところで、部屋を満たすへばりつくような重い沈黙に、耐えきれそうにない。
翔は強引にでも、言葉を捻り出すこととした。
「な、渚。大丈夫、か」
「……翔」
知らない少女に己の下の名前を呼ばれる、何ともいえないむず痒さ。
見舞いの常套句をかけたものの、桃色の垂れ下がった髪が、渚の顔色を伺えなくしていた。
「翔……翔っ」
渚はただただ名前を呟くばかりで、要領を得ない。
小さな肩が少しだけ震えたと思えば、シーツへと滴る滴が光った。
言うまでもないそれは、一体何に起因する涙なのか。
翔が車内で不安を散々抱いていたのは、TS病を発症した患者は、己が男であるという覆ることのない、あって当然であるアイデンティティーが喪失したことにより、精神が不安定になることがあるというのを、テレビや映画などで知っていたからである。
そしてその懸念は、渚にとって、TS病は恐るべき欠損になったのだと、溢れ落ちている涙によって的中した。
いつの間にか、涼しさで閉じていたはずの汗腺が開いていて、冷や汗が流れていた。
だらだらと遊び、食べ、話す。
そんな今までの安穏とした不変の日常は崩れさって、取り返しのつかないことが起きてしまったという、認めたく現実が横たわっていた。
「なぎ、さ」
翔の頬に涙が伝い、行き場のない慟哭が声に募る。
「翔。……こっち、見て」
涙を見せまいと顔をうつ向けていた翔は、渚の言葉に従い、顔を上げた。
シーツへと落としていた目線が交差する。そこにいた少女の顔は──喜悦に染まっていた。
「騙されてやんのー!あはははっ!ふふっ、くくく」
先程までの暗くか細い声色はどこへやら、友人が真剣な顔をしている姿を明るく下品に笑い飛ばすその姿は、一切の悔恨や絶望が見えない。
呆気にとられ、口を間抜けに開いている翔は、渚の嘲笑が10秒を越えた辺りで、状況をやっと把握する。
げらげらと笑い続ける女を前に、翔は確信した。
目の前にいる畜生は間違いなく、かねてからの友である糞野郎、渚であると。
沈殿していた感情がぶわっと巻き上がり、顔を真っ赤に染める。
巻き上がってぐちゃぐちゃになった感情は、激情となって、翔の声帯を震わした。
「ふ、ふっ!ふざけてんじゃねえんぞ、この野郎!」
「ははははは!はーっ、あーオモシロ……ごめんなぁ、俺の為に泣いてもらってさぁ!ふくくっ、あはーは!」
いつもならば、洒落にならない冗談への返礼として、肩への殴打を妥当とする場面である。
だがしかし元気そうではあるものの、今日の朝に熱が引いたばかりの病人であり、遠慮なく触れようものなら折れてしまいそうなぐらい、華奢な体になった渚にそんなことはできない。
握りしめていた拳の行き先を、からかわれた涙の存在を抹消する為に顔へと向け、濡れた後を乱暴に拭う。
「クソ、クソっ!無駄に泣かせやがって!俺の涙は高けーんだぞ!」
「お前の涙なんて高いわけないじゃん!はははっ!はーぁ……お腹痛くてしょうがない」
「畜生、はぁっ……ま、そんな笑えるぐらい元気なら、良かったよ」
「……うん、この通り」
渚が笑い涙と、大袈裟な笑みでくしゃくしゃになった顔を見せつけた。
飲み物を手に下げた母親も合流すると入院経緯、容態へ話題が移った。
渚が言うところによると、風呂から上がり、自室にて服を着ようと全裸で徘徊していたところ、急に頭が痛いと思ったら体が恐ろしく気だるくなって、服を着る余裕なく、リビングのソファに横になっていたら気を失っていたところを、仕事から帰って来た渚の両親が発見したという。
その時点で女体化していて、家の中で知らない女の子が倒れてるという状況になっていたが、側に置かれていた服や、渚がどこにもいないことから、TS症を発症したかもしれないと仮定して、救急車を呼んだらしい。
脱水症状が進行していた為、点滴を受けさせ、目覚めた後に問答を終え、渚であることを確認すると、予後の診察と療養を含めた入院と相成ったとのこと。
後3日ほどで、退院できるらしい。
大事にはならなかったことによる安堵で、少し固さがあった雰囲気が和らいで、口が軽くなったことで、3人はとりとめない世間話に花を咲かせた。
1時間の経過の後、母親が病み上がりの渚への労りと、夕食の買い出しと調理を理由に帰宅する旨を渚と翔へ伝えた。帰る手段がない翔は、まだまだ話足りなかったが、仕方ないと諦めた。
2人が、別れの挨拶を告げる。
「じゃあね、渚ちゃん。お大事に。いつでもいらっしゃいね」
「んじゃあ、帰るわ。しっかり休めよ、お大事に」
「ああ。……なあ!翔」
「……どうした」
「……いや。何でもない、またな」
扉へと手をかけるが、おもむろに一度振り返る。一瞬の目線の交差の後、渚は手を小さく振って退出を促した。
温かな喧騒が消え去って1人だけの病室に、空っぽな静寂が満ちる。
渚の顔に浮かんでいた喜色は消え去って、人形のような虚ろな表情に変わっていた。
渚の心中で淀む、後悔と不信がそうさせていた。
窓の外では一筋の残滓を残して、飛行機が飛んでいた。耳障りな飛行音、やかましい蝉の声。
それらは、希薄であって欲しいと願う現実の彩度を強め、急激な変化に伴う心の痛みを助長するばかり。
渚は、いつの間にか顔を伏せ頭を垂れていた。
ふと、室外から聞こえる足音。
何の気なしにその足音に耳を澄ますと、自分の病室の前でそれが止まった。看護師だろうか。ナースコールは発信していないが。
手で顔を拭うと、扉へと視線を向ける。
ガラッ、とノックをしない、乱暴な扉の開き方に、既視感を覚える。
そこには、先程と変わらぬ親友が立っていた。
渚は、困惑と僅かばかりの嬉しさが籠る表情を浮かべる。
「ど、どうした、忘れもの?」
「ああ、後で取りに行こうかと思ったけど、今持ってかないと不味そうだからな」
「何を、忘れたの?」
「……お前だよ、渚。俺に隠してるというか、言いたいことがあるんだろ。さっきは気が動転してて見落としてたけど、何かあったら茶化して笑って誤魔化すの、昔から変わってないぜ」
翔はベッド傍の椅子へと腰掛けた。こうなれば、聞き出すまで退出することはないだろうと、長年の付き合いによる勘がそう告げる。
年を重ねたことによる、プライドと恥じらいによって気持ちを素直に吐き出すことができない自分を、渚は嫌悪した。
「いや……その、な。恥ずかしいというか、気持ち悪い感じになるから……あんまり、話したくない」
「今さらだろそんなの。お前の恥ずかしく気持ち悪い部分は全部知ってると自負してるぜ」
「……」
「早く言えよ。……そんなに、言えないことか?」
「……昔ほど素直に言えないだけ。……わかった。言う」
改めて、渚が翔へと向き直る。
「まず、さっきはごめん。しょうもない演技して、お前を騙して笑っちゃって。……でも、その。お前の、不安そうな顔が怖かったから、いつもみたいに冗談を言えば、元の顔に戻ってくれるかなって」
気にしてない、と翔が答えると、渚は安堵したように少し顔の強ばりを弛めた。1拍置いて、渚は続ける。
「病院で目を覚ましてからずっと、不安でしょうがないんだ。ここらへんには余りなかった病気だから、対応が分かんなくて距離取られたり、変な目で見られるんじゃないかって」
翔達が住むこの地域は大した田舎という訳ではないが、都会に比べれば過疎気味であった。
少なくとも翔の回りではTS病を患った人間はいなかった。そして、渚も然り。
どれほど歴史と教育によってTS娘という存在を理解していようとも、いざそれが目の前に出でたとき、奇異や偏見の目で見る人間が現れるのはどうしようもないことであった。
TS病を神の奇跡や魔法などといって、都合よく解釈できた古代と異なり、全ての現象を科学で暴き説明できるようになった現代では、発達した科学ですら発症原因も治療法も解き明かせないこの未知の病に、恐れを抱く人間は、いる。
「目を覚ました時に見た母さんと父さんの、他人を見るような目が凄くショックで、ずっとそれを引き摺ってるから、今も考え続けてる。まあ、母さんたちとはすぐ男の時みたいに会話できたんだけど、こんな体になってるんだから…そういう目を向けるのも、仕方ないよな」
するりとシーツの中に留まっていた右腕を、真摯に聞き入っている翔の目の前に晒す。
顔の肉付きから察せられた通りのしなやかで細い腕。
かつての筋肉が詰まっていた、男らしいかつてのそれと異なり、あまりに頼りない。
「今の俺は、自分が渚だって信じられないんだよ。夢見心地っていうか、現実味がないのが、怖くてたまらない…。──だから、さっ。教えて欲しいんだ、翔…。俺は、渚だよな?……お前の友だち、だよな……っ」
どこまでも儚げで、虚空へ消え入ってしまいそうな告白。あまりに朧気で、空想の中から飛び出したような少女の肢体と美貌に添えられた、嘘ではない純真な涙。
そこに、渚を感じとることはできない。
しかし外見に惑わされはしたものの、翔は渚の内面をはっきりと見通せていて、確信を得ていた。
少女の内面には、明るく振る舞い、負の感情を悟られまいと頑張る、あの寂しがり屋が変わらずいる、と。
「──1つ謝らせてくれ。ごめん、渚。部屋に入った時は、本当にお前か分かんなくてしどろもどろになっちまって……。でも、今は。今ははっきり分かる。お前は幼稚園の頃から変わってない、しょうもない冗談ばっか言って笑う、明るくて、寂しがりやの渚だって」
シーツを握りしめていた渚の両手を纏めると、あまりにもちっぽけで、たおやかな、不安に揺れる少女の手を力強く、翔の両手が包んだ。
渚は、知っていた。翔の温かさと手の大きさを。
いくつもの滴が翔の手へと落ちる。
ぎゅうう、と手に信頼と親愛を込めて、翔は宣言する。
「渚は俺の親友のままだよ。不安なら俺がずっと一緒にいて、お前は、お前だって保証してやる。今まで通り、気兼ねなく頼って欲しいし、甘えてくれ。……だから、これからも……ずっとよろしくな。渚」
「──っ、うんっ……ありがとう、翔……っ」
原色の青を塗りつけたような鮮やかで、美しい空に、少し早い夕立が差す。
その夕立は、久しぶりに見た、親友が泣きじゃくる姿であった。
*
こうして女となった竹馬の友と、再び友誼を結びあった夏休みはあっという間に過ぎ去って、学園生活は二学期を迎えた。
今までの生活から、変わったことが1つ。
渚が前と比べ内向的になった。
女体化した渚をクラスの面々は思いの外受け入れていたが、無遠慮に、偏見と好奇の眼差しを向ける輩も存在した。
変動した己の体や身の回り、女性となった自分に向けられる目線や意識に堪えたようで、翔以外の友人やクラスメイトとの会話の減少、距離が今までと違い少し離しているというのを、翔は感じていた。
自分の前では、前と同じ明るいテンションで接してくれていることにホッとするが、根本的な問題の解決にはなっていない。
TS娘に対する国の支援の一環として、カウンセリングやメンタルケアが行われていたものの、訪れた親友の危機に、翔は傍観を決め込めるほど、悠長ではなかった。
今までと変わらぬ生活を送れるようにと、不意にズケズケとナイーブな心に踏み込まないようにし、鬱陶しがられないギリギリを見極め、極力近くにいるように努力して、渚とクラスメイト、教師達との連絡橋となった。
その甲斐あってか、特にいじめやらの事件がおきることはなく、年明けを迎え、3学期を終えると、2年生へと進級した。
クラス替えにより、二人は別々となったが、翔は心配することはなかった。
何故ならば渚がかつての明るさを、己以外にもさらけ出せるようになれたからである。
友人達との距離も元に戻り、新たな友人も出来始めたと聞いたときには、心底安堵し思わず目頭が熱くなった。
こうやって落ち着きを取り戻し、多少の変化はあれどこれまで通りの日常が帰ってくると、心配が勝っていた時にはそれどころではなかった為に、気づかなかった、または見逃していたある一つの懸念、そして危機を感じるようになった。
それは、渚を性的な目で見てしまうことである。
年の近い女性と会話を行えるほど機会に恵まれず、そこまで社交的でないことが災いし、家族以外の女性への耐性が著しく低い。
そして思春期の若者らしく、持て余した性欲によって逞しい妄想と夢を抱えた、健全優良青少年である翔にとって、身近に出来た親しい仲の同い年の少女というのは、余りに毒であった。
ある日、自室にて翔が漫画を読んでいると、いつもの様に入り浸っていた渚が、肩越しに覗き混んできた。
男だった時には珍しくないことであり、気に止めなかったが、ふと今の状況を省みてしまったのが運のツキ。
すぐ横に振り向けば頬と頬が触れあう距離に、女の子の顔があるということに気づき、波一つ立たなかった筈の心の水面が、時化のように荒れていく。
胸がドキドキとやかましくなり、心の荒ぶりが体への強ばりと化して、ぎこちない。
そして、鼻腔を掠める渚の匂い。
男の時には特に気にもしなかった体臭が、甘く爽やかな果実のような香りに変わってきて、今の渚は女であるということをはっきりと認識し、どぎまぎとしてしまった。
それに畳み掛けるようにまた1つ。
2学期が始まったばかりの時は、学生服は男子のままで、私服が長袖のTシャツやズボンといったズボラで男らしい服装であった。
真たる自分を翔に保証され、心の整理がついたことで、女の子の格好に興味と羨望を抱き始めた矢先に、クラスの女子から啓蒙されたらしく、進級を境に、スカートをはためかせる女子制服を着て、私服も年頃の娘らしい服装へと変えていった。
そうなってくると、今までと比べ、服の面積が比較的少なくなる。それによって無防備にさらけ出された、あまりにも淡く白い肌が、翔の脳裏に焼き付く。
汗で湿った白、運動の熱で桜のように色付く白。
細すぎるという訳ではない、丸みを帯びた肉付きの体が動く様を、度々近くで眺められてしまう翔は、心穏やかではない。
存分に女の子としての部分を感じ取ったことにより、可愛い格好をした渚に話しかけようとする度に、頭が緊張で硬直した。
そうやって意識している時に、渚から話しかけられれば、一々ビクリと肩を羽上がらせる翔は、悲しいほどに初心で、童貞であった。
とはいえ、女子になったからといって、元々の趣味趣向が変わるわけではない。
渚の女性的な部分を見逃し、緊張を乗り越えいざ2人で遊ぶとなれば、今まで通りウマがあい、会話が弾んで、時間を忘れて熱中できる。
親友と過ごす楽しい一時は、そのままであった。
しかしそんな一時の中で、年頃の男であれば誰もが夢中である、性的な話題となれば気が気でなくなるのだ。
男子高校生が2人集まれば猥談を始めると言うが、かつてのこの2人においてもそれは例外ではなかった。
何かしらの媒体越しでしか拝めていない、まだ見ぬ女体の神秘について熱く語り、好きな女性の嗜好、部位。
果てはどういうプレイをしたいか等、ありきたりな猥談を飽きもせず繰り広げていた。
しかしその片方が女子高生となり、性的な興味をそちらへと向けることが容易な以上、当然の配慮として翔はそういう話題、冗談を口に出さないようにしていた。
しかしそんな翔の奥ゆかしい配慮を踏みにじるように、渚は変わらず女性への下心を微塵も隠さない会話を繰り広げた。
かつてなら聞き流す、または悪乗りし話し込む。
そんなしょうもない下品な会話やジョークが、透き通った可憐な声で発せられるのだから、思わず心臓と脳味噌が跳ねるのだ。
その影響を受け続けた結果、猥語を見る度に渚の声で再生されるのは序の口で、性欲に従い己を慰めようとした時、渚の声が過りに過って、それどころではなくなることがしばしば。
とにもかくにも、渚は翔に無遠慮であった。
だがそれは、気の置けない友人であり、ほぼ家族と同じ存在の翔に、着飾らない素の自分をさらけ出すことで甘えていることを示していた。
それは友人冥利に尽きることだが、親しき仲にも礼儀あり、という格言に即して欲しいと翔は切に願う。
病院でああ言った手前、今更慎みと遠慮を持って距離を考えろなどと、口が裂けても言えなかった。
翔がそうやってまごまごしている内に、相当の価値を秘めた原石になった渚が、どんどん磨かれていくことで、ダイヤモンドにも勝る輝きの娘になっていく。
幼き頃と変わりない、成長を共にしてきて知らない部分などない、と思っていた親友が自分の知覚できないところで、大きく変化していくのがどうにも寂しく、ふと目を離せば遠くへ行ってしまうのではないかという杞憂に、度々襲われることとなった。
男の時は見知らぬ友人と渚が仲良くしていようが、特に思うところはなかったが、今は素知らぬ男と渚が和気藹々と話しているだけで、嫉妬と不安がやってきて、どうしようもない。
今のところは、部屋に入り浸る時間や遊ぶ頻度、友人としての関係は、部活動に邁進しているわけでも、色恋にうつつを抜かすわけでもない為、特に変わりない。
だが、そんな日常は直ぐ様に形を変え終わりを告げかねないと、渚のTS症発症にて思い知っていた。
この杞憂を渚に吐き出せたのならば、どれほど楽であろうか。
しかし、自分に降りかかった好奇と奇異の目線に怯えていた、いたいけな少女に、こんな劣情混じりの不安を告げる訳にもいかない。
不安を溜め込めば溜め込むほど、翔の腹の中で沈殿し折り重なり、喉元まで逆流しようとする。
それを渚に悟られぬよう必死に止める毎日。
だが、高校2年の8月の初頭の折、その健気な堤防は、決壊を迎えることとなった。
*
揺らめく陽炎は消えさり、ヒグラシの鳴く声と散らばった雲が、日の終わりを思わせる夕暮れ。翔の自室を照らそうとしていた夕日の陽光は、カーテンで受け止められていたが、乱雑にカーテンが閉ざされていることで出来た隙間から光の線を、床へと延ばしていた。
昼とも夜ともつかぬ、気だるげな時間。
部屋の主がいない、ほんのりと暗い部屋の中で紙を擦る音が、時計が時を刻む音と共に、一定の感覚で鳴る。
夏休みはとうに半分すぎ、中間に設けられた登校日。昼前に終わったことにより、帰宅するや否や着替えることもせずに翔の部屋に赴き、渚はだらだらと漫画を読みながら、過ごしていた。
部屋の主のベッドの背に身を預けて、床に胡座をかいて読み耽っている中、階下から登ってくる足音が、ドアの前で止まった。
「閉まってますよー」
「え?……いや開いてるじゃねえか」
翔がドアを押し開いた。左手で保持した、1.5Lのコーラと、家に常備されている渚のコップと己のグラスを乗せたプラスチックのトレイを、床へと置く。
下らない冗談を吐いてご満悦な渚が、喉が乾いたと要求したものだった。
「サンキュ。蓋開けてくれ」
「はいはい」
致し方なく、翔がコーラの蓋を捻り、その流れで渚のコップへと注いだ。
渚はコップを両手で掴むと、ぱちぱちと気泡が弾ける様が清涼なそれを、ごくごくと音をたてて、豪快に飲み干した。
翔もグラスにコーラを注ぎ、ちびちびと飲みながら、渚が読み終わって、端に纏められている漫画の山から適当に本を拾い、渚から少し離れてベッドへと腰掛ける。
翔も渚に習い、漫画を開いた。
純情な青少年である翔は渚を意識して以来、ふと隣を見れば、何の華やかさもない己の部屋に、渚という一輪の花が咲いていることに胸が高鳴りしたものだが、ほぼ毎日部屋に通いつめられている以上、流石に慣れていた。
ページをめくる。読み終わった本を置く。
それぐらいの物音でしか、沈黙は破られない。
プライベートスペースに互いがいるのが当然なため、二人において会話の停滞は恐れるものではない。
談話をするとなれば、脈絡なく始まるのが常であった。
「晩飯、どうする。母さんたちいないし、出前でも頼むか?」
「それでいいかも」
今日は互いの両親が外出、仕事で不在である日だった。誰もいない家で二人きりで留守番というのは、小学校の頃から発生することがあった。
親友と食事を摂ったり風呂に入ったりと、日常の動作を親がいない中行うということが、何か特別に感じられたこの時間が、翔は好きだった。
女子と誰もいない家で一緒、と封じていた不埒な考えがチラチラと過るが、何とか意識の外に放り出す。
そして会話が途切れ、紙を擦る音だけが重なった。
互いに喋らずとも苦ではないために出来上がった沈黙は、幾千もの会話よりも、二人の仲の良さを雄弁に語っていた。
不意に、渚が体を震わせた。漫画を傍に置き、鳥肌がたった腕を擦りながら、翔へと尋ねる。
「なあ、エアコンのリモコンどこ?ちょっと寒い」
「多分、枕の上に放り投げたかも」
「取って欲しいなぁ」
「お前の方が近いだろ」
目線を向けることなく翔が答えると、へえへえ、と面倒そうに渚は首を振り、のそのそとベッドへと登ると、リモコンを探し始めた。
シーツを捲ったり、枕をひっくり返したりと忙しなく手を動かすものの、それらしい物は見当たらない。
「んん、無いかも」
「あー、それなら別の所に置いたか、も……しれん」
翔は漫画から目を離し、枕元で右往左往している渚へ声をかけるものの、それは途切れ途切れとなった。
渚は四つん這いの姿勢にて、枕元を荒らしている。そして学校帰りのままの服を着替えていない為、スカートを履いていた。
詰まるところ、壁際に居座っていた翔からは、スカートの中の、淡い水色の布切れが覗けてしまっていた。
渚の透明感のある雰囲気に合致したそれに加え、体全体を動かして捜索していることで、臀部が可愛らしくふりふりと揺れ、翔を誘惑するような様に、目を奪われる。
あまりに無防備に晒される、少女の恥部劇。永劫に続くと思われたそれは、渚がお目当てのモノを引き当てたことにより、終幕を迎えた。
「おっ、ベッドと壁の隙間に挟まってた」
「……そ。そっ、れなら、よかった」
「こんな感じでお前が昔エロ本隠してたの思い出すなー、懐かしい。小学何年生の時だっけ」
「忘れたそんなの」
リモコンの操作によって鳴り響く電子音は、欲情してしまった翔への警鐘か。
リモコンをエアコンに向けるべく、振り返った渚から逃れるよう、すぐさま手元に開かれたページを凝視し、演劇の記憶の消去へ勤しむ。
だが、封をしていた筈の渚への情欲が、脳へ雪崩れ込んだことで意識してしまうと、また明日と、渚と別れるまで性的な思考の連鎖は止まらない。
渚のあられもない姿を妄想して、膨らみ始めた股間が恨めしい。本を太腿に置きそれを除き込むような姿勢をとって、いかがわしい膨らみが強調されないように、違和感を覚えさせない漫画の読み方を実践する。
床へ降りるのが面倒になったのか、シーツを被り、整えた枕に頭を置いて読書を再開した渚が、口を開く。
「そういや……今日帰るときぐらいに、にわか雨降ったよな」
「ああ。……あれ。そんぐらいに帰ってたのか、よく濡れなかったな」
「下駄箱で嘆いてたら、後輩が折り畳み傘貸してくれてさ。いい後輩を持ったって、誇らしくなったって話。まあ、そいつとは初対面なんだけど」
「……なんて言って、貸してくれたんだよ。というか知らないのかよそいつ」
「本当に知らない奴だったよ。これどうぞ、返さなくていいですから、って感じで、ささっと雨の中駆け抜けてった。誇らしいっていったけど、不思議だったって感じかな」
ここのところの翔を悩ませる情欲とは別の、渚との関係への恐れが去来して、心が乱される。
翔は、いよいよ拗らせに拗らせた悪感情が極まり、渚が自分以外の、下心を持っていそうな男と仲良くしているのを、見るのも聞くのも、どうにも許容できなくなりつつあった。
放課後の大半は共に下校しているが、今日は翔が教師に用事を頼まれた為、時間がかかるから先に帰っていてくれと渚へ告げた。
用事を暫くこなしている内に、校舎の窓からにわか雨が通り過ぎていくのを、今帰ってる奴は大変だなと、他人事として受け取っていた。
渚と別れてから経過した時間を加味すると、1人になった渚がすぐ学校を抜けたとして、雨が来る前に徒歩で帰宅することが余裕な通学路の距離故に、先に部屋に居座ってだらけていた渚が濡れていないことに、何も思わなかったが、そんなところに罠が潜んでいるなどと、翔は思い付きもしなかった。
渚が女子の格好をするのは、女性として見られたいという客観的なものではなく、女性としての自分を楽しむという主観的な視点に基づいているからだ。
そういった周囲の評価を気にせず、自由奔放に生き生きとしている渚に、惹かれる男がいる可能性は、大いにある。
故に翔は想像する。
そうやって後輩がお前に傘を渡したのは、お前に恋慕の情を抱いているからではないのか。
返さなくていいと宣いながら、お前が申し訳なさを感じて、返却しにくることを利用して、お近づきになろうとしているのではないのか。
しかし、こんな稚拙な想像に過ぎないものを口に出すのは憚られる。
喉元に引っ掛かった指摘を、どうにかコーラを口に含むことで飲み込んだ。
先程から無用な緊張と興奮で、喉が渇いて仕方ない。
「そうそう、言うのどうしようか迷ってたんだけど言うわ。今日俺、初めて告白されたんだよ」
「んぐっ!?」
渚にとっては何ともない、世間話のつもりなのだろうが、翔にとっては爆弾が投下されたに等しい。
気管に詰まりかかったコーラの炭酸が喉をいたぶる。
殺意を見せた黒き刺客を、何とか胃に落とし込むと、動揺したことを悟られぬよう、自然体を装い詳細を聞き込もうとするものの、端々に隠しきれない焦りが滲み出ていた。
「ぐ……んんっ。誰に?女、男……?」
「え、何で女の子に告白されるんだ。してきたのはお前んとこのクラスの、森明って奴」
「森明……あいつか!」
翔にとって森明は、近くを通りかかれば挨拶やちょっとした世間話をする程度の、クラス替えによる、二年生からの関係の男だった。
翔とは異なる、友人グループに属しており、その面々の中では一番に顔が良く、大っぴらにモテている訳ではないが、彼女がいるだのフラれただのと、浮わついた話を何度か耳にしたような気がする。
そんな浮き名を流す男が、あろうことか渚を狙ったという驚愕の事実に、脳が壊死するような感覚に陥る。
TS娘と男の恋愛というのは、かねてより小説や演劇等の、エンターテイメントの題材として酷使されるぐらいには、珍しくない話である。
「ロミオとジュリエット」、「走れメロス」等の著名な作品がごまんと存在する。
「いつ、何であいつに告白された……?」
「んー。お前と別れてから校舎裏に呼び出されたんだ。なんか俺が女になってからずっと好きだったらしくて、すごい可愛いって褒めてくれてな。好きです、付き合って下さいって頭下げられたよ」
ああまで言われると流石に恥ずかしいけど、嬉しいね、と髪を指でくるくると弄びながらはにかんで渚は言う。
そのまんざらでもなさそうな表情は何だ、と翔の心臓が不安と焦燥に焚き付けられて、鼓動が早まっていく。
舌が縺れそうになるのを必死で制して、絞り出すように翔は告白の成否を問う。
「……オッケーて、返したのか」
「いや、ごめんなさいって返したよ。気持ちは嬉しいけど、そっちのことよく知らないし、恋人とかはまだちょっと分かんないって。申し訳なかったけど」
「……俺に、何で言わなかったんだ」
「こういうのって言いふらすのあまり良くないだろ。でもまぁ、お前に隠すのもあれだから言うことにした」
「なるほどな、……なるほど」
ざまぁみろ畜生、お前なんかじゃ無理だよ、とひどく醜い嫉妬と嘲笑を心の中の森明へぶつける。
その浅ましい僻みをぶつけ終えると、こうやって自分のベッドに寝転がって、漫画を読んでいるこいつは、己の知らない女性としての世界、繋がりを得る機会がやって来ていて、そのつもりならば自分という居場所から、離れることが容易であるという、目をそらし続けていた、確たる事実に翔は打ちのめされそうになる。
今の今まで、疎遠にならずにこうも付き合い続けられていることは、奇跡か惰性なのか。
あの日、ずっと一緒にいると誓い、そして今もそうあれと信じているが、その約束は果たされ続けるのかは、もう分からない。
嫉妬と不安と未練に、色欲がない交ぜとなった、じっとりとした昏い感情が、心の中で渦巻く。
永遠にそれに苛まれ責苦を受けるというのなら、吐き出してしまえと、悪魔が囁いた。
「──なあ、渚」
「ん」
「もし、俺がお前のことが好きって告白したら、どうするんだ」
決して深刻なトーンにならないように、己の中の今にも暴発しそうな感情を押さえつけながら、平静を装い、何でもないような雑談の体を繕う。
「……ふふ、お前が?」
「どう、なんだ……」
「そうだな…………。うん」
僅かな沈黙の後、渚はむくりと起き上がり、翔へと目を合わせる。
柔らかな好意を湛えた瞳が、ゆっくり細められた。
ほんの僅かに頬を赤らめさせて、小さな口を開く。
「──いいよ、付き合っても。……なーんてな」
その笑顔に垣間見えた、艶めかしい「色」。
そのからかい混じりの告白は、目の前の親友を、女として扱っていいという許可だと翔は、受け取った。
そうなれば、理性の裏に潜む独占欲と征服欲、動物としての本能を止めていた鎖は、崩れ落ちる。
翔は、徐に立ち上がるとベッドへと乗り込んだ。
「ん?どうした」
「……じゃあ、こうしても、いいのか」
とん、と渚の肩が翔の手によって押される。
「……あ…………」
小さく声を漏らした、見た目通りの力しかでない渚では、男子高校生の力を持って容易く寝かされてしまい、そこへ翔が覆い被さった。
その小さな体は、翔の体の内へとすっぽり収まってしまっている。頬の横に立てられていた両腕と、膝をついたまま開いた足が、渚の行動を防いでいた。
その翔の姿は、かよわい小鳥を閉じ込め飼い慣らし、外へと飛び立たせない、堅牢な鳥籠を思わせる。
押し倒された渚が上を見上げ、翔が下を見下ろす。
互いに、目が離せない。
そこに会話は無く、がらんどうの家の中で響くのは、2人の少しずつ荒くなってきた、呼吸音だけ。
今ならまだ、友人とはいえ男の前で無防備にそういう発言をしないようと警告の意を込めた、押し倒しだったと、誤魔化せるかもしれない。
だが、覆水は盆に帰らず。椀に並々と注がれていた好意という名の水はぶちまけられ、目の前の女をしとどに濡らしている。
そして降りかかった水を拭うでも、払うでもなくただその状況を良しとしている以上、誤魔化すなど、愚の骨頂だった。狙うは、今しかない。
ならば、欲望のままに、と翔は決意する。
カチ、カチ。秒針が急かすように時を刻む。
どんどんと、翔の顔が近づいていって、少女の柔らかな唇へ重なりあう直前。
熟した林檎の如く顔を赤くした渚は、投げ出されていた両腕で翔の胸を押した。
「っや、その、キスは……駄目。……他なら、いい」
年頃の少女然としている、恥じらいを込めたやんわりとした拒否。
元男として、かつての同姓との口づけは、嫌悪感、又は拒絶反応が生じるのだろうか。
出鼻を挫かれたと一瞬残念な気持ちになるが、即座に「他なら」と続いたことに翔は歓喜する。
男が女を押し倒している以上、これから始まる行為を想像できない筈がない。
少なくともペッティング程度の行為は行っていい許可が降りたという事実が、翔を興奮の坩堝へ叩き込む。
血が沸き立った翔は、口が駄目ならばと、渚の体で己の衝動をぶつけるに相応しい場所を探す。
直ぐに目についたのが胸であったが、これは段階的に少し早いと、卑猥な知識を貯めに溜め込んだ灰色の脳細胞が、否を出した。
それが駄目ならば、股間は持っての他である。
分かりやすい性的な部位が案から除外されると、腕、太腿、足、尻と次々に目を移すも、どうにもマニアックであり、キスほど直感的ではない。
これ以上無用な時間をかければ、勢いが失われ、渚が拒否するかもしれない焦りが現れ始めたその時、涎を嚥下したことによる、蠢めいた喉が目に入る。
そうだそこがあったと、顔を近づけると、首筋へと口づけを落とした。
「……っう」
ビクリと体を強ばらせる渚に、不味かったかと己の唇を離すが、特にそれ以上のリアクションを起こさないことを確認すると、再び喉へとキスをする。
粘膜で触れる初めての女体の肌は、想像の倍は官能的であった。冷房の設定温度を上げたことと緊張で、汗で濡れてしっとりとしている、キメ細やかな肌は、唇で押せば反発するような、若さに満ち溢れていた。
ちゅっ、ちゅっ、と大げさに唇を鳴らすと、その度に渚の体が震える。
口づけの雨を落とし終わると、喉へと口でかぶり付き、吸い付く。皮膚が浮き上がる感覚に、渚は思わず身悶えした。
吸い付いた痕に舌を這わせれば、汗のしょっぱさと微かな甘さが味蕾を刺激した。
吸血鬼が処女の血を啜る心情とは、こんなにもたまらないものなのかと翔は1人、心の中でごちる。
「んんっ、はっ……はあっ……」
翔の四肢の檻の中で体をくねらせ、悩ましい声と息が零れ始めた渚に気をよくした翔は、もう充分だと、喉への接吻を止めた。顔を上げると、視界に渚の顔が写る。
「あ、見る、なぁ……っ」
にこやかな笑みが似合うその美貌を、汗で張り付いた桃髪が汚し、頬を紅潮させ、目を潤ませている様子は、今まで映像越しで見てきたどの女よりも扇情的であった。
翔の妄想で慰みものとなっていた渚の乱れた顔よりも、何倍も生々しく、そそられる。
もっとその顔が見たい、と渚の胸へと指を這わす。
喉への接吻で、触覚が鋭敏になった渚が、びくびくと体を震わせるものの、翔への抵抗はしなかった。
制服のボタンへと手を伸ばし、性欲に急かされて乱暴に剥かないようにと、ぱちり、ぱちりと1つづつ丁寧に外していく。
そして、ボタンを外しきると、両手でシャツを開帳した。メスの匂いが籠る蕾が花開かれたことにより、湿気を帯びた甘酸っぱい匂いが解き放たれ、翔の脳に、がつんと強烈な衝撃を与えた。
フェロモンが多分に込められた体臭は、翔の理性を奪い、オスの本能を煽る。
小ぶりな、双山を保護し支えている、爽やかな水色の、ブラジャーへと手を伸ばす。
ブラジャーのホックの外し方など知るよしもない翔は、ブラを上へとずらして、対処する。
持ち上げられ離されたことで乳房がぷるり、と僅かに揺れた。
まん丸としたお椀形で、形が崩れておらず、クーパー靭帯の消耗がないのか、垂れること無く、天井へ向いたハリのある双丘の頂点に、瑞々しさを感じさせる乳頭。
渚が荒い呼吸を繰り返す度に,胸部と一緒に上下する。
それへ指を這わすと、大きく手を開き揉みしだいていく。
「あっ、やぁ……」
薄い皮膚の下に詰まった脂肪へ、指が沈んでいく。
ぐねりぐねり、と揉んでいくと、手の内いっぱいに広がる、一本の芯が通ったマシュマロを掴んでいるような揉み心地。
知りたくても、知ることが叶わなかった胸をまさぐる感覚は、母の腕の中で揺れていた頃に覚えていた、温かさで満たされるようなものだった。
「んっ、んんっ……はっ……♥️」
胸部から生じる甘い痺れが、渚をふわふわとした心地へと誘う。
無骨な手が渚の乳房の感触を覚えていくと共に、翔の痛いほどに張り積めた怒張が、ズボンをぐいぐい押し上げて、解放を訴える。
いよいよイチモツが、この憤りの発散の場を設けろ、と騒ぎだしていた。
胸への愛撫を取り止め、スカートの裾を掴み、恐る恐る捲り上げる。そこには事故によって見えてしまった水色のショーツが変わらずあった。
しかし、先程と異なる点が1つ。
クロッチに大きな染みができていること。
徐に、そこを指でなぞれば透明な糸が伸びた。
それは、男を受け入れることを認めた、淫らな証印。
翔は渚の尻を持ち上げて、するするとショーツを足首へと下ろしていく。分泌された愛液で密着し張り付いていたクロッチが股を離れると、にちゃりと湿った音と共に細い粘液の橋がそれらの間に架かり、膝を越えたぐらいにて、ぷつりと途切れた。
スカートの中に秘められた女の子の大事な部分が、露になった。
初めて対面する、モザイクで誤魔化されていない生の女性器は、一切の汚れや染みが見当たらなく、手で触れることが一瞬憚られるほどに、耽美で幼なかった。
臀部のラインと同化した一本の立派な筋。その筋の上部の始点に、可愛らしく膨らんだクリトリスがひくひくと震えていた。
その筋で隠された、生殖器を拝むべく、ふっくらとした大陰唇を人差し指と親指で押さえると、指を広げた。
「ひゃっ!?…………はっ、はっ……」
ぐぱぁっ、と濁った水音を立てて、開かれたことによる羞恥が渚の体を跳ねさせて、反射的に顔を見られないようにと、右腕で顔を隠した。
充血した粘膜が愛液でぬらぬらと艶を帯びていて、とろとろとした淫乱な蜜を垂らし、物欲しそうに肉の雌しべが、渚の意思とは関係なく、ひくりひくりと脈打ち、翔を誘惑する。
発情した、オスを求めるそこにぶちこむのだと思うと、翔の竿はびくびくと跳ねて、興奮が最高潮に達する。
いよいよ翔はズボンのベルトを外そうとするが、緊張で震える手がもどかしく、どうにも上手く外せない。
時間は有限である。少しでも待たせれば渚は興奮から冷めて、性行為は終了となるだろう。
こうなれば、なりふりかまってはいられない。
ベルトがついたままのズボンとパンツの裾を握ると、剛直が痛みを訴えるのを無視して、下へと強引にずり落とした。
下を完全に脱ぎ去ると、窮屈そうにパンツの中に押し込まれていた、男の猛りが姿を現す。
翔の脱衣の様子をぼうっと眺めていた渚が、息を飲んだことを、翔は見逃さなかった。
幼い時は良く見せあったものの、思春期ともなれば、多少の恥じらいが生まれ、共に風呂に入る時も隠すようになり、互いのムスコの印象が小学生のままから更新されていない。
よって、渚が久し振りに見た翔のそれは、記憶の中にある年相応の可愛らしいものと異なり、思春期の男のそれの一般的なサイズよりも、大きかった。
亀頭の半分ほどが包皮に包まれていて、露出した先端、鈴口からはパンツを濡らすほどに出されていた先走りが玉のように浮かんでいて、裏筋へと滴る。
その剛健で逞しいそれは、仮性包茎であることを除けば、翔の密やかなる自慢であった。
生まれてから今まで、生殖欲求を満たす機会がなかった非業の男槍の、本懐をやっと果たすことができる。
ここでやっと、翔はコンドームの存在を思い出した。
衝動と興奮に飲まれるまま、ここまで来たが、決して渚に妊娠のリスクを背負って欲しいわけではなかった。
不意の緊急時への備え、それと、男としての見栄を込めて、ズボンのポケットに突っ込んだままの、財布に忍ばせておいたゴムを取りだそうとするが、腕が動きを止めた。目を数度瞬かせ、再びポケットへと腕を動かそうとするが、やはり動かない。いや、動きたくないのだ。
不可解な現状に翔は困惑する。頭の中ではゴムが必要だとしている筈なのに、体がそれを拒否していた。
生殖を命題とする動物としての本能が、人を人足らしめている知性を拐かし、思考による四肢の稼働の権利を本能に委ねさせた。
出す直前に引き抜いてしまえば、問題ない。それに、時間をかければまずい、と性衝動に突き動かされて、翔は生での挿入を敢行することとなった。
竿を握り、淫裂へと誘導していく。
渚からゴム無しでの挿入を指摘されることがないまま、蜜でぐずぐすにふやけた膣口へと、亀頭を差し込んでいく。
穴へ収まるというよりは、閉じていた柔壁をこじ開けるような感覚。
亀頭が収まったと思った矢先、引っ掛かりにぶつかって進行を止まる。
貞操の証であり、抵抗である処女膜だと、翔はすぐに分かった。
そして渚も、翔の先端が膜に当たったということが分かって、一層息が荒くなった。
柔らかな粘膜に包まれる、瑞々しく艶かしい肉感に、翔はもう耐えられなかった。
渚の腰を掴み、ぐっと此方へ引き寄せると──。
「──────あぁっ!」
──膜を貫き、膣内に肉棒が突き刺さった。
綺麗な花を手折ったような、そんな背徳的な感覚が、イチモツと脳を支配する。
家族と同じだと思っていた親友の男に、渚の花は散らされた。
接合部からは血が零れていて、破瓜の痛みをこらえる為か、シーツに皺が出来るほど手で強く掴んでいる渚は涙を浮かべていた。
大粒の滴がこめかみへと垂れていく。痛ましい様相の渚に安心をもたらさせるような、優しい言葉や、気遣いをかける余裕が、今の翔にはなかった。
「くうぅっ、あっ、っふ」
「はぁ、はぁっ…。……渚っ」
「ふぅ、ふぅ…ぅん…。しょ、う…っ」
生での挿入による、妊娠という大きなリスクは、溜まりに溜まった性欲を抱き続けてきた相手で吐き出せるという、至福の瞬間の前では、塵芥に等しかった。
その興奮に身を任せ、激しく腰を動かし性交を開始したいところだが、翔は情けないことに動けなかった。
今まで無骨な男の右手しか知らなかった翔の陰茎は、女の胎内へ侵入したという喜びと快感に震えていて、今にも白濁とした涙を溢しかねなかったのだ。
そんな限界を迎えかけているところに、ねっとりとした、平熱より少し高いぐらいの体温をした熱い膣肉がイチモツ全体を包み込んで、ぎゅうぎゅうと絞りあげるように蠢く。
みっちりと肉ヒダが隙間なく吸い付いてくるものだから、あまりにも柔らかい粘膜の感触が永続的に伝わってきて、腰が砕けそうになる。
少し引いて戻すだけで、直ぐにでも果ててしまうだろうという予感がよぎった。
腰を掴んでいた両手を渚の胸へと持っていき、まさぐる。隆起したピンク色の先端を、こねては引っ張って、乳首をなぶると、渚の苦痛に呻く声に喘ぎが混じり始めた。
「んあ、あっ……ぐっ、んんぅ……」
渚の胸への愛撫に気を回すことで、下半身から脳へ送られる気持ちよさに耐えようとした。
そうする内に少しはその官能すぎる肉感に慣れてきて、まだ途中までしか埋まっていない肉棒を収めるべく、腰をゆっくり突き出していく。後少しで全て収まるというところで、行き止まりへとぶつかった。
渚の膣の深さを把握すると、肉棒で弾力を持った膣肉をゆっくり押し広げては戻して、何も知らぬ純真な膣へ、初めての男の味を染み込ませるように、引っ掻き回していく。
抽挿の度に、互いの体液でぐちゃぐちゃとなっている渚の蜜壺が、耳を塞ぎたくなるような、卑猥な水音を鳴らす。
にちゅ♥️ずちゅ♥️ぐちゅ♥️
「はっ、ふう……んぁ……くふぅ……あっ♥️」
痛みをこらえていた渚が、痛みを塗り潰すほどに強烈な快楽の波を浴びて、苦悶が切ない声に変わっていく。
摩擦の度に肉ヒダが裏筋やカリを剃り上げる刺激に、翔は腰が持っていかれそうになりながら、どうにか蛞蝓が這うような速さを止めて、陰茎を打ち付けていく。
ぱん♥️ぱん♥️
「あっ、んっんっ♥️あぁぁ♥️」
肉と肉がぶつかり、跳ね合う。
快楽に浮かされて、半音上がった幼い少女の喘ぎ声はあまりにも蠱惑的であり、己の陰茎で女を気持ちよくさせている実感が、翔の心臓を跳ねさせる。
一切の経験がない為、腰を使って穴に出し入れするというのがどういったものなのかと、戦々恐々としていたが、気づけば勝手に腰が動いて、へこへことぎこちないが、渚へと腰を打ち付けていく。
いよいよ勢いが増していき、翔は必死になっていく。
「なぎ、さっ!なぎさぁっっ!」
「あっあん♥️やあっ!あっ!♥️」
甘い痺れが渚の意識を朦朧とさせて、快活さを奪い、淫らにさせていく。
快楽でむき出しになったありのままの渚が、どうしようもなく愛おしくなって、渚の背中へと腕を回し、体を抱きすくめた。
体を密着させて、翔の耳元で矯声を拾う。
「ぐっ、うう、出、るっ!」
「あっ♥️ああっ♥️しょう♥️んんんっ♥️いっ──♥️」
互いに目の前の快楽に夢中で、返事なんて求めていなかった。
最早渚への労りは消え獣欲を滾らせて、言葉にはできない思いの丈をぶつけようと、一層体を抱き締める力を強くして、引き抜き押し込むスピードが早くなっていく。
いよいよ射精するかという段階で、引き抜かなければと、快楽で麻痺していた良心が咎めた瞬間、びくんっ、びくんっ、と膣内が痙攣し締まりが急に強くなって、後少しで来ると構えていた絶頂のタイミングが不意に訪れて──。
「─────くっ、っっっ♥️」
「ううぅっ!ああっ!」
びゅうう♥️どくん♥️どくん♥️
──渚の膣内で、精を吐き出した。
これまでの射精で感じたことのないほどの快感は,体を折らずにはいられないほどに強烈だった。
びちゃびちゃと、濃い精液が断続的に尿道から飛び出し、膣内を白く汚す度に、腰が、がくがくと震える。
子を孕むという臓器としての目的の達成の為に、精子を求める肉壺が、蠕動と収縮を持って、翔のオスをシゴき上げ、絞り出していく。
陰嚢の中の精子を全て吐き出したのではないかと錯覚するほどに、射精の時間は長かった。
射精後の虚脱感が体を重くする最中、ふと、渚はどうなっているのかと、翔は気になった。
いざ挿入すると余裕がなくなって、相手の顔の推移など彼方に消し飛んでいたが、どうなっているのか。
「はあっ、ん、うぅっ……♥️」
そこには、口をだらしなく開いて、右腕で両目をいじらしく覆う、快楽に屈服したメスがいた。
絶頂の余韻か、時折体をビクリと震わせ捩らせているのが、どうにも淫猥でしかたない。
その卑猥な様子に、俺がこうしてやったのだと、征服欲が満たされる。
心臓から止めどなく供給されていた血液の奔流が緩やかになって、硬さを失い始めたそれを、翔は引き抜く。
透明な愛液と破瓜の血の赤、そして精液の濁った白が混ざりあった、薄い桃色のゼリー状の液体が、渚の淫らな口より、ごぽりと零れ、垂れ始めた。
シーツを濡らしていく、交わりの縁。
性を貪りあう音は止まり、再び部屋にお互いの吐息のみが部屋に募る。
翔は体を壁へと体重を預け疲労を癒そうとし、渚は体を思い切り投げ出すことで、体を労った。
翔は快感の余韻が全く消えずにいて、頭に靄がかかったように、はっきりと物事が考えられなかった。それは渚も同じなようで、2人は焦点の合わぬ視線を虚空に向け、息をただ吐くのみ。
カーテンの隙間から差していた夕日が明度を落として、部屋の薄暗さが増していた。押し倒してから時間はそれほど経過していないと翔は感じていたが、時計を見れば1時間近く経っていたことに、驚きを隠せなかった。
その驚愕により、渚の初めてを奪った興奮と快感で、下半身に主導権を委ねていた脳が目を覚まし、主導権を奪い返した。
そして今起きたことを、ありのままに分析する。
その結果、壁に頭を叩きつけて、くたばりたいという衝動が体を強かに打ち、後悔と罪悪感が翔の精神を蝕み、破壊しようとする。
渚との関係を維持する努力を忘れ、自分勝手で自己中心的な思考に陥った挙げ句、汚い欲望に駆られて親友をレイプした。どうしようもなくおぞましく、恥ずべきことでしかなかった。
頭をシーツに叩きつけ、翔は懺悔する。
「ごめんっ!!ごめん……っ!こんな、最低な、ことを……。しかも、中に出すなんて……」
今まで得て築いてきた信頼に、安心に、絆につけ込み、性的暴力によって大事なものを奪ったというのは、相手が抵抗しなかったからなどと嘯いても、誤魔化しきれない悪徳だった。
大罪を犯した代償として、断頭台が用意されたならば、迷わず翔は己の首を跳ねられることを望むだろう。
呼吸を落ち着けた渚が、項垂れている惨めな親しき罪人を、慰める。
「……痛かったけどっ、お前だったから、いいよ。それに、今日大丈夫な日だし、こういうことがあった時の為に、病院からアフターピル貰ってるから」
「そう、なのか……?いや、それでも、お前を強引に襲って傷付けたことは、どうやっても謝りきれない……」
「…………、なら」
ちゅっ、と翔の唇に走る衝撃。悔恨の真っ只中にいた翔は気づけていなかった。目を閉じた渚が間近に迫って、後悔を垂れ流す情けない男の口を、唇を持って防ぎにきたことに。
翔も思わず目を閉じて、ファーストキスの感触に、浸った。
「ちゅううぅ、ん~♥️はっ……ん……」
長く、深い口づけは翔の罪悪感をゆっくりと溶かし、多幸感を産み出していく。
甘い甘いそれに、翔の固まっていた表情筋もほだされて、だらりと緩んで、だらしのないものへ変わっていった。
唇が離れて、温もりが消えたことで、瞼を開いた。
そこには大事な友人が、変わらずいる。彼女は上唇をちろりと舐めると、呟いた。
「ん……っ。次はゴムつけてくれたら、許すよ」
「──え」
先程までの情事で火照って乱れていた顔に、あどけない笑みを浮かべて、渚は翔に赦しを与えた。
後編は、1日中いちゃらぶ孕ませえっちとなっております。
暫しお待ちいただけると幸いです。
感想お待ちしています。
追記:10000UA達成しました。
皆様のお陰です。ありがとうございます。
追記2:サブタイトル変更しました。変更前のタイトルが渚中編のタイトルとなります。
追記3:中編、後編の展開の都合上、「数えれば15年」という記述を削除しました。
誠に勝手ながら申し訳ございません。
ご容赦ください。