※この作品はR-18です。

在宅奴隷・諾子(なぎこ)II 鬼母篇   作:シン之助

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 加木充司の牝豚マゾ奴隷になり、悪の手先と化した春日諾子はついに穢れた汚物まみれの食材を息子・悠人に食べさせ呪いをかけてしまう。だが、相反する心と肉體に翻弄されながらも、諾子は少量しかない枇杷の実を自身を顧みず全て悠人に飲ませ魔を退治することに成功した。しかし・・・放屁音が脳内に響き渡った途端、諾子は再び邪淫に呑まれたように良心を失っていく。充司に命じられるままご神木だったお守りを祟り器に変え、邪悪な快感に溺れて自我を失っていく。そしてついに諾子は最後の一線を越え、まるで魔女に取り憑かれたように悠人に対するマゾ奴隷調教を嬉々として施してしまう。淫虐の限りを尽くされた悠人は祟り器を植え付けられ、内部から邪淫に染められつつあった。加木親子が去った後、正気を取り戻した諾子の前には苦痛に悶える悠人の姿が有った。全てに絶望した諾子は自らの命を断っていた・・・・


第37話 氷の女と鬼子母神3/3_(血の地獄)

---------登場人物---------

春日 悠人(はると):主人公

春日 諾子(なぎこ):悠人の母

春日 悠年(はるとし):悠人の父(M商事・開発部・課長)

加木 充司(じゅうじ):主人公の遠縁(悠年の母方の従祖母の孫娘(はとこ)の婿養子の夫)

加木 清充(きよみつ):充司の子

枇杷の実の精:謎の老人の残留思念

金賢姫:サタンの娘。AJK団総帥。

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「これがあなたにしてあげる最後のことね・・・」

 

 母はその優美な手で、僕に身体に纏わりつく淫らな穢れを拭ってくれた。ひと擦りするたびに、穢れ悪臭を放っていた淫汁が少しずつ拭い去られて行った。まるで僕は母に磨かれるように、全身を隈なく拭い清められていった。

 

「悠人・・・御免なさい・・・はると・・・」

 

 母の悲しみが・・・僕の全身を清めて行った。母の慚愧の念が・・・僕の心を清めて行った。その度に、僕の腸(はらわた)で蠢いていたものは断末魔の声をあげ、沈黙していった。しかし、淫汁を直接浴び続けた僕の顔は、そんな事では清められるはずもなかった。僕は実の母親に、穢されてしまっているのだ。

 

「清めてあげる・・・悠人・・・あなたは穢れないで・・・はると・・・はると!」

 

 だが、母は諦めようとはしなかった。母はその尊い舌先で、僕の顔に纏わりつく淫らな穢れを舐め始めたのだ・・・。

 

(ダメだ・・・母さん・・・それじゃあ母さんも穢れを体内に受ける!)

 

 母は憑かれたように僕の顔を嘗め回し、一心に嘗め清めていた。まるで贖罪するように。まるで自殺するように・・・。やがて、あれほど穢れ悪臭を放っていた顔がすっと清められていくのを感じた。それと共に、母が確実に穢れていくのも・・・。母は命がけで僕の全身を清め、自らを省みないのだ。

 

【わしは食べられお前たちに吸収されてその使命を果たす】

 

 枇杷の仙人さん御言葉がいきなりフラッシュバックした。

 

(そんな・・・枇杷の仙人さんだけではなく、母さんまで?!)

 

「私の命を注いであげる・・・悠人あなたは生きて・・・生きて・・・生きて!」

「!!・・・・・ダメだ母さん!!・・・・・・」

 

 僕は閉じこもっていた殻を破って、地獄のような夢の中に復帰していた。そこは真っ赤な血の海だった。僕は裸の格好で血の海の中に横たわっていた・・・。

 

「なっ・・・なんだこれ?!・・・・」

 

 血の海地獄・・・そんな言葉が頭をよぎった。僕は起き上がろうとして、かえってその海の中に沈みこんでしまっていた。ズブズブとその血の海の中に没しながらもなぜか一つも不快な気分にはならなかった。

 

「これって・・・人の血・・・母さんの血?・・・・・」

 

 血なまぐささや嫌な感じは一切しなかった。海中にすっかり没しても僕は溺れることもなく、呼吸も苦しくならなかった。その海はまるで僕を包み込むように優しくとても慈愛に満ちていた。・・・同時に、深い悲しみや苦悩が滲み出ていた。

 

---------------

 

『この血の海は諾子殿が背負ってしまった業そのモノじゃ』

 

 僕は血の海に沈みながら枇杷の仙人さんの声を聴いたような気がした。

 

「その声は・・・枇杷の仙人さん?・・・僕に食べられてしまったのじゃあ??」

 

 僕は口を閉じたまま、心の中で思わずそう問い返していた。

 

『左様・・・お前に食べられ吸収されて無に帰すはずじゃった。ところがお前の腹の中で美し気な歌声に呼び覚まされた。誠に清らかな歌声じゃった。その時尊い存在に出会うことが出来た。さる神社の御神木じゃ。わしは何度もその神社に行ったことが有る。可哀そうに祟り神に変えられて、わしの存在すら分らぬほど昂っておいでだった。お主の母が清らかな声で目覚めさせ、命がけで浄化するまではな・・・』

 

 今度ははっきりと仙人さんの声を聴くことが出来た。僕はその声を聴いただけで思わず安堵が込み上げてくるのが分かった。血の海の中で僕は必至で仙人さんに問いかけていた。

 

「母さんが浄化?・・・命がけ?・・・」

 

 「浄化」とは母が僕の穢れた身体を拭き清め、最後には顔に残った穢れすら舐め清めてくれたことだと直感していた。でも「命がけ」と言う言葉が気になっていた・・・

 

『邪淫に堕ちた者が全身全霊でそれを悔い、死を賭して清めれば、祟り神は元のお姿にお戻りになる。お主の母が死を掛けて捧げたこの血と身体を清め続けたその行為のお陰で、祟り神を鎮め、本来のお姿にお戻しすることが出来たのじゃ』

「死を賭して?・・・それじゃあやっぱりこの血は母さんの・・・」

 

 自分が浸かっている血の海が、母さんの血であることを知ってゾッとする思いで聞き返していた・・・。

 

「左様・・・お主を取り囲んでいるその血はお主の母の血・・・諾子殿の死を賭した行為によって・・・祟り神を本来の姿にお戻しすることが出来た。そのお陰で、わしも御神木の霊威を受け、こうしてお主とまた会えるようになったという訳じゃ」

 

 僕の目の前にいつもの仙人さんのイメージが浮かび上がった。僕の腸で消化されかかり多少くたびれた様に見えたが、目の前に立っているのは確かにいつもの枇杷の仙人さんだった。僕は目も口も開けていないのに、ハッキリと優しげな仙人さんをイメージでき、声を出して語り掛けることが出来た。

 

「こんなに大量じゃ・・・母さんは僕を救うために死んじゃたってこと?・・・それじゃあ・・・何にもならないじゃないですか!」

 

 僕は夢の中でそう叫んでした。あの時、母の悲しみと恐怖の念がひしひしと僕にまで伝わってきていた。絶対的な絶望が再び僕を襲っていた。

 

「意義はある。わしと元に戻られたご神木とでお主の肉體に巣食おうとしていた淫虫どもを蹴散らせたのじゃからな。今までお主が感じた苦痛は奴らの抵抗のせいじゃ。だが危ないところじゃった。あと少し遅ければ、お前の魂は淫虫どもに巣食われて真っ黒に染められておったろう・・・」

「それって・・・もしかすると・・・母さんも死ぬ間際まで淫虫に・・・」

 

 僕は母さんの悲しみや苦悩が周りに溢れている事が気がかりだった。そう問わずにはおれなかった。

 

「左様・・・お前の母にもあの淫虫どもが巣食っておった。お前の母は、あの小娘の思惑通りにドス黒く染められてしまっておった」

 

 聞きたくなかった言葉だった。血の海の中でなかったら、僕はきっと耳を覆っていただろう。だが、聞かずとも何となくそう感じていた。嫌な予感が何度も心をよぎっていた・・・

 

「それじゃあ母さんの魂は・・・」

「人間の魂は暗闇で輝く光のようなものじゃ。死と言う無の世界を照らし出す、唯一無二の生の輝きなのじゃ。だから光は何ものにも染められぬし、死ぬまで薄汚れることはない。お前は夢から覚めればその記憶を全て失う。じゃがその事だけは、しかと肝に銘じておれ。やがて魂がそう感じるようになるまで」

 

 仙人さんはそう言って僕をじっと見つめた。その目は僕の魂までも見通すように聡明さに裏打ちされた確信に満ちていた。

 

「でも、母さんは淫虫にドス黒く染められたって・・・」

 

 きっと僕は涙を浮かべていたに違いない。僕が薄々感じていたことを・・・絶対に人には聞けない事を、夢の中の仙人さんに問いかけていた。きっと今までもそうしていたに違いない。いつも忘れてしまうけど・・・きっと仙人さんは僕に食べられながら僕を導いてくれていたに違いない。

 

「お主を包み込んでいるこの血の感覚はどうじゃ?お前が聴いた母の歌声に偽りはあったかの?その魂は黒く染まっておるかの?」

 

 母の歌声は清らかで美しかった。そして僕を包み込んでいるこの血の感覚は・・・この優しさと愁いに満ちたこの感じは邪淫とは程遠かった。

 

「・・・・・・・・僕には・・・とても善良で、清らかに感じられます。ドス黒くだなんて・・・到底そんな感じは・・・」

「左様・・・諾子殿の歌声やお主を包み込んでいるその血が答えじゃ。そこに溢れている思いこそが諾子殿の本当の心じゃ」

 

 愁いを帯び、悲しみが滲み出ているが、優しさと温かさに満ちていた。邪淫に染まったとは思えぬ尊いオーラが感じられた。

 

「魂自体は変えられぬ・・・しかし、その輝きを映し出す鏡である「心」はそうはいかぬ。割れやすく、傷つきやすく、すぐに薄汚れてしまう。ガラスのように割れて心を失ってしまう者もいる。真っ黒に染められて光を失い、魂が失われたように見える者もおる」

 

 そこで言葉を切って仙人さんは僕をじっと見つめた。その目には否定とも肯定ともつかぬ、複雑な思いが宿っていた。

 

「そして・・・心を淫虫に蝕まれ食い破られる者もな」

 

 聞きたくない言葉だった。絶望がひたひたと押し寄せてきていた・・・。

 

「それって・・・母さんの心は・・・」

 

 仙人さんは否定しなかった。ハッと息をのむ僕をじっと見ながら、仙人さんは続けた。

 

「左様・・・わずかに残ったお前たち家族への愛情の欠片だけが・・・諾子殿に残された良心じゃった。その上、心を浄化するはずの枇杷の実のコンポートすらお前に全て与えてしまった。おかげでお主は救われ、今こうして苦痛から解放されておる。諾子殿の自分を顧みぬ行いによってな・・・底抜けに綺麗な魂の持ち主じゃたな・・・」

 

「でも・・・それじゃあ母さんは・・・」

「左様・・・お前を救うために自らを犠牲にした。そして魂に巣食った淫虫どもに蝕まれ心を真っ黒に染められてしまっていた・・・」

「そんな・・・母さんは僕のために邪淫に堕ちて死んだの?!」

 

何という皮肉・・・残酷な結末に僕は絶望を感ぜずにはおれなった・・・。

 

「左様・・・魔女によってお前を呪うよう暗示をかけられ、地獄のような快感を味わいながら邪淫に堕ちてしまった。酷いありさまじゃった。まさにあの悪辣な小娘の思う壺じゃった」

 

 絶対的絶望が僕を襲った。母の魂と変えられてしまった心は分離して無限の苦しみと底なしの悲しみに堕ちていたのだ・・・。でもこの温かさはなぜなのだろう。この優しさはどうしてなのだろう・・・。

 

「空蝉のワシでは・・・お主を救うだけで精いっぱいじゃった。だから諾子殿は魔女に魂を売り渡すか、死を選ぶほかなかった・・・」

 

 この血に滲んでいる悲しみと愁いの意味を知って、僕は愕然としていた。

 

「死を賭して邪淫に完全に堕ちることを避けようとしたのじゃ・・・お前に手をかけてしまったことに絶望してな・・・。この血の温かさをしかと受け止めるが良い。お主の母の命がけの温かさをな」

「・・・・・・・・・・」

 

 僕はもう一度、僕を取り囲んでいる温かな母の血に意識を戻していた。

 

「母の心が黒く染められていたなんてとても考えられない。こんなに清らかで温かく優しく慈愛に満ちているのに・・・」

 

「左様・・・その血は清らかで慈愛に満ちておる。諾子殿はわしの手など一切借りずに、自分自身で清めたのじゃよ。お主を救おうとする無私の行為によってな・・・。並大抵な事ではない。邪淫に染まった状態でお主を二度も救ったのじゃからの。あの小娘すら予想だにしなかった。だからわしの存在も、祟り神にわしが遭遇していることも気が付かずに、休息を取りに行ってしまったのじゃ・・・」

「・・・・・・・」

 

「そして、お主の母はお主を救った二度の行為によってふたたび美しい光を取り戻してから死んだのじゃ。良いか・・・魂は高潔なふるまいによって常に清められ続ける。常に浄化され洗練されていく。それは汚れなかった無垢な魂よりもはるかに尊く美しい」

「・・・・・・・」

 

【私の命を注いであげる・・・悠人あなたは生きて・・・生きて・・・生きて!】

 

 僕は母の最期の言葉を思い出していた・・・。しかし、僕の周りに纏わりつくこの血はまだ温かかった。

 

「母さんはまだ死んではいない・・・まだ間に合うはずだ・・・仙人さん・・・何とかならないの?なんなら僕の命を・・・」

 

 そう言いかけた時だった・・・。

 

「お主の母の願いはお主を生かすこと・・・。お主まで死んではならぬ」

「でもそれでは・・・母だけが・・・・」

 

「それが邪淫に堕ちた者の定め・・・生者必滅ぞ・・・・」

 

「・・・・・・ち・」

「・・・・ちがぅ・」

「・・・ち・・違う・・・」

 

「何じゃと?」

「・・・・・・違う・・・断じて違う!」(←悠人君の口癖です・・・親譲りの・・・)

 

 僕は思わずそう叫んでしまっていた。夢の中の出来事は全て忘れてしまっているけれど、僕はきっと仙人さんに逆らったことも、言い返したこともなかったと思う・・・。しかし、今は違っていた・・・。僕は泣きながら叫んでいた。

 

「僕が許す!母を無限に許す!仙人さんが何といっても許す!」

 

 仙人さんの大きな目がさらに大きく見開かれ、やがて眩しそうに細められていった・・・。

 

「僕が許す限り母は邪淫に堕ちていない!それこそが真実なんだ!僕は母を全力で許し続ける!」

 

 仙人さんの目は聞き分けのない駄々っ子を困ったように見つめる様な目にも、珍しいものを見るような好奇心旺盛な目のようにも見えた。

 

「ふっ・・・その言葉待っておったぞ。正解じゃ・・・」

「えっ?!」

 

 仙人さんは可笑しそうに「カッカッ」と笑うと、ニヤニヤしながらこう言った。

 

「神は血など欲してはおらぬ。聖なる心と無私の純真な行いのみを求め、生贄などを求めるものではない。捧げるは正義の心・・・。お前の言う通りじゃ。神の使者に命を投げ出させてはならん・・・」

 

 そう厳かに言ったかと思うと、いきなり目を大きく見開き

 

「喝!邪淫退散!!」

 

と大喝した。

 

 その途端、仙人さんの手から光の粒子が放射され、僕の周りを渦巻きながら取り囲みはじめた。その光はキラキラと枇杷の花のように白金に輝き、この世のものとは思えぬ神々しさを放っていた。

 

「波動エネルギーの流れを感ぜよ!」

 

 仙人さんの声が一閃し、辺りに轟いた。それは僕に向かって言った言葉ではなかった。その声に感応するように僕の中にいるご神木が腸(はらわた)の奥底で光りを発し始めた・・・。

 

「そう・・・空蝉のワシ一人ではどうにもできん。じゃがお前に託された母の思いと、ご神木の力は、あの小娘の力などを軽く凌駕する」

 

 お臍の下の辺りがまるで光の玉を飲み込んだように鈍く光り始めたと思った瞬間、その光の玉がまるでビックバンのように強烈な光を放ちながら僕の中で爆発した。肉體の中心から光の粒子が四方八方に飛び散り、眩しくて何も見えなくなっていた。何の痛みも苦痛も感じなかった。強烈な光の渦に呑み込まれた様に、僕は何も見えず何も聞こえず何も触れることが出来なかった。そして・・・僕の周りを取り囲んでいた血の海が蒸発するように消えうせ、母さんの肉體に還元されていくのが感じられた。

 

(・・・・・・)

 

 しばらくはホワイトアウトしたように辺りが真っ白になって何も分からなくなっていった。やがて光の粒子はゆっくりと粉雪のように僕の身体に降り注ぎ、淡い光となって消えていった。気が付くと僕は柔らかなベッドの上で横になっていた・・・。

 

「お主たち母子は似ておる。ゆめゆめ死のうなどとは思うでない・・・。やがてお前は夢の中の出来事を忘れ去る・・・しかしその魂にしかと刻み込んでおくが良い。人間の魂は光のようなものじゃ。だから光は何ものにも染められぬし、死ぬまで薄汚れることはない。全てを許せ!」

 

 その言葉を聞きながら僕は地獄のような夢からやっと解放され、本当の眠りに落ちようとしていた・・・

 

「御神木が吐き出した祟り汁は御主の母が呑み込んだ時にはもう霊威ある聖水に変わっておった。おかげでお主の母の心は全て浄化されておることじゃろう・・・。だが・・・諾子殿の魂に巣くった淫虫共は退治できた訳ではない。いつ魔に囚われてもおかしくはない・・・。くれぐれも気を許すでない。特に充司に巣くった小娘はな・・・」

 

 仙人さんが僕の耳元でそう囁くのが聞こえたような気がした・・・起きた時、僕の記憶のどこかに残ってくれていると良いのに・・・そう思いながら何時しか深い眠りについていた・・・。

 

「一つだけお前に力を授けよう。あの小娘だけは御主達の手にはおえんだろうからの。『邪淫退散!』と唱えながら、お主の正義の一撃をあの小娘にお見舞してやれ。ご神木のパワーがまだあるうちにの・・・」

 

-----------------------------

 

「私の命を注いであげる・・・悠人あなたは生きて・・・生きて・・・生きて!」

 

 鮮血が断ち切られた手首からシャワーの様に悠人の上に吹きかかり、ベッドの上には血飛沫が真っ赤な海のように広がっていった。悠人から苦痛の表情が薄れ、うっすらと安らぎの表情が浮かぶのを見ながら、私は意識が遠のいていくのを感じた。私に死が訪れようとしていた・・・

 

【ならん!】

 

 遠のいていく意識の中で、突然その声が頭を揺さぶる様に脳裏に響き渡った。その声に呼び戻されるように私の意識がぶり返し始める・・・。

ふと目を開けると、私の目の前に一人の仙人のような老人が立っていた・・・。頭の後ろで結わえただけのボサボサの長い髪の毛、伸びきった顎髭、ガリガリに痩せた身体・・・まるでインド人の僧侶が身にまとっているようなくすんだ黄色の袈裟を着ている・・・。

 

「あなたは?」

 

 私は地獄に落ちてしまったのだろうか?・・・しかし私は自分の置かれている状況も弁(わきま)えずに、そのあまりにも異様な風体に思わず見入ってしまっていた。眼窩は朽ち、頬はこけて、ガリガリに痩せこけているものの、その目は爛々と輝き、慈愛に満ちた穏やかな笑顔をその老人は浮かべていた。

 

「ここは天国?それとも・・・」

 

 その老人はただ私をじっと見つめ、何も答えようとはしなかった。やがて私はまだ自分が悠人の部屋の中で佇んでいる事に気づいた。そして悠人も私も手首から飛び散った血を浴びて血だらけになっていることも・・・。

 

(死に切れていない・・・)

 

 私がそう考えた時だった。その老人の慈愛に満ちた表情が、清々とした荘厳な表情に切り替わり、悠人の方に向き直るとその瘦せこけた手をかざした。

 

「喝!邪淫退散!!」

 

 暖かな気がまるで光の渦の様に悠人の肉體に降りかかっていくのが私でも感じられた。まるで手先から光の粒子が零れ落ち、悠人の全身に降り注がれていくような、美しくも荘厳な光景だった。

 

「波動エネルギーの流れを感ぜよ!」

 

 老人の言葉が脳裏に響き渡った様な気がした。私は光の洪水を目の当たりにして目が開けられなくなり、手首の傷のことなど忘れて目をつぶったまま老人に聞いていた。

 

「こっ・・・これって?・・・あなたはいったい?・・・波動エネルギーって?」

 

 N国語が通じているのか分からなった。だが、なぜかどこか見たことのある老人だと思いながら、心の中でそう問い質さざるを得なかった。目をつぶっているというのに、その老人が確かに目の前にいて、穏やかな表情を浮かべながら語り掛けてくるのが、しっかりと感じられた。

 

「わしはさるお方が残された残留思念じゃ。其方(そなた)達を見守るよう、この枇杷の木に託されておる。特に枇杷の実はその思いが強く結実しておる。毎年、其方(そなた)達に食われながら其方(そなた)達の一部となって、その方の願いを遂行している。一年に一度きりじゃが、其方(そなた)達と共にこの温かな家庭を守り、そして其方(そなた)達と共に、この孤独な老人も温かな家庭の幸せのお裾分けを頂いておるのじゃ」

 

「残留思念?・・・さるお方?・・・」

 

「そのうち思い出すじゃろう。今はその時ではない。そして・・・其方(そなた)も、其方(そなた)の息子も、わしに会ったことはすぐに忘れる事じゃろう。だがわしの思いは其方(そなた)の血にも、息子の肉體にも宿り続け、其方(そなた)達を守り続ける。よいか、努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ」

 

 そう言って老人は悠人の肉體にかざしていた手を下ろした。ようやく目が慣れてきた私の目の前に向き直った。今や光の渦は悠人を取り囲み、光の繭のように悠人の肉體全体が光り輝くようだった。

 

「相変わらず美しい魂をしておるな」

「はい・・・とても良い子に育ちました。こんな素晴らしい子になるなんて・・・」

「いや・・・其方(そなた)の事を言っておる」

 

「私の魂が美しい?」

「左様・・・類稀(たぐいまれ)な魂の持ち主じゃの」

 

「息子を毒牙にかけ、殺してしまおうとする母親の魂が?」

「左様・・・その愛の深さ故、其方(そなた)は悠人を傷つけ、その情の深さ故、其方(そなた)は充司の手管に堕ちる」

 

「こんな事は許されることではありません・・・私は・・・私はもう・・・悠人を・・・この手で・・・」

 

 悠人に降りかかる光にばかり目を奪われていて、この時初めて私は手首の痛みがなくなっている事に気が付いた。いつの間にか、私の手首の傷は癒え、悠人やシーツに飛び散っていたはずの血痕が蒸発するように霧散し、残らず消えていた。

 

「人の心は穢れ続ける。人は・・・あらゆる生き物は・・・他の生物の命を傷つけ、殺し、奪い続けて暮らさねばならん。何人(なんぴと)もその業からは抜け出すことが出来ん。しかし、同時に心は清められ続ける。その高潔なふるまいや無私の行為によって常に浄化され洗練されていく。それは無垢な魂以上に美しく尊い」

 

「其方(そなた)はもう2度も悠人を救っておる。そして今・・・悠人のやつめ・・・あの小娘の罠を見事に打ち破りおったわい・・・そなたを許すことによってな」

「えっ?」

 

 改めて悠人を見ると苦しそうな表情は消え失せ、安らかな寝息を立てていた。光の粒子はほとんど悠人の中に吸収されたように見えなくなって、肌のところどころで瞬く星の様な光が時々輝くだけだった。

 

「小娘め・・・その子の精を期待しておる様じゃが・・・そうは問屋が卸さんよ。悠人が次に目覚める時、すぐに便意を催す。ミミズの朽ち果てたような大量のウンコを放り出すだけじゃ。トイレで悠人が驚くさまを見られないのが残念じゃ」

 

 そう言って可笑しそうに「カカッ」と笑った。

 

「良いか・・・其方たち母子の魂は類まれな美しく強力な魂じゃ。特に其方(そなた)の魂は邪淫に染まりやすく、しかし清らかさを失わない程にしっかりと内側から輝き続ける。小娘が欲しがるのも無理はない。努々(ゆめゆめ)自ら命を奪おうなどと思ってはならん。残留思念(うつせみ)でしかないワシでは一年に一度きりしか其方(そなた)達を守れんからの・・・そして其方にはまだ淫虫共が・・・・」

 

 仙人のような老人の姿は力尽きた様に次第にぼやけ、私の目の前からスゥっと消えていった。

 

「まって・・・私は・・・どうしたら・・・私は一体どうしたら・・・」

 

 私は消え去ってしまった老人のいた場所に向かって虚しく問い続けていた。

 

「この子に合わせる顔がない・・・教えてください!・・・私・・・」

 

 私は呆然としながら傷口がすっかり癒えた手首を見つめていた。途方に暮れ、私は手にしたままだったカッターの刃を再び取り出すと、手首に突き立ようとした。しかし、私がカッターの刃を手首に当てようとした途端、刃が根元からポロリと折れ、手首を掠(かす)めて床に落ちてしまった・・・。

 

「死ぬことすら許されないの・・・私は一体・・・どうすれば・・・・」

 

 しかしもう・・・その問いに答えてくれる者はどこにも居なかった。

 

「悠年さん・・・・」

 

 私は思わずそう言っていた。そして・・・そう思わず言ってしまった自分が許せなかった。

 

 ふと悠人の様子を伺うと、苦しそうな表情はすっかり消え、健やかな寝息を立て始めていた。悠人の傍らに跪き、その手を握り締めると、しっかりとした暖かな感触が伝わってくるのが分かった。

 

(とりあえず・・・・無事なのね悠人・・・良かった・・・)

 

 私はすっかり安心し、悠人の手を握り締めながらそのまま気を失う様に、その場で寝入ってしまった・・・。




●次回はいよいよ最終回です!
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