タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
1 同級生の記憶(1)
「紫藤さんって、覚えてる?」
卒業して20年近くが経つ。
その夏、創立120周年ということもあって、僕の出身高校でも広い会場を貸しきった記念式典が開催された。
その場に出席していた、同じクラスだった元同級生たちとの二次会で、話題が切れた埋め草にその子の話を振ってみたのは、どこかで気になっていたからだったと思う。
「2年のとき、退学した子でしょ?
あのちっちゃくてかわいい感じだった」
「妊娠してたんじゃないか、っていう噂もあったよね」
「なんか色っぽくなってたって聞いた!」
「そうそう、退学のちょっと前、化粧もしてた」
「いや、妊娠とかそんな話じゃないと思うよ、1学期に親御さんがお亡くなりになったから、多分親戚に引き取られて引っ越したんじゃないかな。」
「でもさあ、だったら普通転校だよね・・、退学としかわからないって、次の学校決まってなかったんだよ、たぶん。」
「なんか借金か何かあって続けられなかったんじゃない?学校。親御さんがなくなってから、たしかバイトしてた。駅前の○○。」
「家計急変とか、学費免除とかの制度もあったはずだけどねぇ」
「引き取った親族、ろくな奴じゃなかったんじゃない?」
そのあと、すごく景気が悪い、それで進学費用も出せない家庭がいっぱいある、みたいな話になり、ありがちな勤務先のブラックさ競争になって、その話は流れた。
三次会に行こうよ、という声もあったが僕は帰ることにして、勘定を少し多めに払って出ようとした。
そのとき、あのさ、と声をかけて、高木という2年生のときの同級生が追いかけてきた。
彼は僕と紫藤と2年のころ同じクラスで、紫藤とは同じ部活(文芸部)だったはずだ。
「さっきの『紫藤みなり』の話だけどさ。
俺も帰るけど、ちょっとだけいいか?」
もちろんさ、と近場のチェーンの喫茶店に誘ったが、彼は、いや、そこまでじゃない、と首を振った。
店を出て、僕がホテルまで帰る道を、途中まで同道することになり。
最初に軽く現況など交換したあとで、彼は口重く切り出した。
「あの子さ、多分死んでるよ、学校辞めた後すぐ。」
どういうこと?
「病気か何か?」
「いや、違う。嘘だったらいいと思うけど、多分殺されてる。すごくヤバい話。多分だけど。
ーー今は話せないから、後でメール送るよ。でも、知らない方がいいかもしれない。」
胸騒ぎを覚えたが、ありがとう、と言ってその場は別れた。
※ ※ ※
紫藤みなりというクラスメイトは、まあ平凡な範囲の女の子だった。
かわいいけれど、クラスで男子の間では3、4番目くらいに人気があるという微妙な感じ。
美人さんというより小動物的な可愛さという系統だったと思う。
発育が遅れていたのか背は低く、やせっぽちだけど顔は少し丸顔で、目は大きくないけど切れ長で、くしゃっと笑う顔が印象的だった。
色の少し薄い髪を肩につかないくらいのショートカットにしていて、たいてい、前髪をパステルカラーの髪ゴムで一筋結んでいた。
ちょっと人見知りな感じだったが、たいていは庇護して(またいじって)くれる大柄な女の子と一緒にいて、その内輪では結構ガードが下がって楽しそうにおしゃべりしていたり、にこにこしていたりしていたのを覚えている。
どうみても高校生に見えず、小学高学年か、せいぜい中学生という印象。
温厚な性格で、あまり男子とは積極的には話をしないながらも、年の離れた弟がいることもあってか面倒見は良く、話しかけると相手をしてくれる。だから、クラスの男子からの好感度は高かったのを覚えている。
クラスのスクールカーストの上位の中村さんや烏丸さんのように外見が派手だったり頭がすごく良かったりということはないが、成績上位者でもあり、定期試験ではいつもランクインしていた。
そんな彼女のことを今日口に出したのは、僕の記憶に彼女のことが残っている一幕があり、彼女の近況を知りたかったからだ。
ーーーーー
たしかそれは高校2年の夏休みが終わり、二学期目が始まってしばらくの頃。
9月末くらいだっただろうか。少なくはなったが、まだセミが鳴いていたのを覚えている。
部活が終わった帰り際、忘れ物を思い出してホームルームに戻ると、彼女が教室の窓際で夕焼けを見つめているのに出くわした。
広く開けた西の窓際、微風が吹き込んで白いカーテンがなびいていた。
紫藤は腰を少し折って、窓際のレールに両手を乗せてあごをつけて、じっと暮れ始めた夕日を見ていた。
教室は赤く染まっていて、なにかの映画の一場面のようだったと思ったのを覚えている。
さすがに何も言わず入るのもためらわれたので、紫藤さんどうしたの、帰らないの、と声をかけた。
彼女のキャラだと、びくっと驚いて反応するかな、と思った。
でも、そのとき確か紫藤は少しけだるそうに顔を窓のガードのレール(手すり)に乗せたまま、顔だけでそっと半分だけ振り返った。一瞬ではっきりは見えなかったが、泣きそうな顔に見えた。
「志野くん」
そういって、でもそのあと何も言わず顔を伏せた。
「紫藤さん、大丈夫?何かあった?」
僕と彼女とは、出席番号が近かったので席も近く、1学期目は話をする機会が多かった。
たいていは配布物の話とかどうでもいい用務的なことだったが、1学期の半ばすぎくらいにはそれなりに話すようになっていた。
それから彼女が数日欠席し、ご両親が亡くなったという話を聞いたのが、1学期の末。
2学期初めに席替えをして、彼女とは話す機会もなくなっていた。
でもそれくらいの近い知り合いではあったので、そのままお邪魔しました、と出る選択肢は思い浮かばなかった。
今思うと、同級生のちょっとかわいい子にいい格好をしたいという下心もあったかもしれない。
そのとき、何も言わずに紫藤は首を振った。
そして、2歩くらいの距離に近づいた僕に突然飛びつくように抱き着いた。
僕はあまりのことに一瞬フリーズしたと思う。
何か大変な事情があるのだと思った。
いじめられたのか、女の子同士のトラブルか、といったことが頭をぐるぐる巡った。
背の低い紫藤は、僕の胸に頭を埋めて、こんな小さな女の子が、と思うくらいの強い力でぎゅっと抱き着いていた。
薄いシャツごしに、熱い何か、多分涙(か鼻水)が感じ取れた。
僕は半ばパニックになりつつも、こんなときに突き放して傷つけてはいけない、といったようなことを思い、何も言わず、いや何も言えず、小さな子供にするように、そっとその小さな背中を叩いていた。
時間にするとごく短時間だっただろうか。
しかしその時は(いつ終わるのかもわからず)とても長い時間だったように感じていた。
女の子はなんて柔らかいんだろう、そして何かいい匂いがする、と、今思うととてもくだらないことも考えていたように思う。
西の山に日が入り、教室が陰った。
残照が教室の天井に残るだけになった。カナカナと遠くでセミの声がした。
僕の背中に回していた紫藤の腕の力が緩み、そして頭を振るようにしながら紫藤が離れた。
「志野くん」
そして紫藤はまたそういって、ただ大丈夫かと芸もなく繰り返して問いかける僕に微笑みかけた。
泣いていたことが明らかで、目が赤いように見えた。
「ごめんね、ちょっと嫌なことがあっただけなの。・・でも大丈夫になったよ!」
空元気なのだと思うが、そういって紫藤は笑顔を浮かべてみせた。
あまり注意していなかったが、紫藤の目の下には隈があり、またちょっと痩せてやつれているように見えた。
「紫藤さん、大丈夫?何かできることある?」
「ううん、大丈夫なの。ちょっと大変だったけど、もうすぐしたら上手く行きそうなの。
ーーでもやっぱりすごく嫌なこともあったから、落ち込んでたんだよ」
「そう、何かあったら言ってよ。僕なんかだと何もできないかもだけどさ」
「ううん、そんなことないよ。びっくりしたでしょ?ほんとごめんね、そしてありがとう。すごく寂しかったの。・・シャツ、ごめんね?」
あたふたと手で涙などに濡れたシャツを引っ張るそぶりは、1学期の、以前の紫藤のそれだった。
僕もちょっと安心して、何かくだらない冗談みたいなこと、記念にシャツは洗わず取っておきたいとか、を言い交したような気がする。
そのうちに日はますます陰り、下校の放送も流れて、そのまま帰ろうか、という空気になった。
「あのさ、志野くん、」
そのときに、紫藤は忘れ物を取ってカバンに詰めている僕をじっと見つめていたが、一緒に教室に出ようとしたとき、そっとぼくのシャツの袖を引っ張って止めて、そして言った。
「志野くん、何かできたら、って言ったよね。」
「うん?何でも、もちろんできることならね?」
「わたしのこと、覚えててくれる?」
「当たり前じゃん。ずっと覚えてるよ。卒業しても、大学にいっても、髪が白くなっておじいさんになっても。毎日だって思い出すよ。」
「ありがとう」
そして彼女はきれいに笑いかけながら言った。
残照の最後の一筋が髪に当たっていた。
「志野くん、ありがとう。わたし、志野くんのことが好きだよ。」
僕は突然の告白(?)にまたフリーズした。
何か言わなきゃ、と思ったが言葉がすぐには出てこなかった。
帰ろうよ、と彼女は何でもないように歩き出し、僕は確かめる機会を逸した。
そのあと、今はもう思い出せない、どうでもいい軽い会話を交わしながら僕と彼女は下駄箱で靴を履き替え、階段を下りて校門に向かった。
閉門に立っている用務員さんにさよならの挨拶をし、わたし駅まで行くから、ここまでだね、また明日、と彼女は白い歯を見せて笑って手を振った。
僕も手を振り、自宅に向かうバス停に向かった。
その日の残り、いや数日、何かぼうっと地に足がつかない感覚と、胸にひきつれるような痛みがあった。
今思うと、それは恋、それも初恋と呼ばれる感情だったのだと思う。
その翌日、彼女は登校しなかった。その翌日も。
2週間ほど彼女は欠席し、教室の彼女の席はぽつんと空いていた。
ある朝、机の中や横のフックの荷物(そしておそらくはロッカーの中の荷物も)がなくなり、担任から彼女の退学が告げられた。
しばらくは、彼女の退学理由についていろいろなうわさが流れた。
前にも書いたように、ほかの学校の生徒と付き合っていて、妊娠したんだという説も、親戚に引き取られたという説もあった。
僕は彼女が放課後の教室にいたこと、泣いていたこと、そして好意を告げられたことを他のクラスメイトには言わなかった。
僕の心の中でほかの人に知られてはいけない、自分だけの秘密の宝物のような記憶でもあり、同時に、何もできなかったという後悔の滲む痛みを与える記憶にもなっていた。
僕はあのとき、本当は何を言えばよかったのだろうか、彼女の心は救われていたのだろうか。
その後、時間とともに教室では彼女の記憶は風化した。
僕の中では彼女の姿は残っていたが、やがてフィルムを重ねた向こうの景色のようにぼやけていった。
僕は3年生に進級して受験勉強に力を注ぎ、別の女の子に実らない恋をし、東京の大学に進学した。
そしてアルバイトと授業の日々を過ごし、氷河期の中でなんとか就職先を見つけた。
出身高校は県下では有数の進学校ではあったが、同級生の中には就職に失敗してフリーターのままという者や、正社員で就職したが過重労働でうつ病になったりした者も多い。以前と比べて、2~3割くらい、同窓会の行事への出席率も低いらしい。
その中では恵まれてた方なのだろう。月日を経て、今、僕は非営利団体の中堅職員として勤めている。
大きな希望も絶望もない、変わらない日々。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
穏やかだが砂を噛むような日々は、少しずつ僕の心を乾かしていった。
高木からメールを受けるまでは、紫藤はあくまで過去のひとつの記憶、まもなく砂に完全に埋もれるだろう記憶のかけらにすぎなかったと思う。
紫藤のことを同窓会の二次会で口に出したのも、半ばは単なる義務感のなせるわざだったかもしれない。
僕は紫藤との約束を守れなかったのだ。