タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
あれから数日。
結論からいうと、まだ紫藤戦線は膠着中だ。
あまり露骨に接近すると紫藤は逃げることがわかっている。
だから、先の調布との取り決めどおり、僕は、せいぜい朝夕のあいさつ程度しか接触しないつもりだった。
その分、調布に期待していた。調布に紫藤ともっと親交を深めてもらい、向こうの事情を打ち明けてもらえるくらいになり、あわよくば僕の接近を許してもらえるくらいに懐柔したりしてもらえれば、と思っていたのだが。
「あたしも、避けられてるよ。」
げんなりという感じで、調布智美が美術室の机に突っ伏している。
まあしっかりしてるように見えても、僕の中身の半分の年齢の女の子なのだ、親友から距離を置かれるのは堪えるだろう。
ここはあの美術室。
今回は僕が彼女の靴箱に手紙を置き、協議を申し込んだ。また昼休みの密会だ。
今回は彼女だけでなく僕もちゃんと昼食を持ってきている。前回は購買にパンを買いにいけなかったからな。
「僕も、ただのイモムシからチャドクガのケムシにランクアップした気持ちだよ。」
「チャドクガってなによ。」
「ほら黄色い、ふさふさの毛が生えた毒蛾がいるでしょ。触るとカブれるやつ。」
要は気持ちが悪くて見たくないだけの生き物から、気持ち悪くて有害で近寄りたくもない生き物にステップアップを果たした気分だよ、と、そう説明する。
「あはは、ーーなにそれ、ランクダウンじゃない。」
虚ろに笑う。
これまでは、この前みたいに一応挨拶だけはしてくれていたんだけど。
今では、登校時刻などが被らないように調節している気配がある。
紫藤は先生が来るのに合わせてギリギリに教室に来る。先生のあとをついてきて一緒に教室に入るのだ。
部室や図書館(自習席は早くから開いている)で自習してから来ているのかもしれないし、バスなどの時刻を遅くしているのかもしれない。
一度靴箱でかち合いそうになったときには離れた場所で僕がいなくなるのを待っていた。
地味に堪えるし、理不尽だがイラッとする。
ましてや、怒りも覚えることだろう、特に自分としては紫藤のために行動したつもりの調布としては。
「でもあんまりよね。あの子のためにやったことなのに。」
「言ってくれるな、諸悪の根源は僕なんだから。」
「あはは、ーーそうよ、よくわかってるじゃない。志野が原因、諸悪の根源。でも話を聞いて、まあ情状酌量の余地があるのは分かったわ。あと、あの子もなんか思い込んでるみたいだし。」
うーんと伸びをする。
ああその背中のカーブがいい、折れそうに反らされる腰も、普通サイズの範囲だが突き出されて強調された形のいい胸も。写真に収めたい、できないけど。
代わりに網膜に焼き付けよう。
僕の粘つく視線に、警戒するように調布がぎゅっと身を縮めてこちらを威嚇する。
「そこ、いやらしい目でこっち見ない!くりぬくわよ。」
「悪かった。」
「言葉に誠意がない!膝をついて謝ってみる?」
「ああ、土下座して靴を舐めるよ。」
「うわあキショッ。ほんとにやったらマジで蹴るからね。顎が折れるくらい。」
まだこの時代、「キモい」は主流じゃない。それってご褒美です、も通じないだろうな。
調布はかなり軟化した、というか対応は相変わらずツンツンなんだが、呼び捨てにしてくれるくらいには気がおけない距離になった。
頭の回転が速く、ぽんぽん反応が帰ってくるのも好きだ。
一回くらい本当のデートがしたいな。絶対拒否されるだろうけど。
20年後でもダメかな。ちょっと脈ありに思えたんだが。
「それでさ、どう思う?どこから聞かれてたと思う?」
「分からない。でもあの倒れこんだところは見られたわ。普通、あれ見たら、ーー」
「やっぱり僕が襲ったって考えるか?それとも二人でこれから仲良くしようとしてたって考えるか。一度、強引にでも捕まえて話を聞いてもらわなきゃいけないか。」
悪手かもしれないな。失敗すると目も当てられない。
でも、このままだとやり直し前のレベルにすら行きつかない。焼き串コース。
「ねえ、聞きたいんだけど、ーーなんで志野はそんなに焦ってるの?っていうか、なんであんなに色々知ってるの?
志野のやらかしたこと、事情を知らずに聞いたときは、あの子の性格を知ってるあたしには、ちょっと許せない感じがした。
だけど、志野は、いろいろ知ってるじゃない?
でもみなりとは、中学も塾も違う、接点はないはず。なんでそんなに知ってるの?
そして、知ってるのに、なんでこんなことになっちゃったの?もう少しうまくやれたんじゃない?」
「質問が多すぎて答えられないが、最後の点については買い被りだ、そんなに上手く立ち回れないよ。あと、いろいろ知ったのはごく最近、友達の伝手で調べたからだ。」
「それで家の中のことまで?やっぱりストーカーじゃない。あなたか、そのお友達が。」
冷やかしも含んでいるだろうが、引いてる素振りをされると凹む。
「そんなことはない。いい友達のおかげだ。」
まあここに言う友達の中にはこの目の前のあくび娘も入るんだけどな。
今は友達の枠に入れてくれてないだろうけどさ。
「それで、どうする?
あたしは多分あなたとの仲を誤解されてるだけだし、しばらく我慢すればみなりの頭も冷えるだろうし、仲直りできると思う。
だけど、悪いけどそれ以上は、ーーあなたの面倒まではーー、見てられない、取り持ったりする義理もない。
まあ、あなたたちのジャマもしないわ、馬に蹴られたくもないし。
あなたも思ってたほどのクソ野郎じゃないみたいだし。」
「ありがとう、調布さんがデレてくれて嬉しいよ。」
「デレテ?なにそれ。勘違いしないことね。言っておくけど、応援なんか絶対しないから。わかってる?なんかあったら、今度こそガツンとやるわよ?」
「ああ、仕方ない。ただ、一度、もし紫藤が誤解してるんだったら、それだけは解いときたいんだよ。
僕の独力じゃ無理だ。このままだと、何もできない。謝るにしろ何にしろ、な」
「ま、あたしもそこは、どうせやんなきゃいけないんだけど。でも二人だと、口裏合わせに見えない?」
「でもこじらせたくない。月曜まで、まだこの状態ならさ。一度呼び出して、あれは誤解だって説明する機会を持たないか?」
「月曜?土曜でよくない?」
「土曜でいい。頼めるか?」
「仕方ないじゃない。ただ、それでこれはおしまい。もう終わりにしましょう。これで誤解を解いたら、もう気安く話しかけたり、連絡とろうとしたりしないでよ。」
「なあ、どうしてそんなに僕に、っていうより男に対して厳しいんだ?」
「あなたの知ったことじゃないでしょ。」
急に機嫌が悪くなる。
「そうだな。悪い。」
しばらく沈黙。そして、少し小さい声で、独り言みたいに調布が言った。
「ーー志野が悪いんじゃないよ、あたしがダメなだけ。」
重たい雰囲気。
「なにか力になれないか?」
「放っておいて。ほっといてよ、うっとうしい。憐れまれるとみじめになるーー。」
調布の顔をみると、顔を凄い勢いで伏せたが、頬に一筋涙が伝っていたのが見えた。
僕はまた頭が真っ白になった。どうすればいい?
ハンカチを求めてポケットを探る。そのとき。
「志野くん!ダメだよ!」
凛とした声が聞こえた。あっと振り向くと、いつの間にか開いている扉、少し薄い色の髪、パステルカラーの髪ゴム。
なんでよりによってこんな場面に。
つかつかと紫藤が寄ってくる。いつになく堂々と。いや、怒っているのか?
「志野くん!」
紫藤が僕から調布を守るように、なけなしの胸を張って僕と調布の間に立ち塞がった。小さな両手にグーを作って、大きく息を吸って、吐いた。
「さとみんを泣かせるなぁー!」
怒りか恐怖か、プルプルと肩が震えている。
うわあ、気づいたけど僕は紫藤的には悪役ムーブなのか?
見ようによっては、僕は紫藤をねっとり眺め回して視姦し、追いかけ回し、捕まらないとみるや、庇護者の調布を呼び出して泣かせてることになるのか?
違うんだ、調布、何か言ってよ。
調布は急展開に驚愕していてまだ立ち直れてない。それを振り向いて見てとった紫藤がキッとぼくを睨む。
どうしよう、カオスだ。
「紫藤さん、ちょっとこれには訳が。話を聞いてくれ、話せばわかるーー」
「みなりん、ごめん、あたし、ーー」
「いいよ、何も言わなくていい。さとみんは、わたしが守るよ!」
また息を吸い込んでいる。
「さとみんに手を出さないで!」
「紫藤さん、」
「もういい、わたしには何してもいいよ、志野くんの好きにすればいい!でも、さとみんはダメ!!」
どうしてこうなるの。もうやだ、この子超面倒くさい。
ーーーーーー
僕のポケットに入っていたハイレモンをとりあえず紫藤の口に放り込んで、勢いを止めた後、調布に紫藤をハグして落ち着いてもらい、ようやく話ができる状態に。小動物の紫藤にも、バーサーク状態あるのね。
そして今、勘違いに気づいて真っ青になった紫藤は僕と調布に謝罪し、しょんぼりと俯いている。よしよしと背中をなでる調布は嬉しそうだ。
どうも紫藤には調布が僕によって何かのネタで脅迫されて呼び出され、口止めされ、嫌々従わされていると映っていたらしい。調布の単独ムーブが裏目に出たな。
そして僕が調布を詰問した上、押し倒しているのを見て(紫藤視点。前回の密会後、調布が髪の乱れに気づかず直せてなかったのも妄想を膨らませる材料になったらしい)、そして今日も調布がいない→美術室だ→志野くんが言葉責めして関係を迫ろうとしてる!もう許せない!となったらしい。
「だってあの怒ってたさとみんが、何もなかったように急に志野くんの言いなりになってて、ーー怖くて、ーー」
「おーよしよし。それで正しいわよ、こんなうさんくさい、顔と身長だけしかない、かよわい女の子を苛めるような男、やめときなさい。」
「おいおい、話が違う」
「あら、大筋ではあってるじゃない。」
「じゃあやっぱり志野くんが、ーー!?」
「違うぞ、だいたい誰がか弱いんだ。」
まあ一応、誤解が解けて。
紫藤は僕と調布に心配をかけたことを謝り。
調布は嬉しそうにお弁当(今日はホットサンドらしい。冷めてるけど)を紫藤に分け与え、紫藤もはむはむと美味しそうに食べている。平和だ。
よし、ごはんも終わったことな。ここで切り出してもいいだろうか。昼休み時間ももうあんまりないけどな。
「それでさ、紫藤さん。」
「!」
まだちょっと警戒してるかな?
「その、この前のことなんだけど。」
調布も口をはさまなかったので、手短に説明する。
僕が、例の高木とのやり取りの勢いで公衆の面前で紫藤を好きだと言ってしまったこと。紫藤の心情に配慮できてなくて迷惑をかけてしまって謝りたいこと。紫藤のことを好きと言ったが、だからといって何か紫藤に求めたりするつもりはないから安心してほしいこと。
紫藤はじっと聞いていたが、顔が少しずつ上気してきて、そんな様子を調布が、時計を気にしながらも、少し心配そうにその後ろからみている。
「その、わたしのことを、その、そう言ったけど、本当は、ーー?」
「僕は紫藤さんのことが好きだ。紫藤さんのことが気になる、もっと紫藤さんのことを知りたいと思う。」
言葉を選んで、誤解を与えないように目を合わせてゆっくりと言う。できるだけ真面目に誠実そうに。大声ではないが、はっきりと伝える。
「紫藤さんが思っていること、好きなことや嫌いなこと、うれしいこと困っていること、何でも知りたい。できればもっと仲良くなりたい。」
紫藤はちょっと俯いた。覗きこもうとした調布がなにか言いたそうに口を開いたが、そのまま口を閉じた。
「迷惑だとわかってる。ただのクラスメイトとして見守るだけでもいいんだ、無理に近づいたりはしない。もしどうしても嫌ならクラス替えまでは口もきかなくていい。ただ、心のなかで紫藤さんのことを想うことは許して欲しい。」
ショートカットの髪が揺れて。
紫藤が顔を上げて何か言おうとしたとき、調布がもの言いたげな表情で、僕の後ろを視線で示す。人がいるな。って、人?授業か?昼休みが終わってる?
ヤバい、さあっと血の気が引いた。紫藤も気づいて、似たような表情に。
今日は木曜じゃない。授業もあるけど、午後は授業、なかったんじゃなかったっけ。
何、忘れてた?今日は特別に一年生の選択科目ガイダンスで見学があるって美術の先生が言ってた?
調布さん、大チョンボじゃないですか。こんな人数にみられた?しかも仲よく3人掃除もサボったってこと?
ああ、掃除は一年生は今日は免除で、グループの集合場所がここなのね、ありがとう。
先輩たちすごいですって、はは、演劇の練習だったんだよ。
自主練。ちょっと熱が入っちゃってね。じゃあね、いろいろ見てくるといいよーー。
なんとかごまかした。