タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
シャーシャーシャーという、セミの声。
寝返りをうつ。いつもと違う、少し固いふとん。木と畳の匂い。
あれ。以前は夏休みに帰省していた、お祖父様の家だろうか?
すくなくとも、自分の家じゃない。
天井。ちょっとしみのある、板張りの天井、古びたペンダントライト。
――あ、そうだった。
身を起こす。
すこし古い日本家屋の座敷。まだ朝早い、日が射し初めたくらい。
ああ、昨夜は。この家で、みなりと志野と三人で泊ったんだ。
隣をみる。
かわいい私の妹。みなりのちいさな茶色い頭が、タオルケットから出てタオルを敷いたそばがら枕に乗っている。
何か夢をみてるのだろうか。まぶたがぴくぴくしてるけど目は閉じたまま、口をもにゅもにゅさせてる。仔リスかハムスターみたい。
思わず、くすり、と笑いそうになる。
そして私とみなりの間に寝ている、長身の男。横向きに寝てる。
薄手のタオルケットは足元と胸元ははぐられていて、お腹だけ覆っている。
上半身は裸。日焼けもしてない、一見柔らかそうな白い肌。
でもこの皮膚の下に鋼鉄のワイヤーを束ねたような筋肉が隠れてることを、私は知ってる。
昨日も、見たし。触ったし。
それ以上に見られ、触られ、――抱かれたし。
昨夜のことを思い出して、急速に顔に血が昇るのを感じる。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!
あーっと叫んで転げまわるか、ふとんに頭を埋めて手足をばたばたさせたい。
だがそのどちらも、今はできる相談じゃない。
仕掛けた時計のアラームが、鳴る前のひととき。
まじめくさった志野の寝顔をみつめながら、わたしは顔を赤らめたまま回想に耽る。
―――――
文化祭1日目の、午後のステージで。
ロミオが愛の言葉を、ジュリエットに伝えていた。
ジュリエットが、演技以上の心情を。
そう、真の恋情を乗せて志野の演じるロミオに応えている気がして。
あれで私(とみなり)は、頭に血が昇った。
いや、わかってる。
あいつは、志野は。
多分、台本に忠実に演技してるだけなんだとは思う。
「ロミオとジュリエット」は一度しか読んだことはないけど、演技について特におかしなアレンジやアドリブみたいなものには気づかなかった。
台詞回しは、おおむね原作に忠実に思えた。おそらく、普通に現代英語に直したリライト版を台本に使っているのではないだろうか。
そう、頭に血が昇った自分を諭す自分がいた。いわゆる理性だ。
だけどだけどだけど。
それでも心は、感情は。その説明に納得できなかった。
誰もが美しいと評するだろう、麗しいジュリエットとの愛のやり取りに。
私の心の奥に、鬱屈するもの。圧搾空気のように、押さえつけられて圧力を高める何かがあったのだ。
いや、今でもあるのだが。
それは、今思うと何なのだろうか。
私は志野の横顔を見つめながら、なお思いに沈む。
志野になんかさせたい。埋め合わせさせたい。
そう、───あんな言葉を、自分に伝えさせたい。
それが、一つにはあるのかな。
そうか。私は。
うらやましい、って思ってたのかもしれない。
ああいう、志野から恋の言葉を捧げられる立場を。
相手のジュリエット、美人な先輩をうらやんでいたのか。
いや、だからといって彼女を攻撃するつもりはない。
多分、私たちのことも知らなかったのだろうし。
あの先輩のことは、知ってる。3年生の有名人だ。
この学校随一との呼び声も高い有名な美人さんで、アイドルなんかよりずっときれい。
才能に恵まれてて、家も有名な実業家だとか。しかも性格までいいらしい。
不公平だとは思うけど、それを妬んで恵まれた人を引きずり落とすのは違う。
──でも。志野を取られたくないな。
ずきっと、心が痛んだ。
この心の痛み。これが手掛かりだ。
私はジュリエットの立場に立つことを羨んではいても、それが得られず心が痛むことはない。
だから、違うのだ。
ああ、そうか。
ジュリエットの立場に立つことまでは、私の心は求めていないんだ。
それは言ってみればあまりに甘すぎる、空想の世界。
現実じゃありえないことだって、分かってる。
空を自由に飛びまわりたいとか、夢の中みたいな自由自在な体術が使いたいとか、そういうやつだ。
だから、ジュリエットを羨んでるのはあるけど、それがこの心のわだかまりの主因じゃない。
この心のもやもやに「羨望」は含まれてるけど、主成分じゃない。
それに加えて。もうひとつの手がかり。
あの後、桜、中河原桜が志野のことをかっこいいとか言って。
ゆっくり話そうか、と志野に返されたのを聞いたときの、あの感情も。
あれも、羨望じゃない。いや、羨望ももちろんなくはないのかもしれないが。
だって、私も志野に関心を持たれたい。桜がうらやましい。
でもあれも、あのときの主な感情も、羨望じゃない。
不安だ、恐れだ。恐怖なのだ。
私は彼と引き離されるのを、恐れてるんだ。
もし志野が他の女、あの非の打ちどころのない清純なジュリエットと付き合ったりしたら。
あるいはあの一見地味にみえても不思議な魅力を持つ、中河原桜に惹かれたりしたら。
その彼女(たち)が私というヨゴレを遠ざけようとするかもしない、と。
私がかつて志野と交わした密約。その密約は、まだ有効だ。
その内容は、「みなりに代わって」彼の変態的な性欲を、欲情をこの身に引き受けること。
みなり以外の女との関係には、その契約は及ばない。
つまり。
ジュリエットや桜が彼の女になってしまったら、私は用済み。彼の横に居場所はない。
その意味で、私とみなりは一蓮托生なのか。
みなりは、私が彼といることを許容してくれる。
そしてみなりだったら、わたしも、いい。
志野はきっと、みなりを大事にしてくれる。
私?
うーん。どうなのかな。
幸せな一生。ちょっと今は想像がつかない。
もういろいろ汚れて歪んでレールを外れてるし。
いや、体もだけど、心もね?
ある意味、志野の変態さといい勝負かもしれない。
自分でも、自分に歪んだところがあるって知っている。
その意味でだけは、私と彼はお似合いの一対なのかもしれない。
たとえば、ほら。
寝ている志野がうーんとうなされてるように、ちょっと眉をしかめてる。
苦痛を耐えるように。
その顔を見て、心に湧き出るこの感覚。
このぞくぞくする感覚、記憶に覚えがある。
三島由紀夫を読んでいたとき。小6あたりだっただろうか。
「仮面の告白」の、「聖セバスチャンの殉教」のくだり。
あれを読んでいたときに下腹に感じた、熱。
その後図書館で画集を探し、該当する絵を発見したときの、暗く熱い歓び。
あの物狂おしい熱を、この眉をしかめる志野の表情を見ていると思いだすのだ。
青年の屈強な肉体が荒縄で括られて、吊り下げられている。
若くなめらかな皮膚の下には、横溢する生。逞しい筋肉。
そして、無慈悲に射かけられ、肌を破り、肉に喰いこむ矢。
流れ出る血液、生を求め抗う絶望的な努力、優しく包み込む死。
性と死の連続性、同質性。
それをあれほど明確に突きつけられたのは、三島の小説が初めてだったとしても。
その片鱗を感じたのは、その時が初めてではないな。
また、異性の被虐的な姿に対してだけ、覚えたわけでもない。
もっと幼い頃。
帰省していた田舎で、従兄弟たちと遊んだ記憶。
騎士と盗賊ゲーム。旅をしている王女役の私を奪い合う遊戯。
盗賊が勝つと、王女は縛られて納屋に監禁。
騎士がもう一度奪回を試みて失敗すると、処刑エンド。
(もちろん処刑は、実際には目隠しされて脚や背中をベルトで叩くだけだったが)。
一人で納屋で救済か処刑かを待つ際に、肌に食い込む縄跳びの縄に、私は幼い心に異様な快感を感じていたように思う。
痛みと歓びの連続性。
あれも、死と性の連続性、同一性の一側面ではなかったか。
そして、昨夜の志野のあれらの行為も、今思えば、――
じん、と何かが体の中心から沁みようとする気配に我に返る。
いけないいけない。下着を汚してしまうところだった。
あの後、昨日の下着も洗って干してあるけどまだ生乾きだろう。もちろん替えもあるが、今着てるのを汚してしまったら困る。
昨日の下着、やっぱり可愛かったな。
勝負下着と認めるのは恥ずかしいけど、やっぱり期待してたからあれにしたんだった。
昨夜は。
みなりも思いを果たしただろう、と。
一人、寝室で横たわっていた間は、そう思ってた。
あの声や音は、それ以外に解釈できなかったから。
だとしたら、志野はもう私のことまで構ってる余裕などないだろう。
そう思っていた。
でも眠れず、諦め悪く待ち続けた。
廊下で床のきしむ音がして、扉が開いて。
志野が姿をみせたとき、何の反応もできなかった。
志野はなんて思っただろうか。
とりすました人形女とでも思っただろうか。
私の心は、嵐の日に窓を開け放ったままの部屋の中のようだった。
私のことをちゃんと覚えててくれた、来てくれたという喜び。
みなりへの罪悪感。
待たされたことへの拗ね。
やっぱり志野が来るのを期待してた、自分の浅ましさに対する恥ずかしさ。
いろいろな色の感情の夾雑物が、無秩序に吹き散らかされていた。
そして。
あの密約のとおり、私は彼と変態的なプレイをともにした。
志野は、やっぱり、私との契約を忘れていなかった。
彼はやはり信を置くことができる。そう、奇妙な満足感を覚える。
そして、彼はやはり。
私の虚飾を見通している。
そう、思わざるを得ない。
私のこの日頃はひた隠しにしている変態性を、汚れた欲望を、あの一見眠たげな眼で見抜いているのだ。
いつもは有能で超強気。男には冷淡無関心、女の子を庇護する女王蜂。
その自分は、自衛のために作り上げた堅い城壁、蜂の巣の外殻にすぎない。
その外殻に守られた裏側には、欲望に忠実な怠惰な白い肉の塊。
志野は、この内側の、快感に溺れる醜い私を見抜いていた。
私がひた隠しにして、今まで誰にも見抜かれなかった、この巣の中の惰弱で無力な幼虫を。
そして志野は、おそらく私が彼に見抜かれたと知ったことをも、知っているのだろう。
彼は、まずは、フット・イン・ザ・ドアで始めた。
小さな要求、10分程度で終わるようないちゃつきを求め。
しかし私の片言隻句から、私の被虐への欲望を過不足なく汲み取り。
その私の願望を満たす、予想をはるかに上回る回答を与えてきた。
私は目隠しをされ、手足を縛られ、完全に無防備に剥きつくされ。
そして入念に、それはもう丹念に情欲の炎で炙られ、熔かされ、煮込まれた。
コツコツ、トロトロと、熟練の料理人のように、彼は私を料理した。
あいつの、志野の愛し方は、もはや悪魔的としかいいようがないもので。
ありあわせの道具で、確実に、そして最大の屈辱感を与えるように私の手足を拘束する無慈悲さ、残酷さ。
他方で、指と舌と唇での愛撫の繊細なテクニックに、どうしても彼の愛を感じてしまう。錯覚だと自分に言い聞かせても。
悪質なホストは、獲物に暴力を振るった後に号泣して許しを請い、仲直りセ○クスすることを繰り返し。
相手を精神的に揺さぶり、振り回し、肉体的にも依存させてしまうと聞く。
それと似た原理なのだろうか。
無慈悲な蹂躙と、愛情あふれる繊細な愛撫の化合物。
それは、これまでのどんな性体験とも違って、私を快感の波に投げ出し。
私に、目の逸しようもなく私自身を決定的にさらけ出させた。
快楽にただ悶えるだけの、醜い肉塊としての自分を。
溢れ出る何かの脳内麻薬、快楽物質で、私の脳はもう不可逆的なまでに麻痺、酩酊していた。
その露わな自分を、志野に、あの切れ長な目にじっくりと、ねっとりと観察され。
私は、わななくような快感を感じていた。
もう、私はこの男に捕らえられた。
どんな縄より、鎖より、首輪より、手枷足枷より、強固な縛めで彼と結びつけられて、――
次回か、次々回か。
きっと彼は私のより深奥に、彼の槍を突き立てて、――
あ、いけない。
一度お手洗いに行っておこう。
お手洗いをすませ、手を洗って拭きながら、考える。
1年前は。
あの元家庭教師たちに蹂躙されつくされた後に、灰色の砂の世界に取り残され。
多分もう二度と、生きる喜びを味わうことはないだろうと思っていた。
だけど。
今、志野と出会い、世界は再び色づき。
生きる喜びが、再び根付き、双葉をひらき、葉を茂らせて。
灰色の砂漠は緑の大地となりつつある。
それは性の歓びも、同様で。
自慰の快感も、萌えいでる芽吹きのように復活し。
こうして挿入に至らない前戯ですら、予想を超える信じがたいほどの快感の高みに至りうる。
そのすべてを、彼は私にもたらしたのだ。
この生の激流は、私をどこに押し流していくのか。
座敷のふとんに戻り、横たわって、再び思いを巡らす。
生と死。いや、性と死。
寿命という形での生物の死のプログラムは、性の分化とともに始まったともいわれる。
つまり、性は死とともにあるのだ。
おそらくは、それらは一般に思われているような対義的なものではない。同義的、いや、補完的なものなのだ。
その二つこそが、生の輪郭を形作っているのだ。
そして。
性の歓びと、死の苦痛。
それらは、切り離せないもの。投じられた光により生じる影。だとしたら。
性に惹かれて、そして死へと曳かれる自分。
――私は性の歓びを知った。そして、死の悲しみを知るだろう。
脈絡もなく、言葉が浮かんだ。思い出せないが、かつて読んだ詩の一節かもしれない。
そうか。
昨夜を含めた、志野との数度の奇妙な睦み合いで、体の芯の溶けるような歓びを知った。
私はみなりと志野に、温度と色のある世界、――生と性とを再び教えられ、取り戻すことができた。
そしてその対価を、私は払うことになるだろう。
それが苦痛と死であったとしても。
そして私は後悔しない。愛とは後悔しないことだから。従容として、受け容れよう。
この冒険で、生の危機が、あの慕わしい志野と、愛おしいみなりに迫ったとき。
おそらく。いや、願わくは、私は、――。
そう、とりとめもない思いに没入しきっていた私の耳に。
うーん、という声が届き、私は現実に引き戻された。
みると、みなりが小さなこぶしをつくって、伸びをしている。
そしてぱちりと目が開く。
「おはよう、みなり。」
「もひゃおう、さとみん!――あれ、」
みなりは、あくびしながら周りを見回し。
そしてそれをみつけたらしい。
みなりの横でまだ荒めの息をつきながら寝ている男を。
「まだ、寝てるのよ。」
「時間、大丈夫?」
「大丈夫よ。でも、」
持っていくものを準備して。
そして簡単に食べられそうなものでも、用意しようかしら。
私は日常モードに復帰しながら、冒険の一日の予感に、頬に挑戦的な笑みが浮かぶのを感じていた。
ただ、生ぬるく与えられた性の快感や死の苦痛を受け入れるだけなんて、まっぴらだ。
私は挑戦するだろう、志野に生意気に逆襲し、超えられなかった壁をよじ登り、勝てない敵に戦いを挑むだろう。
そう、それも私の一つの側面なのだ。