タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(8/11)タイトル変更しました。
(旧)暗闇から呼ぶ声(1)→(新)暗闇からの呼び声(4)(志)
(9/9)「たく」くんの年齢を変更しました。
(旧)もうすぐ4歳 →(新)もうすぐ3歳
翌朝は、寝坊した。
いや一応、デジタル腕時計でアラームはかけてたんだ。だけどさ、鳴り出した時に紫藤と調布に止められちゃったみたいで。
二人がいうには、少しでも疲れた僕を休ませてあげたかった、って。こんなクズ男に優しい。
たしかに昨晩は2回抜いた上に寝たのが午前2時前くらいだったからね。けしからん原因だけど、疲れてたのはたしかだ。
ただ、一晩寝ると疲れはほぼ取れてる。フル充電とまでは言わないが80%充電って感じ。
1回目の死んだ(?)直前あたりは体力が落ち始めてて、無理すると土日ずっと休んでも疲れが残ってたのを覚えてる。
それに比べて、若い体というのはいいものだ。
僕が目を覚ましたころには、二人の手によってお茶が沸かされ、紫藤が持参した卵で目玉焼きが作られ、トーストがこんがり焼かれつつあった。トースターはちょっとばっちく見えたのでフライパンで焼いたらしいが、悪くなかったよ。いつも食べるトーストより美味しかったかも。
食事をとりながら、相談。学校までどう行くかとかも。意外と難しい。
紫藤を乗せていければ、バイクで直接学校に近いターミナル駅に行き、そこでバイクを預けるというのがもっとも合理的だ。
ただ紫藤は乗せていけない。まだ調布は免許取得後1年を経過してないので二人乗りができないし、僕は免許的にもバイク的にもできない(ゼロハンのバイクだし)。あともちろん、紫藤のメットもない。しかも先生や級友に見られたら。
ちょっと無理だな。
次善の策。
ざくろが丘の団地の中央からはとても遠いのだが、ざくろが丘の北西方向、国道沿いにほど近い地点に電車の駅がある。日蔭谷のこの家からは一度国道に出て回り込む感じになるが、これが一応使えそうだ。
この家からならそこまで遠くない。ざくろが丘に登るより近いだろう。市街地中心部へのアクセスが中途半端な場所と距離にある駅で、停車本数も少ないのであまり便利な駅ではないが。
紫藤をこの駅に送り、一度戻ってバイクで学校の近くまで行き、バイクを駐車場に預け、公衆トイレで制服に着替えて登校、という感じか。ちょっとどきどきするが、これが合理的だ。
駅からもある程度近いのに、この近くがさびれてしまってる理由。一つは過去に土砂崩れと水害の二重苦があったからだ。川をはさんだ、ざくろが丘の反対側(北側)に崖地が多くて、また川の地形的によく住宅への浸水を起こす場所らしい。谷そのものが狭く小さく、水の逃げ場があまりないのだ。確か集団移転促進事業か何かの対象になってた気がする。
もう一つは他にもっと便利で安全な場所があるってことらしい。ざくろが丘の西はずれの国道沿いの方が、国道沿いのバス便も多いし駅にしてももっと近いし、店もそこそこ多くて便利、水害にもある程度対策済み。
そのせいで日蔭谷はかなり過疎っている。この借りた家の近辺も、廃屋とか多くて確かに治安に不安があるんだよな。ちょっと離れた廃工場もスプレーで落書きされてたし。靴工場はこの家に管理人さんがいたからか、そこまで荒れてないけど。
電車の時刻表は(機械はあるが契約がないので使えない)黒電話の横に張り付けてあったので、それをみて見当を付けた。
僕は自転車の後ろに紫藤を乗せて、一度駅まで送り届ける。
紫藤を小さな有人改札の向こうに見送り、駅横の公衆電話で約束通り実家に連絡をいれてから、急いで借家に取って返す。
小さいながら駅の横に駐輪場もあったし、紫藤関係で物事が全部片付いたら、紫藤たちはあの借家を引き継いでこの駅から通うのもありかもな。でも紫藤弟は通学の便はどうなんだろう。
あの家に戻ると、調布がすでに用意を整えて待っていた。僕も調布も私服を着ている。制服に後で着替える。
二人で駐輪する場所について相談してから、発車した。
調布を先に行かせる。駐車場には一応当てがあるので、大まかな目印を教えてある。
多賀島市の中心部から少し離れた神社の周辺。ここなら駅からの通学者の目は届きにくいし、駐車場代も安いし、学校からは駅より近い。借りたバイクで路駐はいやだから、参拝者も利用するちゃんとした駐車場にバイクを預け、少し離れた公衆トイレで着替える。
制服姿の調布は、何度も着替えるのが面倒ね、と言ってる。そうなんだ、シフトが入ってるから着替えるし、文化祭が終わったら撤収とかでまたジャージか制服に着替え。バイクに乗る(調布)ため、あるいはナギさんの子供を引き取るため(僕)にまた着替えるしね。面倒だ。
―――――
文化祭2日目。
土曜日は圧倒的に来客が多いが、昨日のようなイレギュラーはなかった。
ちょっと気になってシフトの空き時間に図書館でチェックしたけど、葉良議員の乱行のニュースは新聞には出てなかった。まあそこはあまり期待してない。でも共済関係の記事は期待してる。どのみち、もう少ししたら大手新聞ですっぱ抜かれるんだし。ちょっぴり破滅が早まるだけだ。
午前中のうち1時間、僕はふたたび向いてない接客に努める。中学生も多い(中学校の一部は今日は授業がなくて、見学に来た子が多いみたいだ)。
それなりの愛校心はあるので、聞かれたらいいところもアピールしておいたよ。
紫藤は今日はメイド服、ちんまりしてるが似合う。同じく小さめな級友と交換したらしい。
似合うよ、というと白い頬を赤らめて照れてる。かわいい。
調布は昨日に引き続きチャイナ服。涼しいし意外に機能的なんだとか。こちらは女王様というか馬賊の女首領様だな、指示する姿が堂に入ってる。
クラスメイトたちには、浴衣がやっぱり涼しいらしく人気。ただ、履き物が学校シューズだと浮くと気にする子もいるらしい。
お昼休みも交代で取り、2時になって公式には終了。最後のシフトは、好きなもの同士で組んで、ほぼなんでもあり。学外の友達と写真を取ったり。
担任の先生とその友達らしい先生たちも数人、休憩時間にやってきてお茶を飲んでる。
最後に、担任の先生を囲んで記念写真撮影。
完全撤収時刻の3時までならやっててもいいけど、それは任意。閉会式とかはないので、実質クラスごとの流れ解散になる。伝統校なのだが、ここらへんは緩い。
僕たちのクラスは、少しだけ早めに終えた。楽しかったけど、後片付けもあるしね。打ち上げもするらしい。
よっしゃ―終わったぞ!と男子どもが騒いでる。女子も入れて行ける人はみんなでボウリングとか行くらしい。
盛り上がっててよかったよ。1回目での2年生のときの文化祭はなんだったかな、哲学者列伝とかのかなり真面目な展示企画だったかな。勉強にはなったがあまり面白くはなかった。
神奈川や青山たちから結構熱烈に誘われたが、用事が入ってるって断った。また修了式の日に行こうよ、と言っておくと納得したようだ。
調布と紫藤には、時間の許す範囲で行っていいよ、と言って行くのを勧めた。特に調布は僕と違って、クラス全体での中心になってたし、これから先の人間関係の調整とかを考えるとクラスの会に顔出しててもらってた方がよさそうだと思ったんだ。
調布は少し気が進まなかったみたいだけど、1時間だけ参加してくるという話になった。待ち合わせ時間とかは綿密に打ち合わせた。携帯電話の普及してない時代、すれ違いは洒落にならないんだ。
紫藤は、僕と一緒でいいといってクラスの会には参加しなかった。だからクラスから2名供出する本部の後片付け要員を、僕と紫藤でやることにした。紫藤がボウリングに行くなら高木に頼もうかと思ってたんだけど、まあ丸くおさまった。
ナギさんの子供の引き取りは、本部の片づけが終わったら僕と紫藤でやる。その後調布と落ち合う。
国領は午前中につかまえて連絡した。彼女は彼女でいろいろ学校の仕事があるらしい。
飯場の襲撃は、今日の夜くから明日の明け方にかけてを考えている。学校の仕事を進めてもらい、家で食事を取ってからでもいい、という話にした。
国領自身は救出に参加したかったみたいだけどね。年頃の女の子が外泊許可を取るだけでも大変だろうって思うし、生徒会の仕事もあるみたいだしな(もっともこれは、各クラスからの報告書や請求書が来る来週からが本番らしい)。そこまで無理はかけられない。
事前の話どおり、タクシー等の手配をしてもらうのが中心。これだってすごく大事。
国領には飯場近くの待ち合わせ場所にタクシーで直行というより、一度例の日蔭谷の家に来てもらおうかと思い、住所等は伝えておいた。だいたい8時までくらいには来たい、準備が済んだらもっと早くに来るって言ってたな。
襲撃時間は真夜中の午前2時過ぎ、遅くても明け方前の4時前後。そんなに早く来る必要はないんだが、たとえば夜中の12時過ぎとかに家を出るのがマズいのは確かだ。勉強会かお泊り会ということにして、夕方に到着しててもらった方が確かにいいので、同意した。
たっくんの見守りも、紫藤一人でワンオペするよりいいだろう。
ちなみにタクシーの待ち合わせ場所はとても重要だが、国領はこれを目視できてない。地図で念を入れて示しておかないと。
あの廃集落の三叉路を考えてる。飯場からそこまでの路上には障害物を置き、時間を稼ぐつもりだ。逆にいえば、そこまでは二人乗りしないといけなくなる。僕も調布も。
学校を出て、最終準備を進める。困ったのはポケベル。
借りれると思ってたんだけどなー。いつもそうなんだが、僕たちは未成年者の高校生。何を契約するについても、親の承諾を求められる。
今回もそうだ。そして僕たちの中で、親の承諾を得られる見込みがあるとしたら調布と国領。そして二人ともここにいない。
「だめだったね。しかたないよ。」
紫藤の2つ結びの髪も、ちょっとしょぼんとしてみえる。
まあ、借りられても飯場ではつながるか微妙なんだよな。パンフを見せてもらったけど、通信可能領域には入ってなさそうに見える。実際には入るかもしれないんだけど。
まあ、酸っぱい葡萄だけど、どうせつながらないって自分を納得させるしかない。ただ、いざというときの連絡に不安が出てきてしまった。
その代わり、電化製品の店に入って小型の携帯型トランシーバを買う。わずか100~200mくらいしか通信可能距離がないし重くて荷物にもなるが、持っておこう。保険みたいなものだ。
「あと、これとこれだね。」
メモに従って、さらに必要物資の買物をしてロッカーに入れておく。救出後の運搬のために、紫藤実父たち二人の分のヘルメットとかも。かなりかさばってきてる。
ちなみに合いかぎも靴の修理コーナーで作れた。少し多めに作成しておく。
「それじゃ、いよいよ行こうか。」
「うん、行こうよ。」
僕と紫藤は、トイレに私服に着替えに行く。
着替え終わって合流する。紫藤は、茶色のキュロットスカートに、白いポロシャツ。僕は色を合わせたグレーのスラックスとベストに白のシャツ。僕はかなり頑張って採用したての慣れてない風に微妙に崩し、風俗店の新人パシリ風の雰囲気を出してみたつもりなんだけどな。上手くいくかな。
出てきた紫藤と目と目を合わせて、頷きあう。
行こうか。
作戦の第一関門、ナギさんの子供の連れ出しだ。
―――――
僕は、いわゆる演技の才能みたいなのはカケラもない。ESSの部長さんの天稟がうらやましい。
ただ、一応不自然でなさそうな小細工はした。できるだけ、記憶に残らない、とけこむ感じのお芝居ね。
ちょっと頑張ってるけど頭悪そうな話し方を心掛ける。前もって親父の煙草をくすねて、ポケットに突っ込んでる。1本だけバラして、首元とかに擦り込んで匂いをつけてみた。効果は未知数。服装その他いろいろ、一度目にナギさんの店にいったときのフロントの気が利かない男の佇まいを参考にした。
ただな。かえって違和感を持たせてしまうかもしれない。本当に運だのみだ。身分証明なんか求められたらどうしよう。
ドアの前に立つと、急に口の中が乾いてくる。緊張してる。
ここでしくじったら、後、全部パアだぞ。
インターホンを押し、応えがある。
「こんちわっす。お迎えっす。」
さあ、どうなるか。
―――――
結論、あっさり通った。ザルだが、心配になる。
ハコヤさんに言われて、引き取りに来ました。オナシャス!と言って入る。
それまで外から託児所をチェックしたことはあったが、中を見るのは初めてだ。
中は単なるアパートの一室。おむつのなまなましい匂いが漂う。
一応玄関にバーがつけてあるし、洗濯物が干してあったり、乾燥機が回転したりしてるところなど、確かに託児所だ。ただ、人口密度が高すぎる。部屋から溢れて玄関近くにいる子供も。奥からテレビの大音量が聞こえる。あんまり子供を預けたい感じではないな。会社の直営のような話を聞いたが、ほぼ確実に無認可だろう。
煙草の匂いのする中年のスタッフに、ナギさんに前もって書いてもらってた引き取り依頼メモを手渡す。
お迎えは誰だろう、――というのはやはりみんなの関心事項なのだろう。わらわらとそのうち子供たちが部屋のドアから出て寄ってきて、スタッフが追い散らす一幕があった。
親に代わって店のボーイさんとかが子供をピックアップすることもあるらしく、スタッフさんは僕にはほとんど関心はなさそう。まあビジネスライクに子供を受け渡してもらえた。
奥の部屋から連れ出されたナギさんの子供、男の子は、なんかマルコメみその男の子みたいな四角い感じ。事前に見せてもらった写真と一致する。くまの顔が付いたTシャツ、サスペンダー付きの半ズボンを履いてる。
「たく」くんというその子には笑顔はなく、初対面の僕を不安感を抱いて見上げてる感じだったが、一応手を差し出すと小さな手を出してつないでくれた。よかった。泣かれたりしたらどうしようかと思ったよ。
ありがとうございました、と礼をして出る。まだまだ、安心するのは早い。
ナギさんの言葉からかなり警戒してたのだが、まあ雑だが託児所は託児所という感じ。僕に対しても違和感をもった風でもない。だから被害妄想かもしれないが、もしかすると窓から見られてるかもしれないし、そこらを歩いてるお母さんがナギさんの同僚かもしれない。人の視線を意識して、ちょっとダルそうな演技を続ける。
男の子は、無言でとことこいっしょに歩いてきてくれてる。
角を2つ曲がる。しばらく進む。もう、大丈夫かな。
ずっと先の方に、紫藤と待ち合わせしてる小さな公園がみえてきた。
ふう。
「たくくん、えらいね。よく、おそとは歩くの?」
「――。」
見上げるが、答えてくれない。
「ごめんね。お母さんからは、たくくんのことは聞いてるよ。」
思い出して、ナギさんから預かったぬいぐるみを取り出して見せると、男の子の手がみゅっと伸びて、彼の少し湿ったべたべたした手に回収されてしまった。
大事そうに、僕とつないでない方の手ににぎったぬいぐるみを、みつめてる。
「ちゃんとお母さんにあえるからね。ちょっと時間かかるけどね。」
こくんとうなずいて、「まーま」と言った。ああ、ちゃんと言葉は通じてるな。
ナギさんは、お母さんじゃなくて、ママと自称しててたみたいだ。
もうすぐ3歳と聞いたが、体はあまり大きくないし、発語も少なめだ(これは僕を警戒してるからかもしれない)。あまり外遊びとかできないのかもしれないな、ぬいぐるみから目を離し、周りをみる様子に少しものめずらしげな波動を感じる。
「じんばん、じんばん!」
ちょっと興奮した様子は、公園にもっと近づき、滑り台が見えたせいだと思う。
「じんばん」はよくわからないが、おそらく滑り台を滑るときに、「順番ね」とか言われたのを思い出したのかな。
公園の入り口に、紫藤が待っていた。紫藤はこっちに歩いてきて、たっくんの前で、目の高さをあわせるようにしゃがみこんだ。いや、だからそのしゃがみ方。今日はキュロットだからいいけどさ。
「こんにちは。」
「――こんにいわ。」
まだ、言葉が上手くないな。もうすぐ3歳なら、もうちょっとしゃべれるんじゃないのかな。
「このお姉さん、たくくんと、しばらく遊んでくれるからね?」
打ち合わせどおり、みなりを紹介する。
「行こうか。みなり。たくくん、まだ歩ける?」
「たっくん、あるく。」
いや、二語文もしゃべれるようだ。
服装は、まあまあ普通。お下がりとか共有されてるのかもしれない。
あの保母さんたちも、まあ軽く荒んだ感じがしたし、あまり子供にかかわりあう感じではなかったけど、子どもをいじめそうな感じじゃなかった。最低限の世話はされているのだろう。
ただ、体は小さいし、ちょっと言葉が遅れてるのかもしれない。
ナギさんと話したとき、ここ半年はあまり構ってあげる時間がなかったと言っていたが、成長が遅れてるとは言っていなかった。もし半年間、母親とあまり会えないことで一時的に引っ込み思案になってるとかだったら、これから取り戻してほしいものだ。
紫藤が、あまり返事は帰ってこないけどいろいろと話しかけてくれてる。
よかった、僕だったら沈黙のまま行進してたところだったよ。
たくくん、いや自称たっくんも、少しずつ言葉を返すようになった。おひさまとか、どうろとか、くるまとかの基本的な言葉はわかるし、2語文も多少ならしゃべれるようだ。ただ、長い言葉は難しい感じだ。
たっくんは、車が好きらしい。特に大きなトラックとかダンプカー。「ろたっく、ろたっく」とトラックをみつけると指差して、顔を見上げて教えてくれるようになった。
なぜか積極的に話しかけている紫藤よりも、僕に向かって。
ものを良く知らない無知な方の大人に教えてくれてるのかな。紫藤はちょっと苦笑してる。
「あっこ。」
たっくんが立ち止まり、スーパーマンの飛翔姿勢か、キューピーマヨネーズのシンボルマークのような姿勢を取っている。これは。
「たっくん、あっこ。」
当然の権利のように主張してる。仕方ないよな。
抱き上げてみる。ひょい、と片腕で抱き上げられる。2歳か。こんなに軽くて小さかったかな。
お医者さんとかも行けてるのかな。お母さんと一緒に逃げられたら、ちゃんと健康診断しなきゃ。
ごはんもしっかり食べさせるようにしないとな。
そのまま、たっくんをだっこした(ちなみに途中から肩車してみた。たっくん驚愕)僕と紫藤は、幹線道路まで歩く。
さっきの公園にタクシーを呼んでもよかったんだがな。考えすぎかもしれないが、たっくんを知ってる近所の嬢とかに遭遇するのを懸念して避けた。
傍から見ると、若い夫婦のようにみえたりするかな、なんて考える。
父親と姉弟とみられたら、死ぬほどへこみそうだ。
僕たちは、幹線道路まで出ると流しのタクシーをつかまえる。
車に乗れると知ったたっくんは、やや興奮しているようだ。
駅に立ち寄り、いったん清算して、降車する。料金だけ考えると乗り継ぐ方がいいが、荷物のピックアップがある。たっくんは車から降りたがらなかったが、また乗れるとなだめすかした。
ロッカーから荷物を取り、思い出して併設のスーパーでおむつや雑貨、生鮮食材などを買っておく。あ、ひき肉も。
紫藤には学校関係の荷物も託した。かなり大変だ、たぶん電車やバスだと無理だろう。
タクシー乗り場で二人をタクシーに乗せ、荷物をトランクに入れさせてもらう。
後部座席の紫藤とたっくんに手を振る。たっくんも手を振ってくれた。位置関係からみると、どうも紫藤の膝の上にいるようだ。あなどれない。でもそこ、僕が先だからな。膝枕して耳かきしてもらったんだ。まあいいけど。
―――――
思ったよりやや時間がかかったので、慌てて待ち合わせ場所に急ぐ。
時間には何とか間に合ったのだが、調布は少し前に到着していたらしく、手持ち無沙汰げに神社のベンチに腰掛けてた。
遅れたことを詫びて、バイクを受け出した。トランシーバも渡しておく。
「まず、資材を取りに行くのよね?」
野ざらしで大丈夫かしら。そう言って、調布が空を見上げる。
そうなんだよな。濡れるとマズい資材がある。あれは、最後に持っていくか。
あと、直前の下準備もしておく必要がある。結構な重労働だ。
さて。
―――――
一度、日蔭谷の借家に戻る。もちろん紫藤とたっくんも戻っている。
たっくんはうれしそうにぐじゃぐじゃと紙に鉛筆で線を引いていて、出来上がると、「あ!」「お!」とか叫んで、紫藤にいちいち確認を求めていた。
僕も見せてもらったが、何かのカビの胞子の顕微鏡写真のような放射状のものが書いてあった。人の顔と手なのかもしれない。みたところはマタ○ゴだが。
調布もさっそく、短時間だが仲間入り。ちょっと警戒されてたが、人と話すこと自体がたっくんにはうれしいことらしい。そのうち「とうふ、とうふ!」と呼ばれるようになってた。
僕はその間、さっき買ったひき肉でこそこそとフライパンでハンバーグ様の肉団子を作る。
お犬様に食していただくもので、犬用の睡眠薬が入っている。これで眠ってくれればいいんだが。
周囲を焼き付けた肉団子が冷めるのを待つ間、軍手を付けて庭の草むしりを行う。今度は、草刈り鎌を持って来よう。
縁側の前の庭は、そこそこ遊べるくらいになったかな。
蚊取り線香を付けてなら、ここで遊んでもよさそうだ。ただ、結構蒸し暑いからな。熱射病に注意しないとな。
庭にはもともと砂利が敷いてあったし、家には土間もある。花火セットも買うとよかったかもしれない、たっくん用に。
お外遊びもあまりできなかったんだろう、いろいろなものに興味を示している。
バッタとかクモとかの虫は、まだ怖いようだ。クモの巣はできるだけ払ったんだけどな、まだ残ってる。
「ねえ、志野。――そろそろ、行きましょうか。」
「ああ。」
通信関係がぽしゃったので、次善の策を考えないといけない。
たっくんの待機場所を紫藤の家にするというのも一案だ。そっちの方が電話が使えるしな。紫藤弟も、子供との交流の機会が持ててよかったかもしれない。
この時代、そこそこ近くに公衆電話も残ってはいる。家から200メートルくらい先の川沿いの小さな公園が最寄りかな。
暗い中に外に出るのに不安はあるが、いざというときはそれを使ってもらおう。
いまからでも紫藤弟に力を借りるか?音の出るバイクでの夜中の出入りもあるかもしれないし、家を使うのは今回はやめとこうと思ったんだけど、本当にいざというときの伝言板役を頼んでもいいかもしれない。
土壇場で申し訳ないが、紫藤に伝えて、頼んでてもらうことにした。大好きな姉を救えるんだぞ、助力してくれ。
――――
途中のホームセンターに立ち寄り、ロープや土嚢袋などの資材を最後に購入。ショベルも2本。ワイヤカッターも2本は事前に買ってある。
ああ、ショベルは優秀なんだ。武器にもなるしな。今回はできるだけ使わないつもりだが。殺傷力が高すぎるし。
荷物がかさばるが、仕方ない。やっぱり、こういうときにカブはいい。実用的だ。
セローのキャリアも丈夫だけどな、乗せやすいのはカブだ。
飯場に向かう。
飯場の様子を遠くから観察する。まだ労務者たちは帰ってきてない。ハイエースも軽バンもいない。
犬飼いなんかはいるみたいだ。餌を投げ込むのは今じゃないな。
森の中の適当な場所に、迷彩布のツェルトで監視所兼待機所をしつらえる。
物資をいくつかそこに隠し、取って返す。
飯場と例の廃集落の中間から少し飯場よりあたりの道路わきで、原っぱの土を土嚢に詰める。
思ったより、捗らない。土が固い。あと植物の根が張りすぎ。
「志野、土を掘り起こすのが結構大変ね。川原の砂がいいんじゃないかしら。運ぶ手間はかかるけど。」
調布がいまいましげにまた1袋ようやく詰め終え、ショベルを地面に突き立てて汗をぬぐいながらそう言った。
まだ、ふたりで5袋くらいしか行ってない。時間と労力、かかりすぎ。まだやることが、たくさんあるのに!
「そうだな。」
マジ暑い。僕もげんなりだ。そしてこの調子だと時間が足りない、ていうか体力を消耗しつくしてしまう。
仕方なく、とりあえず準備できた土嚢のストックを一度、道路わきに隠しておく。
廃集落に取って返し、川原の砂を採取。うん、こっちのが楽だ。ただ土手の階段を運び上げるのがすごい大変。
20袋を川原で用意した。詰めるのは比較的楽だったが、階段を上って運び上げるのにすごい疲れて、腕や膝ががくがくだ。
明日の明け方まで、僕、持つかな。水筒に詰めておいた水が、瞬く間になくなる。
これをフルタイムでできる土方のおっさんって、すごいフィジカルエリート、体力お化けなんだな。
調布にも運んでもらったが、後半は休んでもらった。二人とも体力切れというのは避けたい。
ただ、これは僕の勝手な思い込みかもしれないが。
僕より睡眠時間も少なかったはずなのに、調布は調子よさそう。肌がつやつやしてる気がする。
調布は運動部でもないのに体力あるよな。聞くと、日を決めて走り込みしたり泳いだりしてるらしい。
僕、運動部のはしくれだけどサボってばかりだよ。自主トレでそこまでいくなんて、流石だ。
出来た土嚢は飯場襲撃前にいくつかのポイントに置き、自動車での追跡を困難にする予定。バイクで往復して、いくつかのポイントに集める。この目的には、荷台が低めで広い僕の原付バイクの方が適してる。
わかってるよ、往来妨害罪だよな。
さっきの土砂採取も、何かの法律に抵触してるという確信がある。
今回はダース単位で違法行為を働く。もし、司法機関に告発が行ったら。
飯場の運営側に捕まるのも危険だが、そっちの司法機関に追及される危険も考えるとキリキリ胃が痛む。
ナギさん経由の紫藤実父からの情報とかあるように、飯場側もいろいろ違法行為してるんだけどな。
そっちは被害届がありませんでした、となる可能性がある。というか、そうなるだろう。労務者たちをがっちり囲い込んでるし。
仮に紫藤実父に証言してもらったとしても警察がこっちの言い分を聞いて信用してくれるか、いまいち自信がない。
だって、ちゃんとした会社と、一介の高校生、そして飯場でうまくいってなかった労務者一人。
他の労務者はだんまり、不満は言わない。
そりゃ、信用性は天と地だろうよ。勘違い高校生の悪質ないたずらってしたほうが、話は通りやすい。
最悪、僕の人生がめちゃくちゃになるのはいいんだ。どうせ一回生きてる、何もかも中途半端だったけど。
紫藤も、まあ当事者だから巻き込まれる立場なのは、――仕方ないとは言わないけど、許してもらおう。その後の責任を僕は取ろうと思う。どうやって取ればいいか、よくわからないけど。
でも、調布とか国領とかの人生がぐちゃぐちゃになるのは避けたいんだ。あいつらには、こんなことにかかわりあわなければ、ちゃんとした未来があるはずだから。
いや、国領のことは覚えてないし、不幸な感じだった気がするけどな。でも確実に不幸ってのは違うし、少なくとも調布はちゃんとした人生送るはずだ。
あいつらはいい奴だ。まあ、ときどき頭にきたりもしたけど、こんな見込みもなさそうな計画に善意で手を貸してくれた。なのに、その結末が不幸なんて、あっちゃいけないよ。
とはいえ、個人の希望や感慨とは別に進むのが現実なんだが。
まあそれはともかく。
もう、どうしようもない。
賽は投げられた。ルビコン川を渡ろう。