タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
そろそろ、日が沈む。一度、戻ることになる。
綿密に考えておいたはずの準備も、やりはじめてみると想定外のことばかり。
僕の計画が超場当たり的で穴ぼこだらけだと途中で判明したけど、一応は準備を済ませた。
実行の着手は、彼らがもう少し寝静まってからだ。午前2時以降。
もちろん、完全には寝静まらない。今日夜から明日は彼らのオフの日。酒を飲んだり、博打を打ったり、女を抱いたりするんだろう。ちなみに風営法の営業時間制限なんて気にしてないらしく、ナギさんは(夜24時以降も含む)一昼夜連続勤務だと認識していた。
ただ、それでも人間だ。丑三つ時、午前2時すぎにはおそらく不活発になるはず。
頑強な男でも女を抱く回数には限界があるだろうし、徹夜での麻雀や博打の集中力は外には向かない、ーーよな?自分基準で物事を判断するのは危険かもしれないが。少なくとも、深夜になにもない戸外でフラフラするやつらは、あんまりいないだろう。
それを考えると、今のうち少しでも睡眠を取っておくほうがいい。
ここで寝てもいいのだが、2人のうち一方は見張りで休めないし、逆に犬に嗅ぎつけられる危険性もある。
また、少しでも国領たちとすり合わせをした方がいいかもしれない。
何しろ通信手段がないからな。その場では何も調整できないんだ。
監視場所の迷彩ツェルトの隙間から、調布が双眼鏡を突き出して覗き込んでる。
僕は周囲の警戒をしながら、肉眼でちらちらとそちらを見やる。
労務者たちが戻りつつある。ハイエースが1台、軽のバン2台、軽トラ1台。
ハイエース2台のうち1台が、戻ってきてない。このまま今日は戻ってこない可能性もある。
運営側の一部はオフには街に出てたりしてるし、家族がいる奴は、自宅に戻ったりもしてるんだろう。
もちろん泊まり込むときもあって、そういうときはたいてい博打してたりする。
空を見上げる。
曇ってる。空気も生暖かく湿ってる。
ぽつ、ぽつと雨粒が落ちてきた。
まずいな。
アレ、陽動用の黒色火薬に上手く火が点くだろうか。あれ、湿ってたら駄目なんだよな。
実行時に雨が降ってたら雨具も必要だ。それまでに雨が止んでくれるか、本降りにならないといいが。
ただ、この不快な天気、そしてこの通り雨のおかげで、今の時点ですら外に出ている労務者はほとんどいない。
冷房みたいな快適設備があの馬小屋にあるとは思えないから、いつもなら結構外で涼んでる労務者も多いんじゃないだろうか。
ただ。
あの建物群の中の粗末な馬小屋的な住居やプレハブにはトイレや風呂がないのか、あるいは少ないのかわからないが、この2つの建物から別の建物の風呂等に行くと思われる人の通行がある。
今しも、タオルや洗面器みたいなものを抱えた男がプレハブから出て、風呂に入りに別の建物、つまり離れに入っていった(ナギさんたちの仕事場だ)。風呂上がりに抱いたり、行為後に入浴したりするのかもしれない。
入浴時間、決まってたりするのだろうか。仮にあの離れで浴室が1室だけだったら、20人以上いる奴らが切れ目なく入っても4、5時間かかりそうなものだし。多少は浴室を拡張してあるんだろうな。
そういう、外にたまたま出た労務者にに見つからないようにしないとな。死角側から切り破って入るつもりだが、移動中にどうしてもそこから見える場所を横切ることになる。
発動条件がよくわかってない超感覚さんに期待だ。多分、いけそうな気がする。
そろそろ出ようかと思いはじめたとき。
黒塗りのワゴンが来た。ゲートに停車、しばらくすると母屋から大男が駆け足でやってきて、ワゴン車から出てきた運転手と何か話してる。運転手が何か、空を指差してる。
大男がゲートを開ける。うん、ここから見ても強そうだな。あの大男。
車は中に入って、離れに寄せた。雨が降ってきたから、多分側に寄せたいって運転手が言ったんだろう。
中から、女が二人、男(多分、用心棒みたいな役割?)が一人。中肉中背の女とふくよかな女。一人目がナギさんだな。
計画どおりだ。ナギさんたちだ。
男は何か女たちに言うと、管理側の住んでる家に入り、すぐ出てきた。
一緒に出てきた管理人の小男と何かしばらく話してる。
小男は、やがて用心棒的な男を残し、女たちを連れて2番目に良い離れに入っていく。
用心棒は管理側の住居に入っていく。運転手は、車をUターンさせる。
飯場の大男が、いったんは閉じていたゲートを再度開け、車を外に出す。クラクションを礼代わりに鳴らし、車が走り去った。
調布と目を合わせる。
パズルの重要な最後のピース。ナギさんの到着も確認できた。十中八九、大丈夫とは思ってたけどね。確認ができたのは大きい。
さて、日も沈んだ。一度、撤収だ。
――――
バイクのエンジン音は結構響く。この飯場は普通にはアクセスしにくい場所にあって、エンジン音は警戒心を起こすだろう。
そして飯場までの道は私道の一部らしく、ろくな舗装もない。バイクを安全に近くに置ける場所はない。
だからある程度離れた一般道沿い、しかも不審を持たれないような場所にバイクを置いてある。
逃走本番でも、その地点までは徒歩での、林の中の獣道を通っての逃走になる。
その経路となる獣道には、ところどころに目印をつけた。また飯場に来るまでに簡素な罠を置き、そこからの撤収のときにも再度確認した。本番では、ここを紫藤実父やナギさんたちを誘導して走り抜けねばならない。
もう使わない資材は集めて持ち帰る。暗くなり始めた林を抜け、林道のカーブの内側の茂みに隠してあるバイクに乗り、頷きあって発車した。
借家に帰ると、なにか楽しそうなさざめき声、たっくんの興奮した声。
国領が来てるんだ。
「志野くん、さとみん。お疲れさま。」
「やっほー!お邪魔してるよー!」
ハイテンションな声。
やっぱり、国領だ。
ふすまが開いて、奥の冷房の入る座敷の楽しそうな様子が垣間見えた。
手を洗って入る。かなりドロドロだ、シャワーを浴びて入っておきたいな。あと水を飲みたい。切実に。
国領が、座敷でトランプの札で城を作ってる。
周りで、たっくんが踊るような足取りでぐるぐる回ってる。すっかりうちとけてるな。さすが国領。
あ。
バラバラバラ、と城が崩れてしまう。ぎゃははは、みたいな声。たっくんが超ご機嫌である。
崩れたトランプを拾って、花吹雪みたいに上に放り投げて舞い上げてみたりしてる。
いくつか周りに子供にウケそうな遊び道具があるのは、多分国領が持ち込んだんだな。気の利くやつだ。
「どうだった?」
「大丈夫だよ。わたしたちはごはん済ませちゃった。さとみんたちも、食べるよね?」
残り物みたいなのになってしまうけど、と。もちろんそれでいいよ。
たっくんを早く寝かさないといけないから、紫藤も国領も食事は済ませたらしい。
確かに、たっくんは今はハイテンションだが疲れてるだろう。
「国領も悪かったな。そろそろ寝ておくか?」
僕たちはもちろん仮眠を取っておく。僕たちほど酷なスケジュールじゃないけど、国領も夜遅く出撃だ。
「うん、ボクたちお風呂はまだなんだ。その子を入れてから寝かせてもらおうかな。」
バランス釜、分からないよな。説明書きとかが一部剥がれてるんだ。
僕は風呂の準備をして、お湯が張られるまでの間に調布と食事をとった。
たっくんはご機嫌だったらしい。やっぱりもともとはそれなりに人懐っこい子だったんだろう。
今は紫藤の膝に上がり込んでる。
―――――
女の子たちとたっくんを先に風呂に入れる。最後に僕。
お風呂の残り湯で旧式の洗濯機を動かしてみる。
女の子たちの洗濯物と僕のもの、一緒に洗っていいよな?
僕の服だけ割りばしでつままれたりしたら、死ぬほどへこみそうだ。
たっくんと国領は8時すぎくらいに、僕と調布は午後9時すぎくらいに一時就寝。
紫藤に僕と調布がそっと揺り起こされたのが、夜の11時すぎ。外の闇から、夏の虫の音がうるさいくらいに響いている。まだ曇ってるが、雨は止んでる。
ちょっとだるいが、熱いお茶をもらい、肩をぐるぐる回したりしてるうちに目がさめてきた。
さて、行ってくるか。
国領(奥の寝室でたっくんと寝てる)には、お金を十分に渡してある。
僕たちが救出してくる想定時間は決めているが、その通りにできる保証はない。だいたい、飯場からベストコースで脱出して落ち合う場所まで約20分(地面は濡れててコンディション悪いだろうし、ナギさんたちの足だともう少しかかるだろう)。
紫藤父とナギさん救出は、午前2:30、3:30、4:30を想定して、ナギさんに紫藤父に伝えてもらってる。その3つの時刻は、頑張って二人で一緒にいてほしい、と。できれば午前2:30で決着をつける。
だからそれを受けて、国領には酷だが最悪午前2時半くらいから午前5時くらいまで待機してもらうことになる。
だから、見返りにある程度まとまった金を運転手さんに渡せるように準備してある。仮眠でもしながら待っててほしい。
このお金に、気持ちとしては口止め料を含んでる。
あからさまに変なんだ。深夜にタクシーを呼んで山に行き、廃集落そばでしばらく待ってると訳ありげな男女が来て乗るんだ。空き巣とか疑われそう。警察に通報行くかも。
もし飯場が訴えたり調べたりしたら、足がつくのはここからかもしれない。計画の弱点の一つだ。
でも徒歩での逃走や原付バイク二人乗りでの逃走は無理だ。徒歩だと犬で追われるし、車やバイクで追いつかれる。バイク二人乗りはスピード出せないし、障害物は置くがそのうち突破されて追いつかれるだろう。羽立毛への逃走も偽装するが、多賀島方面への道はほぼ一本道だし。
だから、タクシーの運ちゃんが口を割るリスクは織り込むしかない。その場で通報されなきゃ御の字。もちろん飯場近くから乗ったタクシーは街で乗り換える。警察でなければ家まで追跡するのは難しいと思う。
でも、本気で調べれば人相とかはバレる。
脱出して潜伏する二人はともかく、国領が顔ばれするのは避けたい。ただの女子高生なんだ。
国領にはサングラスとか帽子とかで変装してもらうが、それでもやっぱり危険は危険だ。
ただ国領本人は特に気にした様子ではない。ここら辺、僕とリスク感覚がかなり違う。
ナギさんたちには最初のタクシーでは軽い変装だけ(上着を変える程度。というか、そんな時間はないかもしれないし、それならそれで仕方ない)。でも、乗り換えのときに変装して、別れて乗車させるつもり。その着替え用の服は、一部は僕たちがバイクで持っていくが、多くは国領に頼むことになる。
―――――
道々、調布と二人で障害物を道路に設置していく。時間の制約があるから、急いでやらなくちゃいけない。結構な重労働で、また汗でびちゃびちゃになる。
そこまでする必要があるかわからないが、障害物の前後に警告の△板も置く。
土嚢を置いた場所以外にも、もっともらしく△板を置く。
攪乱目的だ。ひっかかってくれれば儲けもの。戦争での地雷設置でよくある手だと読んだ。
地雷と、地雷でも何でもない金属ごみをまぜて埋めておく。すると、金属探知機で地雷だと思って空き缶を掘り出す、みたいな経験にブチ切れた敵が金属探知機の警告を無視して走り出す。そうすると、金属ごみに混ぜて埋めてある本物の地雷にひっかかるんだ。第二次世界大戦時、北アフリカ戦線での砂漠の狐ロンメルの戦術だな。
ダム建設のために設置されてる途中の道路のゲートは、逃走の便宜のため開けはなっておく。
再度、飯場の近くのバイクの置き場所にバイクを止める。
林の中の獣道をたどり、飯場の側の僕たちの監視所、ツェルトに到着したのは午前1時すぎくらいだっただろうか。
飯場の建物。馬小屋は暗いが、他の建物は明かりがついてる。やっぱり博打か麻雀か何かやってるのだろう、ときどき馬鹿笑いや大声が。
用意した犬用ハンバーグを犬小屋の横に投げ込む。
気づいたみたいで傍に寄った気配はあったが、犬は賢いからな。食べるかどうかはわからない。
食べなかったら、撃退スプレーやスタンガンで止めるしかないが、―――可能だろうか。
1匹なら、なんとかなりそうな気がする。超感覚さんが働けば。
2匹、3匹だとな。かなり苦しくなる。
雨は上がってるが地面は濡れてる。いけるか?
飯場の、逃走予定経路とは逆の側に向かい、密閉して持参したアレ。黒色火薬と火縄を仕掛ける。
一度ツェルトに戻り、また小一時間くらい、見張りを交代しながら休憩。
そろそろか。ナギさんたちとの最初の約束の時刻が近い。
見張りで飯場や周囲を警戒していた調布の肩を軽く叩く。調布も頷いて、耳元で低い声で動静を引き継ぐ。
ツェルトは一応たたみ、背に括りつける。邪魔だが、できれば撤退時に持っていきたい。残置物は、できるだけ残したくないんだ。残すと、買った場所などから足がつく可能性があるし。
多分、DNA鑑定とかはしない、できないと思うし、一応、軍手嵌めてるから指紋とかもないとは思う。
だから、いざとなれば投げ捨てていく所存。
犬の動きはない。寝てくれたのか?
ワイヤカッターで鉄条網を大きく切り破る。この暗がりでは、小さく切ろうが同じだろう。
迅速性より、隠密性。でも気を付けていても、金網の鳴る音を少しは立ててしまう。身が竦む。
そっと最後に二人で網を外し、横にのけておく。
犬は、来ない。
調布とはここで二手に分かれる。僕は侵入、調布はこの侵入口の反対側、火薬を仕掛けた地点に行き、そちらでも鉄条網を切り、待機。
目を見交わす。調布は僕に頷くと、すっと夜の闇に消えていった。頼んだぞ。
僕は犬小屋をじっと見つめながら息を止め、窒息ぎみな状態で犬のことを考えながら、むりやり超感覚らしいものを起動。
卓球の試合でそもそも発現したし、紫藤の後から階段を上って膝の裏を観察するだけでも起動したことがあるくらいだから、もっと楽な起動条件があるはずなんだがよくわからない。
ある種の精神状態。生命への危機感や、極度の興奮状態みたいなのが必要らしいんだ。
今回、息を止めているが、それだけだとまず起動しない。プラスアルファが必要。
ただ、犬や飯場側への緊張感や恐怖感とかがあったからなのか、起動してくれた。
まだ超感覚さんの発動状態は低いからたいしたことはわからないが、犬たちの気配は、固まって動いていない。寝てるかわざわざ確認するのは藪蛇だろう。起きて吠えられたら困る。
そっと足元に気を付けながら、まずこの施設のゲートに進む。気を付けないと、空き缶とかの残骸がそこらに転がってて音を立ててしまう。ちゃんと掃除しろよ。
飯場のバイクのスポークとフレームに、持参した自転車用のワイヤーロックをかける。かちりという音に、身が縮む。
監視カメラはなさそうだ。ゲートにも、同じようにワイヤーロックを掛ける。追跡の妨害のためだ。
周囲の気配をさぐるが、まだ誰にも気づかれた様子はない。
調布は打ち合わせどおり鉄条網を切ってるが、ほぼ無音。超感覚があって、しかもそこで切ってると知っててようやくわかる程度。
普通に部屋にいる人間には、音は聞こえまい。
建物に寄る。人の気配に注意しながら(特に労務者の入ってる建物、網戸はあるんだが窓が開け放たれてるんだ)、ようやくナギさんの仕事場、離れに到達。
裏に回り込む。似たような窓が並んでいるが、一つに何かが吊るしてある。
見覚えがある。ナギさんから預かって、たっくんに渡したストラップの人形みたいなやつ。あれの、片割れ。
目印につるしてくれたんだな。ナギさん、機転が利く。
そっと近寄る。この建物は、緩斜面にあり、この窓は部屋の中からは少し高い位置にあるが、外からは低い位置にあり、ブロック塀の土止めがある。
そのブロック塀の土止めから身を乗り出し、極度に注意を払いながら様子をうかがう。
ナギさんとは、正確な時間は調整できないが、2時半、3時半、4時半の3時点だけは紫藤実父にがんばって入ってもらうように伝えてくれとお願いしてた。たぶん最初、悪くて2回目でいけると伝えて。そしてもうすぐ約束の2時半。
超感覚を向けて様子を探る。部屋には常夜灯がついてて、複数の人間の気配。だが、ヤってる気配はない。
多分、紫藤実父だ。ただ、他の男が入ってて、眠ってたら?
まあそんなことはない、多分ヤったらすぐ交代みたいな感じだと思うのだが。
もう一つ、隣の部屋には1人の気配。あのもう一人の女の人、ふくよかな人だな。多分だが、ウォークマンか何かで音楽を聴いてるようだ。
逡巡しているときに、向うから窓の網戸が開いた。ぎくっとして動きそうになるが、耐える。
白い顔。ナギさんだ。何かの台に立ってあたりを伺うために窓を開けたと言う風情。
外が暗いから最初気が付かなかったのか、ナギさんも僕に気付いて一瞬ぎくっとした顔をするが、こらえたようだ。
僕が指でマルのマークをつくると、ナギさんがほほ笑んで頷く。
顔が一度、引っ込む。
さっきから小さいくぐもった音で、何か喘ぎ声がしてる。あ、あれ僕のレコーダーだな。毛布に包んで再生させてるのか。遺留品になっちゃうが、しかたない。
ナギさんが、窓を音を立てないよう気を付けながら、全開にする。
後ろから押し上げてもらってるみたいで、ほうっとこっちに体を乗り出す。
ちょっと迷ったが、僕は片足を窓のサッシにかけ、片足は土止めのブロック塀に残したままで、足場を確保すると(窓の位置はかなり高い、部屋からだと窓の下のヘリが150cmくらいの高さだと思う)、ナギさんを引き上げ、そっと抱き留めてこちらに引き取る。窓枠が軋む。
ナギさんの足元をみたが、薄いデッキシューズみたいなのを履いてる。走れる、やはりナギさんは賢いな。
微かに土を踏みしめる音がした。不審に思われたかもしれない、でももう引き返せない。
次に、赤く日焼けして無精ひげがあるが、温和そうな顔。
紫藤実父だ。小さくまとめた荷物を手渡された。部屋の中の音が止む、ウォークマンを回収してくれたのか、ありがたいがばれやすくなるぞ。そして窓から出ようとしている。台に乗ってはいるが、かなり苦労してて、多少は音がする。隣の窓は多少離れてはいるが、気が気でない。
手を貸して、なんとかこっちにわたってもらうことに。ナギさんより危なっかしい。
トイレのふりして、普通に入り口から出てきてもらった方が良かったか?でももう仕方ない。
紫藤実父が律儀に頭を下げようとするが、いいからいいから、と制し、手を持ってもらう。
紫藤実父も、室内履きみたいなのを履いてる。だけどこちらに渡ってブロックを踏んだときに、偶々乗ってた砂利で、ざり、という音。心臓が縮み上がる。
潮時だ。逃げよう。
超感覚を研ぎ澄ます。
二人を先導して、部屋からの視線の死角と思われるところを伝い歩き、トイレか何かで移動した男をやり過ごす。
心臓をびくつかせながら、平地を渡り、切り破った箇所に二人を誘導する。もうすぐだ。
いけるか?
いや、まずい!
犬が1頭、鉄条網沿いを吠えながら、僕たちの目指す侵入口に向かって走ってくる。その侵入口に向かう僕たちを、阻止するつもりだろう。
眠ってなかったのか?いや、少しは睡眠剤入り餌を食べたのか、少し動きがふらふらしてる気がする。
でも、犬の吠え声に、ナギさんがびくっと立ち止まってしまう。
そして犬の鳴き声に気づいた管理側の住む母屋やプレハブで、あわただしい気配。
「走って!」
立ち止まった二人を促し、走らせる。僕は犬を迎えるように先に走る。もう、音は気にしない。
軍手が煩わしい。走りながら軍手を外してポケットに突っ込み、トランシーバを抜き発信。相手の言葉を待たず「Bプラン!点火!」と言い捨てる。途中で見つかった時の符丁だ。
もう犬は目の前。
腰からスタンガンを取る。スプレーだと、この距離では僕たちに被害が出る可能性がある。
犬の戦闘能力は人間をはるかに超える。真正面から戦って勝てる道理はない。
ただ、僕の超感覚では一応可能なのだ、噛みつこうとする犬の鼻先にスタンガンを当てる神業も。
犬を無力化し、振り向いて二人に鉄条網を切り破った脱走路をくぐるように促す。
懐中電灯が、異常を探すように振り回されてる。ぐるっと向いて、こちらを照らそうとする、その直前に反対側で、大きな爆発音。懐中電灯の光はそちらに向いた。
調布だな。調布、無事だろうな?
爆発音は、1つじゃない。時間差を置いて、2つ、3つと続く。
プレハブから男たちが走り出て、爆発音の方向に走っていく。
紫藤実父が、逃走希望の奴らに刷り込んでおいてくれたんだろう。爆発音が起きた方向に出口を開く、と。
そのとおり、調布がそっちにも脱出路を切り破ってくれてるはずだ。
管理者の住宅棟から、大男が木刀を手に機敏な動きで走り出て、男たちを追うのが見えた。
大柄な体なのに俊足だ。あいつは強いな。
もういい。逃げよう。
背後で、あっちにもいるぞ!と怒鳴り声。見つかったな!?
時間差があったがまた向こうで爆発音。調布がやったか、あるいは湿ってた火縄のせいで起爆が遅れたか。
ナギさんたちは、脱走路をくぐったが難渋してる。そう、そっちは泥沼なんだ。足下が緩い。
目印を付けておいた、少し地面の固いところを先導して走らせる。
二人とも、足がすごく遅く思えていらいらする。今にも、追手が追い付きそうで、気が気でない。
ところどころに罠がある。たいていは、ロープを張るだけの罠。僕が先導して、罠に警告する。
途中から、並行する藪を縫って別方向から走り寄る者の音。
手元のスプレーを構えながらも、逃走の足は緩めない。一定程度接近したころに、低く、声を掛ける。
「花!」
「星!」
前もって決めてた合言葉。調布だ。合流する。目深に被ってる帽子の下で、調布の大きな目がぎらっと光る。
挨拶や何かは後だ。調布に先に立ってもらい、二人を急きたてながら、最後尾を走る。
こっちには、まだ来ていない模様だ。罠や足止め、他の仲間たちの脱走が奏を効したか?
林道を抜け、バイクの隠し場所に到達。
まだ時間は大丈夫そうだ。メットを付け、二人にも付けてもらいつつ、エンジンをかける。
ナギさんを調布のバイクに。紫藤実父を僕のバイクに。
走り出す。
追手は、まだこない。
――――
足止め策の一つは、ゲートだ。多賀島市内から来るにしても、多賀島市内から来るにしても、この飯場に来るには、結局このゲートを通る必要がある。
ゲートにはロックはないが、一度降りて開ける必要がある。これは僕らも同じだが、僕らは来るときにこれを開けておいた。
調布たちを先に通し、僕と紫藤実父はゲートを閉じる。針金を数か所巻き付けて時間を稼ぐ。
多分、飯場関係者以外はこの道を使わないとは思うのだが、迷惑行為には違いない。
土嚢を積んだ障害物も、自動車の通行を妨げるためのものだ。島みたいな形に、完全封鎖ではなく、でも自動車のすり抜けには苦労するように設置。バイクはすり抜けられる、ほとんど影響ない。
あの飯場の施設のゲートにもロック掛けたからな。ワイヤ―カッター、飯場にあるかな。あるだろうな。
そうして苦労して到着した、待ち合わせ場所。
国領のタクシーが、まだ到着してない。
誤算だ。