タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
国領とタクシーが来てない。
可能性は複数ある。
寝過ごしたか。いや、紫藤がいて、それはないだろう。
途中での交通事故などか。悪い予感がするな。たしかに雨で路面は滑りやすい。
地図を読み誤ったか。だが、地図は運転手さんに渡すんじゃないかな。運転手さん、プロだろうし、それじゃなさそうか。
国領が裏切ったか、あるいはびびってしまったか。いや、それはないだろう、――。
「志野、やることは変わらない。見張りと妨害に回って。」
そうだった。考え込む時間じゃない。時間ができたことで、できることもある。
紫藤実父たちには、廃集落の物陰で少し本格的に衣服を着替えてもらう。一部だが、バイクに着替えを積んである。
紫藤実父もナギさんも、雨上がりの森の中を、ぬかるんだ泥のある地帯を走って、ひどく汚れている。
タクシーの運転手にはあまり守秘は期待できないが、強い印象を与えることは回避したい。
紫藤父には、労務者とわかる作業服でない、普通のゆったりした服に着替えてもらおう。。
ナギさんも、森の中を走るうちに服がどろどろに汚れている。走りやすいスラックスの服だが、膝から下は泥だらけだ。枝に引っかかったせいか、付けてた髪留めも途中で落としてしまったようで、髪も乱れてる。
短い時間で整えてもらおう。時間は読めないから、できるだけでいいけど。
服やその他の持ち物は、ツェルトやもう使わない資材と一緒に、ボストンバッグに入れて持って行ってもらう。
国領との打ち合わせで、タクシー利用の口実としては、この廃集落の実家に書類を探しにきた、ということにしてる。真夜中に帰る必要性があるかという点は苦しいけどな。肝試しに来ました、ってのも考えたんだが、紫藤実父とかの年代の人がすることじゃない。
だがな、タクシーが来なかったら?
僕は川向うに戻り、トランシーバの通信可能距離ギリギリで見張りに立つ。
いつまでもは待てない。追手は、やはり来るだろう。トランシーバで連絡して、二人乗りで4人逃げるか、僕が撹乱に回り、タクシーを待つか、選ばないとないとな。
ゼロハンのバイクで4輪相手に立ち回れるか?
道が細いからな、できなくはないと信じよう。でも、相手もバイクがある。挟み撃ちされたら?
ぐるぐると考える。
最悪の場合、幹線道路まで二輪車二人乗りで行けばいいだけだ。確かに違反ではあるけど、むしろタクシーから足がつく可能性を減らせる。
警察に捕まる可能性はあるが、紫藤実父たちが逃げるところにたまたま行きがかり、緊急避難的にそうしたんだと言い張るか。
ちょっと苦しいな、高校生だもんな。真夜中に抜け出して、バイクで山道をとばす高校生。非行と不純異性交遊以外の背景が思いつかない。心証最悪だろう。
追手はまだ来ない。そこに、トランシーバへの着信があった。
「志野、タクシーが来た。ハルカも乗ってる。」
遅れたが、タクシーが来たか。
何かの手違いがあったのだろうけど、結果オーライ。
まずは彼らを離脱させよう。
「了解、打ち合わせどおりに、タクシー組は直ちに発車。バイク組は3分後に合流。」
「了解。」
調布と僕はタクシーから見えるところに出ていかない。紫藤実父とナギさんに伝えて、二人だけで国領の同乗するタクシーに乗って行ってもらう。
親子設定だからな、普通の会話に聞こえる合言葉を決めてある。それを伝えた。
タクシー、来て良かった。
しかしな、もう少しで計画がひどくコケるところだったぞ。
僕にバックアッププランがなかったせいだが、冷や汗かいたな。
そこから2分数え、そしてバイクのエンジンをかけ、3分後に調布に合流した。
どうやら、攪乱工作は思った以上にうまく行ったらしい、追手はまだ来ない。
紫藤実父とナギさんたちを乗せたタクシーは、もちろんもう見えない。
行くか、と頷き交わし、忘れたことがないか相互に確認した後で、スタートする。
二人で闇の中を疾走。
ほかに車はない。道は細いが、サイド・バイ・サイドで走ろう。
山道を抜け、平地に出る。急に、達成感が湧き出てくる。
カーブの連続を抜け、ストレートな道に入った。
空の雲も流れて、晴れてきた。夜空に月が出てきて、星が見える。
そっと横を見る。
調布も、一瞬こちらを見返した。
「やったな!」
「ええ!」
思わず笑いがこみ上げてくる。爽快だ。
調布の方からも、エンジン音の隙間から笑い声が届いた。この感覚を共有してくれてるみたいだ。
歴史は、変わっただろうか。
アクセルを吹かす。ゼロハンだけど、いっぱいに回せばそこそこスピードが出せる。またも違法行為だな。
路面は濡れてるけどな。ストレートだけでも飛ばしたい。
僕たち二人は、夜の風を切りながら未来への道をひた走った。
―――――
借家についたのは、もう明け方近く。
僕と調布は、途中、まず大丈夫とは思うが追跡除けにぐるぐる回ったり遠回りルートを通ったりして帰宅した。
国領たちは一度街に出て、流しのタクシーに2回、別ルートで乗り換えてもらう手筈にしてた。
2手に分かれて、途中で服を変え、組み合わせも変えて。
だから家についたのは僕たちが先。そして国領とナギさん、そして紫藤実父(下の名前は、マコトさんという)の順で到着。
午前5時前、もう空が白んできてる。とりあえずマコトさんたちは風呂に入ってもらった。
最低限の情報共有を、紫藤と調布と僕と国領の四人でする。
タクシーの到着遅れは、運転手さんの勘違いによるものらしい。
待ち合わせ場所を行きすぎて、あの川上の神社まで行ってしまったとか。暗かったし、国領も初めてだから行きすぎたのが分からなかったらしい。神社についてから地図を見直し、ああっ!ということになったらしい。
ただ、怪我の功名でもあった。運転手さんはすごく恐縮してて、親の実家に書類を探しに帰った両親から頼まれて迎えに行く、という口実にはほとんど違和感を持った風もなかったらしい。
その後、国領と調布、その後に僕は、シャワーを浴びて寝た。
ちょっと手狭だが、たっくんとナギさんの母子、国領と調布が奥。紫藤とマコトさん、そして僕が座敷。
ちょっと親子水入らずに変な奴が混ざるけど、我慢してもらおう。もちろんマコトさんを真ん中にしたよ。
紫藤は(マコトさんと紛らわしいから、もう「みなり」と呼ぶべきかもしれない)、ちょっと残念そうだったけど。
―――――
なんだかんだ言って日が昇ってセミが鳴き出すと目が覚めてしまった。
とはいえ、もう9時すぎくらい。十分に寝た。昨日は仮眠も取ってるし、この若い体は頑健だ。
疲れは、ほとんど取れてる。
起きあがって台所の流しで顔を洗ってると、背後に人の佇む気配。
寝巻代わりの白Tシャツに下がジャージ姿の紫藤だ。
ちょっと泣きそうな顔?
一歩、近寄る。
紫藤が、たたっと寄って、ぎゅうっと強い力で僕に抱きつき。
僕の胸に顔を埋めた。熱い何か、多分涙が、シャツを伝わった。
この感覚。
あの、1回目の雲のたなびく夕暮れ。
あのときの感覚だ。
そして僕も、あのときと同じように、紫藤の小さい背中をぽんぽんと軽くたたく。
記憶にあるよりも、わずかに大きい気もする。
不覚にも、僕も涙が出てきそうになったが、堪える。
男の子は泣かないんだ。うん、調布が聞いたら馬鹿にしそうだけど。
僕らの年代の男の子は、そう教えられてきたから。そう、馬鹿な教えだけど。
でも、鼻が詰まるのはどうしようもなかった。
「ねえ、志野くん。」
しばしの時間が過ぎて。
紫藤が腕を緩め、見上げてる。
目が赤いけど、顔は笑顔だ。
あの時みたいな、辛そうな顔じゃない。作った笑顔じゃない、本当の笑顔だ。
よかった。
本当によかった。
「志野くん、ありがとう。ありがとう!」
でも、また紫藤が泣きそうな感じを受けて、僕は慌てて言葉を挟む。
「全然、そんなことないよ。約束だったしね。それに、まだこれからさ。」
女の子を泣かせるのは、居心地悪いんだ。笑っててほしい。
それに。まだ問題は全然解決してないのも、本当だ。
飯場からの追跡を躱さないと。
マコトさんやナギさんの新しい生活設計も。
紫藤家の立て直し。マコトさんと紫藤母の復縁とか、子供の引き取りとか、できるのか?
でも紫藤母は意識不明、もし紫藤母がマークされてたらマコトさんのお見舞いも難しい。難問だらけ。
それにまだ、肝心の諸悪の根源。怪老人や、あの筋肉男の問題は何一つ片付いてない。
でも、一つの分岐路を、僕たちは進んだ。
本来の正史のルートとは違うであろう、新しい未来への分岐路を。
廊下を歩いてくる音。調布が来た。晴れやかな顔をしている。
僕と紫藤を見ると、一瞬意地悪そうに口の端を引き上げたが、近寄ってきて、紫藤と僕とをひとまとめにして抱きついてきた。
改めて僕も紫藤と調布の二人をまとめて抱擁する。柔らかい紫藤の体、しっかりと抱きごたえのある調布の体に、こんな局面ながら、ちょっと勃つ。
廊下の奥で、足音と声がする。
あれ、あの声は。たっくんか。
たっくんは、昨日は午後8時過ぎに寝たからな。もう起きるころかもな。
ナギさんは疲れてるはず。もうすこし寝かせてあげたいが。
あれは国領の声だな。台所に近づいてきてる。
朝ごはんはどこで食べようか。
座敷かな。そうなるとマコトさん、疲れてるけどたたき起こされることにならないかな。可哀そうに。
奥の寝室に移ってもらって、二度寝してもらおうか?
いろいろな考えが頭をよぎる。
たっくんにトイレをさせたらしい国領が、たっくんをつれて台所に入ってきた。
挨拶やお礼が交わされた後。女の子たちは何か女の子たち同士の話があるらしく、笑いさざめいてる。女の子に囲まれたたっくんも、会話には加われてないがかわるがわるいじくってもらって、ご機嫌そうだ。
ちょっと疎外感を感じつつも、外を見やる。
蝉も鳴きだしてる。今日は晴れて暑くなりそうだ。
目を戻すと、女の子たち同士のかしましい会話の中にいる紫藤が、こちらに視線を投げてきた。
目が合うと、ほわんと笑いかけてくれる。
心がなんだか、じいんと温かくなる。
なぜかまた泣きそうになってしまい、我慢して目を瞬かせながら、僕もぎこちなく微笑み返した。
こうして、とりあえず、紫藤実父とナギさんの救出作戦は終わった。