タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
志野視点→第三者視点です。
それから小一時間ほど過ぎて、みんなで朝ごはんを食べることにした。
ちょっと手狭なので、座敷のふすまを外して、となりの部屋とつなげた。ちなみにナギさんもマコトさんも結局、起き出してきた。
奥からこたつの台を取り出してきてちゃぶ台の横に置き、つなげる。
タイマー炊飯したごはんと豆腐とわかめの味噌汁。適当にシシャモが焼かれ、卵焼きやベーコン炒めが作られた。食材は昨日、僕と紫藤が買ったものだ。
たっくんはナギさんの膝の上。口を大きく開けてママに入れてもらってる。
自分で食べられるんだろうけどな、甘えたいのだろう。
紫藤とマコトさん、ナギさんとたっくんの親子ペアを上座において、僕たち3人は下座で反省会。
足がつくようなヘマはなかったか、とか。
今後注意すること、とか。
多少は遺留物はあるが、まあ、突き止められることはないだろう。軍手とかもしてたし。
靴底の足跡は残るが、用心して買い替えてもいい。
そんな話をしていて。
その時だ、その話が国領の口から出たのは。
「神社に行って、また帰る途中だけどさ、」
国領はベーコンとサラダをごはんにのっけて掻きこみながら言う。
ちょっと上品とは言いがたいしぐさだけど、不思議に似合って思える。
「あのあたり。神社とそこに行く途中なんだけど。何かのパワースポットなのかい?不思議な気を感じたんだ。」
うん、国領。お前霊感ないって言ってたけど、そんなことはないぞ。
国領はやっぱり、勘が鋭い。
あのあたり、確かに何かがある。いや、何かがいる。
だが、間違っても国領を近づけちゃいけない。
好奇心につられて深入りしたら、あの巨大タコの餌にされてしまうかもしれない。
だから、言葉はオブラートで包みながらも、警告する。
怪しい宗教団体があること、危険かもしれないから近づくべきじゃないということ、を。
それに、飯場にも近い。
あまり近付くべきじゃない。そう念押しした。
しかし、このとき、もっと強く釘を刺しておくべきだったかもしれない。
それに。後で気づいたことだが。
単に不思議な気(?)を感じた、というだけじゃなくて。
本当は、国領はあの「声」を聞いていたのかもしれない。
あの「声」、――テレパシーみたいなもの――、は、どういう原理かわからないが、距離による減衰があるはずで、ある程度近くでないと聞き取れないはずだ。でなきゃ全人類が同時に聞き取ってるはず(だが、そんなことはない)。
だけど、人によってかなりあの声への感度は異なる。たとえば紫藤と僕とでは、圧倒的に僕が鈍いようだ。
多分、国領はその手の感覚がとても鋭かったのだろう。おそらく、紫藤より。
距離との関係で、もしかするとはっきりした声ではなかったのかもしれない。だけど、何かの呼び声を聞いたのではないか。
あの暗闇に包まれた、森の中からの呼び声を。
何かを、あるいは誰かを求める独り言のような、その孤独な声を。
そして国領は。
あのお人好しで、人助けが好きで、冒険好きなあいつは。
きっと、何とかしてやりたい、と思ったのだろう。その呼び声の主が何であれ、多少は危険があったとしても。
ただ、このとき。
緒戦の一応の成功に浮かれてたこのときは、僕はそんな可能性に気づくことはできなかった。
―――――
食事のあと、しばらく紫藤とマコトさんを二人にしてあげる。
紫藤弟も、会わせてあげたい。ただ、さっき公衆電話からかけたが繋がらなかった。メッセージセンターとしては不合格だな。
今日は紫藤継父も帰ってくる。だから、そろそろ紫藤も帰さなきゃ。
また土日とか学校帰りに、この家に寄ればいい。紫藤弟も。
僕も早く中免取りたいな。そしたら二人乗りできるバイクを入手できる。
そんなことを思った。
僕は家の回りの草むしりをしていた。
朝ごはんの後、国領はひとしきりまたわーわーしゃべっていたが、そろそろボク学校に行くね、後片づけしなきゃ、と言って去っていった。悪いと思ったからタクシーを呼ぶか、駅まで自転車で送ろうと申し出たが断られた。前者は爽やかに笑って受け流されたけど、後者の申し出については、なんか笑ってはいても、どこか怯えと警戒がほのかににじむ目で辞退された。
ひどいや。僕、なんかした?
襲撃か?襲撃については、お前もやる気だっただろう。僕だけ悪者にしないでほしい。
でもまあ、ちょっと傷つくけどこれでいいんだ。あいつは堅気の世界にいてほしいしな。
これ以上、危険な僕たちの作戦に巻き込むことはないだろう。
あとは、あいつの将来の何かの事件だよな。もし思い出すことがあったら、今回のお返しにどうにかしてやらなきゃ。
そう、思いながら。
僕は庭で草むしりを進め、調布は家の片付けを進めてて。
紫藤父娘は、OHANASHIしてる。なんかさっきは、紫藤父が必死に謝ってるみたいな声がしてた。
紫藤に詰め詰めされてるんだろう。意外と紫藤は、そう、みなりは怖いんだ。
そんなところに、たっくんを連れたナギさんが来た。
丁寧に礼を述べられる。ナギさんは、結構こまごまとたっくんに小言を呈しながらも、幸せそうだ。
そして、昨日の自分の荷物について聞かれた。昨日はもう、お風呂に入ってそのまま寝てもらったんだったっけ。
飯場を抜け出してくるとき、ナギさんは邪魔にならないようにほとんどものを持たず、ただちいさなポシェットを持ってた気がする。
紫藤実父の荷物の方が大きくて、ちょっとイラっとしたっけ。あれにくらべてナギさんは思い切りがいいって、感心した覚えがある。ナギさんと紫藤実父、マコトさんの荷物は、ツェルトとか、ナギさんやマコトさんの着替え前の服と一緒のはずだ、ーー。
持ち物。何かがひっかかる。
ん!
そういえば!?
紫藤が立ち聞きしてた、紫藤継父と風俗グループの幹部の会話。
爆発物を示唆する言葉があったっけ!?
なんで、忘れてたんだろう。
僕は、顔から血の気が引く思いがした。
「ナギさん、大事なことです!」
ナギさんの荷物は、昨日のタクシー組に託したボストンバッグの中に見つかった。
これを検分させてくれ、と申し出る。風俗グループに持たされた、危険なものがあるかもしれない、と。
ナギさんは僕の勢いに面食らっていたが、話を聞いてちょっと青ざめながらコクコクと頷いた。
異存は無さそうだ。
僕は荷物を持って家から出て、隣の営業してない靴工場の庭を借り、そっとナギさんのポシェットを検分する。
超感覚はとっくに発動してる。いや何しろ、爆発して僕が空高く舞い上がったり四散したりする可能性があるんだ。当然だよ。
いくつかのものを取り出し、仔細に見る。
健康保険証と運転免許証(ナギさんは運転免許、持ってるんだな?これは再就職のときに使えるぞ)、母子手帳、郵貯の通帳。
女の子の日の緊急時のふわふわのあれ。
髪留めゴム、ハンカチ、ボールペン、手帳。
数枚の紙幣を小さく折りたたんでビニール袋に入れたもの。
僕がこの前ナギさんにあげた非常食の一部と思われる小袋。
小さな乳液のボトル、口紅。
ばんそうこう。
あと数点小物みたいなものもあるが、どれも僕の超感覚にはヒットしない。
最後に、針は動いていない腕時計。
これが一番怪しいが、特に超感覚さんはいいんじゃないの、っていう感じ。
ポシェット自体に何か縫い込まれてないか、ニトロが沁みこませてないかかと疑ったが、そんな感じでもない。
はて?
一応持って帰って、何も見つからなかったと告げる。
「何か、心当たりとかありますか?」
ナギさんは、飯場にはもちろんもう少し私物を持ち込んでる。着替えとかいろいろ。
逃げ出すときに、一番大事そうなものだけに絞ったらしい。ちなみに時計は、亡夫の形見だそうだ。
ナギさんは、心当たりがないこともない、と言う。
最後、紫藤継父の友人たちに限定して連れ出しOKとなった段階で組織に持たされた、とある装置。
それについては何も説明はなく、所持を命じられていたナギさんは、それに盗聴機能があるのではと考えていた。
それに、自爆機能もあったのかもしれない。
それ以外に、組織に持たされたようなものはない。
その装置も、当然、飯場に残してきたそうだ。
例の、調布とナギさんの3人でお風呂はいってシたときに、バッグの中に盗聴器があるって言ってたやつか。
でも僕、あのときはあれに特に何も感じなかったんだけどな。あ、あのとき超感覚さん起動してなかったな。
まあ、紫藤が聞いた紫藤継父の友人だとかいう風俗組織の幹部が言ってた危険物は、それなんだろうな。
あれが、飯場で爆発したりしないかな?
ちょっと気掛かりだが、まあ僕たちができることはあまりない。
そこまでの義理はないが、死傷者がでても寝覚めが悪いので、警告の手紙でも送っとくか。
もちろん匿名で、新聞紙でも切り貼りして。
まあ危険なものはなさそうだ、ということで、そのままたっくんを庭で遊ばせながら、よもやま話に移行。
ナギさんは基本、無口な感じなんだと思ってた。でも孤立してた日々が長かったせいか、おしゃべりするのが楽しそう。こんな僕みたいなコミュ障相手でも。
ちょっと髪の毛をうっとおしそうにしてるが、あの表情の乏しさが嘘のように表情豊かだ。
風俗での数少ない友人というか敵対的でない同僚に最近もらったという、お気に入りのバレッタを昨日逃げるときに森で木の枝にひっかけ、落としてしまったらしく。
しばらくは髪留めゴムで結ばないといけないですね、あれは頭の皮が引っ張られる感じがして嫌なんですよ、あのバレッタはちょっと重かったけど、気に入ってたのに。早く代わりのを見つけたいです。とちょっと残念そうに言い、微笑みながらたっくんを見守っている。
そんなナギさんを見ながら、僕は自分のコミュ障について思いを馳せていた。たぶんナギさんも解決策じゃなくて共感を求めてるんだろうけど、うまくこういうときに気の利いた返答ができないんだよな。
そうですよね、僕もそれ、わかります!ってのは違うだろうし。髪なんか結んだことないしな。
「それで、」
たっくんが蟻の巣の観察に没入してしまっているとき。
ナギさんが、すすっと近づいてきた。
紫藤がときおり見せる圧力に似た、奇妙な迫力を感じて、僕は思わず後ずさりしそうになった。
「これだけのことをしていただいて。お返しがしたいのですが。」
現在は、何もお返しできない。この命と、この身くらいしか、今の自分にはない。
だから。良かったらこの貧相な体でも、お好きに楽しんでほしい。
そう言い募るナギさんに、のけぞりそうになる。
いやアリの巣いじりに没入してるとはいえ、お子さんの前では、その。
でも、会ったときのどこか感情が抜けた人形のようだったナギさんと違って。
今、こうして身近に接すると、思ったより人間味や人柄の良さを感じ。
ごく平均的な容貌も魅力的に思えてきて(もともと僕はそうなんだ、女の人はみんなきれいに見えてしまう)。
無防備な二の腕や首もと、ほどよい胸のふくらみが目に入り。
連れ込みホテルのお風呂で色々してもらったり、ベッドでなぶったりしたことを思い出して胸がどきどきしてきて。
しかも紫藤や調布とはまた違う、匂いたつ成熟した女性らしさに頭の芯がくらくらして。
僕に迫る、ひたむきな双眸に対して、僕は暑さのせいではない脂汗をかきながら、いえいえお言葉だけで十分ですし、まだこれからが山場ですから、また一段落したら、そのうち、おいおいに、機会があったら、とかごまかしと時間稼ぎにひた走るのだった。
うん、だって紫藤が怖いし。
母屋の話し声がやんでるみたいだけど、ここでの会話、聞こえてないよな?
―――――
数日後。
多賀崎市内の、某所。
その組織は、表向きは、総合土木建設業を営む会社という体裁を整えている。
実態は非合法組織をバックにつけ、一部の悪徳議員等と癒着して荒稼ぎする、いわゆるフロント企業に類似する組織である。
そしてこの会社、又座岐組は。
バブル崩壊後で路頭に迷う行き場のない人々をかき集め、カタに嵌め、蟻地獄のような搾取システムを構築して運営してきて、一定の成功を収めてきていた。
日本の各種の制度は、金属疲労を起こしている。建前は美しいが実体は矛盾だらけだ。
たとえばこんな不況でも、生活保護は就労可能年齢の男性には支給されない。
交渉力もない貧しく弱い人を救う建前なのに、主張を通す交渉力を求められる。絵に描いた餅ではないか。
自らの組織は確かに困窮した人々から搾取しているが、同時に社会保障には救えない人々に対して、最低限の衣食住を与えている。
だからわが社は、この社会に必要なのだ。
そう、この組織の運営者たちは自らを正当化している。
自分たちがこれをしなくても、どうせ誰かがもっとひどいことをやるし、やらなかったら路頭に迷いもっと悲惨な運命に陥る人が増えるだけ。
じゃあ、なんで俺たちがやっちゃいけないんだ、と。
いわゆる貧困ビジネスの一種である。
事実、他のもっと苛酷な組織に比べると、又座岐組のやってることはまだぬるい方だ。保険金をかけてサクッといくこともあるが、ちゃんと働けてる間は働かせてやってるし、他の組織と違って腎臓や角膜とかのパーツ取りもしてない。
部分的には、高額だが酒や女など、労務者たちに悪くない待遇も用意してる、と。
そう考えていた。
ともかく。
バブル崩壊後、景気対策に増発された公共事業も、会社と癒着した悪徳議員を利用して随契や談合でかっさらうことができ。
又座岐組にとっては、物事はおおむね順調だった。社長が好きで、こぶしをきかせてよく熱唱している、演歌の中の成り上がり主人公のように。
しかし、又座岐組には最近、いくつかの不協和音が響き始めていた。
それが、又座岐組の本社ビルの最上階。「代表取締役社長」と表札のある社長室の中で、床に虎の皮の敷物を敷き、後ろの壁には日本刀を数本架けている社長机で、社長という名目で会社を支配している彼が最前から頭を悩ませている理由であった。
まず、組織の契約獲得にずいぶん貢献してくれて、会社の側もそれだけの見返りもしてやった悪徳議員の様子がおかしいという情報が流れた。
なんでも、新聞社に議員の肝いり事業の破綻のことや、非合法組織との癒着のスキャンダルをすっぱ抜かれそうだとのこと。
テラテラと黒光りしていた精力的な顔が数日にしてしなびて、年相応どころかもうお迎えの近い老人に見えたな、と社長は思い出していた。
まあ、それはそれで仕方ない。あの悪徳議員とは利でつながる関係。力も金もないのは首のないのと同じ。
これまでずいぶん便利に使い使われ互恵関係を築いていたが、まあいつかは終わることだ。
こちらに火の粉が飛んでこないよう、工作しないといけないのは面倒だし、これから先のコネをどう構築するかという問題もある。
頭が痛い問題だが、まあ仕方がない。彼はそう思う。
だが、ほぼ同時期に、又座岐組支配下の飯場の一つが襲撃された。こちらが問題だ。
たしかに、又座岐組と利害が対立する組織もあるし、これまでもときどき利権をめぐりいざこざがあった。その中には又座岐組へのいやがらせや攻撃もあった。
そのなかには、飯場や事務所へのカチコミもあった。
当然のことだ。彼自身も防弾チョッキを巻き、ヤッパを呑んで交渉に臨んだこともある。
今回、彼の会社が受けた攻撃には、そうした過去の攻撃とは、異質なものを彼は感じていた。
うまく言い難いが、背後に強力な闇の組織の存在があるのではないか、と。
そう思うと、豪胆な彼も、うそ寒いものを背筋に感じるのだ。
飯場への襲撃は。
労務者たちの逃走補助、そして組織の秘密をあばくかのような爆弾での威迫を含んでいた。
いったい、どのようにして組織の痛い秘密を調べあげたのだろうか?
きっと、組織内。かなり高い地位に、裏切り者がいる。
そうでなくては、あれだけ周到な弱味をついたいやがらせや悪辣な罠は説明できないのだ。
今回の攻撃を、彼は思い出す。
まず、労務者の逃走。
逃走した者は、一人ではない。たまたま、死んでも構わないような行き場のない奴らを集めて、事故も多い危険な業務に従事させていた飯場だった。
生きてシャバに帰すことは、実のところ想定していない。扱いも知るべし。だから、平気でヤバい仕事をさせてきた。
それなのに、半分近くの労務者が脱走して、まだ一部しか捕獲できていない。
飯場での彼らは、使い捨ての労働力。下手をして労務に就けなくなると、サクッと行方不明にするか、こっそり保険をかけて始末するのが常套手段。労務者たちも、それを感づいてる。
だから、この機に脱走した者は多かった。些末なことだが、派遣で受け入れて労務者たちの相手をさせていた娼婦も一人、逃げ出していた。これも近いうち処分予定だったとか。まあこれはうちの組織の話じゃないが。
違法行為を知る労務者が司法機関に駆け込むことは、リスクではある。
ただ、その確率は低いだろうと彼は踏んでいた。司法機関も一枚岩ではないし、隙もあるし情報も取れる。そういう奴の身元は洗って、多賀島湾にコンクリ詰めにして沈める。
そんな末路を、労務者も知っているはずだ。ただ、馬鹿な奴がそうしたら、面倒ごとにはなるだろう。
ただ、攻撃の狙いは労務者の逃走にあったのだろうか?
飯場を襲撃した悪党は、2か所を切り破って労務者たちを逃走させた。それは、痛手ではある。
だが、もし利権をめぐり争う同業者なら。
自分たちに対しても、同様に報復されることのリスクは考えるだろう。そもそも、こんな持って回った手段は採らない。端的にまず譲歩を要求し、それを飲まない担当者に嫌がらせしたりするだろうが、こんな回りくどいことは、しないだろう。要求事項すら、わからないのだ。
どこか、やり口が違う。
むしろ、後に述べる、もう一つの方。爆破攻撃が本命であり、労務者の逃走は一つの手段。単なる嫌がらせにすぎないのではないか、と思わされる。
これは別の勢力の示威行為。これから始まる圧迫の狼煙にすぎないのではないか、というのが彼と上層部の見立てだった。
爆破攻撃。これは、2つのものがあった。
北側の、労務者たちのメインの脱走路。こちらでは、比較的小規模の爆発が起こされた。
北側の脱出口から逃げた労務者たちを追っていた男は、おそらくリモートでの爆弾起爆による攻撃で、あやうく重傷を負うところだった。
爆発物は複数仕掛けられていた。それらが爆発し、その場所で破壊されていたフェンスから労務者たちが逃げたのを追跡しようとした男の眼前で、ちょうど追跡を妨げるように、爆発が起きたという。
監視者が追跡者の動きを見て、追跡を妨げるべくリモート起爆させたのではないか。
そうでなければ、あんなにピンポイントに追跡者を狙ったようタイミングでの爆破はできない。
彼の会社(飯場の運営会社)のバックについている組織によると、爆発物は黒色火薬だろうということだが、詳細は不明だ。
黒色火薬は自作でき、追跡は困難だ。あたかも湿気で起爆が遅れたかのようにも装える。わざわざ工事用のダイナマイトを使わず、あくまで威迫として、使用したのだろう。
謎の敵組織は、手の内をみせようとしていないのだ。
さらに、南側の、3人くらいが逃げたと思われるルートでの爆発。
こちらが問題だ。
こちらは、労務者たち(と娼婦1人)の脱走のことが、又座岐組の本社や娼婦の組織に情報共有されたあたりに、時間差を置いて発生した。つまり、翌朝であり、ちょうど本格的に対応や調査が始まろうという頃。
この少人数が逃げたと思われるルートである森。その森の土地は、会社が所有している。
そして、建設廃材の中で特にヤバいもの。毒性の高い化学物質とか、こっそり始末せざるを得なかった労務者の亡骸、関連組織での抗争で使用された武器などを、この森の中に処分していた。
要は、犯罪の証拠物品等のゴミ捨て場として、そこが使われていた。
敵は、まさにそこを狙ってきたのだ。それも労務者たちの亡骸を埋めている地点の真上で、爆発を起こして見せたのだ。当然、あたりには人骨がまき散らされ、阿鼻叫喚の状態に。
しかも、恐ろしいことに。
数か所、もっともヤバい化学物質が埋めてある地点には、分かりやすく目印をつけて、爆発に巻き込まないようにしていた。
お前たちの秘密を知っているぞ、と脅すように。
それを知ったとき、又座岐組の上層部の面々は、青ざめた。
容易ならざる敵を相手にしたこと。
そして、おそらくは自分たちの中に裏切り者のユダがいることを、認識せざるを得なかった。
そして、この南側で起きた爆発は結構な威力のものだった。
仮に飯場の管理者たちが調査で踏み込んだ時間にこの爆発に遭遇したら、命も危なかっただろう。
こちらは、黒色火薬ごときで起こせるものではない。もちろん、素人が作れるようなものでもない。
本格的な高性能爆弾を使用したのだ。又座岐組のバックにつく組織も、検分してその威力に黙り込んだほどの。
敵組織が、こちらではそろりと本気を示して見せたのではないか。
そう、又座岐組の上層部は考えた。
ちなみに娼婦を飯場に派遣していた風俗組織は、この後からの爆発のことは知らせたが反応は鈍い。ちなみにこの組織、逃げた娼婦はそのうち死ぬので、追跡は不要と考えているようだった。クスリ漬けか何かにしてあるか、持病があるかで、逃げてもそのうち禁断症状や発作で死ぬような状態なのかもしれない。
最初の爆発。まあ、化学好きな学生でも頑張れば作れるような黒色火薬での攻撃と違い。
そんな危険な爆発物を用いるような組織と対立していることが分かれば、娼婦の派遣やその他の提携関係に支障が生じないか?と危惧したが、それは問題ないようだった。不幸中の幸いだ。
最初の黒色火薬での威嚇爆発のため、飯場にいた者たちは戦意を失い、いったんは引かざるを得なかった。
徒手空拳で爆弾に対応することはできまい。それは、仕方ない。
しかしその結果、この攻撃の実行者がどの方面に引き上げたかも突き止められていないし、労務者たちも捕まえられていない。
道路にも悪辣な罠が仕掛けられていたが、その場にいた者たちは、その夜は追跡どころではなかった。翌朝以降、改めて調べて初めて判明したことだ。
後から起きた南側での爆破の威力からすれば、その気になれば、襲撃者たちは飯場の者たちを皆殺しにするのも容易かっただろう。
調べるな、という脅し。そして、それを裏付ける実力、組織の秘密を握っていることの誇示。
ただ、敵は本格的に彼の組織の壊滅は望んでいないのだろう。何か要求したいことがあるのだ。わざわざ死傷者を出さないようにしたことに、それが現れている。
やがて、接触があるだろう。それを待って対応を決めざるをえまい。反撃するにしても、手がかりもない。
そう考え、又座岐組は、はらわたが煮えくり返る思いをこらえつつも、いったんは引くことにした。
そう。手がかりもないな、と彼は思い返す。
罠や仕掛け。そう、化学物質の処分場所にあわせて設置されていたそれらの罠は、丹念に準備されてはいたが、ひどく原始的なものだった。
そう、運営者を馬鹿にしたようなレベルのもの。いや、実際に馬鹿にしているのだろう、意図的な「手加減」が随所に見受けられた。
数日後に届いた、「爆発物に気をつけろ」という、新聞の活字を切り貼りした稚拙な脅迫状というか警告書のようなものも。
どれも、稚拙かつ原始的でありつつ、足がつきにくい、それこそ普通のヤンキー少年でも揃えられそうなものを使っている。
挑発しつつ、身元は探らせない。
悪意に満ちた嘲弄と武力での圧力。
狡猾な組織の存在が、浮かび上がる。
当面は。
組織の秘密は知っているぞ、と恫喝された、飯場を運営していた又座岐組は。
しばらくは相手方の出方を待つこととして。
表向き、爆発も飯場の拡張のため発破したのだということにして、襲撃事件の真実を眠らせることにした。
しかし。
彼にはよくわからない高級材を使った社長室の机で、社長である彼は、怒りを静かにたぎらせる。
もちろん、こんなことをしてただでは済ませない。絶対に下手人は探し出して、簀巻きにして多賀島湾に沈んでもらう。
そしてこの攻撃を仕掛けてきた謎の組織とも、話をつけねばなるまい。
このシノギにあっては、舐められるのは首を取られるのと同じだからだ。又座岐組のバックの組織もそう考えている。
だが。これを引き起こした敵にはもちろん落とし前をつけるとして、最大の問題は。
この組織の中の裏切り者だ。
おそらくは、あの常務ではないか。
数年前から、労務に堪えなくなった労務者を手を汚さずに処分する販路を開拓した功績を鼻にかけ、昔からの顧客をないがしろにしていると聞く。
販路はヤツザキグループだとほざいていたが、そんなはずはない。人を虚仮にしおって。
絶対に、あいつの尻尾をつかんでやる。
そしたら見せしめとして、これでもというくらいにむごい死に目を見せてやらねば。
それまでは、泳がせる。それまでは。
そう、彼はストレスを感じたときの癖である歯ぎしりをしながら、考えていたのだった。