タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
細かいところは、整合性を取るために後で修正するかもしれません。
108 河を渡って木陰に憩う(1)(紫)
ハルカちゃんは帰っちゃって、さとみんは部屋の掃除。志野くんは表で草刈り。
ナギさんという女の人も、志野くんを手伝いながら、子どもを表で遊ばせているようだ。
一度焦ったような声で、志野くんが荷物を取りにきてあわただしく家を出ていったが、おそらく何事もなかったのだろう、その後はまた戻ってきて、女の人と話してる。内容までは聞き取れないが、そこまで緊迫した感じじゃない。
ときどき、何か発見したんだろう、たくくんの興奮した声が聞こえたりする。楽しそうだ。
今日の天気は晴れのち曇り。少し蒸し暑くなってきてる。
わたしはお父さんと、中央の座敷でちゃぶ台を挟み、冷やした麦茶を飲みながらいろいろな話をした。
昔の話。お父さんがいなくなったあとの話。再婚したあとの話。
お母さんが倒れるまでの話。倒れたときの話。
そして、お父さんたちを救出するまでの話。
話をしているうちに、思わず感情が高ぶってしまった。
ちょっとだけ、とりみだしたり。
いつもだったら、絶対に言わないようなこと。
お父さんのことを責めるようなことをいってしまったり。
自分でも八つ当たりだと、わかってたんだけどね。
そう、あのときは、お父さんもああするしかなかったんだ。
それは、よくわかってる。
でも。
でも、あのとき、お父さんがいてくれたら。
そう思ってしまったことが、何度もあった。
だから、それを口に出してしまった。
お父さんは、謝ってた。自分がわるかったって、泣いてた。
お父さん、ごめんね。謝ってほしいんじゃなかったんだ。もちろん、泣かせたいわけでも。
しいていえば、さびしかったんだ。
乱気流に巻き込まれて翼が壊れ、墜ちる運命の飛行機みたいだった、この数年間。
たった一人、お父さんがいなくなっただけじゃないんだ。
あのときから、わたしの家はばらばらになっちゃってたんだ。
おおかみに吹き飛ばされた、藁づくりの家みたいに。
わたしたちは、元にはもどれない。今のわたしも、あのときのわたしじゃない。
お父さんが戻ればそれで解決、なんてわけじゃない。
これからどうなるかなんて、まだわからないけど。
お父さんはやっぱりどこか抜けてて、しまらなくて、かっこわるかった。
でもそれでも、わたしのことをずっと思っててくれてたんだ、心配してくれてたんだって分かって。
私の心の奥底の、どこか凍てついてたところが、ふわあって溶けた感覚があった。
なんだろう。頭ではわかってたんだけど、心は、やっぱりお父さんに見捨てられたって感じてたのかもしれない。
そのわだかまりが溶けて、わたしも泣いた。
なんていうんだろう。
わたしのなかの子供。お父さんたちが離婚したときの、あの頃の私が泣いてる感覚。
悲しいわけじゃない。迷子になった子供が、家に帰れて安心して泣き出した感じ。
そう、そんな感じだった。
お父さんがおろおろしてた。
やっぱりお父さんだね。なんかあるとお母さんにやり込められて、しょぼんとしてたあのころのお父さんのままだよ。
それをみて、日焼けして無精ひげも生えて小汚くなっちゃったけど、あのお父さんだなって、笑ってしまった。
なんだかすっきりした。
話し合いが終わると、お昼にしようか、という流れになった。
その後、志野くんがわたしを家まで送って行ってくれるということに。
わたしはわたしで、お母さんのお見舞いにもいかなきゃいけない。
ハンスト(?)してた千里にも、ちゃんと餌やりしないと。
あの苦手な
ちょっとそれを考えると気が重いんだ。でも、しかたないよ。
しばらくは、わたしが頑張るしかない。
志野くんやさとみんが、あんなに頑張ってくれたんだ。
さとみんなんか、たぶんお金を払って教習所行ったんだよ。このために。
だから、私も頑張るよ。
ちょっと期待してることがある。
羽立毛市に行くって、いってた。
たぶん、ヤツザキで働いてるっていう、伯父さんに会いに行ったんだろう。
だとしたら。
もしかすると、奨学生の話が進んだのかもしれない。
住み込みとかの条件とか、固まったとか。
そうだといいな。
今回の試験は、かなりがんばったと思う。
この成績も間に合うようだったら、送ってアピールしたいところだ。
―――――
みんなで、素麺で簡単なお昼にした。
その後、志野くんに送られて、家に帰る。千里は留守だが、書置きがあった。残してあった食材は食べた形跡があった。ひと安心だ。
生鮮食品は、日蔭谷の家用に昨日たくさん買ったものを分けてくれた。だから、しばらく買い出ししなくていいだろう。
さて。
少し家の中を片づける。荒れ果ててた家だけど、ここしばらくないくらいに片付けた。
玄関の、使っていないかかとを履きつぶした靴をゴミ袋に入れた。
玄関のドアを開け、履き清めていく。
リビングに積み重なってるチラシや新聞も、まとめて紐で縛った。
テーブルに乱立した一升瓶やワンカップ日本酒をガチャガチャと袋に入れ、軒下にまとめておく。
底に濁った液体がたまっているグラスや、何かの加減で出したのだろう皿を片付ける。
テーブルの輪染みを拭く。すぐには取れそうにない汚れもある。濡らした布巾をかけておこう。
汚れがこびりついたトイレも磨く。
なんとか、きれいになったかな。
わたしはリビングであたりをみまわし、息をついた。
そろそろ、お母さんのお見舞いに行かなきゃ。
お母さんのお見舞いに行って、そして、こっそり、耳元で教えてあげよう。
本当のお父さん、見つかったって。居場所が分かって、しかも、もう、ちゃんと救い出せたよ、って。
―――――
お母さんのお見舞い。
効いてるのかどうかわからないけど、新聞の一面でお母さんが気になりそうな記事とか読んであげる。
看護婦さんによると、ときどきまぶたがぴくぴく動くことがあるそうだ。いわゆるレム睡眠。
つまり、この昏睡状態。「眠り」が、浅いことがある。
しかも、脳に器質的な障害はみあたらない。何かの加減で、目覚めることもありうる。
後からやってきたお医者さんにも、そう、説明を受ける。
だけどな。日々、入院の費用がかかってる。
保険でカバーされるとはいえ、相当の額だ。
志野くんから聞いて高額療養費制度とかを使ってるけどね。それでも多額だ。
あまり志野くんにも頼りつづけるのは悪い。早く、奨学生の方がなんとかならないかな、って思っている。
奨学生になれば最高級の治療を受けられる、とは聞いてすごく乗り気になったけど、実は好転するかどうか、ということについては、そこまで期待できないかもしれないと考えている。
今お母さんを見てくれてる、このお医者さんは優秀だと思う。説明も分かりやすいんだ。
ただ、その先生が考えらつく検査はあらかたやったけど、原因は正体不明だそうだ。
そうだと、なかなか手の打ちようがない。
どうしていいかわからないのなら、高いお金をかけても有効な手が打てないだろう。
でも奨学生になって、決して安くない治療費を出してもらえるのなら、それだけでもいいんだ。
経管栄養に切り替わったけど、そこまでお母さんはやつれた感じはしない。
少しむくんでいるみたいだけど、むしろ一時期の仕事に追われて疲弊しきった感じからすればまだマシに見える。
目を転じると、誰かお見舞いに来たのかな。お花と小さな素朴な人形があった。
一時間くらい一緒にいて、暗くならないうちに帰ることにした。
―――――
夕方近くになって、家に帰る。
千里も、わたしがお見舞いに出るのと入れ違いくらいに帰ってきてたらしい。
2階の部屋で、千里にこれまでのことを話す。
「ええっ!?そんな話になってたの?」
うん、そうなんだよ。
ここしばらく、すごく暗い感じだった千里が、驚きに目を見開いている。
そして、思い当たることがあったらしい。
「じゃあ、昨日とかその前、みなり姉が泊ってたのは、―――」
「そうだよ!
志野くんとか、あのさとみんとかといっしょにね。
あ、さきおとといは学園祭なんだからちょっと違うか。
ただ、
幸いにして多分何事もなく終わったけど、電話番もやってもらったでしょ?というと、口をパクパクさせていた。さては、まじめにやってなかったな。
うん、わかってるよ。千里のベッドのそばのゴミ箱に積もったティッシュや、なぜか表に出てるわたしの写真や、ちょっときわどい画集とか。
きみがメッセージセンターとしての職責をおろそかにして、そういう非生産的なことにうつつをぬかしていた間に、志野くんやさとみん、そしてハルカちゃんが、ひと頑張りしてきたんだよ?
わたしも頑張ったんだよ。まあ後方支援でたいしたことなかったけどね。たくくんと遊んであげて、目覚まし時計をかけてみんなを起こしただけだけど。
自分の役割のことは細かくは言わずに、えへん、と胸を張って見せる。うん、さとみんのに比べると小さいよ、悪かったね。でもハルカちゃんには追いついた気がするんだ。
千里はぐぬぬ、という顔。
最近、ずっと反抗期でイライラして当たってきてたけど、お母さんが倒れたあたりから、少し素直になった。
そして今は、かなりなんていうんだろう、大人になった訳じゃないけど、ひねくれが取れたっていうのかな。
わたしにも最近はそこまで手を出してこないし、変なことを言って責めてきたりもしなくなった。
視線はまだ感じるけどね、視線だけだ。それくらいは仕方ないよ、姉弟だし。
そして今。
千里は
絶対に他の人には言わない、って約束させて、連れていくことにした。
早めがいいよね。明日か明後日には連れていきたいな。
あの
――――
午後9時少しすぎくらいだっただろうか。
夕食をとり、早めにお風呂に入って(千里はやっぱり覗きに来た。でも入っては来なかった。洗濯機をまたごそごそ。まあいいよ)、2階でFMラジオを聴きながら勉強しているときに、
酔っ払ったのだろうか。屈強そうな男の人(運転手さん?)が、
そしてあの
恐縮して付き添いのお二人にも飲み物を出そうとしたけど、車もエンジンかけっぱなしですし、と言って固辞された。
屈強そうな男の人は、丸刈りで眼鏡をかけてて、自衛隊みたいな感じの胸板の厚い人。むっつりとして口は堅そう。強そうだ。クマモトさんって言ってたかな、本当にクマみたいだ。
でも、この強そうな男の人よりも。
わたしがなんとなく怖かったのは、伯父さんだった。
体つきは、小さくてきゃしゃだ。痩せてて、腕だって細い。
でも、おかしなことに。
体の大きい強そうな男の人より、そして
にこやかな表情なのに笑わない、動かない伯父さんの目。
その目が、わたしをじっと観察するように見つめている。
何かえっちなこととかを考えてる目じゃ、ない。
なんだろう。道端のちょっと珍しい植木の花を眺める目?
冷たいわけでも、残酷なわけでもない。
変なたとえだけど、家畜を見る目のようだった。後で食べるために、名前を付けずに飼う鶏とかをみる目。
たしか、この伯父さんがあの奨学生の面接の面接官の一人だったんだ。
選考結果がどうなったか聞きたかったけど、堪えた。
ちゃんとしたルートから聞くようにしないと、ここで聞いで減点とか取消しになったら大変だよね。
二人は
あ、そうだ、おみやげでスイカの箱ももらったよ。
千里はついに2階から降りてこなかった。まあいいけどさ。
最近はあまり衝突してないけど、
お父さんは、わたしに水を一杯持ってこさせて飲んだ後、お風呂に入りたいと言った。
お風呂は沸かしてるから、すぐ
酔っぱらってるのかな?でも、酒臭くはない。
だけどなんか貧血みたいに顔が白く感じられる。血走った目にの下にはくまがあって、やつれてる?
それに少し、ほんの少しだけど指先が震えてて、汗をかいてた。
アル中の禁断症状、――じゃないよね。
怖がってる、ってわけでもないのかな。
ある種の興奮状態?やっぱり似た状態をあげるとすると、強い酒に酔ってる感じ?
わたしが肩を貸さなきゃ、ちょっとよろめいてて危なかった。
お礼を言われた(!)。
そしてお風呂場の横の洗面所に入り、見上げるわたしを見おろして、
やっぱり、酒を飲んで酔っ払ってきたのかな?
いや違うな。
わたしを見てた。だけど、なんか焦点があってなかった。
なにかそのことも、私を怯えさせた。
この残酷で乱暴で恐ろしいけど、憎たらしいほど強い
お酒じゃない。あるいは、お酒だけじゃ、ない。何かあったんだ。
この
何を
――人を殺してきた人の目?
人殺し。
そんなことばが一瞬、頭をよぎった。
いや、そんなはずはない。
我ながら、どうかしてる。
でも、ひどく不吉なそのことばは、わたしの頭にしばらくこびりついていた。
――もう後はいい、早めに寝ろ。
お風呂では事故が多いと聞いたことがある。特に、飲酒後とか。
だから
「熱いな。」
そう呟いた。
わたしはびくっとした。適温でなかったから、責められるかと思って。
乱暴なときの
でも、
そして私に顔を向けて、
「
「蟹?」
何のことだろう。
「ああ、蟹だ。――活きてる蟹はな、茹でるときにな、――」
まだ生きている蟹を熱湯にいきなり放り込むと、熱さで暴れて、熱湯が飛び散って危ない。
肢とかも、ばらばらになってしまう。蟹は肢を、自切できるからだ。蜥蜴とかと同じで。
そう、お湯を腕でかき混ぜるようにしながら、ぼんやりとお父さんが言う。
「だから、蟹はな、タコ糸とかで縛って茹でるんだ。」
そういうと、ごほっと咳ばらいをし、下がっていい、というように手を振った。
浴室の折れ戸を閉めるときに、人間だって同じだな、とぽつりと
それは、多分わたしに聞かせるつもりはなかったんだろうけど。
リビングに戻りながら、私は急にぞくっと背筋が寒くなった。
やっぱり
多分少し熱めのお風呂のお湯で、そんなことを思いついたんだろうけど。
宣言どおり
ちらっと様子を伺ったが、まだ少し心ここにあらずのような感じだった。
でも顔色は戻ってて、足取りも大丈夫そうだったので、わたしも引き上げて寝ることにした。
わたしは伯父さんにお土産として渡されたスイカを台所に置き、明日の準備を確認して、歯みがきをしてベッドに入った。
千里はすでに寝ている。
――明日からも忙しいな。千里を明日か、明後日かには
そう思いながら、曇り空の合間から射しこむ月の光を感じながら、ベッドに乗った。
この数日間、ずっと一緒に寝てくれてた志野くんが横にいないことを、少し寂しく思いながら。