タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
ちょっと唐突だが、「巻き戻し」以来の、僕のとある平凡な一日を紹介しようか。
朝6時半。
「巻き戻し」以来、起きると軽く体を動かすことにしている。時間があれば軽く公園まで走ってくることもある。茶色い柴犬を連れたおじいさんは常連で、いつも挨拶するとほう、ほうと驚いたように返してくれる。ときどきは呼び止められて、学校名や年齢などを聞かれたりする。感心されるまでが一セットだ。もちろん同じことを何度も聞かれる。人と話せて嬉しそうでほっこりする。長くならないよう切り上げて帰る。
家に帰ると、朝食はたいてい母が既に用意している。家は4階建てコーポの端の4階。階段が面倒くさいがいい運動になる。父が起き出して来て、眼鏡を額にかけて新聞を読んでいる。老眼が始まったのだろう。
朝ごはんはアジの干物か納豆に味噌汁、ご飯と味付け海苔程度。以前はパンをトーストしていたが、僕のリクエストでこうなっている。温かいのが好きなのだ。
朝7時。
朝食を終わると弁当を作る。炊飯ジャーからご飯を詰め、昨日の残り物、なければ目玉焼きを焼いて載せ、野菜ですき間を埋めるだけだ。こちらも巻き戻しの数日後からやっているが、母親は、僕が自立してきた、と言ってとても喜んでいる。こちらとしては単に節約のためなんだけどな。その分だと交渉して、1日100円だけお金でもらっている。
反抗期で、中2以来は事務的にしか話をしていなかったが、巻き戻し以来、それとなく関係改善に努めている。朝食や新聞の時間、父の仕事の話を聞いたり、姉の話を振ってみたり。
姉はお父さんっ子で、ときどき電話しているようだ。ただし最近あまり電話もないらしい。東京の大学生活が楽しいんだろうね。
仕事の話ついでに、高校でクラブの同級生に習ったと言ってPC操作ができるとアピールし、良かったら少し手伝うと申し出ている。この時期の役所はPCは主力でない、ワープロが主力だ。PCも僅かにあるが、一太郎とロータスがデファクトスタンダードなんだな。そもそもWin95機は課に一つしかなく、Win3.1やMS-DOSもPCスペースに3台だけ、あとはワープロの「文院」らしい。新鮮だ、悪くない。父はワープロしかできず、PCは初心者に毛が生えた程度、予算の集計表をおっかなびっくりいじっているくらいのようだ。
父の読み終わった新聞をもらって読みながら朝ごはんを頂く。食べ終わったら感謝の言葉を述べて、荷物をまとめる。トイレは必須だ。トイレから出て歯磨きしながら一瞬だけ鏡に目をやる。髪は1回目のこの時期伸ばしていたが、巻き戻し後、短めにしている。良く見せたい気持ちも隠したい気持ちも、もう半ば摩りきれてる、清潔でみっともなくないならそれでいい。
朝はバス通学だったが、最近自転車も登録してメインにしている。運動にもなるしバスの待ち時間を考えるとより速い。ただし三ヶ所ほどある上り坂では足が死ぬ。引いて上がることが多い。
最近、それとなくバイク中免、あるいは原付免許の取得の許可を打診している。僕の高校ではバイク通学は禁止されてるし、母も事故や不良化を恐れているのか良い顔をしないが、通学には使わない、原付免許だけでも、と粘っている。徒歩と自転車だけでは行動半径があまりに限られるのだ。反抗期からの関係改善の余波もあってか、父は好意的で、東京の姉にも根回しをしている。まあ夏休み目標だな。
今のところ家族関係は悪くない。だがこれから紫藤関係で色々やるからな、場合によっては法に触れるようなことになり、迷惑をかけるかもしれない。反抗期が終わったと思って嬉しそうな母に、微かな罪悪感を抱きながら、行ってきます、と告げて登校のため家を出る。それがだいたい7時半。
ーーーーー
朝8時。
地方の学校の始業時刻は早い。僕の高校は8時10分にはホームルームが始まるので、僕はだいたい8時少し前に登校する。先生や職員はもっと早く出てるんだよな、感心する。
進学校なのでもっと早く来て自習している子も多い。僕は遅い方だ、隣の席の茅ヶ崎に声をかけて自席に座る。
僕が来たのに気づいて、たいていは僕より早く来ている、一つ前の席の紫藤が振り向いておはようと声をかけてくれるようになった。大きな関係改善だ。しかしそれだけで、ぴゅっと紫藤は前を向く、耳を赤くして。じっと見るとまた冷やかされるのでそれ以上何もしない。
高木はいつもギリギリくらいだ、あれ以来仲が良いので来ると声をかけたり話したりする。紫藤は、自分からはあまり話に入ってこない。ときどき高木の話に乗ってくるが、高木は僕を気にしてあまり続かない。僕を入れようとしてくれることもあったが、僕が入ると紫藤が挙動不審になる。
まだ国交正常化の道は遠い。
授業は結構面白い。1回目のときの不得意科目に集中して取り組んで穴をなくしてみる。英語では出来るだけ実戦につながるよう、ラジオ講座を聞いてみたりしている。数学もパズルのようで面白い。
もうすぐ中間考査だが、どうなるかな。前より良くなってるといいが。
ときどき紫藤や調布や鶴見に目が行く。最近、紫藤も気になる。順番は逆だが、調布とまた違った魅力がある。
ただ、ちょっと背徳的というか罪悪感がある。まだまだ子供っぽいというか、ロリ気味なのだ。もっとも低身長ながら頭も小さく、脚も長めで均整は取れてると思う。
最近は、何かの加減に白い腕や脚に目が行ってしまう。骨太ではないが、巻き戻し前に思ってたほどほっそりもしていない。そんなときにあの動画を思い出し、なんとも言えない鬱と狂暴な性欲の混じった衝動を感じる。
これもあって、心ならずも僕は紫藤に近づくのにブレーキがかかってしまっている。あの体を苛みたいという狂った性欲で、何か取り返しのつかない間違った行動に出てしまいそうな気がして怖いのだ。だから多分周りには不審がられているかもな、あれだけオープンリーチしたのに全く進んでないんだぜ。
12時20分。
午前中の授業が終わると昼食だ。
購買部男子は遅れると食いっぱぐれるので、どっと出ていく。
女子はお弁当組が多いな、でも少数だけどカフェテリア組や購買部組もいる。
僕は学食(カフェテリア)組だったが、最近は弁当だ。ただ学食組と同行して、カフェテリア外の軒下のオープン席で一緒に食べるパターンだ、その後体育館で遊ぶ。本当はカフェテリア利用者でないとだめなのかもしれないが、外のオープン席は多目に見てもらっているようだ。雨が降ると使えない手だが。
紫藤は調布たちのグループでお弁当を広げる。
紫藤は僕が弁当を持って高木たちと出るときに、何だかものを言いたそうな顔でいる。席を使わせてくれ、と許可を取らずに僕や高木の席を使ってるのが気になってるのだろう。そんなの気にしたこともないのに。
教室を出るときに振り返ると、高木の席に来た調布が紫藤の話を聞きながら、こちらを睨みつけている。
僕ってなんかやらかしただろうか、多分授業中に見てたのがバレたんだな。
あんまりイヤらしいと言われないよう、見るともなく見ていたつもりだったんだが、毛虫が這い回ったように感じるって一度罵倒されたな。
出しなに手を振ると調布の眉間に皺がより、視線が一層鋭くなった。
精神的ダメージを受けつつ仲間と昼食、まだ子供っぽい話も多いが純粋に楽しい。
高木は進路に悩んでいたので、IT関係を勧めておく、きっと適性あるだろうし。
日系もいいけど、GAFAも視野に入れるべきだよね。まだこの時代、林檎の会社くらいしか現実にはないけど。
本人的には父親の行政書士事務所を継ぐのもありと考えてるみたいだけど。
神奈川は全く未定、でもこいつはどこでも通用するだろうな。1回目は商社だったか。
青山は銀行員だったかな、仕事がきついってぼやいてたっけ。
12時40分。
少しだけ一般解放の体育館でバレーボールをする。
あまり熱中すると午後の授業が眠くなる。進学校なので平日七時限、隔週だけど土曜授業もあるんだよ。うちの県、完全に土曜授業をやめたのは2000年代に入ってからだったかな。
午後1時20分。掃除を終え、午後の授業開始。授業は良いがときどき眠い。もちろん多くの奴が爆睡してる。
紫藤も一度寝てた。ガン見してたら調布が険悪な目線を寄越した、最前列から。超能力者かもしれない。
午後4時30分。
帰りのホームルームまで終わり、帰り際にバイバイ、と言って部活に(ない日もある)。
掛け持ちなのでぬるめの活動だった。でももちろん、どちらもガチ勢がいる。
1回目の僕は卓球:ESSで7:3くらいで、正直ESS はかなり幽霊気味だった。
だが2度目は結構、両方に力を入れている。
どうせなら総体で対抗戦を勝ち上がりたいし、可愛いESSの部長さんにもいいとこ見せたい。ESSの部長さんの、お姉さんロールが嬉しいらしいというツボをこの前知って実践中だ。本当はこっちが2倍、歳上なんだぜ。高度な赤ちゃんプレイの一種だな。
午後6時ないし6時30分。
部活が終わると下校する。
運がいいと調布と遭遇できる。だが一緒に帰らせてはくれない。しっしっと追い払われる。一度など回し蹴りを喰らいそうになった。悲しい。
ときどき紫藤に遭遇する。以前に比べると全然マシだが、でも恐々という感じだ。たいてい誘う前にひゅうっと消える。足早すぎだろ。
一度いっしょに帰らないかと誘ってみたがプルプルと首を振って固辞された。なんか腹が立ったのでその日は紫藤をネタにしてみた。あり得ないくらい興奮したが、半端なく賢者タイムの谷が深かった。懲りた。しばらくは、やらない。
午後8時。
夜ご飯を食べて入浴すると、45分勉強→15分休憩のペースで勉強する。ゲームはしないしテレビは気になったものしか見ない。インターネットは一般的でない。新聞くらいしか情報源がない。NHKのFM放送を聞きながら勉強するのが最近はマイブーム(笑)だ。
11時からの一時間は、学校以外の勉強というか調査に当てる。だが情報が見つからない。検索エンジンのgeegloやcentillionもまだ現れていない。週に一度、公立図書館を訪れているがーー。
それで、例によって何が言いたいかというと。
この調子でどうしたら紫藤と付き合えるようになるのか、わからない。
ーーーーー
ーーという話を聞いた調布は、冷たい氷を口に含んでしまったような顔でこめかみをもんだ。ひどい頭痛のときの表情だ。
ああ、上に書いたのと全く同じことを伝えた訳じゃない。表現を和らげたり、内容をカットしてるところはある。僕だってそれくらいはわかる。
あと、いくら僕でも鈍感系主人公とは違う。僕の報告のどこかに問題があったのだろう。それもわかってる。
まあ最初は様子見で、っと。
「やっぱり、ガン見してたってのが、調布さん的には社会的視姦になるってことで、怒られるかもなーー。」
ボスっといいストレートが腹に入り、息が一瞬止まった僕はヨロヨロと後退りした。いやこれ、十数年後なら訴訟ものだからな。
あ、でも僕の発言も同じくらい問題かもな。
「あんたさあーー。」
ヤバい、激怒してる。
僕は本能のまま、流れるように密会場所である美術室の床に正座した(今回はなぜかまた調布から密談の申し出があって、美術室に来ていた)。
蹴りあげようと思ったのだろうが、寸前のところで思いとどまった調布は説教モードに入るべく、椅子をこちらの正面に持ってきて、座った。ふんぞりかえって脚を組み換える。
調布の長いスカートでは見えないだろうとわかっていながら、思わず僕は上半身を折り曲げて土下座スタイルをとりながら上目遣いに見上げようとして、頭の上に靴底が乗ったのを感じた。
「志野。もし見上げたらツブすからね。」
ハイ、と答える。これ以上は、生物的生命か社会的生命かを失いそうだ。
「反省してます。」
「ほほう、何をかしら。反省の物真似なら猿でもできるそうよ。ーー志野くん、あなたは猿かしら。何を懺悔してくれるのかしら。猿だけに、死ぬまでナニかしてくれるのかしら。」
「やっぱり、お二人を時々ちょっと言えないような内容の夢に出演させたり、うがっ」
グリグリと頭の上の靴に力が加えられた。
「違うでしょう!」
「え、違う?」
「まあ、それも初耳だし、万死に値するけど。でもここでは些細な問題だわ、おぞましい、汚らわしい話だけど、馬鹿な高校生男子なんだから性欲くらいはあるでしょうし、まあ目を瞑りましょう。汚らわしい話だけど。」
夢にはコントロールが及ばないことだし、とぶつぶつ言っている。
いや、コントロールできる覚醒状態でも、実は。あと、三十代おっさんなんです。ーーどちらも多分、言ったら許されないな。
グリグリ。いかん勃ってきた。新しい世界に目覚めそうだ。
「あたしが問題にしたいのは、なんであんたはそんなに消極的なのかってこと。あの子、待ってるのよ。あなたから声をかけられるのを。朝、お昼、部活の後。いくらでも機会はあるでしょう?」
「いや、一回誘ったんだが、ーー」
「もっとちゃんと誘いなさいよ。あんたがなにもしないせいで、あの子は生殺しよ。女子はわからない、あなたがあれだけ言ってて誘いもしないって思ってもみないのね。だからなんでみなりがOKして付き合わないのかって言い出して責める子も出てきそうなの。まだそこまでじゃないけれど。」
「いや、調布さんは迷惑だっていってたじゃないか。手伝わない、とも。」
「あたしはあの子が迷惑に思ってる、って思ってた。でも、違ったのかも。そして少なくとも今は、違うのよ。あれは恋する乙女の目。潤んでて、そわそわして、あんたがそばを通りすぎるとスカートを握って目を閉じてる。後ろ姿を目で追ってる。ぼうっと唇に指を当ててる。ーーそれに、あのときのあなたの言葉に、あの子は答えを返していない。」
「待て、それは合理的に、別の意味に解釈できるぞ。」
だいたい調布も恋愛初心者だろう。僕は一応、付き合ってたことがあるぞ。大学で。2ヶ月位だったけどな。
「恐怖のあまり周囲への警戒を怠らない、恐怖のあまり目を閉じて気配を遮断させる、恐怖の対象の位置把握を怠らない、何かあったら叫ぶつもりで口に手を当てとく。ーーその可能性がある以上、僕は、ーー。」
足が頭から離れた。見上げると、ーー今日のベストアングルだ!ーー長い脚の奥が一瞬だけ垣間見えた。頭を上げると、なんか頭の悪い保育園児を諭す保護者のように、実に優しい目になって、しみじみとした口調で調布は言った。
「あなたに期待しすぎてたわ。ごめんなさい。」
「いやそれ、もっと傷つくから!」
「傷つくように言っているのよ!あんた、だから今まで彼女もできなかったのね。もういい、あたしがセットしてあげる。凄く不本意だけど。ーーあんたたち、一度デートしなさい。」
「待て、それは変だろ、僕と彼女の自由意思が、ーー。」
「わかったわかった。じゃあ助言だけね。ダメになるか上手く行くかはともかく、どちらかが口火を切らないと。あの子は極度に引っ込み思案、あんたは極度に鈍感なのよ。いや、鈍感というのも違うわね。あなたも少しはわかってるでしょう?あの子は本当はあなたが気になっていることが。」
「わかってるさ、わかってる。」
失敬な。鈍感じゃないぞ。
「紫藤が僕のことを好きかどうかはともかく、気になってはいるんだろう。もしかすると本人は恋だと勘違いしてるかもしれない。
ーーでも知ってるか?本当の恋は、ひどく甘く苦く苦しい。相手を喪った恋は、なおさら、な。多分、紫藤のはまだ、気の迷いのうちだろう。」
「聞いて良かったのかしら、今の。なんか悪かったわね。」
調布はちょっと気まずそうにもじもじしている。
「ーーそう、気の迷いかもしれない、でも今はちょっと見てられないの、お節介だと思うけど。志野、あんたあの子を何かに誘いなさいよ。あたしが一言言ってもいい。5月の楠神社のお祭りでもいいし、勉強会でも、ただの放課後のお茶でもいい。何だか、今のままではダメって言う気がする。」
「ありがとうな。ああ、僕もあのときの返事をもらってない。いつかは聞かないといけないとは思ってた。」
また、僕の目的のためには、どのみちいつか踏み込むんだしな。
「ーーただ、これで間違ったら?近づくなと言われたら?と思って怖かったんだよ。怖がってるのは紫藤じゃない、僕のほうなんだな。」
調布がため息をついた。
「あなた時々だけど、すごく率直ね。なんだか羨ましいほど。
ーーじゃあ、そういうことで。もしもっと何か相談が必要なら、言って。もう連絡するなって前は言ったけど、気にしないで。電話くれてもいい。」
「ありがとう。君の誠実さは好意に値すると思うよ。」
僕の直感は、紫藤ほど切迫してはいないかもしれないが、調布にも何かの影を感じていた。それが何なのか、そのときの僕にはわからなかった。
でもせっかく時を遡ったこの時間線で、いつかそれを解決するための努力を尽くそう。
密談後、先に彼女を教室に送り出しながら、ぼくは、この一見無愛想で敵意むき出しな、でも友情に厚く誠実な彼女の後ろ姿を見送りながら、そう思っていた。