※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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110 河を渡って木陰に憩う(3)(志)

 

 翌日、月曜日。

 何事もなかったように、新しい一日が始まった。

 

 クラスメイトたちがおはようを言い交してクラスに入ってる。

 女の子たちのきゃいきゃいした声、チャラ男どもの無意味にデカい声。

 文化祭前より、クラスが混ざってうちとけてる感じ?悪くない。

 まあ、僕はそこに入ってるか怪しいけどね。でもいいんだ、僕には紫藤がいるし。

 そんな風に調布グループでいじくられてる紫藤をみて思ってたら、普通に高木と僕の周囲にも青山たちがやってきて当然のように混ざりこまされた。

 うん、ちょっぴり苦手なんだけどな。でもこういうのも悪くない。なんだか自分が普通の高校生男子みたいだ。いや、普通の高校生男子なんだけどね。

 

 さて、授業は今週までだが、実際には補習が夏休みにがっつりとある。

 特に、このころはまだ受験戦争がまだ熱い時期だ。僕たちみたいな田舎の進学校なんか、ぎちぎちにスケジュールが詰まってるよ。

 でも、建前上は普通の授業は今週まで。補習は主要科目だけなので、体育や書道とかの授業はない。

 だから教室には、「今週で終わるんだ」みたいな緩い空気が漂ってる。

 

 ホームルーム。

 文化祭の企画、好評だったとの報告。校長先生からも名指しでお褒めの言葉があったとか。よかった。

 あの議員さんの事件は揉み消されたわけじゃないんだろうけど、何も言及がなかった。深刻な問題にはならずに鎮火したってこと、かな。

 議員も特にあの後は抗議せず、浦和先生もよくあるトラブルのひとつとして扱って、それで済んだんだろう。

 

 一時限は英語。クラス担任の先生が担当する。

 よくある例にもれず、僕も成績はそこそこいいんだがあまり使える英語じゃない。

 精神的なものかもしれないけどな。今はこつこつ単語でも覚えとこう。

 

 2時限3時限と世界史、化学。どっちも選択科目で選択科目ごとにクラスが分かれる。

 となりのクラスの同一科目履修者と合同クラスで授業を受けるんだ。

 黒縁眼鏡の中河原さんとは、どちらも同じ教室になってる。挨拶したら嬉しそうに返してくれて、ちょっとうれしい。なんか惹かれるところがあるんだ。

 気のせいか、授業の合間に視線を向けると中河原さんと目が合ったりする。微笑まれて、どきどきしてしまう。

 

 あ、でもこの子の中身、失言舌禍ボンバーマンなんだよな。そのうち呼び出して、口止めをかねてお説教して釘を刺さねば。心を鬼にして。

 そう思って。

 なんか項垂れる中河原さんに、厭味ったらしく詰め詰めする場面を想像してたら、脳のどこかがぴくっと快感を感じた。

 あ、これいかんやつだ。

 これってパワハラとかセクハラとかして支配欲を満たす人の心理じゃないかな。気をつけねば。

 

 午前中の最後の時限は、現代文の授業。

 詩歌の単元で、前半20分間で教科書を軽くおさらい。

 残り時間、短歌か俳句を1つ以上作って提出する、というお題。終わって提出したら、もう授業終わりでいいらしい。ただし、真似っこや盗作はだめ、「あいうえお かきくけこさし たちつてと」みたいなやけくそなのもだめ。特に盗作はダメ、バレたら放課後残して5首つくらせるぞ、だそうだ。

 みんながぜんとしてやる気を出して頭をひねってる。

 書き終えたら、先生に提出するしくみ。。

 先生はむむむ、と頭をひねって読みくだし、簡単なコメントを言って、合否を判断。合格した男子はたいてい嬉しそうに外に出ていく。席に戻って周りの女の子の祝福を受けたり、廊下で終わった同士でひそひそ話したりして友達を待ってるのは女子が多いな。

 ちなみに突き返されてるやつもいる。なに、豊臣秀吉の辞世の句をパクったのか。そりゃばれるでしょ。丸パクでなく変えたところがあるからって本歌取り扱いしてもらえて、盗作扱いでないのは寛大だと思う。

 だけど17文字にしても31文字にしても、字数は限られてる。そのうち意味のある組み合わせが尽きて、枯渇したりしないのかな。

 

 現代文の先生は、まだ若いけど話が面白い人だ。浦和先生とだいたい同世代。

 旧帝大の国文で修士課程まで修了したそうで、バブル前後の時代に教職を取ったって時点で、まあ変わり者だってのは分かる。

 この先生、面白い人なんだけど多分この学校みたいな進学校で真面目な校風だから輝けてるんだろうな。

 たしか、3、4年後に荒れた学校とかに赴任するんじゃなかったかな。僕にはどうしようもない話だけど、この先大変かも。

 あと気のせいかもしれないけど、この先生はお気に入りの女の子にはべたべたしてる気がする。

 それが嫌なのか、最近でこそ普通だけど調布は少し前までこの先生にもかなり塩対応だった。雑談風に話しかけられても、ぶちっと切る感じで。

 今はそこまでじゃなくて、柔らかくいなしてるみたいだけどね。

 

 いかんいかん。まだ全く思いつけてない。鉛筆を指で回し、紫藤や調布の背中をみつめながら、僕は考え込んだ。

 なんとか一首ひねり出してパスしたけど、もうチャイム寸前だったよ。

 まあそれでも、時間内に提出できなくて宿題にされた奴らよりましかもな。宿題になった奴ら、ハードル上がって2首ないし2句になってたもんな。

 

 ―――――

 

 昼休みは高木たちとご飯を食べて、体育館で遊んだ。

 もっとも、かなり暑くなってきてる。走り回ったりは厳しいので、フリースロー競争してた。

 これは結構、苦手なんだよな。同じ距離だとジャンプショットでは入れられるのに、フリースローだと緊張するのか外してしまう。

 やっぱり現役バスケ部員の神奈川は強い。10投で9本沈めたが、本人は調子が良かったと言ってる。試合ではこんな入るもんじゃない、と。

 ブランクのせいかわずかに遅れて青山、そして浜田山、高木と僕、若山たち、と言った感じ。

 成功率では僕と高木はたまたま同着だったんだけどな、高木の方がフリースローは上手い気がする。動きが正確なんだ。

 ちょっと僕も練習し直すかな。こういう単純作業、好きなんだよね。

 

 午後の授業は書道(これも選択科目)と英語表現(英作文)、古典を終えて、帰りのホームルーム。

 今日くらいには出るかと思ったが、期末試験の成績の開示は明日になるそうだ。

 まだ調布たちとの勝負の帰趨は不明。まあ調布には勝てないだろう。紫藤も今回は成績良かったみたいだけど、別に負けても構わない。何か、かわいい小さな願いを聞いてあげればいいだけだろう。

 懸念があるとしたら、国領だな。あいつも今回はかなりできたって言ってた。

 まあ、僕が負けたとしても、さすがにあいつも紫藤と別れろとは言ってこないんじゃないだろうか。あいつも結構、いいやつだし。

 

 放課後。

 紫藤は先に病院に行き、学校に戻ってくるとのこと。重い荷物は残していくそうだが、結構ぎりぎりになるんじゃないかな。後で仮部室で会うことになってる。

 

 僕と調布は企画委員として会議室に出向き、一時間くらい残務整理をする。

 うちのクラスの分については、会計委員の烏丸さんがしっかりしてたので、まあ万全だ。

 でもほかに1年生・3年生の分、3クラス分くらいノルマとして渡されて、マニュアルに従ってチェックを入れる。

 クラスによってはあまり領収書を取ってなかったりする、そういうところは泣きをみる。最終的には担任の先生が助け船出したりしてるけどね。

 学校にはもちろんPCもないので、集計・検算も電卓だ。まあ、僕はそこそこ早い方なんだけどね、でも右手でしか打てない。電卓の作りって、やっぱり右手打ちを想定してる気がする。

 昔務めてた勤務先では、両手で電卓を打てる人がいたな。もはや職人芸みたいなものだろう。もちろん右左で同時に別々の計算ができるというわけじゃないけど。当たり前だが僕には無理だ。

 レシートを点検し、無心に検算の電卓を打ち、今日の分の目途はつけて、僕と調布はかなり早めに上がった。他の慣れてないクラスの委員はまだかかりそうだ。羨ましそうな顔で見送るペアもいるけど、結構、委員同士で世間話しながら仲良くやってたりするペアも。

 後で仮部室に集まることを調布と約束して、僕は部活に向かうことにする。

 旧棟への渡り廊下に向かって、足取り軽く歩み去る調布の後ろ姿をみる。おそらくあれは美術室に行くんだろうな。

 

 ESSの部室に顔を出す。

 こちらの残務は、撤収してきた荷物の整理とかだ。でも、もう結構先輩たちがやってくれてたみたいだ。部長さんも衣装をクリーニングに出しに行ってて不在。

 しばらくその場に残ってた部員たちと世間話とかして、退席した。

 

 卓球部にも少しだけ顔を出す。こちらは練習はしないつもりで、制服のままで顔だけ出した。

 僕が企画委員とかでいろいろ抱えてるってのはみんな知ってるので、誘われて1セットだけ打ったけど簡単に解放してもらえた。

 こういうところがホワイト部活だよな。だから弱小なんだけど。

 あ、でもうちの学校の卓球部は注目株になってるらしい。いや、ヤ○マガ連載中の稲○卓球部のせいだけではなくて、好成績だったからだ。ごくちょっぴりだけど地方新聞のローカル面でも記事が出たらしい。あと新聞部の作ってる壁新聞スタイルの学内新聞にも特集してもらえて、先輩のインタビューとか出てる。

 僕にもインタビューの打診があったが、勘弁してもらった。僕の方は実力ってわけじゃなくて、たまたまだしね。プレイスタイルも、邪道もいいとこだし。

 

 卓球部を上がって、仮部室に入る。夏の、むわっとした空気。

 まだ紫藤も調布も来てないな。というか、来れるのかな。

 ともかく、窓を開けて空気を入れ替える。空気が動き、セミの鳴き声が部屋に満ちる。

 風にカーテンがなびく。片寄せておこう。

 ちょっと早く来すぎたかな?

 

 夏の夕方。まだ日は高い。

 外の陽射しは暑いけど、この部屋は風が良く通る。

 机に突っ伏してると、少しだけ眠くなってきた。

 うとうとしてると、誰かが入ってくる気配。

 

 ん?

 

 黙ったまま、足音を殺して回り込んで接近してくる。

 紫藤でも調布でもない。

 これは、こんなことをする奴は、―――。

 

 「国領ハルカ。お前もか。」

 

 後ろを向かず、顔も上げず、声だけを重々しく発してみた。

 うん、カエサルの「ブルトゥス。お前もか。」のイメージ。

 これで外したら恥ずかしいな。そう、言ってから思った。

 しかし。

 

 ひうっ!

 

 そんな息をのんだと思われる声が、真後ろから聞こえた。

 おもむろに上体を起こして、体を向けなおすと。

 両手を伸ばし、おそらくは後ろから僕に何かよからぬ行為をしようとしていて、僕の声に凍り付いたと思しき国領ハルカの姿。

 おそらく後ろから耳をひっぱるとか、首を軽く絞めてみるとか、脇にひと突きするとかしようとしてたんだろう。

 

 「ハハハ、ボクが何をしたっていうのさ?」

 

 漫画的に言えば、額に冷や汗って感じだな。わざとらしい笑みを浮かべてる。

 

 「今はしていない、今からなんだろう?」

 

 ぎくっ、とアクションをとる国領。ほんとノリいいな、漫才とか向いてるよ。

 ん?漫才?いや、テレビか?

 何かが心をかすめたが、思い出せない。

 まあいいや。

 

 「生徒会、大変だったんだろう?こんなとこで油を売ってて、大丈夫なのか?」

 

 「ああ、大丈夫だよ。大変だけどねー。」

 

 少し黄昏れてる。

 もちろん会計処理とかもあるんだけど、来賓へのお礼状とかも、生徒会が事務をやってるらしく。

 そういったのが大変なんだよ、名前が間違ってたり出し間違えたりするとすごい苦情が来たりしてね。

 手伝ってくれても、いいんだよ?

 

 そんなことを、言ってる。

 まあ、救出作戦で手伝ってもらったから、お返しはしたいんだけどな。今は無理だよ。

 

 「ところで、さ。」

 

 国領が少し声のトーンを変えて、顔を寄せてきた。

 まるでキスするみたいな近い距離から、ささやくように。そして、そのボーイッシュな、端正な顔にアルカイックな笑み。

 謎の迫力に、僕は思わず少しのけぞった。

 

 「勝負の話だけど。ボクが勝ったら、手を貸すっていうのがチャラになるはずだったんだよね。」

 

 「ああ、そうだが。――あ、そうか。」

 

 もう国領、手伝っちゃってるもんな。チャラにしようがない。

 勝負抜きで手伝ってくれる、ってことにはなったから手伝いをしてくれたのはいいとして。

 もし国領が勝ったら、っていうのが宙に浮いてしまった。

 かといって、国領が勝ったら2回目は何も手伝わなくていい、というのは国領にメリットないよな、それは勝負なしと同じ状態だから。

 じゃあ、他の願いってことになるな、もし僕に勝ってれば。

 

 「だよね?じゃあ、」

 

 ボクがもし勝ったら。何か新しいお願いを聞いてもらってもいいってことだよね。

 

 そう、僕の頬近くまで寄せてた顔を離して、姿勢よく腰と背筋を伸ばし、あらためて手近な机に寄りかかった国領が言う。

 思わず、ぼうっと見とれてしまう。

 国領はすらっとしてて、顔もすっきり整ってて、まあ世間的にいえば美形なんだろう。

 僕には分からないけど、身なりにも気を使ってるんだろうな。今風に少しスカート短いけど。

 なにか青春映画(?)の1シーンのようなキレがある。

 今は僕からみて明るい窓側に国領がいて、顔が少し陰になってる。

 もちろん、表情が読めないほどじゃない。

 なんかいつもの国領より迫力があるな、と思った。

 

 「ああ。――まだ、僕と紫藤を別れさせたいと思ってるのか?」

 

 最初にこいつに呼び出されたときは、権高に紫藤と別れろって命令されたな。

 ちょっと心配になる。

 きっと国領は勝負に自信があるんだろう。その端正な顔には、いつのまにか、冷たくもみえる笑みが浮かんでいた。

 目の周りの長い睫毛が、少しくっきりと強調されてみえて、いつもより目力が強い気がする。

 黒国領モードというべきか。

 

 「いやあ、そんなことは思わないよ。結果としてキミが別れる選択をするかもしれないけど、ね。」

 

 キミとみなりんは、いいカップルだと思うよ、傍からみてるとね?

 キミとさとみんも、相性がいいのかもしれないね。

 でもキミ。何か忘れてやしないかな。

 

 そう、国領ハルカはいう。

 淡々と、しかし何か底に固い決意を秘めて。

 僕はもはや、全集中力を国領に向けていた。

 

 「キミさあ、あの二人とも、寝たんでしょ?」

 

 「!」

 

 そうだ。国領は知るまいが、確かに僕は例の救出作戦の前日、紫藤と寝てにゃんにゃん未遂をして、そして調布とも、なんか結果的にはマニアックなプレイをしてしまった。

 まさか、調布たちが言ったのか?

 それとも、――。

 

 「ああ、彼女たちは何も言ってないよ。でもそれくらい、一目でわかるさ。

 でさあ、それって。良くないと思うんだよね。」

 

 ちりちりと高まる緊張感。

 国領は。

 故あって連綿と人間社会に伝わる倫理。その強力な正義を背景に、僕をまっすぐな視線で見据えて、そう言った。

 夕方の日射しが、国領の背後から差し込んでる。

 いつもなら楽しめる小鳥ののんきなさえずりが、ひどく気に障る。

 

 国領は、正しい。

 確かに僕は、全くどこに通じる当てもないけもの道に、紫藤と調布を引き込んでしまってるのかもしれない。

 自由恋愛なんていうもんじゃない。単なる二股だ。行きつくのは、いきどまりの崖か、沼か。

 ちゃんとした結婚もできないし、もしかすると二人の人生をめちゃくちゃに、――

 

 「だからさ。けじめ、っていうのかな。それをつけてもらいたいんだ。」

 

 ごくわずかに、口元に形だけの笑みを浮かべて。国領ハルカはそう言い切り。

 あの最初の時とは違って、穏やかに、しかし凛然と言葉をつづけた。

 

 子どもどうしの恋愛なら、別にいいさ。ほほえましい三角関係かもしれない。

 でも、キミたちはそうじゃないんだろう?

 

 火遊びは、大火災になる前にやめときなよ。

 まあ、今回ボクが勝ったら、だけどね。

 二人同時に付き合うっていう二股だけは、やめなよ。

 

 やめ方は自由さ。

 どちらと別れようがどうしようが、ボクの知ったことじゃない。キミの自由だよ。

 

 キミが勝ったら?

 そしたら仕方ないよ。キミにまた手を貸そう。

 それにキミの周り、なんだか面白いことが多そうだしね。

 みなりんとさとみんのためなら、別に勝負の結果には関係なく手を貸してもいい。

 

 それと、考えを変えたことが一つあるんだ。

 この勝負、続けようよ。

 うん、試験成績で勝負するってこと。

 キミは、今回は勝つかもしれない。でも、勝ち続けられるかな?

 なんなら、「勝負を続けること」をボクの要望にしてもいいんだよ?

 

 そう、国領が押してきた。

 いつもみたいなドジっ娘キャラじゃない。真っ当に、真正面から、真摯に、全力で。

 そう、国領はいつもはおちゃらけてるけど、もちろんそれだけじゃない。

 ちゃんと対人関係を積み重ねてきた、人格の厚みと説得力。

 ひしひしと、圧力を感じる。

 

 それに。

 中身についても国領は多分正しい。痛いところを突いてきてる。

 僕に対する嫌がらせってわけじゃないんだ、ってのは感じた。

 国領は、国領なりに、あの二人のことを考えてるんだと思う。

 そして国領の目からみたら、僕はすごく無責任な奴に見えるんだろうな。

 

 でもな、僕には無理だ。少なくとも、今は。

 あの二人。紫藤も、そして調布も。放したくない。離れたくない。

 汚れた僕のエゴ、欲望でしかないけど。

 だから僕は苦し紛れに、反撃する。

 

 「それだけど。僕の方もこの勝負に限っての条件というか願いだったよな。国領の手を貸してくれ、ってのは。」

 

 これからの勝負では、僕が別の願いを出すかもしれないぞ、いいのか?

 それこそ、奥歯ガタガタ。

 そもそも、今回の勝負。国領が事前に決めた願いを変えるのは仕方ないけど、それなら僕も変えるってことも、ありだよな?

 そう、ダメ元で、また前みたいに国領のピンクの唇を見つめながら、押し返してみる。

 

 しかし国領は、以前と違って揺るがなかった。

 当然に事前に予想していたリアクションだったのかもしれない。

 余裕を漂わせながら、きっぱりと言いかけた。

 

 「ああ、いいさ。ボクがもし敗けたら、「おまたせっ!」「あら、ハルカも来てたの。」」

 

 ガラガラと引き戸が開いて、紫藤と調布の二人が入ってきて、国領の言葉は途中で遮られた。

 下でちょうど帰ってきた紫藤を調布が発見して、一緒にやってきたらしい。

 

 うん、国領との話はこの二人に聞かせるべきじゃない。

 いや、聞かせたら短期的には僕に有利かもしれないが、その後泥沼になりそうだ。

 僕と国領は、目配せし合った。一時休戦だ。

 

 ―――――

 

 女の子同士でしばらく華やかに賑やかに、僕には些末に思えるがきっと一般人には重要なのであろう、日常のこまごまとしたことについての会話が超ハイスピードで交わされる。

 友達の誰それについての噂話とか、なんとか。

 文芸部からみえるあの木。小鳥が巣を作ってるよ!みたいな、ほほえましい内容もあれば。

 須苦原先生って、ほらあの国語の先生。すぐ色目使ってくるし。ありえないんだけど!とか。

 うちのクラスのネドリ君って知ってるでしょ。カッコつけてるけど、露骨に脚みてきたり目線とかが気持ち悪いんだ。本性はナルシストの性犯罪者だよね!とか。

 本人たちが聞いたら大ダメージを免れないであろう、辛辣な内容も。

 いや実は僕も思い当たる節があって。いたたまれなくて、首をくくりたい気になってくる。

 

 少しして、僕に大ダメージを与えた世間話が落ち着いて。

 なんとなく脱出劇の反省会と、その後の報告になった。

 

 紫藤からは、弟さんの話とか、継父の話とか。

 紫藤弟は、マコトさんに会いたいと言っているらしい。今日か明日、連れていく予定。

 最近落ち込んでたらしいが、実父の発見・救出の報に、かなり元気になったらしい。それだけでも救出した効果あったよ。

 もちろん会うのも、OKだ。聞くと、ラディスラウス学園とあの日蔭谷の家の最寄り駅とは、電鉄だと一本らしい。坂道さえなければ家から通学するのに、あの駅使ってもいいかもしれないんだけどねー、と。

 紫藤弟が何度も行くのなら、ラディスラウスから直接、日蔭谷の最寄り駅に行ってもらって、待ち合わせするというのもありだろう。

 ただ携帯電話のない時代、いきなり今すぐって調整ができない。次回以降だな。

 今日、もし早く家に帰ってきたら、二人で行こうかと思ってるらしいけど、ちょっと今日は時間が遅すぎないかな。

 食料品とか生活必需品の補給も兼ねて、明日だったら僕も行くよ、と提案してみよう。

 

 ちなみに紫藤継父は、出張から昨日遅く帰ってきたという。

 こちらは何があったかよくわからないが、ちょっとした腑抜け状態らしい。

 ただおかげで、昨日の夜も今日の朝も、家の中が平和だったそうだ。

 

 調布からは、ごく簡単に昨日僕たちが話したことに関連して。

 運用やってみよう、とかいう話、もちろん親もOKだそうで。

 お小遣いの範囲ならご自由に、という感じらしい。

 紫藤も興味を示してるけど、紫藤にはまだ原資がない。僕の事業というかバイトの方を手伝ってもらいたいな。

 

 僕の方はたいした報告事項はない。

 あ、1点あるとしたら、あれだ。飯場に残されたナギさん監視装置が爆発物かもって、飯場に警告しないと。

 調布はこちらの身元を探られかねないと難色を示していたが、匿名にして発信元を探られないように手立てを尽くすことを条件に、最後には承認に回ってくれた。

 やり方は僕に一任ということで。

 

 国領も、特に同居の保護者(実親ではないようだ)からは咎められなかったとのこと。

 まあ、友達の家に泊まっただけって建前だもんな。

 

 終了の予鈴が鳴ったので、引き上げようということになった。

 調布と国領、僕と紫藤で分かれて帰ることに。

 

 別れ際に、国領と目を見交わす。

 決着つけられなかったけど、また今度。と目配せする。

 国領も、決意を目に秘めて僕に頷き返した。

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