タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(9/12)年齢を修正(3歳→2歳)
(3/8)茂良男の年齢を修正(3歳違い→4歳違い)
今日も空回り。
そんな自嘲めいた感慨を胸に抱きながら、彼女、国領ハルカはとぼとぼと帰宅の途についた。
きょうは、あまり家に早く帰りたくないな。
公民館の図書館に行こうかな。でもあそこ、7時までだっけ。
いつもの公園?でもあそこ、この時間帯は部活帰りの中坊ヤンキーがウヨウヨいるから、ときどきめんどくさいことになったりする。
ただ、明日は少し早く生徒会に行くんだ。早く寝るには、早く帰るしかないか。
しかたない。
そう思いながら、国領ハルカは歩く。
学校での快活な彼女を知るものがみれば、ちょっとびっくりするくらい意気消沈した、うなだれた様子で。
―――――
国領ハルカは明朗快活、頭脳明晰、ボーイッシュながら容姿端麗、そして奔放でエネルギッシュな楽天家。
家族、級友たち、そして相当親しい友人たちにすら、そう思われている。
でも、それは必ずしも正確ではない。
いや、その「陽」の部分は、もちろん嘘ではない。しかしそれは、国領ハルカの一部でしかない。
自分には、「陰」の部分がある。
そう、国領ハルカは考えている。
劣等感と孤独感を芯としている、もう一人の自分だ。
もちろん、二重人格なんていう小説チックなものじゃない。
自分の中に、そういう側面がある、というだけだ。
ひどくコンプレックスを抱き、嫉妬深く、世の中に絶望している、無気力で悲観的な、ダウナーな、「陰」の自分。
それを、国領ハルカ自身も知っている。そして誰にも見せないよう、隠しとおしている。
家族にも、クラスメイトにも、親しい友人たちにも。
細かい経緯はそのうち、述べることもあるだろう。
複雑ないきさつを経て、
従兄とは折り合いが良くない。伯父伯母と、表面上は関係良好だが、必ずしもしっくりいっているわけではない。
でも、伯父伯母とも、まあまあ善良な人物だし、ここを追い出されたら行く先がない。だから、
クラスでも、表の自分、陽の自分は、そこそこ上手くやっている。
男の子とは冗談を飛ばしつつ浅く浅く付き合うに止め、めんどくさい女の子たちの競争相手になることを極力回避する。
なおかつ一部の女の子の間では彼女らの王子様として憧れを抱かれ、それなりの発言力を保ち、敵意も買わずに立ち回れている。
うまくやれている。
表面上は。
ただ、時にもう一人の自分が、顔を出す。
たとえば、毎日の授業を受け、級友たちとおしゃべりし、部活でハッスルし、生徒会の雑用を済ませ。
かなり大変な敵との対決を経て、疲労困憊しつつそれを押し隠しつつ途中まで友人と帰路を共にし。
ようやく帰宅して、「布田」という表札の出た、ごく平凡な一軒家の扉を引き開けて。
ただいま!と台所の伯母に満面の笑みで帰りの挨拶をし、あら戻ったの、これでも食べなさい、――と渡されたちょっとしたおやつをうれしそうに受け取り、学校の簡単なアネクドートを話し、その伯母を笑わせ、その手伝いを少しだけして。
廊下を歩き、従兄とすれ違って挨拶して、何か言われたりして、そして。
二階の納戸を改造した自室に戻り、鞄を置き、扉を閉めたとき。
はあっ、とため息をつき、乱雑に本が散らばるベッドの上にうつぶせに倒れこむ。
「もうやだこんなの。」
ぶつぶつと、口をベッドの布団に押し当てて、万が一にも他の家人には聞こえないようにつぶやく。
もっとも、この彼女の部屋は、他の部屋からやや離れてて防音性も高い。もともとは屋根裏部屋(納戸)を改造した際、強度補強や断熱をかねてかなり壁を厚くしたものだからだ。
一度実験したが、ある程度の音量でラジカセをかけても下には聞こえない。
でも、用心にこしたことはない。
「やだやだやだやだ。」
ベッドで、起伏に乏しい、すらりとした体を悶えさせる。
カモシカのように引き締まった脚をバタバタさせる。きっとあの好色一代男、志野がいたら目を皿のようにして
すべての力を抜く。
たれぱ○だを思わせる気抜け状態を現出し、
「あー疲れた。――もうダメかと思った。」
国領ハルカは、今日、反乱を起こした。――あのおそるべき性獣、志野に。
もう少し様子を見て、と思わないでもなかった。
しかし、考えてみると。
このままでは、いつ
そして。
社交的で女王蜂な調布智美と、引っ込み思案でいじめられやすそうな紫藤みなりとで、戦いが起きてしまえば。
きっとその敗者は、
もちろん調布智美も
彼は、おそらく紫藤みなりを選ぶだろう。
そして調布智美なら、きっとすぐ、もっといい男をつかまえられる。
そう思って。
彼女は今回、いささか準備不足ではあったが、二股解消を志野に迫り、戦いの火ぶたを切ったのだ。
「兵は拙速を尊ぶ。仕方ないさ。」
ぶつぶつと、自分に言い聞かせるようにひとりごとを言う。
後ろめたいのだ。
志野を追い詰めているとき、彼女の中にも迷いがあった。
志野は、どうしようもなく好色ではあるけれど、けっして悪い奴ではない。
いや、積極的にかなり良い奴だ。紫藤みなりの実父たちの救出なんて、普通はそこまでしないだろう。
あの、手あたりしだい女の子を陥としていくという、悪い癖さえなければ。
恋人候補としてはとうてい考えられないが、友人としてはかなりいいヤツだ。男だけど。
紳士的だし、みなりんのこともさとみんのことも、大事にしてる。それは、わかる。
ただ、脳みその中身までチ○コなだけだ。
それでボクの親友が傷つくのは、防ぎたい。
それに、あいつにとっても長期的にはその方がいい結果になるはず。
でも、感謝はされないだろうな。ある意味、余計なお世話だし。
ボクだって、みなりんが巻き込まれてなかったら、介入しようとはしなかっただろう。
でも、見てられなくて踏み切ってしまった。
これで、ボクもあいつの敵になっちゃったよ。
もしバレたら、もしかするとさとみんの敵にも。
損な役回りだ。
そう、
明らかに、最後の別れのシーンでは。
志野は、
「勝てるかな。――うーん、早まったかも。」
彼は、一見すると地味で、まあどこにでもいる高校生男子にすぎない。
でもどこか、女を魅了する魔性の魅力がきっとあるのだろう。
あの二人、調布聡美と紫藤みなりはいうに及ばず。
今回紫藤実父とともに救出してきた、
母というより女の、ひどく熱っぽい、崇拝するような視線、ーーいや、ぼかさずにあえて言おう。
狂信者の視線を彼に向けていた。現在捜査を受けて紙面を賑わせてる、とある教団の信徒みたいな。
こいつらヤバいよ。
いや、そういえば
誰か、こいつを止めないといけない。それは、確かだ。
「だからといって、ボクが火中の栗を拾う必要はなかったかも、ね。」
ううん、とベッドに突っ伏したまま、背中を反らせ、腰をつき出して伸びをする。滑らかな曲線を背中に作りながら、
これは、賭けだった。
国領ハルカは、性獣・志野を身近に見ていて、少なくとも彼が女の子を手あたり次第食い散らかしているとしても、女の子たち自身の自由意志を損ねることはしない、無理強いはしないと見た。
彼の紫藤や調布に対する態度は、紳士的なものだったし。
彼女らも、おそらくは自由意志で彼に惹かれている。
今回、期末試験を戦場にした勝負にあたって。
仮に彼、志野が勝ったとしても、おそらく無理やりに
賭けてみたのだ。彼の善性に。
もちろん、見込み違いってことはありうる。
でも、全く彼の性格などを知らなかった昔と違って。
ある程度の親しみを彼と交わした今。
彼が、もし自分が勝ったら、「奥歯ガタガタ」だぞ!なんて言ってはいても、本当に彼がそうすることはないんじゃないか?――と、彼女は考えて防衛ラインを構築し、今回の対決に臨んだ。
もっとも、そう踏んでいても。
志野の巻き返しに、内心彼女はビビり倒してた。
最後の最後、余裕を見せた演技をしてはいたが、実はいっぱいいっぱいだった。
やっぱり全部撤回して土下座しようかなんて、弱気な考えが頭で過半数を取りつつあった。
あと少しでギブアップのところに、紫藤みなりたちがなだれ込んできたのは僥倖だった。
ただ、――これは彼女にも意外だったが。
志野も、国領ハルカの持ち出した「
そう、彼も苦しんでいるのかもしれない。
彼もまた、同情すべき被害者なんだ。彼の中の荒れ狂う
彼はやっぱり、いいやつではある。
ときどき悪魔のように恐ろしくみえるし、すごい好色でチ○コの乗り物のような男ではあるけれど、心はあったかい人間なんだ。
そう、
――そしてどよーん、と彼女の頭にみえない雨雲と斜線がかかる。
あいつ。また、ボクを見てくる。最近。
先にも述べたとおり、彼女の伯父伯母は、まあまあ善良な人物だ。
実子である彼女の従兄と、もちろん完全とはいえないまでも、わけへだてなく愛して育ててくれている。
むしろ女の子だからだろうか。従兄よりも一部ではかわいがってくれてる気もする。
そしてそのことに、彼女も感謝と恩義を感じている。
問題があるとすれば。
彼女の従兄。多賀島大学に通う彼女の伯父伯母の息子、
この4歳違いの彼女の利発な従兄は、まだ小学生だった彼女がこの布田家に引き取られるときに、消極的ながら反対した。
お金がかかるんじゃない?という理由で。
まあ、確かにかかってるんだろうな、と
でも、本当は両親の自分への関心が少なくなるのが、面白くなかったのかもしれない。
あまり強い反対ではなかったし、結局は彼は説得され、受け入れることとしたのだけれども。
奇妙なしこりが、この従兄・従妹の間に残った。
表面上は、和やかな義理の兄妹のやりとりにみえても。
その実は、ひどく陰湿な湿り気のある言葉の銃弾が、彼女に向けられることになった。
彼、茂良男は、よく言えば才気煥発で口八丁手八丁な青年。
少し癇走った声だが、顔は良く、初見では女の子受けもきっと悪くないだろう。
志野のときどき発する謎言語で言えば、「りあ充」なのだと思う。
授業なんか受けなくても、馬鹿真面目に出席してる知り合い数人に片っ端から声をかければ一人くらいはノート借りれるし、一夜漬けで単位は余裕、とか。
最近始めたバイト先ではもうリーダーで、年上の部下を使ってるんだぜ、とか。
新入りのバイトの女の子は食いまくりだ、頭軽くてチョロすぎ、とか。
そううそぶいてる。仕事でも、人間関係でも自分は強者だって誇示したいのかもしれない。
でも、国領ハルカにとって彼は、グチグチと文句の多い、甘やかされたクソガキだった。
年下の従妹への注意や指導を装い、自分の両親(国領ハルカの伯父伯母)の目を盗んで。
彼は、彼女に有形無形の圧力をかけた。隠れた暴力の形でも。
そして育ちゆく従妹に向ける彼の視線は、少しずつ湿り気を増していった。
大学受験の前後から、彼は何かにつけて彼女に対して主張した。国領ハルカのせいで、学費の高い県外の有名大学への進学を断念したのだ、と。自分は国領ハルカの、被害者なのだと。
もともと狙える成績じゃないでしょう?それに学費なら十分出せます、受けるなら言いなさい!と。
一度たまたまその場が見つかった時、親にたしなめられ、親の前では言わなくなったが。
ほかにもこれに類する主張をグチグチ言い立てて、様々な糾弾が、要求が彼女に向けられてきた。
その中には、卑しい欲望に基づく要求もあった。
聡明な彼女は、それを躱すべく、演技に頼った。
芯に冷たい含意のある従兄の言葉を冗談として受け取りきゃらきゃらと笑い飛ばし、自分の変人さを強調し、競争相手と目されるのを避ける。
伯母に「んまあ」と怒られつつも、髪を勝手に自分で短めに切り、
そんな試みは、しばらくは成功していた。
表面上は、小康状態にあったのだ。
だが、最近。
成長した彼女に向けられる従兄の視線は、再び、妙な粘り気を帯びたものになってきていた。
支配欲、征服欲、性欲、怨恨、羨望、嫉妬、被害者意識、ーー
それらの入り混じった、ねっとりした視線。
決して人間の感情、人間関係に鈍感ではない、むしろ繊細な彼女は、それを敏感に感じ取っていた、
そして、予期していた。
何かの破綻が、近いと。
思い返してみる。
ーー今日、帰ってきて、廊下をすれ違うとき、そしてそこでの会話の間も注がれ続けた、ねつい視線。
「あーあ。もうやだ。いいかげんにしてよ。」
彼女はつぶやく。
もう何もかもが嫌だ。何もかもが。
学校での快活な姿とは一変して死んだ魚のような目をした彼女は。
ようやくベッドから起きあがり、スカートをのろのろと脱ぎ、気楽なジャージに着かえる。
その途中で、部屋のキャビネットについている縦長の鏡に、下着姿の自分を映してみる。
すらっとして、胸はあまりない。腰はきゅっと締まっててお尻も少しあるけど、でもたいしたことない。
あの銭湯のお風呂でみた調布智美の体とかに比べたら、まな板みたいなものだ。
最近、ぱあっと女の子らしさを増してきた
女の子同士では受けはいいけれど、男の目にはそんなに魅力的じゃないはずなのに。
「こんな板切れに、なんで欲情するかなー。」
この体型、半ば意図してつくり上げてきたものだ。
女らしくない、中性的なキャラクター維持のために。
もちろん彼女の理想像の追求という側面もあるのだが。
半分くらいは、彼女への茂良男の攻撃を反らすためなのだ。
彼女は、カロリー量まで考えて食事を取り、運動をして、この体型を保ってきた。
なのに最近。この従兄、茂良男の性的な嫌がらせや要求が増している。
今日も。廊下ですれ違うとき。
ただいま兄さん、と言うのに対して。
おせえな、また遊び歩いてきたのか、オレの家の金で。と、台所には聞こえない声量で嫌みを言いながら。
彼女の従兄は、すれ違う間際にどっと廊下の壁に彼女を押し付け、胸を服の上から摑んできた。
揉むというのではない。爪をたてて強い力で、つまみちぎろうとでもいうように。
悪意の鉤爪。
やだー、と冗談みたいに笑いながらもがいて抜け出して、逃げてきたけど。
うまく、演技できてただろうか。
「駅前のバイト、女の子も引っ掛けやすいって言ってたじゃない。そっちでやってよ。」
本当は、叫んでやりたい。やめてよ!って。
でもね、と、彼女は伯母の顔も思い浮かべる。
いっそう、彼女の端正な顔の眉毛が情けなさそうに下がる。
賢くはないが善良で。姪である
そして、快活な
どこかで、息子の結婚相手に、――と期待してる、伯母。
好きでもあり、恩義と愛情が重たくもある伯母。
立場上、口では言えない。でも、わかってよ。あの人は嫌なんだよ。
伯母さんは嫌いじゃない。好きだ。でも、あなたの息子さんと結婚なんてしたくない。
いとこ婚も、あんまり遺伝的によくないんでしょ?
そう言いたいが、言えない。
そもそも、伯母からそう持ち掛けられたことは一度もない。
かえって、そんな話を伯父が酔って口にのぼせると、たしなめてくれたことだってある。
ただ、どこかで期待してるような気がするのだ。多分間違ってない。
でも、そうなったら生き地獄だ。
自分の細い体に、「愛情」や「借り」「義理」といった、しがらみの鎖が幾重にも絡みつき、食い込んでいるのを幻視する。
ままならない。
だから現実世界では、彼女は一層、「陽」の、理想の自分を演じて、軋轢をやりすごそうとしつつ。
そしてその裏では、堅固な殻の中でただ一人になれる、広大無辺な文学世界に没入するのだ。
この惨めな現実から、逃げるために。
読書家の彼女にしては小さな本棚に目をやる。
その一角にある、小学生のときから愛読してた、コ○ルト文庫の「ま○が家マリナ」シリーズ。
あの中に、主人公の親友のボーイッシュな男装の麗人が出てくる。
あの小説の中では、彼女には悲運の影がつきまとっていたけれど。
カッコつけであまのじゃくの
今日のように疲れ切った日、
伯父が帰宅し、食事の声がかかるまで、彼女は一心に小さな窓しかない自室で本を読み耽っていた。