※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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123 嵐の海の後の港(7)(志)

 

 放課後、僕は病院に行くという紫藤を見送った後で、調布を呼び出した仮部室に来ていた。

 紫藤は、今日は病院に行くだけにする、と言っていた。本当は毎日、日蔭谷に行きたいんだろうけどな。

 僕はできれば今日行って、力仕事とかしようと思ってる。

 要らないガラクタを片付けたり、庭の草を抜いたり。

 

 仮部室は、無人だ。セミの声が響いていて、開けた窓から風が吹き込んでる。

 調布には手がすいたら来てくれと言ってある。調布は3、40分くらい、美術部の方の用事を片付けてから来ると言っていた。

 そういうわけで。

 空き時間に、予習とかしとくといいんだろうけど。

 ちょっと今はやる気が出ず、仮部室の会議テーブルに突っ伏して、ぼやっとしていた。

 元気は回復したと思ってたけど、少し眠気が催してきたんだ。

 少しだけ仮眠をとろう。

 

 そして僕は。

 夢うつつに頬を冷たいテーブルに押しつけたまま。

 途中から仮部室にやってきた誰かと話してた。

 戸口も開けてたかな。だからなんか興味を持って入ってきたんだろう。

 

「――そんな不出来でもないでしょう。若干の字余りはよくあることだと読みますよ。」

 

「そうなんだけど。もっといいワーディングもありそうな気がするんだ。」

 

 あれっ。何の話をしてたんだろう、僕たち。

 少しだけ覚醒した意識で、僕はそうぼんやり思う。

 今日の現代文の、短歌の表現学習の授業のこととか、かな?

 僕の作った不出来な短歌のことを、相手は知ってるみたいだ。

 でも、僕のクラスメイトじゃない。須苦原先生の担当する別クラスの子だろう。

 相手は丁寧に敬語で話してるが、下級生じゃない。すごく落ち着いた口ぶりだが、もちろん先生じゃない。

 以前も話したことあるような気がするな。誰だっけ。思い出せない。

 まあ誰でもいいや、ダルいし顔を上げるまでもない。

 

 寝てる僕になんやかやと話しかけてきて、今の状態。

 いい加減に生返事して相手してたけど、僕たちは何かあの現代文の授業を皮切りにして、詩や俳諧について話してたみたいだ。

 はっきり言って、特にすごく面白いわけでもない会話。

 だが、相手の物腰や言葉には、つつみこむようなものやわらかさがあり。

 話す内容はどうでもよくて、何ということもなく言葉を連ねているのが、不思議に快かった。

 

 そのうちに、英語の韻の話に話が移ってった。

 相手は、英詩に関心があるみたいだ。

 お付き合いで、僕も聞きかじりの知識を伝える。

 

「日本語は定型詩、七五調みたいなのが多いよね。

 英語だと、そこまで音数はうるさくないけど、韻にはこだわるみたいな気がする。

 "Sleepe after toyle, port after stormie seas,

  Ease after warre, death after life does greatly please."

 ――ほら、音韻が、末尾で揃ってるよね?」

 

 いや、音数もけっこう古い英詩はこだわってたっけ。

 だめだ、思い出せない。大学の授業でやった気がしたけどな。

 

「なるほど。スペンサーでしょうか。*1

 sleepeというのは、sleepと同じなんでしょうね。それに限らず、難しい単語が多いです。あの人の詩。」

 

 あ、この一節、スペンサーなのか。知らなかった。

 大学の英語か英文学かの授業でこの一節を覚えたんだったと思うけど、作者名までは。

 そもそも、なんでこんなどうでもいい古い記憶(詩のことね)を、思い出せたんだろう。

 

「そう、sleepeは古い綴りで、今はもう使われてない。旧仮名遣いみたいなものだよ。toyleも同じかな。

 もし、訳すとすれば、

 『疲れる仕事の後の睡眠、嵐の海の後の港、

  戦いの後の平穏、生の後の死は、大いに喜ばしいものだ』

 ってなるかな。」

 

「でもそれだと、正確だとしても英語での韻がうまく反映できてませんね。toyleとwarre、seasとpleaseは韻を踏んでいるのでしょう?『睡眠』と『平穏』はかろうじて「ん」で終わるので、脚韻と言い張れないこともないでしょうけど。

 あと、もしかするとsleepeとeaseも?」

 

 相手は中々博識だ。物腰も丁寧で柔らかい。

 でも話の内容は、すごく細かいことっていうか浮世離れしたことのように思える。

 なんでそんな細かいことに興味を抱くんだろう。

 どうでもいいじゃん、そんなこと。

 ――でも、別にこういうどうでもいいことを話すのもきらいじゃない。考えてみるか。

 

「そうだね、僕なりに訳し直すとすれば。

 『苦役の後(のち)に来る眠り、荒れ海(み)の後に着く渡し、

  戦役(いくさ)の後に来る憩い、生きたる後に着く彼岸、うれしきことに限りなし。』

 くらいかな?」

 

「なるほど。脚韻は良い感じですね。後は頭韻でしょうか。」

 

「そこまでは結構難しいかなー。でも考えてみるよ。」

 

 それに、「荒れ海(み)」とかも苦しいよな。「時化たる後に着く渡し」くらいか?

 でも原詩のイメージだと、ちょっとやそっとの海の荒れじゃなくて、遠洋航海での嵐なんだよな、きっと。海が複数形、"seas"だし。

 「渡し」も変だ。ちっちゃな船着き場っていうより、ちゃんとした港なんだろうし。

 

「いや、うれしいですが、忘れてしまって結構ですよ。

 あ、そろそろどなたかいらっしゃるみたいですね。

 今日はお話できて、とてもうれしかったです。」

 

 何かぐじゃぐじゃと。

 みんな忙しそうで相手してくれなくて。ときどき寂しくなるんですよ。みんなすぐ忘れちゃうし、とか何とか言ってる。

 話がちょっぴりまわりくどいからかな?この子、悪い子じゃないんだけどね。

 

「こっちもだよ。ありがとう。」

 

 また、よかったら話そうよ、と言う。っていうか。名前聞いたっけ。

 

「何かあったら、お手伝いしましょう。

 ああ、忘れるところでした。

 あの骨とか。使ったら元の場所に戻しておいてくださいね?」

 

「え、うん?――」

 

 相手は、出て行こうとする気配。

 いや、今、何て言った?

 あの骨、ってなんだ?――あ、もしかしてあの頭蓋骨?小人の?

 っていうか。それを知ってる君は誰?

 

 完全に目が覚めて。

 はっとして、頭を上げたときには。

 すでに相手は出て行き、ドアがからからと閉まるところだった。

 寝入りばなで体が重い。必死に起き上がって、閉じたばかりのドアをあけ放つ。

 

「志野?」

 

「あ、調布!」

 

 まさに来たばかりの調布と、鉢合わせしそうになった。

 

「調布、今、ここから出て行った奴。すれ違ったか!?」

 

「え?いや、誰もいなかったわよ?」

 

 調布が来たのは、階段側から。

 もちろん廊下は一直線。

 調布の側には、人は来ていない。すれ違っていない、と調布はいう。

 

 階段側とは反対方向になる、すぐそこの廊下の角まで数メートル行き、目を走らせる。曲がり角の向こうにも人影はない、ドアの開け閉めの音もしない、足音もしない。

 廊下でないとすれば、――開かずの間へ階段を上がった?

この仮部室は、例の開かずの間の下にある。廊下にいないとすれば、そっちに上がって逃げたことが考えられる。

 

 あっけにとられている調布に、ちょっとごめんな、と言い捨て、開かずの間の階への鉄の階段を上る。

 足音を立てたつもりはないが、それでもきしむ音くらいはした。もし誰かそっちに行ったのなら、調布だって気づくだろう。

 だが念のため確認。開かずの間は締まってる、カギがかかってる。こっちでもない。

 さらにその上の屋上へ続く階段にも、見たところ人影はない。

 

「どうしたのよ、志野。誰かいたの?」

 

 調布が、階段の下に来て眉をひそめて僕を見上げて問いかける。

 

「いたんだ。いたんだが、――」

 

 とりあえず、僕は階段を降りて。

 心配そうな調布とともに仮部室に戻った。

 ちょっと落ち着いて、さっきの会話で何かまずいことを口走ってないかどうか思い出そう。

 っていうか、本当に誰だったんだ?

 

 ―――――

 

「いや、本当に誰も見なかったわよ?」

 

 再度、調布に確認する。

 僕が、うとうとしながら話してた、その相手。

 僕が後を追って出てきた、その相手を、調布は見ていないという。

 調布が言うには。階段からこの仮部室に来たけど、特に廊下には人影はなかった。さすがにいたら気づく。

 僕だけが慌てたように出てきたのだと。

 

「寝ぼけてて、頭の中でもう一人の自分と話してたんじゃない?」

 

 その可能性は、ある。

 けっこう僕は寝ぼけてた。起き上がって相手を見ようとすらしてなくて、しかもそれを変だと思ってなかった。

 相手は僕の知らない知識を持っていたけど、それも説明はつく。

 表面の人格が忘れた知識を、深層の人格は覚えてる、って可能性はある。

 スペンサーの詩を僕が覚えていたかのようにすらすら読んでたのも、夢っぽい。

 何より、相手が男か女かすら、思い出せない。

 

 でもな。はしばしがリアルにも思えるんだよな。

 寝ぼけて話しながら机につけてた、頬に伝わる机のぴたっとした感触とか。

 相手が出て行ったときの、ドアが閉まる音とか。

 相手がドアに行くまでの間で、軽く椅子にぶつかった音とかも。

 

「ちょっと寝ぼけてると、体感時間と実際の時間とが食い違うことがあるわ。

 あなたは相手が出て行ったあと、すぐ起き上がって追いかけたつもりだったけど。

 本当は、少ししてから起き上がって、追いかけたんじゃない?」

 

「まあ、――そうかもしれない。」

 

 合理的に説明するとそうなるか。

 それに。

 あの開かずの間からの頭蓋骨の持ち出しなんて知ってるのは、僕と紫藤だけだ。

 だから、僕の夢の中の脳内対話だった可能性が高い。

 でも、僕にはちょっとヒヤッとする体験だった。

 だいたい、頭蓋骨のこと、すっかり忘れてたよ。

 今は家の僕の部屋に隠してあるけど、確かに学校に持って帰ってこないとな。

 

「いったい、何を話してたの?」

 

「それが、よくわからないというか。」

 

 かくかくしかじか、と説明すると、調布も首をひねった。

 

「なんか、あなたの方の発言もだけど。高校生の会話じゃないわね。」

 

 そんなマニアックなこと。ESSでも文芸部でもありえなさそう。図書館に半分住んでる、本の虫っぽい人みたい。

 やっぱり、内容からすればあなたの夢というか、あなたのもう一人の人格との対話なんじゃないかしら。

 

 そう、調布は言う。

 そうかもな、と僕も同意した。

 

 それはともかく、僕は気を取り直して。

 

「なあ、調布。知りたいことがある。」

 

 そう問いかけながら、調布に向き直る。

 ん?

 気のせいだろうか。

 まあ、容姿は整ってる調布だけど。

 すごくきれいに見える。目の睫毛がはっきりと黒く、肌もつやつや。雨に濡れた白百合のように、凛として。

 思わず息を止めて見とれる。

 

「何かしら。」

 

 調布が何か警戒して。

 軽く肩を抱く感じに、胸の前で腕をクロスさせ、軽く半歩ほど身を引く感じ。

 組んだ腕に持ち上げられた胸がかえって強調されて、すごくそそってしまう。

 昨日は。あの胸の先を、金具ではさんだっけ。そして、この体を好き勝手に、嬲って――

 まずい、ズボンの前が軽く持ち上がる。

 

「ねえ志野。ここは学校よ?」

 

 気が付くと調布がすすすと移動して、机を挟むように、巧みに距離を取ってる。

 失敬な、僕は見境のない強姦魔じゃないぞ。

 学校の教室で無理やり調布をヤるなんて。

 そんなうらやまけしからんこと、夢とか想像の中でしかやったことはない。現実との区別はちゃんとつけてる。

 でもな、警戒されるのも分かる。昨日の僕は結構ひどいことを調布にした。

 

「わかってる。その、昨日は悪かった。」

 

 改めて昨日のことを謝罪する。

 調布はもじもじと落ち着かなげに僕の言葉を聞いていたが。

 途中で、聞いてられない、みたいな感じで遮った。

 

「ねえ、志野。昨日のことは、いい。志野は、昨日も謝ってくれたし。

 もともとはあたしが、勝手に行動して、へまをしたのがいけなかった。

 それに、――そんなに悪くなかったし、また続きも、」

 

 もごもごと何か言いかけ、少し赤らんだ顔を上げて、髪をばさっとさばいて、調布は。

 

「だからもう、それはいいって!

 それで。聞きたいことって、なに?」

 

 きっ、という感じで、にらみつけてくる。

 うん、唇がしっとりと濡れてるみたいに見える。思わず目が吸い付けられる。

 

「その、だな。――水泳、出たんだろう?」

 

 脚とか背中とか。傷が残ってないか、級友たちに気づかれてないか心配だ、と伝える。

 調布は最初何のことかと固い顔をしてたけど、僕が知りたいことがわかるとカラカラと笑った。

 

「ああ、あれね。結構やられたときは残るかと思ったけど、残らなかったわね。」

 

 調布曰く。

 確かに、打たれたときはかなり痛かった。ホテルでシャワーを浴びたときには、すこしピリッとするところもあった。打ち身も、結構残りそうな痛みがあった。

 でも、裂傷にはなってなかったらしい。

 親に気付かれるような、スカートから出る部分には傷はなかったし。

 帰宅後、就寝前に再度シャワーを浴びたときは、もうピリッともしなくなり。

 打撲で内出血になりそうなところも、冷やした後にこっそり湿布を張っておき、今朝になって剥がしてみたら完全に引いて跡形もなくなってたらしい。

 矯めつ眇めつ鏡で眺めて、大丈夫そうだったから水泳にも出た、そうだ。

 

「結果オーライよ。

 ――どう?今度は、もうすこしハードに責めてみようって思った?」

 

 まだ試してない設備とか、道具とかもあるし。

 もしかすると部屋ごとに、趣向も違ったりして?

 

 そう、言ってくる。

 笑ってるから、もちろん冗談だ。まあ僕だから揶揄って言ってるんだろう。

 

「また、単独行動したりするんじゃないだろうな?」

 

 紫藤のあの父親に会うことも、無理に止めることはしない。

 ただ、せめて事前に教えてくれないだろうか。

 と、そう、束縛強めの彼氏みたいだと思いながら言う。

 

「わかってる。ごめんなさい、志野。」

 

 きまり悪げに調布はそう言った。

 

「多分あの人とも、もう会うことはないと思うけれど。」

 

 あんなことを仕掛けてきたとすれば、許せないし。

 今後は、あの人に限らず危険そうなら相談するわ。

 止められるかもって、思って。

 それに会うのを許してくれても、あなたが無理して付き添ったりしないか、って思って。

 きっと、あたしも志野のことをちゃんと信頼しきれてなかったのよね、と。

 そう、言う。

 

 確かに、そうなんだ。

 お互いで考えが違ったりするのも、しょうがない。

 でももっと、相手に迷惑をかけることを恐れなくていい。

 無理なことは、無理っていうから。

 でも調布のことなら、できるだけのことはするし。

 迷惑だなんて、思わないよ。だから、なんでも言ってほしい。

 そう、伝えると、調布もそうする、と頷いた。

 

 僕たちは考え込みながら、口を閉じて。

 沈黙が一瞬、場に降りた。

 

「ねえ、志野「なあ、今日。」」

 

 被った。

 先に譲る。

 

「あたしは、その。」

 

 あなたが作った、あの短歌。

 みなりとあなたのことよね?

 たしかに、あの子はちょっとずつ変わってきてる、良い方向に。

 でもあなたも、そうじゃないの?

 あれ、あなたにしては自信なさそうな気もして、気になった。

 何か、うまく行ってないこととかあったの?

 

 と、調布が聞いてきた。

 

「いや、それほど深刻な話でもないんだけどな。」

 

 かくかくしかじか、と思ってたことを説明して。

 そして、思い出した。

 調布、文化祭のあの絵に加えて、あんな短歌作りやがって。

 

 調布を短歌の件で追及すると、トマトのように赤くなって肩のあたりを遠慮なくぽこぽこ殴られた。痛い。

 講評はあるって先生が言ってたけど、イニシャルが出たりすると思わなかったと言ってる。奇遇だな、僕もだよ。

 それにしても。

 将来、調布にはSNSを公開でやらせちゃいけないな。

 うっかり匂わせ投稿してしまうタイプだ。

 あ、それを言えば紫藤もか。ううむ。

 

 ―――――

 

 そんなこんなで。

 今日は、日蔭谷に行ってみないか、と調布を誘うが、調布は首を振った。

 

「行きたいのは、やまやまだけど。

 今日はちょっと夕方に用事もあって、あまり時間がないの。

 明日、良かったら一緒に行かない?」

 

 明日だったら、紫藤も行くはずだしな。

 昨日行ったばかりだから、今日はいいかな。明日、みんなで顔をだそう。そうしよう。

 僕も今日は、ご無沙汰してるESSか卓球部に顔を出そう。

 

 調布も部活にいったん戻り、僕も卓球部で練習して。

 今日は調布と示し合わせて、一緒に帰ることにした。

 

 ただ、調布は見られて噂になりたくないだろうと思って、学校の裏手で待ち合わせた。

 こっちは自転車だけど、また調布を家のそばまで送って行こう。

 

 ―――――

 

 日の長い夏なので、まだ夕焼けにはならない。

 傾きかけてもまだまだ暑い日射しが、僕と調布の陰をアスファルトに落とす。

 

「ねえ、志野!」

 

「なんだ?」

 

「楽しい!」

 

「そうだな、楽しいな。」

 

 熱く焼けたアスファルトの匂い、傾きかけた日により作られる僕たちの長い影。

 僕は調布を自転車の後ろにカワサキ乗りで立たせて乗せて、自転車を走らせてる。

 大通りだと警察に注意されるからな。基本は一つ筋を入った通りを走る。

 橋とかのところだけは、表通りを走らざるを得ないけど。

 調布は風を受けて走っていくのが、楽しそうだ。

 

 幅の広い川に係る大きな橋に、さしかかる。

 歩道部分も広いので、こちらを走らせてもらおう。

 

 こんがりと焼けた顔の、部活帰りのジャージ姿の女子中学生たちが向こうから来てる。

 ちょっとあか抜けてないっていうか。

 ぶっちゃけ芋っぽいしきゃあきゃあちょっとうるさいけど、仲のよさそうな様子が、ほほえましい。

 こっちに気付かず道を避けてくれなくて、ちょっと自転車を停めた。向こうが気づいてちょっと申し訳なさげにぺこっとしてすれ違う。

 いいんだよ。

 きっと君たち、修学旅行では原宿行って、人の多いところで横並びで歩いて白眼視されるかもしれない。

 いろいろ都会に出て、立ち居振る舞いとかもよくわからなくて恥ずかしく思うかもしれない。

 でもそんなの気にしなくていいと僕は思う。誰だってそんなことぐらいあるだろうさ。

 

 思わず、軽く振り返って見入ってしまう。

 大きなくくりでは、この子たちも僕と同じで氷河期世代。すごく時代の変化に翻弄され、割を食う世代。

 親たちからはきっと専業主婦でいい、短大にも四大にも行かなくていいって思われて

 本人たちもそのつもりでいたら、なぜか卒業後にろくに就職もできず。

 その後、共働き当たり前だよねって社会に、急速に変わっていってしまって取り残される。

 田舎だと、中卒高卒だと、コネでもなけりゃ本当にろくに稼げる仕事もなくて、――。

 

「ねえ、あなた。さっきの、あんな感じの子たちがタイプなの?」

 

 後ろに立って二人乗りしてる調布が、耳元に口を寄せてささやいてきた。

 しまった、思わず振り向いてガン見してたけど、変だったかな。

 ああいうタイプが好きなわけじゃないんだ。だいたいまだまだあれじゃ、子どもだろ。

 かわいいはかわいいけど。

 どっちかというと、憐憫っていうか。

 これから先の荒波を思ってしまう、って感じ。

 また走り出しながら、調布に答える。

 

「違う。」

 

「えっ?」

 

 中学校があるのか、また別の部活帰りの子たちも来る。

 調布には僕の声がとどかなかったみたいだ。

 

「違う!」

 

 風がぴゅうぴゅう吹く、広めの川を渡る橋の上だから。

 声が聞こえにくい。声を張り上げないと聞こえないんだろう。

 

「調布の方が、いい!」

 

「えっ!」

 

 風のせいで、また聞こえなかったのか。

 声を張り上げる。

 

「調布が、好きだ!」

 

「!」

 

 バシッと、背中を叩かれた。思わずハンドルがふらつく。危ないじゃないか。

 なんか通り過ぎる下校途中の中高生も、僕が叫んだ時にぎょっとして僕たちを見た気がする。

 僕、何か調布やみんなを怒らせるような変なこと言ったっけ。

 そう思って、自分が何を言ったか、思い返し。

 突然、すべてを理解し、身を焼く羞恥に僕は死にたくなった。

 橋を渡りきると、裏通りの道筋に入ってすごいスピードで走った。

 

 調布のマンションの近くの公園で自転車を停めると、調布は。

 なんだか、赤い顔で。

 もう、変なこといきなり言わないでよ、恥ずかしいじゃない!と。

 小声で語気荒く僕にささやいた後。

 

 でもそれを裏切るような情熱的なキスとハグをくれた。

 あれ、通りすがりの小母さんにみられてしまったけどな。いいのか。

 マンション入り口まで送り、駆け込んでいく調布を見送りながら。

 女の子ってよくわからないな、と思った。

*1:
エドマンド・スペンサー(Edmund Spenser)の「妖精の女王」(”Faerie Queene”)より。https://www.gutenberg.org/files/15272/15272-h/15272-h.htm

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