タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
一仕事を終えて枝豆をつまみながらくつろいでるところに、少し神妙な顔をしたナギさんとマコトさんがやってくる。
「志野さん、――」
ナギさんが少しだけ、上目遣いで。
僅かに甘えるような声音で、僕の名前を呼ぶ。
今はもう、僕は自分の名前をナギさんに明かしている。
そして僕のことをさん付けで呼ぶ人は、他にはほとんどいない。
なんとなく新鮮だ。面映ゆい。
そして彼女のひたむきな目を見返せなくて、さまよわせた目が思わずナギさんの胸とか二の腕とかに行ってしまってどきどきする。
僕は、どうしようもない浮気者かもしれない。
それはともかく。
ナギさんとマコトさんの相談は、仕事をしたい、ということだった。
この二人、たぶん真面目すぎるんだよな。
だから自分のせいじゃない借金とかから逃げ出せず、窮地に陥ったんだろう。
でも、二人の気持ちはわかる。
高校生の思い付きがたまたまうまくいって救助はされたけど。
その高校生のお小遣いに衣食住を依存してる超不安定な状態。
まずそこからして、ありえないし。
しかも、この高校生。どうみても平凡でお金持ちではなさそう。
こんなの、長続きするはずもない。そう思うよね。
僕も立場が違えば、そう思ったと思う。
たまたま僕があぶく銭を持ってるから、こうできてるだけなんだ。
この二人の仕事のこと、僕も考えなかったわけではない。
最終的には他の都市に逃がして、そこで生計を立てられる仕事を見つけないといけない。
そのために、それまでの間、何か外に出ずにできる仕事をして腕をみがいたり、維持したりすることができればな、と。
たとえば、マコトさんには簿記とか経理の知識がある。
これで仕訳みたいな業務、在宅でやってもらうことはできないかな?とか。
ナギさんは、字がきれいだし。筆耕みたいな仕事ないかな?とか。
ただ、マコトさんについていえば、経理関係は望み薄だ。
今の時代はそこまでOA化は進んでない。特に中小企業なんか。それにマコトさんもPC関係は、教え始めたときのうちの父親とそこまで変わらない。
それに在宅ワークでの経理の仕事、今のところまだみつけられてない。
いや、需要があるところにはあるかもしれないんだけど。
例の僕がやってるオフィスオートメ―ションの導入コンサルティングのまねごと(笑)のときに、打診とかしてみようか。
だけど日蔭谷の家にはPCも、そして電話回線すらないからな。やっぱり電話回線、契約するか?
でもなこの時代の固定回線、高いんだ。加入権とか買わないといけなかったり。
それにだいたい、誰の名義で契約するのか?元さんに頼むしか、ないかな。
今も、この家の名目上の借主は元さん。貸主と不動産屋さんの了解を得て、又借りしてる状態なんだ。これ以上迷惑はかけたくないんだけどな。
それ以外だと。この時代の在宅ワークは、やっぱり昔からある内職みたいなやつだ。
ポケットティッシュに広告を挟んだり、ダイレクトメールを袋詰めしたり、部品を組み立てたり。あ、あと筆耕も一応あるけど。
どれもかなり薄給なんだ。ちょっと計算してみたけど、時給にして2、300円にしかならなかったり。請負だから、最低賃金なんか適用されないし。
フルタイムで働いて一日2千円。週1万円、月4万円。
うーん。
やらないよりましなのかもしれないけどな。でもな、二人で8万円か。うーむ。
ちょっと考えさせてほしい、とナギさんたちに伝えるが。
横で聞いてた、紫藤がもの言いたげな顔をしている。
「志野くん。わたしも、考えてたんだよ。」
紫藤は、自分がアルバイトすることを考えていたとか。ほうほう。
紫藤が拾ってきた無料のアルバイト雑誌を見せてもらう。在宅ワークみたいなのも多少あるけど、やっぱり薄給だ。
でも参考になるかもしれない。紫藤に断って、在宅ワークみたいなのが載ってるページをいくつか切り取ってもらう。
ナギさんとマコトさんは、どんな薄給でも、って感じだし、手がかりができたと思ったのかうれしそうだが。
あまり張り切って変な内職商法みたいなのにひっかからないといいけど。
その点は、釘を刺しておく。もしやるって決めたときは、一度相談してほしいって。
二人とも、あまり世渡りが上手くない気がするからな。
いや僕もぬくぬく生きてた甘ちゃんで、人のことなんかとても言えないけど。
その日は、それで解散した。
ナギさんマコトさんとたっくんに見送られて。
そして紫藤姉弟がざくろが丘に上がる坂道をたどるのを見送り、僕は調布を瓜生口駅に送って行く。
僕は自宅マンションまで自転車で送ろうかと提案したけど、調布は迷った末に辞退した。まあ、確かに結構な長距離だしね。
「いよいよ明日までね。今学期も。」
日蔭谷の家に貼ってあった時刻表によると、次の電車を逃すと20分以上待たないといけないらしい。
間に合わせるべく、僕は一生懸命ペダルを回す。
「ああ。明日、なんかクラスのみんなに誘われてるんだが、――」
「いいじゃない。たまには顔出したら?」
男女一緒でなにかやろうって話になってるらしい。
あたしも出るつもりよ、と調布は言っている。
まあクラスの中心っていうか、少なくとも女子たちの中心の一人だしな。行かないと盛り上がらないだろう。
「僕なんか出ても、しょうがないんじゃないか?」
いや、何していいかわからないし。話、弾まないし。
リア充な人たちが話してるのをぽかーんと聞くだけになりそう。
だいたい、女子だと僕の名前しか知らなかったりする子、多いんじゃないか。
そう、言うのだが。
「そんなことないわよ。あたしのとこの子たちの間では、結構話に上がってるわよ?」
調布はそういう。
もちろん紫藤と僕とが付き合ってるっていうのは一部には知られてて。
みんなあたたかく見守ってくれてる(?)そうだ。
すくなくとも、調布グループの子たちは。
それに僕の評判は決して悪くない、と調布は言う。
紫藤との付き合いの様子をみると、すごい不器用だけど素朴そうでいいんじゃない、とか。
顔もまあ、平凡だけど悪くないね、とか。
頭もまあ、おかしいけど悪くはないんだ、とか。
運動も、根暗な競技ではすごいんだって?とか。
地味なくせにすごく女好きみたいだよ!とか。
いろいろ、さまざま。
僕についての会話が交わされているそうだ。
うん、顔が熱いな。だってどれも勘違いとまでは言わないが過大評価じゃないか。それに僕に関する噂の一部は、本人たちに悪意はないんだろうけど僕の精神、的確に抉りにきてる。
まあ、調布が紫藤の親友だってのは知られてる。僕が調布に指名されて文化祭実行委員一緒にやって、話したりしてるのも見られてる。
だから、調布のいる前では忖度して僕のストレートな悪口を言う人があんまりいないんだろう。
実は忖度なしなら、もっと辛辣な、ぐはっと吐血しそうな噂が交わされてるんじゃないだろうか。
ますます顔を出しにくくなったじゃないか。
でもまあ、文化祭に協力してくれた義理もある。
クラスメイトはほとんど全員参加するみたいだし、一応出席しようか、って話になった。
一次会はまたボウリング行こうかって話になってる。二次会カラオケかな?
だったら一次会だけならまあ、いいか。ひさしぶりに重たい球を転がそう。
そういえば、青山たちとも約束してたっけ。期末のお疲れ会には出るって。
紫藤も来れるのかな?
だったら、片隅で紫藤とか、おとなしげな同級生たちとおしゃべりしとこうか。高木とか若山君とか。
―――――
調布を、なんとか電車に間に合う時間に送ることができた。
別れる前に、人目を避けて物陰で抱き合ってキスをした。調布の脇に沿わせた手に伝わる感覚に、ぞくぞくする。調布も、一瞬舌をいれてきて、――。
うん、調布はこういう場では情熱的なんだ。
これが学校で他の子がいる前では、かなりシビアな言動をとったりするんだけど。
まあ、仲間の手前、ってことなんだろうな。いわゆるツンデレだ。
今しも到着予告のアナウンスを聞いて少し急ぎ足で改札を抜け、振り向きざまにちらっと僕に視線を投げ、冷たくもみえる横顔に笑みを浮かべ。
手を振って、髪を翻して、電車の来るホームへの階段に消えていった。
その後ろ姿を、ぼうっと見送った。
ふと気が付くと、改札近くでたむろしてるこの付近の高校の男子たちも、そんな調布の背を目で追ってる。
いや、別に変な目線じゃない。思わず目を惹かれた、って感じだ。
調布のあのキリっとした鋭角的な感じ。なんていうか決然として、恰好いいからな。
客観的にみると。やっぱり僕には、過ぎた娘なのだろう。
一瞬の沈黙の後、高校生たちもまた仲間とのけたたましい会話に戻ってる。
僕はその声に背中を押されるように、駅の外への階段を降りていった。
もう夕焼けだ。暗くなる前に、帰りつかないとな。
――――
僕はそのまま、まっすぐ家に帰った。
珍しく、僕より早く父親が帰ってきてる。
晩酌で焼酎を母に注いでもらって、上機嫌だ。
仕事が上手くいってるらしい。
僕にもうれしそうに、教えてもらったPCのことな、あれ、いろいろ部下にも教えてやったよ!と言ってる。
僕の教育(?)の成果が出たんだとしたら、良いことだ。
この頃、正史ではどうだったかな。
姉が上京してしまった高校時代、僕はあまり父と話した覚えがない。
まだ反抗期っていうかあまり親としゃべらない時期が続いてたので、家庭の潤滑油だった姉がいなくなるとそんなに接触がなかったってのもあるし。
あと、やっぱり1回目で父は仕事で忙しく、遅かった気がする。僕が寝る頃に帰ってきて、母相手に管を巻いてた。
最近はそこそこ早く帰ってくる。仕事が上手くいってるのか、僕の反抗期終わったから帰りやすくなったのか。
正史では休みの日は昼まで寝込んでたり、土日もときどき仕事に行ったりして、ダルそうにしてた。
だからこの2回目の世界で父の残業少なくなったのは、きっといいことなんだろう。
残業あったって、ちゃんと残業代つくんなら悪いことばかりじゃないとは思うけどね。でもこの時期は公務員でも100%はつかなかったと思う。
そんなことを思いながら、父の話を聞いていて。
気になる話も出てきた。
「副議長さんの、辞職?」
「ああ、これで少しダム関係の仕事がしやすくなるかもしれない。あの先生はまた大変だったからな、――」
アレ。あの悪徳議員さんみたいな人だ。
文化祭でセクハラしてて、僕が小さい魔女さんと紫色の共済の件をブチ込んで撃退した議員さん。
葉良益三、だったっけ。
どうも、辞めるらしい。
あの人。いろいろ圧がすごくて、役所の職員たちにとって困った人だったらしいけど。
この度、退任するってことで辞職願が出たらしく。
現在は議会の会期中じゃないから、議長承認を得る手続きになるだろう、健康問題だからそれで行こうって話になってるみたいだ、と父は言ってる。
ガンかなあ、急に元気っていうか気力がなくなっちゃったらしいよ。などと。
父は、例のいきさつを知らない。
文化祭のとき、僕があの新聞記者さんに、紫色のなんとか共済のことをタレこんでやったといういきさつを。
僕の妄想、我田引水でなければ。
――あの記者さんの新聞社で、記事にするって判断が出たんじゃないかな。
このネタ、おそらくはあの記者さんの新聞社が記事にしなくても、遅かれ早かれ他紙も気づく。
うん、正史ではすっぱ抜いたのは例の全国紙、毎朝新聞ね。正直意見の押し付けが鼻につくけど、そういう力はさすがだ。
ただ、あの議員さん。正史ではすっぱ抜かれて少し後に辞職してた気がするんだ。
まだ、スキャンダルとしてはあのことは報道されてない。その時期に議員が辞職する。
ちょっと正史から離れてしまうが、誤差の範囲、――でいいんだよな?
あまり正史と離れてしまうと、僕の未来知識はあてにできなくなってしまう。
それは、僕の切り札を一つ失ってしまうことになるかもしれない。
でも、もう取り返しのつかないくらい変えてるしな、いまさらか。紫藤関係とか。
紫藤関係は、しかたないんだ。むしろガンガン変えないといけない。
僕の目的は、紫藤を9月を過ぎて生き残らせること。そのために。
――いやまてよ。9月を過ぎて生き残らせること、だけじゃダメか。
死ぬのが9月じゃなくて、11月になりました!じゃダメなんだ。
ちゃんとした明るい未来に続く道まで導き、紫藤たちに歩いていってもらうこと、かな。それが僕の勝利条件。最善の。
そのためには、何だってするさ。多少の痛い思いも、怪我も覚悟してる。
必要なら、ほんとは怖いし嫌だけど命も賭けよう。
僕は、いいんだ。
いろいろ不本意なことが多かった人生だったけど、一応はちゃんと機会をもらって、それなりに一生懸命生きた。
でも紫藤と弟には、たぶん、何のチャンスも選択肢も与えられなかったんだろう。
親が死んで。姉弟二人だけであがいて。そしておそらくは継父によって既に売られてて。そしてクソ野郎たちの玩具にされて、――。
重たい運命の石臼で、なすすべもなく引きつぶされてしまったんだ。
ほとんど誰にも、その悲劇を知られることもなく。
あの最後の夕日の教室で、もう紫藤にはわかってたのかもしれない。
自分を待つ、運命が。
そんな、残酷で理不尽な運命は。
もちろん紫藤たちだけじゃない。
この世界には、そんな悲劇は数しれずあるのかもしれない。
生まれてすぐにコインロッカーに押し込まれて数年後に見つかるってのはよく聞くし。
育児放棄されて、アパートで衰弱して4、5歳くらいで死んでた小さい男の子の新聞記事も見たな。体はまだ2歳児なみだったって。
いや、小中学校の同級生にもいたさ。
小学校からもう白髪になってたあの子とか。服も髪も汚くて歯もボロボロだったあの子とか。
どうなったんだろう。
もしかするとナギさんやたっくんだって、あのままだったら。
全部を救うのは、無理なんだろう。
いや、それでも。
えこひいきでも、結構。
でも、紫藤だけは、何があっても。
僕はそこまでいい人じゃない。エゴイストだし、ストーカー気質だし、サイコパス成分入ってる。
場合によっては犯罪に手を染めて、親を泣かせても。
ことによっては他の人たち、たとえば紫藤弟たちを見殺しにしても。
紫藤だけは、あの運命から逃れさせる。
そう決めたんだ。
ただ。
――かの星は高くして、汝が腕は短し。
僕がそうして中二病みたいに悪ぶって、どんなに運命への怒りと憎悪をたぎらせても。
虫けらみたいに小さく無力で、泥の中を這い回るしかない僕には。
それが、星くらいにも遠い目標に思える。
心のなかで、手を伸ばす。
あの夕日の教室。少し熱があるみたいに、赤らんでいた頬、帰りの準備をする僕をみつめてた、潤んだ瞳。
あのときの僕たちは、手すらつなげなかった。
今は?
彼女の手を、なんとかつかみとめた。
その手を放さないで、地上に引き止めなきゃいけない。
今から吹き荒れ、紫藤を拐っていくはずの運命の嵐の中で。
―――――
父は機嫌よかったがあまり深酒もせず、父母とも早めに就寝した。
僕も、最低限の復習をして早めにふとんに入ることにする。
ただその前に、地図を引っ張り出して、昨日の光の筋のデータを書き込んだ。
あの廃遊園地、知らなかったな。まあ僕の活動範囲外だったからか。
あまり絵心はないんだけど、なんかあの廃墟の様子、心を惹くものがあったな。
不思議な場所だ。中を散策とかしてみたい。
それはともかく。
角度をできるだけ忠実に反映させて、鉛筆で地図に光線の指す方向を書き込み、線を伸ばしていく。
家からと、遊園地から。
思ったとおり、かもしれない。
おそらくは、3番目の光の筋の方向を示す、その鉛筆の線は。
あの竜神様を崇める宗教団体のテリトリーの近くに伸び、交差していた。
明かりを消して、ふとんに潜り込んだ。
目覚ましはかけなかった。でも、寝るときに1時間半で起きる、と繰り返し心に刻みこんでおいたおかげで。
無事、ちょうど月が上がり始めて少しした頃合い。12時少し過ぎに目が覚める。
やりたいことがある。できるだけ早く、試さないといけないことだ。
今から僕がやろうとしてること。それはもしかすると、禁じ手なのかもしれない。
でも、紫藤を救うには、絶対的に情報が足りない。
元さんも頑張っててくれて、この時代でわかる程度の情報は、集められてるんだけど。
それじゃ足りないんだ。もっと、重要な情報が必要だ。
もし、あの未来に一時的にでも戻れるのなら。
試さない、手はない。
今から僕は、運命を相手にズルを試みる。
正直、上手くいく見込みはあまり高くない。
前回も時を越えた後、頭骨はすぐに光を減じ始めてた。
もしそんな都合のいいズルができるなら、頭骨はあんなとこに放置されてないさ。
何かの制約、あるいは代償があるのだろう。
下手をすると寿命が減らされたり、円環状の時間に閉じ込められてしまったりなんてこともありうるかもしれない。
でもすべての手を打ちたい。
だから僕は学校に忍び込む。
あの鏡。時を超える鏡をもう一度、試すために。