タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
紫藤の疑問は2つ。
簡単に言えば、1つ目は「どこが好き?」2つ目が「どうして消極的なのか?」。
1つ目はたぶんすごくスタンダードで、一度くらいは交際中に聞かれる質問だと思う。諸氏がどうはぐらかしているかまではわからないが。
2つ目はややこのシチェーション特有の疑問かもしれない。
まあ僕の勝利条件は9月、10月を過ぎて紫藤(と家族)を生存させること。
紫藤と付き合えれば、というのは僕個人の利益、欲望込みの話でしかない。
その罪悪感もあって、そして自信のなさから拒否されにくいようにハードルを下げた、卑屈なくらいに。
それが裏目に出た感じか。
だがこの2つは、実は正面から答える必要ない問いでもある。
要は一つのことを、形を変えて違った聞き方をしているだけだからだ。「愛されているか不安だ」ということを。
1つ目の問いで愛される理由という形で不安を納得させるだけの言葉を求め、2つ目の問いで不安を抱かせないだけの行動を求める。
だから本当は正面からそれぞれの問いに答えるより、「ごめんね不安にさせて」とでも言って、紫藤に対する愛を語るのがむしろ正道なのだろう。
ホストなら多分、駆け出しでも知ってることだろうが。
だが僕は恋愛経験が通算2ヶ月のコミュ力の低い雑魚だ、そんな駆け引きは不馴れもいいところだ。
それに、普通の場合とは異なり、紫藤の置かれた状況を考えると、それらの疑問は正当としか言いようがなく、正直に答えることが、僕なりの誠実さに思えた。
要は正道(?)の答えが導くような安心感を、それぞれに対する僕なりの正直な答えを通じて与えられればいい。できるかどうかは別として。
僕は一瞬息を吸って目を閉じ、あの夕焼けの教室を、そして一度だけ胸に抱いた紫藤の体温を思い浮かべた。あのときの感情、手を振って別れた後の、今でもうまく分類も命名もできていない胸の痛み、は本物だ。ーーこれを伝える。不完全というほかはない言葉であっても。
「紫藤さんは、普通の女の子だと自分を思ってる。でも僕にとっては特別なんだ。」
「わからないよ、わたしよりずっと美人な子も、頭や性格のいい子も、その、わたしより体がすごい、きれいな子もいるよ?」
「違う。好みかどうか、なんてこととは、根本的に違う話なんだ。」
自分でも総括できていない。あの日から十数年経っていても僕は相変わらず愚かなままだ。でも、同じ後悔はしない。だから今度は言葉を抛る、未加工のままで。編まれていない蓮華のように、つながりもなく、バラバラのままで紫藤に投げかける。
「僕は今、目の前にいる君が好きなんだ、他のだれかじゃなくて、紫藤みなりという記号でもなくて。」
これじゃ伝わらない。紫藤もまだ「?」を浮かべている。
「自分より美人と言われてる人や、頭のいい人もいると紫藤さんは思ってるのかもしれない。でも、たとえそうだとしても、僕は顔の形や頭の良さが好きなんじゃない、顔がいいから、頭や性格がいいから人を好きになったりしたんじゃない、テストで100点を取るから人を好きになるわけじゃない。」
思い出す必要もない、あれから噴きでないよう抑えていた心の箍。僕を二十年近くの乾いた生活に導いた、ままならない現実への不信。その起点にある、あの金色と紫色の雲のたなびく夕焼けと、いなくなってしまった紫藤みなりという女の子のこと。残酷な真実の一端。
正面からの答えはやっぱり難しい。だからせめてそのままの心情を。
「紫藤さんのことを思うと、胸が痛くなる。なくしてはいけないものを、なくしてしまうような気がして怖くなる。紫藤さんが幸せでいてほしい、笑っててほしい。どうして、とか、なんで、というのを超えて、もう、そうなってしまったんだ、僕には紫藤さんが焼き付いてしまったんだ。」
言葉をつなげていて思う。もしかしてあの日の紫藤との約束は、違う形ですでに成就されていたのかもしれない。呪いにも似た形で。
「でも、私のことをまだ知らない。そうでしょ?」
「僕はまだ紫藤さんを十分には知らないかもしれない、だからといって僕は頭の中で創り上げた、現実離れした虚像を好きになってるわけじゃない。紫藤さんが思うより前から、紫藤さんが思うよりたくさんのことを、知ってる。」
例えれば、まだ粗い点描画。もちろん見る人の想像に委ねられ、多少は美化して補完されているかもしれない。
「それでも、それは本物だよ、そしてそこに映る紫藤さんの像は、僕には慕わしく思えた。」
二度と見失いたくないと思えるくらいに。
夕焼けの教室を思い出しながら、そう、言えなかった言葉を伝えた。
「でも、他の誰かでもいいって、ーー」
「そうだね、2つ目の疑問だけど。」と続ける。
「確かに、他の誰かでもいいと言った、紫藤さんを幸せにするのは他の誰かでもいい、と。当たり前だよ、紫藤さんが幸せでない世界より、何百倍も何千倍も良い。」
だからそう言ったし、僕が幸せにできないなら譲ってもいい。幸せにできないなら。でも本当にそうか試してほしい、どんなに小さくても
「だけど、本当は僕が紫藤さんを幸せにしたい、そして幸せになった紫藤さんをこの目でみていたい、そばにいたい。それができなきゃ、ーーそんな世界になんて、本当は頑張って生きていたくはない、生きる価値もない。」
「 」
だめだ、なんかクソ重いストーカーの心情告白みたいだ、我ながらこじらせすぎた。紫藤もあんまりだと思ったのか、口を開いては閉じて、ぱくぱくさせてるじゃないか。でもしかたない、ここまでは言ってフォローしておかなきゃ。ホスト風に、うん。
「わからないよね、僕にもうまく言えないよ。言い過ぎたところがあったかもしれない。だけど言いたいのは、僕は紫藤さんが、そのままの紫藤さんが好きだってこと。」
紫藤さんのことを知ったら、多分もっと好きになると思う。だから心配しなくていいんだ、不安にさせてごめんね、と最後は(僕の想像する)ホスト風にフォローしてみる。手遅れだろうか。
「し、志野くん!」
ようやく発言した紫藤の顔が赤い、色白の頬が薄く染まる。
「わたしが悪かったよ!もういいから!」
「え?」
「わかったから、大丈夫!あの、その、わたしにも考えさせて!」
「うん、それでさ。」
こっちが本命だったんだけど。
「2つ目とも関係することだけど、よかったら今度、学校以外で会いたい。勉強しにいくのでもいいし、帰りに駅まで行くだけでもいい。荷物持ちにしてくれていいから、」
「うん、いいよ、いいよ!またね!」
ろくに聞かずに、ぴょんと跳び上がって走っていく。足速いな、もう見えなくなった。あれ、自習用具とお弁当箱忘れてるな。後で渡そう。しまったな、途中から居心地悪そうだったかも。トイレ我慢してたのかな。間が悪かったか。
時間はあと少しある。僕は立ち上がり、ベンチ横に立つ赤い木肌の巨木を見上げる。十数年後も残っていた巨木。
僕は自分で思ってたより紫藤が好きなんだろう、今伝えたように、心の形に残るくらいに。
でもそれと重なって、憎しみに近い激情がある、取り残されたときから抱いている怨恨が。そして焼け付くような欲望がある、地上の伸びやかな枝葉の美しさを裏切って、泥と腐敗に毛根を伸ばして。醜い怪異な木の根の触手で紫藤の四肢を捉えて引きずり込み、汗に汚れる肌にその触手を食い込ませ苛もうとする劣情が。
それらを抱いたままで、紫藤を穏やかな幸せに導けるとは到底思えない。でも、この呪いを抱いたまま、紫藤を離れて乾燥した日々を再度生きていく自信もない。
自分ながらひどく破綻している。自分で自分にひどいペテンを仕掛けている。
ーーーーー
掃除を経て、授業再開。紫藤は自習の教材とお弁当袋を受け取りながら顔を赤らめたが、誰一人突っ込まなかった。あまりにあからさまだと、ネタにすらできないのかもしれない、夫婦の会話に口をはさむ人がいないのと同じように。
遠くから見ていた調布がなんか紫藤に気遣わしさを込めた視線をなげつつ、こちらには咎めるような目を向けてくる。器用だな。ーーまた呼び出してくれないかな、今度は背中に座られて罵られてみたい。素足で顔を踏んでくれるのもいいな。もうちょっと、接触が欲しい。いやダメだ、調布さんはそういう人じゃなくて、ちょっと異性に厳しいけど普通の高校生女子だ。なんかこっちの性癖が開発されてしまっているけど、気を付けないと。気を反らそうとしたら、今度は紫藤の首筋に目が吸い寄せられる。軽く絞めて悶えさせてみたい。ーーダメだ、黒い考えばかりが浮かぶ。こっち方面も今日はブレーキが効かない。
いつもより少し上の空で授業を受ける。7時間目の終了直後に、紫藤が紙をさり気なく寄こした。紫藤は受講態度はまともだが、さすがに眠たい教師のコマでは居眠りしたり内職したりしていたことを僕は知っている、1回目の知識では。2回目の世界では、まだ目撃していないが。
ーー部活ある?一緒に帰ろうよ
ーーある、6時に靴箱でOK?
受け取った紫藤は体をひねって僕の顔を見て、一瞬はにかむように笑みをうかべた。かわいい、初対面でも恋に落ちそうなほどに。
ーーーーー
その日は卓球部。他の球技系の運動部と違い、少なくとも僕の高校ではかなり緩い。最近はラリーを続けること、どんなスマッシュでも離れた位置に下って返すことをテーマにしている。そういうドイツ選手がいたな。
所用を理由に早く上がる。6時に靴箱に行くと、少し所在なさげに紫藤が靴箱のある渡り廊下の柱に寄りかかっていた。僕をみて、ふにゃっ、と顔を崩した。
「待たせたかな、ごめん。」
「いいよ、早く来ちゃっただけだよ。」
靴を履き替え、並んで校門を目指す。
こうしているだけで、僕のある部分は満たされて、果てしなく優しい気持ちになる。どんな人類のいざこざも許せる気分に。だけど僕は、この2回目の世界に使命を抱いて来た。表面上の心地よさに流される時間はない、使命は忘れない。
表面上はただの友達同士の会話、でも少しずつでもあの夏への道を変えていく。
ーーお休みとかどうしてる?そうなんだ、頑張り屋さんなんだね。僕はだらけるだけだよ。近いうちに中間考査なのにね。
こんど良かったら、県立図書館に行って勉強しない?いや、家だとさ?ついつい本とかラジオに流れちゃって。うん、最近スティーブン・キングが面白い。結構怖いから紫藤さんは向いてないかも。ああ、指輪物語は面白いよね。映画にしたら超いけると思うんだ。
図書館にまだ入ってないけど、大野冬美の十三国記、絶対面白い。今度良かったら貸してあげるよ。ああ、お父さん厳しいんだね。家で読めないんだったら文芸部で読むといいよ、うん、布教して。たぶんなかなか完結しないけどね。
お父さんって、細かく勉強みてくれたり?違う?そう、ーーそうなんだ。保険?わからないけど、こっそり中身見てみたらどうかな、お母さん忙しいだろうし。
ありがとう、今日は楽しかったよ。また一緒に帰ろうよ。うん、もちろん。無理に合わせてなんかないよ。
また明日!
紫藤を見送る。紫藤は駅ターミナル始発のバスに乗る。窓際のシートに座り、窓から手をふる。薄暮の中、エンジンが唸り、やがて駅前から紫藤を乗せたバスが遠ざかっていく。それを目で追いながら、ひきつれるような、重たい痛みを感じ初めていた。