タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
前半志野視点、一部第三者視点(国領視点)です。
「えいっ」
ごん、コロコロコロ。
紫藤が、体に比べて不釣り合いに大きくみえるボウリングの球を転がす。
どうみても我流。球も本当は重さが合ってないんじゃないかな。
でも、たよりなく転がっていくボールは。
ごろごろがっしゃん。
「あー、ストライク!」
「わー、すごい!」
「えへへ」
「(なんであれでストライク取れるんだろう)」
うん、1次会のボウリングの会場。
僕と紫藤は同じレーンにしてもらえた。
というより、周りがそうしたって感じ。
周りが引いたらやだなーと思ったが、青山とか高木たちが入ってくれてる。
うん、しかも鶴見さん同じレーンだね。よかったね高木。
そして。
僕たちのレーン、なぜか紫藤がトップを走ってる。
今回が初めてとか言ってる。ほんとかよ。
いや、本当なんだろう。投げ方は明らかに変。
転がすっていうより、ヨロヨロ運んで、途中でぽいっと放す感じ。
でもなぜかそれでピンが倒れるんだ。ばたばたばた。
それに比べて僕は。
うん、まあ1回目の世界でやったこともあるし。
2回目の世界では体力もついて、少し自信もあった。だけど。
でもなぜか、1、2ピンだけ残る!
「まあ、しかたないよ。志野くんは、ざこだからね。」
「あははっ、みなりんきびしー。」
「ぐぬう」
「元気出せよ、――ほらよっ、スペア!」
「ぐぬぬ」
高木はちゃんと2投目でスペアが取れる。
僕は取れない。というか1投目でスプリットになってしまう。
なぜだ。
なぜか鶴見さんにも負けてる。みんなスコアは100超えそうなのに!
1ゲーム目の後半から、なんとかスプリットだけは避けるようにして、スペア狙いにシフトした。
スコアはすこし盛り返した。最下位だけど。
なんでだ。
このレーンだけ高スコアなんだ。
「志野、フォームすごいかっけぇのにな。」
「うんうん、ビビったけど。調子悪いのか。」
「かっこよかったよ、志野君!――フォームはね。」
高木たちの同情のまなざし。
意外といい性格をしている鶴見さん。
漏れ聞いてた、隣のレーンの女子のくすくす笑い。
自尊心が、擦りおろされる大根のように削れて行く。
「2ゲーム目で頑張ろうよ、その後、よかったらあっちもしようよ。」
青山が優しい。涙出そう。
併設してある、ビリヤード場。
ボウリングのレーンが少し足りなかったから、一部はビリヤードに回って、ローテにしてる。
そっちも楽しそうだな。
よし、2ゲーム目も、がんばるけど。
駄目だったら、江戸の敵を長崎で討つか。
―――――
ボウリング、2ゲーム目はそこそこ食い下がって好ゲーム。
でもな、上手い奴はもっと上手い。
隣の隣のレーンでは、神奈川と調布、日比谷が頂上決戦してやがる。周りにちょっと人だかりできてる。
スコア180超かよ。別世界だな。
同じレーンのみんなでポテトフライを分けあい。
2ゲーム目を終えて交代して、ビリヤードに移る。
こっちは僕、結構得意なんですよ?
1回目の世界で以前、一時期住んでた男子学生寮に一台あって、暇なときに突いてました。
こんどこそ、勝たせてもらいます。
そう思ってたんだけど。
「ぐぬぬ」
「上手いじゃん。――でも、ここはもらった!」
みんな上手いわけじゃない。ボウリングはともかく、ビリヤードってあんまりやらないじゃん。
最初は慣れないのか、みんなキューの持ち方もおっかなびっくりだが、すぐ慣れ始める。
もともと、これってそこまで体力とかいらない遊戯だし。
最初は、9ボール。
青山も2、3回目だって言ってるけど上手いな。僕の上位互換かよ。
ただみんな実力は伯仲してる。それに、かなり運の要素もあるし。
ヘタクソ同士、どんぐりの背比べ同士のゲームは結構楽しい。
白熱した対戦が繰り広げられる。そして僕が一休みで観戦しているときに調布が僕のところに来た。
「あら、楽しそうじゃない。――ハルカから電話よ。遅くなるって。たぶん7時くらい、もしかして超えるかも、って。」
「そうか。じゃあ、」
「ええ、みなりを送ったら、一度、2次会入りなさいよ。――ねえこれ、あたしも1回、突かせてよ。」
うわ、完璧超人の調布。こっちも荒らして無双するつもりかよ。
そう思ったが。
「ああっ、しまった!」
「えへへ、ごめんね。勝負の世界は、非情なんだよ。
――えいっと。」
コロコロ、かちん、コロコロ、すとん。
意外にカモられてたりする。
運の要素もあるけど、熱戦の後(要は、お互いヘタクソ同士でミスして交代しまくり)、最後は紫藤に沈められてた。
1次会は盛況に終わり。
僕はいったん、紫藤たち数人、1次会で抜ける人たちを駅まで送って行くことに。
たしかに、金曜夜ってのもあって人出が多い。ついて行った方がいいな。
金曜だからか、結構羽目を外してるモードの会社員とか、ちょっとガラの悪い中高生くらいの少年たちも。
紫藤はもちろん、一緒に帰る女の子にはかわいい子が多いから絡まれやすいかもしれない。
「ねえ、志野くん。楽しかったね。」
帰るグループに後ろからついて行ってる僕のところに、紫藤がつついと寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「ああ、楽しかったな。」
紫藤の頬がほんのり赤い。いい気晴らしになったみたいだ。
「あのさ、志野くん。あの勝負の話。できれば週末くらいに、ピクニックとか行きたいんだ。」
「そうだな。――今週末?」
「えーと、今週末も空いてるけど。でも、来週にしようよ。
――志野くんも、補習受けるよね?」
「受ける。ただ、少し休む日もあると思う。」
バイクの免許ね。忘れずに受けなきゃ。
それで思いだした。
「そうだ、来週だけど。できれば学校への行きかえりとか、付き添わせてくれ。」
まあ、試金石は今日の国領のガード。
そこで危機を回避できたら。
そしたら来週がヤマ場だ、ってことだろう。
「うん!わたしはうれしいけど、大丈夫?」
「大丈夫。来週だけでもいい。少し、気になることがあるんだ。」
あ、忘れちゃいけない、今週末も、だ。
今日の国領のガード結果次第だが、国領への襲撃を今日かわせたら、明日から紫藤シフトに移行する。
土曜日の約束を、もしかするとダメになるかもだけど、と言って取りつけた。
今日国領の側が空振りなら、どうしようかな。
ーー三連休は国領に家にいるよう言い聞かせることになるか。嫌がるだろうけど。
国領への襲撃は、今日の可能性が高い。
秋月さんにも連絡したが、どうも今は取り込み中みたいだ。
仕事で街を出ている。すぐには戻れない、と。
助っ人の紹介も検討してくれたが、そちらは断念。
秋月さん自身が、腕はいいが難がある、と言って言葉を濁す。要はひどい女好きでそれ系の前科あり。
止めとこう、ってことになった。
僕が付いていれば、たぶんこの1回は防げる。そう踏んだ。
その後、この国領関係の方も たとえ元凶が筋肉男じゃなくても、つぶすときに秋月さんが動いてくれる、という話になった。
報酬はいらん、って。ありがたいけど大丈夫かな。
もちろん油断せず、国領を送る間は超感覚さんは励起するつもり。例の方法で。
うん、頭の中でいろいろ空想してみたりね。
この方法が開発できただけで、昨日のがんばりの甲斐はあったかもしれない。
ひとつだけ、気掛かりな点。
国領の事件と、紫藤の事件。
この2つの事件、関連はあるんだろうか?
あるんだったら。
国領を守ったら、運命に変化をもたらすかもしれない。
その場合、先が読めなくなる。具体的にいえば、紫藤の誘拐時期はわからなくなる。
ないんだったら。
国領を守っても守らなくても、変化はあまりないだろう。
たぶん後者。この二つの事件は別々で、関連性はないんじゃないか、と僕は思ってる。
なせかというと。
国領の事件では、未来の調布情報によると、洗浄された国領のバラバラ死体が自宅に送り付けられてる。
そんなことをする、意味だ。
そんなことすれば、当然、犯罪の存在とか、場合によっては手口とかの情報を伝えてしまう。
ヤツザキグループfeat.筋肉男が、そんなことするだろうか?
筋肉男たちは、おそらく拷問や殺人を突き止められることを望んでない。奴らはそれらの行為自体を愉しんでて、それらの犯罪を隠したいはずだ。だから20年後まで紫藤の行方も、他の犠牲者のことも隠蔽され、知られてなかった。
わざわざバラバラ死体にして返す、って。わざわざ犯罪してますって知らせるなんてこと、しないよ。
その点、飯場は怪しい。みせしめと恫喝。ウチに喧嘩売るとこうなるんだぞ、って示すという動機がある。
顔が割れた国領を拐って、凌辱、拷問。
体の一部、胴体部が返ってこなかったのは、拷問の跡とか、体液とかの調査を嫌ってのこと。洗浄の理由も、そこだろう。
多分、あの未来の調布に害が及んでいなかったのは、さらわれた国領が凌辱と拷問を耐え抜いて、口を割らなかったからじゃないかと思う。
あるいは途中で、舌を噛んだりして自害したとか。
つながりが聞き出せなかったから、腹いせとみせしめに国領の死体をバラバラにして送りつけた、ってとこだろう。
まったく、ろくでもない。
だからな。絶対に国領は守らないとな。そんな未来、後味悪すぎる。
あ、あと。未来の調布は明言してなかった気がするが。
バラバラ死体、自宅に送ったのだとすれば。
国領の自宅の情報、殺った奴らは知ってるってことになるのか。
―――――
無事に紫藤たちを送って、僕は2次会の会場、カラオケボックスに戻ってきた。
二次会には紫藤がいない。これは寂しいかな、と思ってたけど。
待ち構えていたようになんか女子グループに取り囲まれて。
質問しまくられた。
なんか牛骨にむらがるピラニアを連想したね。
質問は、最初は紫藤関係ばっかりだったけど。
なんか素で答えてたら。
被害妄想かもしれないけど、「えー、なにそれ!」「うそー(笑)」「ヤバいんじゃない、この人!」みたいな空気がただよいはじめ。
糾問っていうか、異端審問されはじめた。
何人か女の子が来て。好みの順に並べよ、とか聞かれた。セクハラですがな。
しかたなく答えたら理由聞かれて、それに正直に答えるとダメ出し。あれ、と思って建前で答えるとツッコミ。
ときどき調布がパトロールしてきて、「ほら、いじめないの!」みたいに散らしてくれるけど。
いなくなると、すぐ「でさあ!」って続く。
ほら、君たち曲入れられるんでしょ。こんな中身おっさんをいじらないで、歌っときなよ。
しかしそっちも、なんか振り付けしばりにしよう、という悪ノリの流れ。
向こうで神奈川と調布が男女のデュエット曲やってる。配役は男女逆。神奈川が女声、調布が男声で、振り付けあり。
カオスだ。
ただまあ、パリピで世界違うと思ってた女の子たちも、みんな意外に友好的で。
僕、あまりしゃべってもらえなくて。嫌われてたのかと思ってたんだけど。
なんか扱いわかんなかったんだよ、ごっめーん!みたいに言われた。中村さんとか、烏丸さんとかね。
今回で、なんか志野君の操縦方法がわかった!とか言ってるけど。いや、いいんで。放ってていいっすよ。
あと、「志野くん、天然なんだね。外見と違う」みたいな声多数。
失敬な。ちゃんと空気は読めるぞ。
ただ、どうしていいかわからないだけだ。
音痴でいえば、音感はわかる音痴なんだ。
7時ちょいすぎくらいに調布が、電話来たわよ、と知らせてくれた。
会もそろそろ、終盤。ラス1!ってやってる。
進学校だからね、みんな門限あるみたいで少しずつ抜けてた。
許可もらって7時までとか、7時半まで、って子が多かったみたい。
あ、なんか門限遅いと思うかな。地域的に、多賀島は東京より朝が遅くて日が長いんだ。7時半なら、まだ日は沈みきってない。なんなら8時前くらいまで、ほんのり空が明るいよ。
僕はすぐに割り勘の立て替えを調布に頼んで、一足先に出してもらった。
またやろうぜ、と男子たちから声をもらう。おうっす、と手を振る。
確かに今回は対戦できなかった奴らも多かったな。
何人かはこの後ゲーセン行くみたいだが、時間大丈夫かよ。
―――――
高校の正門に着くと。
今しも、国領が門を開けてくれる警備員さんに元気に挨拶して走り出てくるところだった。
「しのりん、ごめーん!遅くなっちゃった。」
「あ、ああ。いいんだ。行くか。」
「行っこー!」
なんだかな。
昼間はかなり嫌がってたけど。
今はいつもみたいにフレンドリー。白国領だ。
ぺしゃくしゃと、学校の先生への不満や生徒会長の無神経発言とかについて、おしゃべりしてる。
話は奔放に飛んで。
お気に入りのたいやき屋さんとか、合気道の師匠とか、好きな本とか、いろいろ。
途中、気になって聞いてみた。
「なあ、国領。もし定期とかあるなら、無理しなくていい。バスに乗っても。」
「バス、混んでるんだよねー。それにさ。
あれ、なんなの?混んでなくても、いるけどさ。」
急に、機嫌が悪くなる。
眉をひそめた顔に、見とれる。
うん、西施の逸話もあるけど、美人は不機嫌な表情も絵になるな。
「あれ、って?ああ、もしかして、あれか。」
「そうそうそれそれ。ねえ、男ってクズだよね、カスだよね、最っ低のゴミだよね、だって、」
急に肩を軽くぶつけてくる。
国領は僕にくらべれば小さいし、すらっとしてるけど、さすが体操選手を兼ねるだけある。体幹強い。
チャージされて、グラっときてしまう。
「全然体格も違うのにさ。こんなしたりさ、」
さらに、細く白い手が、僕のお尻を撫でていく。いや、腰や背中まで。
ゾワゾワする。
「娘みたいな齢なのにさ、こんなことするんだ。」
さらには。
「この前なんかさ、」
おい、そこは。
「こんなに、―ってキミ、なにそれ!?」
ぎょっとしたように、手が離れた。
うん、僕に対して痴漢を実演してみせてた国領の手。
内股から上がっていって、僕の不肖の息子を撫でてたんだね。
なんだかしっかりスタンバイしてたのを。
「なに?信じられない!キミさぁ!」
いや、流石に今のは僕は無罪だと思う。
それにさ、それは独立人格なんだ。僕でもどうしようもないときが。
でも、僕のその言葉で。
白国領モードが、黒国領モードに切り替わってしまったらしく。
「ほんとヤだよね!その言い訳。
一度つかまえてもらった痴漢もそれに似たこと、言ってて。
ボクのスカートが短いのがいけないんだってさ。」
なんか怒りの圧がすごい。
そういうつもりで、言ったんじゃないんだけどな。
本体がやったことは、もちろん本体が悪い。分身が勝手に張り切るのが、仕方ないってだけのつもりだった。
でも勢いに押されて。一歩、下がってしまう。
「それはそれとして。まあ男の代表として責任取ってもらおうかな。ねえ。」
黒国領が、すごい圧を発しながら。一歩踏み込んでくる。
暗黒微笑って、こんな感じか。
「ボクがここでさ。たすけてー、って叫んだら。
しのりん、どうするのかな?」
「僕は何も、やってないぞ。
そう言うだけだ。」
いや、今に限って言えば痴漢したのは国領だぞ。僕じゃない。
僕を責められてもな。理不尽な言いがかりだ。
まあでも、国領も苦労してるんだろう。
見かけの評価は好みで分かれそうだけど、僕からみたら容姿も端正で、すらっとしてて。
ちょっと短めなスカートは、まあ年頃の男子とか、そそられちゃうんだろう。
ただ、くりかえすが国領に痴漢したのは僕じゃない。やった奴が悪いと思う。
ただ。
「ただ、そんなクズが男にいるってのは、認めるし、謝る。」
「誠意がなー。見えないなー。」
なんか怖いことを黒国領が言い始める。
やっぱり今日は、機嫌が悪い日みたいだ。
僕はちょっと、後悔し始めた。
秋月さん経由での助っ人、頼んどけばよかったか?
いや、やっぱりダメだ。まさにこのことで大問題起きそう。
「ふつう、そういうお店でいまのサービス受けたら。
いくらくらいかなー?」
こんどは、別角度。カツアゲかよ!?
まあ、本気ではなさそうだけど。
不機嫌そうながら、口元はゆがめた笑いを浮かべ、白い歯を見せてる国領の口元。
チロ、ときれいなピンク色の舌が一瞬みえて、思わず目を惹かれてしまう。
でも、邪悪な意志。なんか僕をやり込めてやれ、っていう意地悪な意志を感じる。
「ボク、カプチーノ好きなんだよね。
あのうっすいやっすいファストフードショップとかのアメリカンコーヒーじゃ、なくて。
ちゃんとした豆、挽くやつ。チョコとシナモンの粉末も」
にんまり、という感じの笑い。
本当に楽しくて笑ってるというより、演技なんだと思う。
小悪魔って感じ。そんな感じの役、たぶん国領は上手いだろうな。
ん。「役」?
「喫茶店のアイスクリームも、美味しいんだよ。
銀の皿に乗ってくるようなやつ。
――しのりん。どう思う?」
あれ?「役」って、――
何か思いだせそうだったが、国領の続く言葉で思考の糸が切れてしまった。
しかたなく一端保留して、国領の問いに答える。
「いや、美味しいだろうな。僕もカプチーノは好きだ。」
もちろん、アイスも。
ただ、この会話、どこに向かってるんだろう。
なんかいつもの国領と違って、すごい絡み屋になってる。
疲れると、そんな感じになる人知ってる。国領もその類だな。
疲れてないいつもなら、すごい、いいやつなんだけど。
でも今は、甘やかしてやるか。
「この前のやつ、手伝ってくれたお礼もあるし。
そのうち行ってみるか?紫藤とかもいっしょに。」
そう、提案してみる。
今日の国領はすごくご機嫌斜めっていうか、不安定だけど。
こいつはいい奴だし、なんの得もないのに危険な役割をこなしてくれた。
それに、もしかするとそのせいで人生を縮める世界線に入ってしまってるのかもしれないし。
お金や食事なんかで、その埋め合わせができるなんて思わない。
国領の命は絶対に守る。でもそれに加えてなんかしてやりたい。
「ふうん!つまらないの。
いや、つまらない男!」
だけど。
なんかその言葉に、急に国領は冷めてしまったみたいで。
ちょっとジト目になって。
しっしっ、とネコでも追い払うように手を振られる。
「思い出したよ。
キミ、10メートル離れてガードするんじゃ、なかったかな。
それにさ、もうそろそろ、ボクの中学校の学区なんだ。
家には、うるさい兄さんもいてね。」
だから、見られたくないんだ。
ちょっと離れてよ。気が利かないなあ。
もちろんしゃべらなくていい。話しかけたりしないでよ。
っていうか。
そこの角まででいいよ。もう帰ってよ。
この先の道、よく知ってるし。キミ、お役御免。用済み。
今日は送ってくれて、あ・り・が・と・う。
急に機嫌が悪化し。
切り口上でそう言って、国領は小走りに離れる。
なんだかな。この扱い。
怒ってもいいのかもしれないけど、なんか国領の気持ちもわかる気がするんだ。
いろいろ仕事無茶ぶりされたり。
変な痴漢に遭うのも、事実なんだろうし。
よくわからん奴に、必要性も感じられない理由でまとわりつかれ、自由に行動できないストレス。
いろいろ重なって、寛容さの許容量、超えちゃったんだろう。
国領からはクビ宣告、受けたけど。
でも国領は守らないとな。失踪事件、今日の可能性高いとすれば。
だから僕は。
変質者みたいに、10メートルほど離れて国領の後ろ姿を追う。
足音まで忍ばせて。見え隠れしながら。
お役御免にはなったけど、約束は家まで。
国領が破棄するのは勝手だが、僕が従う義務はない、って言おう。もしとがめられたら。
暗くなってきて、まばらにある街灯が点灯しはじめてる。
東京とかとは、街灯の密度が全然違う。
田舎は、簡単に言えば街灯少ない。夜道は暗い。
その下で、僕は国領のほっそりした白い後ろ姿を追う。たぶん、気づかれてない。
夕方で、日はもう落ちかけてる。残照で空が明るいけど、地上は暗くなってる。
風が出てきた。
荒れた家の庭の竹が、風に吹かれてサラサラ鳴り始めてる。
国領はだいたい小走り。振り返らない。
はためくスカートの下の白い脚に、目が吸い寄せられる。
白いふくらはぎの半ばくらいまで上げられた、ごく普通のスクールソックス。
追ううちに、痴漢みたいな変な気持ちになってしまう。
でも、もちろんそんなことはしない。
しないよな?
あれ、国領。そっちはもしかすると近道かもしれないが。
私道なのかな、細くて暗い道だ。危ないんじゃないか?
僕の超感覚さんがいきなり強く発動。なんかある?
――――――
――――――
(第三者視点)
国領ハルカは、苦い思いを抱いて夜道を小走りに走る。
あの性獣・志野がついてきてるかどうか、知らない、分からない。
さっきの角でもちらっと視線を投げたけど、あの背の高い姿は見当たらなかった。
最初の角で帰れ、って言っちゃったし。
きっと帰っちゃったのかもな。
ちょっと、寂しい。
悪いことをした。
別に、あんなことまで、言ったりするつもりじゃなかった。
どちらかというと、あの天国への階段の下で転寝して、元気が戻ってきて。
気分も、良くなってた。
ちょっとはサービスでもしてやるか。なんて傲慢な思いが頭をかすめ。
少しフレンドリーに志野としゃべってみて。
実際、彼との会話は、結構楽しかった。
志野は、普通は紳士的だし、頭も悪くない。
読書家みたいで、愛読書の範囲も一部重なってる。
ちょっとズレてるところもあるけど、そこもおもしろい。
友達としては、ね。
でも今日は。
あーあ。
どっからか、ボクたち、間違っちゃったんだな。
あれだ。
あのバスの痴漢の話から、だ。
そう。
運が悪いと、バスで痴漢に乗り合わせてしまう。
どっかの不良高校の学生どもとか。
どっかのちゃんとした会社かもしれないスーツの社員とか。
でも、どいつもこいつも、クソ野郎だ。
捕まえて、引っこ抜いて去勢してしまえばいいんだよ。
声出してバス止めると、みんなが嫌な目でみる。
バスの運転手さんも。
わかるけど。でもひどく理不尽だ。
そうして溜め込んでた憎悪をたぎらせてしまい。
つい志野に、八つ当たりしてしまった。
志野は、そういう痴漢みたいなことはしない。
いや、たぶんしないだろう。
しない可能性が高いかもしれない(?)。
うーん、でも、わからない。
男の子のことは、良くわからない。
いや、自分に正直になろう。
いまのボクは、卑怯だ。
あいつも男だから痴漢の仲間だと、そう思いこんで、自分の罪悪感を消そうとしてるんだ。
あいつがやったんじゃ、ないのに。
あいつなら。
もっと堂々と、みなりんやさとみんに対してヤることヤるだろう。痴漢する人種じゃ、ない。
あいつを責めるのはお門違いなんだ。完全に。
でもさ。なんかあいつへの不快感が、急に込み上げてきたんだ。最後に。なぜか。
コーヒー奢らせようと思ってねじ込んでみたら(困らせるつもりで、本気じゃなかったけど)、みなりんの名前が出てきたときだ。
あいつは、みなりんさとみんとよろしくヤッてる。こっちには、何もしてこない。
コーヒー誘っても、みなりん同席で、っていう。つまり、ボクを攻略したりするつもりはない。
肩透かしだ。
それもそれで、ボクには面白くない。
いや、なんでかな。
そう、国領ハルカは自分の矛盾に考えをめぐらせはじめる。
どうして、イヤなんだろう。
みなりんさとみんがそういう彼の性欲の対象で。
――そして。
ボクも一応は、女だし。
あいつは、ボクに興味、なくはないんだろうけど。視線がときどきそういうとこ行くし。
でも今のところは、ボクはどうもあいつの性的関心に基づく行動の対象外らしくて。
それがすごく、すっごく気に障ったんだ。
――いや、それラッキーじゃん。
って、そうなるはずなんだけど。
でも、逆なんだ。損した気分。
言い寄ってきてほしかった、そして手ひどく振ってやりたかった。ぐぬぬ、ってなる顔をみたかったんだ。
ってとこかな?
いや、それもあるけど。それだけじゃない。
なんか小学校の自習時間。
絶対しゃべるな、席を立つな。そう、先生が言い残して教室からいなくなって。
最初はみんな静かだけど、すこしだけ崩れてきて。
そのうちおしゃべり始まったり、席を離れて消しゴム戦争始めたりして。
そういう、悪いことして楽しんでる級友をみてるみたいな感じ?
楽しそうだけど。先生来そうだしいまさら加われない、みたいな。
いや、似てるけど違うかな。もっと単純なのかもしれない。
ボクは、羨んでるのかな。
みなりん、さとみんが、志野に愛されて楽しくやってるのを。
もちろん、板子一枚下は地獄って感じで。
一つ間違えば、修羅場の阿鼻叫喚じゃないかって思うけど。
志野は、――まあいろいろ言いたいことはあるけど、さ。
手段はともあれ、付き合った女の子たちを、幸せにしてるようにみえる。
うまくやってるんだ。
それに比べて。ボク。
国領ハルカの周囲を、みてみようか。
毎朝毎夕、群れ寄る痴漢。
視姦してくる、いけすかないクラスメイト。
キ○タマ高と名高い、ヤンキー高からのご指名。
きわめつきに、いろいろ心を折る嫌がらせを仕掛けてくる従兄。
この、従兄なんかさ。
この前なんか。
この家にいたかったら、俺のをしゃぶれって言ってきた。ゲロゲロ。
ボクに寄ってくるのは、ほんっと、そういうろくでもないクズ男ばっか。
志野がずっとまともに見える。
いや、志野もまともじゃない。ダメダメ、あぶないあぶない。
何、洗脳されそうになっちゃってるんだ。
ぶんぶんと、国領ハルカは頭を振る。どうも今日は、調子が悪い。
それで八つ当たりして。
いつもされてる痴漢の行為、志野にやり返しちゃって。
この手に、アレが。
固く、大きくなってたアレが触れて。
頭が真っ白になった。
恥ずかしい。
だから、ウザ絡みして、ごまかそうとしたって側面も、ある。
志野が悪いんじゃない。
ボクが発端なのにね。
また今度、謝っとこう。
もう、今日は。
なにもかもがダメだ。
今日のなにもかもを、丸めてぎゅうって固めて、ゴミ箱にすててしまいたい。
できることなら、志野の後頭部を木槌で殴って、記憶を失わせたい。
あの、シティーハ○ターに出てくるようなやつで。
一刻も早く家に帰って、頭をからっぽにして本を読もう。
あ、でもあのドラマの最終回、今日だったっけ。
ちょっと気になるから、最終回だけは見ときたかったんだ。
金曜日だから、茂良男も遅いはずだし。
あのシナリオライターさんだと、ハッピーエンドでも重かったりするんだ。
このドラマも。なんか前回、前々回で希望がみえてきたけど、すんなりこのまま巻き返せる気が、しない。
すごく気になる。
こっちの道なら、早く行ける。8時までに、帰れるはず。
そんなことを考えてたからか、狭い、ひと通りの少ない私道を選んでしまい。
運命にばったり出くわしてしまったのだ。