タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
彼女、国領ハルカが、最終回をみたいと思ってたドラマ。
出演者には無名の俳優が多いけど、無頼な感じのシンガーソングライターが男主人公に入ってる。
でも、意外にその素人ながらも武骨な人柄がにじみ出る演技がしっとりと
ストーリーそのものは、なんかありがちな感じ。
素行が悪くて、親元から出奔して身を持ち崩したチンピラのおっさん。
これはもう、最初はかわいげのない純粋にクズなチンピラだ。
ゴミも煙草の吸殻も適当にそこらへんに放るし、態度も悪いし。
借りた金は返さない、何もしてない善良な人にも絡む。
義理を欠く、気に入らないと大声、暴力に訴える。
馴染みの酒場からも、出入り禁止になるレベル。
親元はちゃんとした、しっかりした家庭。
特に厳しすぎてその
親はこの男のことも、愛してた。でも、理解してくれなかった。
親にとっては、成績も仕事も努力すればなんとかなること。
でも頭の悪い男は、どうやってもその努力自体ができなかったんだ。
だから。
家族からは何も責められないけど。
いたたまれず、飛び出したんだろうことが暗示されてた。
そして、たまたまその男の部屋にころがりこんで、世話になる女子高生。
まあ、ドラマだから顔は良い、頭も悪くない。
でもこっちは父親がガチクズ。3代目で家をつぶしたドラ息子。
もちろん家庭内もめちゃくちゃ。それでこの子が家出してる。
親の借金取りとかに、売り飛ばされそう。
親がいっぱい、そんな空約束、空手形を出してる。
女の子も歪んでて、虚言癖あったりする。見えないところに自傷痕とタトゥ―いっぱい。
男は最初この子には体以外、全く興味なかったが。
なんか自分の死んだ妹の面影を見ちゃって、手が出せなくなる。
妹は聡明で、唯一、幼いながら男の孤独感が少しわかってくれてたらしい。小学校の頃、男と一緒に遊んでるとき、男がザリガニ釣りに没頭して目を離したせいで、用水路で溺死したらしいと視聴者に暗示がある。
そのうち、情も湧いてくる。
もっとも、男の女の子への情。かなり歪んでる。
亡き妹と同一視して、妹の好みを押し付けようとしたり。
女の子のためにアクセサリーを万引きして、女の子が犯人扱いされたり。
かえってその子を面倒に巻き込むようなことに。
それでもちろん、大げんかもする。
女の子もこの男の部屋を飛び出して、また新たなトラブルに巻き込まれたり。
でも、みっともなくも頑張って、男がなんとか女の子を取り戻したり。
そんななんかで、なんか二人の仲も接近して。
前回は、二人は東京でやりなおそう、って約束して。
仕事や住まいの当てを、なんとかつけて。
夜学の高校の転入手続きも、すませて。
そして東京までの夜行列車の切符を買って。
女の子の実家関係のややこしい借金話とかをどうにかするために、男が奔走して。
ひとつひとつ、難題もあるけど頑張って解決していく。
男は少しずつ、不器用ながらもちゃんとした筋の通し方を学んで、それが認められて。
例の出入り禁止にされた酒場のオーナーにもそれが伝わり、出入り禁止が解かれて。
でもカタがつくまでは飲めません、と言ってウーロン茶だけ注文するんだ。
女の子も少しずつ、人を信頼することを学んで。
アルバイト先で、最初は口うるさかったけど、本当は情が深いおばちゃんの先輩従業員と少しずつ仲良くなり。
おばちゃんの小さい子供の迷子事件、解決したり。
女の子のいわれない風評を、おばちゃんが激怒して粉砕したり。
女の子がおばちゃんに上京と別れを告げると、おばちゃんも若い頃いたんだ、って頼れる知人の連絡先と小さな柔らかい狼のぬいぐるみを、お餞別にもらうんだ。
そのぬいぐるみ。女の子が昔、親に取り上げられて捨てられたのと同じもの、っていう落ち。帰ってきてくれたんだ、って、女の子が涙ぐむ。
そこまでが、前回。
これから二人は。
最後の難敵をクリアして。
新しい街でやりなおし、できるのか。
逃亡劇になるのか。
それとも、やっぱり、──。
―――――
そのとき、彼女、国領ハルカは。
そんな最終回の予想に没頭してたけれど。
たぶん、周りに注意してても防げなかったと思う。
自転車の音がするな、と思って、狭い道の片側に、道を避けてあげたのに。
右腕に、衝撃を感じた。
ただ、痛みはあっても倒れるのをこらえることができる程度の衝撃だった。
体に引きつけてもっていた鞄と腕に、ぶつかっただけ。
しかし、自転車に乗る相手はどういうわけか。
自転車から投げ出された。軽く一回転するくらいに。
そして。
うわー、痛ってぇー!と、つぶれた声で叫んだ。
変だ。
打ちどころが、悪かったのだろうか。
でもなんか、作為めいた、自転車の男の様子。
しばらくわざとらしく呻いた男は。
この腕、折れとるかもしれん!
おまい、責任取らんかい!
そう言って、立ち上がった。
一見、真面目な野球部員みたいな雰囲気の、丸刈りの男だ。
ボンタンの膨らんだ学生ズボン、上はぴっちりした丸首シャツ一枚。よく発達した筋肉が見て取れる。
背は低いが、みるからに筋骨たくましい。
どう見ても、ケガした様子はない。
巧妙に、倒した自転車が小道に邪魔になるように置かれ。
行く手への逃走路が、塞がれた。
ぶつかってきたのは、あんたでしょ。
なんでぶつかって行き過ぎてから、転んで一回転するの。
自転車、その折れてるっていう腕で、道塞ぐように置いたよね。
でもそう言っても無駄だということが、直感的に分かった。
これは、わざと因縁つけに来てる。
ぱっと身を翻し、引き返して走ろうと思ったとき。
バイクの音、これはまさにその、来た道からだ。
おー、お前、何やってるんだ!
大丈夫っすか。そこのお嬢。
こんどは、ノーヘルで原付バイクに乗ったリーゼントで学生服の巨漢だ。
あまりこちらに近づかず、路地の入り口近くに、斜めにバイクを止めて通せんぼ。
国領は立ち止まるが、背後から丸刈りの筋骨小男がゆっくり近づいてくるので、バイク側にじりじり追いつめられる。
リーゼントの後から、もう一人、痩せて小さい少年が遅れて走ってやってきてる。
路地をこっちに来ようとしてたおじさんが、剣呑そうな様子をみて、あわてて引き返していく。わかるけど、せめてお巡りさんに通報してくれないかな。
こいつがぶつかってきて、ケガしたんじゃ。
腕を折ったかもしれん!
そう、ふてぶてしく、筋骨たくましい小男が主張する。
でもよ、お前の方も悪いんやろがい。
ライト、つけてたかあ?
どっちもどっちやな。
よし、おまいら、話し合いや。
悪いようにはせんから、二人とも、
そう、巨漢が言う。
ニキビだらけの顔を、ニヤつかせながら。
おかしい。
表面上は、まあ交通事故でのトラブルの仲裁をしてる、ってことなんだけど。
妙な素人めいた、お芝居臭さ。
筋骨たくましい丸刈り小男は、
痩せた小男とリーゼントが、後ろの来た道をふさいでる。たぶん人が入ってこないように路地角を塞ぐためだ。
だからまだ、リーゼントと彼女との間には距離があるけど、どのみち彼女は逃げ場をなくされた、袋のネズミだ。
周りは古びた家。この騒ぎに気付いているのかいないのか、何も動きはない。
一方は荒れた庭のブロック塀、空き家かもしれない。
もう片方は軽い傾斜地になった地形のせいで、土留めを兼ねた高さ2メートルもありそうなコンクリート塀。
どっちからも、逃げられない。
叫んで、助けが来るだろうか?
――おう、騒ぐなよ?
そう、機先を制するようなタイミングで。
リーゼントがすごむ。
どっちも悪いところがあんねや。だから話し合って丸く収めようっち、いうとんのや。
なのに騒ぐんは、俺の顔に泥ば塗るってことやぜ?
そう、すごまれる。
それでも叫ぼうと息を吸った時。
後ろから、いつの間にか忍び寄っていた筋骨小男の腕が喉に回された。
いわゆる、裸締めだ。
まずい。
かかとを落として、相手がひるむように腰をひねって肘うちを入れた。
だけど、筋骨小男の腕はこゆるぎもせず、ぐいぐい喉に食い込む。効いてないんだ!
だめだったら。この場合は、頭突き、――。
あ、いや。ポケットに移した防犯ブザー、――。
いや、どっちも間に合わない。声も出せない。
バイクの上のリーゼント男は、にやにや笑ってる。
ボクは気を失いかけてる、ぎゅるって音が喉で鳴って、音が聞こえなくなって、世界が暗くなって、――
しかし。
突然乱暴に投げ出され。彼女はげほげほと乙女にあるまじき声で咽んだ。
「俺のシマで、何してくれとんのや。」
何かを通しててくぐもってる、でも元はよくとおる声質の、低い声。
聞き覚えがある。
彼女はひどくせき込みながら、見上げる。
黒の上下、顔を隠した長身の男だ。
筋骨小男に飛び蹴りかなにかをかましたらしい。多分、向かいの高いコンクリート塀の上から?
筋骨小男は少し離れた場所に転がって、呆然とどこからともなく現れた男を見ている。
リーゼントも、あっけにとられてる。
男は彼女のすぐそばに立ち。育ちすぎたカイヅカイブキが頭をみせてるブロック壁を背中に、左右に分かれる形になったリーゼントたちを等分にみている。
黒づくめに覆面の、不吉な姿。
いやでも。よくみると。
黒い上下の服のうち、下は普通の学生服のズボンだ。
あの上の長袖の服は、黒じゃない。薄闇で黒に見えるけど、紺だ。
――っていうか、うちの学校の指定ジャージを、裏返したやつじゃん。
顔に巻いた黒っぽいバンダナっぽいの。単なる大きめのハンカチだ、あれ。さっきあれで汗拭いてたの、みたよ。
だから、中身。
どうみても、志野じゃん。
何してんのかな、君。
体を「く」の字に曲げ、なおも喉に入った唾でせき込みながら。
彼女は思う。
「なんだてめえ。ふざけんな。」
一瞬、虚を突かれた筋骨小男と、リーゼント男と、痩身小男。
しかし筋骨小男も、ショックからさめて立ち上がり。
3人は、目の前に突然現れた長身の男をにらみつけた。
―――――
―――――
リーゼント男。通称タカこと、
いらだちながら、目の前のいきなり乱入してきた男をにらみつける。
「誰だてめえ。」
繰り返す。
せっかく好都合に女を罠に嵌められて、うまくいきそうだったというのに。邪魔しやがって。
この邪魔者の爪はマイナスドライバーで剥がす。絶対にだ。
「てめえらこそ、誰や。俺ら、知らんのか。」
誰が知るか、とタカは思った。
ただ、言いぶりからすると。
目の前の男は一人だが、何らかのグループの一員であるらしい。
「俺らは、――『ロミオ』。」
「なんじゃあ、そりゃあ。」
げほげほっ、と足元の女子高生、つまり彼らの獲物がせき込む。
カツこと
あいつ、性格悪いからな。余裕があると、わざと頸動脈じゃなくて気管を絞めるんだよな。
タカは未練がましく、一瞬、目を走らせる。
さっきまで気管を絞める腕に悶えてた、すらっとした体。
サラサラしたショートカットの髪。つかんで引きずり回してやりたい。
整った、ボーイッシュで繊細で、すこし生意気そうな容貌。泣かしてやりたい。
今風に短めにしたスカートから伸びる白いエロい足。今は、スカートが煽情的にめくれあがってる。
ようやくみつけた極上品なんだ。絶対、あれは手に入れる。
タカとカツとサブは、この前、超そそる獲物をもう少しで手に入れ損ねたことが、忘れられず。
とある小耳にはさんだ情報をもとに、今日はこちらに遠征に来ていた。
彼らの学校である錦汰摩高からは、遠くて勢力範囲外。
でも足がつきにくいのは、いいかもしれない。
彼らは、太公望のようにちょっと気を長く持って、網を張っていた。
まあターゲットがダメなら他の女でもいいや、という程度だったが。
狙ってたまさにその獲物が、襲うのに絶好の裏道に入っていくのを見て。
頑強なカツが背後から当たり屋をやり、少し遅れて原付二人乗りで来たタカとサブがやってきて。
そして、女子校生とカツを仲裁する、あるいはタカがヒーロー役で悪役のカツを追い払う、という筋書きで場所を変え、カタに嵌める。
そのつもりだったのだが。
この邪魔者が余計なちょっかい、出してきやがった。
「知らんのか、馬鹿。モグリ。ここは俺たちのシマ。
――この女は、」
その邪魔者、ーー覆面をした黒づくめの男は、そう言い放ち。
土くれに対するような、無関心な目を一瞬、足元の女に向けて。
「どこの
じゃけど、な。
俺らのシマで勝手な真似、許さんわ。」
こいつらのシマ?
「ロミオ」って。ヤバい奴らか?
そんなグループの話は、聞いたことはない。
でもたぶん、「路美惡」とか書くんだろう。
まあ、目の前のこいつ。確かに見た感じ、肩のあたりの筋肉の盛り上がりは、中々。
体も、しなやかなバネを感じる。
さっきの飛び蹴りも、意表を突かれたのが大きいが、地形のせいで、路面とは2メートル近い落差のある高い塀の上を走ってきて、飛び降りざまに蹴りつけてきたのだろう。一つ間違えば女子校生に誤爆しかねないのに。テクと度胸もそこそこありそうだ。
でも少し細いな。首も。打たれ弱いだろう。
それにこっちの2人は、連携はばっちり、個々の戦闘力も高い。
カツは元柔道部で相当に打たれ強いし、筋力ではこの目の前の男より上だろう。
タカも、なんでもありならかなり自信がある。体重95キロ、力も強い。
サブはあまり強くないが加勢はできるし、場数は経験させてる。3人のなかで唯一、ABCも小文字まで全部書ける。
3対1の優位は、簡単には覆えらないだろう。
「カツ。諸手! サブ、バック!」
タカは、指令を出す。
カツが諸手刈りをかけ、サブがバックアップ。要は、後ろから攻撃。
同時にタカも、急いでバイクを止めて下り。
大型のマイナスドライバーを取り出し、腰だめにして突進。マイドラの先はグラインダで尖らせてある。
しかし。
覆面男は。
低い姿勢から諸手刈りをかけてくる、明らかに危険そうなカツでなく。
振り返りざま、サブの顎を掠めるように裏拳を振るい。
それでくらっ、とサブが崩れ落ちた。
クソッ、弱すぎ。使えん。
男はそれを最後まで見ず、まるで後ろに目があるように、足を縮めてぴゅっと跳んでカツの諸手刈りを外した。
なんとカツの肩を上から片足で蹴り、二段跳びまでしてみせた。
なんか余裕というか、舐め腐った風情。
薄暗がりの中でも、カツが驚愕したのがわかった。
こんな躱し方、されたことないだろう。
男は軽く身を回転させ。
男に肩を蹴られてバランスを崩し、つんのめって伏せる姿勢になったカツの後頭部に。
相当に力のこもった、踵落とし。
アスファルトと挟まれて打ち付けられた頭、その下からだくだく血がにじんでくるほどの勢い。
少し鈍重なタカが来るまでに、あっというまに2人が無力化されてしまった。
危険な奴だ、とタカは突進しながら認識する。ここでしとめねば。
ふつうの人間は、殴ったり蹴ったりする加減が分からない。
しかも、渾身の力を込めて危害を加えるというのは、相当に心理的にも難しいのだ。
しかし、この男。
なんでもないように、全く良心の呵責なく、頭、延髄のあたりをほぼ全力で蹴ってる。
頑健なカツだから、大丈夫とは思うが。
下手をすると死にはしないまでも、後遺症が残りかねないくらいの思い切りの良さで。
そっちがそうなら、こっちもこっちで!
まだ、体勢が整ってないようにみえる、腹をえぐる!
突進するタカのマイドラは、カツを沈めたばかりで横向きになっていて、タカに気づいて体をねじり、振り向こうとしている男の胴体に肉薄する。
しかし魔法のように、男は体を回転させながらマイドラの刃先を躱す。
なんというか、急がず騒がず悠々とした感じ。そんな印象をタカは受けた。
せめて100kg近い体重をぶち当てようとしたが、果たせず。
すれ違いざまに足をかけられ、タカは盛大に転ぶ。
片手では勢いが止められず、マイドラを放しかけた手を突こうとして、地面に変な角度で突きあててしまい、ぐぎっという致命的な音がした。激痛。
横にタカをよけた男から、サッカーボールのように、あばらを、そして側頭部を蹴られた。息が止まる。
遠慮のない、全力に近い蹴り。駄目だ、あばらで異音。骨までいったかも。酷い痛み。頭もぐらぐらする。
強すぎる。
男はタカの胴体を再度、しかも同じ場所を非情にも強く蹴りとばし、その巨体を仰向けにさせた。
もうタカには、抵抗する気力がない。
男は悠々とタカのマイナスドライバーを拾い上げ。
タカの無事な方の手を踏みつけ。
頭部にかがみこんできた。
バンダナの覆面から覗く冷酷な目が、タカを射ぬき。
タカは恐怖に、体が硬直するのを覚えた。
「言うたろが。ここ、俺らのシマ、なぁ?」
マイナスドライバーの先端が、タカの鼻の穴に差し込まれる。
顔をのけぞらせてのがれようとするが、それを追うように。
情け容赦なくマイドラが突き立てられる。
鼻の奥に到達し、軽く粘膜に傷をつける。鼻水が止まらない。いや、涙も。
ああ、これって。
立ち上がった男が、つま先を、握りに軽く打ち当てる。
こん、こん、と。
しかし、致命的なドライバーの先端は、脳に直結する鼻腔の奥に、軽く突き立ち。
出血を感じる。
「わかるかぁ?わからんなら、これでわからせんばならんとよ。」
怒気もなく、むしろのんびり、悠長に。
土地の訛りを響かせて、男は言う。
気の荒いことで有名な、漁師町の訛りをかすかに聞き取って。
もう、タカはぐじゃぐじゃに泣いていた。
恐ろしさに、抑えきれず体がガタガタと震えていた。
「
男が蹴りを繰り出し、マイドラの握りを蹴とばそうとする、その気配に。
タカは恐怖に股を濡らしながら、失神した。
―――――
少し時をさかのぼり。
カツの締めから解放され、倒れて咳きこんでいた
――やっぱり、こいつら、グルだったんだ。
あの筋骨たくましい小男がぶつかって、難癖をつける。
仲裁する形で、あのリーゼントが来る。
もともと、そういう役回りだったんだ。
倒れて喘ぎ、呼吸を整えようとする国領ハルカは。
そう、そんなことをぐるぐると考えていた。
ちょっと涙がにじんだ目で、
でもさ、今。ボクたち、まずいんじゃない?
挟みうちされる形じゃないか。
だいたい、志野って強いのかな。卓球部って。ぜんぜん期待できない。
絶対、あのデブいリーゼントの方が強そう。
筋骨小男の方も、すごく筋肉が盛り上がってて、逞しい。
声が出せるようになったら、大声をあげよう。でもまだ声がでない、声帯圧迫されたからか。
辻邦生の小説(※)に、そんな描写があったな。
剣道の突きで声帯を打たれた奴が、しばらく声が出なくなるんだ。自分が体験するなんて。
あ、防犯ブザー。防犯ブザーなら、鳴らせる!
しかし身を起こして、防犯ブザーを求めて。
ごそごそとスカートのポケットに手を突っ込んだとき。
既に戦いは始まっていた。
だが、全くの予想外に。
黒づくめの男、志野はあっさりと。
余裕すらみせて、3人を伸してみせた。
3人目、たぶん首領格のリーゼント男に向かい、かがみこんで穏やかに話しかけ、最後だけ何かドスをきかせた強い口調でなにかを言い。
顔の表面を蹴とばすようなしぐさをすると、リーゼント男はぶるぶると震えて動かなくなった。
何を言ったかわからないが、蹴りは当ててない。何かよほどショックなこと言ったのかな、と彼女は思う。
それが終わると、男、――ほぼ100%の確信がある、志野だ――は立ち上がり。
こちらを一瞥したが、何も言わずに、なにもせずに。
来た道の方に引き返し、離れていく。
エンジンがまだついてるリーゼントの原付を蹴り倒していったのは、意趣返しか、通行路の確保のためか。
思わず呼び止めようとして、堪える。
そうだ。名前を呼んだらダメだ。
多分、彼がこいつらに向かって彼女(国領ハルカ)を知らないという態度をみせたのも。
変な名前(こんなときなのに笑ってしまった)で、この地の暴走族か何かを気取ってみせたのも。
素性を隠すためだ。こいつらに聞かれて、彼女や彼のつながりを押えられて、報復されないように。
彼らが失神してるようにみえても、わからないし、少なくともリーゼントは寝たフリだろう。
だれかこいつらの仲間が見張り役として残ってる、ってことかもしれないし。
だったらありがたく、知らんぷりして帰らせてもらおう。
こんどこそ、油断なく。
そしてもう、明日からこの通りは使わない。遠回りだけど、あっちの広い通りを使おう。
そして、走り出して数十秒後。
ようやくいちばん狭くて暗くて危なそうなあたりを出て。
ちょっと気になって、走る足をゆるめて。
ふと後ろを振り向くと、何かがさっと物陰に隠れた。
そう。10メートルくらい、後ろで。
「?」
今度は走らず、歩き出して。
だるまさんがころんだ、と心の中で数える。
ぎゅん、と振り向くと、今度は道端の消防栓の後ろに隠れたのが見えた。
消防栓に対しては体が大きすぎて、全然隠れてない。
まあ、暗くなってきてるから、見えにくいけど。
さすがに吹き出しそうになる。
でも、しいて腹筋を引き締めて、そしてまじめそうな声をかける。
「ロミオ。」
「――なんだ。」
無視できないと思ったのか、しぶしぶ答えが返ってきた。
彼女は、また進行方向に向き直り。
志野を置いて、家の方向に歩き出し。
でも、背後にいるはずの彼に聞こえるように、震える腹筋をなだめながら、呼びかける。
「ロミオ。ありがとう。」
「しらんわ。邪魔もん、つぶしただけや。」
まだ、訛りのある暴走族プレイ(?)を続けてる。
どうやら、バレてないって思ってるのか。
それとも、見張りを警戒してのロールプレイ?
もうあの場所からはかなり離れたから。
たぶん、前者だろうな。
なんだかくすぐったい、笑いたい。――爆笑したい。
そして、うりうり、とあいつをいじりたい。
ねえ、バレてないって思ってるの?ねぇどうなの?とか。
お先どうぞ。どうぞどうぞ。あれれー、なんで引き返してボクのあとについて来るのかなー、ふしぎだなー、とか。
ウザくウザくまとわりつきたい。からみたい。
ボクって、そんなに信用なかったんだ!とか言って泣く真似もしてみせて。
おろおろさせたい、振り回したい。
いろんなもどかしい思いを抱えて。
でも、今はすべてを押し隠そう。
彼女はもう、彼がいないように振る舞う。
すたすた歩き、勝手知った通りに出て、小さな自宅の家の前まできて。
「あー、やっとついた。もうだいじょうぶだなー。」
そんな独り言を、追跡者がいたら聞こえるだろうくらいの声で言う。
そしてドアノブをつかみ(庭はほとんどない。1メートルくらいしかない。小さな家が密集したあたりなのだ)。
最後の最後にに誘惑に負けて、ちらっと横目で今来た道の方向に、目をやる。
思ったとおり。
10メートル離れた電柱の陰に、送り狼が、いた。
物欲しげな目で、こちらを見ていた。
でもなんか、その危険な視線と姿は。
とても、――なんというか。
彼女をまた妙なスリルで、ゾクゾクさせると同時に。
なぜか、かいけつゾ□リのぬいぐるみみたいに、かわいらしい印象をも、彼女に与えた。
絶対、後でいじってやる。来週だな。
気づかなかったふりをしてドアをくぐりながら。
そう、彼女は決心した。
彼女は、顔にいままで抑えてた笑みを溜めて、玄関に入り。
靴を脱ぎながら、元気な声で、ただいま!と呼び掛け。
おかえりなさい!という伯母の声を聞き。
そして家に上がり、手洗いうがいをして、居間にいるだろう伯父伯母に顔を見せに向かった。
さっき仮眠したとはいえ、やっぱり疲れてるのを感じる。
でも、なんとなく、謎の幸福感があり。
歩く足が少しだけ、床からふわふわ浮いてる気がした。
楽しみにしてたドラマの最終回にも、間に合った。
覚悟はしてたけどちょっとせつないラストシーンに、少しだけ泣いた。
ドラマを伯母さんと観ながら、伯母さんの温かい手料理を食べ。
さらに入浴して、はみがきして、すっきりして。
涼しいパジャマ姿で、部屋のベッドに転がる。
枕を抱きしめながら、なんとなく、顔にまたニヨニヨ笑いが浮かんでしまう。
あー、おかしかった。
どうやって火曜日、いじってやろうかな。
でもお礼も、言わなきゃね。
読書三昧で夜更かししようって思ってたけど、今日はもう寝よう。
明日、体の疲れが取れてたら。
ちょっと遠くの森に散歩。いや、探検にでも行って、精神を休ませてみようかな。
帰りに日蔭谷にも寄ろう。そうしよう。
たっくん、元気かな。ボクのこと、覚えてるかな。
彼女はコトンと眠りにつき。
目覚めたころには忘れてる、何か幸福な夢をみる。
―――――
他方、黒づくめの男、志野は。
ちゃんと国領ハルカが家に入ったのを見届け、そして家に近づき、表札を確かめる。
苗字が違ってるのに気づき、ちょっと驚いたようだった。
そしてそのまま、来た道を引き返す。
もちろん、歩きながら裏返して着てた学校の指定ジャージを脱ぎ、ださい覆面ハンカチも外す。
恐れげもなく、あの不良たちのいた小道を歩く。
不良たちはまだあの小道にいたが、片隅に寄ってる。心が折れた様子。
まだ一人、失神したままのようだ。倒れてる。
何も知らない態で、そのまま通過。
不良たちも、志野をさっきの男と気づかない。お通夜のような雰囲気、たぶん志野に限らず何も目に入ってない。
横目で伺い見て、不良たちが以前、調布を救出したときのあいつらだ、と志野は再度確認した。
名前と住所、所属校、諸々は分かってる。前回やつらの生徒手帳や定期券を見て記憶して、メモってある。
あとは秋月さんにシメてもらおう。
そして志野は。
立ち回りの直前、とっさに道沿いの空き家らしき家の庭に隠した、学校の鞄を回収。
安心した様子をみせる。
なくなってたらどうしようか、と。
立ち廻りの間も、追跡の間も、ずっと気が気でなかったのだ。小心者だから。
なくなってたら、泣くしかない。
無事見つかったし、中身も無事なようなので、彼は少し満足げで幸せそうだ。
鞄の回収後、ちょっと思案したが、彼は軽快な足取りで走り始める。
自転車は、駅前の駐輪場に入れてあるのだ。
バスもあるが、彼はそれほどこの地のバス路線のことを知らない。
学校から歩いて20分くらいだったかな。それくらいなら、走ればすぐだろう。
無事に駅につき、自転車を受け出し、ちょっと遅くなったことについて言い訳電話を家に掛け、そして自転車で走り去る。
これで、国領ハルカは大丈夫。
死亡フラグっていう奴、華麗にへし折ってやったぞ。我ながらいい仕事だ。
あとは、紫藤だけだ。
そう、彼は思っていた。
まあそれは完全に、間違いだったのだが。
※辻邦生「夏の海の色」。剣道の試合で主人公が(師匠に止められていた)突きで相手の声帯を打ち、一時的に声が出なくなる描写がある。