タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
同級生を思い浮かべてみるといいかな?と思って登場人物の細かいところは作りこんでなかったのですが、あくまで参考までにという感じの数値の一部を、「登場人物紹介」のところにこっそり更新して入れ込んでみました。
ときどきふらっと電車や自転車に乗って、あるいは徒歩で、知らない場所に行く。
そのまま、景色を眺めるだけでかえってくることもあるし。
ここぞと思う場所で電車や自転車を下り、あるいは歩く道を逸れて、ひたすら山道を歩くこともある。
いろいろなところを訪れることも。
廃病院とか古びた神社とか。
放棄集落とか、山間の沢とか。
国領ハルカは、ときどきそんなことをする。
心躍る冒険になることもあれば、深い思索にひたる契機になることもある。
ときどきは、結構あぶない場面も訪れた。
地元の不良らしき少年らと出くわして、追いかけられたり。
建物が崩れかけてて、あやうく難を逃れたり。
山で迷子になりかけたり。
でもそんな体験も、楽しいんだ、ぞくぞくするスリルがたまらないんだ。
今までのところは、無事これ名馬。
ただ、ヘタクソなドライバーは。
もう一人、ヘタクソなドライバーに会うまでしか、安全じゃない(※)。
この、向こう見ずな小さな探検家も。
その探検家が何とかなるレベルの危険にしか、遭遇してこなかったのかもしれない。
でも、その探検家が、本当にヤバいものにぶつかってしまったら?
国領ハルカは考える。
今、ボクは本当にヤバいものにぶつかってしまったのかもしれない、と。
ボクは今まで、自分は主人公だから、大丈夫なんだ、とどこかで思ってた。
小説の主人公みたいに、ぎりぎりの危ない目にあっても、どうにか切り抜ける。
ボクは、その主人公。
この世界という物語の主人公だと、無意識に思ってた。
でも今回は、本当のピンチみたいだ。
そう、ボクが生きてたこの世界は、小説は小説でも。
スゴく残酷な結末が訪れる小説のような世界だったのかもしれない。
ケッチャムの、例の本(※)みたいな。
国領ハルカは、そう、放り込まれた土牢で。
膝を抱えて座り込みながら、そう考える。
そう。
土牢だ。
江戸時代みたいな、穴を掘り穿った横穴。
古いけど頑丈そうな、国領ハルカの太腿とおなじくらい、太い木の格子。
恐ろしいことに。隅には砕けた白骨があるのだ。
その物言わぬ同室者を見つけたときは、絶叫した。
今はもう止まったけど、涙もとめどなく出た。
彼女も、ここに閉じ込められた先達のように。
ここを出ることを許されず、死ぬのかもしれない。
いや、それはそれで最悪だけど。
国領ハルカは、土牢の格子を恐る恐る透かし見る。
この土牢は、それなりに広い洞窟の一隅にある。
その土牢の外の洞窟の空間に置かれた、様々な道具。
揺らめくろうそくの明かりが、ほのかにそれらの輪郭を明らかにする。
最初は、何かの農具だと思ってた。ほら、千歯扱きとか、唐箕とか。
農具の収納場所に、使ってるんだろうって。
いや、ちがうよあれ。
あの三角形のフォルム。たぶん、木馬だ。上が三角になった、木馬。
あっちは、巨大な洗濯板みたいなやつ。あれだよね、上に座らせて石板を置くやつ。
そして十字架みたいなやつ。いや、十字架だ、自分をごまかしてもしかたない。
拷問具が、置いてあるんだ。
なんなんだ、この集落。
絶対出たら、警察に通報だ。通報。
そう、さっきまでは思ってた。いや、今でも思ってはいる。
でも、今は。
果たして自分が、出られるか。
もう一度お日様をみることができるかどうか。
そのこと自体に、疑いを持ってる。
土牢の中は、ひんやりと涼しい。なんなら、ちょっと肌寒いくらい。
鳥肌が立った肌をさすりながら、国領ハルカは今までのことを思い返していた。
―――――
一晩ぐっすり寝て、すっかり元気を回復した国領ハルカは。
もちろん、冒険に出発することにした。
伯父伯母には、ちょっと遅くなるかもしれないけど、そのときは夕方に一度連絡するね、と言った。
伯父伯母は、国領ハルカを愛してくれてる。ちょっとしっくりしないところもあるけど、おおむね彼女には甘い。
まあ、この人たちが甘かったから、茂良男がああなったのかもしれないけど。
今日も、あいつは伯母さんの目を盗んでいきなり壁にドンって手をついて彼女を追い詰めようとした。
逃げたけど。もー、やだ。
遅くなるかも、と伯母たちに言ったのは、日蔭谷で夕ごはんを食べて行けるかなと思ったからだ。
たっくんをいじりながら食べるのもいい。
できれば、さとみんみなりん、そして志野にも会いたいな。
志野は、ぜったい弄りまわしてやる。さとみんみなりんと共同戦線を張って、こてんぱんだ。
なんだかそのことを考えると、頬に知らず知らずのうちに笑みが浮かび、茂良男や錦汰磨高のヤンキーどものことを忘れられた。
まあ、みなりんたちとは日蔭谷に行くことについて何も約束はしてないから、空振りになるかも。
普通の女の子なら、事前に友達に電話かけたりして根回しするんだろうけど、国領ハルカはしない。
気まぐれ奔放で、どうなるかわからないから。
空振りになったら、たっくんとナギさん、みなりのお父さんだけになるけど。
それもいいかもしれない。
ナギさんとか、外出もできず知らない人と一つ屋根の下、子育ても一人で、って大変だよ。
ちょっとだけ子供をみてあげたり、なんかおしゃべりするだけでも、マシになるんじゃないかな。
そう思ったのだ。
家にたまたまあった和菓子をもらって、お土産にした。
朝、行きがけに訪れると、マコトさんしかいなかった。
いや、ナギさんたちもいたけど、今お風呂とか。なに、盛大に漏らした?たっくんらしいなあ。
山登りには邪魔になるお菓子だけ差し上げて、そのまま山に向かった。
帰りにまた立ち寄ります、と言い置いて。
山歩きは、最初は以前も行ったことのある郊外の運動公園周辺の遊歩道にしようと思ってた。
最近は山歩きもサボってたし、軽めでいいかな、と思って。
調布智美も、この運動公園によく来るらしい。
ショートトラックで短距離を走ってるみたいで。
練習に来てる他の学校の部活の先生に気に入られて、ときどき一緒に練習したりしてるとか。
どうせなら、うちの学校の部活でやればいいのに。きっと好成績を叩き出せるだろう。
あの新しい友人の、たくましく伸びやかな四肢を思い出して、少しだけ嫉妬に駆られる。
でも、なんか理由があるんだろうな。部活に入ると、自由時間がなくなるとか。
自転車を走らせてるうちに、気が変わった。
どうせなら、冒険だよ、冒険。
木々から洩れる木漏れ日、吹き抜ける緑の風を浴びているうちに。
どうしようもなく、わくわくと冒険したくなってきたのだ。
十分に休息した体からは、無尽蔵のエネルギーが湧き出すようだ。
そして、冒険のターゲットは。
あの、飯場襲撃のときに行き過ぎたところの、神社!
あの神社から、なんかスピリチュアルなものを感じるんだ。
学校の旧校舎でも、似た感じを受けたことがあったな。もっと弱かったけど。
途中で、飲み物と軽食のおにぎりを購入する。
自転車を走らせる。
国領ハルカは、そこまで方向音痴じゃない。
あの日の夜も、タクシーから周りのランドマークはちゃんと見てた。
でもあの日はタクシーの運転手さんがあまりに確信的に通りすぎちゃったんだよ。間違っててもすごく自信ある人って、説得しにくい。
2時間超とかなりの時間がかかってしまったが、思ったとおり、あの日にタクシーでナギさんたちを回収した地点に到達。
でもここまできたら、引き返す選択肢はないよね。
さすがに少しお腹がすいて、軽食を一部ぱくつきながら休憩する。
時間がかかるかもしれないから、軽食は2食分くらい用意してる。
さて、神社に行こう。そう思って、林道を走る。
起伏もあっていい運動になる。長袖の山歩き用のシャツにも、汗がにじむ。
とある坂道。
ガードレールに足をつけて一時停止したまま、水筒から水を飲む。
水は貴重だ、一応予備もあるけど。
もうそろそろかな、あと1、2㎞くらいだろう。
前はここらへんで、「声」が聞こえてきたのだ。
しかし今日は、「声」は聞こえなかった。
残念だ。帰りにもう1回、試してみようかな。
国領ハルカは、そう思った。
国領ハルカは、神社まで自転車を走らせる。
管理人は常駐してないみたいだ。
でも、あまり荒れてないのは、ときどき管理の人が来るからだろう。
参拝客もほとんどいない。人のよさそうなおじいさんおばあさん夫婦が、ちょうどお参りが終わったのか出てきたところ。
あいさつして、少しだけお話。
自転車できたとね!んまぁ、じょうぶな脚ねぇ!
普通コースと、難しかコースとあるばってん、若か人には難しかコースがおもしろかかもね。
難しかコースは、あたしらにはもう無理ね。簡単なコースは、大丈夫よ。
難しかコース行かれるなら、ちきっと危ねえけ、よおく注意せんばよ?
そう、言われる。
なんかこういうところで行きずりの人たちと会話したりするのも、楽しみなのだ。
お礼を言って、飴玉をもらった。食料が増えた。
二人が自動車で出ていくのを見送って、さて、と心を引き締める。
ここに電話機もあるな。お参りしたら、伯母さんに電話かけよう。
自転車を停め、歩き始めるとテンションが上がってくる。
この神社、参道が簡単コースと難所コースとあるのだが。
行に選んだ難所コース、ちょっとしたフィールドアスレチック並みにエキサイティングだ。
山伏などが修験道の修練場にしてたのかもしれない。
たとえば。
参道を横切る谷川に、飛び石が置いてある。
飛び石の高さが、空中2メートル。
上も平らじゃない。丸みを帯びてる。
こんなの、おじいさんとかはムリだよ。
胸の高さに縄が張ってあるけど、こわごわ渡った。
飛び石じゃなくて、丸木橋のところもあった。
青の洞門の小型版みたいなところもある。
そそり立つ絶壁、下も絶壁。
洞門の道幅、50cm。
上はカーブして、身長160センチくらいまでの人しか、背は伸ばせない。
うん、ちょっとおデブな人や背の高い人はムリじゃないかな。
これも縄が張ってあるけど、怖くて縄に体重なんか掛けられない。
ようやく到達した、奥津城。
強い、スピリチュアルな何かを感じる。
しめ縄を張った、かなり大きな洞窟がある。
途中まで入れて、拝殿みたいになってる。
国領ハルカの視力は良い。
くらがりの奥に、なにか小さな池か湖のようなものがみえる。
地底湖?
危険だから、こうやってこっちの拝殿と柵を区切ってるんだろうな。
湛えられた水から、何かのエネルギーを感じる。
あれ、エリクサーだったりして。飲んだら永遠の命を得る、とか。
そういう空想をめぐらしながら、彼女は引き返すことにする。
引き返す前に、いろいろたくさんあるお願いごとをお願いして、お参りする。
(国領ハルカは割と信心深い。ちゃんとお賽銭をあげるのだ。)
帰りは、簡単コースを選んでみる。こっちもそれほど簡単じゃないが、一応すべてそれなりの幅の道になってるし、なだらかだ。でも、コンクリの具合からするとかなり昔に作ったもののようだ。崖沿いの柵とか、一部危なっかしいところがある。
ともかく、ここはお気に入りの一つになりそうだ。ちょっと遠いけど、その価値はある。
国領ハルカは、戻った社務所で水を飲み。
一応飲用もできるらしい、井戸のポンプをジャキンジャキンと動かし、水筒に水を補給した。
社務所近くに設置された公衆電話で、伯母に電話する。
ちょっと友達と会うかもしれない。
そしたら遅くなるけど、友達と会えた時点でもう一回電話するね。
もしかすると外泊になるかもだけど、連絡するから心配しないで。
そう、告げる。
連絡先を聞かれたので、ちょっと悩んで、とりあえず調布智美の電話番号を挙げた。
もちろん、会うのは外でだから。この番号のおうちじゃないよ、とあわてて付け加える。
何しろ。
日蔭谷の家には、電話がないし。
みなりんが義父とは上手くいっていないことは、聞いて知ってる。
志野の電話番号は、実は知らない。
肌身離さず女の子が持ち歩く、プリクラいっぱいの手帳に書いてある中で、いちばん連絡が付けやすそうだったのが調布智美の番号だったのだ。
ごめんよさとみん。後で口裏を合わせしてもらおう。
―――――
また、神社からの帰路の途中で自転車を止め、水を一口飲む。
あの夜、「声」が聞こえてきたあたりだ。
空振りかな。気のせいだったのかも。
そう思ったとき。
また、あの声が聞こえてきたのだ。
”ふるさとを はなれてとおく”
聞こえる!あの夜とおなじだ。
あの夜、運転手さんは、この声が聞こえないって言ってた。
そう、後で気づいたけど。
耳に聞こえてるんじゃ、ないんだ。
”よるべなく さまようわがみ
とつくにに はらからもなく
なじみきた ともがきもなし
あまつそら ひもただひとり
よにうかぶ つきはかわらず
●をあげる われをあわれむ”
こころに、脳に、聞こえるんだ。
意味も、なんとなくわかる。
●のところは、よくわからなかった。
「手」に近い。けどもっとたくさん、10個以上あるもの?
「指」か。いや、指じゃないって直感したんだけど、――。
それはともかく。
志野は言ってた。
この一帯、あやしい宗教団体があるって。
宗教団体、できて当然だよ。
これは、迷信やなんかじゃない。
神の奇跡じゃないんだろうけど、ほんものの超常現象だ。
そしてもちろん。このボク、国領ハルカは。
これを見過ごして家路に帰ったりなんか、しない。
─────
国領ハルカは、自転車を止め、隠し、声の聞こえてきた方向に続く広めの林道をたどる。
たどり着いた地は実のところ、一見すると意外にも普通だった。
ごく小さな集落。「竜神教教団本部」とノボリ看板のある大きめの家があるが、それだけ。
ただ、そこに至る小道を歩いていると、どこからか視線を感じた。
国領ハルカは、そういうのには敏感なのだ。
だんだん視線が増えていき、やがて行き詰まりの集落の教団本部なる大きめの家から出てきた、穏やかな物腰の老婆が誰何する。
この先はなにもありませんよ、お戻りになったらどうですか、と。
特に勧誘もしていません、穏やかにおのれの信じているものを信じているだけです、と。
嘘はないのかもしれない。
しかし、何かが隠されている。国領ハルカは、そう思う。
だが、そこで騒ぎ立てるほど馬鹿なことはない。
おじゃましてすみませんでした。ただ、なんか声を聞いた気がして、という。
老婆はちょっと驚いたようだが。
表面上は何もそれを見せず。
そういうこともあるんでしょうね、神様のお告げでしょうかね。
よかったら記念館でも見ますか。勧誘とかしませんから、お気軽に。
そう言って、小さな記念館に誘う。
記念館というのもおこがましい、いくつか写真があるだけのプレハブ小屋。
確かに引き止められることもなく、押しつけがましい勧誘もない。
老婆のほかに数人、住人である信者(おそらく住人は信者だけなのだろう)が来るが、特にじろじろ見るわけでもない、軽い世間話とかしてる。
いかにも田舎のご婦人たち。どちらかというと幸せそうだ。聞くと、女性シェルターのような役割もあるらしく。
外でDVを受けた人がここに逃げ込んで、庇護されることもあるんだとか。
積極的にやっているわけでは、ないらしいが。
意外に普通じゃん。そう、国領ハルカは思う。
ただ、国領ハルカは気づいていない。
この集落、電線がない。
明かりはランプを使ってるらしい。
おそらくは、水道も公営水道ではない。ガスもない。電話線もみあたらない。
奥の方に、何か施設があるみたいだ。大きな、小さめの野球グラウンドくらいの大きさの窪地。
あっちはなんですか、と聞くと、そっちは聖地で立ち入り禁止なんです、と言われる。
途中で、一人の女性信者から。
もうそろそろお帰りになった方がいいかもしれませんよ。
急に天気が変わったりしますからね。
そんなことを言われる。
なるほど、入道雲がもくもくしてるね。
言ってくれた人も、本当に心配してるみたいに思える。
まだ4時前、まだまだ日没まで4時間近くあるけど、一応引き上げようか。
あまり部外者には、いてほしくないってことかもしれないし。
そう思う国領ハルカは、今までの案内に礼を言って、去っていく。
並んで、その後ろ姿を見送る女性信者数名。
国領ハルカは、やはり気づかない。
いや、気づいたけどおかしいと思わなかった。
そのときにみた信者たち、住人たちがすべて女性であることに。
村はずれには、高めの垣根で放牧場みたいなものがつくってあり。
ヤギや羊が、もくもくと草木を食んでいる。
これには動物好き、かわいいもの好きの国領ハルカも、思わずにっこり。
どうやら一種の自給自足生活みたいだな。
面白いけど、できるのかな?
現金収入とかないと、文明的な生活はできないだろうに。
そう、思う。
何らかの手段はあるのかもしれない。ヤギを育ててチーズ作るとか。
日本版のアーミッシュみたいなものかもしれない。
集落を離れて、出口に向かっているとき。
誘惑に駆られて、そっと別の道を選ぶ。
ちょうど監視の目が切れた、と感じたあたりで、見晴らしのいい雑木林の間を軽快に走る。
別のけもの道を選び、あの集落の近く。
正確に言えば、あの「聖地」の方向に折り返す。
しばらく歩くと、予想どおり、目の前に開けた空間。
森の中にある、広場。いや、くぼ地。
くぼ地の中は、ちょうどある種の草食動物が草を食んでいるように、一定の長さに草が刈り揃えられている。
目を凝らす。
広場の北端の断崖に、巨大な洞穴がある。
洞窟の中は、見通しづらい。
だが、視力のいい国領ハルカは、その少し入ったところに、大きい縦穴があるような気がした。
気が付くと。
洞窟の入り口に、着物を着た女性が一人。
若い女性だ。背は高くないが、しゃんと背筋を伸ばして、目を閉じている。
今どきみないくらい、自然に着物を着こなしている。
着物は、特に華美なものでない。日常着だ。
ちょうど社会科資料集でみた戦前の人みたい、と国領ハルカは思う。
そしてその横に、灰色の巨大な蛸みたいなもの。
国領ハルカの目が、見開かれる。
切り株みたいな蛸は、ぐでっ、と横たわっている。
それは、一種の生き物なのだ、と国領ハルカは直感する。
「スーパーはぼき」という単語が、一瞬脳裏をよぎる。
和服の女性は、その切り株の表面を撫でていた様子だ。いとおしげに。目を閉じて。
なぜか、彼らの姿を見ると。
国領ハルカは、背筋が凍りつくのを覚えた。
何かが違う。
女性が、ゆっくりと目を見開いて、国領ハルカをみた。
かなりの距離があるのに、女性が自分を見通した、ーーと国領ハルカは感じた。
女性の目が、ちょうど爬虫類のそれのように、縦に裂けている気がする。
肌の一部は、蛇のうろこのようなものが見える気がする。
――みたな。
――みたものを、逃がすことはできぬ。
あの声と同じだ。
国領ハルカの脳に、ダイレクトに声が響いた。
そして国領ハルカは、蛇ににらまれたカエルのように。
文字どおり、指先一つすら動かせなくなる。
その女が悠々と近づき。
驚くべき膂力で、彼女を捕らえ。
まるで童子のように小脇に抱え、軽々と運んでいく間も。
身動き一つすることができなかった。