タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
耐性弱めの方はまとめて後から読むか、読み飛ばしてもOKと思います。
鬱展開終わりと筆者が思うあたりでタイトルに☆を打ちます。
時間経過を修正。
大きな穴倉。
そこにさらに掘り穿たれた、土牢。
藁筵にうずくまっていた囚人は、はっと頭を上げ。
そしてまた、寝ているかのように頭を伏せ、動きを止める。
ゆらゆらと、土牢のすぐ外に置かれた大蝋燭が揺れる。
暗闇の中を、明かりもなく、すっすっと歩いてきた人影が、土牢の前に立つ。
和装の、美しい長い黒髪の若い女だ。
もっとも、見た目どおりの年齢ではないのであろうが。
「起きているのであろう?食事は要るか。」
「ねえ、ボクを出してよ、返してよ!
こんなことして、ただで済むと思ってるの!?」
寝たふりをしてすきを窺おう、そう思っていた国領ハルカは。
見破られたのを知って、普通に起き上がり。
そう、相手を糾弾した。
その頬に、もう涙の痕跡はない。
「ほう、ただでは済まない、とな。
それでは、ますます出すわけにはいかぬな。」
「ぐっ、ー」
言葉に詰まる国領ハルカをみて。
くつくつと、女は笑う。
こんな緊迫した場にあっても、この御侠(おきゃん)な少女の様子は愛らしいな、と女は思う。
自分の失われた少女時代の一シーンが、脳裏をよぎる。
お盆の上の塗り椀に盛った食事を供するために、女は土牢の格子の一部を開けて、お盆を中に置く。
「きっと毒だ。毒が入ってるんだ。ボクを殺す気だね?」
「殺すつもりなら、すぐにでも殺せた。毒はない、安心して召されい。」
敵愾心のこもった国領ハルカの視線。
それを、なんでもないように女は受け止めた。
事実、この和装の女は数々の修羅場をかいくぐっていて。
このくらいのことで動じるようなものではなかった。
「食べない。ハンストする、と言ったら?」
「仕方ないであろう。女の子(めのこ)は痩せ形を好む、というしな。」
はんすと、というのはよくわからぬが。
多少痩せても良いのであれば、そうすればよい。
ずっと食わずとも、それは死因が変わるだけの話。
そう、一蹴される。
空腹だった国領ハルカは、しかたなく供されたおしぼりで手を拭き、食事に手を付ける。
季節の野菜と豆に、小麦の麺の煮込み。
ほうとうに似た手料理だ。
素朴だが、美味しい。
一口食べ始めると、がつがつ食べてしまう。
食べ終わると、ご馳走様、と言ってしまうのは育ちがいいせいだろう。
その様子を、好ましげに女は見守っていた。
「いきなりで、すまぬが。
そなたを生きてここから出すわけにいかなくなった。」
いきなり告げられた、死刑宣告。
国領ハルカは、少し暖かい食事で元気づいていたが、もちろん猛反発する。
「どういうわけさ!勝手にさらって、こんなとこに閉じ込めて、そしてもう出せないって!」
ボクが抜けだしたら。
警察に言う。ひどい目に合わせてやる。もちろんだ。
そう、少女は息巻く。
「ひどいことであろう。しかし、変えられぬ。」
少女の健啖家ぶりに、孫娘を見るように目元を緩めていた女だったが。
しかし、きっと頬を引き締めて、そう告げた。
「そなたは、見てはならぬものを見た。本当であれば、これらの道具で、」
女はさっと、数々の責め具を示して見せる。
「命絶えるまで、責め抜くところだ。
事実、そのようにした怪しからぬ男どもも多い。
だが、そなたには、別の道を選ぶ機会を与えよう。」
女の縦長の瞳孔が、自分を飲み込むくらいに広がるような、そんな錯覚。
国領ハルカは魅入られたように感じた。
「『竜神の花嫁』となる道だ。」
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それから2時間ほど後。
国領ハルカは、女に与えられた情報を整理していた。
狂気の言葉だった。
女は、国領ハルカに語った。
竜神をみたものは、その試しを経ずに生きてこの地を逃れることは許さない、と。
あの村の女たち。彼女らも、ごく一部の例外を除き、竜神をみたことはない。
竜神の出る時間を決めて、絶対に竜神と接触しないようにしているのだと。
もし見たら?そして下界に伝えたら?
おそらく、竜神なるものを捕獲しようとするか、殲滅しようとするかするであろう。
しかし、竜神は世の常ならぬ力を持っていて。
多賀島市くらいの都市なら、容易に滅ぼすことすらできたのだと。
(過去形であることに、国領ハルカはわずかな疑問を覚えたが、その場では問いたださなかった。)
竜神は悪か?それはわからない。
人間の善悪の尺度で、測ることは難しい。
竜神は、いつのころからかこの地に定住していた。
地元の村人に、食べ物や住まいの知識を与え、病を癒し、外敵から庇護した。
そして、贄を取った。--とされているが。
食べたりしてたわけでは、ないらしい。
もともとは、儀礼的なもの。
一晩を過ごす、お世話役のようなものだったのではないか。
竜神は、長い周期で眠りにつく。
たとえば50年間眠り、50年間起きる、というような活動周期。
その眠りについた間には、大型の熊や狼なども竜神の住まう洞窟に住みつき、贄を食い荒らした。
だから、誤解されてしまったのだろう。
竜神は、この世界のものではない。
偶然に、この世界に飛ばされてきてしまったのだ。
この世界のものは、竜神には合わない。
竜神は、少しずつ衰えていった。
眠りの期間は長く、活動期間は短くなった。
死期は、迫っていた。
一つ前の活動期間に、供された贄。
それが、国領ハルカの目の前で語っている、この女だと。
竜神は、孤独だった。
そして、年老い、もはや人間でいえば老人。
老竜神は、跡継ぎを望んだ。
彼の元の世界では、可能だった異種間交配。
竜神と人間が子をなすことも、竜神の元いた世界では可能だった。
しかし、姿かたちは似ていても、この世界の人間たちとはなぜか不可能。
なかば絶望に浮かされて、竜神は、一つ前の覚醒時期には贄と番った。罪人を要求し、種を植え付けた。
無駄な努力だった。
この時期の贄や罪人のことについては、確かに、竜神にも責めがあるかもしれない。
ことごとく、死んだのだから。
絶望の中の、一筋の光。
それが、目の前の彼女である。
「竜神の花嫁」にして、「竜神の娘」となった者である。
竜神と番い。
そして生き延びた者。
竜神の力の一部を受け継いだ者である。
それを聞いて。
国領ハルカは、目の前の彼女をしげしげとみて。
そこに、確かに通常の人間にはないいくつかの特徴を認める。
爬虫類のそれのように縦に切れた瞳孔。
外から見えるところだけでも、頬の一部、手足の一部に認められるウロコ。
(薄暗い蝋燭の明かりの中ではあるが、それらが病気によるものではなく、ちゃんとしたウロコだということが、彼女にはわかった。)
そして、心話。「心術」と彼女は語ったが、それを含むいくつかの超常能力。国領ハルカの動きを止めたのも、その一つ。
それらが、彼女に与えられたのだと。
選択肢は、2つ。
一つは、安らかに殺されること。
ただし、親元には、ちゃんと死体を返してやる、と女は言う。
親の死に目に会えないこと、親より早く死ぬことは、親不孝であるからな。
せめて、死に顔は見せよ。死化粧もしてやる、と。
そう、悲痛な表情で、言うのだ。
ちゃんと清めて、箱に詰め。
付き合いのある組織から、「らくとあいす」だったか?それを入手し。
腐れたりせぬように冷やして、親元に返す、と。
そのくらいの情はある、と。
殺すにしても。
眠るように死なせてやる。苦痛のない死を与える。
忍び込んだ盗人や、ここに逃げ込んだ女を追ってきた、女に乱暴する男は、徹底的に責めぬいて殺した。
それに比べれば、はるかにましであろう?
女が本気で言っていることは、疑いない。
事実、女は
人の感情に敏感な
純粋に好意で、言ってくれているのだろう。
しかし。あまりに絶望的な選択肢である。
もう一つの選択肢は、「竜神の花嫁」。
竜神の贄となること。竜神と、番うこと。
これも、ほぼ助からぬ。
死にざまも、むごい。
もちろん、及ぶところで亡骸は拾って洗って届けてやる。
それは心配するな、と。
いや、そんなことは心配してないんですが、と
それは、どんなことになるの?
そう、聞く。
竜神の
入ったものは多く、出たものは少ない。
そして竜神と出会い、番うのだ。
そう、女は答える。
そして、番った後、どのような死に様を迎えるか、無感動に、正確に、説明する。
耳を塞ぎたくなるくらいに、微に入り細を穿って。
じゃあ。
もし、竜神がその気にならなければ?
だって、ほら、ボクって体がまな板みたいだし、さ。
お姉さんみたいに、色っぽくなんてないし。
それに、竜神の目をかいくぐって、逃げ出せたら?
そしたら、ボク、警察に駆け込んで。
大捜査してもらうからね!それでもいいの!?
みーんな、お姉さんたち、つかまっちゃうよ!?
そう、激怒を買うことを覚悟で、聞いてみる。
頑是ない孫のわがままを聞く、祖母のように。
竜神の娘は、笑みさえ浮かべて頷く。
そうであったら、しかたない。
そこまでのことであったのだろう。
ただし竜神は強い。その力を受け継ぐ、自分も。
これまで竜神を逃れたものは、ほとんどいない。
この私以外は。
あとあれらの者には(そういって女は、集落と思しき方向に腕を振った)、罪はない。
ほとんどなにも、知らぬよ。
運命を試せ、そして見出すがよい。
竜神の
そう、竜神の娘は言った。
どうやら、国領ハルカには。
この博打にかけるしか、道は残されていないようであった。
ーーーーー
その後もいくつかの質疑があり、それが尽きて。
女が去った、ろうそくの明かりだけがたよりの暗闇の中。
少しでも生き延びる可能性を上げる方策は、ないだろうか。
取引に使えるようなものが、何かないだろうか。
何か事態を打開できそうな道具や知識は、ないだろうか。
何もなかった。
彼女は、夢想的で独創的で、ちょっと不思議な魅力を備えてはいても。
でも基本的には平凡な、無力な少女にすぎなかったのだ。
彼女の押し殺したすすり泣きが、土牢に響く。
整った顔を、熟柿のように赤く歪めて。
残酷な時の歯車は容赦なく、彼女を噛み砕いていく。
はずだった。
もしそこに、妙な異分子が。
変なやつが、またもくちばしを挟まなかったら。
未来の調布智美が、伝えたように。
数日後、丁寧に洗浄され、梱包された死体が、自宅かどこかに届けられていたことだろう。
─────
それから1時間くらい、経った頃だろうか。
決心はついたか、と女がやって来て、
ふかしたての素朴なヨモギ風味の餡入り団子とお茶を勧めながら。
決心ついてなんか、いない。
いないけど、ここにいては体力もおちてゆくだろう。
だから国領ハルカは、その問いに答えるより先に。
ねえ、寒いよ。
レインウェアとか持ってきたけど、取り上げられたままだよ。返してよ。
そう文句をいう。
女は気の毒そうな表情になり。
ださい綿入れ半纏を持ってきてくれた。もちろん
これ、暖かいから中に着とかれい、と。
その言葉遣いに、死んだ大好きなおばあちゃんのことを思い出して。
また、泣きたくなってしまった。
ボク、決めました。
竜神に会います。
そして、逃げます。
お姉さん、捕まっちゃいますからね!
そう、空元気を出して女にいう。
女はちょっと悲しそうだったが。微笑んで。
いいさ、その意気だ!
逃げられたのなら。それが天命。
逃げて全部、ぶち壊してしまえばいい。
竜神の試しを、打ち破りなさい。
そんなことまで、言った。
心にもない嘘のようには、思えない。
なんだか、この人のことを憎めないや。
いままでに聞いた、この人の話からすれば。
たぶんこの人、ある種の大量殺人鬼なんだろう。
でも、こんな残酷なことを強いるのが本心とも、思えない。
何かの事情が、あるのかもしれないが。
それでは参ろうか、と。
女は国領ハルカが逃げだすなんて思ってもいない様子で、土牢から出してくれる。
ただ国領ハルカには、わかった。
尋常でない力を、この女はもっていると。
逃げようとしたら。
蚊を叩き潰すより簡単に、この人は、ボクの両腕両足を叩き折れるのではないか。
何より、あの身動きを止める不思議な力もあることだし。
もはや太陽は沈み、深い闇。
二人は土牢のあった穴蔵とつながっている大きな洞窟に入る。
木枠でできた、大きなゴンドラ。
木の車輪がついていて、垂直ではなく、斜めに引き上げるようになっている。
粗末な滑車が複数組み合わされ、ウィンチが設置され。
女一人の力で引き揚げられるようになっているようだ。
(もっとも女の、竜神から受け継いだ怪力があってのことかもしれないが)
竜神も、決まった時間にこれで上らせてもらってるのかな。
人間用では、おそらくない。
気を付けてしっかりつかまってないと、木枠の粗い格子のすき間からスルッとすべり落ちてしまいそう。
「化粧や髪梳きなどは、「もう、いいよ。」――そうか。」
ずばっと切り捨てると、ちょっと寂しそうに女は笑った。
そなたの武運を祈るが、もしものときは。
そなたと遺品を届ける先は、その背嚢の荷札に書いてあるところで良いのだな?
そう、女は言い。
国領ハルカ。
――そなたの来世に、福のあらんことを。
そういって、ぎゅっと彼女を一度抱きしめた。
そして
荷物は、すべて返してもらえた。
小さなビクトリノックスの8徳ツールも、リュックの中にはあったのだが。
取り上げられることもなく返してもらえた。
目で問いかけると。
構わぬ、それで歯向かえるようならそうするが良い、と言われた。
懐中電灯は、あまり持たないかもしれないな。使うとは思ってなくて、電池を交換してない。
とりあえずレインコートの前を留めよう、下に着いたら。肌寒い。
ゴンドラが、下の地面についた。
このまま、ゴンドラを引き上げるロープをたどって上に登って行ったらいいんじゃないか?
そう思ったが。
彼女がゴンドラから降りると、情け容赦なくゴンドラは引き上げられてしまった。
しかたない。
彼女は、懐中電灯を点灯し、周りを照らして見回す。
あの蛸が動き回れるくらいの、大きな洞窟だ。
地肌が滑らかなのは、毎日あれがはい回ってるからだろうか。
もっとも、洞窟の壁や床に小さな裂け目や穴があちこちにあるのを、彼女は認めた。
小さなトカゲかヤモリのような生き物が、臆病そうに、顔を出すのも。
竜神と、鬼ごっこすることにして。
そういった小さな裂け目や穴に入り込んで、隠れるという方法もあるかもしれない。
もしかすると、その裂け目の中には、外に通じているのもあるかもしれない。
そう思うと、この「竜神の試し」も、楽勝ゲームとは言わないまでも。
決して攻略不可能ではないんじゃないか、という気がしはじめる。
洞窟の中の、非日常的な光景もあって。
少しずつ、国領ハルカのテンションは上がってきた。
彼女は慎重にあたりを照らしながら、少しだけ上り坂になってる正面通路を歩く。
懐中電灯で照らした壁面が、何か彩色されてる。
ほう。小さな蛸を、大きな蛸が肩(?触手の根っこのところ)に乗せて、運んであげている様子。
大きな蛸に、小さな人間が跨って乗っている様子。
小さな蛸と、小さな人間が仲良く(?)ボール投げか何かの遊戯をしている様子。
思いのほか人間くさい彩色画に、国領ハルカは少し竜神の評価を改める。
きっと、仲間うちでは優しい生き物なんだろう。
本当なら。
時間をかけて、分かり合えるのかもしれない。
ただ、ボクには、その時間は残されていないんだろうけど。
1時間くらいもさまよっただろうか。
とある曲がり角を曲がったときに、ついに国領ハルカは蛸に出くわす。
国領ハルカの透き通った声での、悲鳴が上がり。
すぐに何かでふさがれたような、くぐもったものに。
何かバサバサと衣服が剥かれるような音。
ぎゅっと肉を締め付けるような音。
ぴたぴたと何かを嬲る湿った音。
ごくかすかに耳を澄ませていれば聞き取れるだろう、ずりゅっ、という音。
懐中電灯は床に転がり、その陰惨な光景から目を逸らすように。
明後日の方向を照らしていた。