※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 やや粗いところがあり、後で修正するかもしれません。


136 王国は常に爾の胸に(12)(志)拾い読み

 

 僕と紫藤と紫藤弟と調布は、たっくんを連れて近くの公園に行った。

 川沿いの土手に作られた公園だ。

 ちょっと育ち過ぎた桜の植木。

 すべり台やぶらんこ、チェーン式のジャングルジムみたいなのとか、木造のアスレチックみたいなやつとか。

 たっくんはあまりこういう公園には来れてないんだろう。きゃはっ、みたいな声を立てて、小さな足を動かして遊具の方に走っていく。

 もっとも、たっくんにはまだ人が付いてないとあぶない感じだ。交替で張り付いて遊ばせよう。

 並行して僕は調布に頼み、公園の電話ボックスから国領の自宅に電話を掛けてもらった。

 

 国領の保護者によると。

 国領は朝早く出て行ったが、途中、お昼過ぎに一度自宅に連絡があったようだ。

 少なくともその時点では大丈夫だったということだな。

 どこから掛けているか、場所は言っていなかったらしいが。

 「帰りに」日蔭谷に来るつもりだったらしいことも考えると、ここからそれほど遠くないあたりなのではないか。

 とはいえ、いまいち絞り切れない。それなりに公園も山歩きできそうな山もたくさんあるんだ。

 

 国領がこんな風にふらっと出歩いて、遅くなるまで戻ってこない、場合によっては友人の家に泊まっていくというのは良くあることらしく。

 国領の保護者(布田家という)は、あまり心配した風ではなかった。

 冷淡であまり関心がないというわけではなく、ちゃんと信頼してる、という感じだったが。

 国領は調布の家の連絡先を、いざという時の連絡先として残していったらしく。

 そちらに連絡が入る可能性もある、とのこと。

 

「そんなに心配しなくても、大丈夫じゃないかしら。」

 

 ふつうはそう思うよな。

 紫藤も、どちらかというと同意見のような気配。

 

「まあ、そうなんだが。ちょっと心配なだけなんだ。」

 

 まさか、未来の世界にわたって調布自身から話を聞いたんだよ!とか、言えないよな。

 紫藤なら、――わかってくれる。

 調布も、たぶんちゃんと順を追って話せばわかってくれると思うのだが。

 今ここで、言うべきか?

 

「そうだね。志野くんの勘は、意外に当たるから。」

 

 意外にも、紫藤が僕の肩を持ってくれた。

 ただ、かといって、できることはあまりない。

 だいたい、僕たちが騒いでも国領の保護者が動かないと警察も動かないだろうし。

 

 その後の相談で。

 今日、外泊許可がある僕は日蔭谷に泊めてもらい、国領がちゃんと来るのを確認する。

 調布には、自宅で国領や国領の保護者からの連絡を仲介してもらう。

 紫藤姉弟も今日は帰るが、明日、場合によっては捜査に協力してもらう。

 ということになった。

 

「今日は仕方ないよ。明日の朝になって、ハルカちゃん家(ち)にかけてみて。

 もしまだ行方不明だったら、みんなで捜そうよ。」

 

 紫藤弟が、木を組み合わせたアスレチックに上るたっくんをぎこちなくフォローしているのを見ながら、紫藤が提案する。

 

 ちょっと迷惑かもしれないが、朝イチ、7時すぎくらいに聞いてみる。

 戻ってない時は、紫藤の言うようにみんなで探す。

 もちろん、国領の保護者にも強く促して、警察に捜索してもらうべきだ。

 そんな事態になれば。紫藤も調布も外泊許可を取る。見つかるまで、夜を徹してでも探す。

 そういうことになった。

 要は、明日にしよう、ってしてしまったんだ。

 

 ─────

 

 ひとまず方針が決まると、なんとなく杞憂なんじゃないか、僕の考えすぎなんじゃないかという気もしてきて。

 僕たちはひとしきり公園でたっくんといっしょに遊んだ後、日蔭谷の家に戻り。

 3時のおやつに、紫藤が持ってきてくれたスイカのおすそ分けをみんなで食べる。

 

 縁側から種を飛ばすのは、やっぱり定番だよね。

 外見はクールな美少年である紫藤弟がこういうときに張り切ってるのは、いかにも中二という感じでほほえましいな。

 たっくんは種だけじゃなくて実まで噴出しているけど。うん、よろしくないな。

 

 5時前に、まだ早いけど調布と紫藤姉弟は自宅に戻ることになり。

 僕は、日蔭谷に泊めてもらうことにした。

 話をどう理解したのか、たっくんが興奮している。

 どうも、夜も僕にお馬さんをしてもらったりして遊ぶ計画らしい。

 でもな。結構昼間いじくりまわしたから、たっくんは眠いんだ。

 もう目が結構とろんとしてる。基本、機嫌はいいんだけど、体力が続かなくてむずかりだしてる。

 早めに風呂に入れて、寝かせるべきだな。

 ナギさんマコトさんと顔を見合わせて、くすりと笑った。

 

 日蔭谷に泊まることにはしたが、僕はいったん家に帰ることにした。

 着替えとかも要るし。親には一応報告しておかなきゃね。

 

 それに。

 紫藤たちといたときには、そんなに不安は強くはなかったのだけれど。

 だんだんと気を紛らわせることができる仲間である、紫藤や調布がいなくなると。

 不安な気持ちが、強くなってくるんだ。

 

 もし、これが未来の調布が教えてくれた、国領の死亡イベントだとすると。

 明日の朝なんて、待てない。今すぐ動いた方がいいのではないか。

 そのために、夜も行動できるように準備したい。

 飯場にもう一度忍び込むことになるか?

 飯場の警戒度合いは、きっと上がってるだろう。

 調布という頼りになる相棒もいない。ハードモードかもしれない。

 犬に食わせるハンバーグもない。

 やっぱり今からでも調布に懸念を伝えて、無理してでも来てもらうべきか?

 だが、国領からの連絡が入る可能性も考えなければ。

 一応、調布には夜、連絡するかもと伝えてある。

 

 僕は、ナギさんたちに。

 

 日蔭谷に泊まるといったけど、本当は国領を捜しに行きたい。

 日蔭谷には、いつ戻るかちょっとわからない、朝になるかもしれない。

 

 そう、説明した。

 

 ナギさんたちも、ちょっと驚いていたけど了承。

 夜でも朝方でも、こっそり入って寝ててもらって構いません、下の座敷のところに2人分(国領がもし見つかった場合)、床を延べておきます、とナギさんは言ってくれた。

(ちなみに日蔭谷の家のカギは、もちろん僕も持ってる。)

 ありがたい。

 

 ─────

 

 僕は5時過ぎに家にいったん帰り。

 外泊することにしたから、と親に告げて、着替えとか必要そうな物品とかを一応用意する。

 家を出て、自転車の上で迷って。

 僕は行き先を、学校に変える。

 

 もう一度だけ、未来の世界で確かめたいと思ったんだ。

 それで情報が取れれば、その方が早い。

 もし、あの未来の調布とまた通信がつながるのなら。

 同じ世界で、電話を取ってくれた調布が同じ世界線の調布なら、今度はもっとちゃんとした情報が得られるかもしれない。

 そう思ったんだ。

 

 しかし。

 うまくはいかないものだ。

 土曜日で授業もないが、部活は一応やってるところもある。吹奏楽とかだな。

 だから、学校に潜り込むこと自体は容易だった。

 失敗したのは、鏡に入り込むことだ。

 

 多分、月が出ていないせいだ。それとも、夜じゃないせいか。

 あるいは、この小さな頭蓋骨、もうエネルギー切れ(?)なのか。

 

 とにかく、小さな頭骨を携えて旧校舎のあの鏡に向かっても。

 そして、超感覚を励起しても。

 緑の炎は感じられず、鏡も僕に入らせてくれない。

 鏡は、普通のつるつるしたガラス面のまま。

 人も通りかかる。しばらくして、僕は断念した。

 

 月がないせいだとしたら。

 月の出は、おそらく今日は夜中の1時過ぎになってしまう。

 それまで待っとくのも一つの手だが、時間が惜しい。

 ともかく、一度、あの開かずの間に戻ることにした。

 

 開かずの間で、少しだけ窓を開き、風を通す。

 もう6時くらいだろうか。僕もいったんは下校した方がいいのかもしれない。

 自転車は、少なくとも学校の駐輪場から出しとかないとな。

 そう思いつつ、思わず。

 疲れた体はソファの誘惑に勝てず、ぐでっと横たわって目を閉じる。

 

 ─────

 

 夢をみた。

 なんだか、僕の過去や(おそらくは)未来の場面の切れ端をいろいろとつなぎ合わせた映像を、第三者として見続けているような夢。

 僕は、これが夢だと半分気付いてる。半覚醒夢とでもいうのだろうか?

 

 小学校のころの僕が、捕虫網を構えてそっと大きな蛾に近づこうとしていた。

 暑く乾いた草原から、暗い広葉樹林に入ったところ。

 蛾は木に止まり、目玉みたいな模様を示してる。

 こんなこともあったな。3年生くらいだっただろうか?

 友達もあまりいない時期で、一人で昆虫採集ばっかりしてたな。

 

 あ。

 クソヤンキーに因縁つけられ、決闘を強要されたときのシーン。中三の頃だったっけ?

 思い出すたび、腹が立つ記憶。

 最初はボロクソ蹴られて殴られたけど。とにかく耐えて近づいて脚を掴まえて地面に引きずり込んで、貼りついて、噛み付いて、耳たぶをかじってやった。

 相手は最初余裕、とか言ってたのにな、悲鳴上げてたっけ。

 周りの立会人(と称するヤンキーの仲間たち、要はショーの観客だ)から僕はさんざん怒号を受け、蹴りまくられたけど。

 先生が来るまで絶対に放さず、強く強く噛みついてやった。血が出て、口の中には鉄さびの味。

 誰かが気づいて、先生、呼んでくれたんだっけ。

 先生たち、慌ててたな。なんでこんなことした!って言われたな。

 じゃれあいですよ。先生たちもそう言ってたでしょう?と言い返して、そのときだけはスカッとしたけど。

 なんで賠償とかの話にならなかったんだろう。相手の親がネグレクトだったからかな。不良の面子で、決闘だってことにしたかったのかな。

 もし訴えられたら訴え返してやるって思ってたけど、今思うと親が菓子折り持って謝ってくれてたのかな。

 だとしたら、とんだ中二病の若造の滑稽な粋がりかもしれないけど。

 だけど、今でも同じ状況なら同じことしてやる。今度は耳、全部かじり取る。

 

 

 次。これはなんだ、40歳すぎくらいの僕だろうか?

 ちょっぴり白髪もみえる、くたびれたおじさんになった僕と。

 今よりちょっと背も伸びて体つきも丸く女性らしくなった、まだ若く美しくみえる紫藤。

 何かを話しながら、おしゃれなレストランの窓際の席で赤ワインを傾けている。

 外国の古都の一角?夕陽が美しい。

 日本じゃないみたいだ。すごいスケールの大河がみえる。

 

 

 別の場面。血まみれの犯行現場のような廃屋の一室。

 僕が愕然と、切り刻まれた誰かの死体を見つめている。

 僕は今とあまり年齢は変わらない、服も学生服だ。

 僕の後ろに、不吉な影が忍び寄る。

 おい僕、早く気づけよ。殺されるぞ。

 その後のシーンを見ることなく、また場面が変わった。

 

 

 次。地下のパーティ会場。

 いや、場所が地下というより、地下パーティだ。みな仮面を付けてる。

 僕も、マスクオブゾロみたいな目元を隠すシンプルなマスクを着け。

 やはりどこか淫靡なドミノマスクを付け、体の線があらわな、妖艶なドレスを着た調布をエスコートしてる。

 何かのミッションがあるんだな、僕は少し緊張してるみたいだ。

 いや、調布の背中に手を沿わしてるから、単にそのせいかな?

 調布が僕の緊張っぷりを揶揄するように、顔に笑みを浮かべて見上げて何かささやきかけた。

 大丈夫よ、あたしに任せときなさい!とかかな。

 僕もぎこちなく笑い返してる、みたいだ。

 

 

 脈絡のない場面場面の連鎖が、まだまだ続く。

 僕は気づく、というより直観する。

 過去の映像は、身に覚えがある。

 記憶にないのもあるが、忘れてるだけと説明がつくものがほとんど。

 未来の映像、これは当然身に覚えがない。それらは、いわば可能性。

 これから実現するかもしれない可能性の束だ。

 現実には、生じないかもしれない、だけどあり得る可能性。

 ただ、これまで見た、それらのシーンの中に。

 

 国領の姿が、ない。

 

 僕は目を皿のようにして、うつろいゆく場面、場面の中にその姿を探す。

 半ば祈る気持ちで。

 

 見つけた。

 いや、でもこれはあんまりだ。

 

 白い大きな皿の上に、肘の少し先で切り取られた、2つの美しい白い手。

 ソースで皿に瀟洒な模様が描かれ、丁寧に刻まれた付け合せまで。

 その手が、記憶の中の国領の手と一致。

 

 違う、もっとマシな可能性を!

 

 再び、あの地下パーティの会場。

 シンプルな薄いノースリーブのワンピース姿の、怯えた様子の国領。

 その頸に巻かれた奴隷の首輪。首輪のチェーンはあぶらぎった、酷薄そうな禿頭の小男の手に。

 それを見て取った、目元をマスクで隠した僕と調布が視線を交わす。見つけたぞ、ええ、という感じ。

 さっきの地下パーティーのシーンの前後の場面だと思う。やっぱり国領救出ミッションなのかもしれない。

 

 これもろくでもない。しかし、希望はある。

 

 巻き戻し、などという繊細な操作はできない。

 しかし僕がこの可能性ある場面に関心を向けると、おそらくはその場面と関連性ある世界線の映像が多く流れはじめる。

 もっとも、ほとんどはまるで参考にならない無意味な場面。

 マックで注文後の受け取り待ちシーンとか、遅刻して先生に注意されてるシーンとか。

 しかし、───なんだ、こりゃ。

 

 僕の映像だ。

 この部屋にいる僕を俯瞰してみてる。

 映像の中の僕は、ソファから立ち上がり。

 ずっと前、仮部室でピザをみんなで食べたときに残ったメープルシロップとオリーブオイルのミニプラボトル。

 もったいないから僕がガメて、この開かずの間でメープルシロップの方を紫藤の胸に塗り塗りして舐め取った、あれだ。

 あのとき以来、ここに置き忘れてたのを映像の中の僕はポケットに入れ。

 つぎに、本棚の小さな頭蓋骨。

 電池切れ(?)かもしれない、小さな頭骨をタオルにくるみ、リュックに放り込んで。

 あっさりと部屋を出て行った。

 

「?」

 

 この一幕、あまりに訳が分からなくて、僕は意識を浮上させてしまったのだろう。

 いわば傍観者のトランスみたいなものが、破れ。

 その奇妙な午睡から、目が覚めてしまった。

 

 この最後のシーンで見た、僕の行動。

 さっぱり訳が分からない。

 もちろんただの夢で、現実と関連性がある保証は、全くない。所詮は夢の断片かもしれない。

 まあ、メープルシロップとオリーブオイルはここに置いてたら忘れちゃうかもしれないし(っていうか流しの縁に置いたまま、半分忘れてた)、持ち帰ろうか。

 今でなくてもいい気はするが、そう言ってたらいつまでも残っちゃう。

 

 頭骨はなんでだろう。電池切れかもしれないが、使う可能性があるのか?

 まあいいや、持っていくか。

 この頭骨を持っていくことが、何かの形であの国領がちゃんと生き延びてる未来につながるのだろうか。

 

 わからないが、今は少しでもその確率を上げたい。藁にすがりたいんだ。

 あの地下パーティでの国領は、今より少し成長して見えた。僕も。調布はあまり変わってみえなかったな。

 つまり、この今の危機を切り抜けたってことだ(いや、本当は危機でもなんでもなくて、国領は今ごろどこかでアイス食ってくつろいでるのかもしれないけどさ)。

 でも、気休めみたいなジンクスだとしても、今はそれにすら頼りたい。

 

 こうして。

 すごく頼りない神託を得た僕は、慌てて6時半の下校チャイムに間に合わせようと。

 2つのプラのミニボトルをポケットに突っ込み。

 タオルに包んだ頭骨をリュックに入れて持ち。

 音を立てないように気を付けながら、部屋を出て行った。

 

 

 そんな怪しい夢、まともに信じて行動していいのか?という疑問は。

 そのときの僕の寝起きでぼんやりしてた脳には、浮かばなかった。

 この夢が、何ものかの悪意によるものかもしれない、という可能性も。

 

 ─────

 

 本当は私服で学校に来てはいけないらしい。

 まあ、たいていの先生は地味な服装なら何も言わないし、実際には休みの日にはときどき私服で来てる人いるけど。

 だから僕はコソコソと校舎を出て、駐輪場の自転車を出し。

 飯場の方向に向かった。

 さすがに今日も動き詰めで、疲れてる。いつもの国道を遡上する速度は、いつもよりかなり遅かったかもしれない。

 途中で、乾きと空腹に耐えかねてスーパーで飲み物とおにぎりと甘いパン(アーモ○ドカステラ)を買い足し。

 近くの公園でがっつき、また30分ほど小休息をとってから(期待していたが、今回は何も示唆的な夢は見ることができなかった)、再起動する。

 しかし、時間をかなり使ってしまったな。8時すぎくらい。

 最後のカラスが山に帰っていく。暗くなるまで遊んでた、元気な小学生と思しきガキどもも、もういない。

 残照が赤かったな。明日は雨かもしれない。

 そして僕は。

 もしかすると全く当て外れで空回りかもしれない、そして仮に当て外れでなくても見当があってるのか、あっててもいつ帰れるかもわからない無謀な殴り込みに、たった一人で行くわけだ。

 なんかすごく心がさみしくなってきた。

 敗残兵みたいな気分。

 

 ─────

 

 それからおそらく1時間少しくらい経って。

 あの飯場の近くまで来ていた僕は。

 自転車をくさむらの陰に隠し、そっとターゲットのそばににじり寄り、じっと耳をすましていた。

 

 ここは、例の道路をふさぐゲートのそば。

 飯場の入り口のゲートじゃなくて、飯場に来る途中に、立ち入り制限区域を示す趣旨で(?)2か所ほど道路にゲートが作られてる、って言ったじゃん。あのゲート。

 そのゲートに、幌付きの軽トラが止められてた。

 そして降りた二人組が、タバコ吸いながら会話してる。

 飯場の奴らだ。

 

 最初は、すぐ通過するのかと思って遠くで待ってた。

 でも、5分経っても動かない。

 それでしびれを切らした僕は自転車を隠し、こうしてにじり寄ってきて立ち聞きを試みてるというわけだ。

 超感覚さんも稼働し、盗み聞き、スタート。

 しばらくは大した話もしてなかった、のだが。

 

 ──それにしても。このおつかい、なんなんスかね?

 

 ──しかたないだろ。例の気狂いトカゲ関係だとさ。

 

 ──気狂いトカゲ?ああ、竜神教っすか。はあ。

 なんであんな女子供ばっかりのとこ、手を焼いてるんすか?

 

 ──いや、アソコはやべーからな!?絶対怒らすなよ?絶対手を出すなよ?

 怒らせないでうまく付き合っていくぶんには、こちらにも利がある話なんだ。

 だから、このくらいのお願い、聞いてやっていいんだ。

 めんどいけどな?

 

 ──そうっスか。すんません。気を付けます。

 いや、気になったんスよ。

 丈夫な大型段ボール箱、大型ビニール袋、ドライアイス、ねぇ──。

 まあこの時間からでも自分が無理いえば、もらえるトコありますが。

 ドライアイスはできればすぐほしい、朝方までに少しでも、って。

 明日は、もっとも多くほしい、って。まあ、一度で済ませたいっスよね。

 自分、気づいちゃったっスよ。

 これ、もしかすると。

 仏さんなんスかね?

 夏場だから、すぐほしい、っていう。

 

 ──ああ、俺はしらん。しらんが。

 おめぇさんの言うとおりだ。オロクが出たか、したんだろう。

 結構な年寄りも、いるみたいだしな。

 

 ──葬式はどうやるんでしょうね。

 竜神教式って、あるんスかね。それとも、葬式だけはなんまんだぶなんスかね。

 

 ──ははっ、そうだな。

 どうやってるんだろうな。

 

 

 なんか、そういう会話。

 立ち聞きしはじめた最初の方は、誰かの噂話とか、パチンコの話とかで。

 何のんきに話してるんだ、早く開けて通って行けよ。と思ってたけど。

 今の部分、気になる。

 ドライアイス。死体。段ボール箱。ビニール袋。

 

 ――竜神の団体(そっち)か。

 うかつだった。国領が捕まったのはそっち(竜神教)の可能性、あるのか。

 

 そもそも慎重な紫藤ですら、国領の変装は大丈夫って言ったし。

 飯場の組織が国領をそれと分かってつかまえられる、みたいな可能性は高くないのかもな。

 こいつらが下っ端かどうか知らないが、年長の方の男はかなりの事情通みたいに思えた。

 それでも国領をつかまえた、みたいなことは全く話題になってない。

 国領を拉致した組織があったとしても、それは飯場じゃないんだろう。

(まあ繰り返すように、すべてが杞憂で、国領が単にどっかで油売ってるだけかもしれない。そうだとしたら、僕は国領に激怒しつつも、すごく安心して神に感謝するだろう。)

 それどころか。

 

 

 ──それにしても、あの先々週のアレ。

 ほんとに手がかり、ねぇんすかねぇ。

 なんか飯場の雰囲気が雰囲気なんで。コエーんスよ。

 オレ、こーゆーこと話せるの、マジ、タモさんしかいないっスよ。

 

 ──いや、本当にねぇらしいよ。このまえ本部の◇◇さんも愚痴ってた。大変だったぜ!

 何より、目的がわからねぇ。

 だからよ、お上はよ。うたがってんのよ。疑心暗鬼ってやつだ。

 やっぱり隠してたあの、ヤバい毒物とかオロクとかさ。暴き立てるのが目的じゃなかったのかって。

 つまりだ。

 裏切り者がやったんじゃねぇか、ってな。

 な、悪いことは言わねえ。お前も、立ち回り注意しといたほうがいい。

 ちょっと理由づけて、しばらくは付き合いもわざと悪くしな。

 たとえばだ。●○さんとかに誘われても、ホイホイ町に行くなよ。

 

 ──なんスか、怖いっス、ぶるぶるですわ。

 あざっス。そーしときまっス。

 で、先輩。別の話、いいっスか。

 今日から新しくきた女。ちょい質落ちてません?

 前のあの人、良かったのに。ハコヤちゃんでしたっけ。

 オレ、いなくなる前にもうちょっと給料つぎ込んで、抱いとくんでしたわ。

 

 ──はは、そう思うだろ?

 でも、ありゃ前が良すぎた。

 人気すぎていじめられてたんだろ?前の子。打(ぶ)たれた痕、いっぱいあったってな。

 俺?俺はヤってねぇけどな。ほらテレクラで、ピッと。

 おめぇさんも、こんどやってみっか?テレクラ。まあピンキリだけどな。

 ただな、ありゃあもう生きてないんじゃねえかって。いや、そのハコヤ嬢な。これは噂よ?

 派遣元の組織、全然逃げたの気にしてないって。死んだことに自信、あるんだろ。

 さあ、やり口は知らねぇ。俺も怖ぇよ、あんまり知っていいことじゃねぇ。

 えげつないやり口が、きっとあるんだろうよ。やっぱりクスリかな、って俺は思うがな。

 それに。

 今来てる子だがよ。他と比べりゃ、今の子も相当ハイレベルよ?

 他だと、タダだけどすげぇ病気持ちとか、そーとーなこれ(※そういって、何か手真似をしてみせてたが、僕の潜む位置からは見えなかった。爆発の手振りとか?)とかが回されてくるらしいぜ。

 その点、あの組織から送られてくる子たちはだな、──(熱弁)

 ああ、ちょっと長くなっちまったな。悪い悪い。

 少し、抜けてきたか。行くか?

 全く、もうちょっと早く言っててくれればな、飲む前によ。

 サツに検問とか、よくある話だからな。

 まあ年末でもねーし、今日は大丈夫と思うけどな、

 

 

 そんな会話がなされていた。

 そして30分ほども、経って。

 どうやら酔い覚ましにしばらく道のわきの丸太で煙草を吸って食っちゃべってた男たちは。

 さて、行くか!といい、ゲートを開け、通って町の方向に走り去って行った。

 

 僕もそのテールランプを見送ってから、真っ暗になってしまった草むらのススキを押し分け、苦労して自分の自転車に戻り。

 自転車を道路に引きずり出し、また走り始める。

 飯場ではなく、川の上流の神社側に新しい方向を定めて。

 走りながら、今の会話から得た情報を反芻する。

 都合よく、いくつかの情報が手に入った。

 

 まず、最重要情報。

 国領ハルカの身元を抑えてるのは、飯場ではないようだ。

 未確定だが、──竜神様の団体の可能性がある。

 竜神様の団体(そっち)をまず当たろう。

 

 ドライアイス、今日必要ということは。

 もしかすると国領は既に?

 そう思うと、ぎゅうっと体の芯が冷えるような気がする。

 なんだかんだ言って、僕は身近の親しい人に死なれた経験は、あまりない。

 あの昨日まで、あんなに生意気に笑ったり怒ったりしてた国領が死んでしまってたら。

 僕は自分の間抜けさを許せないかもしれない。未来の調布からヒントまでもらっておいて。

 

 ──いや、まだ大丈夫と信じよう。今はとにかく、急がねば。

 ドライアイスは見込みで発注したんだ。そう信じよう。

 でもな。

 見込みだとしても、明日は死体に変わってる可能性が高い、──ってことだよな。

 やっぱり、今日動くのは正解ということか。

 空振りでもいいんだ。いや、空振りだといいな。

 僕の勘違いで。

 ドライアイスは、竜神様のところのおばあさんがお亡くなりになったためだった、とか。

 すでに日蔭谷には、国領が着いてて、僕の慌てっぷりをナギさんマコトさんと笑ってる、とか。

 そうだったらいいのにな。

 

 次に、飯場側は、襲撃の実行者たちがだれか分かっていない。身内を疑ってるレベル。

 こちらも引き続き油断はしちゃだめだけど、基本は今のままで大丈夫ということだな。

 これは、調布や僕たちには朗報だ。

 まぎれて逃げ出したと思われてる限りは、ナギさんたちにもプラスだろう。

 何より、ナギさんの元の所属組織は、ナギさんが死んだと思ってるみたいだ。

 クスリどうこうは、ちょっと確かめてみないといけないな。やっぱり健康診断だな。

 

 最後に、やっぱりナギさんのサービスは良かったらしい。そうだよな、当然っすよ。

 あの事情通の男が未経験だというのは、タイプじゃなかったのか、金がなかったのか、テレクラでの早取りテクを持ってるってことか。

 テレクラって、そんなに打率いいのか?サクラがほとんど、みたいなことを聞いたけど。

 いや、これは今はどうでもいいことだ。

 

 結構本気で自転車を走らせ、あれから15分くらいであの団体の領域をかすめる地点に到達。

 自転車を道の脇に隠そう。──ん?

 僕が自転車を隠そうとした場所。

 道路がふくらんで対向車を通せる部分だ。いわゆる待避所(僕の地方では、離合場所って呼んでた)。

 その物陰の草むらにほど近く、半分ロードバイク、半分マウンテンバイクみたいな自転車が先に置いてあった。

 フレームはミキストフレーム。

 つまり、女の子の自転車の可能性が高い。

 

 暗い中、取り出したペンライトで所有者を確認する。

 前輪泥除けに、貼られた住所シール。

(このころの多賀島、まだ個人情報とか敏感じゃなくて、平気で電話番号とか書いてあった。)

 「布田」って書いてあるけど、これ、国領の実家だよな。

 

 間違いない。

 僕は正解を引き当てつつある。国領はここに来た、そしてこの近くにいる。

 おそらく、竜神教の本拠地に。

 こともあろうに、絶対僕が手を出すまいって思ってたヤバいものの中に、あいつ飛び込みやがったんだ。 

 

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