※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 細かい部分、後で修正します。


137 王国は常に爾の胸に(13)(志)竜神の娘

 

 細い獣道をたどる。

 気を付けては、いるのだが。

 がさり、と枯葉を踏みしめ。

 ぱきり、と枯れ枝を踏み抜き。

 結構な物音を立ててしまう。

 

 やばいな。

 こっちにも、もしかすると見張りとかがいるのかな。

 これだったら、あの一応は正面通りみたいな、広い道幅の山道を行けばよかったか。

 あれが、あの集落への本道なんだろう。

 見張りを警戒した僕が今たどってるのは、けもの道の方だ。

 

 後悔しながらも、進んでいく。

 月はまだ出ていない、星明り以外はない、深い闇。

 超感覚は起動させて、赤外線アイみたいな視界になっているが、怖い。

 ときどき、何か小動物を怖がらせたんだろう。ガサガサガサって逃げていく音とか。

 フクロウがいきなり啼く声がしたり。

 怖い。

 もともと僕怖がりなんだよ。小学生に上がるくらいまでは、親にトイレについてきてもらってたよ。

 

 やがて、前方に開けた土地があることが分かる。

 木々が途切れていて、空が広い。

 さて、あのくぼ地だな、と思い。

 道をふさぐ枯れ枝もない、急ごう、と思ったときに、それが来た。

 

 殺気。

 

 竦みあがりそうな殺気だ。

 

 とっさに、斜め前方にびゅっと体を投げ出して。

 頭のすぐ横を何かが擦過していくのを感じながら、ろくに確認もせずに数メートル走り、向き直る。

 背中側、僕のさっきいたところに、シュタッ、と擬音が付きそうなくらいにカッコよく。

 頭を手拭いの頭巾で覆い、顔の下半分を覆面で隠した姿が、降り立っていた。

 時代錯誤だが、和服を着てるみたいに見える。

 ちゃんとした美麗な和服って感じじゃなく、作務衣みたいな奴ね。

 服装は忍者ってわけじゃないけど、たたずまいが忍者っぽい。

 右手には、逆手に持った長めの包丁。

 

「!」

 

 ただ、相手も僕が躱したことに驚いているようだ。

 逃げよう。うん、忍者強くて怖い。僕弱くて怖がり。

 僕は前方にダッシュする。あのくぼ地へ。

 くぼ地は、周りの地面より5メートルくらいは窪んでて、崖になってる。

 建物で言えば、2階建ての建物の2階の屋根くらい。

 落ち方が悪ければ、余裕で死んだり半身不随になったりする高さだ。

 しかもだ、くぼ地の底は草の海。何があるか、よくわからない。

 

 でも、逆にいえばこの後ろの忍者(?)もすぐには飛び降りるなんてことはしないのでは。

 蛮勇を振るって、崖の縁で踏み切って、空中に跳び出す。

 落ちたところに、逆茂木でもあったらぶっすりいくし。

 石ころとか大きなでこぼこがあったら、足挫いてエンドだよな。

 しまった、やっぱり着実に降りるべきだったか?

 

 跳んでから後悔したが。

 幸いにも、かなりの衝撃があったもののなんとか膝で殺して着地でき。

 僕はくぼ地の前方の広い空間にダッシュする。

 忍者は?

 

 ――クソッ、チートかよ。

 

 忍者、普通についてきてる。

 斜面を普通に駆けおりたらしい。

 崖と言っても垂直じゃない。わずかな傾斜がある。

 そこをひよどり越えしたわけだ。

 

 10メートルくらい離れた位置にいる忍者が立ち止まり、包丁を持ち替えた右手を振り下ろす。

 暗闇の中を何かが飛来。

 直感で頭を傾ける。ぴゅん、と耳元を何か掠めた。

 手裏剣かよ!?

 

 忍者は、これにも驚いているように思えた。

 

「これを躱すか。

 ――そなた、何者だ?」

 

 初めて相手が、言葉を発した。

 低い声だが、女だ。

 赤外線アイで見える相手の体つきも、女のものらしく思える。

 くのいち?

 決然とした、よく響く声。腹式呼吸で出してる声だ。

 

「―――」

 

 答えない。答えようがない。

 こちらも、懐から何かを取り出し、それっぽく投げるふりをしてみせる。

 向こうが警戒する姿勢を取ったところで、ばっと振り向いて走り出す。

 

 足の速さは、僕の方が早いんじゃないか?

 そう思ったんだ。

 僕は別にクラスで一番とかいうわけじゃない。真ん中より少し早い程度。

 それでも、まあまあ早い方だと思うし、動きにくい和服なんぞ来てる相手よりは早いだろう。

 そう思ったんだ。

 

 しかし、後ろを向いて後悔した。

 わずかに追いつかれてきてる!

 しかも相手の足元、はっきりは見えないが草履のようにみえる!

 

 和服で、草履で、女の人に、全力で走った僕が追い詰められてきてるんだ。

 プライド、ズタズタっすよ。

 いや、っていうか。

 このままじゃ僕が物理的にズタズタっすよ。

 

 だってほら、この女の人、手に持ってるじゃん!

 刃渡り長めの、尖った形状の包丁を!牛刀か何かだよ!

 

 方向転換を図る。

 さすがに草履での方向転換は難しいのか。

 一瞬の間を稼げた。

 

 しかし。

 

 数回は通用したが、そのうち相手は飲み込んだらしい。

 直線のスピードは、信じがたいことに僕よりこの包丁女が早い。

 だから、あまり猪突しないで僕を追い詰める方向に舵を切ったんだ。

 また、僕が方向転換しても、そのまま走って回り込んでくるという手も使い始めた。

 その結果。

 僕はだんだんと、追い込まれていく。

 

「答えよ。」

 

 僕の背面には、僕の赤外線アイでもあまり見通せない闇を湛えた、絶壁に穿たれた洞窟。

 そこに、相手は僕を巧みに追い込んでいる。

 まずいな。相手の思うつぼだ。

 

「盗人よ。

 おとなしく捕まり、苦しまずに逝き、手厚く葬られるか。

 それとも、このまま肺腑を焼き尽くすまで駆け比べし、手の届く範囲から寸刻みにされ、力尽きて捕らえられ、錆びた鋸を存分に味わい、豚の餌となるか。」

 

 怖!

 なにこのう○こ味カレーとカレー味う○こ。

 相手も息を弾ませている。超人ではないんだな。

 でも、その声にはわずかな愉悦の響き。

 優勢を確信した様子が、その口調から感じられる。

 クソッ。こっちはヘロヘロなんだ。

 

「盗人はそっちだ。返せ。」

 

 虚勢を張って、僕はそう言い返す。

 息が続かないので、短い言葉で。

 わずかな静止を利用して、必死で息を整える。

 

「ほう?面白いことを。」 

 

 相手は余裕を崩さず、しかし少し剣呑な響きを声に潜める。

 息も静まりかけている。こっちはまだなのに!

 こいつも、筋肉男と同じなんだ。

 基礎スペック自体、僕よりずっと高いんだな。

 

「何を盗んだというのだ?」

 

「ここに来たはずだ。あの子。

 お前たちが捕まえてるんだろう?」

 

「――」

 

 包丁女がふうっと息を吐いて、警戒態勢をさらに緩めた。

 もっとも、僕が逃げ出そうとすれば、すかさず飛び掛かれる感じではあるな。

 

「続けよ。」

 

「あの子を返してほしい。そしたら、そっちのことには踏み入らない。」

 

「返せぬ、といったら?」

 

「無理矢理にでも、返してもらう。」 

 

「ふむ。」

 

 女は、今まで軽く沈めていた体をすっと伸ばし。

 包丁を鞘らしいものに納め、帯に挟んだ。

 そして、頭を覆っていた頭巾、――いや、調理のときに使う三角巾みたいな奴だな、あれ、――をほどき、乱れた黒髪を悠々と結わえ直して見せる。

 意外に豊かな胸が赤外線アイの中で強調されて、思わずどぎまぎする。分身が身じろぎ。

 そういえば、作務衣の下の腰つき、かなり豊か。いい体をしている。

 それにしても節操なしだろ、この分身。

 ぼくは心の中で分身に苦言を呈しつつ、女の様子を窺う。

 今、女は隙だらけにみえる。今なら逃げられるんじゃないか?

 そうみえて、これは誘いの隙か?

 

「今は返せぬ、と言ったら?」

 

「後で返してもらえるのか?」

 

「後でならば、亡骸を渡そう。」

 

「ダメだ。生きたままで、無事なままで返せ。」

 

「――そうだな。」

 

 髪を結わえ直した女が、覆面を外した。

 鼻筋の通った顔が見えた。

 思いのほか、若く美しい女だ。

 思わず目が吸い寄せられる。

 

「だがあの娘は、見てはならぬものを見た。それゆえ、『試し』を受けておる。」

 

「『試し』?」

 

「そしてそなたは、それを止めろと言いたいのか?」

 

 女はこっちの疑問に答えず、ついっと近づいてくる。まずい。

 こっちが一歩下がる間に、向こうは無造作に3歩詰めてくる。

 武器らしいものは持っていないが、でも、――

 

 話すか、逃げるか、スプレーか何かで反撃か。考えがまとまらないうちに。

 女は、3、4メートルくらい。

 赤外線アイなしでも、ぼんやりその白い顔が見える程度にまで近づいてきた。

 星明かりの下で、女の目が見える。じっとこちらをまたたきもせず、見つめている。

 その目に、違和感を感じる。普通の人間の目のような感じじゃない、――?

 

「動くな。」

 

 目線が合った。そう感じたとき、女がそう呟く。

 同時に、僕の体は金縛りのように、全く動くことができなくなってしまう。

 むりやり縛られてる感じじゃ、ないんだ。

 なんか動かし方を忘れたよう。

 目は動くんだけど、目しか動かない。体の主要な随意筋が動かない。

 

 まずい、下手すると、立つためのバランス取れず倒れるぞ僕。ぱたん、って。

 っていうか。それより早く。

 女が、一度しまいこんだ包丁をおもむろに取り出している。

 僕から目を離さず、包丁の刃と峰を悠々と確かめ。

 僕が動けないことを確信しているように、2歩くらいの距離まで近づき。

 振りかぶる。

 まずいまずいまずい。斬首コースだ!

 

 悠然と降りあげられる包丁の軌跡を、油汗の思いで目で追う僕。

 振りかぶったときの胸のふくらみに、油断なく反応する僕の分身。

 たしかに、和装の胸の合わせ目が少し緩んでて、白いV字の肌の切れ込みが見えて、それはそれで、――

 僕の分身は、こんなときだというのに喜んでむくむくと身じろぎし。

 その結果、僕の体は動き方を思い出し。

 ぱちん、と呪縛が解けた。

 

 ぴゅん、と牛刀が空をきる。

 

「!」

 

 金縛りの解けた僕は、すんでのところで刃を躱し。

 みっともなく突っ伏し、跳ね起き、また走り始めていた。

 こんなところにいられるか!僕は、逃げるぞ!

 とにかく女から遠い方向へ!

 

「待て!そなた!

 かの言い伝えの、勇士か!?」

 

 後ろから、牛刀イカレ女の声。 

 知るかよ!なんだ、勇士?勇者のことか?

 ドラ○エは好きだけど、あれはゲームの中だからいいんだ!

 

 しかし。

 無情にも僕は逃げる方向を間違えた。

 気になって、女の牛刀から横目を離さず走り出してしまったのが敗因だろう。

 だって投げつけられてぐっさり刺さったら、死んじゃうじゃん。

 

 足元の感触が変わったのに気付いて、顔を上げると、あの洞窟の入り口。

 しまった、逃げたつもりが追い込まれてしまった!

 

「勇士なれば、そなたにも『試し』を認めよう!そなたもその気らしいしな!」

 

「」

 

 知るかよそんなこと!って答えたいが。

 せっかく相手は何か勘違いしてくれてるし。問答無用でサックリ、っていう感じじゃなくなった。

 知らん、って言ったら。

 違うのか、ならば良い。サクッ。みたいになりそうだしな。

 かといってあからさまに危険そうな洞窟内部に踏み込むのはためらわれる。

 また僕は体を女に斜対させ、目の端で逃げ道を探るが。

 逃げ道を見いだせず、じりじりと追い詰められていく。

 

「聞け。あの娘は、『竜神の試し』に向かうておる。」

 

「ハルカ、か?」

 

 あの娘、って国領だよな?これで勘違ったら大変なことだが。

 国領という名はあまりありふれたなものではない。相手に余計な情報は与えるべきでないだろう。

 だから下の名前をとっさに使った。

 

「そうだ、国領ハルカ。あれは、良き娘だ。」

 

 女は妙にしんみりと、そういう。

 名前を知ってる。話したのか。

 まあ話せばわかる。良い奴だよな。

 

「そなた、あの娘の縁の者かとは思うたが。」

 

 うんうん、と納得したように頷いてる。何に納得してるんだ。

 

「匂いが違うと思っていた。だから家族の頼んだ探偵か何かであろうかと思ったが。

 ――なるほど、その呼び方。

 許嫁だな?恋人が救いに来たのか。なるほど。」

 

 

 娘に恋人ができたのを知った、物わかりの良い母親みたいにしみじみしてる。

 いや、違うって。

 だけどどうもこの頭のイカれた包丁女の中では、僕は彼女のフィアンセ(笑)らしい。

 これ、違うって言ったら。

 なんかもう、すごくまずいことが起きる気がして言えない。

 ほら、すごいワンマンパワハラ上司が明らかに間違ったこと言っても、部下は何も言えないじゃん。

 あれと一緒。

 だって、こいつ牛刀という物理パワー持ってるし。怖いし。

 

「その体術、大いに誇ってよし!

 その勇気も、勇士というにふさわしい。

 なれば二人で、『竜神の試し』を潜り抜けてみせよ。」

 

 あれ。結局そうなるのかよ!

 女は、牛刀を仕舞わず。

 ひらひらと振って、僕を追い詰めていく。

 いきなり首をぶち切るって感じじゃなくなったが、結局斬られるんだと同じじゃん。

 足元の傾斜が急に変わって、僕は焦る。

 あれ、すぐ後ろから、床がない?っていうか、縦穴がぽっかり開いてる?

 

「手に手を取りて、試練を経てまいれ。娘はその窖の先にいる。」

 

 クレイジーパワハラ女は勝手に納得してうんうんと頷きながら。

 ぐい、ぐい、と距離を詰めてくる。

 

「いよいよ、あの古き予言が、叶えられるときがきた!」

 

 あ、だめだ。

 竪穴の縁で微妙にバランスとってた僕だけど。

 女の圧力に無意識に距離を取ろうとして、僕はついに片脚が立てる限界のところに留まれず、ずるっと急斜面に沈むのを感じた。

 捕まることができるようなでっぱりは、ない。

 しかたない。

 僕は観念し、蛮勇を振るって。

 滑りゆく足で身を回転させ、自ら縦穴に走り込んだ。

 

 ―――――

 ―――――

(第三者視点)

 

 竜の目をした女は、男が自ら飛び込んでいった縦穴を見下ろす。

 縦穴の壁は正確には垂直ではないが、40~60度にも達する急傾斜の穴である。

 女は耳を澄ます。グシャ、という音は聞こえない。却って、何かが滑らかな表面を滑っていくような音が聞こえる。

 

 女の顔に、抑えきれぬ笑顔が一瞬、浮かぶ。

 

 あの男が、かの予言の勇士か。

 まあ、一見すると勇士とは思えぬ、地味な御仁であったから。

 性懲りもなく忍び込んできた盗人かと思い、うっかり殺そうとしてしまったではないか。

 

 そう、彼女は思う。

 

 この里には、古くから言い伝えがあった。

 いつか勇士がやってきて、贄を救い、竜神を解放すると。

 女は、竜神が本当の意味で意図して贄を殺したり苦しめたりしたことはない(生殖の失敗は別として)と知っていたので、この言い伝えは、竜神のことを良く知らず、単に生贄を食す悪しき存在と捉えた者らによるでっち上げと思っていたが。

 あるいは、そうではないのかもしれない。

 

 男の外見は、なるほど地味であり、まあ凡人の範囲。

 しかし、外見などどうでもよいのだ。

 闇夜の中、蛇のように生物の熱を感知できる女とも互角に渡り合える体術。

 竜神の力の一つである、体縛りの心術を跳ね返す、堅忍不抜の精神力。

 何よりも、想った女を命を賭けてここまで救いに来て。

 そして下も見とおせぬ闇の中、縦穴に自ら飛び込んでいく、その底知れぬ度胸!

 見事というほかはない。

 かあっと胸が、そして頬も熱くなるように、感じるのだ。

(どのようにして娘の所在を突き止めたのか聞き出しそびれたが、もはやどうでもいいことだと女は思っている。)

 

 

 あの娘も、――まだ生きているかはわからないが。

 あのような好青年にあそこまで想われるとは、女冥利に尽きるではないか。

 

 女は、戦前のことにて。

 青春らしい青春の思い出のなかった、半世紀前の自分を思い返し、わずかな感傷と、不思議な胸の高鳴りを覚えた。

 

 さて。

 もし試しが失敗だとしても、二人の亡骸は丁寧に洗い清めて、届けてやらねばな。

 そうだ!

 せめて相思相愛の二人の亡骸、一つ箱の中に詰めてやるか。

 生きている間は触れ合わなかった(彼らは童貞処女だと彼女は踏んでいた)ふたりの肌を。

 あの世へのはなむけとして、合わせてやるとしよう。

 考えてみると、ひどく背徳的にも思えるが。

 それくらいの報酬は、悲運の二人にあってもよいものだろう。

 

 「なんとかあいす」は足りるであろうか。朝までに少しでも寄越せと伝えたが。

 明日以降も、必要量を倍にせねばならぬか。

 まてよ。もし万が一、試練を経て生還したら――。

 そう手筈を案ずる女の頬は、また、わずかに上気してきつつあった。

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