タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
ぷしゅ、と気の抜けた音を立ててドアが閉まる。動き出そうとするバスの窓から見下ろすと、志野くんがわたしを見上げていた。
バスは発車していく。手を振ると、志野くんもぎこちなく笑って手を振ってくれた。
少し上気してしまった頬を抑えながら、思う。青春ドラマの一コマのようだ。どう考えても脇役なわたしたちには似つかわしくないはずなのだが。
そう思いながら、私はこの怒涛の1か月弱の学校生活を思い返していた。
ーーーーー
2年生に進級したときに、出席番号順でわたしの次だったのが志野くんだった。最初は、ごく普通の同級生と思っていた。背が高くて外見も悪くないし、落ち着いた感じがちょっといいなとは思ったけど、強い思い入れは全くなかった。それに、さっき集合のときに見てた感じでは、さとみんや胸の大きい鶴見さんに視線が行っていたし、ちんちくりんのわたしにはあまり関心はなさそうだ。それはそれでちょっともやっと来るものもあるけど、まあいい。心穏やかに1学期を過ごせる。
右となりの席は高木くんだ。同じ文芸部だけどイラスト部門。イラスト部門はイラストを描いたりもするみたいだけど、それ以外はテーブルトークRPGとかをやっている。わたしもファンタジー小説は好きなので、全く興味なくはないが、ちょっとメンバー的に入りづらい感じだ。高木君はそのなかでは話しやすい。メタルフレームの眼鏡をかけていて、口調がちょっと冷たくて皮肉っぽい感じだけど、悪い人ではないし、最初から女の子と話すのを嫌がっている他の男の子たちとは違ってそれなりに話ができる。
左側は宇都宮さん、これは中吉かも。前後の男の子と話してることが多くてわたしとは没交渉気味だけど、基本的には親切で公平だし、ハブってきたりはしない。
先生の退屈な話に飽きてきたころ、軽く自分の後ろの席の確認に軽く振り返る。茅ヶ崎くんはまあ、女の子には、そして男の子にも、関心なさげだ。一応、この中では初対面の志野くんにちらっと目をやる。一瞬、目があったと思ったとき、がくっと志野くんが肘を机から落とし、頭を揺らして机がガタっと音を立てた。うそ、目を開けたままで、寝てたのこの人?
先生から注意を受けた志野くんは、まるで駅前で見せしめ的マナー研修を受けている新人社員のように謝罪した。みんなが笑っている。私も笑ってしまった。意外にドジで面白いところのある人なのかもしれない。
さとみんもこちらにちょっと目線を向けた。さとみんは1年で同じクラスのわたしの盟友で、クラス分けの掲示を見て名前を見つけたときは、心から嬉しかった。男の子には興味がないっていうか、興味はあるけど男の子特有のナチュラルに女の子を下にみて威張ってくるところとかが大嫌いらしい。成績も体力も男の子に引けをとらないのに、何かと差別されてるって、すごく怒っていたっけ。男の人が少し怖いわたしと理由は違うが、盟友だと思っている。
自己紹介がはじまる。これは大事だ、耳を傾けて聞かねば。みんなすごくキラキラして笑いを取ったりしてうまいと思う。自分の番はいつもすごくドキドキするが、声も震えず裏返らず、地味に、無難に済んだ。
先生は何か英文を書き始めた。冒険と栄光かあ。栄光なんか手につかんで有名人になったら、その後の人生大変そうだ。でも冒険はしてみたいかな?最近、家でもいやなことが多いし。
ーー遠くに行きたい。ここではない、どこかへ。
ーーーーー
次の日から、私はなんとなく志野くんの視線を感じるようになった。プリントを手渡すために後ろに向き直ると、じっと見ていた目線を一度ぱっと外して、また今はじめて目を向けましたというように改めて視線を顔に当てる。いや、ばれてるから、それ。あんまりいやらしい感じはしないし、いつも紳士的なんだけど。
周りの人たちも、気づいてる人は気づいてる、ような気がする。幸いに机が後ろの方だし、後ろのこのあたりの席はたまたま男子が多いから、女の子どうしのやっかみを受けたりはまだしていない。でも、志野くんはクラスの中心という感じじゃないけど、落ち着いてて威張ったりうるさく付きまとってきたりしないし、基本親切なので意外に陰では人気があるのだ。このクラスはさとみんがいるから多分大丈夫だけど、気の強い女子に調子乗ってるって思われて目をつけられたりしたくない。その危険性には注意しなきゃ。
それと並行して、高木君がすこし反抗期っぽくなってきた。志野くんが私と話そうとすると邪魔してくる感じだったり、志野くんに邪慳に当たったりする。ちょっと中二の弟に似ている。こんな人じゃなかったと思ってたんだけどな。
さとみんのところに避難する。おおよしよしと頭を撫でられることもあれば、子猫のように首をがしっとつかまれてトイレに一緒に連行されることもある。いじわるなときもときどきあるけど、さとみんはわたしの味方だ。さとみんが男子だったら付き合ってもいいのに。というか今付き合ってるのか、わたしとさとみんは。友情だけど。友情?友情とは。愛情との違いは。
「ねえさとみん、異性間に友情は成立すると思う?」
「なによ唐突に。ーー同性間に愛情が成立することもあるんだから、異性間で友情が成立することもあるんじゃないかしら。」
「そうだよねっ!そういえば、わたしもさとみんの愛情をいつも感じてるよ!」
がしっと抱き着くと、暑苦しいわねと言いながらも、仕方なさそうに頭をかじかじと強めに撫でられた。
「はいはい、あたしもみなりの愛情を感じてるわ。今。」
でもまあ男女間の友情は続かないのよね、とさとみんが遠くを見るような感じで言った。目線が志野くんに向かっている。何を考えているかよくわからないが、さとみんはやっぱり大人っぽくてかっこいい。
ーーーーー
志野くんは、実は見た目の印象を裏切って、恋に一途で情熱的らしい。しかもその対象が、わたしだという噂がある。高木くんと体育のあとで口論になって、そこでわたしを幸せにする、とかぶち上げたとか。
そんなはずないんだけどなー。高木くんはバスケでボロ負けしてイライラして喧嘩になりかけた、その時に、紫藤の取り合いでの鞘当てと思われてしまったみたいだ、と言っていたらしい。そうだよね、どう考えても志野くんの勘違いだ。
それにしても。志野くんがわたしを?
あまり話したこともないはずなのに。
だいたいわたしを外見から入って好きという向きに、ろくな奴はいない気がする。たいていはいじめっ子かロリコンか、わるくするとそのハイブリッドだ。わたしの幼なじみや、小学6年の担任、中3のときの同級生、全部当てはまる。人気あるってことだからいいじゃん、って、こっそりハルカちゃんに打ち明けたとき言われたけど、どう考えてもマイナスだよ、ゼロのがマシだ。
志野くんは、まともにみえるし、外見とかはいいなと思ってたけど。すっかり高木くんとは仲直りして、冗談を言い合ってたりして、そんなカラッとしたところはうらやましいなと思う。でも喧嘩なんかする乱暴な人かもしれないし、噂のせいでクラスの女子から孤立しそうだ。わたしは地味でそれほどもてないので競争相手と思われていない、だから大きなぬいぐるみみたいな扱いでそこそこ優しく扱ってもらってるだけだと思っている。こんなことであんまり目立ちたくない。
男子の目もウザい、よそのクラスからわざわざ見に来て、「へえー」とか言ってじろじろ人の胸とか脚とか見てる。ひたすら迷惑だ。なんか口説けば落ちると思われたのか冗談半分のデートの誘いや部活のマネージャーへの勧誘みたいなのもあった。うん、笑ってごまかしたり、さとみんの後ろに隠れてやり過ごしたりしたけど、やっぱりちょっと迷惑だよ。
ーーーーー
でも、頼りのさとみんが変になった。
どんな理不尽があっても筋を通そうとするさとみんは、最初はこの状況にもガルルと怒ってくれていた。わたしはあまり被害を受けてなかったので止めたけど、志野くんを呼び出してガツンと言ってやろうか、と言ってくれていた。わたしはなんか申し訳ないので必死に止めていた。一方的に志野くんがわるいわけでもなさそうだし。
でもある日、さとみんはお昼休みに用事があると言って出て行った。そしてそのまさに同じ日に、志野くんが高木くんにお昼に用事があると言っていたのを聞いた。最初気にも留めず、残りのいつもの友達とお昼を食べたが、食べ終わったころに気づいた。もしかすると、さとみんは志野くんに釘を刺しにいったのではないか。
場所はわからない。私はあまり人に聞かれずに話ができる場所をいくつか覗いてみた。第二体育館横の林、プールと旧校舎の渡り廊下あたり、などなど。さとみんが美術部だったのを思い出したのは、あきらめて帰ろうとしたときだった。
旧校舎の4階まで上ると息が切れる。
「ーーーー、ーーーーー!」
声を潜めていると思うが、美術室の前まで来ると何か言い争っているような、いや、何か詰問しているような調子の声がする。我ながら行儀悪いと思うが、そっとドアに耳をつける。はっきりとは聞こえない。でも、男の子の声がなにか強い口調で、言い放たれた。女の子の少し弱弱しい声。
そして何か、乱暴にばさっと音がした。衝動に動かされてドアを開けて、見た。
さとみんと志野くんが折り重なっていた。
ーーーーー
その後、走って逃げたんだと思う。どうやって教室に戻ったか覚えていない。気が付くと机についていた。
授業が終わる。さとみんがバツの悪そうな顔をしてこっちにくる。その時足を止めて話を聞くべきだった。しかし、臆病な、あまりに臆病なわたしは。
走って逃げだしていた。
わたしだって、他人の情事を見たこともある。新しいお父さんがお母さんを部屋に引きずり込んでいって、その後声が響くというパターンをお母さんの再婚直後は何度も見せられた。そして、そう、自分が心ならずも巻き込まれそうになったことも。でも、それがさとみんと志野くんだというのが生々しくて、衝撃的で。
でもそれが友達のさとみんだったら。あの男嫌いのさとみんから、志野くんと付き合い始めた、とか聞かされたら。どうしよう。
ーーーーー
それから数日、落ち着かない日々を過ごした。しばらくして頭が冷えると、もしかすると勘違いしていたのかもしれないと思い始めた。
まずこの数日、恥ずかしくてさとみんたちを避けていたせいで、一人ぼっちになりかけていた。昼休みや休み時間は、顔を合わせるのが気まずすぎて、教室から出て図書館や理科実験室に隠れたり、旧本部棟の記念室に逃げ込んだ。中学校の頃の、あいつらから逃げる時のテクニックだったけど、役に立つ。
でもそのうち気になりはじめた。よく考えたら、さとみんと志野くんは言い争っていた。男嫌いのさとみんが志野くんと急に付き合う、なんてことはないんじゃないだろうか。たしかにわたしの家では、その、新しいお父さんがそういうことをするときには、その前に言い争いをすることが多い。そして仲直りすることもあって、そうして部屋に連れていく。でも、ドラマとかでは、喧嘩せずにそういう濡れ場になることも多い。私が目撃した場面は、もしかすると志野くんの悪事を知ったさとみんの糾弾に対し、志野くんが無理やり暴力を振るって黙らせようとしていたのかもしれないし、さとみんの何かの弱み、恥ずかしい写真とかを握った志野くんが脅迫して口に出せないほど汚らわしい行為を強いようとしていたのかもしれない。さとみんは友達だ。きっと悪いのは志野くんだ。
わたしはその日、遠くからさとみんの靴箱に志野くんが脅迫状らしきものを入れるのを見つけた。はっきりは見えなかったけど、にやけてた気がする。多分、また昼休みに美術室だ。
さとみんは志野くんとまた目を見交わして出ていく。その後にしばらくしてから志野くんが出る。わたしも少しだけ時間を遅らせて、美術室に向かう。
声がする。人がいる。多分あの二人だ。耳を扉につけて耳を澄ますが、相変わらず会話の詳細は聞こえない。思いきってドアを少しずつ、音がしないように開ける。そっと中を伺う。志野くんの広い背中が見えた。脅すように近づく背中が。さとみんが顔を伏せる。頬に一筋の涙が見えた。もう我慢できない。息を吸い込む。驚いたように振り向く志野くんの顔、涙で腫れたさとみんの目。
「志野くん!」
わたしは鉄槌を下す怒りの天使のようだった、とそのときは自分を思っていた。正義は自分とともにあると信じていた。
ーーーーー
それから数分後、立ち直れず泣き伏していたのは、わたしだった。事情は聞いた。本当らしかった。そんな事情だったなんて。恥ずかしさに、体が熱い。
「もう誰か、わたしを殺してーー」
さとみんに抱かれながらそう呟いたら、志野くんがちょっと居心地悪そうにモゾモゾした。そうだよね、同級生がいきなり同意殺人を仄めかし始めたらびっくりするよね。そしてごめんなさい、悪いのは志野くんではなく、わたしの頭でした。
志野くんは快く、そしてさとみんは弄りながらも、わたしの奇行を許してくれた。
そして、そのまま志野くんはわたしに、高木くんとのいきさつを話しはじめた。その話を聞く限り、客観的な真実はどうかわからないけど、少なくとも志野くんは志野くんからみた事情を正直に話していることが感じられた。
そして志野くんがことばを切ったとき、わたしは思い切って聞いてみた。
「その、わたしのことを、その、そう言ったけど、本当は、ーー?」
本当は好きでなくてもいい。それはそれで、安心して暮らせるだろう。この荒涼として単調な、その先あまり幸せにはなれそうにない先につながる下り坂を進むだけであっても。
でも、もし好きでいてくれているというのが、本当だったら、もしそうだとしたら、わたしは。
「僕は紫藤さんのことが好きだ。」
あっさり認めたよ!どうしよう。
「紫藤さんのことが気になる、もっと紫藤さんのことを知りたいと思う。」
その後、志野くんは言葉を重ねて私のことが好きだ、もっと知りたい、ということを目をのぞき込んで伝えてきた。わたしは聞いていて、自分でも意外だったけど、足元からふわふわと浮き上がるような喜びを感じた。もっとも、わたしの中では、喜びを表現している天使と、そんなわけないじゃん!と水をかけようとする悪魔との戦いが演じられていた。ぬか喜びはしたくないのだ。
しかし、想われる、というのはこんなにも、その、幸せな気持ちにしてくれるということは、すごく意外だった。ちらっと見上げると、志野くんの男にしては少しまつ毛の長い目が、真摯な表情で答えを求めて覗き込んでいた。好きです、どうにでもしてください、と口が勝手に動きかけるのを抑えて、わたしはその代りに一つの疑問を聞こうとした。
そのとき、さとみんのそぶりをみた志野くんがぱっと周りを見回し、凍った。わたしも。
人がいるのにどうして気づかなかったのか、自分で自分を殴りたい。多分非日常すぎていつもの警戒心を忘れていたんだろう。
志野くんがすごく自信満々に、強引にごまかしていた。うん、絶対ごまかされてないよね。でも1年生だし、多分大丈夫。そう思うしかない。でもまたこの1年生たちともこの先すれ違ったりして、「あの人だー」とか思われるんだろうな。顔から火がでそうだ。でも。
教室へ戻る途中、横目でそっと志野くんを見上げる。表情はいつもに戻っていたが、見上げているのに気づいてふわっと微笑み返してくれた。幸せに鼓動が早くなるのを感じた。
でも、この幸せは、このわたしが、多分志野くんが想像しているよりも、ずっと本当は歪んでいて汚らしいわたしが、正当に受け取っていいものなのだろうか?