タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
展開、ややこしくなりそうですが、とりあえず書きたい方向に書いてみようと思います。
志野視点です。
国領との協定を、まとめた後。
国領は用足しに行きたいと言い始めた。
僕も、付き合うことにする。暗いし、僕もちょっと用を足したいし。
上のシャツだけ羽織った国領と僕は、またあの暫定トイレになった岩の裂け目の窪みに行く。
見えそうで見えないシャツの裾をチラ見してたら、国領になんかからかわれた。
わざと少しずつ引き上げてみせられ。目が皿になった僕、笑いものにされたっす。
まあ、国領も元気になったってことかな。
国領は僕を待機させ、先に用を足したけど。
排泄してる間は絶対みるな、と再度釘を刺される。
それと今回は、手をつながなくていいので耳をふさぐように、と厳命。音を聞いたら絶交と言われる。
前回はダメじゃなかったのに、というと、前回は忘れろ、みたいなことを据わった目で言われた。怖い。
ただ、出した排泄物の検分は、粘り強く交渉し。
最初は「変態だよね、しのりんは!」と毒づかれ、その後もかなり渋られたものの許してもらえた。
国領の用足しが済んで。
恥ずかしそうな国領に懐中電灯を持たせ、寝所のホール状の部屋に先に返した後。
割れ目状の岩の窪みにかがみこみ、国領の排泄物を調べる。
ゼリー状の物体。たぶんあの怪生物の体組織と思われる破片が出ている。
これ、サンプルをとっておいた方がいいだろうか。一応、ごみ用のビニール袋とかもホールに置いてきた荷物の中にある。
あと、大丈夫だとは思うけど、やっぱり国領は一度胃腸科か何かで診察、受けとく方がいいのかなあ。
ナギさんたちの診断受けるところに、頼もうかな。
ただ、あまり精密に診られると。
あの竜神の娘みたいに常人と違ってきてるところを発見されて、大騒ぎになってしまうかもしれない。
だからそこをどうするか、考えどころだ。要相談だな。
僕としては、たとえ大騒ぎになったとしても、国領の体が第一だから検査は必要だと思ってる。
今のところ国領は、ウロコが生える気配も、目が爬虫類っぽくなる気配もない。
冬眠についてはちょっと外観からはわからないが、本人は睡眠不足気味ではあるが、いつもの眠気と変わらず、特に病的に眠くなる気配はない、と言っている。
もっとも、まだ何か変化が起きてくるのは、これからのことかもしれない。
先例である竜神の娘と同じだとすれば、これから国領にウロコが生えてきたりするのかな。生えたらどうしよう。
ただ、これは単なる僕の願望まじりの直感でしかないが。
命が助かった点では共通していても、竜神の娘と国領のケースとでは、少し違うような気がする。
違うと考える根拠は、とても薄弱だが。
国領は竜神の胚の成長が爆発的で、3~5時間で致死的な効果が表れる、と言っていた。
そのような、急激な成長と変化を示すのが、竜神の胚。
竜神の娘に起きた身体的特徴の変化も、竜神の胚の作用だとすれば、かなり急激なものだったのではないか。
竜神の何かの因子(細胞か何か?)が竜神の娘に取り込まれ(ここらへんは、推測だらけだ)、効果を発生させたのだろう。その変化は死をもたらす場合と同様に急激なものになる気がする。
それに対し今の国領には、まだ何の変化もみられない。これは効果が発生しないということなのではないか。
要は、変化が生じるのが遅すぎるのでは、ということだ。
ただ、これは竜神の娘の身体的特徴の変化がどのくらいの時期に起きたのか、という正確な情報がないので、実のところ、あくまで希望的観測に過ぎない。竜神の娘も、冬眠中に少しずつ体が作り替わったのかもしれない。
悩んだけど、一度ホールに必要な物品をとりに戻り。
怪生物の組織の一部を採って、厳重に幾重かにビニール袋で封じた。
その後、僕も用足しして、ホールに戻り、国領と今後の対応を協議。
もうちょっと眠り足したいけど、あまりここに長時間いてもいいことはなさそうな気がする。
脱出を図ろう、ということに僕たちの意見は一致した。
国領のリュックと僕のリュックの中身を漁って、質素な朝ごはんを準備。
もぐもぐとカ□リーメイトやチョコレートを食べて、未開封の方のペットボトルの水を飲む。
洞窟内の滞在が長期化したときに備えて、多少は残しておかないといけないかな。
国領の持ってきてた水筒に、洞窟の清流の水を入れた。
洞窟の水はきれいにみえるが本当のところはわからないので、これに頼らなくていいことを願っている。
寝ている間に超感覚さんが切れてしまってたので、今の僕はただの一般人。
だけど、なんとか想像力を働かせれば超感覚が呼べるだろう。
申し訳ないが、僕がヘッドライトを付けよう。僕が持ってきた懐中電灯は、国領に持ってもらう。
国領の懐中電灯は少しカバー部分が壊れているし、乾電池も切れてしまってる。今回は使わず、リュックに入れる。
僕も国領も身支度をする。濡らしてキュッとしぼったタオルで体と髪を拭く。
国領の荷物の中に替えの下着があったので、着替えてもらう。
僕が国領を発見したときには、国領はズタボロな状態で下着も着てなかった。
本人によると、あのときは体調や精神状態が悪すぎて服を整えたり、着替えたりする気力もなかったらしい。
背後で国領の着替える衣擦れの音を聞いていると、何の問題もなく超感覚が起動。ううむ。
国領のチノのベルトや登山シャツの襟首や手首などは破れてる。これは、僕の持ってきたシャツの着替えを上から着用してもらってごまかすことにした。シャツの長い袖や裾で隠せる。足首は、ごまかせないが仕方ない。替えの靴下を履くだけだ。
僕のシャツの袖は国領には(隠すにしても)長すぎるが、まくればいいし、洞窟内は少し冷える。
ベルトは切れてしまってるが、大きめのカラビナでチノの前合わせ近くのベルトループを連結して、すとんと落ちないようにした。
荷物をまとめ、暗がりの中で視線を交わし、頷きあう。
探検のはじまりだ。
あの崩落地点に一度戻ってみる。
かすかに風が通っている。隙間があるんだ。
ただ、人間が通り抜けられる隙間ではないようだ。ミミズみたいに体をのたうたせて隙間を進めるなら別だが、ちょっとこれはムリだ。
ただ、もし他にどうしても手がなければこの土砂を掘り進もう、ということで意見が一致。
別のルートを探索する。
マッピングを試みるが、3次元的に道(岩の亀裂でしかないものも多い)が絡み合っていて、あまり役に立たないかもしれない。
あの大蛸が整備したのであろうルートは、大蛸サイズにできていて、多少痛んでいても通りやすい。これをチェックしていく。
その道をたどっていると、一つのかなり大きなホールに出た。
「しのりん、これって、――」
「ああ、竜神の故郷なんだろうな。」
これまでも、いくつかの壁には壁画が描かれていた。
だが、このホールにあるものは、他のに比べてもより写実的で、精緻だ。
王冠のような形の頂部を持つ、巨大な木々。
木の上に家を作る、僕たちと同じような2本腕、2本足の人々。
その人々とともに歩み、ともに戦い、暮らしをともにする、あの大蛸のような生き物。
「あの大蛸は、この人たちの家畜なのかな?」
「いや、共生か、あるいは守り神みたいなものだって可能性もあるな。ほら、こことか。」
大蛸の周りに小さな人々が群れ集い、その代表者が大蛸に何かを捧げている。
「これが、こっちに来てからのことか、別世界の話なのか、――」
「別世界みたいだね、しのりん。ほら、」
国領が、懐中電灯で示した部分。
恐竜のような、大きな爬虫類と人間との戦いが描かれている。
また、日常を描いた部分にも、普通の人間とは、異なる特徴を持つ人たちが。
ホビットみたいな小柄な人間あるいは子供、巨人、有翼人、直立する蜥蜴のような人、角を持つ人間、――。
それらの一部は、普通の人間と商いをしたり、畑を耕したり、仲良く(?)踊ったりしてる。
この部屋は、重要な部屋だったらしいな。
懐中電灯でさらにあたりを調べる。
ホールの隅には、祭壇のような平たい石があり。
石の蓋で閉ざされた柩、石棺と思われるものが置かれ。
すでに一部が朽ちてしまった人間用の鎧のような装具、兜や武器が横に。
中に納められた亡骸は、あの竜神の人間の友人だったのだろうか。
「国領、行こうか。」
とくに壁画には不思議な魅力があり、思わず立ちどまって見入ってしまった。
使い捨てカメラを持ってくればよかったな。
だけど、今はまず、この闇の中から脱出しなければ。
道をたどるうちに、あの僕が爆破してしまったところよりはずっと高い高度の地点に当たると思うのだが、例の地下の谷川に出くわした。
道は向かいの岸壁に続いているのだが、橋はない。もともとは架けてあったのに、落ちてしまったのかもしれない。
下を覗き込む。ヘッドライトでははっきり見えないくらい、高い。10メートル以上あるのは確実だ。
下からは、水の流れる音がする。
谷の幅は、あまりない。僕が爆破したところは5メートルくらいは余裕であったが、ここは3メートルちょっとくらいか。
向かいには、道が続いているようにみえるのだが。
「国領、やるか?」
「うーん、」
理論的には、向かいに跳び渡れないことはない。
僕のおぼろげな記憶では、高校のころ、5メートルくらいは飛べたと思う。
国領にはちょっと厳しいが、僕は一応ロープを持ってきてる。
僕が先に跳び、このロープを腰に巻いて国領にもこの裂け目を跳んでもらうというのが一案。
もう一つの案として、ロープをどこかに固定して、この地下の谷、裂け目を下に降りて行く手もある。
これでうまく僕が爆破しようとした橋の通路あたりに出られれば、元の僕たちが入ってきたあのあたりの通路に戻れる。
最後に、地下の川を下っていくのもありかもしれない。
ただ、地下の川が完全に伏流していたら溺死してしまうだろうし、水は相当冷たいかもしれない。
だから最後のこれは、他に手がなくなってしまった最悪の場合の選択肢だな。
「ねえ、しのりん。跳べる?」
「多分、できる。というか、やるさ。」
「しのりんは勇気があるね。ボク、跳ぶかと思うと足がガタガタするよ。」
ただ、そういう国領は口の端が吊り上がってて、足も別に震えてるようにはみえない。
目はむしろ、きらきら輝いてる。
「跳ぶか?」
「泣くより跳べ、っていうし、跳ぼうよ。――でもさ。」
しのりんが万が一落ちたら、ボクも後を追って飛び込むよ。
ここで、一人ぼっちで。
暗闇の中でしなびてミイラになっちゃうのは、やだ。
そう、しんみりした口調で国領が言う。
大丈夫だ、絶対に陽の光をみせてやるよ。
3メートルの距離。たいしたことがないはずだ。うん。
ただ、その下に少なく見積もっても10メートル以上の谷があると思うと、心臓がどきどきする。
あと踏切りと着地には気を付けないとな。
崖の縁、ぎりぎりで踏み切って、向こうの開口部に上手く合わせて飛ばなきゃ。
上に跳びすぎてこっちの開口部の上の縁や、向こうの開口部の上の縁に激突したら、笑えない。
ヘッドスライディングみたいに、手先から飛び込むのが安全かもしれない。でもたくさん擦り傷を負いそうだよな。
ロープを取り出す。僕が跳ぶときも腰に結んどいて、落ちても大丈夫なようにこっちに固定できたらと思うが、結べそうな突起がみあたらない。
国領に持っていてもらうと、二人とも落ちちゃう危険性があるな。
「ボク、命綱を持っとこうか。腰に巻いとくことにして。」
ボクたちは、まさに一蓮托生だからね。
それに。
キミがこれを跳び越せずに落ちたら、ボクにも無理だろう。
ボクもここを降りて、地下の川を下ることになるから、同じでしょ?
そう、国領が言う。
僕には、それはあまりいいアイデアの気がしなかった。
国領は細い、そもそも僕の体重は支えきれないだろう。僕が落ちたら、道づれに落ちてしまう。
ゆっくり自分のペースで壁を伝い下りるのと違って、不用意な体勢で空中を落ちることになる。
それに下に落ちてまだ息があっても、地下の川はそもそも溺死エンドっぽい。
だから僕が落ちたら、戻って別のルートを探せばいいと思うんだ。
ただ、このことについての議論で時間を使うのは有益とは思えなかった。
「大丈夫だ。ロープがあると跳びにくい。なしでいい。」
その代り、僕が渡ったら、投げてくれるか?
そう言って、納得してもらった。
国領には命綱を巻いてもらう。僕は国領の1.5倍近く体重がある、引き上げるのはともかく支えるのはなんとかできるんじゃないかな。
ああ、でも僕のジャンプは失敗できないな。ただ、僕には超感覚さんがある。大丈夫、大丈夫。
あまり長くない。せいぜい10メートルくらいの綿ロープ。
入れたときは使わないだろうと思ってた。
これを、国領に渡し、もう今の段階で腰に結わえつけてもらう。
もう一方の端に、懐中電灯を結んでおく。僕が渡ったら、投げ渡してもらおう。
ヘッドライトで、谷の向こう側をもう一度照らす。大丈夫、道は続いてるようにみえる。
国領に、照明で向こう側の開口部を照らしておいてくれるようお願いする。
ええい。
国領に助走路を開けてもらい。
調子をとって、駆けだす。超感覚さんが加速。
大丈夫だ、はっきりと走るべきルート、踏み切るべき地点、力のぬき具合、着地地点などが分かる。
3メートル、ちょっと心臓には悪いが無理のない距離でもある。ヘッドスライディングはしなくてよさそう。
跳んだ。
無事に僕は足から着地した。すこしたたらを踏んだけど、大丈夫。
足元の地面も、ある程度しっかりした岩盤に思える。
「しのりん、大丈夫?」
「大丈夫だ。」
向かい側から懐中電灯で照らされる。ちょっと眩しい。
「国領、よく考えたら、ヘッドライト、そっちに要るかな?」
こっちから照らすと、眩しいだろう。
「うーん、そうだね。懐中電灯と交換、お願いするよ。」
国領がロープの先に結わえて、まず懐中電灯を投げ渡してきた。危なげなくキャッチ。
こっちはその懐中電灯を外し、ヘッドライトを僕の頭から外して結わえ、念のため布切れでくるんで投げ返す。これをこわごわ国領がキャッチ。
国領が、そのヘッドライトを装着。
そして縄の先の重り代わりに、国領に国領のリュックを結んで投げてもらう。
国領のリュックには軽い衣服関係が多い。3メートルの距離で、これも無事受け取れた。
リュックを外し、受け取った縄を僕の腰に結わえる。しっかりと。
周囲を確かめる。こっちは壁際に取り付きやすそうな岩のでっぱりもある。国領が落ちてもなんとか支えられるだろう。
「しのりん、いくよ!」
「ああ、がんばれ!」
がんばれっていうの、あんまりよくないよな。言ってから後悔した。
でも、3メートルは中高女子の平均くらいじゃなかったっけ。結構、ぎりぎりだ。
国領は一応、創作ダンス部だが体操競技部門も出ると聞いた。だから運動はできるはず。
跳躍等もかなり行けると思うのだが。
僕は国領の跳ぶ先をふさがないように、少し入ったところで壁に張り付くようにして待つ。
「っ!」
たったったったっと助走があり、声のない気合での踏切りがあり。
ザシューと国領がきれいなフォームで跳び込んできた。流石だな。
「はぁ、はぁ、はぁ、――あー、こわかったあ!」
国領がそう言って、お尻を地面に付け、足を横にぺたんとつけて座り込み。
しばし荒い息をつき、そして僕を見上げて笑った。
「この一晩で一生分、冒険した感じだよ!」
「ほんとにな。一晩で白髪になりそうだ。」
まあそんなことはないんだろうけどな。
落ち着くと、飛び移った先のこの通路を検分する。
通路の幅はあの大凧サイズに思える。高さもあって、だから僕ら二人とも頭をぶつけずにすんだ。
岩盤もしっかりしてそうだが、なぜ橋がなかったのだろう。
木や竹みたいな腐朽する材質のもので橋を渡してたけど、それが朽ちてしまったのかもしれない。
通路自体、最近はあまり通行された感じがしない。
まあいいや、探検を再開しよう。
僕は意識的に上方に向かうルートを探索した。
一つには、あの僕が入ってきた傾斜した縦穴は吸盤でもないかぎり登れないだろう、という判断だ。
僕が超感覚モードで超絶技巧やっても、相当に微妙。
ましてや国領は、無理なんじゃないかな。
となると、新しいルートを探すしかない。
国領によれば、国領があの竜神に殺されても、死体を回収すると竜神の娘が言っていたらしい。
つまり、人間用のルートがあるのではないか。
まあ、あのイカレ女は相当、超人度が高いから、あのつるつるした超急傾斜も行けるかもしれないけどな。
ただ、死体を抱えて登ったりするのかというと。ちょっと無理なんじゃないか。
だから、別ルートがあるのではと僕は推測した。
幸いにもこっちも洞窟の床は平坦だ、超感覚さんの警告を信頼して、リスク承知でかなりの早足で進む。
彷徨するうちに。僕と国領は、とある細いくねくねした横道に注目した。
あの竜神は通れないだろう、細い道。しかし、なぜか床が歩きやすい。
かなりの頻度で、地面が踏みしめられてるような気配。
そのことを伝えて、国領の同意を得てこのルートを試す。
ヘッドライトは、国領に付けてもらったままで、僕が懐中電灯を持って先行する。
狭くてくねくねしていて、登りになったり、下りになったり。
途中で、僕にも国領にもまっすぐ立てないくらいに、そう、1メートルちょっとくらいにまで小さくなった。
四方からの圧迫感を、ひしひしと感じる。
だが、それはごく一部。やがて道も天井も広がり、かすかにくだりの傾斜となり。
「ねえ、しのりん、――」
「ああ、そうだな。」
行く手に、また深い亀裂というか谷が現れた。幅は5メートル以上、深さもなりある。
こんどは、あきらかに人為的に、橋が渡されている。
固定した橋ではなく、巨木を削ったものが一つごろんと渡されてる。丸木橋みたいなものだ。
一応、通行面は通りやすく枝が払ってあるし、転がらないように削ってあるみたいだ。
またロープで安全を確保し、一人ずつわたる。
「外、だね!?抜けたんだね!?」
「ああ、――」
先に、光がみえてくる。
出たんだ。ほっとして懐中電灯を消し、リュックに戻す。
まだ暗いが、赤外線アイのある僕には大丈夫。国領はまだヘッドライトを点けてる。
空はかすかに白みかけてるようだが、まだ日の出前。4時過ぎくらい?
白い三日月が、空に浮かんでる。
暗やみの中だったし長く感じていたけど、救出に行った時より早い時間で突破できたみたいだな。
竜神の試しを突破し、大蛸の巣を抜けたんだ。
三日月の朧な光は入っているが、完全な外ではない。あの縦穴のある大きな洞窟の、入り口近くのどこかに出たみたいだ。
しかし。
「国領!下がって!」
僕は軽い警告音を感じ。国領に呼びかける。
しまった、腰のロープ、すぐ解いとくべきだった!
あわてて手探りで、あたりに目を走らせながら、ロープをほどく。
「見事だ。勇士たちよ。」
ぱちぱち、と手を叩く音。低めのよくとおる声。
ふらっ、と気配も感じさせず。
目の前の大きな石柱の影から現れたのは、あの「竜神の娘」だった。
ずっと起きて張ってたのか、この女!?
腰に差した牛刀、紺の作務衣めいた服、草履。
ひしひしと身に感じる、重圧。
武器を出す時間はない!僕は腰を落とした。
いざとなったらタックルして時間を稼ぐ、その間に国領に走って逃げてもらって、――
「どうした。胸を張ってよいのだぞ。
竜神の試しを経て生還したものは、私を除けばそなたらしかいない。
先達として、祝福しようではないか。」
たしかに、竜神の娘には今のところ殺意はないのだろう。
超感覚さんの警告音も鳴ってはいるが、あまり警戒度が高くない。
しかしな、こいつイカレてるからな。
次の瞬間、ぐさっとやってくるかもしれない。
「それはどうも。
それで、何が望みだ。」
僕たちは試しを潜り抜けたんだろう?
もう十分だ。帰らせてもらおう。
そう、僕は言う。そして。
――国領、ロープを外して。
と、背後に呼び掛ける。
「そう冷たくするな。そなたらを傷つけるつもりはないが、ただ、――」
「ハルカはもう、いいだろう?行かせてくれ。あとは、僕が相手する。
――国領、合図したら走れ。」
その間、相手をにらみつけながら、リュックの肩掛けを一方だけ外し、入り口から中に手を突っ込む。
僕のリュックには国領の荷物も移したから、ごちゃごちゃしてる。
たしかあと1個だけ、布に巻いた手榴弾が残ってたんじゃなかったかな。
布に包まれた固いものが手にあたる。これかな。
ライターはポケットだ。いざとなったらこれで威嚇し、国領だけは逃がそう。
「勇士は竜神を解放する、という言い伝えがあってな。それで、――」
なんか土地の伝承みたいなのを言ってる。ああ、開かずの部屋にあった竜神伝説の調査メモでも読んだかもしれない。あまり関心ないが、旅の高僧だか阿闍梨だか、まれびとだかが預言したとかいう。。
それより。
あれ。なんかこの手榴弾と思って手に取ったもの。思ったより長いぞ?
これ、国領の懐中電灯だな?
まずいまずい。手榴弾手榴弾。
竜神の娘をにらみつけながら、焦りを押し隠しつつ荷物を探る。
そのとき。
ひぃぃん、という音が少し大きくなる。
無音の大きな空気の振動。ざらざらという地を這う音。
女が出てきた壁の背後から、蠢く触手。
竜神だ!
国領が背後で息を飲む気配。下がったのか、じりじり、と音がする。
”父 止まる、会話、途中”
無音の思念。背後で国領がまた身じろぎする。
この思念。これは、目の前の女が発したもののようだ。
「父」って。ああ、竜神を父に見立ててるのか。竜神の娘だからな。
”勇ましい者。変わらないもの、決まったもの、動かないもの、冷たいもの、――”
思念が返ってくる。これは竜神だ。
体にはダメージは見あたらない。期待してなかったけど、僕の手榴弾はこいつには直撃していない。
竜神の思念からは、前回の遭遇で僕が受けた怒りの波動は感じられない。何があった?
単に2本足の人間は似すぎてて区別できないのかな。そんなわけないか。
ともかく。
国領は竜神にトラウマもってるだろうしな、きついだろう。とにかく脱出させよう。
手榴弾を見せて牽制するんだ。場合によっては着火して投げて。そして、国領に走ってもらう。
女と竜神の背後を見定める。日の出前だが、三日月のおぼろな光が射しこんでいて、出口までの道は見える。たぶん国領にも。
リュックをさぐる。布に巻いた固いもの。よし、これかな?。
布がほどけかかってるけど、ちょうどいい。
「これをみろ!」
僕は、女と竜神を油断なくにらみつけながら。
リュックから探り当てたそれを取り出し。威嚇するように掲げてみせた。これで引かなきゃ次の一瞬でポケットのライターを取り出し、導火線に点火してやる。
あれ、でもこの手に持ってるもの。
なんか形が変だ。
手榴弾じゃないよ、これ。──やらかしてしまったか!?