タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
間違えた。
恥ずかしさで、顔が熱い、上げられない。
なんだろう、手に持ってるこれ。
後ろの国領の視線が痛い(想像)。
おそるおそる、眼前の2人(1人と1柱)の様子をうかがう。
目の前の竜神の娘は。
おそらく暗順応に優れてると思われる、蛇や猫に似た縦に切れた瞳孔を瞠り。
芯が強そうな、涼しげなまなざしに疑問の「?」を浮かべている。
まあそうなるよね。なんなのこの人、って。
そして竜神は。その場に止まり。
大きな触手がぴらんぴらんと振り回され、小さな触手も先がただごとならずざわざわと動いている。
”@@@、***、###、―――歓喜、”
何かの強い感情を示しているが、よくわからない。
最後にちょっと僕にもわかる感情、喜びの感情があったが、理由がわからない。
二人の反応からは手がかりが得られない。
結局、僕が手に持って掲げてるのってなんだろう。
湾曲した何かだ。
国領の持ち物かな?
どんぶりの器か、分厚いサラダボウルのような感じに思える。
携帯式のお椀?そんなものあったっけ。
いや、今は考える時じゃない。
自信満々な顔をするんだ。
それにしても、竜神が僕の持ってるものをみて喜ぶ理由がわからない。
竜神の娘が大食らいなので、いい大きさの食器がなかったところに。
おあつらえ向きのおわんを、僕が持ってきてくれたから、とか?
まさかな。
ただ、この竜神の反応は竜神の娘にすらあまりよくわからなかったらしい。
不思議そうな顔で竜神の様子を横目にみながら、問いかけてきた。
「勇士よ。その骨は中で拾ったのか?」
骨?
僕はのろのろと目を上げて、ようやく僕が掲げているものを知った。
あ。あれか。
開かずの間から持ってきた、頭骨。
あの小さな頭蓋骨を引っ張り出しちゃったのか。
「子供を殺したことも、死なせたことも記憶にはない。
かつて竜神の窖に迷い込んだ不憫な子の骨をみつけてくれた、ということか?」
それならば手厚く葬らねばな、村の童であろうし。
礼を言うぞ。
そう、竜神の娘はいぶかしげではあったが、呟く。
その竜神の娘の肩に、後ろから伸びた触手が触れ。
そっと、優しく脇に押しのけようとしている。
「父よ?」
竜神の娘が道をあけて、蠕進してきた竜神を戸惑うように見上げる。
竜神は、落ち着いたのかさっきみたいなダイナミックな動きはなくなり。
ただ触手の先端はプルプルと震わせながら、とても少しずつ少しずつ、こちらに這いよろうとしている。
”父、何 理由?”
竜神の娘は、竜神を見上げる目に疑問を浮かべ。
思念波で問いかける。
いい質問ですねー。僕も知りたい。
”鍵、月、力”
”何 鍵?”
そのとき、僕は。
そっと、女の視線が竜神に逸れてるすきに頭上に掲げていた頭骨を下ろそうとした。腕、疲れるし。
きっと背後の国領も、得意げにキモい骨を掲げてる僕を「なにやってんのこの人」って目で見てるだろうし。
竜神は、あいかわらず何を言おうとしているのかわからないし。
いきなり襲い掛かってくる気配はないけど、近づいてこられるのは、あまりいい気分じゃないし。
あわよくばこの隙に国領に声を掛けて、きっぱり逃げよう。それしかない。
そう思って。
しかし。下げた頭骨に。
洞窟の入り口から差し込んでいる、もはや薄れゆく月の光が当たった。
それだけなのに、流れ始める緑の光の奔流。
とても太い光線、いや帯が、――おそらくは西北と思われる方向に奔り。
やや太めの光線が、南南東、東南東にそれぞれ1本。
細かい光線が、たくさん。
「!?」
ばっ、と竜神の娘が腰を落とし、牛刀を手に取る。
警戒心あふれる目がこちらをにらみすえる。
「なんだ、それは!」
僕も知りたい。そう言おうと思った。
でも、そこに竜神の思念波が割り込んだ。
”鍵 世界 繋ぐ”
”光 進む 扉”
”伝説、真実”
”勇ましい者、変えるもの、つなぐもの、”
「まさか!父よ、あれが、――!」
”時間、大きい、探索、遍歴”
”望郷、切望、穏やか、終わり”
”努力、ない、無駄、感謝、娘”
竜神から、どこか恍惚とした思念。
それを受けた竜神の娘は、崩れ折れるように、
牛刀を落とし、敬虔な信徒のように胸の前に手を組み。
両ひざをつく、ひざ立ちの姿勢となり。
僕を、正確にいえば僕の手の。
緑の光の奔流を走らせるそれをみている。
「父よ。そうであれば、ついに。」
”嬉”
「あれが。
――あれが、探し求めた、『鍵』。」
”是”
なんだかうれしそうですね。
なんか僕、胃が痛いっす。帰っていいですか。
「そして、――そなたが。
伝説は、正しかったのだな。
そう、そなたが。父を解放することができる、伝説の、――」
クソッ!
話が読めない。
ただ、これだけはわかる。
なんか勘違いされてる。間違いない。
今や、女は膝を崩して。
喜んでいる(のだろう)竜神のぷよぷよ動いてる太めの触手に、いとおしげに腕を回して寄りかかり。
頬を、その触手に寄せながら。
濡れているようにみえる目で、こちらをみている。
一部ウロコのある頬が上気して、半開きの唇も濡れ濡れしてて、それはそれでエロ美しいのだが。
不吉な予感しかしない。
「ねえ、しのりん。
何がどうなってるの、――?」
背中に、軽くあたる体。
いつの間にか僕の背中側に、女の子の甘い芳香が分かるくらいに近くすり寄っていた国領ハルカが。
身を寄せて、そう、ちょっと怯えた声でそう僕にささやきかけてきた。
「ああ、どうなってるんだろうな。」
僕が知りたいよ。
なんか僕が竜神を救うことができるって、目の前の1人と1柱は考えてるみたいだけど。
勘違いだ。僕、そんなの知らない。心当たりは、ない。
でも、僕が正直にそう言ってしまった場合を脳内シミュレーションしてみよう。はいスタート。
”ほほう?
――そうか。そなたに父を救う気はない、と。”
”いや、そういうつもりではなくてですね、――”
”進んで動く気はない、力を示せということか。力で奪い取ってみせよ、と!
なるほど、武士の倣い。道理だな。”
”そうじゃなくて、――”
”ああ、わかっているとも。
所詮は、血塗られた修羅の道。
仕方あるまい。そなたに恨みはないが、――”
ザシュ、っと人の話を聞かない竜神娘の牛刀が僕の腹に突き立つところまでを想像して。
悪寒がした。
圧倒的なピンチだ。
なんとか、ごまかさねば。
”時、月、丸い。次。勇ましい者、開ける、道――”
「来月の盆の前の、満月の晩。
それでよいだろうか?
――そして。
心ばかりだが、この大恩に報いねばならぬな。
喉も渇いていよう、今しばし、談合を持とう。」
”依頼、娘、信頼。
勇ましいもの。2、感謝。感謝。感謝、――”
あのパワハラ女が、立ち上がり。
たおやかにひざを折って、優美に頭を下げる。
竜神も。
キモい触手が地面に伏せられ。
先端だけ、ちょこんと上がり、大きな2対の眼のうち一対が閉じられる。
それがおそらくはこの種族の感謝の意を示すものだと、僕は直感した。
ああ。それにしても。
地面に引かんとする重力で、体が重い。
この感覚、身に覚えがある気がする。
一度、僕の勤め先ですごいスキャンダルが発覚したことがあったのだが。
それからしばらくは毎日、嫌がらせ電話が鳴り響いてた。職員、みんな吐きそうな顔色だったし、殺伐としてたな。
あのとき僕も、しりぬぐいの手伝いに駆り出されて、監督官庁のパワハラ担当者に詣でて。
何が何でもやるんだぞいいか、と無理難題を通告された。
あのときの感覚だ。あれを持ち帰って理事長に報告する前の、あの胃の痛みだ。――
―――――
―――――
(第三者(国領ハルカ)視点)
なぜだか、よくわからないけど。
志野と
竜神の窖から脱出した
息をつく間もなく、竜神とその娘に出くわしてしまった。
竜神たちに害意は、なさそうだったが。
たぶん
合図したら走れ、って、そう
道を爆破した、っていってたから、何かの爆発物を持ってるかもしれない。
てっきり、それみたいな武器を出す、あるいは使う、って意味だと
きっと修羅場になる。
がくがく膝が震える思いを、味わった。
違った。
志野が取り出したのは、半分タオルに包まれてる何か。
目を凝らすと、1/2スケールの頭蓋骨模型のようなものにみえた。
志野は、それを時代劇の水戸○門の印籠みたいに振りかざし。
なんと、あろうことか。
竜神と竜神の娘を屈服させたのだ。
そう、あのおそろしい竜神と、人外の力を持つ竜神の娘を。
いともたやすく。
もっとも、最初は竜神の娘は、国領ハルカと同様、それが何かわからなかったらしい。
いぶかしげに、見当違いのことを言いかけてた。
(もっとも、国領ハルカも同様の勘違いをしていた。
あ、しのりん、途中で拾ったんだな?と。)
でも、次の瞬間。
志野が竜神の言葉に応じて、頭骨を月の光に当ててみせたときに、自分の勘違いに気付いた。
志野が竜神の言葉に応じてみせ、それを月の光に当てると、――かすかに光りはじめたのだ。
反射ではなく。自ら光っているように。
何かの、力を感じた。
そこから先の話は、
この頭蓋骨を次の満月の夜に、竜神たちに、――
譲る?貸す?使わせる?
そういう約束ができたらしい。
志野は、深刻そうな面持ちで(※背中しかみえなかったので、想像だが)、重々しく頷いていた。
あとで聞いてみよう、と彼女は思う。
ただ、おそらくはこの取引。
志野には負担が大きいのだろう。志野は明らかに気が進まない様子。
竜神たちも、それに気づいているみたいだ、志野の意を損ねないように最大の注意を払ってる。
竜神は、みようによっては卑屈にみえるほどに感謝の意を示し。
竜神の娘も、その意を組んで、
――いや、竜神の意を受けて、だけではなさそうだ。
あの
それにもまして何やかやと、ちやほやと志野と
素の彼女は、きっと世話好きなお姉さん的性格なのだろう。
小さな、このくぼ地の縁に立つ、ぽつんと一軒離れている古い家。
竜神をあの洞窟の入り口に残し、
中は、改修して多少住みやすくした、大正昭和の百姓家という風情。
柱は太く、古いが頑丈にできているようだ。
土間を上がると、古びた床の間、ちゃぶ台。
ランプに火が灯され、いそいそと、ぬるい麦茶が準備され、蒸した和菓子が置かれる。
志野への扱いは。
まるで恥じらう乙女のように思えた。
いや、「まるで」というのは、違う。
まさしく「乙女」を感じる。
お茶を受け渡すときに手が意図せず触れて、竜神の娘がポッと赤くなったのをみて。
知ってる?
しのりんは、さ。ド変態なんだよ?
さっきまで、ボクの体に夢中だったんだよ?
そう、
いや、別に志野の優先権を主張したりしたいわけじゃないが。
それはともかく。
ちゃぶ台の座布団に座った
「性急だが、先ほどの話。間違いのないように談合しておきたい。
来月の満月の晩。11日の夜。
ここに、来てくれるか?」
「ああ。仕方ないだろう。
だが、ハルカも、なのか?
分かってると思うが、ハルカは竜神に協力する義務など、何一つないぞ。それどころか、――」
被害を受けた立場だ。
それに協力を求めようというのか?
そう、志野が主張してくれてる。
確かに、命を失うところではあった。でも無事に助けられて、結果オーライで今はそこまで怒ってない。
ただ、志野の気持ちがうれしくて、あえて口を挟まず、
「竜神の試しをくぐりぬけた勇士として、立ち会ってはくれぬだろうか。
仇を恩で返してくれたこと。決して忘れぬ。
この度の、過ぐる厚意について。
わが身で足りることならば、いかなる求めにでも、――」
そして少し上目づかいに志野をみて。
竜神の娘の頬が、かすかに上気する。
なんか、ムカっとする。ちらっと横の志野を、みる。
志野の目がさまよってる、この竜神の娘の首や胸元、むちむちした二の腕あたりを。この変態野郎め!
なんか黙っていられなくて、口を挟む。
「ごめん、しのりんは分かってるみたいだけどさ。
ボクは、まだよくわかってないし、ぜんぜん納得もしてない。
あの骨って、なんなのさ?
何にしても、来月11日、あの骨を使う。ってことだよね?
それでさ、骨はちゃんと返してくれるの?それとも、持って行っちゃうつもり?」
なんかこの二人に任せてたら、すごい困ったことになりそう。
うん、生徒会長がこんな感じなんだよね。
良い感じに先生とふわふわ意気投合したりしてるんだけど。
肝心なところがちゃんと決まってなくて、後から処理するときにすごい苦労する。
「ああ、その話であったな。」
気まずそうに、竜神の娘が説明を加える。
――あの骨は、私も初めて目にするゆえ、良くは知らぬのだ。
界渡りの、「鍵」なのだそうだ。
父は最近、ひどくそれに固執して、探そうとしていた。
私も頼まれていて、探索しようとしたのだが。
形状もわからず、なにぶん雲を掴むような話で何もできていなかった。
その勇士の持つ骨。月にかざせば、光が走ったであろう?
父は、あの光の先に扉があるといっていた。
その鍵でもって、扉が開かれるのだろう。
父が、この世界という牢獄から出ることができる扉が、――
竜神の娘が、そう、しみじみと語る。
ただ、その鍵ってのが、使い切りの消耗品なのか、それとも回収できて再利用できるのか。
そこんとこ詳しく、と彼女は詰める。
「私も知らぬ。――」
ちらっ志野を上目遣いに見上げる、竜神の娘。
だから顔を赤らめるな、と
「ああ、再利用はできるだろう。」
志野が、きっぱりと言う。
横顔は、確信に満ちてる。
頼もしい。
「ただ、それなりに損耗する。しばらくは使えなくなるだろう。
――対価をもらいたい。僕とハルカへの慰謝料も含めて。」
志野は、意外に強心臓に交渉する。
ただ、竜神の娘も志野の要求を当然と思っているらしかった。
「当然だ。私も父も、忘恩の徒ではない。
できる限り。報いるつもりだ。」
そこでまた、頬を染める竜神の娘。
あー、みてられない。
奇妙な対抗心にかられて。
竜神の娘が、目を瞠る。
志野が、一瞬にしてカチコチになったのを
「ちゃんと返す、ってことだよね?
それでさ。
竜神様は、元の世界にちゃんと帰れる、ってこと?」
まあ志野の腕は、放してあげよう。話が進まない。
使ってはみたけれど、帰れなかったから話がこじれる。いかにもありそうなことだからだ。
「それは、――」
「それだ、それができるか、分からないぞ?
あの鍵は時間と空間の壁を超えることができるのかもしれない。
だが、竜神を故郷に確実に返せるなどとはまったく言えないし、同じ世界の違う時間、場所に出るだけかもしれない。
僕は、何一つ保証できない。」
志野も、この骨についてそこまで多くのことは知らないようだな、と
でも、こんなものをどうして、どこから引っ張り出してきたのだろうか、――?
「富籤に等しい、いやそれより分が悪いかもしれぬ賭けだな。
――しかし父は、そうであっても。
きっと、その機会を欣然と受けるであろうよ。」
竜神の娘は、そう言ってため息をついた。
そして、問わず語りに。
竜神の命が長くないことを、語る。
もはや、命は旦夕に迫っていることを。
老いと病いでままならない彼にあるのは、傍からみていて切なくなるほどの、望郷の念。
とにかくこの世界から、異なる世界に渡りたいという焦がれる想い。
せまい小部屋に閉じ込められた囚人のように、この世界に閉じ込められた竜神は。
ここではないどこかを、恋うている。
そう、たとえ失敗に終わろうとも。
「その夢だけでも、よいのだ。
故郷を垣間みれるかもしれぬという、その夢だけでも。
こことも故郷とも違う異郷に果てることとなったとしても、構わぬと言っていた。
事実、そうなのであろう。
正直、父の絶望は、最近はみていられぬほどであったからな。」
そもそも、あの巨体で。
騒ぎになるので、ここ2、300年は村から出ることすらできていないらしいのだ、という。
冬眠もするし、時間の感覚はおそらく彼女たち人間とはかなり違うのだろうが、鬱屈するであろうことは優に想像できる。
そう語る竜神の娘の、ランプの明かりのもとで普通の人間のように丸い瞳孔となった目も、かすかに潤む。
「確認したいのだが。」
志野が、言う。
「あなた自身も、竜神に付き添って、その扉とやらをくぐるつもりなのか?」
「私がそう望んでも、そうはなるまい。」
父は、長い年月の末、この異郷で病んだ。
それと同じ思いを、私、竜神の娘にさせようとは思っていないようだ。
そもそも、界渡りのことは何もわからぬ。
なんらかの力が必要なのだろう。その力が、どの程度の人や物を運べるのかもわからぬ。だいたい、あの巨大な父を運べるかどうかも、な。
いずれにせよ、私はここに取り残されるであろうよ。この地に巣食う、化け物として。
そしていつか、そなたのような勇士に討伐されるさだめであろう。
そう、少し寂しげに竜神の娘は言う。
この
それに
一つ間違えば、彼女は死んでた。生きてるのは奇跡みたいなものだ。
でも今、彼女はこの人を責める気はどうしてもしなかった。
昔の人らしく、頭の堅い頑固なところもあるし、特に敵には容赦しない、残酷なところもある。
でも、そんなあり方が、
死んだおばあちゃんと、似てるかも。
だからその孤独を慰めたくて、呼びかけたとき、口が滑ってしまった。
「ねー、ばあちゃん!」
言ってしまってから、ハッとした。
やってしまった。
あの、寝ぼけてて、先生に「お母さん」って呼びかけるやつだ。
やばい、顔から発火する!
と彼女は思った。
「あ、ああ。なんであろうか?」
意外なことに。
竜神の娘は、ちょっと
「コホン。ごめん、その。
お姉さんの、本当の名前は?」
「
「そうなんだ!
それでさ。咲耶さんは、竜神さんがいなくなったら、何がしたいの?
何かしたかったこととかさ、なかったの?」
「そうだな。こうなる前は。
町の娘のように、小粋な洋装で賑やかな通りを流し歩いてみたり。
洒落た浴衣で夏祭りに行ってみたり。
ごく普通の小娘としての暮らしを、したかったかもしれぬな。」
目がどこか焦点が合っていない。遠くを見やるように。
おそらくは、自分の過去を追想しているのであろう。
少し無防備なその姿は、普通の、年頃の娘のようにみえた。
ちらっと、
フェルト地の、作りかけの猪のぬいぐるみのようなものがあるのだ。
この部屋にはいっていたときから気になっていた。
完成させたら、集落の子供にあげるつもりなのだろうか?
「だったら、そうしたら?
というか、どうしてそうしなかったの?」
簡単なことのように、思えるが。
「誓約のためだな。竜神からは離れぬ、という、
竜神との誓約。――そうか、そなたは受けていないのだな。」
竜神の精神感応力による、誓約。
父と子の精神的な絆であり、父(竜神)の力のうちある種のものを子(竜神の娘)に譲るのに必要だったそうだ。
その誓約は、父をも、子をも縛る。
お互いを害しないことに加え、一定距離以上、竜神も娘もお互いから離れられなかったり。
この地に入る余所者たちや、
「でもさ、それ。その誓約って、さ。
変えられたり、しないの?
それに竜神がこの世界から解放されても、まだ続くの?」
「さて。私にはわからぬ。
ただ、仮にその誓約がなくなったとしても。
いまさら普通の生き方は、できまいよ。」
この手は、血で汚れすぎている。
そう言った、竜神の娘の顔はきっぱりとしていたが。
やっぱり、
どうにかしてあげたい。
いや、どうにかするんだ!
と、
どこか、この竜神の娘は、
老親の介護に縛り付けられるヤングケアラー*1のように、みえるのだ。
もしかすると、竜神がこの世界から出て行くという、無謀と思える賭けに固執するのも。
娘を自分から解放したいという気持ちが一つにあるのではないか?
そう、思えてしまうのだ。
そんなことを考えてしまう