タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
本話からサブタイトルを変更しました(その関係で「王國は常に爾の胸に(14)」(通算138話)に加筆しました)。ただ、内容に即してサブタイトルを再度変更(修正)するかもしれません。
(第三者視点)
彼はもちろん、まだまだ小さい。
ときどきくる、あのいちばん背の高いお兄さん、シノと比べると、たぶん半分くらいしかないだろう。
はやく大きくなりたいと思ってごはんもおかわりもしてたくさん食べてるけど、なかなか大きくならない。
もちろん、まだ言葉もそれほどしゃべれない。
でも、ここしばらく。
最近1週間ほどで、すごくたくさん言葉を聞いて覚えた気がする。
少し前までは、ごくたまにしか来てくれなかったママが。
ここ一週間はいつもいっしょにいてくれるようになって、お話ししてくれる。
マコトさん、とママが呼ぶちょっとまるっこい男の人も、なにか作業をしていないときに寄っていくと、まぶしそうに眼をぱちぱちさせながら、お話ししてくれる。
もっともマコトさんは、小さい彼の話を聞いて、おうむ返しに繰り返して聞き返してくれるだけのことが多いけど。
でも穏やかに目を細めて聞いてくれるから、いっしょうけんめい、知ってる限りの言葉、知ったばかりの言葉を使ってみせるのだ。
たっくん、たべる!
だいこん!
しの!うま!
あるく!こうえん!
あすれっく!*1
あり!みる!
などなど。
ちなみにママが一緒にいてくれるようになったのは、ここ一週間くらいのことだ。
シノという高い人に、託児所から連れ出され。
ミナリという小さなお姉さんが、この家に連れてきてくれた。
そしてその後、朝になって目が覚めたら、ママが横に寝てた。
最初はママがまたどこかにいってしまうのがこわくてまとわりついてたけど、今では視界にママがいたり、いる気配がありさえすれば大丈夫だ。
なんならミナリとかとなら、ママのいないところに遊びに行っても大丈夫。
だからこうして、ママが洗濯物を干してたりマコトさんと庭仕事をしたりしてるときに、アリの巣をみるのも、彼には安心できる、楽しいひとときだ。
小さな黒いいきものが穴を出たり入ったり、回りを忙しそうに歩き回ったりしている。
穴から出てくるアリは、小さな砂粒をくわえてて、ぽいっとそこらに置いていくので、穴の回りに色の違う砂粒の層ができている。
アリは砂を穴を大きくするために掘りひろげて、中から運んで外に出してるんだ、と。
このまえ、のっぽのお兄さん。シノとか呼ばれてる人が教えてくれた。
――アリは、地面のしたに広がるアリのお部屋を大きくしてるんだな。
きっと狭いところにたくさんアリさんがいるから、広くしたいんだろうな。
彼は小さい頭で、ぼんやりと一週間くらい前までいたところ。あのちいさな託児所を思い浮かべる。
自分より小さかったり大きかったりするけど、たくさんの子供たちとひしめき合っていた。
アリの家も、きっとそんな感じなんだろう。
託児所では、わずかなおもちゃは体の大きな子にとられ、指をくわえてみてるだけだった。
大きな女の人たちは基本的には親切だったけど、すこししかいない。ときどき、つかれきってるみたいでそんなときにはいじわるになった。
ときどき、ママが来てぎゅうっとしてくれた。しばらく公園でいっしょに遊んで、また託児所に戻ることもあれば、 ママがきてくれてぎゅうっとしてくれるけど、すぐ行っちゃうこともあるし、そのままママとおうちに帰ることもある。
でもママに会える。それが楽しみで。
外が明るくなり暗くなり、おおきな女の人たちにふとんにくるまれてねむりこみ、そしてそれが何回かくりかえされる生活をすごしてた。
あのころはママのおうちに帰れるときは、信じられないくらいうれしかった。
となりのお部屋で寝てる人がいるから大きな声出しちゃだめよ、と言われて、外の公園でしばらく一緒に遊んだりすることが多かった。
ママはなんかふらふらして顔色も悪いことが多かったけど、でも彼をじっと見ててくれる。
段々を上ってすーっておりれる「じんばん」が彼の大のお気に入りだった。
すべっていくとお腹がくうーっとする。
何回も何回もすべって、部屋に帰ると少し味のついた野菜スープに浸したごはんを食べて、ママに抱きついて寝た。
でも、目が覚めるとすぐに託児所に戻されてしまう。
だから、ママといっしょに寝るのはうれしいけど、かならずママがいなくなってしまうから、一抹のかなしみがあった。
だけど、今はこんなにたくさん、一緒にいてくれる。寝て起きても、ずっと。
だから胸のあたりがほこほこして、かおがほころんでしまう。
あ、うっかりしてた。
アリに目を戻す。
アリは、時々は蝶なんかの死体を運びいれてる。シノによると、それをごはんにするらしい。
――アリもきっと、食べてうんこするんだろうな。
だったら、地面の下のおうちにはトイレがあるはずなんだ!
自分の発見を興奮してシノに教えてあげたが、この発見の喜びはいまいちわかってもらえなかった。
のっぽのシノやすこし小さいお兄さんであるセンリは、たいていお姉さんたちといっしょに来る。
このお姉さんたちが来てくれると、家はぐっとにぎやかになる。
ママと結婚するつもりだったけど、お姉さんたちの誰かでもいいな、と最近彼は思ってる。
大きなおっぱいの大きなお姉さんはいい。とてもいい。
みてるとなんかどきどきする。さわってみたくなる。
おっぱいを手でさわるとちょっと怒られるけど、せいぜい指で頭を弾くくらいだ。
みてる分には文句をいわない。寛容なのだ。
おっぱいがママとは違う味なのか気になっている。
おっぱいのことばっかりが先にきたけど、結構ダイナミックに運動する遊びに付き合ってくれる。
一緒に遊ぶと、疲れてぐっすり眠ってしまう。
小さなにこにこしてる、ミナリお姉さんもいい。
ここに連れてきてくれた人で、お姉さんたちの中ではいちばん長くいてくれる気がする。
いっしょにいると、ふわあって安心する。
眠り込んでしまうのは、この人のおひざの上が多い。
ただ、この人のおひざに乗ってると、シノが物言いたげな目線をよこす。
自分もしてもらいたいらしいが、自分の大きさを考えろと言いたい。
ちなみに中くらいのセンリお兄さんも、すこしうらやましそうな顔をしている。
遊ぶときは、積み木とかに辛抱強くつきあってくれる。
すらっとして、シノほどじゃないけど髪が短くておっぱいもないお姉さん。
この人は、あまり来ないけどたっくんのお気に入りだ。
いっしょに遊ぶと、いつもおもしろいことを考えついてくれる。家の中でも外でも。
女の人なのにおっぱいがついてないのがふしぎだったけど、そういう人もいるんだと納得した。
そういえば、託児所の女の子たちも、おっぱいはなかった。
だからきっと、このお姉さんもそれと同じだ。まだ今から大きくなるんだろう。
それによく考えるとマコトさんは男なのにおっぱいがあるから、きっとおっぱいのある・なしは、人それぞれなんだ。
これも気づいたときに大興奮してシノに言ってみたけど、困ったように頭を掻いてて、それ本人たちには絶対言っちゃダメだよ、と言われた。なぜだろう。
きっと、なんかむずかしい理由があるんだろう。
この3人と結婚してもいいな、と小さな彼は思う。
きっと、どれもたのしいはずだ。
おっぱいをのんでくらすのもいいし、いっしょにひるねするのもいいし、いっしょにあそぶのもいい。
3人いっしょでも、いいよ。
このアイデアも結構大発見かもしれない。
これもシノに言ってみよう、と小さな彼は思う。
でも、なんかあまりいい顔をされない気がする。
でもな。きっとシノもそう思ってるはずだ。3人ぜんぶって。
おきてきたら、きいてみよう。たかいたかいをしてくれるよう、頼むときにでも。
そう、小さい彼は思い。
またアリの行列をたどる作業に入るのだった。
―――――
(志野視点)
何か無音の振動を感じて、目を覚ます。
すっかり日は高く、慌ててがばっと半身を起こす。
国領を目で探す。
隣のふとん、横向きに向こうを向いていて、すうすうと寝ている気配。
そっと横顔を覗き込む。長い睫の瞼は閉じられているが、呼吸が感じ取れる。
よかった。ちゃんと生きてる。
ほうっと胸を撫でおろすと。
音を取り戻した世界で、風鈴がちりちりと鳴り、セミが鳴き交わしている。
典型的な、真夏日だ。だけど風通しがよく、そこまで暑苦しくない。
台所で換気扇の音。ナギさんはこっちだな。
音を立てて国領を起こしたりしないよう、廊下に出て、用を足して。
顔を洗って、そのまま台所に顔を出す。
「おはようございます。今朝がたは、ご迷惑をおかけしました。」
「いえ、いつでも!--眠れましたか?」
ぱあっと、花が開くような笑み。
なんか罪悪感があり、はい、ありがとうございました、と言って目をそらしてしまう。
朝ごはんはどうするか聞かれる。
国領を待ってもいいかな、それとも先に頂こうか、と思い。
台所に火を見に戻ったナギさんに、返事をしようとすると。
ちょうど折よく、途中でふすまが開けられ。
ちょっと寝癖がついて、頭からアホ毛が数本飛び出ている国領が出てきた。
ナギさんたちから借りてる、もともとは僕と紫藤の家から持ってきたちょっとださいパジャマを着ている。僕もマコトさんのを借りてるけど、小さいから着替えたいな。
国領捜索のための荷物に入れてた着替えは、地面に敷いて汚れたりしたので洗ってもらってるんだ。
僕に向かって、おはようしのりん、と国領はごく普通に声をかけてきた。
おはよう、と答える。
ナギさんが、台所から声を掛けてきた。
「ハルカさんも、良かったら朝ごはんにされます?」
「あ、ナギさん、おはようございます!是非、お願いします!」
ちょっと顔を洗ったら、お手伝いします!
そう言って国領は廊下に消えていき、洗面所方向で顔を洗う音が聞こえた。
僕も配膳を手伝い。途中で国領も加わり。
焼いたシシャモ、青菜のお浸しと浅葱の味噌汁とごはんの簡素な朝食が並べられた。
「いただきます。」
まさしく旅館の朝ごはんのような感じに、座敷でごはんを食べる。
「なあ、――体調、大丈夫か?」
国領はごはんを口に含んでぷくんと膨らんだ頬の顔で、きょとんとして。
ごくんと飲み込んだ後、思い出したように体をパタパタたたいて。
ちょっと緩いパジャマの襟あたりを持ち上げて、中を覗き込み。
袖も少しまくって、目を瞠り。
足首も確認してる。
「うん、大丈夫だよ!」
という。自分でもびっくりしているようだ。
「それで。見える範囲だが。首のところとか、」
首の絞められた痕のあざは、もう全く見えない。
きれいに白い、すべすべの肌があるだけ。
「そう、痕が消えてるよ!すごく早く治っちゃったんだね――。」
竜神の触手で絞め上げられた両手首、足首のあざが、なくなっているという。
早く治ってよかった、どうしようかと思ったよ、と能天気に国領はさえずっているが。
この異様な回復速度については、僕には一つの仮説があった。
僕が思うに。
これは竜神の胚(種)の影響ではないだろうか。
竜神の娘は、おそらく竜神の種を承けたことにより。
数十年にわたり冬眠し、体が一見して気づくくらい、大きく変わるに至っている。
国領も、竜神の種の影響を少し受けているのではないだろうか。
おそらく、竜神の種を受けた部位(国領は腸だったが、竜神の娘は性器だろう)や、その後の胚の成長の経過や竜神との何らかのやりとり(誓約?)により、影響の大きさが違っているのだろう。
でも、一見するとなにも変わっていないように見える国領だが、怪我が治りやすくなってるとかの形で影響が生じているのではないだろうか。
体力も、測ってみると顕著な向上があるかもしれない。
そう、僕は思っている。
それとなく、今後も観察を続けて確認しよう。健康診断も、やっぱり受けさせよう。
ちなみに。
あの竜神の胚の欠片は、密閉して冷蔵庫の冷凍室に保存してもらってる。
この欠片が何か役立つことがあるかもしれない。そんな気が僕はしている。
さて。
あんな濃厚な時間を交わしたけど、今の国領は僕に対してもごく自然体で。
ちょっと前みたいに、普通に気のおけない、仲のいい異性の友人的な会話をぽんぽん投げてくる。
ただそこには、親愛にせよ執着にせよ、もはや特別な感情はみえない。
ちょっと寂しい気もしたが、これでいいんだ、と思う。
いや、だってさ。
知られたら、調布に殺される。紫藤に泣かれる。
僕は二人が好きだ、怒らせたくも悲しませたくもない。
もちろん、国領も好きだ。
好きっていうか、心を惹かれてしまってた。
外見もすごくきれいだし、今でもあの屈託ない、あたりを白く染めるような明るい笑い声を聞くと、どきどきしてしまう。
だけど。
僕には、紫藤と調布がいる。愛している。
そして国領は、――あいつ、いい奴だからな。
人の歩かないけもの道より、もっと日当たりのいい、明るい正道を歩くべきだ。
何より。
国領の今の振る舞いには、明らかに僕への恋愛感情はない。友人同士のそれだ。
僕と国領がヤったのは、それ以外に手段がなかったからだ。
国領を救うためにやむなく、一夜を共にしただけだ。
僕は、馬鹿だから。
まだ心に気の迷いがあるし、気持ちを整理しきれてない。
だけど、少なくとも国領側は吹っ切れてるし。
紫藤や調布が心配するようなことは、ありえない。
もし紫藤、調布が僕が変だと気づいてしまって、聞いてきたら。
僕は正直に、そして僕なりに誠実にそう答えて謝罪するつもりだ。
それこそ大馬鹿、馬鹿正直なのかもしれないけれど。
もちろん、僕だってそれは分かってる。
国領との密約どおり。
二人に積極的に知らせることはもちろん、気づかれることも避けるつもりだ。
だけどもし、気づかれたら。
二人に嘘をつくつもりはない。いや、嘘くらいお見通しだろう。
怒られるかもしれない、泣かれるかもしれない。だけど汚れた感情を持ってしまったのは、事実だ。
それを認めて、殴られるなり蹴られるなりしよう。
うーん、でも命は惜しいな。悪いけど国領には命乞いに協力してもらおう。
見放されたりするだろうか。その時はみっともないけど、取りすがろう。。
もし、気づかれなかったら。
僕は、この僕に残るぐちゃぐちゃな思いを、厳重に密閉して丈夫な箱に詰めて。
心の片隅、雑多な感情が積み上げられて埃をかぶってるガラクタ置き場の片隅に置いて忘れてしまおう。
きっと少しずつ色褪せ、かすかな心の痛みをのこすだけになり。
そしてやがて、思い出すことすらなくなっていくだろう。
あの遠い日の夕方の、紫藤の笑顔のように。
そんな変な感傷、物思いに耽ってしまう。
本当なら、国領だけでなく。
紫藤と調布だって、僕にかかわりあうより、もっと明るい未来への道があるんだ。
そう思うと、忘れてた罪悪感がまたちくちく胸の中を刺しはじめる。
紫藤は、こんな悲運に魅入られていなければ。
普通に友達と楽しい日々を送り、卒業し、おそらくは大学にも進学し、会社で働き、大学や会社の先輩や同期と恋愛したりして。
明るい、ほんわかした家庭を作るんだろうか。
調布なんて、もう明らかだ。
紫藤の事件で気を落としてグレたりしなければ、つまり今みたいな調子なら。
国内最難関級の大学はもちろん、海外の一流大学にだって留学できるだろうし、実力を振るえるだろう。
すごい魅力的な彼氏と刺激的な恋愛をして、国際結婚でもするかもしれない。
間違いなく、パワーカップルだろうな。
どっちも、僕みたいな沼地に嵌ってる場合じゃないのかもな。
でも僕は。紫藤にも、そして調布にも。
どうしようもなく、この心を囚われてしまった。
僕の汚れた心は、この二人を離れたくない。放したくない。
責任、って国領が言ってたな。
この二人に対して、責任をどうやってとればいいのか、まだわからない。
調布のためなら、もちろん死んでもいい。
事実、未来の調布は僕が調布のために死んだと言ってた。
紫藤となら、一緒に死んでもいい。
僕一人の命なんて、軽いものだけど。
そっちの、「終わりにする」責任の取り方なら。
今度こそ死んで、何もない状態になる。僕という意識は失われる。
誰か僕を記憶していようといまいと、何も変わらない。すべては雨の中の涙のように*2失われるだろう。
でもそれで紫藤が救われ、調布が幸せになるのなら、きっと僕は大丈夫だ。
わからなくて怖いのは。
生きて、責任をとること。
いや、違うな。
生きて、責任をとれないことなんだ。
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国領は今はナギさんと一緒におしゃべりしながら、流し場で食器を洗ってる。
僕も手伝うべきだと思うが、割り込めそうになかったので。
せめてと思って、布団をたたんでしまい、簡単にそこらを片付けた。
多分マコトさんも庭木の手入れや草取りをしたりしてるだろうから、手伝いに参加しようかな。
そこらへんのことはやっていいと言われてる、というより、それをするかわりに、びっくりするくらい安く借りることができた。
空気の入れ替えとかをしないと、家が傷むらしいので、ちょうどよかったと大家さんは言ってたらしい。
いつかお礼しとかなきゃな。
そんなことを考えながらちゃぶ台の前に座り込んで、ナギさんが供してくれた玄米茶を飲んでいると。
どこからともなくたっくんが出現して、僕の首にまとわりつく。
そしてまだちょっと回らない口で。
お馬さんをしろ、アリをみるぞ、公園に行こう、とさまざまな要求を向けてくるのだった。