タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
遅れてきた子も含めて三者三様で細部を考えるのが楽しいです。あ、あと何人かも。
またも少し時間が戻った時点、志野を叩きのめし損ねた調布智美視点です。
後で小さな修正をするかもしれません。
「あはは、そこは乙女の秘密なんだけどね、――」
きれいな笑顔で、昨日のことを聞かれた彼女は私に片目をつぶって、茶目っ気たっぷりに答える。
一般的に受け入れられている
でも私は、わずかながら違和感を覚えた。
普通の友人相手ならいい。でも私と彼女の距離感からすると、この答えは微妙に間合いが遠すぎるのだ。
まるで、何かを知られるのを警戒しているような感じ?
そしてそのはぐらかすような、答えの内容も。
微量ながら、彼女の目に隠しきれず浮かぶ罪悪感と不釣り合いなのだ。
そこから、私は彼女と彼に疑念を覚えはじめた。
認めよう。
その後、
志野を問い詰めた理由の一つは、私の醜い嫉妬心、独占欲だったのかもしれない。
疑念を覚えてから、彼女の前で平静さを保っていたという自信もない。
私は志野のことになると、冷静さを失ってしまうみたいだから。
でもまあ、結果オーライか。
私はそう、のしかかっている目の前の志野の顔を見ながら思った。
ーーーーー
彼女、国領ハルカは、クラスだけでなくこの高校の中心人物の一人だ。
生徒会の役員でもあるし、部活(名前は創作ダンス部だけど、弱小ながら体操部門があって彼女も所属してる)でもエース級。
明朗な性格で、ちょっと変人っぽくキャラを作ってるけど、その人望、実力は隠然としていて。
クラスでも、男女問わずとても人気があると聞いた。
あまり上下関係とか気にしないタイプで、一軍の(と私の高校では、クラスのヘゲモニー的な、上位陣と目される立場を指して言っている。好きな言葉じゃないけど)男の子たちにはなびかず、二軍や補欠組(これは、ややみそっかすな子たち。嫌いな言葉だけど)のちょっとさえない子にも、気さくに声を掛ける。
もちろん男子女子かまわず。
でも絶妙なバランス感覚で、一軍の女子たちに敵視されたりもしないし、一軍男子も何も言えない。
なんかその自由人的なあり方で、許されてるというか、許さざるを得なくなるというか。
そういう地位を、築いているようだ。
そんなあり方は、私とは違うけど好ましく思える。
――ええ、私とは違うけど。私は男子たちには嫌われてます。悪かったわね。
その
外見も、ずるいくらい可愛い。
サラサラしたショートカットの栗色の髪。
ちょっとおでこな細めの顔、肌荒れに悩む子たちからひんしゅくを買いそうなくらい、なめらかな肌理の細かい色白な肌。
手が吸い付きそう、とでもいうのかしら。
繊細な二重まぶた、長い睫毛で縁取られた目。
でもいたずらっぽく輝く目は表情豊かで、フランクな言動とあいまって、外見の優美さを裏切るボーイッシュな印象。
やっぱり細くて起伏は少ないけど、しなやかな、すらりとした体つき。今風に少し短いスカートから伸びる、ほどよく細い白い脚。
思春期の男子にも、もちろん受けがいいんだろうけど。
むしろ女子たちに、信者っぽい子が多い。
あの男の子みたいな口調もあって、一部では王子様扱いされてると聞く。
頭もいい。
話をしてても、面白い。ダルいと感じることもない。
それでいて、どこか
だからどこか大事なものが欠けてしまった私とも、馬が合った。少なくとも私はそう思った。
知り合ってから幾度か帰り道を共にしたりして、すぐ気がおけない友人になった。
最悪の時代を共にくぐり抜けてきた、戦友というべきみなりほどでは、まだないけれど。
一緒に救出作戦をかいくぐった仲間でもあるし、おそらくみなりと同じくらい、本当に近しい親友になれると思う。
でも。
こうして、日蔭谷を訪ねて、顔を合わせて。
その親しい友人が、私と話すときの、ごくごくわずかな逡巡。
あるトピックから話がそれると、表情は変わらないけど視線が少しだけ凪ぐ。ごくわずかに気が緩む。
そして私がさりげなく掛けてみた鎌への、反応。
本人は、反応を隠しおおせてると思ってるみたいだし。
おそらくは、普通の女の子なら気づくことはないかもしれない。
ハルカ、猫かぶるの上手いし。
しかし、私には。
部品のバリを見抜く職人みたいに、そのわずかな不自然さが目についてしまった。
そして。
私に分かったということは、みなりにはもっとはっきりわかるということ。
だとしたら?
ええ、先に確かめるしかないでしょう。不快な真実であっても。
私より繊細で傷つきやすい、
ハルカには、さほどの怒りは湧かなかった。
この子は、外見はちょっと遊んでそうな、軽そうな感じを作ってるけど。
実際には、そんな軽い子ではないし、ちゃんと考えてる。
少し屈折してる、っていうのだろうか。
おそらくは舐められないようにイケイケな風を装ってるし、男子とも気軽に話をするし、その気になれば明日からでも一軍女子になれるんだろうけど。
男女交際とかには、あまり進もうと思ってないタイプだ。浅く広く、って感じ。
それも、戦略的なもの。本当のところは気心の知れた親しい少数の仲間といたいけれど、あえて外に打って出てるんじゃないかな。
異性に興味がないわけでは、ないんだと思う。
一緒の帰り道で、道端のCDレンタルショップに張ってあった、とあるロック・ユニットのポスターに彼女がしばらく目を奪われてたのを覚えてる。
まあ、あのボーカルは誰だって格好いいと思うんだろうけどな。ええ、私もガン見したし。
まあ私は志野が好きだけど、芸術作品は鑑賞するものでしょう?
それはともかく。
たっくんを遊ばせながらの彼女との会話で、私は、冒頭のやり取りを糸口に気になった断片を寄せ集め。
断片をパズルのように再構成し、一つの絵図として俯瞰し、ひとつの確信に至った。
――ハルカと志野の間に、何かがあった。
そして二人は、それを隠してる。
頭に、血がのぼった。
ただ、表面上はそれを隠したつもりだったけど。
ハルカには、気づかれてしまったらしい。
私がハルカと志野の間のことに気付いてしまったということを。
凪さんがハルカと交代することになり、たっくんを引き取りにきて。
志野とマコトさんの草刈りの様子を見に行く、と言って私がその場を離れようとしたときに。
――ごめん、さとみん。
変だと、思ってるんだよね。
昨日、いろいろあって、――全部ボクが悪いんだ。本当に、ごめん。
だから、――
そう、ハルカは私に。
きまり悪そうに、言いかけて。
でも言葉を継げず、私の目を見て。
その繊細な目を見開いて、絶句した。
――もう、いいのよ。
気にしないで、大丈夫。
気が向いたら、後で聞かせて?
そう、笑って返せたと思う。
でも。
腹の底では何かが黒々と禍々しく燃え始めていた。
ハルカの、気づかわしげというのを超えて、怯えた眼に気がついたけど。
もう今は、それどころじゃなかった。
悪いけど、ハルカのことは終わってからフォローしよう。
――志野。あなたさあ。
内心で呼びかけ、こぶしをそっと握る。
くらっ、と後頭部が揺れる感覚があった。
私は、努めてやわらかな笑みを浮かべ、怯えるハルカに手を振り。
荒々しくならないように気をつけながら、歩み去る。
背中に恐慌を来したような彼女の少し荒くなった息遣いと視線を感じたが、――もう、どうでもいい。
もう頭の中には、嵐が吹き荒れ始めていた。
――――――
それから。
志野を、工場の裏手に連れ出し。
ハルカとの関係について、正面から問い詰めた。
志野は答えを渋ったが、搦め手でいくとあっさりぼろを出した。分かりやすい。
そして、私は。
何かがあった、でも全部自分が悪い、という志野の言葉に。
ぷち、と何かの脳内配線が切れるのを感じた。
ハルカをかばう態度へのいらつきを感じたのもあるけど。
それ以上に、悲しみにも似た何か。
ともかく一度は我慢して、とりあえず怒りを抑えようとその場を離れようとしたけれど。
でも、私を引き留めようとして私に回した志野の腕に、何かが触発されて。
暴発した。
――いや、暴発寸前で、志野に抑えられたというべきか。
反省してる。志野にも言い分があったはず。
耳も貸さず、暴力を振るおうとするなんて。
暴力で女を支配しようとする奴らと、同じになってしまう。
志野には、悪いことをした。
あのホテルの時の続きの機会があったら、償いに。
志野に思い存分に、私を痛めつけさせてあげよう。
何をされてしまうのだろうか。考えると、ちょっとぞくぞくしてしまう。
いや、それはともかく。
志野のやることは、ときに何かの魔術のようにすら思える。
たとえば、あの元家庭教師の魔手から私を救い出したときも、そうだった。
わずかな手がかりからみなりのお父様と凪さんを突き止め、救い出したときも。
ただ、あざやかな成功の陰には、地道な準備があった。
みなりのお父様の方は、私も計画から加わってたからわかる。
結果としては魔術的な成功にみえても、本当は悩みに悩んで決めて、泥くさい苦労を重ねているのだ。
優雅に水に浮かぶ鴨も、水面下では水掻きしているように。
だから私を救ってくれたときも、事前に何か調べてたんだろう。どんなことなのか、恥ずかしくて聞けないけど。
あれ、そういえば、こいつ、志野は。
私の胸の形とか熱く語ってたな。あの場面で、元家庭教師の前で。
きっと私の録画テープの画像分析、されまくったんだろうな。――はぁ。
その割にはまだ責めがおとなしい。わかってるくせに、そんなに丁重に扱わなくていい女なのに。
いや、そんなことじゃなくて!
志野の底知れなさのことだ。
先の2つの例みたいに、背後の積み重ねがあるだろうことなら、まだわかる。
でも背後の積み重ねが全然想像できない、本当に魔術みたいなことを突発的に志野がすることがある。
たとえば、今。
「押し倒されながらのキスの練習」とか、ありえないでしょう?
タックルして押し倒し、馬乗りになってボコる。
数ある喧嘩の手法の中でも、まあ定石の一つと言っていいものだと思う。
優等生だった私も、中学校の頃に他校からのちょっかいを受け、やむなく腕力に頼る羽目になったときに、数回採用した。
体格も大きかったし、何より幸運もあって男相手でも負けたことはなかった。自信もつけた。
それなのに。
志野にはあっさりいなされた。本当に、あっさりと。
腹も立たないほどの、実力差。
最近は、忘れてたけど。
地味な外見に騙されてしまうけど、志野は、そういう奴だった。
羊の皮をかぶった、狼なのだ。
そう、それはまさしく魔術のようだった。
難なくいなされたばかりか、いつのまに柔らかくキスまでされて。
押し倒しつつある不安定な体勢から、すでに口中に舌を入れられてた。
ありえない。わざとでなくても勢いで、舌を噛みきられるかもしれないというのに。
そのまま舌を入れられたま、赤子を寝かすようにぽんぽんされながら抱きすくめられて。
煮えたぎり沸々と
そして謝罪された。
言葉を思い返すと、ちょっとホスト風というか軽薄な気もしたが。
その態度もあって、嘘をついてないことはわかった。
言葉に、説得力があった。
そして、愛してると言われて。
熱い激怒と冷たい驚愕に激しく混乱した頭が、あっけなく暖かい幸福感に塗りつぶされた。
熱い怒りに駆られて志野を襲ったときから、志野に愛を語られて心がぽかぽかするまで、その間おそらく2、3分。
我ながら、チョロすぎる。
多分、志野には私を懐柔することなど、赤子の手をひねるように簡単なことだったのだろうな。
一人で思い出すと、きっと恥ずかしさでいたたまれなくなるだろうから。
だからこうして、志野を押しつぶすように乗っかりながら、しつこくまとわりつく。
ごめんなさい、こんな大女で。重いでしょう?
精神的な安定を取り戻して、私は志野とけっこう際どくじゃれ合いながら、思い返す。
あの唐突で、激烈な私の怒りについて。
志野が浮気(?)したからというわけじゃ、必ずしもない。
彼が浮気性というか、好色なのは知ってる。
というかそれを言い始めたら、男のほとんどはそうだろう。
納得はできないけれど、しかたない。生物学的にそう、できてるんだろうから。
もちろん、志野とハルカに何かがあったんだとして(たぶん、あったんだろう)。
それが気に食わなかった、というのはある。
私も私を、私だけを見てもらいたいと思うのは当前だ。ちなみに、みなりにだって私の汚れた嫉妬心は少し向かってる。
でもそのせいで、志野を叩きのめしたい衝動に駆られたわけじゃない。
本当の原因は、それじゃない。
何かが気に障った。――多分、私が信用してもらえてないということ、だろうか?
お前の知ったことじゃない、とぴしゃっと鼻先で扉を閉められたから?
いや、少し違う。それもあるけど、それだけじゃない。
そう、それに近いけど。
彼のすることに、私が口を挟めないのはなぜか。
それは、彼が私のものではないからだ。彼がハルカと何をしようが、口を挟める立場でない。
ああ、今、わかった気がする。
そっちなんだろうな。
信用云々というより、志野の中での私の中途半端な立場を思い知らされて、悲しかったんだ。
私は、あなたにとって何なんだろう?って。
これがおそらく、最大の原因なんだろう。
でも、もう少しだけある。
もう一つ、思い当たる原因は。
あんな目をハルカにさせたこと、かもしれないな。
いや、ハルカもハルカだ。詳細は分からないけど、ハルカも無罪じゃないよ?
あなたたち、共犯だからね?
世が世なら、姦夫姦婦として石打ちにされるんだから。
でも、私にはなんとなくわかる。たぶんハルカのことを、責められない。
きっとハルカは、――何が起きたか知らないけど。
志野に救われたんだろう。
あの声。ボクが悪い、といった声。罪悪感の浮かぶ、目。
もちろん志野とデキて、志野をかばってる、というのもあるんだろう。
それに演技巧者なハルカだ、私が二人の関係に気づいたのに気付いて、先手を打ったのもあるかな。
いや、違うな。
あれはやっぱり、本人的には本当にそう思っての言動だったように思う。
私の経験のことも考えると、今回二人の間に起きたことの推測はできる。
こいつは、志野は。
基本的に、善人なんだ。
だから、たぶんハルカに何か危険が迫ったことを察知して。
そして思ったんだろう。なんとかしなきゃ、って。
実際、なんとかしたんだろう。ほぼ独力で。もっと頼りなさいよ。
ハルカは見たところは怪我もなく、ちゃんと無事に帰ってきた。
でもきっと、何かの死線をくぐったんだと思う。そうでなけりゃ、説明つかない。
それは仕方ない。むしろ志野は、よくやった。
だから、私が志野に言いたいのは、そこじゃない。
ハルカを救ったのは、いい。
救われたハルカが、おそらくはお礼になんかしちゃったとしても、――手か口かな、抜いたのは。胸は挟むほどないし。
それを志野が受け入れたことは、まあ気にくわないけどしかたない。
でもどうせなら、――ちゃんと救いきりなさいよ!
あたしとみなりに、気兼ねしてるんだろうな。
だから、その一因の私が言うのもなんだけどさ。
ハルカの目をみて、あなた、気づかなかったの?どうも思わなかったの?
ハルカの目。
あの少し色の薄い、感情豊かな目。
もちろん、見た目ほどは単純じゃないんだろうけど、基本的には明朗快活な目。
その目が、最後ははっきりわかるくらいの懊悩を見せてた。
自分でも制御できない、強い感情を深く押し隠そうとして。
いつか、マグマは噴き出すだろう。
私は最後にみたときのあの彼女の目を思い返して、そう思った。
みなりとも、話しあわなきゃいけないかな。
志野は、すごいんだけれど。
でも最近気づいたけど、なんかこの手のことについては、すごく不器用なのだ。
彼に任せとくと、危なっかしい気がする。
きっぱりとハルカを突き放して、絶望させたり。
何も言わず責任を取ろうとハルカに接近して、みなりを傷つけたり。
どちらもありそうな気がする。
いざとなったら、私が汚れ役を引き受けるしかないかな。
私がハルカを過剰に責める
あるいは、みなりと衝突してみせて、ハルカに身を引かせる?
いや、後の選択肢はないか。
あまり時間はないけど、考えておこう。
―――――
ぐちゃぐちゃ脳の隅っこでは気掛かりなことがあったけれど。
志野に甘やかされて、いちゃついて、そして言葉を交わして。
気掛かりを忘れて、私も志野に甘えてしまう。体の芯が、柔らかく溶けてしまう。
志野は志野だ。そしてやっぱり、私は彼が好きなんだ。と、そう認識を新たにする。
ハルカとの間には、何かがあったんだろう。やっぱり気になる。
もし彼らの間の関係が、深まっていったとして。
志野はハルカを選び、私を捨てようとするだろうか。
あの娘はすごくかわいいし、独特の魅力もあるし。――その、処女らしいし。
ありえないシナリオでは決してない。
でも、私は私だ。
私は、志野を追っていきたい。
――いや、違うな。
結局は同じことかもしれないけれど。
私は、志野とともに追いかけて行きたい。
志野が追い求めている、何かを。
今はまだ、その細かい内容までは教えてもらっていない。
志野の目的の中に、みなりを何かから守る、ってことがあるというだけ。
でも志野が求めるものは、おそらく私が求める何かでもあり、おそらく私にも関係する何かでもある。
そして、それは志野が隠している秘密に、結びついてるのではないかと思う。
私に、そしてみなりにすら、その詳細を教えてくれていない理由も想像がつく。
おそらく、私の想像以上の危険があるのだろう。命や、それ以上に大事な何かを失いかねないほどの。
彼は意外なほどに、過保護で心配性だから。
でも私は、護られてばかりのお姫様じゃない。ああ見えて、みなりも。
私たちが、いくつもの冒険をあなたの相棒として共にするうちに。
いつか、あなたを知ることができるだろうか。
彼の唇を胸に感じながら、そう思った。