※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 紫藤視点です。
 ルート選択を迷っていましたが、とりあえず、かなりおとなしめのルートで話を進めてみようと思います。
 また後から修正するかもしれません。


149 罪がまだ美しかった頃(5)(紫)

 

 引っ越しの荷物をまとめていると、昔の愛読書や、写真やアルバムとかが出土する。

 つい、手を止めて見入ってしまうよね。

 懐かしく思うのは小学校、中学校のころの写真かな。あ、たまに幼稚園のときのとかも。

 

 どの時代を思い出しても、悲しいこともうれしいこともあったし。

 大好きな友達もいた。

 小学校のときの親友のチカちゃん。もちろん大好きだ。転校しちゃったけど、元気かな。

 しばらく年賀状が行き来してた。でも中学生になる頃から所在地不明で戻るようになり、そのまま音信不通。

 中学校の友達とは、少し疎遠になっちゃったかな。

 

 刎頸の友だ、って思えるのは、やっぱりさとみんだな。

 さとみんは、いろいろすごい。あんなにきれいで、頭が良くて、強くて。

 その点では、ぜんぜんわたしとはちがうんだけど。

 でもさとみんは、どっか傷ついてる。そこは、わたしとどこか同じなんだ。

 これは口には出したことないけど、もしかするとわたし以上に、こじらせてる気もする。

 そこも含めて、わたしとさとみんとは同じなんだ。魂のきょうだいだ、って感じがするんだ。

 

 ハルカちゃんも、親友だ。ハルカちゃんも、さとみんとは違ったところで、すごく相通ずるものを感じる。

 さとみんはわたしからみるといろいろ恵まれすぎてて、断絶というか、寂しさを感じることがある。その点、ハルカちゃんとはもっと感覚が近い。

 ハルカちゃんもたぶん、家や学校のことで苦労してる。

 そしてその現実がいやで、空想に逃避してるんじゃないか、と思うんだ。そこは似てる。

 ただ、わたしとはやっぱりちがう。ハルカちゃんも、いろいろすごい。

 ハルカちゃんは、空想の自分に近づこうと、本気でがんばったわたしなんだ。

 

 ふたりのことを考えると、どこかほっこり安心する。とくに、さとみん。

 今のわたしは、友達に恵まれてるよ。うん、クラスの他の子たちとの関係も悪くないし。まあそれはさとみんのおかげでもあるのかな。

 

 この2人の親友だけど。

 さとみんハルカちゃんの3人で一緒に撮った写真は、まだない。

 文化祭のときにカメラマンさんに、何かの時に渡り廊下で撮ってもらったのがあったと思う。

 もうすぐしたら、買えるようになるはずだ(わたしの学校では、廊下に写真一覧を張り出して、ほしい写真の番号を書いて、封筒にお金を入れて注文するんだ)。

 白目とか、変な顔で写ってないといいな。

 外で撮った写真はあまりないけど、屋内だと、目のところがよく金色に写るんだよ。

 ハルカちゃんは、それは封じられし魔眼だ、いつか目覚めるんだ!っていうんだけどね。

 ちなみにハルカちゃんも魔眼仲間らしい。二人とも、今のところ何も目覚めてないよ。とほほ。

 

 1年生のころにさとみんと一緒に撮った写真は、何枚かある。学校行事での登山のときのとか。

 おかしいくらい、背の高さがちがうけどね。まるで歳の離れた姉と妹だ。

 写真の中のわたしは、さとみんの肩に頬を寄せてピースをして、今よりももう少し丸い幼い顔で、ふにゃっとした笑顔で写ってる。

 その横のさとみんは、いつもは冷たくもみえる端麗な顔に、苦笑めいた笑みを浮かべてる。

 

 ハルカちゃんと写った写真もある。去年夏の文化祭の時のかな。

 ハルカちゃん、はじめて会ったときから雰囲気は今みたいだけど。

 写真ではまだちょっと板についてないかんじだ。高校であんな風にはじけちゃったのかな。

 ハルカちゃんは宝塚男役みたいな余裕の笑み、わたしはすこしひきつった笑み。

 わたしをハルカちゃんが姫扱いしてた頃だからだな。

 まだ去年のことなのに、懐かしい気がしてしまう。

 

 志野くんとの写真は樋木崎渓谷のときに何枚か撮ったけど、まだ現像できてない。

 早く現像に出したい。こんど、志野くんとピクニックに行って撮り終わってから、すぐ出そう。

 変なもの写ってたらどうしよう。心霊とか。

 

「みなり姉、進んだ?」

 

 あ、千里がなんか集中力が切れたモード。

 こっちも途中で出土した本を読みふけってたな。

 さっきまでボスボスそこらへんの本を段ボール箱に突っ込んでた。

 図書館から借りてる本も多くて、実は買って持ってる本はそこまで多くないんだ。

 千里の場合、県立図書館からも市立図書館からも、ついでに学校と児童館からも借りてるからね。

 

「うん、だいたいおわったよ。もう少し。」

 

 勇お父さんからは、引っ越しの準備を進めろと言われてる。

 この部屋も、ベッドとか机とかをのぞけば、かなりがらんとしてきてる。

 この家も引き払うことになるのか。――でも、仕方ないよ。

 思い出はあるけれど、でもこれからの新しい生活を考えると胸がふくらむ気がする。

 もちろん、不安だって大きい。

 奨学生になると、そのうち転校することになる。

 転校したら、どのくらい志野くんやさとみんたちと会えるかな。

 

「そういう千里は?」

 

 千里のことも心配だ。

 千里は、よふかしして寝坊するからね。

 毎朝たたき起こして間に合わせてるんだ。

 わたしがいなくなってちゃんと学校に行ったりできるかな。

 まあ、寮は学校の敷地に隣接してるから、意外にいいかもしれない。

 寮に住んでる友達もいるらしいから、そんなに孤立したりしないだろうし。

 

「うーん、何すればいいかわかんないや。」

 

「そうだよね。とりあえず、ベッドと机以外は全部きれいにしようよ。」

 

 今まで大事に貯めてたものも、ばっさり捨てることになるな。

 きれいな包装紙とか、レジ袋とか。なんかもったいない。

 ある程度、マコトお父さんにあげようか。

 ちっちゃなビニール袋とか、意外となくて困ってる感じもした。

 ベッドとか、机とかは中古屋さんに引き取ってもらうのかな。

 もう一部擦り切れて毛足が短くなってるじゅうたんとかは、捨てるしかないんだろうね。もったいないけど。

 

「あと、服とかどうするの?」

 

「1週間分くらい残して、後は荷造りしちゃおうよ。」

 

 冬物とかは、もちろん詰めてしまおう。

 マコトお父さんとかのところに一時的に置いててもいいかもな。

 どれくらいの荷物が部屋に入るのか、わからないし。

 

「靴とか、傘とか?」

 

「そこらへんは、服と同じかな。最低限残して詰めちゃおう。」

 

 まあ千里は、服と本だけ荷造りできれば、だいたい終わりかな。

 食事とかは寮で出るらしいし。電化製品も持っていく必要ない。

 わたしの方は、本当のところは生活必需品関係をどのくらい持っていけばいいかわからない。

 ふとんとか、いるのかな?

 もっと詳しい説明とか、ないのかな。

 自転車は持っていけないだろうから、日蔭谷に持っていってマコトお父さんたちに使ってもらおう。

 

 今のお父さんは、家財のほとんどを処分するつもりみたいだ。

 お父さんもお金がもらえるっていってたけど、どのくらいなんだろう。

 この家を処分したら、あの女の人。テメコさんと暮らすのかな?

 ただ、そのお父さんはあまり嬉しそうでもない。

 やっぱり、鬱々としてる気がするんだ。

 

 ――そして。

 気のせいだと思う。

 気のせいだと、思うんだけど。

 なんか、わたしへの罪悪感?みたいなものがその目の中にちらつくことがある。

 あの人が。そんなわけない、って思うよね。気のせいかもしれない。

 だけど、千里に対してはそんな罪悪感、全く感じてなさそうだ。

 相変わらず、この2人の間には最低限の会話以外の会話はないから、あまりわからないけど。

 そこまで何も思っていなさそう。

 わたしの方に対してだけなんだ。少しやさしげな言葉をかけたり。

 いままでのこと。いろいろわたしにした責め苦を、後悔してるってことかな?

 それとも千里は学校が変わらないけど、わたしは全く新しい環境に行くのでハードだからかもしれない。

 

「みなり姉、そろそろ行く?」

 

「うん、行こうよ。」

 

 今日はお母さんの病院に行ってから、日蔭谷の家に行くことにした。

 今日は朝早く、さとみんから電話があった。

 7時になって、まだハルカちゃんの所在不明だったら、みんなで大捜索だ!と、前日に志野くん、さとみんと話し合って決めてたから、朝早く起きてスタンバイしてた。

 だから、ほとんどベルがならないくらいで、すぐさとみんからの電話を取れた。

 最近はなんかおとなしくなって怒らなくなったとはいえ、あまり早く勇お父さんを起こしたくなんかないから、ラッキーだったよ。

 

 ともかく、その電話を聞いて安心した。無事、ハルカちゃんは見つかったみたいだ。

 さとみんも、早く起きて準備してたみたいで、詳しい話はまだ聞いてないって。

 ハルカちゃんも日蔭谷に行くみたいだから、さとみんはお昼、早めに行くつもりらしく、誘われたけど。

 わたしは病院に先に行くので少し遅れるかも、と言った。昨日は、病院に行けなかったたし。

 そうよね、そっち先でいいわよ、とさとみんは言ってた。自分も行こうか?て言ってたけど、ちょっとつきあわせてばかりで悪いからって言って止めた。

 さとみんは早起きしたから、運動公園に行って運動してから日蔭谷に行く、みたいなことを言ってる。

 

 勇お父さんと千里に、朝ごはんをあげて。

 引っ越しの荷造りを進めて。 

 わたしと千里は、病院のお母さんを見舞いに行った。

 あちこちに貼られた選挙ポスターを、千里が気にしてる。

 そうだ、今日は選挙の日なんだね。参議院選挙?

 たしかに昨日までは、あちこちで街宣車が走ってたな。

 あれって、逆効果なんじゃないかな?

 わたしだったら、勉強しててあの連呼で邪魔されたら、絶対入れてやるもんかって思うかも。

 心がせまいんだ。

 

 病院について、洗濯物とかを引き取って。

 お母さんに新聞記事を音読しながら、枕元をみる。

 小さな、さるぼぼみたいな素朴な人形。

 場所が、わずかに動いてる、気がする。

 だれかお見舞いに来てくれたのかな?

 単に風か何かで落ちたのを看護婦さんが拾ってくれたのかもしれない。

 

「ああ、それね。お見舞いの方がくれたのかしら。」

 

 あ、顔みしりの看護婦さんだ。

 こんにちは、いつもありがとうございますとお礼を言うと、目を細めて笑ってくれた。

 しばらく簡単にお話しする。 

 

「好転の兆しがないのよね。まあ褥瘡もできてないし、身体的状態は悪くないんだけど、――」

 

 しばらくして、お医者さんもやってきて少し説明してくれる。

 やっぱり、こうなってる理由は不明。

 状態、体はそこまで悪くなってないけど、脳の方は変化があるように思う、とのこと。

 脳波の話で、専門的なことを何か言っていた。夢をみてる感じの脳波が増えてる、とか。

 よいことなのかどうかを聞いたが、うーん、と言葉を濁された。

 悪化してるというわけじゃない、ただ症例としては珍しいかもしれない、と言ってた。

 変化があるってことは、このままずうっと寝たきりじゃない、っていうことにならないかな?

 夢をみてるとしたら、どんな夢だろう。悪夢じゃないといいけど。

 

 モンテ・クリスト伯だっけ。

 待て、しかして希望せよ!って。

 まあわたしたちも、辛抱強く待って、お母さんの状況の好転を待つしかないか。

 幸いにして、志野くんのおかげでお金はまだ大丈夫だし、奨学生になったらいろいろ最先端の治療とかも試せるかもしれないし。

 

 ――――

 

 日蔭谷に到着すると。

 なんだか空気が硬くて重い。

 ついさっきまで怒鳴り合ってたかのように、張り詰めた緊張感。

 

 一触即発。

 

 そんな単語が、わたしの頭をよぎった。 

 声を交わした後、わたしは、志野くんの顔をちらっと見た。

 説明がほしい。

 そんな気持ちで。

 

 志野くんは、わたしをみて、一瞬ほおを緩める。

 おだやかな、でもどこかくまのあるまなざし。

 あれ、でもその目の罪悪感はどこから来たんだろう。

 志野くんは顔を引き締めて、そして何かを言おうとして。

 ぐぎっ、とさとみんに足を踏まれた。

 わたしの見まちがいでなければ、かなりの強さで。

 事実、志野くんがポーカーフェイスを維持しようとして失敗してる。痛い痛い痛い!って顔だ。

 さとみんは謝るでもなく、素知らぬ顔だ。

 これはきっと志野くんが踏まれるようなこと、何かしたのかな。

 

「みなりん、その、――」

 

 ハルカちゃんが、何か言いたげだ。

 こっちは元気そうだ。いつもにまして肌もふんわり、頭の髪に天使の輪、って感じだね。

 でも体調面は悪くなさそうなんだけど、なんかしょんぼり気落ちしてる?

 宿題をしてないのを怒られた千里みたいだけど、それを数倍したようなしょげた顔。八の字まゆ。

 そして、なんかおずおずとわたしと罪悪感に満ちた視線を合わせる、そのさまが。

 なにかデジャヴュを覚える。これって、いつだったっけ、――

 コホン、とさとみんが咳払いすると、ハルカちゃんはびくっとして目を伏せた。

 この重くるしい空気の中心は、さとみんか!?

 

「ねえ、みなり。」

 

 さとみんが、ちょっと重々しく言う。

 さとみんは、運動スタイル。白のTシャツに、下半身はごく普通の運動用のジャージ。

 ひとっ走りしてきました、という感じだ。

 これまたなんか体調良さげだ。白い肌はしっとりとして、鴉の濡れ羽色の髪。

 でも、くっきりして濡れたような睫毛の下の目の表情は硬い。

 それをみて、ちょっと胸の中がきゅっと締まる感じがした。

 なにか、重大なことがあるんだ。

 

「ちょっと後で、話したいの。」

 

「今でも、いいよ?」

 

 だってさ。

 悪い話は、早く聞きたいよ。

 あからさまに、空気が張り詰めてる。ぴりぴりしてる。

 その中心にいるのが、さとみんなんだ。

 さとみんの背中に、雷雲がみえるよ。

 うん、わたしもちょっと怖い。正直なことを言うと。

 千里なんか、もう圧倒されてる。わたしの陰に隠れようとしてる。あいさつも、もごもごだった。

 

「そうね。じゃあ、――みなり、わたしとこっちに来て。あとの2人、もし呼んだら来て。

 センリくん、そっちでゆっくりしてていいわよ。」

 

 こんなんじゃゆっくりできないよね!?

 でも千里は空気を読んで(読めるんだ!)。

 コクコクと機械人形のように頷いて、しゅうっと消えていった。

 まあ、マコトお父さんとお話でもするのかな。

 

「みなり、じゃあ。」

 

 さとみんに声をかけられ。

 わたしは、この家に隣接している廃業した工場の北側の裏にいざなわれた。

 

 ―――――

 

 歩いてる間に、最悪のシナリオを想定した。

 あの空気。だいたいのことは読めた気がする。

 でも覚悟は、つかないよ。

 力なく踏む地面が、斜めになってるような感覚。

 

 きっとさとみんは、志野くんのことが好きで好きで好きで。

 そしてその気持ちを、抑えきれなくなったんだ。

 当たり前のことかもしれない。

 だれだって半分のケーキより、ケーキ全部が欲しい。たとえ食べきれなくても。

 そしてついに、その日が来てしまったんだ。

 わたしが心中恐れてた、その日が。

 

 うん。ときどき考えてた。

 志野くんとさとみん。

 この二人は、わたしと志野くんより、ずっとぴったりなのかもしれない、って。

 ときどき、二人が話し合ってたり、二人で寄り添って歩いてる様子をみたとき、そう思った。

 お似合いなんだ。

 さとみんは胸も大きくて、めりはりがある、男の人なら誰だって目を吸い寄せられるような体つきで。

 ただ、女の子としては背が相当高くて迫力がある。普通の男の子だと圧倒されるだろう。

 でも、志野くんと並ぶとしっくりするんだ。

 普通の範囲だと思うけど整った涼しげな顔立ちで、すらりと背の高い志野くんと並ぶと。

 さとみんの方が目立つけど、似合いのカップルにみえるんだ。

 

 文化祭の準備で、二人が話し合ってるのをみた。

 二人きり、じゃない。でも、二人が話してる様子が。

 志野くんの言葉にさとみんが頷き、ときに白い歯をみせて笑って。

 男の子嫌いのさとみんの、あんなにガードを下げてる姿は珍しい。

 並んで歩いてるときも、ときどき志野くんを見上げるさとみんの視線は、信頼がこもってて。

 志野くんも、視線がさとみんに向かってて。

 あの二人は、――

 

 認めないといけない。

 わたし、やっぱり少しさとみんに嫉妬してたんだ。

 たしかに、魂の姉妹と思ってるけど。

 でもわたしは、ごく平凡な女の子で。

 さとみんは、そうじゃなくて、――。

 

 そして、この状況。

 きっと、さとみんはわたしにいう。

「ごめんなさい、みなり。」って。

 やっぱり志野くんと、さとみんとわたしの二人ではいっしょには付き合えない、って言うんだろう。

 ああ、そしてさとみんは、誠実なんだ。

 あの実力なら、もっと横暴に振る舞っても許される。

 なかむー(中村さん)みたいに、キャラキャラして、男をとっかえひっかえしても、人の男を奪ってもいいのに、しない。

 まあ今までは男嫌いだったから、しなかったんだろうけど。

 それが治っても、たぶんしないだろう。

 でも、同時にさとみんは正直で誠実だ。自分をごまかすこともしないだろう。

 だから、謝るんじゃないかな。わたしに。志野くんのことについて。

 もう、いままでみたいにはできないって。

 自分が志野くんを、奪うって。

 

 わたしは、ただのちびな女の子。

 普通に小学生と間違われてた。最近は中学生と間違われることも多い。

 本気でさとみんが志野くんを独占したいって思ったら、きっと。

 でも、さとみん。わたしは、志野くんのことがどうしようもなく、――

 

 考えがぐるぐるしてるうちに、工場裏に着いた。

 さとみんは、髪の先を指で軽くくるくる巻いて、放す。

 それがさとみんの考え込んでるときのしぐさだって、わたしは知ってる。

 

「みなり、――」

 

 ああ、その時が来てしまった。

 どうしよう!

 

「みなり。好きよ。」

 

 ぎゅっと抱かれた。

 ふわあって香る、柑橘類の爽やかな匂い。デオドラントか何かだと思う。

 そして膨らんだ、立派な胸の弾力。埋まる私の顔。

 ――ちょっと怒っていいような気がしてきた。

 なんだか、世界の理不尽さ、不条理さにムカついてきたよ!

 さとみん、こんなに恵まれてるのに。ズルい!

 

「さとみん。わたしは話を聞きたいんだよ。」

 

 でもわたしは、自分で自分を鼓舞し、闘技場に降り立つために。

 あえてちょっと硬質な声で、さとみんに要求した。

 言いながら、いままでのことが、走馬灯のように頭をよぎった。

 マコトお父さんのいなくなった後の、最低な生活。

 継父のお父さん。最初は良かった。そのうち、悪夢のように歪んで。

 その中での束の間の安寧。わたしの唯一無二の盟友、さとみんとの日々。

 あ、そして文芸部ではハルカちゃんにかわいがってもらって、心を癒したっけ。

 そして、志野くんとの出会い、そして怒涛のようなこの3か月、――。

 そしてこの、あまりにも早すぎる破局。

 

「ごめんなさい。――もう、気づいたのね。」

 

 さとみんは、体を離して。

 気づかわしげに少しかがみこみ。

 わたしの目をみて、そう言う。

 

「そりゃそうだよ。」

 

 わかるよ。気づいたっていうか。それしかないでしょう?

 さとみん、やっぱりそうなんだよね。

 あらためて確認して、ずぅんと落ち込む。

 

 ああ、でもこの3か月。すごく、楽しかった。幸せだった。

 愛されることって、こんなにも幸せだったんだと思った。

 わたしは本当に幸せだった。

 ――そして今。悲しい終末が来ようとしている。

 

 でも、仕方ない。仕方がないんだよ。

 いいことがあれば、わるいこともある。

 そういえば、さっきの志野くんの目の中にも、罪悪感があったな。

 今にして思うと、あれは。

 いいんだ、いいんだよ。だけどさ。

 でもせめて、最後に。最後に、志野くんと話したいな。

 わたしは、自分の目に涙が浮かぶのを感じた。

 

「でも、さとみん。わたしは、さとみんの口から聞きたいんだ。」

 

 あえてもう一度、強めの口調で言う。

 泣きそうだから。

 こうでもして強がっていないと、耐えられないから。

 うわあああって、泣いちゃうかもしれないから。

 

 ああ、でも。

 ちょうどよかったのかもしれない。

 これで別れて、私は奨学生となって、新しい世界に行くことになる。

 さとみんと志野くんの物語から、脇役は静かに退場していくんだ。

 

 腕を放して、私を覗き込んでたさとみんが、慌てている。

 

「みなり、――あたしがいけなかったんだ。」

 

 うん、やっぱり怒っていいような気がしてきた。

 さとみんがわるいんだよ!ほかに誰がわるいっていうのかな。

 あ、志野くんか。

 でも、志野くんは。

 わたしは、やっぱり志野くんのことが好き。

 たとえ、離れ離れになったとしても。ずっときみのことが好き。

 でも志野くんは、きっと、――

 

「ひどいよ、さとみん。」

 

「ええ、ひどいわ。」

 

 なんか熱い怒りが、下腹のあたりに生まれた。

 さとみん。きみはわるいことをしてるって、わかってるんだね。

 わたしのいちばん大事なものを奪おうとしてるって。

 むくむくと復讐心が心に雲を作り出す。

 なんか、さとみんにひどいことをしたい。

 どうしてくれようか。

 あの胸をもごう。うん、そうしよう。想像の中で。

 

「だから、みなり。あなたが本当にイヤだったら!

 あたし、ハルカと絶交する。」

 

 え?

 あれ、そういえば。

 ハルカちゃんって、何か関係あるのかな。

 あ、ハルカちゃんとわたしが親友だから。

 もしわたしが志野くんを譲らなければ、ハルカちゃんとわたしの二人を敵に回して戦うつもりだ、ってこと?

 どうしよう。

 クラスで、わたしは一人になっちゃう。それはしかたないとして。

 ハルカちゃんまで、それに巻き込んじゃうなんて。

 ハルカちゃんだって、すごく人気はある。だけど、さとみんたちほど結束の強い仲間たちじゃない。

 もう少しふわふわした人気だし、支持層も少し地味めな女の子たち。

 正面切って戦うと、どうしても不利だ。

 

 うーん。

 でも、なんかいぶかしいところがある。

 さとみんは、確かに女の子世界の中心の一人だ。

 だから、相当に影響力がある。

 でも、こんな理由で人と絶交したり、ハブいたりはしない。絶対にしない。

 わたしの知るさとみんは、もっと高潔なんだ。

 

「え?ハルカちゃんは、」

 

 関係ないでしょ、と言おうとして、遮られた。

 

「ハルカは悪いと思ってるのよ。その謝罪は受け入れてあげていいと、あたしは思う。

 でも。そのうえでも許せなかったら、」

 

 ますますわかりにくくなった。

 ハルカちゃんは、もう、さとみんに全面降伏状態ってこと?

 そうだよね。さっきの図でも、力関係は明らかだった。

 だから、ハルカちゃんがさとみんに謝ったら、許してやる、ってこと?

 だから、残りはわたしひとりだ、ってこと?

 だとしたら、なんて横暴なんだろう。

 でも、なんか変だな。

 わたしはようやく、自分の勘違いに気づきはじめた。

 

 そのとき。

 かすかに、足元の草を踏みしめ、走る音。

 

「話は、聞いたよ!」

 

 ハルカちゃんの声。うしろから、志野くんの長身も。

 ふたりが、来たんだ。

 

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