タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
少し時間が戻って、紫藤が調布に工場の裏に連れ出された時点からの、志野視点での話です。
調布が紫藤を連れて行った後。
残された国領と僕の間に、気まずい沈黙があった。
どうしよう、と問いかける、国領の目。
どうしようもないよな、と目で答える僕。
ちらっと視線で、工場の方を見やる僕。
先勝国どもが、僕たち敗戦国の運命を決めてるだろうところ。
また国領に視線を戻すと、理解した!という顔で頷く、国領の目。
気のせいか、調布に威圧されてしょぼんとしてた目に光が戻っている。
不吉な予感。
まてよ、というつもりで、開いた片手で押しとどめるしぐさをする僕。
それをみてちょっと目を見開き、うんうんと頷く国領。
分かったんだよな?
しばらくの間、じりじりとした沈黙の中、呼び出しを待つ僕と国領。
マコトさんもナギさんも紫藤弟も、おそらくは怖がって出てこない。
たっくんでさえも。
どうしてこんなことになったんだろう。
ここ3、40分ほどの展開を、思い返す。
―――――
さっき僕がキれた調布にボコられかけて、なんとか超感覚さんで切り抜けてごまかし。
その後、デレた調布は僕の体の上に乗っかってきたので。
結構濃厚に、いちゃついたんだ。
重たいネコ科の危険な肉食獣を、体の上に乗せて愛でてる、みたいな感じ。
危険と紙一重のスリルと興奮、ぞくぞくする背徳感。
ここまでは、よかった。
それから。
なりゆきで調布のTシャツの袖から手を入れて、腋とか胸とかを手でなぶり。
なりゆきでエスカレートして調布のTシャツを脱がせ、スポブラをむしり取り。
そしてなりゆきで調布の胸を吸ってたら、息の荒くなった調布に勝負を挑まれた。
なぶられて敏感になりつつある調布のそれと、僕のアレ。
どっちが、耐えられなくなるのが早いか?って。
要はそれらを擦りつけあって、僕が
バタイユの例の小説*1以来の、紳士淑女の古式ゆかしき決闘方法だよね。
それに僕、脱DTなんじゃないですかね。いや、ソープ・ヘルス峻別理論からいえば、まだ仮性DTくらいかな。まあいいや。
この勝負。諸兄も、もちろん乗るよね?僕は乗った。
勝ったら命令権だしさ。命令、してもされても損はない。
考えたらたっくんとかが探しに来るかもしれないし、紫藤たちも来るかもしれない状況なのに。
僕も調布も、ちょっと頭がおかしくなってたんだ。
そして。
上半身を工場の建物に軽く寄りかからせ、軒下の三和土に脚を伸ばして投げ出して座りこむ僕の下半身に。
調布は僕の側面から片手を地面につけてかがみこんで、胸の先を近づけ。
ポニーテールがほどけてしまって顔にかかる髪を、ちょっとうるさげにもう片手で、耳から肩へとかき上げて。
そして目を伏せて、胸の先端、少し赤みを増してる気がするそれを僕のソレに触れさせた。
高い鼻梁、きりっと結んだ唇。
口を閉じ、目を伏せたため、濃く長い睫毛に強い視線が隠れると。
表情を消した端正な横顔には、ルネサンスの宗教絵画のような静謐さが湛えられ。
鋭角的な気の強さは影を潜めて、百合の花のような清洌さが強調されてた。
けどまあ、その清純そうで聡明な彼女がやってることは、頭が茹だった末の僕との馬鹿勝負なんだけど。
あ、勝負の行方ね。
僕のそれを調布は胸の先でしばらく刺激してたんだけど、ちょっと感じ始めて分が悪いと感じたらしく。
擦乳(?)を左から右に選手交代しようとして、それを僕が咎め。
調布を軽く組み敷いて感じ始めた胸の先を執拗になぶって喘がせて、ダウンを取った。
もちろん無条件降伏の調布に胸の谷間で挟んで摩擦してもらって、口で抜かせた。←これが20分前くらい。
ここまではよかった。非常によかった。うん。
調布もネコで言えばゴロゴロ喉を鳴らす状態になり。
まったりトロトロしてたけど、そういえばまずいよね!?ということに気付き、あわてて衣服をダッシュで整えて母屋に戻る。 ←5分くらい前かな。
僕たちの戻りを怯えた表情で待ってた国領に、調布が因果を含めようとしたとき、紫藤姉弟の声が聞こえてくる。 ←3分くらい前。
ちなみに調布は別に国領に意地悪に振る舞ってないよ。
でも「仁義」「落とし前」という単語を発しかけたときに中断されちゃったから、国領の怯えモードが継続&強化。
事前相談も何も全くできずに、紫藤姉弟を迎える僕たち。 ←2分くらい前。
僕たちの異様な緊張感に気がついた紫藤の視線に応えて、説明しようとしたら。
調布に足を、折れるかもってくらい踏まれて悶える。←1分前。
遠ざかりゆく調布と連れ去られていく紫藤の背中を見送り、国領と無言のパントマイム。←今ここ。
――――
調布に紫藤が連れ去られて、ちょうど5分くらいの間、そうして呆然としてたんだけれど。
まあここで間抜けに立たされてても仕方ないよね。
家の中に入ろうか? ――そういうつもりで、国領の方を向いた。
すると国領が決然とした顔で僕に頷く。そんな決断するようなことだっけ?
しかも確信に満ちた足取りで、国領は工場の方に歩いていく。まずい、まずいよ!
呼ばれてから、って言われたじゃん!
後で怒られるのはイヤだ。調布、怒るとやっぱり怖いし。ボコられるし。
だから必死に追いついて肩を叩き、足音を消して戻ろうよ、というつもりで足元を指差すと。
国領は、あ、という顔をして、足音を潜めて紫藤たちのいるであろうところに忍び寄り始めた。ちがうって。
でももうダメだ。しゃべったら聞こえちゃうかも。
仕方がないから、僕も足音を消して、そっと忍び寄り始めたわけだ。
「―――!」
「―――、―――。」
だめだ、聞こえない。
「――――――。
でも。そのうえでも許せなかったら、」
あ、こりゃいかん。
「許せなかったら」って、きっと僕と国領のことだよな!?
命が危うい。そんな気がする。逃げなきゃ。
そう思ったそのとき、すでに国領が小走りに走り始めてた。
まずい。そう思いながらも、仕方なく後を追う。
だってさ。欠席裁判で国領が僕を売って讒言したら?
まあ、そんなことはしないと思うけど。
でもここまできたら、一蓮托生だ。
「話は、聞いたよ!」
なに、悲愴な顔で手を広げて調布に立ち向かってるんだ。国領。
とてつもなく不吉な予感。
こいつも何か勘違いしてるんじゃないか?
「さとみん。みなりん。ボクが悪いんだよ。
だからもう、ボクのために争わないで!」
僕は。
国領の声に振り向いた、かわいい顔に涙を浮かべた紫藤の頭に、困惑の「?」マークがつくのを、確かに見た。
走り寄る国領と僕を認めて、こちらを向いた調布の整った美人顔に、洒落にならない殺意が浮かび。
それに打たれた国領が、当初の威勢はどこへ行ったのか、「ひっ」と息を飲んで石化するのも。
よくわかってない紫藤が、たぶん反射的に「わたしのことはいいから、ハルカちゃんは許してあげて!」って調布に叫ぶのも。
それを聞いた国領が石化から解放されて崩れ折れ、紫藤の足にすがって泣きながら懺悔を始めるのも。
反面、悪役みたいに言われた調布が複雑な表情になりながらも、何か思いついた表情で僕に流し目をくれるのも。
僕はたしかに見た、聞いた、――気がした。
どこか別の世界のことのように。
現実逃避だ。
それにしてもさ。ストレスが一定以上を超えると。胃が痛んで目の前が暗くなるんだな。
―――――
そしてなぜか、流れるように。
調布の仕切りで、即席の学級裁判がはじまる。
大まかな役回りとしては、調布が検察、紫藤が裁判官、被告人が僕と国領。
なぜか僕だけ工場の縁下の三和土に正座させられて、その横に「え、いいの?」みたいな感じに国領がおろおろしながら立ってる。
そして調布が昨日からの事件の概要の説明を僕たちに求め、紫藤が僕たちに補足的に聞きたいことを聞く。
そういう感じ。
そろそろお腹空いたんだけどな。でもそんなことを言ったら調布に蹴られそう。
いや、蹴られるのもいいんだけどな。でもどうせ蹴られるならスカートで、翻る裾から下着を、――
現実逃避する僕をよそに、裁判は進行していた。
こんな感じで。
「――それで、しのりんがボクに言ったんだ。『セ○クスしよう。全部の穴に入れさせてくれ。』って。」
「志野くん、本当!?」
「ハイ。」
なんか言葉が文脈から外れて独り歩きしてる気がするけど、事実だしな。
頷くしかない。畜生。
「待って、みなり!志野には後でちゃんと罪を判断して、厳罰を与えましょう。
もし有罪だったら、男として生まれてきたことを後悔するような厳しい報いを、ね?
―――だからもう少し聞かせて、ハルカ。
そのときは結局、あなたの女性器に志野の男性器が入ることはなかった。そうよね?」
「うん、そうだけど。――でも、」
ちらっと国領が情けなさそうな顔でこっちを見る。こっち見んな。僕の命が危ないじゃないか。
「それでも、お尻には入れた。――そういうことね?」
「!」
紫藤がホラー映画を見る小学生のような恐怖に満ちた顔でこっちを見る。こっち見んな。傷つくじゃないか。
「うん、そうだよ。」
「被告人志野。それで間違いないかしら。」
「ハイ。」
これも事実だしな。頷くしかない。畜生。
「ただ、それはこの馬鹿が言ったように、ハルカの命を救うためだった、少なくともそのつもりだった、ってことね?」
「うん、そのはずなんだけど、――」
国領が自信なさげに、こちらをチラ見する。だからさ、僕の命ががが。
「さっき言ったように、唯一の生存例がそのパターンだったんだ。
だからしのりんは、それをなぞって。
ちなみに発射したのは、3回で、――」
「「!」」
調布が僕をにらむ目がいっそうきつくなる。紫藤の僕を見る目がいっそう恐怖に満ちたものになる。
あんなのを入れられたの?3回も?って言葉が漏れてるよ。凹む。
「コホン。それくらいでいいでしょう。3発って、――この馬鹿、貯めすぎなのよ。
――ハルカ。それ以外には、貴方たちの間には、性的接触はなかったということでいいかしら。」
「そうだね。その後、少し眠って、洞窟をたどって、―――」
国領がつっかえながら、その後の経緯も説明していく。
ざっとこの家に到着するまでのことを、ひととおり。
「待って、ハルカちゃん。その、竜神の娘っていう人が気になるんだ。
たしか、きれいな人だって言ったよね。つやつやした長い黒髪の。
それで、今いったところからすると、志野くんに、――」
「うん。なんか色目を使ってたよ。
しのりんも、あっさり引っかかって。
いやらしい目でその人の体をみてたから、ボクがしのりんの腕を引いてじゃましたよ。」
少しほこらしげに答える国領。
マジか、僕の助命をしてくれるんじゃなかったのかよ。
「――へぇ。そうなんだ。志野くん?」
ゴゴゴゴゴ。
「違うぞ、ちょっと和服が珍しいから、視線が首とか腕とか、胸の合わせ目に行ってしまったりしただけだ。結構大きかったし。
あと、あの竜神の娘はちょっと世話焼きなんだ。国領にだって、いろいろ世話を――」
「被告人志野。そこまで。
それで、あなたたちは竜神なるものと約束をした。そのことをもう少し詳しく説明して。」
「うん、だいたいだけど。8月11日の前後の月のある晴れた夜に、――」
国領が例の竜神側との契約の説明をする。
「ねえハルカ。その、竜神側の支払う対価、ちゃんと決めたのかしら。」
「いや、明確には決めなかったんだ。そこ、さとみんも引っかかるよね?
でも、竜神の娘が『できることは何でもする』って言って。
ボクは竜神の娘があの役割から解放されるようにしたいから、村の在り方を変えろって言おうと思ってる。
しのりんは、――あっ!」
「ほほう。志野は、何を言ったのかしら。」
「たしか、竜神の娘に。
『一定期間、その体を借りることになるぞ。』って、――!」
「「「――――」」」
3人の視線が僕に突き刺さる。
もうやめて。何か変な性癖に目覚めそうだ。
「そうなんだ。志野くん?」
「違うぞ、言ったのは言ったけど、――」
「言ったかどうか、聞きたいな。」
「ハイ、言いました。」
なぜかこの紫藤とのやり取りを聞いた調布が。
出来の悪い弟を見る姉のように、僕を見つめてため息をついた。
なんかデジャビュあるな。僕も姉にこんな態度取られたことあったっけ。
「これくらいかしら。評議に入りたいんだけど。
最後に、被告人たちに弁明の機会を。」
なんだか座が緊張する。
国領が、コホン、と咳ばらいをして発言する。
「ごめん。言ったとおり、もともとはボクが悪いんだよ。
しのりんからもいろいろ言われてたのに、フラフラ危険なところに行ってしまって。
本当に、死ぬところだった。
しのりんは、そんなボクを助けてくれたんだ。やり方は、どうあれ。
たしかに、その途中でちょっとどうかと思うことはあったけど。役得ってものもあると思うし。
だから。ボクはどんな罰を受けてもいい。しのりんは、命だけは助けてあげて。」
いろいろ突っ込みどころがあるのに、紫藤が頷いてる。どこに頷いてるんだろう。
だいたい、役得なんて、――いや、たしかに役得ではあるのか、すごい気持ちよかったし。あれ?
まあいい。
でも、確かに助命嘆願なんだけどな。「命だけは」って。それ以外はどうでもいいよ、って感じだぞ。
まてよ、それより僕も何か言わなきゃ。気がつくとみんなの目が僕に突き刺さってる。
「国領は悪くない。僕が失敗しただけだ。
国領の危険を回避するのも、救助するのも、別の手段があったかもしれない。
なのにみなりと調布を、そして国領も傷つけてしまったのは、僕の
煮るなり焼くなり、好きなようにしてくれ。」
うーん、「僕の思う男らしさ」に沿ってそう言ってみたけれども。失敗したかもな。
もっと悔恨の情をあらわにして、涙や洟をダラダラ流しながら、命乞いすべきだったかな?
だってほら、調布がまたちょっと失望したような顔をしてる。
調布は検察官役で僕を責める役なんだが、実は責めているようにみせかけつつ、情状上有利なことを僕に言わせるよう誘導してくれたように感じる。
でも、僕が空気読めてなくて、そのシナリオが崩れてしまったのかもな。
「ねえ、みなり。本当に聞きたいこと、まだあるんでしょう?」
「うん、さとみん。でも、――」
「そうね。じゃあ、後で直接、聞きなさい。
でも、これだけは今、あたしから聞きたい。」
空気が緊張する。
「ねえ、志野。
あなた、ハルカが好き?」
ひしひしと重圧を感じる。
でも、せめて正直に。誠実に。
「あ、ああ。
怒ってくれて、構わない。でも、好きなんだと思う。
ただ、誤解しないでくれ。国領は、僕のことなんて、――」
「そっちは、聞いてない。
――ハルカ。」
別に調布は大声を出したわけでも、怒鳴ったわけじゃないけど。
僕を切って捨てた言葉で、また空気が一気にピリピリする。
怖い。
「あなた、志野が好きなのね?」
「――」
国領はこれまで、比較的すらすら答えてた。
事前の密約のうち、①隠すこと、②カバーし合うこと、というのはもう破れてる、だからもう包み隠さず答えるモードで、それは僕も同じだ。最後に残るのは、③僕の助命嘆願に協力すること。
国領の供述内容は、僕からみたらちょっと違うと思うところもあったけど、別視点だと思えばそんなに不自然じゃない。僕に不利な印象のところもあったけど、少なくとも、③を正面から破ったとはいえない。
基本、素直に国領が見聞きした真実を述べてきてたってことだと思う。
でも、このとき、国領の答えがないのに不審を覚えて。
僕は横目で国領を見上げて(僕だけ正座なんだ)、そして止まってしまった。
国領は、俯いてて。
短い髪で隠し切れない顔が、赤く染まってて。
こいつには似合わない涙が、頬を伝って、――
「――はい。」
かすれた、すごく小さい声。けどその場の全員に聞こえた。
僕は驚いて。
うれしいというより、むしろ心にずしんと重い鉛の球が落ちたように感じた。
国領、お前って、――
でもな、僕は紫藤が、――
「さとみん、もうだめっ!――ハルカちゃん!」
紫藤が思わず。
そんな打ちひしがれた国領に飛びつこうとして、調布に制止された。
調布は紫藤を抱き留めながら、(表面上は)淡々と続ける。
「みなり、ここまで言わせて。
論告求刑。罪となるべき事実は2つ。
一、被告人志野は、所有権者の許可なく、被告人国領ハルカと濃厚な性的接触を持った。
二、被告人志野は、竜神の娘と称する女に色目を使われ、あっさり篭絡され、その身体を目当てに軽々しく危険な作戦への協力と助力を約束した。
一については、救命のための緊急避難行為と両名は主張しており、証拠不十分ながらその可能性が否定できない。判断の猶予を求めます。
二については、弁護の余地がなく、直ちに極刑に処するべきと考えます。
判決は後ほど。以上。」
すらすらと、ほとんど息もつかずにまくしたてた調布は、すぐに紫藤を放し。
紫藤は国領に飛びついて、なぜか二人で抱き合って泣いてる。
調布は、ため息を一つついて、抱き合う二人をその上からぎゅっと抱きしめた。
紫藤・国領がやや落ち着いたころに、調布は腕を放し、僕の方にやってきて。
「悪かったわね。もう立っていいわよ。」と言い、手を差し伸べた。
その強い腕に助けられて、ちょっとしびれた脚で立つ。
うわ、しびれが取れかけのころにびりびり来そうだ。
「あれで、よかったのか?」
「ええ。まあ、だいたい予想の範囲かしら。でも、聞いてないことがいろいろあったわね、被告人さん?」
後でゆっくりお話しを聞かせてね?と言って、調布が意味深に微笑む。怖い。
しかし、それ以上、調布は追及することなく。
あたし、ちょっとナギさんや千里君たちのところ行ってくるわね。
もう、お昼にしましょうよ。ちょっと遅くなってしまったし。
そう僕たちに呼びかけて、そして軽く走り去っていく。
「ねえ、志野くん。」
紫藤がきて、僕のシャツの裾を引く。
ちょっとまだ涙が残ってる赤い目で、僕を見上げる。
急増する、心拍数。
「聞きたいことがあるんだ。」
うわっ。
調布は確かに怖いんだけど、本当に怖いのは紫藤なんだ。
基本、紫藤が僕に暴力を振るったりすることはない。
紫藤は優しいし、たとえ叩いても子供が冗談でぽこぽこするみたいなものでダメージはない。
ただ、その優しいところが、最大の僕への攻撃手段になってるんだ。
紫藤を傷つけたくない。紫藤が悲しむようなことをしたくない。
僕の中には、もう抜きがたく、そんな行動原理が根付いてしまってる。
だから傷つけるようなことを僕がしてしまった、って思わされると、それだけで本当に首を括りたくなる。
その意味で、紫藤が僕の最大の弱点なんだ。
「志野くん、わたしのことを、もしかしてすきじゃなくなっ「紫藤、好きだ!」」
かぶせ気味に阻止する。心臓にかなり強いダメージがあった。終わりまで聞いてたら心停止してたかも。
こんなことになってしまって、すまない。
紫藤を傷つけたかもしれない。でも。
紫藤のことが、本当に好きだ。好きなんだ。
そのことだけは、疑わないでほしい。
今回のことも。せめて、償う機会が欲しい。
そう言う僕を制して、紫藤は。
「志野くん。わたしは怒ってないよ。」
来たぞ!怒ってないっていう人は、本当は怒ってるんだ!
でも、今、目に見える紫藤はたしかに怒っていないように見える。
見える、けれども、――?
「志野くんは、わたしの親友を助けてくれたんだよ?
そのことは、怒ってないよ、怒るはずないよ!
言うとすれば、『ありがとう』なんだよ。」
そういう紫藤の言葉に、背後で国領がまた涙をぬぐってる気配。
あいつもカラッとした感じなのに、意外と女の子してたんだな。
「それでさ、ハルカちゃんのことだけど。」
ぎゅっと心臓が掴まれた気がした。
こわごわと様子を伺うと。
紫藤は意外にもにこにこしている。
いや、あのコワい笑みではなく。ふつうに。
「ハルカちゃんのこと、好きになっちゃったのも仕方ないよ。
助けてもらったハルカちゃんが、志野くんを好きになるのも。
わたしも、それくらいのことはふつうにあるだろうな、って思ってたんだ。」
ずっと前から、ね。
さとみんだって、そうだったし。
そう、訳知り顔で言ってる。
ゑ?
何、僕ってそんなに信用がなかったのか?
いや、信用なんて、あるはずないか。
確かに紫藤が言うように、調布という前科があったんだった。
「まって、みなりん。ボクは、――」
「?」
「その。ボクはたしかに、しのりんのこと好きって言ったけど。
別にしのりんの恋人になろうなんて気は、ないんだ。」
ちょっと涙を拭いてちーんと鼻をかんで立ち直った国領が、言葉を重ねる。
それによると。
しのりんは二股上等、ナギさんや浦和先生や竜神娘に色目を使う好色一代男。
みなりを縛ったりくすぐったりして悦楽を得る、変態性欲の塊。
今回のことで、自分も身に沁みた。コリゴリだ。
ちょっと顔はいいし、高身長ではあるけれど。
恋人になんて、とうてい考えられない。
考えられないけど。けれども。
「ただ、ボク。死ぬところだったんだ。そこにしのりんが来てくれて、さ。」
窮地に来てくれて、そして一緒にいてくれた。それだけで。
心が揺り動かされた。激しく動かされてしまった。
そして危機を切り抜けて、今朝。
平和な日常に戻り、ごはんをたべながら。
しのりんとは何もなかったような、普通の関係に戻ってしまうんだ、って思ったとき。
急に、すごく寂しい気持ちになった。
これがどんな感情なのか、実のところよくわからない。
好きか嫌いかでいえば、好きなんだと思う。
でも、同じくらい、爪を立てて顔をひっかきたい気もする!
だって、しのりん、女の子共通の敵だよ?
そう、女敵だ!
そんなことを言っている。
一部意味不明なところもあるけど。言おうとすることはわかる。
「うーん。」
今はもう、苦笑いしている紫藤によれば。
もともと、国領と僕の間の接近は気づいてたんだそうだ。文化祭のあたりから。
(これは、僕の記憶とは違う。その頃はそんな感情、抱いてなかった。でも「ちがう、そんなはずはない」って言おうとしたら、紫藤からキッとにらまれた。)
たぶん、調布も気づいてたはずだ、という。
まあ、国領だったらいいよ、って紫藤は思ってた。
調布と姉妹になってみて(なってない!と僕は言いたかった)、前にもまして、幸せに感じてるらしい。
そのせいかもしれないが、親友の国領が姉妹になるのはいいんだ、と。
(ここらへんの紫藤の心理は、僕には謎だ。
紫藤によれば、僕の幸せが紫藤の幸せだから、らしいけど。本当は、嫌なのかな?)
だから、今はそれでいいよ。
でも、ハルカちゃんだったら。別に、わたしはかまわない。
ゆっくり考えて、答えを出してね。
でもね。
さとみんは、もしかするとね。わからないよ?
それとね。
儀式だよ。加入には、
調布はたぶん大丈夫だ、と僕は言いたくなったが、言えなかった。
まあ、調布も最初は相当キれてたしな。国領にしたことの詳細を知る前でも、ガチギレ。
今さっきの、別れ際。僕には怒ってないようにみえたけど、国領に挿れたと知った今、どんな目にあわされることかわからない。
口は災いのもとだ。黙ってしおらしくしとこう。
ただ。
なんか秘密結社みたいな恐ろしげな響きだが、―――。
そして。
なんとなく3人、まだ決着がついたとはいえないけど、少し心が落ち着いて。
みんなで母屋に戻ることにした。
たしかにいい時間になってた。調布が来たのは昼前11時くらい、紫藤が来たのもお昼の12時すぎくらいだったのに、もう午後1時すぎ。
お昼がお預けになってたマコトさんとかには、悪いことをした。
ちなみにたっくんは、おにぎりとかを先に食べてたみたいだ。
とりあえずみんなで大量にゆがかれたそうめんを啜る。塩焼きのニジマスをつつく。
意外に女の子グループは(お腹の中はわからないけど)和気あいあいのモードに戻ってる。
ごはんを食べ終えると、調布は僕と紫藤弟とたっくんにお古のボールを渡して、適当に遊んでていいよ、と言いつけ。
自分自身は紫藤、国領と空いてる部屋で何か話し合いにはいったようだった。
―――――
「先輩、さっきのあれってなんなんだったんスか。ヤバく見えましたけど。」
近所の公園。
ときどき公園の水道で水を飲みながら、僕と紫藤弟とたっくんは、たっくんを中心にしつつボール遊びなどをしていた。
たっくんが小さな足で蹴ったボールが、コロコロところがる。
紫藤弟と僕の間では普通に蹴る。たっくんとの間では手加減してコロコロ。
紫藤弟には物足りないかと思ったが、意外に楽しそうだ。
あまり運動神経は悪くなさそうだが、インドア派なのだろう、基本的なテクニックを知らないみたいだ。
僕としてはもう少しふつうに力を出して遊びたいけど、まあさっきの修羅場を思えば、今ので十分平和で楽しい。
ひとやすみで、僕らは日陰に入った。たっくんは小さな背中を丸めてしゃがみこみ、何か観察してる。
あっちの話し合い、どうなってるんだろう。なんか考えると、悪寒が背中を走った。
「ああ、世の中には知るべきでない深淵があるんだよ。」
僕はそう、ちょっと遠い目をして答えた。
紫藤弟は、感心したように、すこし眩しそうな目でそんな僕をみていた。
たっくんは、ぶらんこの柵の近くにあるアリの巣を熱心に観察していた。
平和な夏の昼下がりだった。