※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 志野視点です。


153 罪がまだ美しかった頃(9)(志)

 ちょっと歩き疲れた、というのもあり。

 山の頂上でしかも開けてるせいか、良い風が吹き抜けて居心地が良くて、みんななんとなく鉄塔の基礎に寄りかかったり腰かけたり、草の上に寝転んだりしてだらけてしまった。

 学校のこととか今日の選挙の話とか、どうでもいいようなことに話が及んで時間が過ぎる。

 

 いや、やることはいっぱいあるんだけどさ。

 生還したばかりの国領や、紫藤姉弟や調布が、仲良さげに話してる様子に。

 すごく心が柔らかくほぐされて、ほんわかと温かくなり。

 なんだか昨日から今日にかけて、空回りしていろいろ失敗もしでかしてしまったけど。

 結局のところ、無駄じゃなかった!って、じんわりと喜びが湧いてきて。

 

 そよ風が吹き抜ける木漏れ日の下、草を折り敷いて座りこんで談笑してる彼ら彼女らの姿も、一幅の絵のようで。

 うまく言いづらいけど、「いいな」って、強く感じる。

 あ、この感覚。

 もしかすると、その筋の人のいう「尊い」ってやつじゃないかな。そうに違いない。

 僕は、うんうんと頷いた。

 

 ―――――

 

 国領や紫藤たちの話を、僕と紫藤弟は少し外縁部から聞いている。

 いや、だってさ。なんか恥ずかしいじゃん。女の子たちの話に割って入るの。

 

 国領の生徒会での話で、生徒会長が僕並みにいい加減だとか、友達が可愛くて仕事もできるとか、といった話。

 

「ロカっちは、本人はその気がないけど、次期生徒会長もイケると思うんだ。

 でもさ、結局はポッと出の男子が選出されそうなんだよねー。」

 

「できるかどうか、というのと、やりたいかどうか、というのはまた別なのよね。」

 

 女子は能力あっても手を上げないし、男子は能力なくても手を上げるから、と調布が少し遠い目をして言う。

 たしか調布も中学校の頃は、生徒会やってたって聞いた気がする。なんか思い当たるところがあるのかもしれない。

 僕?生徒会なんて一度もないよ。そもそも人望も能力もないし。

 小6のクラスの学級会の書記が最高ポジションだ。

 生徒会なんて普通やんないよね、と横の紫藤弟にささやくと、当り前っすよ先輩、あれ純然罰ゲームっす、と打てば響くように返事が返ってきた。よくわかってるね。やっぱり君、僕の側の人じゃん。

 

「あ、大事なことわすれてた。

 ロカっちには、絶対に。

 そこのせーよくの塊、近づいちゃだめだよ?見るのもダメ!」

 

 いきなり僕に言葉の矢がプス、と突き立つ。

 国領は、ダメ、絶対!しのりんが見ると妊娠する、孕む!とさわいでいる。

 まあ、仕方ない。

 国領にとって僕は、(命を救うためとはいえ)ひどいことをしたやつなんだろうからな。

 だけど、この場には紫藤たちがいる。きっと紫藤たちなら、僕に味方してくれる、――

 

「あはは、本当、ハルカのいうとおりよ。

 産卵期の鮭のオスといっしょね。きっと半径2メートル内には精○の飛沫が空中に浮いてて、――」

 

「さとみん!志野くんが、かわいそうだよ、――ふふふ。」

 

「ぐむう」

 

 紫藤弟まで抑えきれずに笑ってる。裏切り者め。

 

 ちなみに紫藤が、その子がダメなら国領は生徒会長に立候補する気はないのか聞いてたけど。

 ちょっと忙しすぎるから無理かなー、って国領は言ってた。でもちょっとは考えてたみたいだ。

 史実では、たしか僕らの代の生徒会長には別クラスの男子生徒が選出された気がする。あまり良く知らないけど、頭も性格もいい、温厚な奴だったと思うよ。

 

 その後。

 僕が意趣返しに現代文の先生の調布びいきを指摘して、怒ったふりの調布にヘッドロックされて胸の弾力を感じつつ締め上げられ、天国と地獄を同時に味わったり。

 調布をまねした紫藤に、えいえい、とその小さな胸に僕の頭を抱えられてぎゅむぎゅむされて、ほっこりしたり。

 それを羨ましそうにみてた紫藤弟が、現在の中高一貫校の寮に移ることになりそうだけど、なんかそこのノリがすごい退廃的らしくてビビってます、みたいな話をしてみんなで聞いたり(打ち上げの時に、コップのジュースを口に貯めてコップに戻し、それを次の人も同じことして回し飲みしていく、みたいな儀式があるとか。みんなドン引き)。

 そんなくだらない話が続いて。

 そしてときどき落ちる沈黙に「――天使さんが通った!」って笑ったり。

 

 4時過ぎになって、そろそろ帰ろうか、ということになった。

 この山道がどこまで続いているかはわからないが、また今度来た時のお楽しみでもいいし、僕がまた暇なときにチェックしておいてもいい。

 

 また山道を下る。途中で軽いハイキング姿の親子連れともすれ違い、あいさつする。

 夕方だけど、この道の先に抜けるのかな。あの鉄塔まで行って戻ってくるのかな。

 人通りはそれなりにあるみたいだけれど、まあその方がいいよな。立ち入り禁止でもなさそうだ。

 

 いったん日蔭谷の家に戻り、ナギさんたちに発見結果を報告する。

 そして、お店も含めて、ごく近所なら外出についてもOK、ただし違和感なく顔を隠せる服装で、ということに話をまとめる。

 ナギさんマコトさんも危機感は持ってくれてて、もちろん十分に注意するとのことだが、うれしそうだ。

 やっぱり1週間も家に閉じ込められてたら、気が塞ぐんだろうな。

 

 麦わら帽子は、この日蔭谷の家にある。

 よく少し年齢高めの女の人がかけてるような、日焼け防止の大きめのサングラスみたいなのをナギさんにはかけてもらうかな。今度母のをこっそり持って来よう。

 マコトさんは、サングラスはかえって目立つかな。

 顔を隠すというより、堅めの服装をしてもらって、作業服や色落ちしたジーンズの労務者姿しか知らない飯場側の意識にひっかかりにくくしよう。

 幸いにも、紫藤が家から持ってきたマコトさんの古いスーツがある。

 スーツで買い物している人、スーパーとかでもいないことはないよね、夕方以降なら。この時代でも。

 

 紫藤が日用品雑貨や、引っ越しを進めてる中で出た不要品を一度持ってきたいと言っている。

 すでに荷造りできた分は、僕が紫藤たちを自宅に送るときにくっついて行ってもらってくることにしよう。

 

 たっくんが昼寝から目覚め、起きてきてる。

 なぜ自分を置いて行ったんだ、と怒っている(推測)ので、肩車をしてそこらへんを歩いてきげんを取った。

 紫藤姉弟が一緒に帰るというので、家まで送らせてもらい、また不要品をもらってくることにした。

 紫藤とは、国領のことや竜神のことも含めて、来週末2人だけでゆっくり話したいな。

 

 国領・調布はそのまま帰るかと思ったけど、僕を待ちたいと調布が言う。

 国領も、今日は帰るとどうせ怒られるんだ、ちょっとだけでも先送りしたいよ!と言って調布に付き合うみたいだ。

 

 ―――――

 

 紫藤姉弟を家まで送る。紫藤たち二人は歩いて、僕は自転車を押して。

 明日の月曜日から、どうしようか。

 うっかりしてたけど、今日は紫藤は母親のお見舞いに行ってたみたいだ。何もなく無事でよかった。

 だけど、来週一週間は紫藤がさらわれるかもしれない危険がある。

 金魚のふんか濡れ落ち葉みたいに、紫藤にくっついていたい。

 ずっとはムリか。どこが一番危険かな。

 学校からの登下校か、あるいは病院か。

 病院は、必須だな。あのあたり、下町で少し治安悪そうだし。

 登下校は、――朝はさすがに大丈夫か。一度、くっついてようすを見てみよう。

 帰りは、変なヤンキーとかいないかどうかだな。帰りだけ送っていくのでもいいかも。

 

 そう考えて、紫藤と話して。

 火曜日はとりあえず僕が貼りつき、それ以降の日は特に危険そうなところを重点的に、場合により僕が無理なときは調布に同伴をお願いする、みたいなところでまとめた。

 調布には国領を護衛してもらおうと思ってたけど、さすがに国領はもう危険はないよな?

 うーん。わからない。2度あることは3度あるっていうし。要相談だ。

 

 紫藤とは、明日月曜日午前に一度、日蔭谷集合にしようか、と言う話にした(明日は学校はないんだ、補習開始前1日だけの平日のお休みだ)。

 楽しみだ。

 

 さすがに紫藤弟の前ではいちゃつけない。

 日蔭谷行きの荷物を受けとり、そして手を振るだけで、別れる。

 紫藤弟は先輩お先っす、と言って先に扉を開き、先に入って、姉をまってる。

 紫藤も、名残惜し気にこっちを振り向いて手を振りながら、扉をくぐって行った。

 しばらく意味もなく閉まってしまった扉を見つめてたけど、気を取り直して、もらった日蔭谷向けの荷物を自転車の荷台にくくりつけ、坂道をおりていく。

 ちょっと手が震えた。集中力が切れかけてる?

 寝不足かな、とその時は思った。

 

 ―――――

 

 日蔭谷に、いったん戻る。

 また明日も来ることについて、ナギさんたちに伝えて。

 僕を待ちながら草取りしてた調布、国領と一緒に、たっくんたちにバイバイして。

 自転車で来てた僕ら3人、一緒に帰ることにした。

 

「国領ももちろん、診断受けるよな。」

 

「診断、――うーん。」

 

 3人で横並びに走ると迷惑だからな、1列で走っていくが、赤信号とかでは止まって話ができる。

 だから、切れ切れに止まりながら話をする。

 

 一応無事に切り抜けたものの、竜神の胚を一時的にせよ国領はその身に宿した。

 その長期的な影響は、まだわからない。

 あの竜神娘みたいに、肉体の変容があるかもしれない。

 だから、健診は必須だろう?と思うのだが、国領はちょっと不安そうだ。

 

「今日は無理かもしれないが。明日月曜日、平日だろ?」

 

 だったら外来診療もできるはず。早めがいいよね。

 

「ハルカは、心配してるのよ。」

 

「何を、だ?」

 

 心配なんだったら、なおさら早く受けるべきじゃないだろうか。

 青信号。またペダルを踏む。

 さっきまで国領が僕のすぐ後ろだったけど、調布が今度はついて。

 また次の赤信号で。

 

「ハルカは心配してるはず。

 ――あなたの、その節操なしのソレが注ぎこんだアレが検査で出たりしたら。

 つまり、あなたとナニをしたか知られたら、ってね?」

 

「さとみんっ!」

 

「ごめんなさい、ハルカ。でもあたしだったら、そう思う。」

 

 あ、鈍い僕にも分かったよ。

 そりゃそうだよな。高校生が受診してきて、しかもあそこでアレしたって。

 お医者さんは守秘義務があるから大丈夫だとは思うけどさ。知られるだけでイヤだろう。

 でもな。

 またしばらく走り、次の赤信号。

 

「だけどな。命にも関わるかもしれないし。」

 

「でもさ、しのりん。何か体が変わってるとしても、どうにかしようがあるの?」

 

「――洗浄する、あるいは切除する、とか?」

 

「本気でそう思ってる?それで大丈夫だって?」

 

「いや。まあ、そうなんだが。」

 

 そうなんだよな。

 普通の医療でどうにかなる話じゃないかもしれない。

 でもな、異常があるかどうかだけでも、知るべきじゃないだろうか。

 青信号だ。交差点を渡り、また走り、赤信号ストップ。

 会話が切れ切れだ。ちょっとちゃんと話したいな。

 

「仮に、異常があった場合。

 検査されて、いじくりまわされて。

 何があったかも、話さないといけなくなる。

 その気持ち、わかる?」

 

 調布が詰めてくる。

 ああ、そうなんだ。

 あんな手段をとってしまった、僕の過ちだよな。

 

「悪かった。僕のせいだよな。」

 

 青信号、交差点を渡る。狭い路地に一瞬入り、川沿いの車の入らない道に入る。

 横にならんで道をふさぐのはダメだが、固まって走るのはOKだろう。

 

「いいよ、さとみん。ボク、受けてみるよ。

 ただ、大丈夫だと思う。すごく体調はいいんだ。」

 

 今日の山登りでも、全然疲れなかった。

 でも怖いのは、この体調の良さが竜神のタマゴの影響だった場合だよね。

 だから、さとみんの思うのとある意味、逆なんだ。

 あまりに検査結果が良すぎて不審に思われないかな、って。

 だけど、まあ悪い異常でもいい異常でも、もし異常がみつかったら、お医者さんにいくことになるよね。

 じゃあ、しかたないかな。

 おしりのできものと同じだよ、はずかしいけど早めに行っといた方が良いかも。

 

 そう、国領は言う。

 

「それにさ、その、しのりんのアレが検出されて、シたのがバレたとしても。

 でもお医者さんも、そんなに根掘り葉掘り聞いたりしないと思う。

 聞かれたら。きっぱり、聞かないでください!って言うよ。」

 

 だいたい、ボクが何かその、うーん、ボーイフレンドとシたとしてさ。

 お医者さんは警察じゃないから、そんな通報したりはしないよね?

 不純異性こーゆーだっけ。それをした生徒がいる、って。

 

 そう、国領が聞く。

 

「そうだな、――なあ、」

 

 川沿いにちょっとした公園。

 ちょっと寄って行こうよ、と2人に声を掛ける。

 2人とも、異存はないようだ。この話、早めにしてた方がいい。

 自転車で走りながらだと、歩行者の耳とかが気になる。

 水道で水を飲む。暑い、昨日とうってかわって今日は晴れ上がってる。汗が背中に張りついてる、でもきっと走ってると乾いてパリパリになる。

 

 仮に、まあ説教くらいはされるとしても。

 虐待とか犯罪関係でなければ、たぶん、通報の線は大丈夫だと思う。

 でなきゃ、ほら。

 女子中高生がするっていう中絶カンパなんか、ありえないよね。

 

 そう言ってみる。

 調布も、その点は同感のようだ。

 国領の懸念を指摘したのも、診察自体に反対するつもりというわけじゃないようだ。

 僕が国領に対して無神経なことを言い放ちかねないかなと思ったから、釘を刺そうとしたらしい。

 調布はこういうところは妙に融通が利かない、っていうか。

 自分が悪役やって泥をかぶって、でも自分の正義を貫きたい、みたいな。

 なんだか生き方として不器用だよな。いや、真性不器用な僕に言われたくないって感じなんだろうが。

 そんな僕たちのやりとりを聞いていた、国領は。

 

「ちょっとお腹の調子が悪いとか適当に言って、診てもらうよ。」

 

 うう、でも恥ずかしいな。

 胃腸科?産婦人科?胃腸科とかだよね、きっと。

 カメラとか入れるんだよね?

 口から入れるならいいけど、たぶん下、お尻から?うわー!

 しのりん、やっぱりなんか埋め合わせしてもらうよ!?

 あれ。約束してたよね、そういえば!

 

 そんなことを口走る。

 

「あら?約束?何かしら。

 そんな話、あたしとみなりは聞いてないわ。」

 

 裁判のときは、ごく簡単に何があったか言っただけで、細かいやりとりまで話してなかった。

 だから白状した。竜神の洞窟から無事出たら、国領に奢るって約束したってことを。

 喫茶店のカプチーノ、銀の皿に載せた最高級のアイス。

 

「志野、その事実が分かってたら。

 判決が少し変わったかもしれないわね。」

 

 調布が、口元を緩めて、冗談と分かる口調で言う。

 

「さとみん、ここはアレだよアレ。」

 

「口止め料ね?」

 

「ぐむう」

 

 お互いに横目で視線を交わして、にまにましてやがる。

 こいつら結託しやがった。帰りに喫茶店で奢れってさ。

 まあ、いいけど。明日か来週末、紫藤とも行ってしっぽりするんだ。絶対にだ。

 

 ―――――

 

 高校にほど近い、半住宅街の筋を入ったところの喫茶店。

 あの大学見学の帰りに、浦和先生に連れていってもらったところだ。

 日曜だけど、大丈夫かな。

 僕たち3人は入り口から中を伺い、他の客の存在を確かめて入る。

 先客が1組、大学生くらいのおとなしそうな男女のカップル。

 あまり冷房は強くないけど、高めの天井ではシーリングファンが回ってて快適だ。

 

 あの大学見学の日とは違って、初老の女性がカウンターにいる。

 アルバイトじゃなさそうだ。にっこり迎えてくれる。奥さんかな?

 僕らが座るのとほぼ入れ替わりで、大学生(推定)カップルはお勘定して出て行ってしまった。

 メニューを広げて、頭を寄せ合う。

 カプチーノって話があったけど、結局は国領はメロンソーダフロートを、調布はカフェラテを選んだ。

 僕?僕は普通にブレンドさ。考えなくてよくて楽だ。

 

 なぜか調布と国領が軽食メニューを指さしてなんか謀議してる。

 「ホットケーキ」「タルト」とかいう単語も聞こえる。共謀罪だぞ。

 

 結局はバニラアイスとストロベリーアイスにして、半分ずつシェアらしい。

 値段は結構高いけど、量も結構あるのは2人にとってうれしい誤算みたいだ。

 僕にはないよな、と思ってたら、調布が自分の皿のバニラアイスを大盛りにスプーンに載せて僕の口に突っ込んできた。

 水筒はダメでスプーンはいいのか。

 国領が声を半オクターブくらいあげて、わー、間接キス!いけないんだ、いけないんだ!って言って白い歯をみせて笑ってる。

 調布も、男には見せない屈託ない笑顔で笑い返してる。

 女性のマスター、いやミストレスも、温和な顔でにこにこと僕たちの方を見やってる。

 すりガラスに、傾いた夏の陽が斜めに差し込んできらきらしてる。

 口の中の冷たさを味わいながら、平和だな、と思った。

 

 ―――――

 

 国領が、別れ際に気になることを言った。

 

「ねえ、しのりん。頭が禿げてる、すごい筋肉質の大きな人って、しのりんの知ってる人?」

 

「!」

 

 とっさに思い浮かぶのは、例の1回目で紫藤を殺し、2回目のこの世界でも嬢たちを殺し、ナギさんの首を絞めたあの筋肉男。

 まて、この場には調布がいる。

 共有してもいいとは思うが、渡していい情報とそうでないものの取捨選択が必要だ。

 

「ああ、――知っているといえば、知ってる。」

 

 まて、国領。なんで国領がそいつを知ってるんだ?

 絶対に近づくんじゃない。後で、見たときの話、聞かせてくれ。

 

 そう、言う。

 国領は、なんか僕の本気度っていうか勢いに少しおじけづいたように、いや知ってるって言うか知らないんだけど、とか言ってたが、後で話をするということで頷かせた。

 調布は、このやり取りを黙って見つめていた。

 

 国領をちゃんと家の前まで送りとどけ、僕と調布は自転車を走らせる。

 調布の家まで送ろう。

 家の側の公園で、自転車を停める。

 なんとなくの習慣で、調布を送るときは、ここで少し話をしたりする。

 もう日射しはかなり傾いて、長い影ができてる。

 

「なあ、調布。来週だけど、国領と紫藤をガードしたい。」

 

 国領には、たぶんもう大丈夫じゃないかな。そこまで危険性はないと思うが、念のためだ。一回それで失敗してるし。

 紫藤は、ちょっと気をつけときたい。僕が張り付くつもりだけど、最悪の場合は頼む。

 

 そう考え、ブランコに揺られながら僕は調布に頼む。

 もちろん調布も、僕の横のブランコでぶらぶらしてる。

 

「あら、そのつもりでいたわ。」

 

 少なくとも、国領の帰りには、張りつくつもりだと言っている。

 

「――ただ。

 今の話だと、あなた、ハルカと話したいことがあるのよね?

 学校で話すのかしら?時間作らないといけないんだったら、あなたとその日は交代してもいい。

 ただ、あたしも知っていいことなら、あたしにも教えてくれないかしら。」

 

 もちろんだ。国領の言ってたこと以外にも、相談したいことがある。

 ただ、危険な話になるかもしれない。

 近いうちに、話をさせてくれ。

 

 そう僕が言うと、調布は真剣な顔で頷いた。

 

「それと、」

 

 ブランコを下りてすたすたと歩き、そこらへんの小さな石を蹴りながら、調布は言う。

 僕も追いかけて、その石を蹴る。そして、なんとなく二人で交互に石蹴りしながら人気の少ない公園を歩く。

 

「志野、あたしさ、朝、運動公園に行ったんだけど。」

 

 ああ、中伊紀(なかいき)運動公園か。

 野球場やサッカー場、プールや大きな体育館や陸上のトラックとかがある、本格的なところだ。

 ときどき僕もプールや卓球で行ったことがある。

 

「矢木持(やきもち)高校、知ってる?」

 

 有名なマンモス私立高校だ。野球で有名だが、サッカーや体操、陸上も強豪だと聞く。

 要はスポーツ系で名を売ってるが、かなり勉強もできる。特進コースとか設けてたっけ。

 そういうと、調布は頷いた。

 

 僕が蹴った石が、脇に逸れて遊具の下に入ってしまった。

 調布がそれを見て肩をすくめ、傍にあるベンチに腰掛ける。

 僕も横に腰かけてみる。

 

「あそこの女子陸上の先生に、気に入られたっていうのかしら。

 気が向いたらでいいから練習に来てくれって言われて、ときどき参加するんだけど。」

 

 なんでも、中学校のころから目をかけられてるとか。

 今日も、まさしく「気が向いたから」1か月ぶりに参加してきたという。

 

「あそこの子たちには、じりじりタイム詰められて、もう抜かれるのも時間の問題かなって思ってたけど。

 今日は調子が良くて、タイムを大幅更新してしまったの。自己ベストね。

 先生も苦笑いしてた。片手間でこれかよ、って。」

 

 もちろん、矢木持側の選手もタイムを上げてきたらしいのだが。

 調布の方が調子が良かったのか、タイムを縮めて突き放したらしい。

 

「まあ、朝一発目にいい知らせがあったし。

 最近、いろいろ調子がいいから、なんでしょうけどね。」

 

 ぐうっと伸びをする。

 うん、胸とか背中から腰への曲線が美しい。

 少し前まではフシャーと野良猫みたいに威嚇してた調布だが。

 最近は僕がじとじと見てても、咎めないことが多い。

 むしろ思わせぶりに流し目をくれたりすることも。

 あ、いや、でもね。機嫌がわるいときはフシャーってやられるんだけどね。

 

 それでも。調布は相当変わった。

 ちょっと前まで調布は、男嫌いも極まってて。

 ミサンドリー的な視線や言動をよく投げつけては、男子(ときには男性教員)の反発を買い、教室を緊張感に陥れてたわけだが。

 (弁護するわけじゃないが、その頃の調布、自分で抑えきれない不快感を感じてるように傍から見えた。)

 最近はずっと丸くなってきて、男子との関係も大幅に好転した。

 ほんの2、3か月前まで、まあ顔立ちは整ってるけど目つき悪いし、男には態度わるっ、っていう印象だったのに。

 最近はすごくまともになったし、きれいにいきいきしてみえる。

 

 それは僕だけじゃないらしい。

 青山たちが体育の時間、女子が走り高跳びしてるのを見ながら話してるのを聞いたことがある。

 いや、その、――だれが相手にいいかって。

 下品な品定めだ、それは分かってるけどさ。僕も含めて男子って下品で馬鹿だから仕方ないっす。

 調布は性格はともかく、外見は人気だった。いや、青山とかは調布と衝突したことはないらしくて悪印象ないみたいだけど、学期初めのあたりで調布にきついこと言われたことあるやつも多いんだ。ただ体はいいよな、ひーひ―言わせてえ、というのが共通見解。

 調布は運動神経がいいから、背面飛びとかしてた。すごい綺麗なフォームで。

 あ、でも紫藤もなんか人気らしいよ。ただ、僕というお邪魔虫がいるので、あまりうちのクラスの男子たちは僕の聞こえるところでは言わないらしいけど、他のクラスとか、――

 

「――あなたのおかげかしら、って思ったり。」

 

「えっ!?」

 

 難聴系主人公を気取るわけじゃない。単純に自分の耳が信じられなかっただけだ。

 

「なんでもない!ただ自己ベストが出たから、うれしかったの!」

 

 急に調布があたふたし始め。

 

 ねえ、志野。今の言葉は、聞いてないわよね!?聞いてても忘れなさい!

 送ってくれてありがと、気をつけて帰るのよ?

 

 そう言って。

 バイバイ、またね!と手を振り、走って行ってしまった。

 うーん。台風みたいだな。

 

 あ、今日はキスをし忘れちゃったな。でもいいや、なんかうれしい。

 僕はまた胸がずきっとする感覚を覚えながら、自転車をのろのろと押して帰り道についた。

 

 なんだか、自転車に乗る気になれない。歩きたい。

 沈みかけの夕陽、少し雲が出てきてる、夕焼けが真っ赤だ。

 明日は雨が降るのかな。

 なんだろう、いろいろつまづきながらもうまくいって幸せなはずなのに。

 何かさびしくて泣きたいような、変な気分だ。

 

 赤い夕焼けを見ながら、自宅近く、日がほとんど沈むまで僕は自転車に乗らずに押して歩き続けた。

 結果、ちょっと遅くなって母親に叱られた。

 うん、せめてこのくらいの不幸がないと、バランスがとれてないんじゃないかと心配だ。

 

 安心して寝た。

 

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