タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
従兄の茂良男が
彼女が子機を取ると、
昨日は家に帰ったあとちゃんと眠れたか、今日の体調はどうか、と聞かれた後で、その情報を告げられた。
「え?しのりん、熱出たの?」
「そう。だから、あなたは大丈夫かな、って。」
仮に志野の発熱が竜神(や洞窟の小生物)に由来するものなら、
「ボクは大丈夫。体の調子なんか、もう最高。
昨日ぐっすり寝たから、ガソリン満タンだよ!」
空元気で、そう調子よく答える。
「あら、頼もしいのね?」
くすっ、と調布智美が笑った気配。
うん、体調は悪くない、というか絶好調。鉄棒のときも体がすごく軽く感じた。うそは、ついてない。
ただ頭のなかが、ぐちゃぐちゃなだけなんだ。
「今日は、家にいるかしら。
昨日、志野はああ言ってたけど。もし病院いくなら、付き添うわよ?」
まあ、大丈夫みたいね。台風も来てるから無理しなくていいわ、と言っている。
この友人に、今日の予定をたずね返してみる。
日蔭谷の家に突撃して、いったん荷物を置き。
今は外に出て、公衆電話でこの電話を掛けているらしい。
あの日蔭谷の家の近くの公園からなのだろう。
――ぐしょぬれよ、もう!あたしも風邪、ひいちゃうかもね?
病院、あたしは今さら同じだから今日でもいいけど、ハルカが体調良くて、そんなに心配なさそうだったら、今日でなくてもいい。
今週中なら、いつでも付き合うわよ。明日の補習、サボって行ってもいい。
なんていうか、すごく男前だ。
背後では、わー、さとみん、不良だよ!と声がしてる。
涙が出そうなくらい、平和な日常が受話器の向こうにあるのを感じて。
思わず、国領ハルカは、軽く声を詰まらせながら。
「うん。あのさ、その、とりあえずさ。
そっちに行っても、いいかな?」
そう、口に出してしまっていた。
―――――
その声に彼女の何らかの異常を感づいたらしい、調布智美は。
――すぐ行くわ。一時間くらい、待てるかしら?
そう、言ってきた。
この風雨。しかも時間的に、ちょうどお昼前くらいの時間帯。
そこまでしてもらうことに、引け目を感じる。
でも
だから、震えそうになる声を押えて平静を装いながら、ごめんよさとみん、お願いできるかな?と返す。
「いいのよ。貴女になんかあったら、今は亡き志野に、顔向けできないじゃない。(「死んでないよ、さとみん!」という声が入ったが、無視して調布智美は会話を続けた。)それと昨日志野が言ってた病院のことだけど、もう行ったかしら。よかったら、――」
念のため親に聞いてみたりしたの。直腸内視鏡検査とかでいいのかしら。女医さんが診療する医院も見つけたわよ。と言ってる。
なんだかありがたくて胸がじんとして、泣きそうだ。というか、ぽたっと一粒落ちた。
「じゃあ、1時間後。え?何?あなたは待ってなさいよ。イヤだ?
まあ手間は一緒だけど。」
電話の向こうの軽い口論。どうやらみなりんも、来たいって言ってるんだな、と察する。
早く来れる道順を教え、近くになったら電話してほしい、悪いけど家には直接来ないでほしいんだ、と伝える。
勘のいい調布智美は、その指示の裏に何かがあると気づいた気配だったが、何も触れずに。
ただ「楽しみにしてるわ」とだけ言い、時間だけ再確認して、電話を切った。
子機を戻すのも面倒で。
ぺたり、と床に崩れるように座り込み。体をべたっと前に倒す。
思ったより心理的にダメージを受けてたのか、涙がぽたぽた床に落ちた。乱暴に手の甲で顔をぬぐう。
ああ、もう。何もかもが、思うようにいかないよ。
彼女は、声を出さずに泣きながら。
朝、一瞬だけ見た、黄色いレインコートの人、そしてその人の連れていたかわいい白茶色の犬、その揺れてた尻尾のこと。
それらが心のよすがであるように、意味もなく何度も何度もくりかえし、そのシーンを思い返していた。
―――――
しばらくしてなんとか泣き止んだ彼女は、勇気を振るって一度自室のドアを開け、階段から階下を伺い。
茂良男は下の階の居間にいるようだ、と見当をつけて。
自室に戻って、今度は念のためドアのカギをかけた。
カギとはいっても、納屋とかに付けるようなちゃちな留め金タイプのもの。
ドアを強く蹴ったり体当たりしたりすれば、壊れて開いてしまうだろう。
本気で茂良男が押し入ろうとしたら、せいぜい時間稼ぎくらいにしか使えない。でも不意打ちが防げれば、それでいい。
これから、どうしようか。
家から出るときに、また難癖つけられて、あんな一幕があったりするかもしれない。
これまではいつも、すり抜けたりかわしたりしてきたんだけど。
今日みたいに伯父さん、伯母さんのいないときに強引に力でねじ込んでこられたら、かわせない。
体に乗られ、押しつぶされて。
さらに体をへし曲げられ、触れ合った肌のおぞましい記憶に、覚えず鳥肌が出てしまう。
これから大学も夏休み。茂良男のことはよく分からないが、バイトに行く以外は家にいることになってもおかしくない。
そしたら伯父伯母のいない場で、
どうしよう。
まあ、後のことは後で悩もう。まずは、今日のことだ。
外出する準備をしておこう。
待ち時間にできそうな予習教材とか財布と保険証とかを、いちばんコンパクトなリュックに詰める。
財布を入れながら、居候の彼女のことを糾弾する茂良男の声が思い出されて、心が暗くなる。
彼の言葉は、自分に都合のいい理屈でしかない。そう思おうとしても。
茂良男の要求する9万円とかの話はともかく、アルバイトしてお金を稼がないといけないな。
そう、彼女は思う。
小一時間くらいして、彼女の部屋の電話の子機がまた鳴った。
茂良男は、普通は自分で電話は取らない。仲間とはポケベルで連絡をとってるみたいだ。
だけど今、きまぐれで彼女たちからの電話を取られたら、とても困る。
素早く子機を取ると、今度は調布智美よりも高い、ソプラノの幼い声がした。
みなりんだ!
「やっほーみなりん。今どこまで来たかな?」
なんとか、この小さい友人には普通を装えた。と思う。
「『電化ショップ ひきわり』っていうお店のそばの公園だよ!
さとみんが言うには、ここから30秒くらいでハルカちゃんの家のある路地の入口に行ける、って。」
「あ、うん。そうだよ、ボクの家はその公園の、すぐ近くなんだ。
もうちょっとだけしたら、出られるよ。
そうだね、5分後に公園に来る。そこで待っててくれるかな。」
「わかったよ!5分後だね。ハルカちゃん、待ってるよ。」
電話は、切れた。
どうしようか。
今、茂良男には顔を合わせたくない。顔を合わせてさっきみたいになったら、という懸念がある。
居候のくせに遊び歩くのかよ、と難癖をつけられたり。
でも、靴も傘も玄関だ。玄関に行く途中で音を聞きつけられたら、あるいは居間のドアが開けてあったら。
見つけられて、妨害される可能性が高い。
勝手口も、やっぱり1階。居間との続き間になってる、台所についてる。
さっきの話の蒸し返し。それは、あり得ない懸念ではない。
茂良男は、非常に粘着質なのだ。自分の思いどおりにならないと、いつまでも粘着する。
さっきので気が済んでいてくれればいいが、そう思うのは楽観的すぎる気がする。
彼女は、自室を見回す。
プールに行くときのビーチサンダルが、吊り下げてるプールバッグに入れてある。雨だから、開き直ってこれにしよう。
雨も弾けるかなり大き目の、白いウィンドブレーカー。これをリュックを背負った上から羽織る。太腿の上半分くらいまではカバーできる。
中に着てる服は、変える時間はない。動きやすいし、このままでいい。
ドアの鍵は開ける。そして窓を開ける。
風は強めだけど、雨は止んでるみたいだ。
隣の家の壁も近いが、自分の家の壁を使って手足を突っ張れるほどじゃない。
だから眼下にみえる、隣家との境界となってる肩ぐらいの高さのブロック塀。あれを狙う。
窓から下までは思ったより高くて、窓を超えると身が竦んだ。
ばたばたばたと、ウィンドブレーカーが風にあおられる。
ブロック塀も、すごく細く遠く見える。
大丈夫、大丈夫。あの体操の平均台と同じようなものだ。
窓のサッシの縁に片手でつかまり、もう片手で窓を半分閉めた。
軽業みたいな行動。鉄棒とかで鍛えたせいか、思ったより楽々とできたことに、内心驚く。
ぶら下がる場所と手を替え、窓を完全に閉める。カギはさすがに掛けられない。
足元はビーチサンダルで、踏ん張りはきかない。今、家の壁につけてるけど、気を付けないとくるっとサンダルの底面が足の横に回ってしまったり、ざりっとすべったりしてしまいそう。
ブロック塀も細く、苔はみえないけど雨に濡れて滑りやすそう。一つ間違えれば踏みはずして大けがだ。
サンダルを振り落として、裸足で飛び降りたほうがいいかな?
でも、塀と家の間は狭いし、拾うのに時間がかかる。
近くにあるクーラーの室外機とかに当たったら、音も立ててしまうだろう。
あいつに気付かれたら、元の木阿弥だ。
真上からはたり、と行こう。真上から。
我ながらうまく、猫のように柔らかく音もなく着地した。これ、忍者っぽくない?
到着したとたんに吹いてきた強風にまたあおられたが、うまくバランスをとって身を支えた。
そして、サンダルにしては上々の足さばきで表通りまでブロック塀の上を走り。
一瞬のうちに左右を見て人影を確認し、庭木からぽたぽた落ちる樹雨を受けながら、飛び降りる。
家からの脱出は、無事成功した。
―――――
公園ではなく、家から公園に向かう路地のすぐ出口に二人が待ち構えていた。
待ち合わせは公園だったよね。別の出口からボクが出てすれ違ったらこまるじゃないか、と
でも、
ぎゅうっと
言葉少なに「ちょっと先で話しましょう」と言って促してくれた。
調布智美の服装は、白いサマーニット、そして珍しくかなり短めの丈の上質そうな黒スカート、黒いブーツ。
いつもは見せない、よく発達した健康的な脚が、目を惹く。
学校とプライベートに線を引いて、プライベートでは結構はじけた、遊び好きの別人格にしてるのかもしれないな、と
紫藤みなりは、シンプルな白ブラウス、ひざ丈の黒いキュロットスカート、ゴム引きの黒い雨靴。雨靴はごく普通のものだけど、不思議にしっくりしていて変には見えない。*1
全体に、二人ともモノトーンでシックに見える。
対する
そして大きすぎる、男物のフード付きの白いウィンドブレーカーを雨具がわりに羽織ってる。
サンダルはちゃちなものではなく、結構丈夫なしっかりしたものだし、彼女自身の素材はいいので傍からみると悪くない装いなのだが。
全体に着の身着のままという印象じゃないかな、と
移動中は、割と事務的な話だけ伝えられる。
志野の病状の話が少し。
昨日からの近況を少し。そんな感じだ。
調布智美は、紫藤みなり宅に早々に行ったらしいことが、二人の口ぶりからうかがえたのだが。
午前中のこれまでの活動については、「近くのショッピングセンターで、買い物とか、――?」と言葉を濁された。
あの冷静沈着な調布智美が、目を泳がせていたのが気にかかる。紫藤みなりが、すました顔で優越感を浮かべて調布智美を横目で一瞬見たのも。
何か隠したい失敗でも、あったのだろうか。
日蔭谷方面へのバスが来るバス停に着き、バス待ちの時間。
周りに人影がないのを確認した調布智美から、おもむろに切り出された。
「ねえハルカ。答えたくなければ答えなくてもいい。
その頬。あなたのご家族にされたのかしら。」
思わず頬を隠すように手が動いてしまった。でも、ここで隠しても意味がない。
「うん。その、たいしたことはないんだけど、さ。」
「そうなの。
もしかすると、あなたが一昨日の夜に外泊した、その関係?」
「違う。それはそれでちょっと叱られたけど、大丈夫。」
さすがに多少は小言を言われたけど、似たようなことは前もあってさ。
だから今は無罪放免になってるよ、と伝える。
「あたしたちに、今、できることがある?」
「うーん。そのうち、相談させてもらうかも。ごめんね。
今はボクも、頭がすこし混乱してて、さ。」
ちょっと肩をすくめて舌を出して苦笑してみせ、大丈夫だとアピールする。
実際、ふたりと話していて、心はかなり落ち着いてきていた。
伯母さん伯父さんは茂良男のことを甘やかしてはいるが、基本的に善良な人で、
国領ハルカを放り出すことは、まずありえない。
茂良男とは、折り合いが悪くて何かと心はささくれ立つけど、いつものことだ。
過去にも理不尽に暴力を振るわれたことがなかったわけではない。それもなんとかかいくぐってきた。
基本、茂良男の就職か彼女の進学でどちらかが家を出れば、カタがつく話なのだ。早ければ今年の冬ぐらいから、就活で茂良男も忙しくなるだろうし。
それまでできるだけ、一対一で会わないようにしよう。昼間は学校にいればいい。
「わかったわ。でもそのときは、遠慮しないで。
というより。あたししつこいから、また後で何度か訊くかも。」
紫藤みなりはこの間、口を挟まなかったが、心配そうに国領ハルカを見守ってくれていた。
「病院は、どうするのかしら?」
「うーん。まあ行きたいのは行きたいんだ。でも、ぜんぜんどこにいくか見当つけてなくて。さっき電話で言ってくれた、――」
「ええ、それよ。いいかしら。
このバスも通る、国道5○8号線沿い。地図でいうと、ここの病院ね。母の知ってるところで、掛かってたことがあるそうなんだけど。」
その候補の総合病院、日蔭谷へもちょっと距離はあるが歩いていける場所にあり、都合もいい。
担当医は日により変わるけれど、たしか女医さんがいて希望を出せたはず。
とりあえずは、そこに向かってみることにした。
―――――
バスを降りて、徒歩数分。国道から少し入った場所にある、目指す総合病院は年季の入った白い4階建ての建物で、すこし陰鬱な印象を与える。
小さな庇のあるエントランスから入り、黒いスリッパに履き替え、すこし角の剥げが目立つ青いリノリウムの床を歩く。観葉植物が置いてある。
ちょっと黄ばんだ人造大理石の受付で、診療希望を告げて健康保険証を出す。調布智美の口添えで、できれば女医の診察を希望する旨を備考欄に書いた。
強風の雨の日だ、ということもあり。
蛍光灯に照らされた、くすんだオフホワイトのベンチシートの並ぶ待合スペースには人影が少ない。
順番も、すぐ回ってきた。
「付き添うわよハルカ」「付き添うよハルカちゃん!」と、二人に言われたが。
その彼らの気持ちを受けて、さっきまで折れそうになってた
だから彼女は、一人で、自分の意思で診察を受けることができた。
希望していたとおり、女医さんが担当してくれて。
つまり、男の子と盛り上がってしまってお尻に入れられてしまいました、という話をちょっと眉をしかめながらも、あまり大きな驚きを示さずふんふんと聴取してくれた。
直接に指摘されたりしなかったけど、調布智美にも見とがめられた頬を打たれた痕に女医さんは気づいた様子で。
それも
診療待ち人数が少ないのもあってか、少し長めに時間を取ってくれた女医さんに、
まず、自分を大事にすべきだ、と親身に諭された。
自分では生計を立てられない学生時代には、保護の反面、それなりのうるさい制限が伴う。
でも生計を親でなく性的パートナーに求める場合。体(だけ)でのつながりは簡単だけど、切れるのも簡単だ。
体目当ての男とは、長期的な関係はあまり期待できない。
ましてや、ふつうのセ○クスではなく、
結局は、若すぎる働けない母親が赤子とともに貧困の中に放り出されてしまい、前より悪い条件で同じことを繰り返す(増えていく水子とともに、体目当ての相手ばかりをわたり歩く)ことになりかねない、と。
そして、何より。
その器官(直腸)は、
ただ、どうもその医師の口ぶりからすると、
検査については、(腸内すべてでなく)肛門と直腸を検査すれば十分でしょう、ということになった。
彼女は一度お腹の中身を出してくるように言われ、浣腸を入れられて排便して。
診察室にまた戻ってから、肛門鏡と直腸鏡で診てもらった。
指を肛門に差し入れられ、触診された後。
鳥のくちばしを思わせる、中世イタリアの拷問器具にも似た器具でお尻を拡げられてライトで照らされ、観察され。
そしてその後、ベッドに寝かされて直腸鏡を挿入され、丹念にチェックされた。
志野への意趣返しを改めて固く決心させるくらい、非常に恥ずかしかったが。
女医の心配りで、羞恥心を必要以上に傷つけられることはなかった。
診た限りでは、傷や出血はない。ポリープとか潰瘍みたいな病変とか、おかしいところも見当たらない。
その相手の男の子の軽はずみな行動には、全く、そう、本当に
挿れたといっても、本当にただ挿れただけ?
少なくとも快感にまかせてあなたを傷つけるような激しい動きは、しなかったみたいね。
そう言われ、すこし釈然としないながらも頷き。
今回は所見なしだけど。もっと自分を大事にしなさい、まだ若いんだから!と、再度説教され、排便の間に事務から取り寄せたらしい、電話での悩み相談ホットラインのパンフレットを渡されたが。
何か症状が出たり、気になる行為をされたりしたらまた来なさい、と言われて終わった。
無事でよかった。確かに、
1時間くらいもかかってしまった、と少し気に病みながら待合室に戻る。
診療結果等については、その場では何も尋ねられず。
会計が済んで病院を出てあたりに人影がなくなってから、えらかったわ、と褒められた後で結果を聞かれた。
無事、異常なく無罪放免となったことを告げると、二人の雰囲気がふわっと軽くなった。どうやらさっきの深刻そうな話、時間が長くかかってるので異常が見つかったんじゃないかと心配してくれてたらしい。
何もなくてよかった。そういえば、高校生だとは気づかれたが、高校名や立ち入ったことも聞かれなかった。それもラッキーだった。
――――
なんだかずいぶん気が楽になり。
日陰谷の家についたときは、何なら少し、はしゃいでいたかもしれない。
マコトさんナギさん(そしてたっくん)も、親しい親戚の子を迎えるように
なんならこっちの方が、布田の伯母さんの家より居心地がいいなあ、と
しょっちゅう来てるけど、迷惑でないかな。それだけがちょっと心配だ。
ナギさんマコトさんは、母屋の掃除をほぼ済ませて、今は離れの片づけをしていたらしい。
母屋の方は、もうかなり片付いていて、2階の一部を除いて、部屋は全部使えるようになったという。
ナギさんとたっくんは奥の1間、マコトさんは2階の1室を自室として使っている。
心配して遠回しに聞いてみたが、決してふたりが仲が悪いわけではなく。
たっくんがまだ多少夜泣きすることがあり、マコトさんも軽くいびきをかくことがある、という理由らしい。
まだ昼ご飯がまだと聞いて、ナギさんはほっかむりを取って何か作ろうとしてくれたが。
押しとどめて、軽くありあわせのもので自分たちで間に合わせることにする。
たっくんもちょっと早いおやつとして分けてもらえることになって、喜んでいる。
結局、彼女たちはそうめんときゅうりやナスの浅漬けを刻んだものを合わせて軽く食べた。
たっくんもうれしそうなナギさんに世話を焼かれながら少しお相伴、マコトさんも結局コーヒーを一杯飲むことにしたらしい。
その後、彼女たちはちょうど親戚の子をあやすように、たっくんをしばらくいじくりまわして。
たっくんが疲れて寝落ちし、ナギさんが添い寝して。
マコトさんも、さて僕も仕事に戻ろうかな、と苦笑いしながら離れでの作業に戻っていくと。
彼女らはちょっと、手持ち無沙汰になり。
片付けて新しく使えるようになった、1階の座敷からはすこし離れた居室に集まった。
この部屋は座敷からも、ナギさんの部屋からも遠い。ナギさんには、ちょっとやそっと騒いでもこの部屋なら全然大丈夫ですよ、と笑って言われた。
昼寝中のたっくんに気を使っているのを、読み取られたみたいだ。
台風前の、つねにない悪天候をかいくぐってきて。
そして世間が忙しく回っている中にぽっかり生まれた、平日の休みという非日常感もあったからかもしれない。
客用ふとんらしいものが片隅につみかさなったこの部屋で、3人は修学旅行みたいなノリで、嫌いな先生とか好きなお菓子とかどうでもいいような話で盛り上がり。
そして誰からともなく、まくらをつかんで。
年甲斐もなく、まくら投げがはじまり。
紫藤みなり・国領ハルカ連合軍が調布智美を打ち破り、ふたりで馬乗りになって降参させる。
でもええい、と調布智美が二人を乗せたままお馬さんの体勢に起き上がり。
二人が驚いて紫藤みなりが転がり落ちる。
そんな馬鹿騒ぎの中で、国領ハルカは。
午前中の家での一幕で、ぎゅうっと殻の中にちぢこまりつめたく凝り固まっていた心が、日なたのタンポポの花のように、ふわあっ、とやわらかくあたたかく開いていくのを感じていた。
―――――
「それで、ハルカ。――ちょっと立ち入ったこと聞いても、いいかしら。」
まるで中学生みたいに、はねまわり、投げまわって、黄色い声をあげて、さわいだ後。
ねえ、少し休みましょうよ。という提案によって。
ちょっとお行儀わるく、3人とも敷ぶとんをくずして延べて、その上で転がって話していた。
紫藤みなりは、国領ハルカの腕に横から抱きつき、足も絡めている。天気が悪くて涼しめとはいえ子供のように高い体温がほのかに暑いが、国領ハルカはなんとなく人恋しく感じていて、振りほどきもせずそのままにしていた。
調布智美も、この一連の騒ぎの後、スカートが結構大きくめくれあがりたくましい脚も大胆に露出している状態で、なんのてらいもなく国領ハルカの横に片ひじを頭について寝転がり、凪いだ目でそんなふたりを見ている。
そんな、平和な空気の中で。
自由なもう片手の指で、髪をくるくると絡めては解きながら。
彼女は、国領ハルカに話を切り出した。