タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
高校2年生の春にタイムリープしてしまった主人公(志野)は、まず惨殺される運命であるクラスメイト(紫藤みなり)へのアプローチを始める。しかし他のクラスメイトには誤解され、紫藤本人にはおびえられ、散々なことに。
紫藤みなりの親友である調布智美と主人公は対立するが、紆余曲折のすえ、それなりに友好的な関係を築く。そして、紫藤みなり本人にも、自分の紫藤への思慕を伝えることができ、紫藤自身もまだおっかなびっくりながら、主人公と交際することにしたようである。
主人公はまだ具体的には実情を知らないが、紫藤みなりの家庭の状況は破綻寸前である。紫藤みなりは義父には性的な色彩を帯びた体罰を受け、実弟には性的な感情を向けられている。実母は生計を立てるため無理な仕事を続けており、家庭を顧みるいとまがない。
17 一攫千金は難しい(1)(前章あらすじ付き)
当たり前だがお金は大事だ。アヒルに言われるまでもない。
しかし高校生には金がない。そして金を稼ぐためにできることがほとんどない。
最近は、僕と紫藤の仲も少し進展している。都合のあう日には、一緒に駅まで帰るようになった。これはもう、付き合っていると言っても過言でない、it is not too much to say 、のではないか。後は2ヶ月の記録の更新を狙うだけだ。
お昼は相変わらず高木たちと遊んでいることが多いが、ときどき紫藤と示しあわせて一緒にお昼を食べるようになった。雨が降ってなければ、少し時間差をおいて教室を出て、あの第二体育館横の疎林に行く。
ベンチに腰かけて、一緒に手を合わせてからお弁当箱を開けて食べる。先生や友達の話、部活の話、最近面白かった本の話。会話の合間、食べながらふと目を上げると、紫藤ももぐもぐと口を動かしながら、こっちを見上げてにこにこと微笑んでみせてくれる。お行儀は悪いのかもしれないが、心臓に悪いくらいかわいい。だれか時間を止めてくれ。
そうして紫藤とはもう少し距離が近くなり、少しだけだが家庭の話も聞けるようになった。弟が反抗期だとか、母親が仕事で帰宅が遅いとか、まあ今のところはどこにでもありそうな悩みだ。
そんな中で、保険と借金関係の書類について相談された。本人的には、あまりに母が忙しいし、良くわかっていなさそうなので、相談先についての相談、相談すべきかどうかについての相談、をしたかったらしい。だが、これは貴重な情報だ。
まず保険、中身を見たがこれがちょっと怪しい。紫藤母に保険が掛かっていて、受取人が紫藤父。保険詐欺を疑えるほどのものでもないが、代理店がヤツザキグループの会社なのだ。この地方でも少しは事業を展開してはいるものの、決してメジャーではない。きな臭い。
もう一つは督促状だ。紫藤父はあまり計画性のある人種とは思えない。金額も決して小さいとはいえない。たまたまこれ一つだけとみるのは楽観的すぎよう。あちこちからつまんでいる可能性もある。そうだとすれば、利息返済だけで普通の会社員の給料の相当部分が飛んでいるかもしれない。
この二つを結びつけると、借金の穴埋めで保険詐欺を仕組もうとしている、という線が一応考えられる。
借りた封筒の中身を謄写して、開封がばれないように丁寧に封を復元し、配達途中での水濡れを装わせるべく細工する。まだ普通の封筒と糊なので、家庭科室のスチームアイロンで開封できた。
紫藤の話から推測すると、年度当初から紫藤母はかなり無理なペースで働いてる。だいたい1日12~14時間労働、掛け持ちで休日なし、日曜は不定期で少し短いこともあるくらいとか。うん、1回目での紫藤母の死因は、多分、脳内出血か心筋梗塞かなにかでの過労死だろう。
1回目でも、紫藤は駅近くでアルバイトしてたと聞いた。紫藤母と合わせての、家計補助のためだろう。2回目のこの時間線では、まだその動きはないけど、紫藤の動きに要注意だ。
紫藤の言動に、まだ特に暗い影は感じられない。まだ家庭は、表面上は平穏を保っているのだろう。だが、紫藤母の帰宅時間から推測した、その過労状態を考えると、紫藤父の経済的援助はもう打ち切られている可能性が高い。それどころか、借金の存在を考えると、却って家計負担を増しているかもしれない。
長期的には自立した生活への抜本的見直しが必要なのだろう。離婚、自宅の処分、堅実な給与の仕事への転職、弟の私立中から公立中への転校。だが短期的には、まずはこの夏を乗り切ることが重要だから、臨時収入でも構わないから金がいる。それで紫藤母の仕事を減らし、とりあえずは学期末(7月中旬と仮定しよう)の紫藤母の過労死発生を避ける。
あとは父親の死亡事故だ。そもそも紫藤母の死亡を避けられたら、この事故も起こらないかもしれない。ただ、念のため、紫藤を通じて事故に注意するよう警告するか。ただ、この事故自体が人為的だった、という可能性も僅かながらある(たまたま両親が相次いで死ぬ、というのは偶然では起こりにくい気もするのだ。これも保険詐欺の成れの果てだったのではないか。ミイラ取りがミイラになるパターンで。)。ただまあ、あまりに情報不足で、今はとりあえず動けない。
紫藤母の負荷軽減対策と、あと僕のバイクの調達も考えると、やっぱりお金が必要だ。ある程度まとまった金が。
だがその調達の具体的な手段がない。
高校生のできるアルバイトは限られているし、時給の低さを考えると、絶対額として足りない。最低限、100万程度は必要だと考えている。僕は普通の事務職としての能力はあるが、それは高校生アルバイトでは発揮できまい。そもそも僕の高校では、アルバイトが原則禁止だ。見つかったら絞られるだろう。
株価の動向はある程度知ってる。まず外さないだろう。だが証券会社の口座など作れそうにない。未成年者単独で口座は作れまい、しかし親は固い人たちだ。バブル崩壊でますます株なんてものには拒否感を持っていそうで、理解は期待できない。
安易かもしれないが。僕が未来知識を使って稼げそうと思って思い付いた手段は、賭け事ということになる。
これも学生は禁止だし、見つかったらまず停学以上だろう。でも一回きりで、多額の、足のつきにくい収入が得られる(かもしれない)魅力は大きい。
高校野球賭博やプロ野球賭博が一つの候補だ。僕もこの時期の甲子園優勝校やリーグ優勝チームはおぼろげにではあるが覚えていて、確実性が高い。が、これらは真正面から違法だし、かなり危ない人たちが絡んでいる可能性もありそうだ。
宝くじ。しかし当たりくじのナンバーなど覚えているはずもない。
サッカーくじ。あと5年は待たないと。
そうなると競馬、万馬券だ。これもハードルは高い。
僕は競馬ファンでもなんでもない。逆にいえば、そんな僕がかろうじて知っているということは、勝った馬だということになるはず、ではある。
もっともハルウララというパターンもあるよな。注意しなきゃいけない。
しかし万馬券は、意外だからこそ万馬券なのだ。鉄板の馬の入賞ならそんな倍率稼げやしない。
その中で、ピンポイントにこの年の万場券を覚えているか?ふつうは無理だ。
ただ。
たまたま、この年だけ、僕は万場券が出ていたこと、どの馬がそれを作り出したか覚えているのだ。当時のニュースで当たった人の狂喜ぶりが印象的だったこと、馬の名前が珍しかったこと、ニュースを見ながら父が職場で万場券を当てた人がいた、と夕食で母と話していたこと、で覚えている。
だが知っているレース結果は一つきり、しかも不完全。でも、これしかない。千載一遇のチャンスだ。
ーーーーー
場外馬券売場は、僕が一度目に死んだ(のだろう。確信はもてないが)時代には、相当近代化されていて、洗練されていたと思う。しかし、この時代のそれは、まだまだ場末感漂う、初心者にはハードルの高い化外の地である。
なるべく視線を固定させて、人と目を合わさないように進む。土曜日、午前の授業が終わると昼ごはんも取らずに来たのだ。途中で一応制服は着替えたが、シャツや鞄は通学用だ、間に合うだろうか、見とがめられないだろうか、
と胃が痛かった。
貴重な小遣いで買ったスポーツ新聞や、ラジオニュースでおそらくこのレースだったのだろう、というレースを探しだした。あの日、父は出勤していた。土曜日だったはず。そして一位は普通に有力馬。二位に入ったのが大番狂わせだったはずーー。
人が目の前を行き来して、売場にたどり着けない。いや、これは前に立ち塞がれてるんだ。
「兄ちゃん、なあ、勝てる馬を教えてやろう。」
ぬっと顔を突きだした、汚い野球帽、黄色い前歯、洗いざらしのデニムジャケット。
「ほら、俺さっきのもあててんでーー無視すんなよコラ」
面倒なのに捕まった。
振り向くともう一人、仲間らしい男もいる。このご時世にハンチング帽と耳に赤鉛筆かよ。
直前まで買えるとはいえ。確かマークシート方式だったか?邪魔だよ、あまり時間はないのに!
ーーーーー
しつこくまとわりつかれ、押し退けてでも、多少いざこざになっても進もうか、と思ったとき。
「おい、俺の弟がなんかやったかよ。」
びいんと響くような声がした。
一瞬、硬直してしまう。この目の前の男たちの関係か?
後ろから親しげに肩に腕が回された。最近、少しは筋肉がついたかなと思っていた僕の腕がモヤシにみえるくらいの、しなやかで狂暴な力を秘めた腕。腹筋の厚さを伺わせる、低くよく響く声。
「教えてくれてたんだろ?ありがとよ、でもコイツ、俺と遊びに来てんだわ。悪いな。」
言葉の上では感謝して顔を立てつつも、邪魔すんな、失せな、といわんばかりの威圧。こちらに向けられてる訳でもない、肩を組まれてる僕自身が、横を見る勇気すら持てない。
僕に絡んでた中年男たちは、口の中でもごもご言いながら人混みに紛れて逃げていく。
恩人か、あるいはさらにヤバい相手か。
「おう、湿気た面してんなよ、とって食いやしねえよ。ーーーって、てめえ、」
肩に回した腕を解きながら、そのいかにも強そうな、いや実際に強いであろう男は僕の顔を覗き込み、言った。
「おめえ、大丈夫か。ーーなんか死相が出てんぞ。」
ーーーアキさんだ!
ーーーーー
「秋月さん、ありがとうございます。お礼は後程、ーー」
「おい!俺を知ってんのか。まあいい、何しようとしてんのか知らねえが、止めとけ。」
まずい、もう時間がない。
「アキさん、30分だけ雇わせてください。報酬で、上がりを半分。」
「なに考えてんだ、おい。」
「お願いします!」
その男、秋月はまた困惑したように頭をかきながら唸った。
「何だよお前ぇ、馬券かよ。買いたいレースあんだな?そういうことならおい、行くぞ。」
僕の腕をその分厚い、力強い手で掴み、引きずっていく。さっきと違い、人がささっと避けていく。すごい。
ーーーーー
「おい、本当か。お前、全財産ぶっこんだのかよ。死相がみえるのも当たり前じゃねえか。言っちゃ何だが、コイツはダメだ、ドブに捨てたようなもんだぞ。ーーまあ、しかたねえ。」
秋月は、僕の馬連の馬券を、鼻をかんだ後のティッシュを見るような目で見た。
「上がりは山分けで。」
「おい、ゼロは半分にしてもゼロだぜ、ーーまあ当たってもそんなもんはいらねぇよ。だって、」
お前学生だろ、と秋月は急に声を潜めて耳元で囁いた。
「学生のうちからこんなとこ来んじゃねぇ、ーー学生は学生らしく、しっかり勉強しときな。悪いことは言わねぇ、まだ時間も十分あるだろ。こんなとこに来る歳じゃねぇ。バカでもいいんだ、確り自分のできることをやるんだ。もう来るんじゃねぇぞ?」
その声はどこか苦々しいようでもあったが、本気で言ってくれてることが伝わってきた。
「秋月さんは来てますが、ーー」
「おっさんはいいんだよ。もういいんだ、なくしちまったからな、でもお前らはあるだろ。」
「何がですか?」
「何だろうな。金じゃないな。俺にはもうない、お前らにはある。それって何だろうな、俺は頭が悪いからわからねぇが。ーー堅気の会社の仕事か?いや、かわいい大事な彼女かな。まあお前にゃまだいなさそうだが。」
「失敬な、ちゃんといますよ。」
「おいおい、ヤンマガの綴じ込みや手前ぇの左手は彼女とは言わねぇよ。ーーまあ、そうした彼女ができるかも、っていう、そういうキラキラした、気持ちかな。ハッ、自分でも何言ってるのか良くわからねえな。」
秋月さんは一見近づきがたい、精悍な厳つい顔を少し綻ばせて言った。意外なほどに人懐っこい顔。この頃の秋月さんはまだ若い、1回目の僕と同じくらいだっただろうか。だが、どこか懐かしむような、悔やむような言葉。過去に何か大事なものをなくしたような気配だと、僕は感じていた。
多分秋月さんが言いたいのは、「未来」とか「希望」とかのことなんだろう、言葉にすればひどく陳腐になってしまうが。あの夕陽を髪に受けていた紫藤には、おそらくなかったもの、そして今の僕がもっとも紫藤に渡してあげたいものかもしれない。
90年代のこと、何か事実誤認があるかもしれません。