※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 あまりグロくもありません。なにか味が足りないので、後で修整するかもしれません。

(前回のあらすじ)
 虫に憑依した志野は、演し物の一環としていろいろな方法で殺される人々を見る。その中の一つに、調布を発見する。



171 月の裏側(8)(志)★

 

 どういう展開で、調布がステージに上がるはめになっているのだろうか。

 せわしなく上空をホバリングしている虫も、僕とは一致しない関心でもって、眼下の状況を把握しようとしてくれてるようだ。

 

 電気柵に囲まれた闘技場(リング)。広さはあの国領の鉄板焼きのときと同じくらい。

 その一隅に、人の死体が転がってる。

 屈強な男の死体。普通の体格の男の死体。女の死体。そして犬の死体。

 あれらにタマゴを安心して託せそうか、と虫は真剣に検討している模様。

 

 屈強な男の死体に、虫は近づく。

 この男の死体と折り重なっている、というより抱きすくめられた形で、中型犬の死体がある。

 アメリカン・ピットブル。

 闘犬用に育種された、最強とも言われてる極めて敏捷で獰猛な犬種だ。

 この屈強な男は噛み裂かれながらもこの犬に組み付いて動きを止め、なんとか犬の首か背の骨を折って相討ちにしたのだろう。

 そして、出血多量か何かで男も死んだものと思われる。

 この屈強な男は、奴隷用でなく普通の服を着ていた。観客としてチャレンジしたのかな?

 あまり裕福な感じではなく、労働者階級のような外見。

 洗いざらしのブルージーン、上は赤いチェックのシャツとデニムのジャケット。

 服には、血がしみ込んでしまっている。

 血の気のなくなった顔は、意外に穏やかな表情なのがわずかな慰めだ。

 だだ、破れた横腹に頭を突き入れたハイエナが臓物をむさぼっている。悲惨な光景であることににかわりはない。

 

 もう一人の男と女のペアの死体は、その最寄りの柵のそばにある。

 感じからすると、電気柵の電撃で女が動けなくなったところを男が守ろうとしていたのだろうか?

 犬の死体が、ここにも一匹。これは別の犬種。

 大型だがありふれた雑種にみえる。

 犬の眼窩には、男のものらしいナイフが突き立っている。

 柄から判断するに、カーボンか何かの特殊素材だ。

 地下パーティは撮影されたりするとまずいから、所持品検査とかあるんだろうな。それに引っかからない素材の武器を持ち込んだのか。

 

 女には、一見すると大きな外傷は見あたらない。

 国領と同じ奴隷服を着ている。外国人で、かなり美しいと思われる白い顔には、涙の跡。

 男はベージュのスラックスに薄い青のシャツを着用。さっぱりした、白人中流階級と言う感じ。

 この伊達男も、チャレンジしたのかな?

 この死んでいる女の、夫かパートナーだったのかもしれない。

 

 死んだ男の服はズタボロで血に染まってる。死体には噛み傷が多数。

 喉元の大きな傷が致命傷だろう。

 この男はこの犬をなんとか殺したが、それ以外の犬どもに寄ってたかって噛み殺されたのだろうな。

 女は感電死か、守衛の係員の電撃槍に突き殺されたのかもしれない。

 

 ここまでで死んでるのは犬だが、この殺戮の場にいるのは犬だけじゃない。

 さっきの死んだ頑健男を食べていた生き物。

 そして今も、この伊達男をがつがつと噛み、肉を引きちぎっているもう一頭、見張りしてるもう一頭は。

 たぶん、ハイエナか、その近縁種だ。

 大きな頭、いやらしく笑っているような大きな口。

 ハイエナは、3頭くらいいる。一頭は見張りのように頭を上げ、残りが亡骸をむさぼり食っている。

 なぜか女の亡骸は食い荒らされていない。

 伊達男の死体を喰いかじるハイエナのしっぽが、虫を払うように振られる。

 虫は断念したのか、少し高度を上げ。

 他の死体をさがすことにしたのだろう、ふぃーんと向きを変えて飛翔する。

 

 ――――――

 

 生存者は、2グループに分かれている。

 虫は、犬の死体が近くに転がっている、そのうち一方のグループの方にふよふよと飛んでいく。

 

 このグループは全員、むさい、いかつめの東洋人の男だ。

 スキンヘッドに青い鱗の入れ墨の目立つ男、ドレッドヘアの洋風タトゥー入りの男、そして筋肉質の体の大きな、短い髪を金髪に染めた男。

 ヤンキー男3人組だな。ときどき僕にわかる言葉、日本語で何か言い争っている。

 

 スキンヘッド男とドレッドヘア男の服装は、男版の奴隷服っていうのかな。生成りの白いひざ丈の短パンに、作務衣みたいな単純な構造のやっぱり生成りの上着。

 3人目の金髪男は、黒のスーツみたいな服。おしゃれで迫力があるが、ひっかかれたか噛みつかれたかで、多少破けている。

 前の2人は奴隷、この3人目は観客だがチャレンジで参加したやつかもしれない。

 

 3人は、襲い掛かる黒い犬たちに苦戦している。

 黒く精悍な体つき、ピンと立った耳と尻尾。

 軍犬や警察犬とかで有名な、ドーベルマンだろう。

 あのピットブルほど凶暴でなく知能が高い。戦闘力も高かったはずだ。

 

 ドレッドヘア男がこの3人の中では力が落ちるのだろうか、既に一度噛みつかれている。

 出血の目立つ片足は、思うように動かないようだ。

 

 スキンヘッド男はまだ無傷。こいつは狡猾だ。

 ドレッドヘア男にわざと肩をぶつけてよろめかせて隙をつくらせ、自分でなくドレッド男に犬が向かうように仕向けてたり、ドレッドヘア男を盾にしたり。

 ドレッド男はこれに気付いていて、相当に不満そうだ。

 ぎりぎり歯を食いしばって横目でガンを飛ばすが、犬を防ぐので精一杯だ。

 スキンヘッド男はドレッドが倒れたらますます追い込まれるが、それ分かっているのかな。

 何か感情的な行き違いがこの2人の間にあるのかもしれない。

 

 ドレッドヘア男、スキンヘッド男の武器は棍棒。

 打撃部分である先端部がふくらんだ、いわゆるボトル型のものだ。長さは50cmくらい。

 見覚えがある。国領に選択肢として提示されたものと同じだ。新体操で使うようなやつだ。

 武器としての実用性、あるのだろうか。

 材質は木のようにみえるが、よくわからない。ラバーだったりしたら武器としては有効でないだろうし。

 対人は良いとして、対獣の武器としては間合いが近すぎる気もする。

 

 金髪男は相当に強いようだ、持ち込めたらしいバトンのような棒、――たぶんこれは特殊警棒で実用性が高そうだ、――を振るっている。

 戦果も上げていて、すでに1匹の犬の死体が足元にある。今しも2匹目の肋骨か何かを折ったようだ。

 

 3人は、電気柵の角を利用してできるだけ対獣戦線を短くし、集団で襲い掛かられないようにしている。

 しかし、それでも3人に5、6匹が群がっている状態。

 ドレッドヘア男がまた犬に脚のすねを噛まれてよろけ、かろうじて金髪男に助けられた。

 でも、もう戦線崩壊が近い。

 泣きそうな顔でドレッドヘアが棍棒を振っている。

 金髪はそのダチなのか、心配そうな視線を時々彼に投げるが、本人も余裕はない。

 

 ――――――

 

 その対角側、多角形の電気柵の別の一角に、電気柵を背にして、女子供たちのグループが野獣たちと対峙している。

 このグループが犬を一匹倒したのに反応してか、虫はこのグループが見えるところまでぶんぶんと飛んでいく。

 

 調布が、こっちにいる。

 調布のほかに、調布よりわずかに小柄な黒人女性が一人。背は高いが痩せた眼鏡をかけた白人女性が一人。その子供なのだろう、小学生低学年くらいの女の子1人。

 女の子はかわいそうにすっかり怯えてしまっていて、母にすがりついている。その母も気弱そうな外見だが、震えながらも獣たちに対峙している。

 

 調布以外の人は、国領と同じ奴隷の服装。

 調布は、あの以前の夢でみた、妖艶なドレス。

 しかし調布のドレスは動きやすいように自ら調布が破ったのだろうか、あるいは獣の爪に引っかけられたのだろうか、裾の一方が腰近くまで切り裂かれている。

 

 調布が菱形の鈍角の頂点というか先頭の位置にいる。

 子供を背後、菱形のもう一つの鈍角の頂点に置いて、調布の左右ななめ後ろのひし形の鋭角の頂点の位置を、二人の大人の女性たちが固める布陣。

 二人の大人の女性たちの背後と左右ななめ後ろには電気柵があり、それを防御に使っている。

 要は調布が、一番危険な場所に突出した位置取り。

 

 調布と大人たちは3人とも、たいした武器らしい武器は持ってない。

 大人2人はあの新体操の棍棒ではなく、長さ60cmくらいの細い杖か硬鞭みたいなものを持ってる。

 たぶん、新体操競技で使われるリボンの柄だろう。

 先端はそれなりに鋭く尖っていて、それをレイピアのように突き出して、近寄る犬を威嚇してたりしている。

 だが、これも間合いが足りないな。

 調布は、左手親指から手首あたりにぐるぐると布切れみたいなものを巻いたうえで、例の新体操用の棍棒を持ってる。

 手の布切れは犬の牙へのガード用だろうか、それともまさか、ケガしてるのか?

 右手は素手のようにみえるが、何か握りこんでいるようだ。

 ヒールのある、ストラップ付きの靴(パンプス)を履いたままだ。

 もっともヒールはさほど高くはない、動きへの制約を考えても裸足より靴を履いている方が有利と判断したのだろう。

 実際、僕の虫がみている前で犬の顎を蹴り上げてみせた。すごい。

 もちろん黒い挑発的な下着が、観客に見えたようだ。

 観客からは、嘲笑と性的なからかいが半々くらい。アウェイ気味だ。

 

 調布グループに攻撃してくる犬というか、獣は4頭。すべてドーベルマン。

 うち3頭が調布と白人母に向かって唸っている。

 1頭は、何かのこだわりがあるのか、黒人女性に執拗にちょっかいを出している。

 正直、細いレイピアではなかなか心もとない気がするが、黒人女性は果敢に叫びながらレイピアを小刻みに動かし、あるいは振るって、犬たちを近づけさせない。

 手が空くと調布の側の犬も牽制してくれてる。

 今は、防げてるように見えるが。

 

 ――無理だ!

 

 一時は持ちこたえるかもしれない。

 現に今、調布はまた噛みついてきたドーベルマンの目のあたりを巧みに蹴ってひるませた。

 だが、今しばらくの間はともかく。

 次第に、人間と獣の体力の差が現れてくる。

 人間は瞬発的にしか発せない力を、犬たちは持久的に発揮できる。

 

 そのうち、ほぼ確実に。

 調布が体力を消耗してくれば、左右連携して噛みつかれ、足を止められ。

 腱や筋肉を噛みちぎられ。

 そして手首や首の動脈を噛み裂かれる。

 

 だいだい、犬の戦闘力は成人男性よりはるかに高いと言われている。

 今は戦線に参加していないハイエナも、おそらく似たようなものだろう(より強いかもしれない)。

 調布のグループに襲い掛かってる犬は、4匹。

 ただ、この調布の斜め後ろにいる黒人の婦人がかなりがんばって、1.5匹分を引きつけてくれてる。右後ろの白人母は、荒事は得意でないらしいし、子供が恐怖にしがみついてるのもあって、0.5〜1匹分くらいか。

 つまり実質、調布に向かってる負担は正味2匹分。

 

 ただ、この獣たち。

 闘争本能に染まった目、牙からしたたる涎。いかにもヤバそう。

 なにか薬を投与されてるのではないかと思う。ドーベルマンはそこまで攻撃的な性格でないと思うが、今は闘争心むき出しにしてる。

 咬まれたりしたら、狂犬病とかの感染も心配だ。

 

 その間。不良グループの方では。

 ついにドレッドがやられた。

 脚のすねにがぶっと噛みつかれ、棍棒で払い落そうとしたところに他方の脚に噛みつかれ。

 さらに、棍棒を持っていない方の手で払おうとしたところに、さらに別の一頭が噛みつく。

 金髪男はかろうじて一匹の背中に警棒を振り下ろすが、スキンヘッドが2人の裏を抜けて逃げ出す。

 スキンヘッドが抑えてた一匹が、金髪男の背後から噛みつき、金髪が倒れた。

 さらに2匹が、金髪男に飛び掛かり、首のあたりに噛みつく。

 

 それを避けようとした金髪の右腕に犬が噛みつき、激しく首を振って肉を食いちぎる。バトンが落ちる。

 その間に、男の横腹に別の一匹が噛みつき、血がしぶいた。

 

 金髪は転がって、自分に群がる犬たちを押しつぶそうとするが、横に転がりかけた際に、その首の横後ろあたりを犬に噛みつかれてしまう。

 頚動脈が切られたのだろう、すごい量の血が流れだす。

 

 気がつくとドレッドヘアも押し倒され、内腿の高いあたりを噛みちぎられている。

 ドレッドヘアがすごい悲惨な、助けを求める叫び声をあげてるが、喉笛を噛み切られたのかばったりと途絶えた。

 

 スキンヘッドは、調布たちのところに向かおうとしたようだが。

 流れるような連携で、ハイエナ3匹が横から飛び掛かる。

 がじり、と音がしそうなほど深くくるぶしを噛みつかれ、スキンヘッドが調布まであと3メートルのところで倒れる。

 仰向けに身をよじり、こん棒を足に噛みついているハイエナの頭部に打ち下ろすが。

 ハイエナの骨格は、犬よりはるかに丈夫なのだ。

 まったく効いている風でない。

 

 他の1匹が、倒れたスキンヘッドの耳を噛みちぎる。

 痛みのあまり叫びをあげかけたところに、別の1匹が目のあたりを噛んだ。

 次の瞬間、スキンヘッドの片目がなくなっていた。

 金髪とドレッドヘアを斃した犬たち、そして気づいた調布グループを攻撃してた犬たちの一部も参加してくる。

 犬たちは、ハイエナと争う様子はない。

 

 ハイエナの一匹がスキンヘッドの片手を噛み、もう1匹がもう片手を噛んでひっぱり。

 引きちぎるように左右に引く。スキンヘッドの絶叫。

 別の一匹にはらわたを噛みちぎられ、引きずり出されたが、とどめに至らない。

 スキンヘッドの叫びは、絶命するまで続いていた。

 

 まずい。

 

 このままでは、調布たちは今相手している4匹に加え、この大量の犬とハイエナに攻撃される!

 目を転じると。

 調布たちはじりじりと電気柵沿いを移動し、あの屈強男と男女のペアのあたりに動いていた。

 スキンヘッドたちの虐殺祭りに、調布たちを攻撃してた犬のうち2匹がつられて行ってしまっていた。そのすきに乗じたらしい。

 調布は、白人女性からレイピアを借りて棍棒との二刀流で残り2匹をけん制しつつ、他の女性たちに何か指示を飛ばした。

 2人の女性たちは協力して、3人の死体を重ねて即興の防壁に仕立てた。

 防壁で防御を固めた調布は、打って出て。

 死んだ犬から伊達男のナイフを抜き、吠えながら調布たちにくっついてきてた犬たちの一匹の目のあたりを、ズシャアッと薙ぎ、その戦闘力を失わせた。

 さらに黒人女性が、鋭くレイピアの先端をもう一匹の口の中に突き込み、脳を破壊する。

 

 だが、ドレッドたちを片付け、スキンヘッドをなぶり殺しにした犬たちが気づき、参加してくる。血に酔った目で。

 衆寡敵せず。2倍以上の頭数がいる!

 このとき、例のピエロみたいな司会が、言葉を上げた。

 

「すばらしいショーだ!

 だが、もう限界じゃないのかな?」

 

「まだまだ、これからよ!」

 

 振り向きもせず調布は言い放ち、ナイフを一閃。また血がしぶき、先頭で跳びかかってきてた犬の目が切り裂かれた。

 マジかよ、犬なみっていうか犬以上の反射神経だな。

 

「ただ、君はともかくあと2人は、どうかな?ほらほら」

 

 ピエロ司会は、ひゅうっと笛を吹いた。

 

 はっと調布が振り向く。いつのまに回り込んでたドーベルマン4匹が母子を囲み、いまにも噛みつきそう。

 それにピエロ司会は、ぴいいっと笛を吹き、押しとどめた。

 

「ちょっと休憩は、いかがかな?

 そして僕たちのすばらしい未来について話そうじゃないか。」

 

 調布は、まだ闘う構えを崩さない。

 しかし、他の二人の女性と子供はもう抵抗の姿勢を示していない、いや、示せない。

 周囲をひしひしと、唸る獣に取り囲まれて。

 ピエロ司会の指示一つで、彼女ら3人は喉を噛み裂かれるだろう。

 

「もう結末はみえた。

 ――だが君は、なかなかすばらしい幻想をもたらしてくれた!礼を言おう!」

 

 わざとらしく、シルクハットを取って一礼。

 調布は燃えるような、きつい視線を返す。

 馬鹿にしたように、笑うピエロ。

 

「そこでだ、取引と行こう(Let's make a deal!)!

 みな、まだものたりないだろう?」

 

 口笛の音、拍手の音。

 もっと悲惨な死を求める、怒鳴り声。

 こいつら、この観客ども、まだまだ血と惨劇に飢えてる。

 

「もう、君をバラバラに引き裂かせてもいいんだよ?

 ただ、もうちょっと違う景色も見たくなった。」

 

 ピエロは、そう言って係員に何かを告げる。

 

「これから呼ぶ獣。

 それに、――そうだな、10分間。

 10分間生き延びたら。

 君とそこの二人の婦人とお嬢さんには、自由と安全を保障しよう。」

 

「あたしがもし、10分持たなかったら?(If I don't survive that 10 minutes...?)」

 

 はじめて調布が、取引に乗るような口ぶりを見せる。

 

「愚問だ(Silly question.)。同じ運命に決まってるじゃないか。(You all are in the same boat.)」

 

「ねえ、あなた(Well, Sir.)。5分持てば3人は解放、あたしは15分(5 minites for 3 girls, and 15 for me.)。それじゃだめかしら?(How about it?)」

 

「なかなか値切り上手(good haggler)だ!

 いいだろう。5分で君以外の3人は自由。君は15分間つきあってもらおう。取引成立だ(Deal done!)!

 さて、淑女紳士諸君!

 この勇敢なお嬢さんが、仲間のために自分の命とその素晴らしい体を我らがショウに提供してくれるそうだ!

 ――そうだね?」

 

 黒人女性が立ち上がって、何か抗議しようとしたが、衛兵に押しとどめられる。

 白人女性が、何か恐ろしいことに気付いたように、口を開け。

 眼鏡の奥の罪悪感に満ちた目で調布を見つめている。

 隣の女の子が、彼女に何か言っている。口の形がかろうじて読み取れる。

 

 ――大丈夫だよね?彼、ああ言ってるけど、彼女、大丈夫だよね?

 

 母親は、唇を震わせて、――何も娘に答えられなかった。

 

「ええ、あたしは生き延びるつもり――」

 

「さて!そういうことだ!

 淑女紳士諸君!準備ができるまで少しの娯楽を!」

 

 曲芸師たち、踊り子たちが観客席との間に入り、会場の準備の間を持たせる。

 犬たちはピエロに服従しているらしく。

 その命令下に、退場していった。

 電気柵はそそくさと撤去され、リング上も片づけられる。

 僕の憑依した虫は、名残惜し気に片付けられていく死体を見送っていたが、その場にとどまった。

 

 そして巨大なガラス水槽が、平台車数台を使って運び込まれる。

 水槽のガラスは、その存在を意識できないくらい丁寧に磨きこまれており。

 辺も目立たないような特殊な加工がされているようだ。

 水槽の上部に蓋はなく、解放されている。

 水槽の一片は、3mくらい。

 高さは、2mくらいだろうか?

 

 ガラス水槽には、何かの不定形の塊。黒っぽい太い縄の塊のようなものが床にわだかまっていて、――

 

「さあ諸君、ショウが再開する!注目だ!

 到着した花婿に、拍手を!」

 

 観客の、拍手の中。

 黒い縄の塊のようなものが、動き、崩れる。

 縄の塊の中から、もたげられたかま首。

 それをみて、縄は長大な蛇なのだと僕は悟った。

 

「ちょっと珍しい花婿だね!

 男前じゃないか、手も足も毛もないけれど!」

 

 観客席から、湧き上がる哄笑。

 一部に、観客の女たちの恐怖の声。

 

「その初夜を、僕たちは参観できるわけだ!

 どうかな、花嫁の感想は?」

 

「最高に悪趣味ね(You're in the worst possible taste!)!」

 

「お褒めの言葉、ありがとう!

 その花婿氏。ただのパイソン(ニシキヘビ)じゃないんだよ?特別な子なのさ。」

 

 ――大きさは、そこまでじゃないと思ったかな?ノン、ノン!

 あまり大きい蛇は頭が悪いし、大味で楽しめないのさ!

 パイソンの締め付けは強すぎて、獲物は数秒で血流が止まって、すぐ死んでしまうからね。

 ワニですら絞殺するからね、人間なんてイチコロさ。

 

 それじゃ、つまらないよね?

 だから、一見君にも勝てそうにみえる、彼なんだ。

 ひとつまみのスパイスは、肉の味を飛躍的に高める。

 ひとつまみの希望も、絶望の味をきわだたせるのさ!

 

 だけどね、彼は。

 特殊な改良と訓練を施してあるんだ。

 正直体重を揃えての比較(pound for pound)では、鰐殺しのパイソンより強いと思うよ。

 

 何より彼は、なかなかのエンターテイナーさ!

 牙はなくしてあるから、噛みつき(キス)は気にしなくていい!

 君はこのハンサムな花婿の、情熱的な抱擁を受けるだけでいいんだ!

 彼はテクニシャンなんだ、きっと君も気に入るよ!

 

 あまり強烈でないけどね、じわじわくるよ、じわじわね。

 君にも絶頂を、そしてその先にあるものを体験させてくれるさ。

 これまでは、10分生き延びた女の子はいない。

 男でも、12分とすこしが最長記録さ。

 みな最後は、嬉しさに涙を流してくれたよ。

 

 ああ、それと。

 

 この子、頭が良いんだ。

 突起は甘噛みするし、穴をみつけたら入り込むように教え込んである!

 親切だろう?

 だってほら、君も処女のまま死ぬのは、つまらないだろうし。

 死(・)ぬ(・)ま(・)で(・)ず(・)っ(・)と(・)思い出に残るすばらしい初夜を、プレゼントしてあげるよ!

 

 ああ、残念だが武器も服も。

 全部、取り上げさせてもらうよ?

 新郎新婦は、すべての虚飾を脱ぎさってお互いの愛を確かめるものさ。

 この趣向、気に入ってくれたかい?

 

 そう、ピエロ司会は残忍な笑みを隠そうともせず。

 調布に、嘲弄の言葉を投げかける。

 

 群衆の興奮が、高まってくる。

 しかし調布は、群衆の野卑な野次には一切反応せず。

 誇り高く気高く、背筋を伸ばし胸を張り。

 ピエロ司会に冷たい視線を返し、対峙している。

 

 

 

 その間。

 僕の憑依した虫は、ガラスの水槽の縁に止まり。

 僕は、水槽の中の蛇を観察する。

 

 ――この蛇は、変だ。

 

 それが、僕の印象。

 アミメニシキヘビやアナコンダくらい、僕も動物園で見たことがある。

 ギネスに載るような巨大なアナコンダの写真だって、見た。

 

 それらと比べ、際立って大きいわけではない(それでも、相当の長さだ)。

 だが、どことなくこの蛇は、――変だ。

 蛇は今、いったん崩れた後、きれいなとぐろを巻きなおし、頭をもたげて、調布を待ち受けている。

 その端然としたさまはまるで、この状況や司会の言葉が、分かっているかのようだ。

 その黄色い目に、捕えた鼠をいたぶるネコのように、残忍な知性を感じてしまう。

 

「ええ、気に入ったわ!

 ずいぶん彼も、ハンサムじゃない?」

 

 調布が、よくとおるアルトの声で、朗々と言葉を返す。

 蛇へ、鋭い目を向けた。

 だが、端正な口元には笑みを浮かべていた。

 

 野次は先程、ふたりのやり取りが始まってからは止まっていたが。

 観客席から、調布の胆力に対してだろう、わずかながら嘆声が上がる。

 

「あたし、脱がないといけないのかしら?

 この、みなさんの前でなんて。

 ずいぶん、はしたない気がするけれど?」

 

「貞淑だね!妻の鑑だ!

 だが夫婦のベッドのマナーは知らないのかな?

 夫婦の褥では、服は脱ぐものなのだよ。」

 

 ピエロは、馬鹿丁寧に答える。

 

「ええ、それならば仕方ないわね。

 でも、あなたはいくつか間違っているわ。」

 

 調布は、ワンショルダーの挑発的なドレスの肩を外した。

 白いまるい両肩、なめらかな背中が、露わになる。

 調布は目を伏せ、ドレスを下げていく。

 

 胸を拘束する黒いブラがあらわれ。

 惜しげもなく、まだ生硬だが、薄く筋肉の浮いているみごとな白い肌がさらされる。

 くびれた腰を、ドレスにくぐらせ。

 見事なお尻を見せながら、片足ずつ上げてドレスを通し。

 調布はドレスを脱ぎあげる。

 太く逞しい太腿、細くはないが優美な曲線をみせるふくらはぎ。

 ストラップ付のハイヒールは、まだ履いたままだ。

 

 観客席は、魅入られたように静まっている。

 調布の裸身に指笛を吹きかけた男もいたが、隣の客に黙らされた。

 

「なに、僕が間違っているって?」

 

「ええ!」

 

 調布がドレスをくるくるまとめ、黒人女性たち3人の側に投げる。

 黒人女性が、あわててそれを拾い上げた。

 ドレスを胸に抱え、何か言おうとしたように調布を見返し、喉元が動く。

 言おうとしていたのは励ましの言葉だろうか、感謝の言葉だろうか。

 しかし結局、言葉は何も発されなかった。

 

「あたし、処女じゃないのよね。

 あと、もうあたしには愛するパートナーがいる!」

 

 残念、どちらも間にあってるの、と。

 

 調布は妖艶な笑みを浮かべながら言い放ち。

 ブラを外した。

 そして脚をおって足首のストラップをはずしてパンプスを取り。

 劣情を覚えさせる仕草で、ショーツをおろす。片足ずつくぐらせて。

 そして堂々と隠す様子もなく、衆目の前に立つ。

 ただ、目元を隠す覆面は外していない。

 

「なんてことだ、これは君にとってロマンチックな初夜じゃなくて、いかがわしい不倫の場なのか!」

 

「ええ、そうなるのかもね?

 ――ごめんなさい、貴方。」

 

 まるで相手がその中にいるかのように、暗い観客席に投げキス。

 会場が、どよめく。

 多分、調布のブラフだろう、このピエロ男どもに一矢報いるための。

 

「でも、この間男には絶対になびかない。

 きっちり殺す、だから許してね?」

 

 調布はそう、朗々とした声で言い放つ。

 観客たちも司会も。その気迫にのまれかけたように、一瞬、沈黙していたが。

 

「そうかそうかそうか!(Well, well, well!)それはそれで、すばらしいショウになりそうだ!

 みなさんはランスロットの勝利(不倫の上の寝取り)を見ることになるのか。

 それとも、クリエムヒルトの勝利(貞操を犠牲とする復讐)を見ることになるのか?」

 

 ただその口調は、調布の挑発に比べるとやや切れがなく。

 してやられた、という悔しさがわずかに感じられた。

 

 ただ、舌戦はともかく。

 僕がみるところ、この勝負の行方は調布に不利。

 

 アミメニシキヘビやアナコンダの獲物への締めつけは、500㎏~1tに達し、水牛のような大型動物すら屠ることがあるという。

 このピエロの口ぶりだと、この大蛇はそこまでのパワータイプではなさそうだが。

 ただその実績を聞くに、人間が素手で勝てる相手ではないのではなかろうか。

 

 ガラスの水槽への階段がセットされる。

 白い、古代ギリシャの狩猟神の女神のように均整のとれた美しい裸身を露わにした調布は、堂々と。

 女王のような威厳をみせて階段にむけて歩き出す。

 

 それを見ながら、虫の僕は。

 言い知れぬ不安が心に沸き起こるのを感じていた。

 

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