※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 ちょっと遅くなりました。
 進めたかったのですが、単なるつなぎ回になってしまいました。後で少しおかしいところを修正します。


173 月の裏側(10)(紫)

 

「おはよー、さとみん!」

 

「ええ、おはよう。元気そうね、みなり。」

 

 ここは、わたしの家の近所の公園。

 わたしは、迎えに来てくれた親友(さとみん)に声を掛けた。

 さとみんも元気そうだな。ちょっと眩しそうに、桜の植木の下の木陰に入って額の汗をぬぐってる。

 わたしを認めた顔に、ほのかな微笑み。ゆっくりこっちに歩みよってくる。

 さとみんの電話を受けてあわてて走ってきたから、わたしはちょっと止まって膝に手をあてて、ふうふう、と息をととのえた。

 

「――早かったのね?」

 

「うん、もう出る準備、済んでたからね!」

 

 電話もらって、そのまま出てきただけだよ。

 

 そう言うと、えらいえらい、とつかまえられて頭をガシガシと撫でられた。

 ひとしきり、髪をくしゃくしゃにされてから解放され。

 むー、と頬をふくらませて、さとみんにうらみがましい視線をむけて。

 ごめんごめん、と髪をととのえてもらって、笑った顔を見合わせて。

 さあ、行きましょうか、という声に、あるきだした。

 

 台風がすぎさった空は青く、白い雲がところどころにまばらに浮いてるだけ。

 カンカン照りになりそう。

 きょうは、いいことが起きそう。そんな予感がする。

 

 さとみんと言葉を交わし、最寄りのバス停に向かいながら。

 わたしは、今朝の勇お父さんとのやり取りを思い出していた。

 

 ――――――

 

 きのう、さとみんたちに送ってもらって家に帰った夜。

 千里も補習があるらしく、わたしたちの部屋で予習復習をしてたが、普通にいつもどおりの時間にベッドに入ってた。

 勇お父さんは相変わらずむっつりとしてた。

 そしてごはんの後は部屋に引っ込んで、何かごそごそしてる模様。

 

 雨も屋根にバラバラ打ちつけるし、びゅうびゅうと音がして、家もきしんでる気がして不安で。

 わたしは明日からの補習の予習をした後、少し眠れない感覚を味わったけど。

 結局はあまり遅くならないうち、たぶん日付が変わる前くらいには眠ったと思う。

 そして今朝、いつもより少し早く目がさめて雨戸をあけると、さわやかな朝日がさしてた。

 

 窓からみおろすと、朝つゆにぬれた緑がまぶしい。

 わたしは、台風の被害がないか家のまわりを見まわって。

 たまたま出てきた、おとなりの小母さんにあいさつして、世間話しながらいっしょに家の前の落ち葉を掃き。

 家にもどると浮き浮きと朝ごはんの準備をして、寝ぼけまなこの千里をたたき起こし。

 ごはんを詰め込ませ、お弁当を持たせて送り出した。

 

 ほとんど入れ違いに、重い足音が廊下でして。

 勇お父さんの大きな体が台所の入り口にちらっと見えて、思わず体が一瞬硬直した。

 

「ああ、ご苦労だな。コーヒーだけでいい。」

 

 いつもより早く、勇お父さんが起きてきたんだ。

 わたしは、あわててインスタントコーヒーを淹れた。

 最近は人が変わったように、ちょっかいを出してくることもなくなったけど、まだなんとなく緊張してしまうんだ。

 

 勇お父さんは、リビングでわたしが持ってきたコーヒーを飲んでいる。

 いつもなら新聞を読むけど、もうお父さんは購読を止めてしまったらしい。

 テレビのニュースのレポーターの声を聞きながら、ぐうっと伸びをして。

 ため息を吐き出すように、壁ぎわでおぼんを持って控えているわたしに言う。

 

「お前は、そのうち御前様の館に住み込みになるだろう。

 あいつ(千里)も、学校の寮に入れてもらえるはずだ。

 そして俺も、代わりの住居を用意してもらえるそうだ。最初はホテル暮らしらしいがな。

 だから、この家には誰も住まなくなる。」

 

 あまりそれがいいとは思っていないのかな?

 どこか、気がすすまなそうな風情だ。

 

 ちなみに千里の入寮の話は、最近、千里自身からも聞いた。

 部屋は相部屋なら空いているらしく、もう荷物を送ってもいいと言われているらしい。

 千里は、相部屋なんて、――って最初は気が進まなかったみたいだけど。

 同学年の比較的仲のいい子と同室になれるらしいと分かると、のり気になってきてた。現金だよね。

 

 はい、と答えると。

 勇お父さんは、ため息をついて続けた。

 

「だからもう、俺の部屋も片づけてしまって構わない。

 俺の方で必要なものは、もうとりまとめた。

 ――今、俺の部屋に残っているもの、他の部屋にあるものも、全部処分していい。

 お前の方で、必要なものがあったら取りおいておくといい。」

 

 む?

 つい最近、ごみを捨てたりするために勇お父さんの部屋に入った。

 そのときはほとんど片づけた形跡はなくて、まだ物がいっぱいあった気がする。

 でも昨日、ごそごそしてたな。あれは、勇お父さんも荷造りをしてたのか。

 だけど、お母さんの荷物はどうすればいいんだろう?

 すぐに、家を売ることになってるんだろうか?

 

 そんなわたしの困惑と動揺を感じ取ったのか。

 お父さんは、言葉をつづけた。

 

「もちろん荷物は、しばらくは家に残しておいてもいい。

 家の処分も、まだ先になりそうだからな。お前の母親が、ああだとな。」

 

 なるほど。片づけていいっていうのは、住む人がいなくなるから、ということなんだ。

 すぐ、家を売るって話じゃなさそうだ。

 たしか、この家はお母さん名義だったはず。だから勝手に処分は、できないのかもしれない。

 それだったら話は分かる。家のローンとかがどうなるのか、気になるけど。

 そのまま、勇お父さんは続ける。

 

「そして、今日な。

 特別奨学生の関係で、お前を迎えに人が行くそうだ。

 そう、学校にな。」

 

 こちらを見ずに、掃き出し窓から見える庭の緑に目をやりながら、勇お父さんはそう言ってきた。

 人がくる、って?ヤツザキからだよね。

 もう奨学生には採用だという話だったけど、まだチェックがあるのかな?

 あるいは、手続きとかで連れていかれるのかな。印鑑とか、要るのかな。一応、持っていこうか。

 くわしいことをききかえそうと思ったんだけど、お父さんがそのまま話しつづけたので機会をのがしてしまった。

 

「――だから、その言うとおりにしておけばいい。

 それでいいんだ。」

 

 何か自分に言い聞かせるように、そう勇お父さんは言って。

 

 ――俺の方で、書類とかの手続はすませてある。

 今日は、たぶんただの挨拶とかだろう。場合によっては早退していい。

 じゃあな、元気でな。

 

 そう、まるで別れの言葉のように言って。

 一度自分の部屋に戻ってから、けっこうな大荷物を持って出て行く。

 いつもの時間よりも、少し早い。

 いってらっしゃい、とわたしはあわてて言って、玄関まで送り。

 なんだか気になって、玄関から出て、車庫から勇お父さんが車を出すのを見守る。

 

 気がつくと勇お父さんの自動車の後ろ座席には(おそらくトランクにも?)、すでに荷物が詰め込んであり。

 家を出て行く勇お父さんは、最後の荷物なのだろうスーツケースを苦労して助手席にはめ込んでいた。

 引っ越し準備、いつのまにか勇お父さんは終わってたんだ?

 わたしが外出してた間に家に戻ってやってたか、昨日わたしが寝てる間にやったんだな。

 そういえば少し勇お父さん、眠そうだったな。

 だとすれば、これが本当にお別れになるってこと!?

 

 わたしには疑問がいっぱいあったけど、なにもいえず、お父さんの車が遠ざかっていくのを見送った。

 勇お父さんが、振り返らず手を運転席から出してひらひら振っていた。

 わたしも振り返したけど、見えたかどうかはわからない。

 勇お父さんのことは怖いし嫌いだけど、もうこれ切り会えないかもしれない、という妙な感傷が胸に走った。

 でも、これから先どうするか、お母さんのことはどうなるのか、細かいことはぜんぜん聞いてない。

 いくらなんでも、説明不足すぎるよ。

 

 でも、それはきっと後で連絡とかあるんだろう。

 ともかく、今日は学校もある。わたしもそろそろ出なきゃ。

 せんたくものを干し、お昼のお弁当を補助かばんに入れ。

 出る前に、忘れ物がないか確認しようとして昨日のうちにセットしといたかばんの中身をみようとしたとき、電話のベルが鳴って、反射的に受話器を取った。

 もしかすると、お父さんが言い忘れたことを伝えてくれるのかもしれない、っていうことも念頭にあった。

 

「はい、紫藤です。」

 

「――みなり?よかった。おはよう、あたし。」

 

 さとみんだ!

 

「あはは。来ちゃった。」

 

 え?

 電話の向こうで、セミの声。

 今、わたしがここ、この家で聞いてるセミの声と、妙にシンクロしてる。

 

「ええ、迎えに来たの。

 ほら、今日も志野はダメみたいなの。だからあたしが来たのよ。

 あの、あなたの家の近くの公園で待ってるわ。」

 

 迎えに来てくれたのか!

 あぶないな、もうちょっとで勇お父さんとバッティングするところだったよ。

 

「わかったよ、ありがとうさとみん!すぐ行くね?」

 

 わたしは会話を終えるとあわててかばんをつかみ、とじまりをして家を出た。

 

 ――――――

 

「ええ、あたしとハルカであの後、電話で話したの。」

 

 そして冒頭のようにさとみんとわたしはおちあって。

 二人並んで、バスの停留所に向かっていた。

 さとみんは手ぶらできたようだ。一度、学校に来てからわたしを迎えに来てくれたらしい。

 今はわたしの補助かばんを、持ってくれてる。楽だ。

 

「――まああたしも、ハルカも。

 二人とも、志野の心配は杞憂じゃないか、って思ってるんだけどね。

 でもまあ、あいつが心配なんだったら、やっとこうってことにしたの。

 先にあたしが家の近いハルカを迎えて、学校に送り込んで。

 そしてこうして、あなたの家に来た、ってわけ。」

 

 わたしも、ときどき思う。

 志野くんは、ちょっと過保護、心配しすぎじゃないかって。

 ただ、今回の「竜神さま」の件。ハルカちゃんの件については、志野くんの危惧が的中した。

 志野くんは、まだいろいろ話してくれてないことがあるみたいだけど。

 でも今まで、言ってくれたことは当たってきた気がする。たとえばお母さんがあぶないかも、みたいなことも、本当はお母さんが倒れる前から言ってくれてたんだ。

 だから、やっぱり気をつけておくべきなのかもしれない。

 

「ごめんねさとみん。大変だったでしょ?」

 

 それにしても、さとみんは八面六臂の大活躍だね。

 今日のこのお迎えも、ハルカちゃんを送った後に来たそうだ。

 相当早く起きなきゃ、できる話じゃない。

 わたしの家から学校まで、バスの待ち時間にもよるけど最短でも30分くらい、下手すると40分強かかるんじゃないかな。

 始業時刻の1時間前、7時前くらいには一度登校してるってことだ。

 

「大変じゃない、とは言えないけど。」

 

 ちょっとやっぱり、大変だったんだろう。

 さとみんはぐうっと伸びをして(胸の盛り上がりが強調。行き交う人の視線。もげろ)、言う。

 

「でも、体調もいいし。大丈夫よ。

 明日には志野も復活してるだろうし、ね?」

 

 そうだといいな。

 まだ志野くん、熱があるのかな。お見舞いに行きたい。

 今日は学校が終わったら、お母さんの病院に行かないと、って思ってたんだけど。

 お母さんのほうは、着替えとかは多めに前回置いといたから、まだ余裕があるはずだ。

 奨学金の手続(?)とかが今日あるとしたら、お母さんの方は今日でなくてもいい。

 もし奨学金の関係が早く終わったら、その後にでも志野くんの家に突撃してみようか。

 そんなことを思いながら、わたしはさとみんに護送されて学校に向かった。

 

 ――――――

 

 さとみんがガードしてくれると、なんか歩きやすい。

 そう、いつもはぶつかってくるような人たちが、ささっと道を開けていくっていうか。

 そしてあきらかに、いつもより注目されてる。いや、最近はなんか注目されやすいんだけど、それにまして。

 視線は、特に悪い感じじゃないけど。

 やっぱり、さとみんが目立つからなのかな。

 わたしは虎の威を借るキツネの気分で、さとみんと学校へ向かう。

 バスに乗り、駅のバスターミナルで降りて、学校に歩く。

 

 さとみんが、「みなりはいつもこれ、やってるのね。大変ね。」って言ってる。

 さとみんの家から学校までは、かなり近いからね。

 それと比べると、時間とか手間がかかるんだろうな。

 わたしはルーティンでこなしてるから、もう大変だと思わないけど。

 

 学校に着いたのは、始業時刻ぎりぎり。

 生活指導の先生が校門に立って、ほら急げ―、とせかしてる。

 わたしもさとみんも、急ぎ足で駆け込んだ。

 クラスメイトたちも何人か。男子たちが多くて、女の子はわたしたちくらい。

 

 クラスに着く。

 開始時刻は変わらないけど、朝のホームルームがあるのは、この初日の今日だけ。

 2日目以降は、ホームルームはない。

 英・国・数は、C・D・Eクラス共通で、基礎・応用・発展の3レベルに分けられた習熟度別クラスになる。

 なんだか、塾っぽいっていうか。

 受験というものを意識させられる。

 少し雰囲気が重いけど、身が締まるような感じだ。

 

 ホームルームでは、簡単に志野くんと、そのほかの人の欠席について伝えられた。

 志野くんは病欠。ほか何人かは(先生は口を濁してたけど)補習を受けない子たちなんだろうな。

 そして続いて、これからの補習や夏学期間の勉強についての心構えを、熱く説かれた。

 それが終わると、みんなそれぞれの選択科目や習熟度別のクラスに分かれて授業を受ける。

 

 これから補習期間中、ホームルーム単位で受ける授業はなくなる。ちょっと寂しい。

 でも、わたしは習熟度別クラスは志野くんと同じなんだ。

 習熟度別クラスの分け方の紙は、前もって配られてたけど。

 わたしは英国数通じて発展クラス。いちばん難しいクラスだ。

 私のCクラスからは、さとみんや烏丸さん、神奈川くんが同じクラスだ。あともちろん志野くんも。

 Eクラスからの参加者に、ハルカちゃんの名前を見つけた。やったね!

 

 1時限目は、選択科目の世界史の授業だ。これは、習熟度別じゃなくて、選択科目に沿ってクラスが分かれる。

 もちろん、予習はばっちりしてきてある。

 志野くんがいないのが、寂しい気がしていたけど。

 先生の声に耳を傾けるうちに、雑念は薄れて消えて行った。

 

 ――――――

 

 担任の先生がわたしに伝言しに来たのは、2時間目の英語文法の授業の後の休み時間だった。

(わたしのクラス担任の先生も英語が担当なんだけど、補習では英語読解の科目を受け持ってる。)

 ちなみに次の3時限目の授業は地理で、これは人数が少なくて結構アットホームな感じ。

 先生は、そんな年じゃないと思うんだけど髪がもう真っ白な、温厚なおじさん先生だ。

 日本史の先生が厳しいから、地理はオアシスって言われてる。

 

 担任の先生は、さとみんたちと一緒にクラスを移動しようとしてたわたしを、ちょっと話が、と呼び止める。

 

「今日、紫藤さんをお迎えに人が来る、とお電話がありました。これ、何かお父さんに聞いてますか?」

 

 あ、あれだな。ヤツザキの人のことだな。

 わたしは、はい、奨学金の関係で、と頷くと、得心したような表情になる。

 

「そうですか、じゃあ大丈夫ですね。

 3時くらいに車でいらっしゃるそうです。」

 

 まだ授業の途中だけど早退していいんだろうか。それとも授業の終わりを待ってもらえるんだろうか。

 そう聞くと。

 

「切れ目になる、6時間目の授業まで受けて結構です、とおっしゃってましたよ。応接室か進路指導室でお待たせしましょうか。

 ホームルームはないので、授業が終わったら紫藤さんはそのまま一度、職員室に来てください。」

 

 ――がんばってくださいね。

 

 そう言って、先生はにこっと笑った。

 そして。

 

 ――ああ、私も次、授業なんですよ。

 紫藤さんも、遅れないでくださいね?

 

 そう言って、去って行った。

 英国紳士っぽいツイードのジャケットを着こんでるけど、暑くないのかな、と後ろ姿をみて思った。

 

「ねえ、みなり。」

 

 さとみんが声をかけてきたので、わたしははっと我にかえった。

 わたしと同じ地理選択で、わたしを待っててくれたみたいだ。

 このホームルー厶のクラスは、日本史の授業で使うんだ。人が流れ込んできてる。

 私たちはちょっと離れた別の教室で受講することになる。

 あわてて、教科書やら何やらを手提げにいれて移動する。

 

「聞いてたけど。

 みなり、早退するのね?」

 

「ううん、授業はちゃんと受けられるよ、部活とかは出れないけど。

 わたしも今朝、お父さんから聞いたよ。」

 

 さとみんはそれを聞いて、ちょっと考えこむように黙った。

 教室に入ると、20人くらいしかいない。なぜか地理、あまり履修者がいないんだ。

 空いてる席に、すべりこむ。さとみんも、わたしの隣の席に座った。

 

「ねえ、それ。

 さすがにあたしはついて行けないけど、大丈夫かしら?」

 

 なるほど。たしかに、さとみんがガードにつきたいと言っても無理だろう。

 ただ、車で来るって言ってるんだから、さとみんたちにガードしてもらえなくても大丈夫じゃないかな?

 飯場関係の荒っぽいひとたちに、出くわすような場所じゃないだろうし。

 帰りは電車で帰ってね、と放りだされることはない、――と信じたい。

 そう、もごもご言うと。

 

「わかった。そうよね。

 でもよかったら、行き先と連絡先を教えてもらう、ってことはできないかしら。

 もちろん、時間があったら、ってことでもいい。

 あたしの家の留守番電話に吹き込んでくれれば、それでいいし。

 それとも、その場で聞いて、担任の先生にメモで渡してくれるだけでもいい。」

 

「わかったよ、さとみん。」

 

 ――3時すぎに会ったら、その場で聞いて、先生にメモで渡そう。

 後からだと、忘れちゃいそうだし。

 電話をかりるのも、気がひけるだろうし。

 

 わたしは、そう思った。

 

 そこへ、ポロシャツを着て、日焼けした白髪の地理の先生が到着。

 暑いですねー、それにしても台風で大変でしたね、と言って入ってきた。

 たしかこの先生、家はちょっと田舎で兼業農家みたいな感じで、そのことをネタにして面白い話をしてくれる。

 今回の台風では、先生の家の果樹とか畑とかが被害をうけたのかもしれない。

 そう思いながら、わたしは先生の穏やかな声に耳をかたむけた。

 

 ――――――

 

 ハルカちゃんが2時間目の後の休み時間にさとみんと話をしてたらしく、お昼やすみにごはんをいっしょにたべよう、ということになってた。

 お昼やすみになると、わたしたちは例の仮部室にあつまって、お弁当を開く。

 ハルカちゃんは今日はパンにしたらしい。朝早くてお弁当を作る時間がなかったのかな。

 さとみんは簡単なサンドイッチを買ってたみたいだ。

 

 しのりんはお休みなんだね、とハルカちゃんはちょっと残念そうだ。

 わたしも、いろいろ志野くんに話したいこと、相談したいことがある。

 この、奨学生の話。お父さんが家を出て行く(出て行った?)話とか。

 何より、ふつうにでれでれといっしょにお弁当をたべたり、お話したりしたい。

 早くなおるといいのにな。

 

 補習中の予定とかのことを、ハルカちゃん、さとみんと話す。

 ハルカちゃんも部活の練習が入ってるみたいだし、さとみんもそれなりにやることがあるみたいだ。

 志野くんと話してた、株式投資(?)の話、進んでるみたいだ。

 志野くんのお金とさとみんのお金をさっそく、りんご?みたいな名前のアメリカのフルーツ会社とか、小さくてやわらかいっていう感じの名前のコンピュータ会社の株式に投入したみたいだ。

 まあ、ダメならダメでいいのよ。勉強になるから、とさとみんは笑ってるけど。

 投入した額を聞いて、わたしはちょっぴり気が遠くなりかけたし、ハルカちゃんも笑う顔が引きつってる。おこづかい、なんて額じゃないんだ。

 株式投資なんて、さとみんたちみたいに心臓の強い人じゃないととても無理だよ。うん。

 

 今日、明日のことも相談しておく。

 志野くんが無事復活したらそれでいいけど、ダメならしばらく、今日みたいにさとみんが送迎をガードするつもりみたいだ。

 ありがたいけど、申し訳ない感じだ。

 いつくらいまで、危ないのか。それも志野くんに聞いておきたいな。

 

 ハルカちゃんとさとみんがなにか熱心に話し込んでいるのを聞きながら、わたしはちょっと考え込む。

 家の片づけのこととかを、考えてたんだけど。

 勇お父さんがもし家を出てしまって、戻らないのなら。

 ――なんだか、不謹慎かもしれないけど夢が広がるよ!

 もう、勇お父さんや脂肪女のことで、びくびくしなくていいんだ。

 ひょっとすると。すぐには無理かもだけど、マコトお父さんを呼んでもいいのかもしれない。

 でも、しばらくは勇お父さんと鉢合わせしないように、様子を見ないとだめかな。

 ナギさんたっくんもいるし。すぐには無理か。

 

 ん?

 それに、だよ。

 ――うん、千里も寮に入ってしまったら。

 あの家に住むのは、わたし一人になるんじゃないかな?

 いつ、特別奨学生の寮に移らないといけないか、聞いてみないといけないけど。

 それまでの間、志野くんを家に招いても、いいってことにならないかな。

 だったら。

 うん、ちょっと荷物を片付けるのがはやすぎたけど。

 ちょっとロマンティックな感じに、2階のベッドまわりをきれいにして。

 

『みなり、暑いね。大丈夫かい?』

 

『志野くん、のどがかわかない?

 つめたい麦茶でも、飲もうよ。』

 

『ああ、ちょっとそこの自販機で、――』

 

『志野くん。わたしの家の冷蔵庫に、たっぷり2リットルは作ってあるんだ。

 わたししか飲まないから、悪くなる前に飲みきりたいし。

 そうそう、今、家に人がいなくて。千里も寮に引っ越しちゃったし。』

 

『いや、みなり、わるいよ。』

 

『でも志野くん、家に一人だと、すごくこわいんだよ!

 取りに行くだけでもいいから、一緒に来てくれるとうれしいな。

 それに自販機で買うなんて、お金ももったいないよ!』

 

『ああ、そうなんだ。

 うん、それは仕方ないなー、一人だとあぶないしなー、仕方ない、行こう。』

 

『うん!』

 

 うんうん、そうして家に上げて。

 口実をつけて、2階に上がってもらうんだ。

 重い荷物を運ぶってことにしてもいい。

 眠くなったってことでも、いい。

 そして、――

 

 ちょっと空想をたくましくして、にへにへしてたのを。

 さとみんに見とがめられて、何考えてるのこの子は、と。

 むにーっとほっぺをひっぱられてしまった。

 止めてくれたハルカちゃんは、やっぱりわたしの親友だ。

 昼休みの終わりの予鈴が鳴り、わたしたちはまた連絡をとりあうことを約束して、午後の教室に急いだ。

 

 ―――――――

 

 夏季補習は、いつもより1時限、時間が短い。終わるのは午後3時すぎ。

 原則として補習中はホームルームもない。ただ、先生によっては熱血で毎日ホームルームを行うこともあるみたいだ。

 自分のクラスの教室の机に戻るのは、朝夕にかばんを置いたり机に教科書を置いたり、お昼にごはんを食べるときくらい、ってことになる。

 なんだか、不思議な感じだ。

 

「みなり、行くのよね。」

 

 わたしが荷物を手に、急いで職員室に行こうとすると、さとみんがすうっと寄ってきた。

 

「あたしも行って、その場で連絡先もらう。それがいいでしょう。」

 

 ことわる理由はない。

 わたしとさとみんは、職員室に急ぐ。

 担任の先生は、わたしの姿をみるとすぐ腰を浮かせたけれど。

 さとみんがすばやく、要領よく礼儀正しく連絡先のことについて頼むと、そうだ、そうだね、とすぐ頷いてくれた。

 

 わたしと先生、そしてさとみんもその場につきそって、応接室に入る。

 座っていたのは、いつかの面接のときにいた、小柄なおじさん。

 いつか、勇お父さんが自分の兄だと言ってた、その人だった。

 ものしずかで温厚そうだけど、目がガラスみたいで感情が浮かばない、あのおじさん。

 先生がお待たせしました、というと、顔にものやわらかな笑みが浮かんだ。

 でも。

 

 ――この人、本当はなにを考えてるのかわからない。

 実はこの人は、異星人にすでに乗っ取られてて。

 この笑顔も、ただ顔に笑ってるようなしわを寄せただけなんじゃないか。

 

 そんな、びっくりするくらい性格のわるい考えが頭にうかんでしまった。

 どうしたんだろう。

 

 ただ、先生はまったくこの人に違和感を感じていないようにみえる。

 だけど、――そのむこうのさとみんも、どこか異様なものを感じたみたいで、こちらに視線が一瞬飛んだ。

 

 ――みなり。この人?

 

 ――うん、わかってる。

 

 ふたりで、一瞬の視線で会話を交わした。

 

 先生があいさつして、わたしもあいさつして。

 先方の、奨学会からのお迎えの人も、「施場です。」と名乗ってくれた。

 

 そしてさとみんは。

 いかにもきまりわるげに「仕事でしかたないんです」みたいな風をよそおって。

 

「すみません、私は無関係なんですけど。

 クラスの委員の関係で、今日中にどうしても紫藤さんに連絡しないといけない用事があって。

 紫藤さんが行かれるところのご連絡先、いただいてもいいでしょうか?」

 

 そう、施場さんに切り出した。

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