タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
ちょっとスローな回が続いたので、次回から少し進行を早めたいと思います。
夢をみていた。
いや、こんどは血なまぐさい夢じゃない、普通の夢だ。
一度とおりぬけた、僕の過去であり未来であるいくつかのシーンを、僕は夢の中で追体験していた。
淡い思慕。伝えられなかった言葉、胸に残りつづける悔恨。
そしてその後の日々の、いくつかの断片。
――――――
3年生の、冬の教室。
あのころきっと受験という選別の圧力の下で、みんなどこかに心のよりどころを見つけようとしてたんだろう。
そのよりどころはたとえば、自分を無条件に肯定してくれる恋人。
秋口あたりからカップルになって初々しくいちゃつく同級生が増える。
それを横目に、勉強に打ち込んでた薄い灰色の日々。
絶対に流されるもんかと思ってたのに、あの空気に引きずられてしまったのかな。
紫藤がいなくなった後、好きになってしまった他クラスの子の横顔を盗みみて。
選択科目の授業、先生の言葉が流れていく中、ヘタクソな相聞もどきをノートの余白に書きつけた。
――――――
全員はそろわなかった、高校の卒業式。
クラスに1、2人くらい、髪を派手に染めて出席してきた子もいたな。この日だけは、先生は何も言わなかった。
そしてみな、大学や浪人や就職やで散り散りになっていって。
また会えて、話せるだろうと思って、でも二度と会えなかった多くのクラスメイトたち。
あのとき教室で泣いてた、女の子たち。
馬鹿な僕はちょっと引いてたけれど、彼女らは結局正しかった。
僕が死ぬ前の例の同窓会に来ていたのも、クラスから十名程度。それでも他クラスより相当多かった。
冷たい水に放たれた稚魚たちの多くは、母なる川にもどることはできなかったのだ。
――――――
大学への入学式の帰り。大学のキャンパスの満開の桜の下。
この夢をみている今より少し年老いて、でも僕の最後の記憶よりずっと若々しい、嬉しそうな両親と姉とで歩いた。
3歳上の姉は、このころ、その咲きほこる桜のように。
神秘的なまでの美しさで、周りの人の視線を一身に集めてた。
僕は自分の入学なんかよりずっと、それが嬉しく、誇らしかった。
上京した後、ごく一時期だけ、姉の4畳半のアパートに転がり込んで同居させてもらった。
就活の時期で、姉は家に戻るのはすごく遅くて、疲れはててたけれど。
用意してた粗末な夕食と買っておいた姉の好物のアロエヨーグルトに、すごく喜んでくれてたな。自分でも帰りのコンビニで買えるのにさ。
僕が死んだ頃には、もうかなり長いこと会ってなかった。そしてそれをどうとも思わなくなってた。
――――――
就職して、7、8年目くらいの夜のオフィス。暗い窓からは、遠くに赤坂の夜景。もう心は乾いてた。
そんなとき、となりの課に配属されてきた、2つくらい下の期の女の子。
めずらしい読みの名字で、いつもうちの課長に名前を間違われてた。
メタルフレームの眼鏡、細い体を包む、修道女みたいに飾り気ないお決まりのダークグレーのスーツ。
頑張りやさんで、金曜日とか、いつも彼女と要領の悪い僕が、黙々と残業して残ってた。
特に親しく話したりしたことはない。帰るときに一言、お先に、って声をかけるだけ。
でも蛍光灯の下、頭をさげて微笑み返してくれる理知的なまなざしに、いつしか心ひかれてしまってた。
一度、駅まで一緒に帰ったことがあったっけ。
変わり者どうしの会話は、でもいまいちかみあわなかった。
たぶんお互いに、相手にはない、みつからない何かを求めてた。
その後、僕は別の部署に配転した。そして彼女は、あんなに打ち込んでた仕事を辞めて、東北にある故郷の町に帰ったと聞いた。
その後の消息を、僕は知らない。
――――――
そして、それ以外にも、とおりすぎてきた人の記憶。
記憶に深く沈んでいて、思い出すこともなかった記憶の断片。
重要な節目となった日の記憶、そしてごく日常的な一日の記憶、――。
どうして、こんな夢をみてるんだろう?
――――――
楽しい記憶も多いのに、胸を切られるような悲しみを覚えると同時に。
それらが時の河のつめたい流れに浸され、流されていく感覚。
避けようもなく、逆らいようもなく、浸され、薄められ、流されて、やがて失われる。
そんなつらい夢でもなかったのに、起きたときに、とめどなく涙が流れていた。
僕が目が覚めたのは、ちょうどお昼くらいだった。強い日差しが障子と厚いカーテン越しに、部屋を暖めてる。
涙をタオルケットで拭い、少し落ち着くと、汗がたくさん出てるのに気付いた。
枕元にあったタオルで汗を拭く。
剥いてしばらく経ってるんだろう、季節外れの(高かっただろう)りんごが切って皿に載せられ、サランラップをかけられて枕元に供えてあった。
ちょっと茶色くなってるけど、空腹を感じてありがたくいただくと、お腹がぐるぐると動き出した。
立ち上がると、ちょっと体がふらついたけど、ずいぶん良くなってる。回復期だ。
起き上がって、トイレに行く。
顔をみると、げっそりやつれてる。でも、お腹もすいてきてる。
「あら、起きてたのね。大丈夫なの?」
母が帰ってきてた。パートのお昼休みに様子見で戻ってきただけで、またすぐ仕事にもどるという。
体温計を渡され、おとなしく受け取って腋にはさむ。このころの体温計は、あれだ、水銀体温計だ。
時間を見計らって、銀色に光る表示をみる。
「36.6度。治った。学校行く。」
「今日は休んでなさい!病み上がりだし。
学校には、もう欠席って言ってあるんだから。」
そうしたほうが、よさそうだ。
体調は悪くない、だんだん良くなってきてるのがわかるけど、体力が全然戻ってない。
――顔色はいいみたいね、無理はしちゃだめよ?
コーンスープ作ってあるから、たべときなさい。冷蔵庫に焼き飯の残りがあるから、それもチンして。
そう言って母は、あわただしく出ていく。
玄関ドアにかちり、と鍵をかけられる音がすると、孤独感。
食卓に座り、言われたとおりコーンスープを温めなおして飲む。
一人暮しになったとき、母からレシピを聞いて作ろうとしたけど、なぜかどうしても再現できなかった懐かしい味。
焼き飯は、――これは結局、塩と醤油だけで再現できた味だ。わずかな風味の違いは、醤油のメーカーとか具のベーコンとかの違いかな。
平らげると、1度はみがきをして汗に濡れた服を着替えた。
のどがかわいたので、冷蔵庫の麦茶を飲みながら。
近所の公園で野球に興じる小学生の声と交錯する、アブラゼミの鳴き声を聞きながら。
目覚める直前の夢の悲しみの理由を、僕はなんとなく理解した。
得るものの対価に、失うものがある。
僕は望んで、紫藤と僕の運命をねじ曲げた。
あの夢でみた水色の過去の記憶は、その結果もはや喪われてしまった未来、二度と僕が得ることはできない可能性。
ほのかな愁いにいろどられていたとはいえ、僕をかたちづくってきた愛しい記憶は、もう戻らない。
自分が何をなくしたのか漠然と理解して、僕はまた布団に戻って枕に顔を埋めた。
その間も、二週間しか生きることのないアブラゼミは、その声で橫溢する生を讃えていた。
――――――
その後、おそらくは病み上がりの体調変動などによるものだろうこの唐突な感傷、心の動揺から、僕は立ち直った。
「初心忘るるべからず」だ。僕はもう決めたじゃないか、紫藤の運命を変える、変えきるんだ、って。
後のことは、生き延びた後で考えればいい。
それにさ。うん、紫藤とあと調布と一緒にいられたら、いいよ全部なくしても。
捨てがたい思い出もあるけれど、自分の脳には残ってるし。
思い出なんてこれから作っていけばいい。なんなら別の形でだって関われるかもしれない。それも、ずっといい形で。
そんなふうに元気をとりもどして、なんならむしろ少し高揚した僕は、いろいろ落ち着かなくなり。
自分が倒れてた間になにか悪いことが起きていないか?と、おそるおそる調布の家に電話をかけてみた。
誰も出なかった。まあ、まだ部活から帰ってきてないんだろうな。
体調がまあまあ戻ってきて、手持ち無沙汰の僕は。
明日からの復帰を見込んで予習の見当をつけて済ました後、例の学校の開かずの間から運んできたノート類を再度読み返したりしていた。
その後5時過ぎになって母が仕事から戻って、炊事などしていて。
僕は自分の部屋に引っ込んでいろいろノートを見返したり、怪老人対策を考えたり、紫藤とのデートについて計画したり、調布や国領のことを考えて勃たせたりしてた。
そして6時すぎくらいだったか、だれか訪ねてきて、扉口で母が話してるな、って思ってると。
母が扉をだんだん、と叩き。
あんた、お見舞いにきてくれたそうよ、早く着替えなさい!と言う。
紫藤か、調布。大穴で国領?
あわてて、ダサい私服に着替えて、玄関口に行く。
「来たわよ。」「あー、ごめんねしのりん。」
玄関口で笑ってるのは、調布と国領。
調布は平然と笑ってるけど、国領は笑いつつも逃げ腰ぎみだ。
「元気?――小母様、すこしだけ、お話させていただいてもいいですか。志野君のお部屋でいいです。」
「え!ええ、いえ、散らかってるし、病人の服やなんかが。
こっちでどうぞ。」
「ごめんなさい!用が終わったら、すぐ出ますから。」
そのまま調布は、きまり悪げな国領をひっぱりこんで、僕の家の居間兼応接間に乱入してきた。
スプリングはまだ大丈夫だけど表面が磨耗してきてるソファに、すわってもらう。
「もう治ってるの?」
国領が、そわそわして居間を見回しながら聞いてきた。
何が変なものがあるのかな。まあ、他の家って、なんかものめずらしいよね。
あー、あの書棚の上のところ。僕と姉の小さい頃の写真とかが飾ってある。
僕が小学生のころ作った、姉をかたどった粘度像も!
恥ずかしいな、隠しとけばよかった。と思いながら答える。
「ああ。ただ、病原菌がそこらへん一帯に漂ってるかもしれないぞ。
帰ったら、うがいしといたほうがいい。」
「いまさらでしょう?あたしたち、罹るならもう発症してるはずよ。」
あれだけ接触してるんだし。
大丈夫よ、大丈夫。
そう、調布は意気軒昂に言う。
母があわてて軽く片付けた居間。
6畳間に大きなTVラック兼書棚、ソファのセットを置いてあるので、そんなに広くない。
その部屋に、存在感のある、そして僕がとある感情を抱いてる二人が入ってきてて。
なんとなく、僕は見るところに困って目を宙にさまよわせた。
うん、視線を彼女らの顔とか汗ばんでそうな腋とかから反らすと。
こんどは、なんかその、女の子特有のいい匂いも気になってきて。
回復期のせいなのかな。ちょっとその、またむくむくと勃ってしまって。
母がちょっと離れた玉すだれのむこうの台所で、ざくざくと何かを切ってる気配。自重だ、自重。
「あ、まず報告ね。今日はハルカもみなりも、両方あたしが迎えに行った。無事完了。」
大きくエネルギッシュな目が、じっと僕をみつめる。
「お、おう。悪かった。」
「ええ、大変だったわよ。――褒めて?」
「え?」
「だから、褒めなさい。」
「あ、ああ。すごいな、偉い。」
「それだけ?ほら、」
「ん、――こうか?」
突き出された調布の頭をなでると、手がさわったとたんにバッと身を引かれた。
「なにこれ、恥ずかしい!」
調布、声をもう少しだけ潜めてくれ。たぶん母は台所で聞き耳立ててるよ。
これだから防音のいいマンションに住んでるプチブルどもは。
「さとみん、それはないよ。」
赤くなった調布に、国領が呆れた風な半目を向けてる。
微妙に向こうに聞こえないだろう小声にしてくれてるのは、たぶん僕の懸念を正しく理解してくれてるからだ。
「えー、コホン。それで。
みなりは、奨学会の方に行けてる。
あたしは連絡先ももらってる。みなりからの電話も、あたしの家に入るはず。
だからできれば間に合うように、帰る。」
「そうか、どこだったっけな、その奨学会。」
「吉祥奨学会。その連絡先をもらってる。
ただ、特別奨学生は書生みたいなもので、住み込みが条件だそうよ。
だから、住み込み先の直接の連絡先はさすがに教えてもらえてない。」
「ふうん、――?」
「そうそう、あと、みなりが言ってたけど、
――あ、ありがとうございます!」
途中で、母が贈答品でもらったカルピスの水割りとスイカの皿を持ってきてくれた。
母が調布と国領に向けるそれとなく探るような視線が、気になる。
「ゆっくりしていってくださいね?」
「お心づかい、ありがとうございます!
あ、でも志野君、まだ本調子じゃないでしょうし。
明日の予習範囲とか連絡事項とかお伝えしたら、すぐ帰ります。」
うーん、大人相手に猫をかぶるの上手いよな。調布も。
いかにも爽やかに、模範生みたいに受け答えするんだ。
まあ、たしかに成績だけなら模範生なんだだけどな。調布は。
牽制したんだろう母も、いくつか当たりさわりのないやりとりを経て。
すっかり丸め込まれて、にこにこしながら部屋を出て行った。
国領は、さらに調布より一枚上かもしれないよな。全方位的に演技上手いし。
ただ、その国領はいつもよりどこかおとなしく、僕たちがしゃべるのをぼんやり眺めてる感じだ。
「国領、大丈夫か?体調悪かったり?」
「へ?あ、ごめん。大丈夫だよ。
体調も万全。うん、大丈夫。スイカ、いただくね?」
なんとなく心ここにあらずだな、と気になったが。
調布から立て板に水という感じに、予習範囲とかの連絡事項とかをまとめて伝えられ。
慌ててメモしていて、あまり突っ込めなかった。
調布たちは宣言どおり、20分もしないうちに腰をあげた。
「大丈夫そうね。じゃあ、あたしたちはこれで。
明日、もし体調戻ってなかったら、朝は今日と同じでもいい。ゆっくり寝てなさい。」
「そんなわけにいかない。だいたい、もう治ってる。」
体力は、今は戻り切ってない。でも、今日一晩寝ればもう大丈夫だと思う。
そう伝える。
「んー、そうね。もし明日、体力が戻っててイケそうだったら。
ハルカについてくれるかしら?そっちの方が楽だと思う。ハルカ、良いかしら?」
「わかった。――国領?」
「うん、ごめんねしのりん。
7時40分に家のそばの白髪第二公園、ってところでいいかな?場所、わかる?」
「わかった。もよりの公園だな?家の路地を出たところからみえるところ。」
「うん、灰色の象の、鼻が滑り台になってるとこ。近くに小さな電器屋さんがある。」
「たぶん大丈夫だ。」
「もし無理そうなら、朝一発、6時半までに電話して。ハルカ、悪いけど電話取れるようにしといて。」
「ラジャ。」
「決まりね。」
じゃあね、良く休んでね。
そう言って、また呆れるくらい爽やかに母に挨拶をして喜ばせて。
調布と国領の二人は帰って行った。
残ってる手つかずのスイカの切り身を僕はいただきながら、ふと。
調布が飲み干した、グラスの口あたりの水滴とか。
国領が食べた、スイカの切れの皮近くのかじりあととか。
どうしようもなく変態的に気になってきてしまう。
――うん、男はほぼ全員変態だ。実行に移すか移さないかだけなんだ。
僕はそう自分に言い訳しながら、台所の母に皿やグラスを渡しにいく。
「クラスの子?」
幸いにも、母の機嫌はよさそうだ。
「うん。ほら、背の高い方は文化祭のときに、一緒に実行委員した。もう一人は、部活とかの関係。」
「そう。ふたりともよさそうな子ね。――明日、お礼、いっときなさいね。」
あまり追求がなさそうかな?とほっとしかけたとき。
「それで、あのかわいい声の子は?」
きたよ。紫藤のことだ。
電話で話しただけだと思うんだけどな。しつこく覚えてる。
かくかくしかじか、と紫藤の近況を報告する。
紫藤の母親が倒れたことは、どうも僕の母も親どうしの情報網か何かで知ってたみたいだ。
奨学金を受けることになったことを伝えると、良かったわね、と言っている。
「たしか、吉祥奨学会ってところなんだけど。」
「吉祥?吉祥グループ?」
母は、思わぬところに食いついてきた。
「たぶん。どんなとこ?」
「1回目」では、僕は高校卒業とともに上京して戻らなかったので、あまり地元企業のこととかは知らない。
ヤツザキが、あるいはヤツザキの背後にいる前会長の怪老人が悪い奴らだろう、ってことくらいしかわからない。
「あの石油備蓄基地、やってたところじゃなかった?
ほら、隣の棟のマミちゃん、覚えてる?九大行った子。あの子も、吉祥奨学会の奨学金受けてたって。
それに、あんたの入ってる英語の部活。たしか吉祥寺さんって子がいるでしょう?1つ上に。」
胸が、どきっとする。
吉祥寺というのは、あのESSの部長さんのことだ。たしか名前は、吉祥寺美鷹。
どうして知ってるんだと思ったけど、そういえば、昨年は母が母の友人と、僕の高校の文化祭を観にきてたんだ。
それでもって、部長さんはすごくオーラがあるから、目を惹いたんだろう。
昨年のESSの英語劇は、「リア王」と「オセロ」の一場面をやった。
そのとき部長さん(当時はまだ部長じゃなかったけどさ)はフル回転で、たしか「リア王」の三女コーディリア、「オセロ」のデズデモナを演じたんだったかな。
ちなみに僕はこのときはどちらも端役をちょっとだけやっただけだ。うん、入学したてだったし、今みたいにちゃんと熱意も持ってなかったし。
それにしても母、よく覚えてるな。
「あのとき一緒に行った、ミナト君のお母さんかだれかからか聞いたのよ。
たしかお父さんが、吉祥グループの重役か何かで、お仕事でお付き合いがあるんですって。
あの娘さんも、すごく綺麗な子よね?劇で登場すると、ぱあっとあたりが明るくなったように思えるくらい。」
「あー、そうなんだ。」
そうなのか。でも、なんか胸にすとんと落ちた。
今まで聞いたことはなかったけど、たしかに部長さん、良家の子女って感じがする。
育ちがいいんだろうね。調布とはタイプは違うけど、似た感じの立ち位置。
それにしても天は二物を与えずって、真っ赤な嘘だよな。
調布もだけど、恵まれた家庭の人に恵まれた容貌とか才能とか、平気で与えてるじゃん。
「たしか、元はあのヤツザキの企業グループじゃなかった?」
「え?」
思わぬ言葉を聞いて。
今度はずっと大きく、どきん、と不規則な動悸がした。
重力に引かれて、体が重い。
「たしかヤツザキのグループ企業が独立したかなにかじゃなかった?
もとは一緒のはずよ。――何?どうしたの?」
「うん、ちょっと興味があって。」
ただ、それ以上は、母もあまり知らなかった。
今は独立して、そこまで結びつきは強いわけじゃないらしいし。
それに、ヤツザキグループ自体、地方とはいえ大企業グループだからね。
いろんなところと関係持ってる。だからおかしくない、おかしくないんだが。
「ありがとう。ちょっと、後で電話借りるね。」
どこか不吉な、悪い予感がする。
まだ決まりじゃない。でも、もしこの危惧が、当たってたら。
僕は、どうしようもなく焦る気持ちで、調布から入るはずの電話を祈るような思いで待つことにした。