※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 前半が紫藤視点、後半が志野視点です。
 後で多少手直しをするかもしれません。


179 月の裏側(16)(紫)(志)

(紫藤みなり視点)

 

 千里といっしょに、夏野菜とマカロニ、缶詰のホワイトソースを焼き上げたグラタンもどきを作って食べた(冷蔵庫の食材の在庫処理も進めなきゃ。お父さんまでいなくなるとは思わなかったんだ)後。

 わたしは千里に先におふろに入ってもらうことにして。

 予習を進めよう、そして時間があったらお母さんの荷物を整理しようかなと考えながら、2階への階段を昇った。

 

 お父さんが(たぶん)家を出てしまったということに千里が歓喜してて、あまり御前様のこととかは話してない。

 だいたい、いつからあの屋敷に移るかとか、どの仕事をわたしが担当するかとか、今日はそんな話にならなかった。

 勇お父さんもだけど、子供だと思ってみんなちゃんと説明してくれなくて、いきなり決定をおしつけるんだ。

 まあわたしと千里は子供で、結論を変えられないのはわかるけど、事前に教えてほしいよ。

 

 そう不満をおぼえながら、わたしは部屋に入り。

 かばんを開けて、そして御前様からいただいたちいさな箱をみつけた。

 あ、これ忘れてたよ。さっそく開けてみよう。

 中には、モコモコしたちいさな仔犬のぬいぐるみ。

 仔犬?

 あのときは仔猫とか好きです、と言ったんだけどな(でも仔犬も同じくらい大好きだよ)。

 きっと事前にぬいぐるみを用意してて、猫でも犬でもかわいいものが好きだとわたしが言ったら渡すつもりだったんだろう。

 

 あれ、郵便犬みたいに首にやっぱり小さなミニチュアのバッグがかけてある。

 空かな、とふたを開けてぬいぐるみごとさかさに振ったとき。

 電話の呼び出し音が鳴りはじめ、おもわずそちらを向いてしまった。

 そのとき、なにかがじゅうたん敷きの床に落ちたのかもしれない。

 でも、わたしは勇お父さんを不快にしないように早く電話をとる習慣が身にしみついてて。

 おもわず廊下に飛び出て、電話をとる方を優先させてしまった。

 

「側用人の施場です。」

 

 伯父さんだ。

 わたしはあまり威圧感は感じないけど、まいらさんの反応をみると、きっと権力を持ってる人。

 わたしはなにがしかの緊張を覚えながら、電話に応じた。

 

「お話し忘れたことが、ありました。

 今、手戸にそちらに向かわせてます。」

 

 おうふ。反射的に時計をみる。

 9時すぎか。警護の人も大変だね。

 さて、入浴前でよかった。――よかったのかな?

 制服は脱いで着替えちゃったから、いい加減な、つんつるてんの部屋着しか着ていない。うーん。

 着替える時間、あるかな?

 

「あと、これからのこと。詳しいことなどは、まだ決めてませんでしたね?」

 

 あ、遅いよ。それ関係のこと、きょう聞けると思ってたんだよ。

 もちろんそんなことはおくびにもださず、是非聞きたいです、という。

 

「その相談もしましょう。

 よかったら、明日から週末までの間に、御前様の上屋敷で。

 いちいちお呼びするのもなんですから、ためしにこちらから通ってみませんか?」

 

 お部屋も、準備できましたし。

 もしよかったら、今、手戸さんと一緒にこちら(御前様の屋敷)にそのまま来てもらってもいい。

 身の回りのものは、ぼちぼち明日以降、移していけばいい。

 

 そう提案された。

 

「ありがとうございます。でもまだ、弟の千里がいますから。」

 

「千里くんも、その間はこちらにいらして構いませんよ。」

 

 そういえば血はつながってないけど、この人はもちろん千里にとっても伯父さんにあたる。挨拶させてたほうがいいかもしれない。

 一瞬そう思ってぐらついたけど、やめておいた。

 

 固辞すると伯父さんは引き下がったけど、どういう流れか、朝夕の送迎に車を出してくれることになってしまった。なんだか申し訳なさすぎる。

 ただ、千里は奨学生じゃないので、千里には車は出せないそうだ。不公平に思えるけど、しかたない。

 もちろん、用事のある日については、わたしが事前に言えばお迎えは外してもらえることにした。たとえば朝のお迎えのときとかに、帰りにお母さんのお見舞いに行くから帰りのお迎えはいらない、とかいえばいい。

 さっそく明日はお母さんのお見舞いに行くので、明日の帰りのお迎えはいらない、ということを伝えた。

 

 御前様の家に移る時期については、伯父さんとしては。

 今日というのはあきらめたけど、できるだけ早くがいいと思ってるみたいだ。

 最終的に移るまでの間も頻繁に来てほしい、と言っている。

 移ったとしても、補習はこっちの学校で受けさせてくれるみたいだし。

 ひとりでがらんとした家にいるより、まいらさんと働く方が楽しいかもしれないかな?

 でも、志野くんと一緒にいたいな。千里もまだいるし。

 少なくとも今週中はこっちの家にして、帰りのお迎えは、かなりの頻度で外してもらおう。

 警護の人も、その方がいいだろうし。

 

 電話が終わってそれほど立たないうちに、車の音がした。

 ドアホンで手戸さんだと確認して、玄関ドアを開ける。

 

「ちょっと、お話ししたいです。」

 

 浅黒い顔に、爽やかに白い歯を見せて笑いかけてくる。

 

 ――うん、わたしには志野くんというものがありましてですね。

 

 そう思ったのだけど、まあ仕方ないなー、お仕事だからなー。

 招じ入れると、手戸さんはそんなに警戒する必要ないのに、玄関ドアを警戒して、身をかがめてくぐった。

 志野くんとおなじで結構長身だから、頭をぶつけることが多いんだろうか。

 

 幸いにも、リビングはかなりきれいだ。というか殺風景ですらある。

 手戸さんは、ソファに座ると、まぶしそうに私の短いTシャツやスカートから覗く手足に見るともなく視線を投げた。このあたりも、志野くんに似てるよ。

 

「あの、御前様の与えた箱。一度こちらにください。」

 

「あ、開けてしまったのですが、――。」

 

 それはそれでいい。ちょっと確認し忘れたことがあったので、確認して再度お渡ししたい、と言っている。

 慌てて2階に上がって、ぬいぐるみだけ取ってくる。

 手戸さんは受け取ってその場で確認してる。そして、おかしいと思っているように頭をかしげた。

 念のため箱も、と言われて渡す。これも何も変なところはなかったみたいだ。

 

「それと。」

 

 ぬいぐるみとぬいぐるみが入ってた箱をわたしに返すと、手戸さんがじいっとわたしの目をのぞき込んできた。

 思わず、赤くなってしまう。

 

「?病気、です?顔、赤い。悪い風吹く、熱くなる。」

 

 手戸さんが中腰になって、コーヒーテーブルごしに手をさし伸ばし。

 わたしの額に当ててきた。

 

「少し熱い。ごめんなさい、ちょっと。こっち。」

 

 きっと手戸さんはラテン系の人だ。間合いが近すぎる。

 手戸さんは、私の目を心配そうにのぞき込みながら。

 一度のけぞってしまったわたしに声をかけ、上半身を前傾姿勢にさせて、手を伸ばしてきて。

 また額にあてるだけだろうな、と思って油断してたわたしの頭を軽く抱えて逃げられないようにして。

 わたしの額に自分の額を、一瞬だけあててきた。

 まるでキスできるくらいに、顔が近いよ!

 もちろんわたしは、ゆだるくらいに顔を赤くして目を閉じてしまう。

 手を反射的に前に出してしまい、手戸さんの首か胸かに軽く当たった。

 

「?」

 

 その感触に感じた何かの疑問をよく考える前に、手戸さんが額を放した。

 

「少し、熱い。」

 

「これは、病気の熱じゃないんですっ!」

 

 思わず少し怒った感じに抗議すると、手戸さんは真摯に謝ってくれた。

 この一幕を、お風呂から上がった千里が台所側から目撃してたかもしれない、とはそのときは気づいていなかった。

 おそらく、手戸さんも気づいてなかったんじゃないかな。

 千里、お客さんが来るよ、っておふろにいるあいだにわたしに言われて。

 お客さんに気づかれないように、静かにおふろから上がったみたいだから。

 

 ――――――

 

 熱のチェックが終わると(正直、手戸さんの外見は好みだけど、心臓にわるいのでもうおわってほしかった)。

 手戸さんは、続けて、もう一つ頼みがある、と話を切り出した。

 

「きょう、シドウさん、御前様の屋敷に行きました。」

 

 手戸さんの頼みは、簡単にいえば。

 この特別奨学生制度は、吉祥奨学会の管轄になっている。形式上は。

 そして、わたしは御前様の邸宅に住み込むことになるが、御前様は重要人物である。

 だから、わたしが御前様の邸宅に住み込むこと、出入りすることについては、人々に知られたくない。

 

 御前様の家はどこか、くらいは地元の人はみんな知ってる。

 だけど、そこに出入りできる人のことは知られていない。

(わたしが出入りすると分かると、敵対勢力に狙われるかもしれない、と思っているようだった。ぶるぶるだよ。)

 だから聞かれたら、当面は吉祥の関係者の家での預かりになる、という話にしてもらいたい。必要なら、話は通す。

 

 そう、言われた。

 

 ――うん、もっともだよ。

 

 熱心にわたしを見つめて、まだこなれない日本語ではなしかけてくる手戸さんの目をみつめていて、わたしは心からそう思った。

 

「約束、ください。」

 

「はい、お約束します。」

 

 わたしは、そう答えた。

 手戸さんは、うれしそうに。

 

「シドウさんが御前様の館にくること、楽しみです。」

 

 と言ってくれた。自動車を見送ろうとすると、もう暗いから家から出ていけません、と止められた。

 なんだか古風な価値観の人なのかもしれない、と、また部屋や玄関のドアの上を気にしながら、出て行く手戸さんを見送りながら思った。

 

 ――――――

 

「ねえ、みなり姉はさ。」

 

 後ろから声をかけられて、はっと振り向く。千里だ。

 2階に行かず、

 

「あんな人、好みじゃないよね?」

 

 ちょっと心配そうな顔だ。

 どうやら来客(手戸さん)の前に出て行きたくなくて、お風呂場近くで待ってたみたいだ。

 どうも、さっきの一幕。額を当てられたのを、みられたみたいだ!

 顔に血がのぼる。

 

「ちがうよ、千里。あれはね。」

 

 キスなんかじゃないよ。もちろん。

 日系人か何かで、距離が近い人なんだ。

 そう説明すると、ふうん、たしかに外国人だよねあの人、と千里も納得する。

 

「まあ、好みは好みだけどさ。でも、好きなのは志野くんだけだよ。」

 

 あ、千里が安心と嫉妬のちょっと複雑な表情をしてるな。

 でも、困惑の方が大きい?

 

「うーん?みなり姉、あんなのがタイプだったの?」

 

 あんなでっかい人。しかもなんか、すごく怖い感じだったよ。

 そう言いながら、階段を上がっていく。

 わたしもお風呂に入ろうと着替えを取りに戻りながら。

 

「志野くんに似てると思うけどな。」

 

「え!似てる!?全然似てないよ?」

 

 なんか軽い論争になったけど、外国の人だし、男の子は注目するポイントが違うんだな、とそのときは思った。

 強そうなのはたしかだ。鞭みたいにすらりとした、鍛えられた感じ。

 「はてしない物語」のアトレーユだよ。

 その人物評に、千里は頭をかしげていた。

 

 それよりさとみんに電話しないと。明日からのお迎えは大丈夫だって。

 あわてて電話を掛けていて、覚えた違和感をわたしは流してしまっていた。

 

 ―――――――

 

 次の日。

 わたしは元気いっぱいに目がさめた。おひさまおはよう。

 鏡をみる。我ながら、肌がつやつやしてる。体に充実感がみなぎっている。

 ときおり思い出したように出ていた吹き出物も、ここしばらく、まったく出てきてない。

 

「みなり姉、おはよう。――ごはんは?」

 

 あ、千里だ。

 千里も、あくびしてるけど体調も機嫌も悪くなさそう。

 昨日、家に帰った後、勇お父さんがたぶんもういなくなったこととかで、すごくはしゃいでいろいろしゃべってしまった。うん、軽い悪口大会。

 

 千里の学校の寮の話も、また出る。

 以前、お母さんと勇お父さんが離婚するかも、っていう話になってたころは、わたしとわかれわかれになることを千里はすごくいやがってたけど。

 あのころとは状況がちがう。今は、わたしのこと(そして、わたしと志野くんとのこと)が心配みたいだけど、千里が寮でわたしが住み込みの奨学生という形で分かれて住むことになることには、納得してるみたいだ。

 むしろ今は、寮に住むのをたのしみにしてる気配も。

 

「きょうは、フレンチトーストにでもしようか。」

 

 まだ時間があるし、パッパッととつくってしまおう。

 多めに作って、おべんとうにするかな。千里もいいよね?

 千里はちょっと心配そうにわたしをみている。

 

「ん?どうしたの?」

 

「いや。みなり姉は、いつから向こうに移るのかな、って思って。」

 

 いつとは決まってないけど、かなり早めに移ることになる。

 きのうの電話で、言われたよ。

 そう言う。

 

「オレも、もう移るから、みなり姉も早めで大丈夫。

 オレ、8月の月替わりにする。学校側もきりがいいんだって。」

 

 荷物は今週中に送って、来週頭から住み始める。

 なんと、そういうことになってるらしい。

 勇お父さんはほとんど千里とは話さないが、学校にはそういうだんどりで事務手続きを進めてあり、千里は学校からそう伝えられたみたいだ。

 んもう、勇お父さんはいろいろ説明不足だよ。

 

「みなり姉、また電話とか教えるから。みなり姉も教えてよ。」

 

「代表電話になると思うけど、もちろんいいよ。」

 

 昨日、手戸さんに言われたことが頭をよぎる。

 御前様の館だってことは、いくら弟でも言えないよね。約束だしね。

 連絡先も、吉祥の方を伝えとくかな。

 

 それにしても、小さいときはわたしのうしろをカルガモのヒナみたいにくっついてきてて。

 大きくなったらなったで、わたしに妙な執着を抱いていろいろ変態的なことしてきた千里も、更生したものだ。

 感慨ぶかいよ、お姉ちゃんは。

 

「みなり姉、ちゃんとやっていける?」

 

 いけるよ、当然だ。

 その後、フレンチトーストのおかわりをねだる千里を学校にたたきだし。

 お迎えの自動車がくるまで、家の掃除と荷づくりを進めた。

 

 ――――――

 

 学校でやみあがりの志野くんに会う。

 つい最近会ったばかりなのに、ひさしぶりな気がしてしまう。

 手戸さんの方がかっこいいのかもしれないけど、わたしは志野くんが一番だ!

 ぎゅうっとだきつきたいけど、残念ながら人目がある。

 うん、志野くんもなんか目をしぱしぱとまたたきながら、わたしをものほしそうに(希望的観測)見てる。

 はやく、いっしょにのんびりしたいよ。

 

 昼休みに、志野くんさとみんハルカちゃんの4人でお昼をたべることにした。

 窓を開けて風をとおす。

 お弁当箱をあけ、ときどきおかずを交換したりしながら。

 ハルカちゃんとさとみんの毒舌で、志野くんがまるでハトに与えられたパンくずのようにつつきまわされる。

 わたしはときどき志野くんを守ってあげようとして、かえってドツボにはめてしまったり。

 志野くんも感謝と恨みがましさの、半々くらいの視線をよこす。苦笑いで返した。

 

 しばらくそうして和やかな時間がすぎて。

 ようやく集中砲火が一巡したころに、志野くんが言い出した。

 

「なあ、国領。聞きたいことがある。

 その、夢に関してなんだが。」

 

「うん?夢がどうしたの?もしかして?」

 

 男子高校生の夢って、ほんとーに悪い予感がするね?

 まさかキミ、その夢って。

 ボクをどうこうしてる夢とか、そんな夢じゃあるまいね?

 ほら、こんどこそさとみんにズタボロにされるからね?

 

 またそんな、ちょっときわどい挑発的な茶々をハルカちゃんが投げつけてくる。

 うーん、ハルカちゃん絶好調だね。志野くんをなます切りにしていきいきしてる。

 さとみんは最初、苦笑してたけど。

 なぜか、志野くんが顔色をわるくして。

 いやいや僕も命は惜しい!そんなことはしない!とあまりに必死に打ち消したから。

 さとみんも心外に思ったのか、志野くんの耳をひっぱって怒ってみせてる。

 わたしも調子に乗って、反対側の耳をかるくひっぱってみる。でも後でよしよしとなでてあげたよ。

 

「いや。まじめな話だ。

 予知夢、ってあるのか?」

 

 さとみんにひねられてあかくなった耳たぶを、わたしになでられながら。

 真剣そうなおももちで、志野くんは疑問をのべる。

 わたしも興味があるな。その話題。

 手をとめて、みんなの反応を聞く。

 

「うーん。あってもおかしくはないと思う。

 タイタニック沈没の予知夢とか、有名だよね。」

 

 ハルカちゃんも、志野くんのいじりモードから切り替えて、目を閉じて考え込む。

 

「夢は、記憶の整理プロセスの副産物なんでしょう?

 将来のことを予測できたとしても、それは自分が記憶していたこと、考えていたことからの無意識の推測があたった、ということでしかない。

 夢が当たることがあったとしても、その何百倍もの数、外れてる夢をみてるかもしれない。

 だから、本当の意味での予知夢があるか疑わしいわ。」

 

 さとみんは、どちらかというと懐疑的みたいだ。

「うーん。わたしはそういう夢は、あまりみたことないけど。

 あると面白い、でもあるかどうかはわからない、と思うよ。」

 

 ごく面白味のない意見を述べる。

 志野くんは、ちょっとさとみんを恐れるように一瞥を投げて(さとみんはもちろん気づいて、威圧感を強めた)。

 

「うーん、その、な。

 将来、気をつけないといけないっていう感じの予知夢をみて、さ。」

 

 言いにくそうに、そう言った。

 

「その、僕が見たのは国領と、調布が危険な目にあう夢だったんだ。あ、あとナギさんもか。

 たしかに、ただの無意識の空想かもしれないし。

 仮に予知夢かもしれなくても、途中経過がよくわからないから避けようがないんだけどさ。

 特に国領、よくわからないけど命が第一だからな。『命大事に』な。」

 

「なにそれ、しのりん。怖いじゃないか。

 あー、だれか守ってくれないかなー、こわいなー。」

 

 ハルカちゃんが肩を抱いて、身を震わせてみせ。

 チロ、と志野くんをみやる。あざとい。

 

「あら、なんであたしは違うのかしら。」

 

「その、だな。あっさり、ではないけど調布が勝って切り抜けてたからな。」

 

 なんでも、志野くんによると。

 敵につかまって殺されそうになる夢らしいんだけど。

 ハルカちゃんは、結末はわからないけど、つかまってかなりピンチだった。

 さとみんは、正面から攻撃をたたき返して、しかけられたわなを食い破ってた。

 そういう夢だったらしい。

 

「志野くん、わたしは?」

 

 気になったので、聞いてみた。

 

「それがな、――」

 

 どうも、わたしは夢に出てこなかったらしい。

 志野くんがわたしのことをあまり考えてくれてないんだとすると、なんだかしょんぼりだよ。

 そう思ったんだけど。

 

「いや、僕としてはそれで安心したんだ。

 敵が結構いやらしくて、えげつなくて。

 つかまると、すごくその、――危険な目にあったりするんだ。

 だからみなりがあの夢に出てこなくて、本当に良かったと思ったよ。」

 

 そう、目をのぞき込んで言われて、わたしはドキッとすると同時に。

 すごく、体が熱くなるような幸福感を感じて。

 

 えー、なにこのピンク色空間!とはやし立てるハルカちゃんの声や。

 ねえ志野、聞き捨てならないわ。なに、あたしならいいっていうことなのかしら、とからむさとみんの声を聞きつつ。

 噴き出る汗をふきながら、赤くなって弁解につとめる志野くんとちらちら視線を交差させていた。

 

 夢、ってことで連想してわたしの中に浮かびはじめてたアイデアは、そのときは言い出せなかった。

 

 ―――――――

 ―――――――

(志野視点)

 

 なんだかすごく国領が攻撃的だった。敵対的ではないんだけどね。

 僕はもう自尊心ズタボロだよ。やっぱり根に持ってるんだよな。

 機会をみつけてちゃんと謝る。そして心の傷が治るまでは近づかない、近づかせないようにするしかないよな。

 竜神関係で最低限の接触だけして、あとはつらいけど少しずつ距離を開けていこう。そうしよう。

 そう思うと心がしくしく痛むけど、しかたない。

 

 それはともかく。

 詳しい内容までは伝えられなかったけど、調布、国領のふたりには将来の危険を警告した。

 ただ、あれが予知夢でもああなる理由がよくわからないので、対策打ちようがない。

 あとで個別にくわしい夢の内容を教える、とは言った。調布も国領も乗り気。

 ただ多分、くわしく伝えても「はぁ?」って感じだよね。

 ただ、さらに前の予知夢や、国領の奴隷じみた服装とあわせて考えると、おそらく危ないのは国領。

 調布は、巻き込まれというか、救出ミッションがバレて捕まってしまった、という感じだろう。

 ナギさんにも警告しないといけないな。もしかすると、あの予知夢が予知夢なのか、そうでないのか見分けるヒントもあるかもしれない。

 ただの直感だが、まだ時期は少し先。そんな気がする。

 

 補習は6時間目までなので、放課後は早い。

 紫藤は母の病院に行くらしい。僕はもう体力も8割以上戻ってるし、同行して送って行くことにする。

 油絵に描いたような、ぬらりとした夏日の中を歩く。風はほとんどない。

 

「奨学生の方、うまく行ってる?

 その、昨日手続きに行ったって、聞いたけど。」

 

 紫藤から事情を聞く。

 思ったより手続きは進んでない。移る時期も決まっていない。

 受入先の主人や先輩に挨拶しただけらしい。個室も与えてもらえるそうだ。

 そして吉祥とヤツザキとの関係を聞いたときからわだかまってた心配について、できるだけさりげなさそうに、切り出す。

 

「それで。住み込みになる、って調布から聞いたけど。その住み込み先は?」

 

 ――ああ、住所とかまでは言わなくていい。それは個人情報だからね。

 でも、どういう人なのかが知りたいんだ。

 

 そんなふうに、聞いてみる。

 

「うん、吉祥奨学会の方の人だよ。」

 

 暑いせいか、なんかぼんやりした口調で紫藤が言う。

 だけど詳しい話は教えてもらえなかった。人事部の次長さんとかの偉い人かも?とか、先輩のメイドさんと仲良くなったよ、ってくらい。

 ただそれを聞いて、最悪の事態は免れたと知って。

 昨日から肩を押さえつけてた重圧が、ふあっと軽くなった気がした。もちろんまだ完全オフじゃないけどさ。

 念をいれて、それこそESSの吉祥寺先輩とかを通じて、吉祥グループに勤めてる(だろう)先輩のお父さんに心あたりを聞いてもらったりしてみてもいい。

 それにしても暑い。お見舞いがおわったら、病院の売店でかき氷アイスかなにか買って二人で分けよう。あのダブルソ○ダでいい。持ち手の棒が二本あって、ぱきっと割れるソーダアイスね。

 

 ――――――

 

 紫藤母の洗濯物を交換したり、見舞品を整理したりして。

 帰り際に、ふたりでその眠っている顔をみていたとき。

 紫藤母の顔がわずかにしかめられ、とある表情が浮かんだようにみえた。

 

 まちがってなければ、――怯え、恐怖。

 

 体は動かないと先生は言っていたが、ぴくぴくと指先が動く。

 紫藤がその手をにぎると、顔の表情も和らいだようにみえた。

 

「ねえ、志野くん。これってさ、――」

 

「ああ。夢をみてるんだろうな。」

 

 見上げる紫藤と、僕の考えは一致している。

 紫藤母は、何かの悪夢をみている。

 このこと自体は、お医者さんも言ってたことだ。夢を見ているような脳波が出てることがある、って。

 

「だったらさ。志野くん。」

 

 ただ、そこから紫藤が考えついたアイデアは、たしかに素人の非科学的な思いつきだったが、僕の意表を衝くものだった。

 

「ハルカちゃんの力、借りれないかな?」 

 

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