タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
換金した札束を入れた通学用鞄を抱き抱えて、秋月と歩く。
「お前、相当肝が太えな。ちったぁビビりそうなもんなのによ。俺からみても相当の大金だぜ。」
「ビビりまくってチビりそうですよ。」
「抜かせや。ーーで、○○銀行だな?ちょっと遠回りすんぞ。まあ念のためだ。」
「はい、すみません、お願いします。それで報酬、お代ですが、ーー」
「言わねえ約束よ。いらんと言ったろ。男に二言はねぇよ。」
あさっての方向を向いて、なんか照れ臭そうに頭を掻きながら秋月は言った。
「でもそれだと、ーーもうすごく時間も過ぎてますし、」
仮に約束した30分ははるかに過ぎてる。高額馬券は窓口対応なのね。僕が受けとるとちょっと面倒が起きそうな気がしたので、受け取りも秋月にお願いした。秋月も驚いただろう、知らない者に大台オーバーの額をいきなり任されて。まあ僕は彼の人となりの一端を、行きずりに近い奴の命を救うために体を張ったことを、知っているからこそできたのだが。ともかく、無償では申し訳なさすぎる。
「いいんだ、今日は暇だったからな。まあ、でも、そうか、お前、学生なんだよな、ーーーまだ飲みにはいけねぇか。」
「はい。」
本当は何か飲んだくれたい気もするけど。この体はまだ未成年者だ。
「いいんだ、だがよ、気をつけねえとこんなあぶく銭は身を滅ぼすぜ。ーー親御さんたちに、一度だけなんか美味いものでも食わしてやんな、そしてもうこの金のことは忘れちまいな。」
尾行を撒くためだろうか、遠回りして途中でループをいれたりして、たどり着いた地方銀行のATMで何回かに分けて入金していく※。秋月はじっと周囲に目を配っている。
「秋月さん、これから先、仕事をお願いしたりしたら、また会えますか。」
「なんだ、気に入らねえ先公をぶん殴るってか?請けねえぜ、もし、そんなんだったら。」
分かりにくいが本人的には冗談だったらしく、けらけらと笑っている。
「俺の仕事はあんまり堅気じゃねぇ、ロクデナシだ。会わねえ方がいいぜ。だいたい俺にできることで高校生のガキが必要とするようなことは、ねぇだろうよ。」
案じる言葉から感じる。この人は、多分この見かけとおそらくは高い戦闘力に関わらず、不思議なほどにお人好しで善良なのだろう。ある意味、僕に今向けられている好意の理由がわからず、不気味なほどに。
「秋月さん、ボディーガードとかできますよね?」
「必要になるってのか。どこの御曹司だよ。ーーまあ万馬券を狙って当てられるんだ、なんか事情があんだな?」
「ただの会社員家庭ですよ。ただ、ちょっと友達が危ない感じで、ーー」
「できなくはねぇ、ただどっちかと言えば荒事専門なんだ、お上品な振る舞いなんぞできねえしな。ーーあと、今日はサービスだが、2回目からは有料だ、学生料金はねぇから高ぇぞ?」
「いいんです。ーー元さんに言えば連絡つきますか?」
「ああ、あいつ知ってんのか。そういえば俺んこと知ってたな、そっから聞いたのか。ああ、あいつは確りしたやつだ。何かあったらいってくれ。」
何十回かにわけての入金が終わった。すごい勢いで通帳に記帳がされていく。この通帳を親に見せたら不味いな。どうしよう。
「終わったか?じゃあ、まあ途中までは送るぜ。長い時間いたからな、目をつけられてるかもしんねぇ。」
「ありがとうございます。あと、これは気持ちで。」
何枚かの諭吉を、ATM備え付けの封筒に入れてそっと差し出す。
「いいって言ってんのによ。でも、まあ、有り難く預かっとくぜ。ーーあとな、しつけぇようだが、こんなあぶく銭で気を大きくすんなよ?夢だと思って真面目に勉強しなよ。」
僕が礼を言ってバスに乗り込むまで、秋月は見ていたが、もう安全と見切ったのだろう、思ったよりドライに踵を返した。
僕は胸元の内ポケットに入れた預金通帳をそっと押さえた。確かにあぶく銭、気をつけないと身を滅ぼす大金だ。額そのものは使い道がなくて貯めてた僕の1回目の貯金額とそれほど変わらない。しかし一度に大した苦労なくこんな額を手にすると、確かに真面目に働くのがばからしくなり、身を持ち崩してしまうまで放蕩してしまうものなのかもしれない。気をつけねば。
お金もともかく、秋月と面識ができたのは大きい。偶然も良い仕事をする。
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ちなみにバイク。粘り強く交渉した結果。免許を取ることは認めてもらえた。
実車は大学生になってから、と言われたが、これはまた今後の状況で判断、と押し戻した。まあ中間テストの結果を梃子に交渉かな。
平行して、僕は東京の姉に駄目元でとある依頼をした。まだバブルの余波が残る時代、大学生はかつてほどでないとしてもまだ時間があるはずだ。ちょっと雲を掴むような依頼ではあるが、姉の通う大学は医学部もあるし、かなりの文献を所蔵している。そこでの調査に、微かな期待をしている。僅かながら成功報酬も支払うつもりだ。あぶく銭で。
土曜日の夜は、2度目の高校生の僕にとっても、もっとも心の安らぐ時間だ。1回目と違って、宿題は早々と済ませてしまい、あとは自分の勉強もできる。隙間に、関係改善の図れた父に仕事のことを聞く。母に料理のレシピを習う。とみせかけてバイクの効用を説いて根回しをする。
親の見ていた、NHKの動物番組を一緒に見てみる。色々な動物の生態。美しいものもおぞましいものもいる。もっとも、美しいとか醜いというのも、勝手な人間の基準なんだろうけどな、だがやはり自分に有害なものは恐ろしく、好ましいものは美しく感じるのだろうか。
クリオネも捕食シーンはなかなかグロい。人間的には益虫かもしれないが、コウガイビルも肌が粟立つな。ハリガネムシも恐ろしい生態をしている。カマキリを操縦して自殺させるんだ、寄生虫は怖い。だがここまで生態が一体化すると、一つの生物に近いな。じっさいにチョウチンアンコウだったか、オスがメスに寄生して一体化するらしいし。
宿主の立場からみれば恐ろしいように思えるが、人間も社会生活上は何らかの形で人間のあつまり、家庭とか会社とか、に寄生して、依存して生きている。うまく寄生、きれいに言えば共生できないのが問題なのかもしれないな。
興味を惹かれて、その日は図書室から借りてきた生物の本を夜遅くまで読んで寝た。
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日曜日。
かなり寝坊して起きる。もう9時半くらいだ。
良い天気だ。
暇というわけではないが時間がある。5月の連休も間近だが、連休明けに総体の予選を兼ねた対抗戦リーグがあるし、5月中旬頃から中間考査があるので、決して暇なわけではないのだが。現に卓球部ガチ勢は自主練してるはず。僕は、今日はやめとくが。
紫藤に会いたい。あのふにゃっとした柔らかい笑顔をみたい。細い首筋や、あの俊足さを生み出す、スカートから伸びる白い脚をこっそり窃視したい。
約束はないが、誘っては迷惑だろうか。
紫藤父は厳しいという話があったな、いきなり家に電話するのは不味いだろうか。
不味そうだ。
この時代、携帯電話は中高生にはほとんど普及していない。よくてポケベル、
家の電話にかけると、たいてい親が出る。そして固定回線の電話、たいていはリビングに設置されている。親密な会話はできない、できるとしたら両親不在の昼間だけ、それだと長電話が電話代でバレて怒られる。ちなみに男子から女子への電話で、本人への取次ぎを頼んでも、親によっては無愛想で、用件を問いただされたりする。
電話はやめとこう。しかし。
自転車で軽く家のあたりを偵察するとか?
それなら迷惑はかかるまい。 ※すごい迷惑です。
会わずに帰る!様子見だけ。
相手にも都合があるだろうし。
社会人としての常識を忘れて、高校生男子の浮かれぽんちモードになっていた僕は、あっさりその無謀な計画を実行することに決めたのだった。
明らかにストーカーに分類されそうな、超迷惑なアポなし訪問計画を。
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紫藤の住むざくろが丘団地は、比較的新しい新興住宅地だ。僕の住む鳥兜団地とは、まあ、近いほうだ。多賀島市の中心街を中心に、平野部の住宅地があり、そして近い台地に創られた団地が鳥兜団地だ。いわば、平野部を取り巻く台地のうち、街に近い第一層の台地にある。
紫藤の住むざくろが丘団地は、第二層ないし第三層にあたる(数では第二層だが、第一層との幅がかなり開いていて実質は第三層相当なのだ)。また、鳥兜のすぐ外側でなく、川を挟んでいて、斜め外、方角でいえば北西にあたる。
電車も走っているが本数が少なく、また駅も団地からは相当離れていて、高校生の通学手段はバスか自転車になる。かなりの距離だから、体を鍛えるにはいいかもしれない。
この時代、スマホなど存在しない。地図を頭に叩き込む。あとは道端や大きめの公園の案内地図だな。ただ多賀島ではどちらも少ない。あとは住民にきくしかない。国土地理院の地図くらい買うか、安いし。
家族にサイクリングしてくる、お昼はいらない、と告げ、普通切りの食パン2枚でハムとレタスを挟んでマスタードとマヨネーズで味付けした、かなり乱暴なサンドイッチを新聞紙で包み、リュックに入れる。ウォークマンと文庫本一冊も入れ、冒険のスタートだ。
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通学に使うルートとは違う坂道を下る。ここらへんはよく知ってる道だ。坂道にはポツポツとしか人家がなく、その間は竹林や照葉樹林になっている。
坂道を下り切ると、河の両側に住宅が犇めいている。国道は川沿いに東西に走っているが、輸送の大動脈だ、トラックやダンプカーなど大型車の交通量も多い。自転車ではやや危険性を覚える。僕は国道でなく、川沿いの道路を選んで上流側、つまり西に向かった。
時々、国道に出て位置を確認する。小さな、少し褪色した緑色の軒先テントの書店で地図を買う。国道沿いは古くからの店や住宅が多い。赤や青のトタン屋根、排気ガスと苔で黒ずんだ壁、色褪せた看板やシェード。
まだ半分も来ていないが、結構汗をかいた。腕につけた安物のデジタル時計で時間を確認する。11時少し前か。スタートから30分弱。ゆっくり目に進んだし、書店に寄ったこともあって、思ったほど進んでない。
ようやく見つけた公園の水道で水を飲む。この頃の中高生には金はないし、金があるとしてもわざわざ飲み物を買って飲む習慣もない。金があって買い食いで飲み物を買うとしても、ゲロ甘の無果汁飲料かコーラ。お茶みたいに家でも飲める、甘くもないものを買うことはしない。
公園では平然と小学生が野球をしている。都心ではボール遊び禁止の公園がほとんどだが、この今は、確かに子供が公園の主人公だった。僕も近所の公園でボール遊びをして、隣接する家に入ってしまったら取りに行っていたな。迷惑だったろうに、よくニコニコ返してくれてた。
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ざくろが丘は少し市街地から離れていて、いったん、まだ開発されていない丘陵を越えることになる。川沿いなので、丘陵の坂はないのだが、山が道に迫ってくる。それを抜けると、ざくろが丘への分岐がある。ここで川沿い、国道をそれて丘陵を登ることになる。
パスハンターみたいな、ギア比の広い自転車ならいいが、僕の自転車は、この当時は一般的だった、ストレートハンドルでダイアモンドフレームの銀色のスポーツ車だ。切り替え、シフト数は前3段後ろ6段と多い方だが、相当長い坂が多い。登りきれない。途中で諦めて、自転車を降りて手で押していく。
急坂を道がつづら折りに続く。団地入口には疎らにしか人家がない、傾斜地だからな。緑のトンネルだ。
やがて整地された雛壇地に差し掛かる。新しい、広い家が目立つ。自転車を押す僕の横を、バスや自動車が追い越していく。
紫藤の家がどこかもわからない。名簿で確認すればよかったな。まあ、家も今日は見るつもりはない。どう言えば良いのだろう、紫藤が通ってたであろう小学校や中学校、紫藤が買い物をする店や、使うバス停とおぼしきものをみて、紫藤がこの世界に生きて存在している、僕の知らない時間と生活を過ごして来たんだ、と感じられれば、それだけで良いんだ。
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しばらく歩き回ってみた。
テニスコートが整備され、小さい野球場のついた広い公園。少年野球団がコーチに怒鳴られながら、ノックを受けている。
隣接している、広い校庭の小学校、中学校。野球部やサッカー部は日曜日でも練習があったらしい。ゾロゾロと帰っているところに遭遇する。吹奏楽に至ってはまだ練習しているな。
団地の中心にあるショッピングセンター。少し涼む。スーパー、郵便局、レンタルビデオ店、クリーニング店、青果店、ファミレス、ラーメン店、ゲームセンター、歯科医院、誰が買うのか疑問の残るあかぬけないシャツやズボン、ワンピースなどが売られている衣料品店、スポーツジムなどが軒を連ねる、小さなモール。お昼に足すつもりで、青果店で、見切り品として隅に置かれている一皿100円の、少し傷んだオレンジやバナナを買う。
移動して、小さな公園を見つけ、水を飲む。暑い日差しは、もう初夏のようだ、かいた汗が強い日差しと吹き抜ける風で乾いていく。正午すこし過ぎくらいだろうか。
お昼にしようか。
そう思っていたとき。
僕は公園の横の路を、照りつける日差しの下、思いに沈むように俯きながら、どこか覚束ない足取りで裸足で歩く小さな人影を見つけたのだった。