タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
後で多少修正するかもしれません。
(第三者(中河原 桜)視点)
「ねえ、みーちゃん。何しにきたんですか?」
「えー、ダメ?さっちゃん、冷たいよ。
それと敬語、やめよう?」
土曜日の補習後、美術部の活動スペース。夏の午後の日差しが、差し込んでいる。
イーゼルが並んでいるが、来るのは1日に平均して、実質2~3名。
その一人が彼女、中河原桜である。
部屋の隅の、壁際に棚がないくぼみに置かれた彼女のイーゼルの周りは。
彼女がつくったへんてこなオブジェや、拾ってきた機械部品や流木などがつみかさねられ。
それらが腰の高さくらいの壁になってて、しかも頭上の古いスチーム暖房の空調パイプからは絵を描くときに上から羽織るスモックが吊るしてあることもあって。
まるで何かの巣のような、居心地のよい空間になっていて。
そう、ひきこもるには絶好の場所である。
その楽園に、きょうは彼女の従姉である、吉祥寺美鷹が襲撃してきていたのだ。
いつになく、ごきげんらしく。
あちこちを好奇心いっぱいに覗き込んでは感想を述べたりしていて。
他の子の生乾きの絵のかかってるイーゼルを倒したり、筆洗いをひっくりかえしたりしないだろうか。
いや、そもそも他の子がきたらどうしよう。なんて、桜はひやひやしていた。
「これなに?面白そう。えいっ。」
「あー、みーちゃん!それダメ!」
それ、独立してるみたいだけど別のとくっついてるんだよ、引っ張らないで!
遅かった。
がっしゃん、がらがら、と音がして。
桜がひきこもるためにこつこつと積み重ねてきたオブジェの壁の一部が崩壊した。
「――ごめん!さっちゃん、ごめん、――」
そう、美少女の幼馴染はぷしゅうとしおれて、しょんぼり謝罪して。
手にもった、アフリカ風ないしバリ島風のお面の口から舌のように別のちいさな顔が出てるおぞましいオブジェを、壊れ物を扱う手つきで元に戻し。
懺悔するように膝をついて、崩れたオブジェたちを拾い上げてる。
跪いた形になって露出した、ふくらはぎと膝の裏側の白さが目にまぶしい。
直視しないように目をそらしながらも、顔に血が昇ってくるのを感じてしまう。
――いや、怒ってはないけどね。また積めばいいだけだから。
だけどまったくもう。なんでそんなに舞い上がってるのかな。
そう、桜は思っていた。
――――――
この土曜日、補習が終わると。
中河原桜は、美術部で絵を描くつもりでここにきていた。まだ学食、混んでるし。
成績も悪くなく、外見からは真面目少女と誤解されやすい彼女は、勉強なんかより絵を描くのが好きだ。
各科目のノートには、いつのまにか余白に丹念に各科目の先生の肖像画が描かれ。
パラパラ漫画も、ばっちり教科書のページ角につくられている。
ときどきは、貴重な数少ないが存在するクラスの友人におもしろい絵のついた謎手紙を授業中に回し、笑い死に一歩手前にさせたりも。
絵は、いい。
記憶の中の現実に、自分の解釈を加えて空想の世界を作れる。
ままならない現実を、好ましい空想に変えて実在化できる。
だから、桜は絵を描く。やめられない。
現在、描こうとしていた絵は、12月の高美展への出品を目標としている。
今回の文化祭で描いた絵を出品してもいいけど、ちょっと芸がないし。
別の絵を描いてみたいな。
そう思って、下絵を描いていたのだ。
そこに美鷹が現れてじゃれついてきてる、というのが現在の状況。
ようやくオブジェの壁をもとに戻した美鷹は、桜の心地よく秘密めいたスペースに入り。
「あれ、さっちゃん、人物描くんだ?」
書きかけの絵に、目を止めた。
「うん、それもいいかな、って。」
「ふうん。――文化祭のときの絵は、曾祖父さまの上屋敷だったよね。」
――あれもよかったな。
私はあの山荘、ぶきみな印象受けるんだけど。
さっちゃんの絵は、すごいかっこよかった。
きっとこれも、傑作になるよ。
そんなことを、言ってる。
まだ棒人間のように荒っぽいデッサンだけなんだけどな。
美鷹は、なんだか濡れたような目で、まだあらっぽく人物が配置されただけのキャンバスを感心したようにみている。
外の夏の日差しの照り返しを受けた、真剣な美少女の横顔。
この瞬間を永遠のものとして切り取りたい。絵に描きたい。
息を止めるようにみつめ、美しい従姉のいる美術室の光景を記憶する。
それにしても。
「ねえ、みーちゃん。何があったの?」
「うふふ。秘密。」
美鷹は、失敗の落ち込みから回復したのか、またあたりを探検しはじめていたが。
桜の言葉に、すこし開けたスペースに出てくるくると回った後、
スカートの裾が軽くふわっと広がり、白い脚に思わず目を奪われる。
明朗快活に振る舞う美鷹だけど、男子のいるところではここまではしゃいだ様子は見せない。
ましてや、こんな、――性的に隙のある姿などは。
桜の観察によると、美鷹は。
たぶん幼いときから、男どもからの
異性の露骨に性的な視線を、おそらくうるさく思ってる。だから大きな隙は見せない。
だけど一方で、おそらくなにがしかこじらせた自負みたいなのもあって。
全く注目も評価もしてくれないのは、嫌なんじゃないかな?と桜は思ってる。
露骨に向けられるのは嫌だけど、思わず惹きつけられるのはいい、ってことらしいんだ。
それにしても、このはしゃぎよう。
何があったんだろう。
「デートの約束とか?」
「えっ」
まったくの冗談で言ったのだけど、美鷹の動きが止まった。
あれ、これは?
「あたり?」
「当たらずとも、遠からず、かな。
――そんなにわかりやすいかなー。」
ちょっとしょげてる。
知ってるよ。みーちゃん、ミステリアスな美少女ムーブしたいんだよね。
いや、さすがになんかうれしいことがあるってことくらい、わかるよ。
長年いっしょにいる自分だけじゃなくて、傍目にも駄々洩れだ。
そう、桜は思う。
「会う約束したの。いいでしょう?」
「あーはいはい。よかったね。」
桜はまだ、そういうのがあまりよくわからない。
いや、見栄えのいい男の子が好みではあるけど、たいてい中身が好きじゃない。
でも空想は自由だ。白馬に乗った王子様とか。低めの声で。
――いや、やっぱり王子様よりその従者だな。奔放な主人に振り回されながらも、どこまでも誠実に仕える。あの隣のクラスの背の高い落ち着いた男の子とか、はまり役。主人の王子はチャラ男君で。
王子は困ってる人を助けにほいほい王宮を抜け出して大活躍。振り回される従者は、フラストレーションがたまる。
そして従者は、危険を無視して可哀そうな子を救って自身の玉体を傷つけそうになった王子に、たまりかねて逆襲して、お仕置きして、――。
「
なんかカレがね、聞きたいことがあるんです、って言ってきてさ。」
「へー」
ついちょっぴり
バラ色の頬と輝く瞳が、美しい。
「ちょっと期待してたの。
『先輩、俺のことどう思ってるんですか?』とかかな、って。
うん、壁に追い詰められて顎を持ち上げられたりとか、されちゃうかなー?って。」
「ふーん」
そんなスカシ野郎、漫画の中にしかおらんやろ。
そう、桜は胸やけを感じつつ、同時に空腹を覚えるという矛盾状態に陥った。
お昼は外に食べにでようかな。学食は2時までだっけ。
「さすがにそれは違ったみたい。
じゃあスリーサイズでもなんでも聞いてね、って言ったら赤くなっちゃって。かわいい!
でも結局、なんか別の話になって。また月曜日にお願いします、ってことになった。」
「それだけ?」
「それだけ。でも約束した。
約束は、
得意げだ。ちょっとほほえましい。
まあ、それも無理はないかもしれない。
美鷹が好ましいと思う相手と親しく話せる機会は、少ないのだろうと桜は思う。
美鷹は、それこそ桜とかごく少数の同性の親友を除けば、特定の人に固執しない。
美鷹には男性嫌悪はなく(なんならブラコンだし)、男子を蛇蝎視しないし関係良好だけれども、濃いつながりを慎重に避けている。
それは2つの原因によるのだろう、と桜は思っていた。
一つには、たぶん、人間関係を円滑に保つため。
美鷹は、それはもう美少女だ。だから、簡単にいえば粉をかけてくる男どもが多い。
そして女の子たちも、競争相手になりそう、って思うと結構冷たく当たってきたりする。
幸いにも美鷹は、相当に高いコミュ力・政治力を持っていて。
うまく立ち回り、そういう人間関係の荒波を難なく乗り越えることができている。
クラスのカーストでも、隠然たる勢力を築いておそらく最上位に近いが最上位ではない、絶妙な地位にいる。
ただ美鷹は、特定の男の子に深入りしたことはなかった。もちろん交際も。
おそらく、そんなことをすれば。
男子たちに、オレも相手してくれるんじゃないか?と余計な希望を抱かせたり。
女子たちには(相手が一軍男子の場合)嫉妬されたり、(そうでない場合)見下されたり。
そんな事態になると考えて、その煩わしさを嫌ったためだろう。
だが、これはあくまで副次的な理由ではないかと桜は考えている。
もう一つ。真の理由は、おそらく、一族としての義務のため。
美鷹の親は基本的にはリベラルで放任的だが、一族としての責任は無視できないのだろう。
美鷹の兄同様、美鷹もおそらくお見合いで政略結婚することになる。
そう、親も本人も思っているようだ。
美鷹の美貌を使った閨閥の構築も、一族として取りうる切り札の一つとされているのだろう。
だから美鷹は、男女交際を禁止されているのだと思う。面と向かってそう言われてるかどうかは知らないが。
未来の政略結婚の相手を処女を捧げる相手と想定して、貞節を守り。
その顔も知らない誰かのために、手をつなぐどころか、下校の帰り道を一緒に帰る程度の交際すらせずに。
禁欲的に研鑽を積むことを、美鷹は求められているわけだ。
一族というのは、たよりになると同時に面倒でもあるんだな、と桜は思う。
今思うと、幼少時のころから習い事もたくさんしていた。
英語とバレエなんかはもともと好きだったみたいだけど、バイオリンとかピアノだけじゃなくギターも弾いてみたいと一度こぼしてたな。
まあ、こっそり弾いてるらしいんだけどね。
一族に生まれたから決まった役割や義務を課されてしまうって、古風というか時代錯誤的だよね、と桜は思う。
自分はあまり一族扱いしてもらえてなくて、経済的な余慶にあずかれていないが。
交際禁止とか政略結婚とか習い事とかの義務を免除されてることを感謝すべきかもしれない。
それはともかく。
人間関係上の必要とか、政略結婚ルート(?)とかの制約で、交際できない美鷹本人は。
本当は少女マンガに出てくるような、きらきらした恋愛がしたいらしい。
好むマンガの傾向から、あきらかだ。
たとえば、ちょっと影のある美青年に、
それはその青年による、ヒロインの親への復讐のため。
最初は、すごく冷酷に、ほとんど虐待みたいに扱われるけど。
いつしか危難をともにかいくぐり、ヒロインの機転で青年を助けたりして。
そしてヒロインのひたむきさが伝わって、いつしか青年はほだされて。
ドロドロに依存、執着、熱愛してくれるようになる。
実は青年もヒロインの親も、真の敵を誤解していたんだ!とわかって。
その真の仇を青年が討ち果たし、ヒロインの親もその過程で真実を理解して。
最後にヒロインと青年の結婚を許してくれる!みたいな。
そんなお話が好きなのだ。
「うーん、良かったね。」
大丈夫なのかな。一族の掟的に、それってアウトじゃないのかな。
美鷹がOKしたってのは、そこまでじゃない話なんだろうか。
ただお話ししましょう、ってだけだったら、でも美鷹はこんなに舞い上がらないよね。
いろいろ謎なところがあるが。
桜としては、仮に美鷹が恋をしてるのだとすれば、美鷹を応援してあげたい気がある。
だって一族扱いされてないから、一族よりも美鷹が大事だし。
だって、白い頬をバラ色に染めた今の美鷹からは、
これまでも超美少女だったけど、どこか非現実的というか、血が通ってない印象だった。それが。
まるで女神の大理石像が、命が吹き込まれて人間になったように。
なんていうんだろう。今の美鷹からは、いままでにない
いやこれ、本当に良いことなのかな?
ちょっと桜は迷ったけど、お腹が空いてきたのでいったん思考を放棄した。
「とりあえず、お昼行かない?」
誘われた美鷹が、にっこり笑う。
どうやら、ここに来たのは桜をお昼に誘う目的だったみたいだ。
簡単に絵の後片付けをして、二人は仲良く食事に出ることにした。
――――――
――――――
(第三者(国領ハルカ)視点)
「ねえ、ハルカ最近、すごいじゃない!」
「トランポリンじゃない2回宙返りって、身近でははじめて見たよ。」
土曜日午後、女子更衣室への途中。
国領ハルカはぽん、と同級生の部員仲間から肩を叩かれ祝福された。
この子たちは屈託がない、特に裏のない子だ。
この子たちは体操には1年で見切りをつけて、今は新体操専業。
自分で好きな方を選んだ結果で、おそらく嫉妬みたいな感情はなく、いまのハルカへの祝福も率直な言葉。
だから思わず、国領ハルカも顔がほころぶ。
「ありがとー。ちょっぴり鍛えたんだー!
でも、このままだと、筋肉もりもりになりそうだよ。」
へんに謙遜せず、頑張ったんだよ、と細い腕を力こぶをつくるように上げ、片膝も上げてお菓子メーカーのマークみたいなポーズをしてみせる。
「うーん、でもハルカちゃん、腕も肩もまだまだほっそりしてみえるけどなー。」
あたしなんかよりずっと。うらやましー!と言われながら。
なでなで、と肩をなでさすられる。
ほかの子も集まってきて、ハルカ、スゴーい!とさすさす触ってきて、と言うかこちょこちょしてきて。
ハルカは、いもむしみたいに身をよじらせ。
わー、くすぐったいよ、もう!と言って。
このー、と反撃するふりをして、逃げる仲間たちときゃあきゃあと笑いあった。
――――――
着替え終わって、仲間たちに別れを告げて。
体の芯に、よく運動して体力を振り絞った心地よさを感じながら、調布智美と約束している美術室に向かう。
階段をのぼりながら、うれしさが心いっぱいに広がる反面。
ズルしてるみたいな後ろめたさの感情、そしておびえの感情が、かすかにゆらめく。
そうなのだ。
さっきの女の子の、言ってたとおり。
女子の一流の体操選手は、しっかりした体ができてる。肩も胸も厚い。
国領ハルカも女子体操選手のはしくれ。体幹は強い。足だって早い。
ただ筋肉量は足りてなくて、上半身はほっそりしてる。
だから、軽業みたいなこともできるけど、体重の軽さを活かしての小技が中心。
強豪校の選手みたいな絶対的な筋肉にものを言わせる大技には、成功してなかった。
ところが、この1週間。
いや、認めないといけない。あの竜神の窖から帰ってきてから。
自分でもびっくりするくらい、力がついてきてる。
もちろん、周りの人にも気づかれてしまった。
(それまでは、練習用のトランポリンでしかできなかった)難易度の高い、男子選手でも早々できない技に成功してしまった今日は、同時間帯に練習してた、別の部活の人も練習を中断してガン見するくらいのちょっとした騒ぎになってしまった。
先生は、まだちょっと早いから危ないんじゃないか、と心配してるみたいだけど。
実のところ、まだ余力がある。たぶんもう少し練習すればムーンサルトとかもできるようになる。
うれしい。
成功の瞬間を思い出すと、顔がにやけるくらいうれしい。でも。
――やっぱりこれって、竜神の力、だよね?
だから、ちゃんと練習と筋トレで手にいれた力じゃないんじゃないか、といううしろめたさがある。
そして、竜神の力があるということは、「竜神の細胞」みたいなのを取りこんじゃったんじゃないか?
いつかウロコが生えてきたらどうしよう!という怯え。
でも、今のところはまだうれしさが大きい。
楽しいんだ。夢の中ほどじゃないけど、思うままに体を操れる全能感、爽快感があって。
――だいたい、ボクはまだ目もふつうだし、冬眠もしてない。
力が強くなったっていっても、しのりんより早く走ったっていう竜神の娘ほどじゃないし。
あんなにスゴい、催眠術みたいな力やテレパシーも使えない。
わずかに足が早くなり、上半身の力が強くなっただけ。
これ以上は、変わったりしない、――よね?
大丈夫、大丈夫。
そのときの彼女は、まだそう考えていた。