※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 ご感想をいただきました。ありがとうございました!
 きっとなんとかおそらく多分、どうにかすると思われます(主人公が・・?)。

 紫藤視点です。



183 月の裏側(19)(紫)

(紫藤みなり視点)

 

「おなか、すきましたか?すぐつきます。」

 

「ありがとうございます、手戸さん。」

 

 土曜日の放課後。わたしと手戸さんは、黒塗りのすごい高そうな車に乗ってる。

 車は、なめらかな路面をすべるように走ってる。

 運転席には、近知郎さん。今回は、ひたすら前を向いて運転してる。振り向こうともしないで。

 

 ――――――

 

 昨夜、わたしたちの家にまた突然手戸さんが訪ねてきて。

 今日(土曜日)の午後の食事会の約束を、入れられてしまった。

 手戸さんは紳士的だし、かっこいい。外見とかは、――なんかすごく好みだ。

 でも正直、もうしわけないことに。

 わたしは手戸さんの行動に少々困惑するというか、迷惑に感じてしまってる。

 わたしってひどい、冷たい女だなー、と自分でも思うんだけど。

 まあ手戸さんもわるいんだ。

 急にこんなふうに、ことわれない雰囲気で予定をいれてくるし。

 

 あと、なんだかわたしが困惑してしまう理由の一つは。

 手戸さんの距離の近さがあるんだ。

 たぶん志野くんよりも、すごく近い。外国の人だからな、対人距離(パーソナルスペース)が狭い。

 今は、黒塗りの大きな車の中。手戸さんとわたしが、後部座席に座ってる。

 手戸さんは、いかにもきゅうくつそうに体を折り曲げてて、そしてわたしのほうにかるく体を寄せてきてる。

 話すときは、目の前まで顔を近づけてくる。そう、気持ち的には10cmくらい?(物理的には、20cmくらいかな。もうちょっとあるかな)

 すごくのけぞりたいような、落ち着かない気持ちになるんだ。

 

 そして、あれこれ話しかけてきたりして、かまってくれる。

 気持ちはうれしいけど、ちょっとだけ、ありがた迷惑かなあ。

 いろいろゆっくり考えたいことが、あるからなんだけど。

 

 たとえば。

 いつも朝はわたしがたたきおこしてる、一人暮らしなんてできなさそうな千里のこと。寮に入っても大丈夫かな。朝、だれか起こしていくれるのかな。

 半分くらいはもう送り出したけど、千里の引っ越し荷物の準備のこともある。共用してる生活必需品も分けた。

 わたしもそろそろこっちに荷物を送ろう、そしてこっちの生活に慣れようと思ってる。お引っ越しだ。

 

 そして志野くん、さとみん、ハルカちゃんのこと。

 ハルカちゃんから嫌われてると主張して、それとなく距離を置こうとしてる、志野くんの真意のこと。

 どうも本気でそう思い込んでるみたいなんだよね。そんなわけないじゃん。

 わたしたちと話してるときも、志野くんのことばっかりそわそわ気にしてるあのハルカちゃんが、さ。

 

 ハルカちゃんといえば。

 お母さんを目覚めさせるために、わたしがすがりつこうとしてる、夢に入りこむ(?)ことができると言っていたハルカちゃんの言葉。

 ただ正直、わたしも無理って思ってる。そんなおとぎ話みたいなことないってことくらい、わかってる。

 でも、可能性だけは試してみたい。たとえ失望をひとつ、かさねるだけだと知っていても。

 だからたぶん欠片もその可能性を信じていないだろうのに、協力してくれようとする志野くんの優しさが。

 うれしくて、悲しかったんだ。

 

 志野くんがハルカちゃんとやろうとしてる、竜神さまの故郷がえりの関係のこと。

 わたしたちも協力するつもりだけど、何ができるかな。志野くんよりは竜神さまの言葉はわかったから、通訳(?)とかかな。

 ハルカちゃんの方がわかってるかもだけど。

 

 あと、学校のかばんに入ってた、何かがくるまれたメモ書きみたいなもののこと。

 このメモ、いままで考えないようにしてて、まだ読んでないんだ。だってカミソリの刃が入ってても、ラブレターだとしても、困る。

 わたしには志野くんがいて、志野くんにはわたしとさとみんがいて、間にあってるのに。

 

 あと、これからのこととか。

 今から訪れる、名探偵の出てくる推理小説に出てきそうな洋館にすまうおじいさんのこと、おじいさんのこわがる「カニ」のこと。

 今にして思うと、あのおじいさんは驚異的なまでに若くみえた。90歳ちかくなんかの肌や筋肉じゃ、絶対ない。なにか特別なことをしてる。

 そしてまいらさんにはわたしの思いつきをしゃべったけれど、御前様は南方戦線でカニを食べた、カニに食べられたとかいう話はしてない。

 たぶん、別のことなんだ。時間切れでわからなかったけど。

 

 今日は、あの続きとか聞けるかな。

 でも無理かもしれないな、伯父さんとか手戸さんとかの前だと。

 どう考えてもこの前、おじいさんは伯父さんと手戸さんを人払いしてた。聞かせたくなかったんだ。

 まいらさんに聞けば、わかるかな?

 まいらさんは、カニのこともおじいさんから聞いてたみたいだし。

 

 ――そんなに、たくさん考えないといけないことがあるのに。

 考えるひまもなく、手戸さんがいろいろとはなしかけてくるんだ。

 それが正直、すこしうっとうしい。

 

 今は、きれいだと思いませんか?と。

 手戸さんに、マンガに出てきそうなすごい大きな美しい水晶球を見せられてる。

 きれいだけど、なんだかこの世のものならぬ感じで現実味がない。ガラスなんだよね?

 水晶球には、ふしぎな細工がしてあるみたいだ。さっきまですきとおってたはずなのに、目をまたたいた瞬間から、中に宇宙の深淵のようなくらやみがあるようにみえはじめた。

 ん?いま、そのくらやみのなかで。

 なにか、影のようなものがうごめいたような気がしたぞ。

 

「――それで、教えてください、ませんか?」

 

 あれ。水晶球をのぞき込むのに夢中で、話を聞き流してたよ。

 なんだっけ。

 

「シドウさんが、この食事会にくる。

 そのこと、直接、言った人。何人、です?」

 

 ええと志野くんのほかは、さとみんと、あとハルカちゃんだけだ。

 さとみんの顔とハルカちゃんの顔が、頭にぽん、と浮かぶ。

 志野くんに似てる手戸さんが目の前にいるせいか、志野くんの顔は思い出さなかった。

 

 2、3人です、となんとなく目を離しがたい水晶球から視線をひきはがして答えると。

 水晶球に目をやったままの手戸さんが、何かが見えたようにわずかに目をみはり、そして軽く頷いた。

 何が見えたんだろう。

 わたしもまたのぞき込んでみたが、今は何も見えない。あの宇宙みたいな深淵も、みえなくなってる。

 ふつうの透明な球にしかみえない。すごい、さっきのはどんな仕掛けだったんだろう。ホログラム?とかかな。

 

「みんな、仲がいいです?シドウさんの、お友だち?」

 

「はい。」

 

 仲はいいよね。志野くんをめぐる、わたしの頼れる竿姉妹たちだよ!

 あ、まだハルカちゃんはうんと言っていないんだったな。でも、きっとそのうちそうなるよ。

 さとみんの外交技術をあなどってはいけない。ハルカちゃんへの同盟工作も続けてくれてるはずだ。

 でも、交渉のテーブルについてもらうためには。

 わたしたちの圧倒的な武力(性的魅力)を示す必要があるんだよ。

 うん、次のステップは、――

 

「今度。そのお友だち、お食事会に、招く、いいです?」

 

 手戸さんに、思考をまた断ちきられた。

 あー。「ご学友もごいっしょに」のお誘いなんだ。うーん。

 それは、迷惑がられないかなあ。

 さとみんは受けてくれると思う。でも忙しいだろうし、ちょっと悪いなあ。

 まあ今日の食事会ですごい美味しいものが出てきたら、ハルカちゃんとかは釣れるかも?

 山間の閉鎖的な山荘に行くなんて、推理小説みたいだよ!とかいってノリノリになってくれないかな。

 でもなー、ハルカちゃんも忙しいんじゃないかな。

 来てくれたら、あの陰鬱な山荘もぱっとあかるくなりそうだけど。

 あと、志野くん。

 

「ええと、聞いてみます。」

 

 聞くだけだ。

 ちょっとだけでも乗り気じゃなさそうなら、もういい、ってことにしよう。

 

「お願い、します。」

 

 

「わかりました。」

 

 なんとかやりすごした。のかな?

 

「そのうち、お友達に、ご挨拶したいです。」

 

 うーん、圧が強い。押してくるな。ちょっと辟易する。

 やっぱり性格は、志野くんとは違うよ。外見は似てるけど。

 

 今週末、ひさしぶりに志野くんと遊べる、と思ってたのにな。

 あわよくば味わってもらおう、なんて。

 この話が入ってきたから、平謝りで謝って延期してもらった。

 明日は、大丈夫だよね?

 だけど、天気があまりよくないんだ。

 車の窓から空を見上げると、午前中は明るく晴れ渡ってたのに、今はだんだん雲が出てきてる。

 わたしはちょっと後悔しながら。

 いろいろ詮索してくる、手戸さんをあしらっていた。

 

 なぜか、あの態度の悪い運転手の近知郎さんは。

 前の運転席でひたすら前をみつめていて。

 まったくこちらを見ようとせず、黙々とハンドルを握っていた。

 あの水晶球を手戸さんが出したときなど、ぶるぶるっと震えたりしてた。

 たぶんちょっと体調がわるいのかもな、と私は思っていた。

 

 ――――――

 

 2度目に目にする御前様の山荘は、そこまで陰鬱には見えなかった。

 入り口の呼び鈴を近知郎さんが鳴らすまえに、すぐに扉が開き。

 まいらさんが扉を押え、頭を下げて待っていた。

 清楚そうな侍女の装いに身を包んでいるけど、制服を押し上げる胸の起伏やそらしぎみに突き出した大きめの腰からただならぬ色気(フェロモン)がただよう。

 

「さあ、こちらに。」

 

 さっそくまいらさんに、荷物を奪われた。

 おや。おかしいな、まいらさんの歩き方が、ほんの少しだけぎこちない。

 なんか、筋肉痛とか、けがでの痛みがあるような感じだ。脚がいたい感じ?

 たぶん。筋肉痛、かな?

 この館、まいらさん以外の侍女さんって見てない。たぶんいないのだと思う。全体に人手不足ぎみだけど、とくに女手は足りてない。

 もうひとりの特別奨学生の篠崎さんがいないから、負担がかかってるのかもしれない。

 あとでお手伝い、申しでておこう。

 

 応接室に一度とおされ、そしてやってきた側用人の施場さん(伯父さん)と、ごく簡単にあいさつと世間話をかわす。

 (まいらさんは、やっぱり伯父さんに頭を低く下げたあと、壁際で待機。徹底してる。)

 それでは行きましょうか、と伯父さんが言い、わたしも腰を上げかけたとき。

 

「側用人様。お許しください。

 一度、みなりさんをお部屋にご案内して、お荷物を置いてはいかがでしょう。

 あと、こちらにお移りになった後、必要なものなどについて、5分だけ相談したいです。」

 

 そう、まいらさんが言い出した。

 

「そうですか。それは今することなのですか?」

 

「今ではなくても構いませんが、料理長が――」

 

 どうも、手戸さんが直前に持ち込んだ食材の処理に、時間がすこしほしいと料理長が言っていたとかなんとか。

 

「それでは、手早く。

 御前様と我々は、先に午餐室に行っておきましょうか。」

 

 そう言って、時間が気になるのかちらっと時計を見て、伯父さんは手戸さんに声をかけ。

 手戸さんを引き連れて出て行った。

 廊下にいた近知郎さんも、どこかこわばった顔で、伯父さんについて行くようだ。

 

 まいらさんはそれを、頭を下げて見送った後。

 

「じゃあ、ちょっとだけ。かばん、持つわよ。」

 

 そう言って、わたしのかばんを持ってくれようとするが。

 わたしはまいらさんのどこか体をかばっているような様子が気になり、大丈夫ですよまいらさん!とできるだけ明るい声で言って、道案内だけしてもらった。

 館のプライベート部分に入り、警護役の部屋の前などを通り抜け、2階にあがると。

 まいらさんは少し急ぎ足になり。

 そしてたどりついた、わたしに割り当てられた部屋の扉を引いて開けてくれた。

 

「どうぞどうぞ。あまり時間ないかもね。」

 

「ありがとうございます。」

 

 中に入ると、ベッドと机と本棚、そしてクローゼットがあるシンプルな部屋。

 ホテルの部屋とほぼ等しい。個室ひとりじめなんて、本当にいいんだろうか。

 

「あー、みなりちゃん。食べもので苦手なもの、ある?」

 

 アレルギーっていうんだっけ。ああいうのとか。

 単純に嫌いとか。

 そう、聞かれる。

 

「え?――そうですね。アレルギーは、とくにないです。」

 

 苦手なものも、特にない。

 そう続けようとしたとき、かぶせ気味にまいらさんが言う。

 

「あの、デザートで『くだもの』が出てくるけど。

 食べない方がいいかもしれない。」

 

 ん?

 

 わたしはまいらさんの方を見るが、まいらさんはなぜか明後日の方向を向いていて。

 しかも自分で自分の耳をふさいで話しているようだ。

 

「あと、お手伝いを頼まれたりするかもしれないけど。

 聞かなくていい。もしするときは、けがに気をつけて。」

 

 やっぱり耳をふさいだまま、続ける。

 なんだろう?

 わたしの言うことは、聞かない、ってことかな?

 いや、そんな悪い風にとってはいけない。

 なんか理由があるんだろう。

 

「そうですか。ありがとうございます。」

 

 わたしは聞こえてないだろうまいらさんに、一応無難に返す。

 まいらさんは、そうっとこっちに目を向けて、わたしが頭をかるくさげて、伝わってるのをみると。

 耳から手を離し、軽く笑って、いう。

 

「あと、その。

 こちらに持ってきたい荷物とか、後で聞くけど。

 まず、さしあたり泊まるのに必要なものとか、ある?

 変な話だけど、アレの日のやつとか。

 えーと、サイズとか、羽根つきがいいとか?」

 

 あたしのを分けてもいいけど、きっと大きさ違うわよね。

 気に入ってるのとかある?と聞いてる。

 

 あ。これはあれだな。女の子の日のことだ。ナプキンだな。

 たしかにこの話、伯父さん手戸さんや、近知郎さんの前でするわけにいかないよね。納得だ。

 でもこの話、わたしにはまだ関係なかったりする。

 

「ありがとうございます。実は、その、まだないんです。」

 

「へっ?」

 

 まいらさんは一瞬、言われたことがわからなかったらしい。

 

「あ、まだ生理がなくて。近いうちあると思うんですが。」

 

 わかったみたいだ。

 あーごめんなさいね。そうだったの!

 みなりちゃん、すこしおそいんだ?

 じゃあ、たくさんたべて大きくならなきゃね、まあ始まったら始まったで面倒なことばかりだけどね、とか言って笑ってる。

 わたしも笑う。

 

 ――笑い話だよね、まだないんだ。

 クラスメイトに言われて、恥ずかしかったけどお母さんに言って。

 予備のをランドセル(の後、通学かばん)に、それをしのばせるようになって、はや6年。

 いまだに「しょんべんくさい小娘」じゃないか、ってときどきしょげたりする。

 そろそろあるんじゃないかなー、って思うんだけどな。胸もすこしずつ大きくなってるし。

 牛乳も、飲んでるし。

 わたしは、ほうっと息をついた。

 

 ――――――

 

 その後、必要な薬とか化粧品とかはないか、とか念を押されて(志野くんからもらった保湿クリームくらいかな。シャンプーなんて、どこのでもいいよ)。

 わたしはまいらさんに連れられ、午餐室に案内された。

 中央玄関近くの2階の部屋だ。天井でくるくるとヘリコプターの羽根みたいなのが回転してる。

 すごいゴージャスな感じだ。

 

 中には、御前様と、伯父さん手戸さんが、重厚で大きなテーブルに座っている。

 

「ようこそ。急な話で、すみませんでしたね。」

 

 御前様が、ゆっくりと言い、かんたんなあいさつや世間話をかわして、食事会が始まった。

 まいらさんは、給仕役らしい。同じ階の別室に、厨房(この階じゃない。地下かな?)からはこびこまれた料理の皿かわあり、それをまいらさんがワゴンに乗せ、一人一人にサーブしていくようだ。

 頻度からみて、たぶん同じ階の近くにエレベータみたいな装置があるんだろうな。

 

 御前様が何か話をしているが、昔の苦労話とかが中心で、この前の話とかぶるところもある。

 (まいらさんが、御前様は同じ話を繰り返すことがあると言ってたけど、こういうことか、と納得した。)

 でも、あたらしく耳にする話も多い。

 

 戦後の立ち上げ期のこととか。

 最初は農村で買い付けた闇米を売りさばくところから始まった、とか。

 近郊の農村だともう買い漁られててダメで、すごく辺鄙だったり閉鎖的だったりする集落に、拝み倒して買い付けにいったりもした。

 そのうち、不動産に手を出したとか。

 そして輸入輸出にたずさわり、商社を設立して財を成したとか。

 そんな話だ。

 戦後すぐの話とかは、きいてておもしろ怖い。

 買い付けた酒にメチル入りがまじってたりしたとか、結構洒落にならない話も。

 

「『バクダン』いうてね。ふっつーに混ざっとるんよ?

 あれ飲むと、目がいけんくなるけーのぉ。」

 

 わたしはこういうおじいさんの話、相手するのは結構好きだ。

 勉強にもなるし。

 伯父さんはときどき、おじいさんに振られて、おじいさんを補佐してきたときの話をしたりして、そんなときはふつうに人間味のある人っぽく思えた。

 手戸さんはあまり話に入ってこないで聞き入ってる。

 ただにこにこしながらうなずき、ときどきわたしに目をやってくる。

 

 そんなこんなで、デザートの皿まで来たときは、わたしは半ばまいらさんのさっきの妙な言動を忘れかけていた。

 ただ、わたしにデザート(ムースと、オレンジに似た紫色の皮の果物だった)を配膳するときの、まいらさんの手がわずかにためらいがちだったのに気付き。

 それでさっきの言葉が思い出された。

 

 きっと、料理長かだれかがいじわるをして、わたしの果物だけ何か細工をしたのかな。

 べろって舐めたりとか?

 じゃあ、苦手です、あるいはおなかいっぱいです、で乗り切ろうかな。

 そうわたしは思っていたけど。

 

「シドウさん。これ、美味しいです。

 食べる、是非!」

 

 手戸さんが、なぜか押してくるんだ。

 故郷の果物だと言ってる。故郷、どこなんだろう。

 おじいさんと伯父さんは、特に食べても食べなくてもいいよ、という感じ。

 手戸さん、わたしには好意ありげだと思ってたけど。

 実は、いじわるな料理長一派(わたしの妄想だけどね)なのかな。

 

「ごめんなさい。ちょっと結構おなかいっぱいで。」

 

 実際、コースはカジュアルフレンチっていうのかな。魚もあり、肉もあり、冷たいスープ(ヴィシソワーズっていうんだっけ)とすっごく美味しいパンもあり。

 結構、おなかはいっぱいになっていた。

 ムースも美味しそうだけど、紫色の実が入らないって言った以上、これもあきらめることになるのかな。

 

「本当に美味しいんです。――マイラ。」

 

「はいっ」

 

「食べるのが無理。だから、汁を。」

 

「え、ええ――」

 

「マイラ。できます、ね?

 絞る道具。借りて、来なさい。」

 

 まいらさんは、一礼してすぐ出て行った。

 さて、たしかに食べないほうがいい、って言われたけど。

 オレンジ(仮)は切られて持ってこられたが、おかわり用が籠に盛ってあり、その場で切ってサーブできる様子。

 切られて持ってきた方も、イタズラされた風でもない。

 普通に、伯父さんとかは食べてる。

 わざわざまいらさんが、わたしにイタズラされたオレンジ(仮)を置くとも思えない。

 うーん。アレルギーとかもわたしにはないし、大丈夫じゃないかな?

 

 ほどなくまいらさんが。

 スクウィーザーっていうんだっけ、なんかおおきなスプーンを2枚かさねて、先を蝶番でつなげたような構造で、その下の方のスプーン部分に果物を置いて上のスプーンとはさんで、ぎゅうって閉じて果汁を絞る道具。

 その道具と、グラスを持って現れた。

 

「ほら、これも!」

 

 手戸さんは、お代わり用のものも含めて、この場で目の前でオレンジみたいな実を全部絞るように、まいらさんに命じ。

 まいらさんは、命令にしたがって黙々と絞り作業を行う。

 結構な量が絞れた。

 

「問題、ないです。私、そしてみんなも、飲む。」

 

 人数分のグラスも配られた。どうみても拒否できない雰囲気に。

 手戸さんに、強く勧められて。

 ――こちらに部屋のすみのまいらさんから、気づかわしげな視線が来ている気がしたが。

 そのまいらさんのほうを、見るわけにいかず。

 わたしはごく少量だけ、口に含んだ。

 そのどこかなまめかしい味がする、とてもとても美味な果汁を。

 

 ――――――

 

 あれから特に、おかしなこともなく。

 昼食会は1時間半ほどでおわって、御前様は居室に戻り。

 わたしはいったん、応接室に戻った。

 

 手戸さんが、今日は疲れたでしょう、とまたわたしの額に自分の額を当ててこられたり。

 そして水晶球をまた取り出して、これ、きれいでしょう?なにか見えませんか?とか言うので、のぞきこんだりした。

 わたしはまた、あの謎のくらやみが見えるかな?と思って熱心にのぞきこんだけど、なにもみえなかった。

 手戸さんは、わたしがなにもみえないというと、ちょっと不思議そうだった。いや、見えるのは物理的にまわりの光の反射だけだから。

 でもその様子からすると、さっきみえたあのくらやみは、手戸さんがホログラム(?)か何かのしかけで映したんじゃないんだ。

 

 さてそのうち、帰れるかなと思っていたんだけど。

 なにかあわただしく行き来する音がして。

 数分後、深刻そうな様子で、施場の伯父さんと近知郎さんがやって来た。

 

「お帰りのことなのですが、――」

 

 なんでも帰り道の路肩に、一部、小規模の土砂崩れが発生していて。

 自動車での往来に不安があるらしい。

 危険なので、今日は帰らない方がいい、と言っている。

 そんな!

 

「どの規模なのか、よくわかりませんが。

 この前の台風で、すこし地盤がゆるんでるのかもしれません。」

 

 えー、こまるよ。

 わたしがもどらないと、千里がしなびてしまうし。

 明日、志野くんと約束しているんだ。

 だいたい、お泊りの服の替えなんて、持ってきてないし。

 そのわたしの困ったようすをみて、伯父さんがいう。

 

「どうでしょう。

 今日ですと、徒歩で山を越えることになります。

 最近は目撃されていませんが、危険な熊や野犬もこのあたりにはいます。

 ですから、今日は泊まったらいかがでしょうか。

 明日の朝までには、必ず状態を確認して、ご安全にご自宅にお送りします。

 お食事やお着替えなども、ご用意できます。

 弟さんには、お電話をいれてはいかがでしょうか。」

 

 まあ、千里も一晩くらいは大丈夫だろうけどな。実績あるし。

 明日、志野くんとちゃんと会えるかな。志野くんにも、このことは電話しておきたい。さとみんにも。

 

「わかりました。

 じゃあ、よろしくお願いします。お電話もお借りしたいです。」

 

 施場さんは、満足したようにゆっくり頷く。

 

「では、そのように。

 まいら、必要な手はずをととのえてください。」

 

 いつのまにか戻って控えていたまいらさんが、礼をする。

 そして施場さんは、出ていった。

 

 いつのまにか、ばらばらばらっと、大粒の雨が応接室の窓に打ち付けている。

 窓からみえる外は、雨で白くかすんでいて、気温も下がっている。

 たしかに、地盤がゆるんでもおかしくないくらいの雨だ。

 

「それじゃ、行こうか?」

 

 まいらさんが、わたしを案内して応接室からわたしに割り当てられた居室まで同行してくれる。

 プライベートゾーンに入るときには、鍵が必要だ。後で渡してくれると思う、とまいらさんは言っている。

 

「ごはんができたら、呼ぶわね。

 たぶん、うーん、ご一緒じゃないと思う。」

 

 昼食同様、御前様たちと一緒になるかもしれないけど。

 篠崎さんという、もう一人の特別奨学生がいたときは、まいらさんと篠崎さんは御前様の夕食の後に、一緒にまかないを食べていたそうだ。

 そういう話をしているまいらさんは、特に篠崎さんに思うところはないみたいだ。

 わたしが思ってたみたいに、仲が悪いということもないのかな?

 

 ただ、なんだか今のまいらさんは、わたしに。

 わずかな隔意というのか。

 けっして悪意ではないんだけど、どこか、――わたしとの会話をさけてるところがある。

 いや、会話をさけているんじゃない。何かの話題を、さけている。表面的にもりあがって、でも核心をさけてすべっていく会話。

 最初まいらさんに会ったときにはなかった、なにかをうかがう気配。

 これは。

 まいらさんの忠告にも関わらず、あの果物の汁をわたしが飲んでしまったことに関係するのだろうか?

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