タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
本編に一区切りついたら、登場人物の過去の話もちょこちょこ書き足したい気もします。
書きたいことをどの順序で書くか迷い、今回はあまり進められませんでした。
鷺沼記者視点→高木(志野の友人)視点です。
(第三者(多賀島毎日新聞記者、鷺沼健太*1)視点)
「よぉ、来たか。デスクに聞いたぞ。英雄じゃんな!」
「――ありがとうございます。」
新聞記者という仕事柄、警察や検察とのつきあいは必須だ。
こんなふうに、仕事上がりのときに呼ばれることも多い。
今日も、もう深夜だというのに、なにか盛り上がってる居酒屋の座敷に呼び出された。
新聞記者は、検事や警察との力関係ではどうしても下にまわる。
でもって折り合いが悪いと、いいオモチャとしていびられることも多い。
鷺沼の先に呼ばれて来てたらしい、今、ボウルで焼酎飲まされてる大手紙の記者みたいに。
ただ、鷺沼はまあまあこの親分肌の検事とは良好な関係だ。
しかも今日は、さらに好感度が上がっている、気がする。
「おらぁ、この英雄さんをみならわんかい?
おめぇんとこ、いつも好き放題まちがい書いときながら。
この肝心なときに、落としやがって。」
「すみませんっす!」
大手紙の若手(といっても30歳くらいだろうが)記者が、なんか無茶言われてる。
俺だって、あのネタ書けたのは偶然みたいなものなんだけどな、と鷺沼は思う。
「ほらよ、誠意を示してもらおうか?誠意を。」
「――はい。」
こんどはジョッキで、わさびを濃厚に溶かしたビール飲まされてるな。
うへえっとしかめてる顔に取り巻きがどっと笑ってる。
正直、あんまり好きな光景じゃない。
ただ、この大手紙のやりくちには好きになれないところがあるのは事実。
簡単にいえば取材が雑で、しかも記事が書けたら取材源を秘匿もせず放り散らかしてしまうのだ。
この前も、せっかく企業の不祥事の告発を受けていい記事にしたのに。
取材源をバラしてしまって、取材源が会社に解雇され、事態が泥沼化してた。
「よお、悪かったな。」
がっちりした体型の、司法試験を通ったインテリとは思えない獰猛な顔をした検事が近くに来いとさし招くので。
彼は近寄って、丁重にあいさつをする。
先に言ったとおり、情報をもらう側と独占的に提供する側。立場の強弱は明らかだ。
しかし検事はとぽとぽ、と手づからビールを注いでくれて。
鷺沼が杯を干すのを、好意的な目で見守る。
「――いい飲みっぷりじゃねえか。しかし、よくやれたな。」
「はい、警察・検察の方々のご助力のおかげだと思っています。」
地元の有力議員、
グレーな、あるいははっきりとダーティな筋が、この代議士に繋がっていることは捜査関係者にも知られていた。
ときに理不尽な圧力で捜査を断念させられるなどのこともあったと、聞いたことがある。
だが、巧妙につながりは偽装されていて、つけこめない。
検事たちにとって、とても目障りな存在だったことは想像に難くない。
その議員を綿密な取材で追い詰め、ついに議員辞職に追い込み。
参院選後にすっぱ抜いてやったのは、鷺沼とそのデスクだ。
それで警察も、動きやすくなった。
「おうよ。前々からどうにかしたいとは思ってたんだけどな。なかなか尻尾を掴めなかった。
息子の共済の放漫経営、そして経済犯罪ってところからやったってな。
本当に、たいした目のつけどころだし、いい度胸だ。」
「ありがとうございます。」
「新聞読んでな。あの、アメリカの禁酒法時代のシカゴの暗黒街のギャングの親玉。
あれを挙げたのは、酒の密造じゃなくて脱税の容疑でだった、って話を思い出したぞ*2。」
正直、過分な評価だ。
もっとも、検事が鷺沼の仕事を評価して、言外に感謝を伝えようとしている理由。
単に社会の悪を摘発して警察の仕事を助けた、というだけではないのだろう。
しばらく前に連続して発生していた、女性風俗店員などへの殺人事件、殺人未遂事件。
警察や司法機関は、白昼堂々となされた犯行にもかかわらず、その犯人を捕まえることができていない。
犯人に関する生き残った被害者の証言、目撃者の証言がばらばらなのだ。
体液や足跡までのこされていたというのに、まだ犯人の目星すらついていない。
ここ最近は、犯人は影を潜めていて、新しい事件は起きていないものの、警察への圧力が強まっていた。
この警察への不満感、その一連の事件だけで生じたものではない。
1年ほど前に東京で発覚した、別の連続強姦殺人事件。別名、平成の切り裂きジャック事件。
下は中高生から上は40代くらいまでの女性が、犠牲者になった事件。
犠牲者は、いずれも生存中にはおぞましい拷問を受けたものと推測されるが。
死体はバラバラにされ、体の断片や、臓器の一部しかみつからず。
おそらくは一部は食したのであろう、と推測されている。
結局遺体の復元はおろか、殺害手段の立証すらも困難なほどに物証が乏しい。
犯行の一部がビデオテープで録画されて残されていたため、それとわかったのだ。
この犯人はたまたま最後の犠牲者の家から死体を詰めたスーツケースを持ち出そうとしていたところを不審に思った隣人に通報され、警官が一時は職質までかけていながら取り逃がしてしまった。
その後、逃走し、所在がつかめていない。
一時期、多賀島市近辺でも目撃情報があり。
現在も多賀島に潜伏しているのではないか、と市民の不安が高まっていたのだ。
それ以外にもいくつかの未解決事件があったりして、多賀島では警察に対する風当たりが強くなっていた。
そこに、新聞社と協力しての葉良議員の犯罪の摘発・逮捕で、警察も職務を果たしていることを示すことができ。
世間の不満のガス抜きにもなったし、一部の未解決事件の糸口も見つけることができた。
それについて、この検事は謝意を示しているのだろう。
もっとも、鷺沼としてはまだやりのこしたことがある、という思いがある。
たとえば彼とデスクは、結局、彼が本命と考えたリトルウィッチ関係の疑惑を報じることはできなかった。
また、多賀島の暗黒部にあるとされる、人身売買組織との関連なども。
これらは、今後の捜査を待つことになるだろう。そのことに忸怩たる思いはある。
ただ繰り返すように、共済の方だけでも十分な戦果があった。
証拠を突きつけられ、問い詰められた葉良議員は、辞職し、自首すること、捜査にも協力することの代わりに参議院選挙の後に報道を伸ばしてもらうよう懇願し。
警察との協議を経て、政治的中立性や証拠固めを重視したデスクの政治的判断もあり。
報道は、選挙後とされた。しかしそれでも、かなりの特ダネであり。
また別件捜査を進めるなかで、別の重要事件の解決の糸口も発見され、そのことが報道されて警察は面目を回復できた。
これらの動きのキーマンとなった鷺沼への評価も、高まっている。
社内の評価はもちろん、こうした外での評価も。
市民からの投書などにも、好意的な反応が多いと伝えられた。
別に名誉や栄達を求めて新聞記者になったわけじゃないが、自分の働きが評価されるのはうれしい。
だが今回は、単なる言葉での謝意のためだけに呼び出されたわけでもなかったようだ。
ひとしきり、共済絡みの事件のことを話した後。
漏れ聞かれないよう声を潜めて、検事は彼にどんぐりまなこを据えてささやいてきた。
察しのよい部下たちは、彼らに内緒話をさせるべく、別の方に関心を向けることにしたらしく。
もう一人の記者まわりで、盛り上がっているようだ。
「それでな。――あの、前訊いてきた、失踪者のことな?」
一度彼は、先輩の浦和先生に示唆されて。
多賀島市やその近辺での家庭崩壊に伴う失踪者について、この検事にも聞いてみたことがあった。
そのときには検事も情報を持っておらず、流されてしまったが。
なぜかまだ覚えていて、調べていてくれたらしい。
葉良議員の件についての、お礼の意味もあるのだろう。
「――樋木崎渓谷ですか?」
「ああ、知ってるだろ?ほらよ、谷津崎グループのご隠居の別荘地。」
検事が言うには。
バブル経済の破裂により、この県に限らず、一家の大黒柱が折れて崩壊する家庭等は増加している。
それに伴い増加した失踪者を、ある程度調べてみた。
中には、遠い地の親戚に引き取られたりした者もいるし、芳しからぬ稼業に沈められた者もいる。
それらはまあ、こういってはなんだが同情すべきだがありうること。他県でも同様のケースはみられる。
ただ、失踪者のうち、幾組か。相対的には少ないが、無視できるほどでもない件数。
それらの失踪者を、樋木崎渓谷の谷津崎グループの所有する別荘地で見たという情報があったらしい。
「
ある手真似をしてみせ、唇に指を当ててみせる。
とある治安維持の政府組織、か。まあ予想はつく。
「言いません。」
実際、鷺沼は口は固い。検事のどんぐり眼をしっかり見返して頷き、深く頭を下げる。
検事もそれをみてとって、鬼瓦に似たいかつい顔をほころばせる。
そうすると、意外に人好きのする笑顔になるのだ。
取り巻きたちは今は、もう一人の記者いじりに注意を惹かれてる。
居酒屋は喧騒に満ちていて、検事と彼の会話は誰も聞いていない。
それを確かめて、検事はさらに一言、加えた。
「それとな。あー、これは言ってもしかたねえことかもしれねえんだがな。」
検事はちょっと深酒になってしまっているのか、少し据わった目を瞬かせて言う。
「もし。探るつもりならな、気をつけろ?身辺な?」
――嗅ぎまわるときな。身元を隠して、あまり素性をつかませない方がいいかもしれん。
わかっとるわい、無理な話なんやけどな。
検事はそう言って。
「この失踪者の件。あの『小さい魔女』。――あれとタメ張るくらいの厄ネタかもしれんぞ。」
その後は、その話は終わり、と分かるように話題を変えた。
鷺沼も、今日、聞き出せるのはここまでだろう、と見てとって、丁重に礼を言って末座に戻り。
いじられてたもう一人の記者を救い出して、多少の恩を売り。
深夜の〆のラーメンまで検事たちにつきあい、その日はふらつく足取りで自宅のアパートに帰った。
――――――
その翌日の、土曜日のこと。
そんな前夜のいきさつもあり。
事前のアポもないから無理かな、と思いながらも。
彼、鷺沼健太は多賀島中央高校に車を走らせた。
あの記事を書くことになった契機となった彼にお礼を一言、伝えられたらいい。
そうでなくても、浦和先生がいたらちょっとだけ会って話したい。
そういう動機だった。
土曜日の午後という、中途半端な時刻。部活が終わり、帰り始めている生徒たちの様子。
ラケットケースを背負い、日焼けした運動部の女子生徒たちの集団が、さざめきながら校門付近で手を振って別れていく。
そんな中で、スーツケースを持ってどこかに行こうとしている、その少年。
いつぞやの文化祭で、葉良議員をこてんぱんにやり込めていた志野少年を偶然つかまえることができたのは、僥倖だったのかもしれない。
車から声を掛けると、警戒した様子だったが。
どこかに行きたそうな風情に、その足となることを申し出て。
名前等を出さない代わりに話を聞きたい、と伝えると、意外に素直に取引に応じてくれた。
「それで。あの件では、いろいろと教えてくれてありがとう。」
「いえ、こちらも父から聞いた話をお伝えしただけですので。」
志野少年は、ちょっと緊張しながら答える。
そして、逆に記事としてくれたこと、名前等を伏せてくれたことなどについて、謝意を述べられる。
当然のことなんだがな。なんだかむずかゆい。
「これから多賀島大学、って。何かあるの?」
「いえ、これを返しに行って。そして、それと別にちょっと聞いてみたいことがあるだけです。」
彼は鷺沼が足になってくれるつもりだと知ると。
ちょっと申し訳なさそうにしながらも、いろいろとタクシー代わりに使い始めた。意外に面の皮が厚い。
まあいいか。
この少年。浦和先生の教え子だし、何より葉良議員の関係では、恩もある。
多賀島大学の研究室も訪れるみたいだし、この際、くっついていって取材してみるのも悪くない。
前々から、地元大学に脚光を当てた記事を書いてみたいと思っていたのだ。
なにより、この少年自身に興味がある。
この少年、典型的な高校生とは言い難いが、高校生の視点も知ってみたい。
そんな気持ちから、彼は快くドライバーとなることを承諾し。
少年にくっついて、その指示どおりに車を走らせ始めた。。
――――
――――
(第三者(高木視点))
「――それでさ。今度、大会があるみたいで、――」
学校の帰り道。
彼、高木と青山は、たまたま帰り道に同じクラスの女子2人と一緒に帰ることになって。
駅までたらたら歩いてる。
うるさいセミの声。
焼けつくような直射日光からのがれて、沿道の公園のプラタナスの日蔭に入ると、一陣の風。
「うわー、ほんと暑かった。今年暑すぎ、マジ死ぬよねー。」
「だよね。真っ黒になりそう。」
隣を歩く女の子と目を合わせて、笑い交わす。
パタパタとハンカチで首元を拭きながら、こっちによこす無邪気そうな笑み。
思わず、心臓がぎゅっとしてしまう。
さすがに4人、横に並ぶと迷惑なので。
表通りじゃなくて、一つ入った通りで、前に青山と烏丸という少女、後ろに彼と鶴見という少女が並んで歩いてる状態。
青山と烏丸さんはどっちも頭も性格も良い。正直、お似合いだと思う。
そして青山が好きなのは、この小柄ながらパワフルな女の子、烏丸さんだと彼は知ってる。
――青山は調布さんのことが好きなんじゃないか、って一度志野っちが心配してたな。
そんなわけ、ねーのに。
ここにいない彼の友人は、いろいろすごいのだが、どこかそういう対人関係とに疎いところがあった。
なんだか、ときどきそうなのだ。
変なところで自己評価が低くて、他人の自分に対する好意に鈍感だったりする。
その割に、決して手あたり次第ってわけじゃないんだろうけど。
公式カップルと目されてる紫藤だけでなく、あの調布さんともなんかラブラブな雰囲気を漂わせてたりする。
信じられないことに、どっちかというと調布さんが積極的らしい。あのつい最近まで、男嫌いで有名だった調布さんが。
しかも調布さんと紫藤さんとは仲がいい親友同士。いったいあの不器用男が、どうやってうまくバランスとってるんだろうか。
――まあ、俺も得意なわけじゃないけどな。
そう思いながら、横の彼の思い人との会話に意識を戻す。
背は高め、それとわかる大きな胸、母性的な包容力。
ちょっとエキゾチックというか、南方系の目のぱっちりした感じ。
とびぬけて頭が良いってわけじゃないけど、明るい人柄。
気がつくと、その笑顔にどうしようもなく惹かれてしまっていた。
だからわかる。最近、何か悩んでることがあるってことを。
特に土曜日だ。それも、1か月ちょっとくらい前から。
どこか憂鬱そうにしてる。今日も、一人のときに。
そのことには、たぶん彼しかまだ気づいていないように思う。
――でもな。俺って、なんにも力がないしな。
一度婉曲に聞いてみたけれど、はぐらかされた。
余計なお世話って思われただろうか、と彼も落ち込んだ。
それに悩みを聞いても、おそらく彼には何もできないことだろう。それもわかってる。
――勉強とかの悩みじゃ、なさそうなんだよな。
クラスの中での人間関係でもない、と彼は思う。
クラスメイトとはたいてい一緒だし、楽しそうにしてる。土曜日でも。
でも一人でいるときに、妙に落ち込んだ雰囲気を漂わせることがあるのだ。
自分の無力を、恨めしく思う。
せめて、悩みを知りたい。彼自身は、知っても何もできないかもしれないが、――
――志野っちとかの力、借りれないかな。あるいは、志野っちを通じて調布さんとかに。
はっきり言って、彼の友人、志野は変人だと思う。
決して人間関係、うまくやる方じゃない。自分も、少し前までいけ好かない奴と思ってた。
不器用だし、誤解されやすい。でも、本当は良い奴だし、変な行動力がある。
期待しているのは、あの妙な行動力、突破力。
なんか議員をやりこめた文化祭のときの情景が、目に浮かぶ。
あれがきっかけであの議員が辞職したらしい、なんてうわさまで流れてる。まあそれは誇張にせよ、あのすごい怖そうな議員へ丁々発止と応対してた様子を、彼も途中からみていた。
――今まであいつ、忙しそうだったけどな。
でも、補習期間になって少しは暇ができたんじゃないか?
こんど、相談してみよう。善は急げだな。
彼は、そう思いながら。
この、今は。
自分の思いを知らない片思いの相手とひとときを共有する、ほのかに甘い痛みに浸った。