タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
細部や章タイトルなどなど、後で修正の可能性があります。
188(仮)剣の僧正(1)(志)
紫藤は、ホストファミリーとの昼食会に行くことになり。
しかも調布と国領は、ふい、といなくなってしまった。
ぼっちの午後だ。
これ、考えないようにしてるけど、僕を疎んじてる国領の意趣返しかな?
調布を誘って、僕をハブってるとか。
国領に嫌われるのは、――まあ、仕方ないのか。心臓がきゅうっとするけど。
でも、もし調布も、と思うと。
心臓が、鉛になる感じがする。
なんだかもう、死にたいくらい落ち込んじゃう。
だから考えない。考えないんだっ。
(だけど、すごく心細い。それほど僕はいろんなことで調布に依存しきってる気がする。)
未練がましく調布の姿を視野に探しながら。
今日は、普通に高木たちと行動を共にすることにする。
ともかく、まるまる午後が空いた。
僕はお昼ごはんを高木たちと食べて、カラ元気で高校生らしく馬鹿話して騒いで。
みんな三々五々、それぞれの部活やなんかで散り散りになり。
僕はときどき現れる珍獣に向けられるような視線を受けながら、卓球部の練習に参加した。
ただ1年生からは、なにがしかの尊敬の視線。まあ、たまたま大会で好成績だったからね。
引退しちゃう3年生はほとんど来てない。ほとんど1年と2年だけ。代替わりが終わった感じだ。
その後。
かなり早めに部活の練習も終わった、僕は。
いったん、僕たちの仮部室に行くことにした。
もしかすると調布が、そこで待っててくれるかも、あるいは来てくれるかも。
そう、思ったんだ。
夏の日の午後。
北西向きとはいえ、空調のない教室の部屋は思ったより暑い。
卓球部は温い部だから、練習時間も短くて早く終わってる。
だけど、もっとガチな部活はもう少し長い。少し休みながら待とうか、と思った。
調布に会いたいなら、いっそ、調布たちの部活(美術部だっけ)の方に行けばいいじゃん、って?
いや、そんな度胸ないっすよ。下手するとみんなの前で無視されたりするかもしれない。
まあそれでもいいんだけどな。部外者がくると調布たちも迷惑に思うだろうし。気難しい芸術家肌の部員がいたりとか。
だから、他のぬるめの部活が終わる3時すぎくらいまで、ここで待とうと思った。
そして僕は、ここに持ってきてあった空のスーツケースをみて。
もし調布たちに会えなかったら、このスーツケースを多賀島大学に返しにいこうと思い立った。
いつぞや多賀島大学に見学にいったときに、パンフレットを運ぶために貸してもらったスーツケースだ。
その後、調布の元カレ(彼のことを、そういえば忘れてた。調布から詳しい話も聞いてない)が調布を誘拐するのに使ったのと、同じタイプのもの(そういえば、あっちのスーツケースは調布が持ってるのかな?)。
少なくとも大学から借りた方のは、大学に返さないといけない。
いつでもいいですよー、と事務の人は言ってたけど、あげますよー、などとは言ってなかった。
だから、時間があるときに返しに行こう、と思ってたんだ。
そのスーツケース、開かずの部屋の資料を家に持ち帰るのに使った後、いつか機を見て返そうと思って、部室に持ってきておいたんだ。
時間のあいてる今日は、ちょうどいい。
すぐ出られるようにして、僕はちょっとソファでうとうとする。
最初は普通に座ってたんだけど、ちょっぴり暑いけど開けた窓を吹き抜ける風が心地よくて。
部活をしてる男の子たち、女の子たちの声が、遠くを流れ。
いつのまにか、僕はソファに横になり。
半分寝ていて、半分意識があるようなまどろみ状態になっていた。
だれかがカラカラ、と引き戸を開けるのを聞きながらも。
ぼくはなまあたたかい惰眠を、むさぼり続けていた。
―――――
さらさら、と頭を撫でる手。
あれ、誰だろう。調布でも、国領でもない。紫藤がいるはずはないけど、――。
あの部長さん?いや違うな。匂いが違う。っていうか、匂いがない。
「きっと、――なのですね。話せる人、限られてる傾向があるのですよ。」
どさくさにまぎれて頬を柔らかい太腿に擦りつけると、くすぐったそうに僕を膝枕している誰かが動きながら、そんなことを言ってる。
そうだよ、波長の合う友達は貴重だよね。
「――そうなんだ。僕以外は、どんな人なんだろう?」
それにしても、僕以外とも話してるのか。ふうん。
なんだか軽く嫉妬というか不満を覚えて、そう思う。
っていうかこの子、誰だっけ。
目を開けて確かめればいいだけなのだけれども、妙な心地よさをくずしたくなくて、僕はなお半ば微睡んでいる状態にとどまっている。
「ええ、いろんなタイプの人がいましたよ?
元気な男の子もいれば、おしとやかな女の子も。ええ、『おたく』な感じの子も、そうでない子も。
別に、友達少なくないのですよ?あなたとは違うのです。
それはともかく。
何か、困ってるんですか?」
この前。
困ったことがあったらお手伝いしてあげましょう、と言ったつもりだったのですが。覚えてないのですか?
本当は、この前も手伝ってあげたのですよ。気づきましたか。気づかなかった?
薄情ですね。
うん、なんだか僕はやいやい責められてる。
頼ってくれないのは、不満なことらしい。
言葉のはしばしに、微妙なトゲがある。
「ごめん、ごめんよ。でも、どういうことを頼めばいいかわからなくて。」
これは、本当のことだ。
だいたい僕は、この子が誰なのかも知らない。
女の子なのかな。多分そうだと思うけど。
「ええ、いろんなことができますよ。
ほら、『
ただ、だんだん、最近20年くらいは、ちょっと、――のせいで、――できる時間が、――、空間も、――」
なんだか言ってるな。
この子はこの子で、困ってることがあるみたいだ。
僕、なんかしてあげられないかな。
難しいことなら別だけどさ。お礼したいし。どう?
「そうですね、難しいと思います。
でも、お気持ちはありがたく受け取っておきますね。
そもそもあなたにどうにかできる話じゃ、ないのですよ。だいたい、――。」
――エネルギー保存の法則という法則がありますよね。
ほら、水車とか。
水が高いところから流れ落ちて位置エネルギーを失う、その分のエネルギーを水車の動力として回収していますよね。
あれと同じような法則は、――にもあるわけです。だから、弊○は、――
――が変化するエネルギー。それを観測して、回収して、――
ええ、ただ最近1、2ヶ月くらいは、なぜかすごく好転して。
――なのですよ。でも長期的には、――。だから、このままだと、――
そう熱弁する彼女(彼?)の声が、つるんつるんと脳のシナプスにひっかかりもせずに流れていく。
うん、君。説明がヘタクソだって言われたことないかな。
何か一生懸命に説明してくれてるみたいだけど。高度難解無味乾燥すぎて、僕には半分くらいもわからないよ。
ただ、力を貸してくれそうなことはわかった。
どれくらいのことができるのかな。
「だから、いろいろできるのですよ。
ほら、忙しいのでしたら。
たとえば、あなたの――を、―――して、――させる、みたいなこともできるのですよ。」
――え?ほんと?すごいじゃん!
「ふふふ、すごいでしょう。」
声が、得意そうになってる。かわいい。
でも、無理もない。そんなことできるなんて、すごい!
僕は夢うつつながら興奮し(?)、なおも質問を重ねる。
――それってでもさ、ただの、――?
えーと、その、――や――とかは?
「――や――は、―――ですね。
まったく遮断することも、フルに――することもできますよ。
もちろん、『できる』といっても。
使いこなせるかどうかは、別の話ですよ?
夢の中、特有の。
論理がつながってないけど、つながってる感じじゃなくて。
ちゃんとつながってるような気がする説明を、彼女(彼?)はしてくれる。
ただ、夢うつつの脳には引っかからない。
――でも。
失敗すれば、脳が過負荷で焼き切れるかもしれませんよ?
そう、彼女(彼?)が言う。副脳があるのならどうとかこうとか。
何をいまさら。いいんだよそんなこと。
だって、それができれば、さ、――。
僕は、半覚醒状態でごくりと唾を飲む。
――うん、活用したい。
すごくたくさんのことが、できそうな気がする!
いや、夢の一つだったんだよ。
ただ、今じゃなくていいや。まだ早い。
でもさ、ちょっと余裕ができたら。是非お願いしたいんだけどさ。
もしお願いするときは、どうすればいい!?
「じゃあそのときは、一言、言ってくださればいいですよ。
『○○○○○、お前の力が必要だ。』と。
ただ、あなたの――を、その取引材料として、―――」
――わかった! そうするよ。お話ししたいときは、ここにくればいいのかな?
それと。――については、先渡ししといてもいい。
だってさ。さっきの話。さすがに瞬時は、無理だよね。
時間が必要なんだよね?
「確かに、時間があったほうがいいです。
まあ、瞬時でも無理すれば、なんとかごまかせるくらいなら。でも、完成度がぜんぜん違います。
だから、時間があればそのほうが。せめて2週間くらい。
え?ええ、そうですか。好感触ですね。私も、久しぶりのことですよ。
じゃあ、ちょっと失礼して、――」
指なのか、牙なのか、注射針みたいな道具なのか。
よくわからないけど、首筋に軽い感触があり。
おそらく、採血された。ちゅうっ。
「それでは。
――ありがとう!
そういえば。
そういう君は、いったい、だれだっけ?
「あれ、ちょうどいい時間ですね。
では、私はこれで。」
穏やかに、でも断固として僕の頭がおろされ。
誰かが立ち上がる。さらさらとする衣擦れの音。
わからないけど、多分、女子の制服?
僕は体のすべての力が抜けて、その場に横たわっている。
部屋の扉が閉じる音を聞き、ようやく動けるようになる。
頭も、すこしはっきりしてくる。
あれ。いったい僕、なにをしたんだっけ。
口車に乗って、なにか大変なことをした気がしてきたぞ。
そう思う。急に不安になってくる。
首筋を触ると、かすかに膨らんだところがある。蚊にさされた?
それ以外は、特に問題はない。
微睡んでいたのは、わずかな時間だと思うけど、疲れが取れてる。
それにしても、なんだったんだろう。
話してるときは、すごくいいアイデアだと思ったんだけどな。
さて。
時計をみる。
他の部活の練習が、もう終わるころだ(もちろん野球部とかガチの部活は、まだまだまだまだ、暗くなるまでやってるみたいだけれど)。
調布たちは結局、来ないのかな。
しばらく待つが、人は来ない。
ため息をつき、僕は窓を閉めて戸締りし。
大学に帰すスーツケースを持ち、階段を降り始める。
やっぱり、大学にスーツケース返すだけにしとこうかな。
本当は、研究室に行ってみたかったんだけど。
ちょっと調べたい、研究してる人に聞きたいことがある。
あの竜神様のことだ。
竜神様が爬虫類なのか両生類なのか頭足類なのかすら、わからない。
(分類的には頭足類になるんだろうか。でもなんか、爬虫類っぽい感じもするんだ。)
まあ、この世界の動物ではないかもしれないから、考えるだけ無駄かもしれない。
ただ、彼(あるいは彼女)と僕たちには、共通要素が非常に多い。種族も違うのに。
あのおかしなテレパシーみたいなので、意思疎通できるのがその一つ。
言語の根幹をなすある種の論理的思考みたいなのは、種族が違っても共通なのだとは思う。
高等な類人猿、チンパンジーやボノボは手話を使えるようになる個体もいるという話を、聞いたことがあるし。
犬や馬も、五歳児くらいの知能を持ってると聞く(僕の感覚だと、犬なんかもっとかしこい気がする)。
だが、言葉をかわすみたいに意思疎通するためには、その思考プロトコル自体は、共通でないと無理なはずだ。
あの竜神は、いったいどうしてあんなに人間に近い思考回路を持ってるんだろう。
生物学的にみても竜神様は、人間に近い、――のかな?
チンパンジーと人間とは、96~98%くらいゲノムが共通だと聞いたことがある。
でも、チンパンジーと人とは、交雑ができないと考えられてる。
あの竜神様は、交雑できるんだよな。チンパンジーなんかより、人に近いのか?
まさかな。
竜神の繁殖形態、たぶん遺伝子を交換して子を成すというより、寄生に近い気がする。ほら、クモとかに寄生バチがタマゴを産みつける感じ。
だって国領も、あそこを守ったら有無を言わされずお尻をやられた、って言ってた。
竜神様が変態でなければ、お尻の方でも繁殖できる、ってことなんだろう。
だったら、遺伝子は別に大きく違ってることもありうるわけだ。
さて。
そう考えながら、部室に持ってきてあった空のスーツケースを持って出て。
校門を出て、バス停に向かおうとしてたとき。
なんか道端に停車してた、かっこいい2ドアオープントップのスポーツカーに乗った人に声を掛けられた。
うわっと思ったけど、あの新聞記者さんだった。
いつか文化祭のときに一役買ってもらった、あの記者さん。名前はたしか、鷺沼さん。
なんでも、僕の話を聞きたいとのこと。
数日前に、ようやくあの議員さんのスキャンダル記事が出たところだ。
正史よりも早く、全国紙の毎朝新聞じゃなくて、地方紙である多賀島毎日新聞で。
その後大手紙ももちろん追随して、議員さんフルボッコ。テレビでも全国版ニュース。
なにやら談合とかの後ろ暗いつながりも暴かれ、しかも一部の暴力事件や殺人事件にもかかわりがあったらしい。
結構ヤバい人だったんだな。
議員さんが、本気で僕をコロコロしようとしたら?と思うと肝が冷える。
(もっとも、かかわりがあるといっても、本人が手を下したとかじゃなくて、別件で貸し借りがある団体に所属する、殺人事件の容疑者の犯人隠避とか、もみ消し依頼を受けて圧力かけてたとかの、間接的なかかわりらしい。)
僕もいろいろ記者さんから話を聞きたかったので、同乗して、申し訳ないがタクシー代わりに使うことにした。
マニュアル車で、乗り出すと加速が気持ちいい。
車はユ○ノス・ロ○ドスター。
鷺沼さんという記者さんは、僕に謝意を述べて。
それとなく鎌をかけてくるけど、全部かわした。
もっとも記者さんも、僕がまともに答えるなんて思ってなかったみたいで、苦笑いしてたけど。
むしろ、これから僕が何をしたいのか、ということを熱心に聞きたがってる。
「うーん。そうですね。」
これから、か。
本当にやりたいのは、紫藤の運命を変えること、変えきること。
ただ、そんなことは言えないので、適当にぼかして話す。
ええ、気になる女の子がいまして。はい。
できれば、えーと。ずっと仲良く親密になりたいんです。
その手段として、勉強もしたいです。お金も稼ぎたいです。
え?ええ、その。はい、ふたりか3人くらい。
なんかそんな風に、へどもどと言う。
「ふむ。要するに、ハーレムを築きたいからお金が必要、だから勉強してるんだと。」
「いや、違うんですっ。」
だから、その、同級生がかわいくて。ちょっと将来を考えてて。
「でも、2人3人、いるんだ。」
ええ、まあ。ちょっと迷ってて。
「うーん、刺されないようにね。気をつけてね。」
そういえば、記者さんは?
「はは、そうだね。忙しいけど、いつかは。」
苦笑いを浮かべてる。
浦和先生とか、どうでしょうか。あの先生、すごくいい人ですよ。
ええ、それに。ほら、なんだかそそるっていうか。
「あはは、そうだね。がんばってみようかな。」
記者さんの苦笑が、深くなった。
この記者さんのことを、一回目の世界では僕は覚えていない。
だけど、どうみても優良株だよね。
しかもこの記者さんは、コミュ力高いし野心もあるみたいだけど、基本的な人の好さみたいなのがある。
僕はマスコミ関係の人とかは苦手だけど(あいつら言ってることとやってること違うし、裏切るし。1回目の世界での勤務先のスキャンダル対応で好き放題書かれてほとほと嫌になったよ)、その僕ですら好感を持ってしまう。
浦和先生とかとくっつけばいいのに。
浦和先生、あのきりっとしてみせるところとか。調布と少し似ててかわいい。
ちょっと潔癖ぎみだけど、そこもいい。叱られるとぞくぞくする。
「いや、それもだけど、それじゃなくて。
これから、多賀島大学に行く理由だよ。
その、ご自宅かな?それをわざわざ取りに帰ってまで。」
「このスーツケース返さないといけないんです。
あと、少し聞いてみたい話があるからなんです。」
記者さんには悪いけど、僕は2番目の信号あたりで、方向転換してもらい。
一度日陰谷の家の近くに寄ってもらって。
冷凍庫に冷やしていた、あの竜神の胎芽の組織の一部を持ってきた。
その間、研究室に行きたいと聞いた記者さんが、如才なく電話を先にかけてくれてた。
すごい。高校生がふらっと行くだけじゃダメかもとおもってたけど、記者さんはなんとかねじ込めたりするらしい。
大学のちょっと偉い人と面識があるらしく、暇な研究室に当たりを付けてもらってるようだ。
なんだか、望みがでてきたぞ。
僕が研究室に行きたい理由。それは、この断片を調べたいというのが一つの理由だ。
分析とか頼めるかわからない。
記者さんが対応してくれる研究室があると言っていたけど、話をきくのはともかく。
忙しいだろうから、これ、この破片についてまともに相手してくれないだろうことはわかってる。
でも、これが生物なのかどうなのか、くらいは知りたいんだ。
ちなみに、
竜神は長くあの地で暮らしてて、村人たちとも共存してた。
竜神娘のケース以外には、おかしな病気とかもなさげだ。
だから、ごく一般的なコメントだけでも知りたい。
僕も破片を顕微鏡で眺めてみたけどさ、どっか変かとか、毒性あるかとか全然わからなかったから。
ちなみに恐れ知らずにも、つかまえたオサムシに断片を食わせてみたけど。
超強力なオサムシとかウロコつきオサムシとかには、進化しなかった。
ただ元気に動いてたから、毒ではないんだろう。
———————
スーツケースの返却は、すぐに終わった。はい、ありがとね、って感じ。
研究室の方も、なぜか驚くくらいするすると進んで。
以前、僕のクラスの有志が大学訪問したとき会った、あのちょっと調布にも似た感じの、クール系美人さんの学部生。大村先輩、っていうらしいけど。
その大村先輩*1の所属する、同じ研究室が、今日も僕らに対応してくれて。
しかも大村先輩も、僕を覚えててくれてて。
あらあ、みたいな感じで、研究室の主任の先生との話にも同席してくれた。
この研究室、主任の先生が退官間近で、なんというかもう余生モードに入ってるのが良かったのかもしれない。
一新聞記者や一高校生の言うことを、ほうほうと怒るでもなく聞いてくれて。
正式依頼とかじゃなく、学部生さんを通じてのお願いみたいな感じで、軽く検査してもらえることになった。
まあ、いろいろ軽く確かめる程度。まさか彼らは、僕がこれを食べる気でいるなんて思ってない。
いや、僕も食べるのは最後の手段だよ。ウロコ怖いし、人間やめたくないし。
流れで、僕たち(僕と鷺沼記者)は、先生や、その場にいた研究室の学生さんたちをまじえてかるくお茶会みたいなのをすることに。
先生は水生生物専門で、養殖関係とかも研究してたみたいだ。ときおり口を挟むけど、基本ニコニコしながら僕たちの話を聞いてる。
学部生さん(大村さん)は、かなりできる感じ。ちょっと異色な感じだけど、「匂い」の研究をしようと思ってるみたいだ。
「最初は、化粧品とかの開発職とかいいかもなー、くらいの考えで。」
就職を考えて、そんなことを想定してたらしい。
ただ、そんな就職先は多くない。地方国立大学からの就職も難しい。
匂いの研究といっても幅広い。つぎに共感覚とかをやろうか(においをかぐと、特定の色を連想するとか)から、クロスモーダル知覚(ある知覚が、他の知覚に影響するとか)など、いろいろ目移りするうちに、この研究室になってしまったとか。
「今は、全然ちがって。
魚とかエビとか、ウニとかを引き寄せる匂いの研究とか。」
「ウニって、嗅覚あるんですか?」
「ゲノムからは、嗅覚関連の遺伝子も見つかるみたいなの*2。脳がないから、人間とは全然違う感覚なんだろうけど、平衡感覚の遺伝子とか、光とかの感覚に関する遺伝子もみつかるみたいなのね。」
「ふーむ。」
いろいろサンプルの匂いも嗅がせてもらう。僕たちにはちょい苦手な匂いでも、特定の動物を惹きつけることもあるし、その逆もあるみたいだ。
誘引する匂いの方が有用性が高そうだが、忌避する匂いや、場合によっては有害な匂いも有用性がありうるらしい。
食害が問題となる動物への忌避剤に使えたり、クローブオイル(オイゲノール)みたいに魚や甲殻類の麻酔剤に使えたりとか。
そういえば特定の人間を惹きつける匂いとかもあるんじゃないかな。
あの、女の子に近くに寄った時に感じる、甘い匂い。
何も香水らしいものはつけてない紫藤からも、ごくごくかすかに漂う匂い。
あれ、なんだろうな。フェロモンってやつなのかな。
さすがに口にだすと変態チックなので、僕はその疑問を胸の中に閉じ込めた。
ひとしきりお話を聞いて、お礼を言って。
記者さんは、記事にする許可を求めてる。さすがだね、どこらへんに記事のタネを見つけたんだろう。
見送ってもらって、研究棟から少し歩き、来訪者用駐車場に停めてある自動車に向かう。
楠の木立から、セミの声のシャワー。
記者さんは、たぶん社交辞令も少し混ざってるんだろうと思うけど。
久しぶりにアカデミックな場所に戻って話を聞いてみて、楽しかったと言ってる。
実際、結構すっきりした表情だ。
何か有用な情報が、わかったのかな?
「よかったら家まで送っていくけど。何か食べてかない?」
「えーと。実は自転車が高校にありまして。だから高校まで、いいですか。あ。」
そうだ。高校に戻るのなら。
良かったら浦和先生、誘ったらどうですか。
忙しすぎるみたいで、少し仕事から引きはがしてあげた方がいいと思います。
そう勧めると、うぐっという顔をしてた。
浦和先生とは、仲がいいんじゃないのかな?
でも空気を読まず押してみて、なんだか目をしぱしぱさせててたけれど。
僕の勧めに従って、浦和先生を誘ってみることに決めたらしい。
なんだか僕の方を捨てられる子犬のような顔で見てたけど、リアル充実の大人なんだし、大丈夫だよね。
帰りの自動車で、話が途切れたとき。
僕はもうひとつ、気になってることを訊いた。
「あのしばらく前にあった、繁華街の連続殺人事件ですが、――」
あの、筋肉男のことだ。
警察は容疑者を絞れてない、って、このまえアキさんたちが言ってた。
「あれか。
ここしばらくは、途切れてるね。」
鷺沼記者さんは、警察にも知り合いが多いらしい。
そこからの情報では、あの一連の事件、迷宮入りの色合いを強めてるとか。
生存した被害者や目撃者の証言が、とにかくバラバラなんだそうだ(これは、アキさんから聞いたこととも一致する)。
男性で、背が高い筋肉質の男らしいというところまでは一致するんだけど、その先が目撃者によって違う。
ボルゾイのように引き絞られたボクサータイプの男なのか、縦横均整の取れた体つきなのか、千代○富士みたいに脂肪もほどよくついた巨人なのか。
ましてや顔については、全く一致しない。
「だから全部別々の犯行か、というとおそらくそうじゃないんだよね。」
いくつかの事件現場では、体液も残されていたらしい。それで同一犯だとはわかったらしいが、突き止められていない。
監視カメラなどそこらへんにあるわけじゃない。
また、僕の1回目の生の終わりごろみたいに、簡単に解像度の高い写真が撮れる携帯電話なんて普及してない。
決め手になる証拠映像みたいなのは、ないらしい。
「記者さんだから言いますが、僕、そのときにこういう人を見ました。」
あの筋肉男の特徴を伝えてみる。
おそらく、ガセネタと思われるだろうけど。
だけど記者さんは、意外にもふんふんと頷いてくれた。
「そのプロファイル。君以外にもいるみたいだよ。そういう描写をする人。」
遠くから見た目撃者には、僕と同じように証言する人がいるらしい。
ただ本来ならそれより信頼度が高いはずの近距離での目撃者には、それ以外のプロファイルを挙げる証言も多いため、あまり重視されていないとか。
――ただ君、冷静そうだしな。
信頼性が高いかもしれない。僕も、調べてみるよ。
記者さんは、そう言って笑った。
僕は高校につくと手を振って、記者さんと別れた。
高校に戻ったのは記者さんにも言ったように自転車があるからだが、今日はまだ日が残ってる。
元さんのところに行って、情報をもらってこようかな。
最近、元さんのところは商売繁盛みたいだ。
事務員さんも、調査員の人も増やしたみたいだ。
だけど僕の事件は、律儀に自分が主担当であたってくれてる。
その中で気になる情報もいくつかあるんだ。
そのうち、調布も誘ってまた打ち合わせに行ってみるかな。
調布と仲直り(?)できたら、かな。今日はやめとこう。
そう思って、僕は駅ビルに立ち寄り、今日いろいろ嗅がせてもらった匂いを思い出し。
ちょっと紫藤とかに合うかもしれないエッセンシャルオイルをいくつかみつくろって買ってみた。
まあ気に入ってもらえなかったら家でつかうか、ナギさんたちの日蔭谷の家ででも使ってもらおう。蚊よけとかになるかも、と思って。