タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(第三者(紫藤千里)視点)
うーん、どうしようかな。
土曜日の、夕方。
姉が近所の薬局からもらってきてくれた段ボール箱を前に、少年は途方に暮れていた。
もとはといえば、姉が急に外泊することになったのがいけないんだ。
土曜日に、奨学金の関係で昼食会がある。そう聞かされていた。
姉が特別奨学生とかいう、すごく優遇される奨学金制度を利用できることになったことについて。
それが離れ離れになることだということがわかっていて、シスコンをこじらせている少年には複雑な思いもあったものの。
姉のためには結局それが一番良いことだと、一応納得していた。
身内びいきかもしれないが、少年の姉は頭がいい(このシスコン野郎の目線では、外見も)。
奨学生になれば大学にも行けるだろうし、きっと公務員とか、そこそこいい会社に就職できるかもしれない。
ただ、一時的には姉の思い人であるらしい志野先輩と離れることになる。
奨学生になったら、そのうち転校しないといけないのだそうだ。
それって、大丈夫なのかな。
ちょっと心配だったが、彼の姉は最近、どこか吹っ切れた感じであり。
どうやら猛然と勉強して最短コースで高校を卒業し、大学進学か就職後に志野先輩と一緒になるつもりらしい。
このおっとりほわほわしてみえる姉は。
外見からは想像つかないくらいに、強固な意志を有していて。
いったん決心したら、それはもう、すごく頑固なところがあるのだ。
長年、弟をやってる彼にはそれがよく分かっていた。
しかもこの姉、自分の幸せは二の次三の次であり。
母や弟のこととか、志野先輩のこととか。
要するに大事な人のことを優先順位の上の方に据えてるらしいということも、彼は気づいていた。
――少しは自分の幸せを考えて、わがままとかも言えばいいのに。
志野先輩だって、その方がやりやすいんじゃないかな。
そう、少年は思う。
なにしろ、姉は姉で困った人だが。
この志野先輩も、困った人なのだ。
いろいろ少年は、尊敬してもいるのだが。
それはもう、すごく気が利かないところがあるのだ。
言葉をそのまま受け取ってしまう、とでもいうのだろうか。
「大丈夫だよわたし、新生活が楽しみなんだ!」なんていう、姉の言葉。
志野先輩を心配させまいとする、強がりの言葉をそのまま受け取ってる気配があるのだ。
本当は、姉のことが心配で、離れたくないのに。
目の届かないところに行かせたくない、離れたくないと未練たらたらなのに。
そういうわけで。
志野先輩は姉の思いを優先するつもりで、引き止める言葉を言わず。
あろうことか、がんばれー、などとはげましてしまってる。
そして少年の姉は、その志野先輩の利益を勝手に忖度してそう強がりを言っていて、はげましの言葉にその信念を強めてる。
お互いにお互いのことを思うあまりに吐いた嘘を、お互いが信じ込んでいる。
どうにかしろよこの2人。そう、弟である彼は思っていたりする。
それとなく姉に気づかせようとしているのだが、あまり響いていないらしい。
どうやら志野先輩に迷惑をかけず、頑張って高校を卒業して、借金とかも返して、対等に(?)手に手を取り合ってゴールインする。
そんな未来絵図を思い描いているらしい。それが志野先輩にとってもベストだと思って。
志野先輩、きっとそれでなくてもいいと思ってるはずだよ。
そう、少年は姉に言ってみたことがあるのだが。
――志野くんはそう言うかもしれない。
でもさ、本当に志野くんにとって一番いいのは、わたしの言ってるようにすることだよ。
それが、いちばんいいはずなんだ。
ちょっと狂信的な光さえ眼底にきらめかせて、姉はそう主張するのだ。
こうなったらテコでも動かないのを、少年は良く知っていた。
確かに、志野先輩はかなりの出費をしてるはずだ。
話をした感じ、特に金持ちの家でもなさそうだし。
きっとなけなしのお小遣いとかを貯めて、あの日蔭谷の家とかも借りてるんだろうな。
そんなの長続きするわけないから、まあ姉が正しいんだろうな。
ただ、志野先輩はちょっとスゴい人だから、みなり姉がいっしょにいたいよ、と甘えたら、なんとかしてくれそうな気もするんだけどな。
そう思いながら、少年は目の前の荷物を眺める。
姉が冬ごもり前の木の実を蓄えるリスのように精力的に荷造りしてくれたので、ある程度は荷造りが終わってる。
そう、姉の分も、だいたい。
しかし。
明日の日曜日、運送屋さんに持ち込むんだから。
日常づかいの分とか、最後に持っていく分の仕分けと荷造り、あんたやっといてよ?と。
そう、土曜日の夕刻に急にかかってきた電話でいわれたのだが。
悲しいかな、少年はおどろくほど生活能力がなかった。
冗談ぬきで姉が外泊してた間は、ほとんど食事もとれず干からびていたほどだ。
もちろん、やらなきゃいけないことは分かってるけど。
みなり姉、ちゃんと明日は家に帰ってきてくれるかな?
絶対、ぼく一人だと大事なものを入れ忘れる。すごく自信がある。
絶望的な思いを抱きながら、少年は煩悶する。
その状況から逃避したくて、そしてお腹もすいてきて。
彼は頭にいろいろな可能性を、検討する。
ちょっと日蔭谷の実父のもとに、避難しようか。
うまくいけば、ごはんにありつけるかも。
すくなくともあのエロいハコヤさんの顔を見れる。
でもお腹がすいて、立ち上がれない。
じわじわとひだるい感覚が体に広がっていく。
冷蔵庫になにか命をつなげそうなもの、あったっけ。
そう思いながら、彼は1階への階段を。
段々に半ば座るようにしてずり落ちるように、降りていくのだった。
――――――
――――――
(志野視点)
夏の日は長い。
多賀島だと、8時近くまでまだ明るい。
東京とは体感で小一時間くらい、時差がある感覚だ。
僕はすぐ家に帰るのが、なんとなくためらわれて。
日蔭谷に、ごく短時間だけ訪問することにした。
さっき、記者の鷺沼さんに一度つれてきてもらって、竜神の胚の一部をとりに行ったんだけど。
そのときは、「すみませーん、ちょっと預けてるもの、取りまーす!」と庭作業とかしてたマコトさんや家の片づけをしていたナギさんに言って、家に入り。
冷凍庫からブツの一部をとり、鉄砲玉のようにすぐ出て行ったから、ゆっくりお話もできなかったんだ。
とくにたっくんには、悪いことをした。
僕を見つけて遊べると思ったらしく満面の笑みで駆け寄ってきたのに。
1回、高い高いをしただけで逃げちゃったからね。
罪滅ぼしに、すこしだけでも遊んであげよう。
あと、たしか来週には1家3人泊りがけで人間ドックに行ってもらうことになってる。
鉄道とタクシーで、ちょっと離れた病院に送りこむつもり。たぶん、足はつかないと思う。
平日で同行できないと思うから、その段取りも確かめたい。
そう思ったんだ。
ごめんください、と戸口で呼び掛けると、はい、とナギさんの応えが帰ってきた。
少しして出てきた、掃除中なのか手ぬぐいを頭にまいたナギさんは。
僕を見てたおやかな目をみはり、気のせいかうれしそうな風情であり。
僕はどうぞどうぞ、と冷房を入れてある座敷に招じ入れられた。
いそいそと台所に、麦茶を取りに行くナギさんの後ろ姿。
全体にほっそりしていながら、腰のあたりは肉感的。
斜め後ろからもわかる、胸のふくらみにも目が吸い寄せられる。
よからぬ思いが、ふっと脳裏をよぎりかけてしまう。
あわてて頭を振り、勧められたざぶとんに座りなおして、ふう、と息を吐いた。
冷やした麦茶をいただきながら、近況を聞く。
(熱を出してから今日まで、日蔭谷には来てなかったんだ。)
だいたい家の周りの庭掃除は終わりつつあるらしい。
廃品等の整理も進んでる、と嬉しそうにナギさんは報告。
今日、たまたまたっくんはマコトさんの買い出しに同行していて今はいないらしい。
なんでも、買い出しに行く先の商店街でやってる福引券が集まったらしく。
アイスの心棒のくじで「引き」の実績がある、たっくんが赴くことになったんだとか。
まあ、ナギさんも薄幸そうだし、マコトさんも運が悪そうだしな。
それにしても、たっくんもナギさん抜きで遠出できるほどマコトさんになついたんだな。感慨深い。
ちなみにたっくん、どうやら僕が昼間に逃げたことを恨んではいないらしく。
また来たら遊ぶつもり満々らしい。いや、僕はそれでいいけどね。
そんな話をぽつぽつとしていて、言葉がとだえた。
僕は、実のところ。
ちょっとナギさんに聞きたい、でも聞きにくいことがあった。
どうしようか、――と考えてて、半分上の空になってた。
まあ、しいて今すぐ確かめないといけないことではないから、今日でなくてもいいや、と思い。
ふとナギさんに注意を向けると。
ナギさんはナギさんで、なにかもじもじとしている。
はて、なんだろう?
「————その。人間ドック、ですが。
いろいろなところを見られたり、するんでしょうか。」
え?と思ったけど、すぐ思い当たった。
打撲とか鞭の跡とかが、まだ残ってるんだろう。
ナギさんは、飯場脱出直前はあの紫藤継父の仲間にいろいろとむごくいたぶられていたはずだ。
最後にナギさんの白い裸身を見たとき、体に打撲痕や線状の傷がたくさんついていたのを覚えてる。
確かに、お医者さんや看護師さんの目も、気になるだろう。
もしかして、ちょっと間を置いた方がいい?
「いえ、打ち身とかはもう、ないんです。
あれからすごく早く治ったんです。あとかたもなく。」
力説してみせる、ナギさん。
腕を肩の近くまでまくってみせるが、たしかに傷跡のない白くなめらかな肌がある。
あの日の記憶にある痛々しい鞭痕も、打撲の後も、もう痕跡すらものこっていない。
え、じゃあいいんじゃないかな。
「ただ、その、――」
もじもじと恥ずかしそうな、ナギさん。
ナギさんがこんな様子を見せるのは、かなり珍しい。
ナギさんは冷静沈着というのか、どちらかというとあまり感情を見せない。
救出されてたっくんと一緒にいられるようになってからは、かなり笑顔も増えてきたけれど。
こういう、恥ずかしそうなそぶりは初めてかもしれない。新鮮だ。
「その。お医者様に裸の姿とか、みられたりするでしょうか?」
「うーん、触診とかあるかもしれませんね。」
ほら、学校の内科検診とかでぽんぽん、と叩いて確かめるじゃん。
ちなみに僕ら男子はあれ、2、3回で、そんなものかと思ってたけど。
どうやら女子の場合は、しつこく十数回やるし指が肌を這いまわるらしいって聞いた。
「――そうですよね。」
ほうっ、とナギさんが可憐なため息をついた。
そして何か、考え込んでる。
まあ、気持ちはわかる。
ナギさんは、僕が思うにわりと潔癖な人だと思う。
ほら、この家なんて、埃だらけだったのに。
いまはナギさん(とマコトさん)のおかげで、ぴかぴかにみがきたてられてる。
そんなナギさん、たぶん本当は肌をみせることが恥ずかしいんだろう。
風俗に沈められてる間は、仕事だから心を殺してたんだろうけど。
そんなナギさんに。とても聞けないよ。
でもな。僕にとってはこれ、これからの帰趨を占う大事な材料なんだ。
ここはひとつ。
やっぱり、勇気をふるって聞いてみよう。
だってさ、よく考えてみると。
ある意味、マコトさんもたっくんもいない今しか聞けないかもしれない。
ただ。
ナギさんに、なにこの変態、って思われないかな、――。
思わず、視線がナギさんの
ナギさんの、細い体つきなのにしっかりエロい腰の付近。肢と肢の接合部付近に。
(ただ、僕とナギさんは卓をはさんで座ってるから、直接じろじろ見てるわけじゃないよ。)
「――どうしたんですか?」
不思議そうに、ナギさんがすっきりした細面をかしげる。
あきらかに、最初に会ったときよりしっとりとしている白い肌。
うるおいのある髪。頬かむりを外したせいでできた、わずかなほつれ毛が色っぽい。
かすかな微熱と憂愁を帯びた瞳が、僕をみつめる。
「――コホン。えーと、いや、その。
確かめたいことがあって。でも、いいんです。」
「なんでしょうか?気になります。」
いや、やっぱり聞けないっ。
ナギさん、あそこに金のピアスなんてしてましたっけ、なんて。
「いや、いいんです。」
そう、あの悪夢の中のナギさん。
あのいけすかない若造に責め抜かれ、陥落していたあのナギさんは。
そしてあられもなく、鎖でそれを左右に開かれて、――
僕は、むくむくと下半身の分身が勃ち上がりかけるのを感じた。
「もし私にわかることでしたら。聞いてください。」
顔に血が上りかけてるのを、感じる。
ナギさんの顔が、正視できない。
「はい。あのっ」
だけど聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥!
僕はなけなしの勇気をふりしぼって、問いかけた。
口の中がからからで、なんかキモい口調になってしまったかもしれない。
「その。ナギさん。
見えないところに、ピアスとかあったりするんでしょうか、――なんて?」
ナギさんの、動きが止まった。
ああっ。
駄目だ。ナギさんはきっと僕を見つめてる。
なにこのセクハラ高校生。信じられない。
そんな感じで、見てるに違いない。
「そ、そのっ」
「志野さん。もしかすると。」
なにか、いずまいを正すような気配。
うわーっ。なかったことにしたい!
頬が醜く赤くなってるのが、自分でもわかる。
怒られることを確信しながら、僕はびくびくと目線を上げる。
しかし、そこにあったのは軽蔑の視線ではなく。
心配そうな、不安そうなまなざしだった。
「その。やっぱり、――まずいでしょうか!」
「えっ」
「ええ、ピアスなのですが。」
「へ?」
ナギさんが、卓の上にひじをつくようにして、こちらに身を乗り出してきた。胸が強調される。
ナギさんは基本、感情があまり表に出ないから今まで僕は気づいていなかったが。
ちょっと恐慌状態にもみえる。ナギさんも、目がぐるぐるしてる。
「大変なことが起きるんでしょうか。
レントゲンとか、X線があちこちに反射して被ばくするのでしょうか。」
あ。そういえば。
僕は、どこかで読みかじった知識を思い出す。
まず、たしかにレントゲン検査でX線を使って撮影をすると、体内の金属が映りこむと聞いたことがある。
(ナギさんが懸念しているような安全上の話は、良く知らない。)
でも、それよりも思い出した話。都市伝説かもしれないけど。
MRIがやばいんじゃなかったっけ。
「ピアスとかがあると、ですね。
MRI検査という、磁気を使う検査のときに支障があると聞いたことがあります。」
刺青で酸化鉄をつかってたり、ピアスをつけたままでMRIをすると。
磁気を使う装置だから、火傷したりピアスが引っ張られたりする、――んじゃなかったっけ。
都市伝説かもしれないけど、そう聞きかじったことがある。
だから聞いただけの話で真偽がわかりませんが、と断って、そういう話をする。
お医者さんに、聞いてみた方がいいかもしれません、と。
「そうなんですか――?」
ナギさんが、おそろしげに眉をひそめる。
心当たりが、あるんだろう。
僕はナギさんとお風呂に入ったり、その、マットプレイしてもらったり。
あとあの高熱を出してた間の悪夢を含めれば、数回、ナギさんの裸身をみたことがある。
ナギさんには、それらのときは刺青はなかった。
そして多分、
だから、僕はあの悪夢をみたときにかすかな違和感を覚えたんだ。
あれ、この世界のナギさん、ピアス入れてるんだ。って。
あの悪夢の中のショーの主催団体(?)に捕まった時に、ピアスをつけられてしまったのかもしれない。
だから、そこはわからないのだけれども。
でも、この反応。
「ナギさん、もしかすると、――」
「ええ、そうです。
――言い出せなくて、ごめんなさい。」
――よく考えたら。
私、あの逃げ出す直前のとき。
水責めなどを受けて、数回、失神してしまったことがあります。
そのときに、《あの部分》にピアスを付けられられたんです、きっと。
後で気付いたときは気持ち悪くて、本当に泣いてしまったんです。
その後、気にしないようにしてて、いつのまにか慣れてきてたんですが。
もしかすると、これが志野さんの気にしてた、追跡装置になっていたりとか!?
――あ、それは大丈夫そうなんでしょうか。そんな小さくは作れないんですか。そうですか。
でもこれ、お医者様の検査の前に、外さないといけないんですね?
その、エムアールアイ?っていう検査で、これが磁石みたいに引っ張られてしまうなんて。
ひっぱられて、引きちぎられるかもしれないなんて。怖すぎます。
そう、ちゃぶ台に身を乗り出した、目のぐるぐるしたナギさんが。
いつになく多弁に早口に、僕に訴える。
僕もつられて少し恐慌状態になりながら、ナギさんの両肩をそっと抑え、落ち着かせようと試みる。
「わかりますわかります。怖いですよね。
でも、たぶんネジで締めるようになってませんか?それで外せません?」
ふつうのピアスなら、ネジとかバネ式になってて、すぐとれるはず。
だから、そう聞いてみたのだが。
――そうなのですか?
たくといつも一緒だから、そんなにちゃんと見る機会がなかったんです。
トイレで手鏡でみたことはあるのですが、よくわからなくて。
だから、いつもはばんそうこうで巻いてて、当たらないようにして、――
あっ。そのっ。――ごめんなさい!
こんなヨゴレた女の、しかも、下の話なんて、――
「違います違います。そんなこと、ないです!」
なにか自虐的な言葉を発しはじめたナギさんを、僕は必死に宥める。
正直、ちょっと頭が煮えていたので。
ええ、ナギさんは汚くなんてないです。すごく綺麗です!
初めてお会いしたときは、いろいろあざとか怪我とかあって、痛々しいと思いましたが。
でも今は、本当にきれいだと思います。思わず見とれてしまうくらい。
それに、その、あの。
ナギさんのあそこも。
僕も前見たとき、すごく興奮して。今だって、考えただけで、すこし。
だから、――
「#」
ナギさんが顔を伏せる。
あっ。
僕、何を言ってしまったんだ?
ナギさんの、細面の顔。
顔を伏せる前に一瞬みたとき、何かに気付いて驚いたように目を見開いてた。
そして今、伏せたその額や頬に、じわじわと赤みがさしてきてる!
「あっ。ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「はい。良いんです。————ありがとうございます。」
ナギさんは顔をあげ。しかし僕と目線を合わせず、視線を微妙に横にずらす。
僕も、正視できなくて火が噴き出る感覚のある顔を横に向ける。
いたたまれない、沈黙。
「あの「ナギさんっ」」
かぶった。
くすくす、と笑い声がして、――よかった、ナギさんは怒ってない。
「志野さん。お願いがあります。」
僕は、おそるおそるナギさんと視線をあわせる。
ナギさんは、今はもう横をみていない。落ちついてきてる。
ただ、いつもは白い頬は、まだ今も少し上気してる。
怒ってるわけじゃなさそうだ。ちょっと、喜んでいる?
軽いいたずらを思いついた女の子のようにきらきらした表情。
僕は思わず、そのいつも静かな、でも今は悪戯そうな光を浮かべる目に、視線を惹きつけられてしまった。
「とっても、ひどいお願いなんです。」
「なんですか?」
僕は何か、すごく重力の重さを感じている。
心臓の鼓動がすごく跳ね上がってる。なんかムラムラすると同時に、とても良くないことが起きるような気も、――
「私には、ピアスの取り外し方が分からないんです。
家にあるのは、小さな手鏡だけで、場所が場所で、見にくくて、――」
その、志野さん。
こんなお願いをするなんて。お詫びします。本当にごめんなさい。
でもほかに、頼れる人がいないんです。
たしか、来週頭でしたよね。間に合わせるためには、今、外さないといけないはず。
でもマコトさんに頼むには、恥ずかしくて。
汚れた女の、厚かましいお願いなのですが。
ピアスを外す、お手伝いをしてくださいませんか?
黄昏の、最後の光。少し赤く染まった夕陽。
廊下との障子ごしの残照に染まった座敷で。
身を乗り出したナギさんは、僕にそう問いかけてきたのだった。