※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 紫藤みなり視点です。
 犯罪となりうる行為の描写がありますので、ご注意ください。法律関係の記述は、調査不足で不正確かもしれません。なおこの話の当時、強姦罪はまだ親告罪で、起訴して有罪にするには、本人の告訴が必要だったようです。


19 援助+交際だ、援助交際ではない(1)☆

 

 土曜日夜から日曜日。

 昔は一週間のうちで、一番楽しい時だった。

 前のお父さんも、仕事が忙しかったけど日曜日くらいは休めてたし、土曜日は早く帰ってきて家族一緒にごはんを食べてた。

 暑いときとかはだらしなく、お風呂上りに上半身ランニング一枚でビール飲んでいたりして、みっともないなと思っていたこともあったけど。

 お母さんとのんびり話とかしてて。わたしと千里も端で聞いてて、気になったことがあると聞いたり。

 それで怒られることなんて、なかった。

 日曜日もときどきドライブに行ったりして、楽しかったっけ。

 行き先やお昼ごはんについての意見が合わなくて、口げんかしたりもしたけど。それも懐かしい。

 

 今は。

 何があるか不安で、土曜日は家に帰りたくない。

 だから部活を理由に、夕方帰ることも多い。いや、部の活動時間じゃないから部室には誰もいないけど、部室は使って良いらしいから、部室で宿題したり、本を読んだりしてる。

 土曜は、罰が厳しくなることが多い。土日を挟むから大丈夫だろうって、痕がしばらく残るくらいきつめに叩かれたりする。そうでなくても、早い時間に帰ってくると、長時間かけて変態的な罰を与えられることが多い。

 タワシみたいな毛の玄関マットの上で正座させられて、腿を踏んで体重をぎゅうぎゅうかけられることもある。すごく痛いし、斬新な柄のレギンスみたいに、足にマットの模様がばっちりつく。

 つい最近も、二つ折りできるすのこベッドの、二つ折りにした状態の上の角に、手首と足首を後ろに縛られて跨がらされた。二時間くらい。その間、わたしが痛さで体を芋虫みたいに捻っても、泣き出しても許してもらえず、お父さんはわたしが苦しむ姿を見て、楽しそうにニヤニヤしながら酒を飲んでた。

 お風呂の残り湯に放り込まれて頭を押さえつけて沈められ、溺れそうになる罰もときどきある。痕は残らないけど、命の危険を感じる。

 だから。土曜日に早く帰って、午後長々とそんな罰を受けることになるのは、いやなんだ。

 

 そんなふうに、家で手ぐすね引いてるお父さんに罰を受けるのは嫌だ。でも、お父さんの友達がやって来て、サッカーとか野球の試合をテレビで観戦して、騒ぎながら夜更かししたり、泊まり込んだりするのもいやだ。なんか試合結果とかに賭けてるみたいで、点か入ったりピンチになったりするたびに、叫び声をあげたりして、とてもうるさい。

 

 そんなときは、友達がいる手前、わたしへの罰はないけど、その友達が起きてる間ずっと、女中さんみたいにこきつかわれる。そしてお酌とかの間にお尻とか胸とかを触られたり、下品な冗談を言われたり、芸をやれと言われたりする。

 一度、芸なんてできませんと言ったとき、今のお父さんの友達の一人が、ナマイタ?(マナイタの間違いかな?)ショーだ、って言って無理矢理わたしを床に押さえつけて、頬をなめ、服を脱がせようとしてきた。お父さんを含めてみんな大ウケで笑ってみてた。

 肥ってて動きが遅い人だったから、上をはだけられ、スカートに手がかかったときに、なんとかスカートだけを掴ませてすりぬけて、千里のところに逃げたよ。空蝉の術だね。自分の才能が怖い。ちなみにスカートは戻ってこなかった。

 

 お母さんが帰ってきてもこんな騒ぎを止めない。というより、お母さんは、頭が痛いからって引っ込んでしまい、何があってもトイレ以外では出てこない。千里も似たようなものだ。何で挨拶に来ないんだって、わたしが怒られるんだよ。

 

 日曜日、あんまりないけど、お父さんの友達が泊まってると大変だ。前の日の騒動がそのまま続く。

 それに今のお父さんは見栄っ張りだから、たいてい出前をとる。土曜の出前はお父さんが出してるみたいだけど、日曜は手持ちがないと言って出さない。生活費でわたしが預かってる分から出すことになってしまう、そして足りなくなってしまう。

 生活費はお母さんに言えば、財布の中身から足してくれるけど、お母さんの財布にもあんまりお金がない。

 

 そうでないときは、二日酔いで不機嫌になって当たり散らすこともある。でかけることもある。

 パチンコか何かなんだろうけど、でかけてくれると本当にありがたい。家の掃除もできるし、勉強もできる。平和だ。

 ただ、最近は今のお父さんがいないそんな時間に、千里が変なことを仕掛けてくる。ねちねちと、再婚したのはわたしのせいだから責任を取れ、と責めてきたり。いろんな男に体を触らせたりするビッチだろ、オレにも触らせろ、差別するなよ、って言ってきたり。無視すると、無理やりプロレス技をかけられたり、胸をわしづかみにしようとしてきたりする。この前は吊り天井固めというのをかけられた。痛くて恥ずかしくて最悪だった。勘弁してよ。

 

 ーーーーー

 

 今日は、お母さんはイベントのバイトで朝早く出ていった。千里も模試で、夕方まで家にいない。

 お父さんは電話をかけていたが、やがてお父さんの友達が一人だけやって来て、下でお父さんと二人でこそこそ話して、下品な声で笑ってた。

 そしてお父さんは、2階に来て、わたしに、「夕方に戻る。」と言って、すぐ出ていった。

 なんでお父さんの友達だけが残るんだろう。すごく不安になりながら2階で宿題してると、階段の下から、「降りてきなさい」と呼ばれた。

 

 リビングに呼び入れられ、テーブルの席に座るように言われた。顔をみていて思い出した。この人は、あのナマイタ?マナイタ?ショーとかいうものをしようとした人だ。肥って脂ぎってて、頬の肉が垂れてる。髪もちょっと頭頂部が薄いのを気にしてるのか、ちょっと変な髪型だ。別に肥ってても、髪が薄いのを気にして髪型を工夫しててもいいと思うんだ、学校にもそういう先生がいて、みんなはバカにしてるけど、教え方は普通だし、わたしはそんな努力もかわいいと思うことがある。でも、この人はダメだ。目が怖い。落ちくぼんでて瞬きが少なくて、爬虫類みたいにじいっと胸元とか足とかみてる。みられてると、鳥肌がたつんだ。

 

 「勉強してたのかい、感心だねえ。」

 

 その人は何かそわそわして、でも一応まっとうなことを聞いてきた。

 

 「はい。」

 

 「名前は、みなりちゃん、だったかな?」

 

 「はい、そうです。」

 

 「みなりちゃんは、かわいいねえ。」

 

 「ーーー」

 

 何を言えと。あいまいに笑ってごまかした。

 

 「高校は、中央(※多賀島中央高)なんだね?勉強は大変かい?辛いね。」

 

 「大変だけど、面白いです。」

 

 「勉強をやめて、仕事せずに暮らしたいね?」

 

 「いいえ、勉強したいし、仕事もしたいです。」

 

 「なんで?仕事なんて大変だよ?」

 

 「でも、家族のために働きたいです。」

 

 今のお父さんは、そこから除きたいけど。恩を受けてるのにそう思ってしまうって、わたしってやっぱり血の冷たい女なんだろうな。

 

 「おお、感心だねー。」

 

 おおげさに、大きくうなずきながら言ってる。

 わたしは、いつまでこれに付き合ってないといけないんだろう、この人は何が言いたいんだろう、と思い始めた。

 

 「そこでだ、ぼくもね、みなりちゃんのことをね、ちょっとだけ応援しようと思ったんだよね?」

 

 グラスのコーラを勧めてくる。

 

 「ありがとうございます。」

 

 「ほら、冷たいポカ・コーラなんだね。みなりちゃんのために買ってきたんだね。」

 

 辞退しようと思ってグラスを持たなかったら、テーブルの上から身を乗り出し、手首をつかまれて、グラスを無理やり持たされた。なんかぞくっとした。

 

 「はい、でも今は要りません、ありがとうございます。冷蔵庫に、入れておきます。」

 

 「え!いま飲まないの?」

 

 「はい、後でいただきます。」

 

 「嫌いなの?」

 

 「嫌いでは、ありませんが、ーー」

 

 嫌いというほどじゃない。でも、好きじゃない。

 炭酸の飲み物自体、あんまり好きじゃないし。あと、ポカ・コーラもポプシ・コーラも、甘すぎて好きじゃない。どうせなら鶏肉を煮るのに使いたい。

 

 「じゃあ飲みなさい。せっかく買ってきたのに、失礼だよ!」

 

 本当に怒ってる感じじゃないけど、断ると後でお父さんに言いつけられて、また罰を受けるかな。

 最初っから、嫌いって言った方がよかったかも。

 

 「はい。すみません。」

 

 ごくっと一口飲んだ。でも何か味が変な気がした。変に苦い。

 

 「ちゃんと飲むんだ。」

 

 「ごめんなさい。ちょっと味が苦手かもしれません。」

 

 もう一口だけ飲んでみせ、後は口の中に貯めた。

 

 鼻を使って、気管に入ってせきこんだふりをして、流しに行って、げほっと口の中のを吐き出す。後ろに気配を感じた。

 

 「だめだなあ、ちゃんと全部、飲まなきゃ。まあみなりちゃんはロリだから十分かな。ほら、そこに座って。」

 

 強引に肩を抱かれ、ソファに誘導されて座った。

 なんとなく体がほわっとして、頭もぼうっとして。

 

 「足りたかな。ほら、これを読んでみてごらん。」

 

 何かの証文のようなもの。

 なにこれ。

 

 「ほら、ここに指で印をついて。お父さんの印鑑もあるだろう?

 

 無理やり手を取られ、指に朱肉をつけられて紙に押し付けられた。必死で最後にずらそうとしたが、ついてしまっただろうか。

 

 「抵抗しちゃだめじゃないか。ほら、みなりちゃんの処女は、ぼくが買っちゃったんだよね。ちゃんと書いてあるでしょ?」

 

 ソファに横倒しに押し倒された。スカートをめくり上げられる。

 

  「法律で、みなりちゃんの処女膜を僕が貫いていいって認められたんだよね。ふひひ、楽しみ。僕、あそこに真珠を3つ、埋め込んでるんだよね。」

 

 ねっとりした言葉が耳にはいり、頭にまとわりつく。

 頭はますますぼうっとしてきて、言われてることが半分くらいしか頭にはいってこない。でも今は目を閉じたらダメだ。頑張るんだ!

 

 精一杯の力で、のしかかってくる重たい体を突き放し、足を間に入れて肩を蹴り飛ばした。ひっくり返ってばたばたしてる。道路で轢かれてたガマガエルみたいだ。

 

 わたしは必死に壁を伝いながら、ふらふら走り出した。ガマガエル男はまだ追ってこない。どすんと音がする。テーブルをひっくり返しちゃったのかな、ぶつかっただけかな。ひっくり返ったら掃除が大変だ。

 でも、今は逃げなきゃ。

 

 ーーーーー

 

 靴を履く暇はない。

 家を飛び出して、角をいくつか曲がった気がする、でも自分の良く知っている場所のはずなのに、どこにいるかわからない。

 いい天気で、アスファルトが熱く焼けてた、痛いけどそれが良かったのかも。気を抜くと目が勝手に閉じてしまいそう。

 頭がぼうっとする。体は熱くて、なんだか芯がじんじんする。

 

 詰んでる。

 もう少ししたら、ガマガエルに追いつかれる。いや、もしかすると行き先がわからなくて来ないかもしれない。でも、どのみちわたしには行き先がない。靴もないし、戻るしかない。ガマガエルはお父さんに電話をかけて、むりやりあの契約、わたし(紫藤みなり)の処女を5万円で買い取るという契約、それを実行させてしまうかもしれない。

 

 誰か、助けて。本当のお父さん、お母さん、千里、ーー志野くん。

 いや、志野くんには、ダメだ。志野くんにだけは、きれいなわたしで。

 

 ぐるぐる考えがまとまりなく回る。

 ああ、三角公園か。いっぱい歩いたつもりでもほとんど進んでない。すぐ追いつかれる。

 しかも。わたしはついに寝てしまったのかも。

 ここにいるはずのない人がみえるよ。

 志野くんが、こっちを見てる。驚いてる?

 

 あ、これ、夢だな。

 

 しかたない、わたしは眠ってしまったんだ。

 たぶん現実世界では、わたしは玄関を過ぎたあたりに倒れているんだろうな。もう少し遠くかな。

 どっちにしても、あの脂ガエルの勝ちだ。いいよ、あきらめはいい方なんだ。これまでもいろんなことをあきらめてきたし。

 こんなぼろぼろのわたしには、脂ガエルに致されるのが似合いの末路かもしれない。破れ鍋に綴じ蓋だ。あの脂ぎった唇にキスしたら、童話みたいにかっこいい王子様になる、かな?ーー無理だろうな。

 

 志野くんが近づいてきてる。心配そうな顔。

 ああ、夢は願望を実現してくれる。志野くんがわたしのことを心配してくれてる、特別に想ってくれてるって夢だな。大好きだよ、志野くん。

 

 「志野くん、ーー変な味だったよ、ポカ・コーラ、ゲロマズ、ーー」

 

 眠くて頭が回らない。そういうこと言おうとしたんじゃなかったのに。

 大事なこと、言いたいことを言わなきゃ。あれ、なんだったっけ。大事なこと。

 ふと、世界が半回転した。あれ?背中と、膝の裏に腕。お姫様だっこってやつか。ふわふわして、楽、

 

 「紫藤さん、ちょっと我慢して!」

 

 突然、また世界が垂直になった。俯かされたわたしの口に志野くんの指が突き入れられ、舌の根元に絡んだ。何すんの!

 げほげほと、わたしはゲロを吐いた。

 

 「飲んで!」

 

 ひととおり吐くと、公園の水道から水を飲まされた。

 

 「はい、吐いて!」

 

 わたしはリサイクル収集の空き瓶じゃないぞ。 

 水を入れて振って出すのは空き瓶だ。人間の体はそんな風なやり方できれいにするんじゃないんだよ。たぶん。

 でも、ゲロを吐き、水を飲んだせいか、頭がすこしはっきりしてきた。

 

 「何があった?」

 

 「志野くん、わたし、何か変な薬を飲まされた。」

 

 わたしを買ったって人が来て、多分、薬入りのポカ・コーラをのまされた。

 そういうと、志野くんは腕を組んで一瞬考えて。

 

 「紫藤さん、ちょっとだけ頑張って。そいつと話をつけよう。」

 

 こんどはおぶってくれた。頭が少しはっきりしてくると、アスファルトで灼けた足の裏が少し痛い。

 

 「どっち行けばいいかな、紫藤さん。」

 

 わたしは志野くんの肩に回してた手を片方だけほどいて、指さした。

 

 「そいつ、牢屋にぶち込めばいい?どうしたい?」

 

 牢屋は無理だろう。証文があるし。それに今のお父さんが関係してる。だから、警察とかはやめて。

 わたしも家族も変な評判がついて、学校にも、この家にもいられなくなる。

 そう、おぶわれて近くなった志野くんの耳許に呟く。

 志野くんは「でも」とか言って承服しがたい様子だったけど、お父さん関係については納得したようだ。

 家族だから、訴えたくないということだと思ってるみたいだけど、本当は少し違うんだ。

 あの人はやばい。どっか頭の配線がおかしい。

 たとえ警察に訴えたり、牢屋に入れたりできたとしても、そのうちわたしと千里が殺される。保釈っていうのかな、一時的に出された後か、あるいは出所した後か。

 あと、もしかすると志野くんも。

 千里の言うとおりだ、お母さんの再婚は致命的な失敗だった。 

 

 家まではあとはまっすぐ、突き当りの家。わたしはそう告げて、頭を志野くんにこてっとつけた。

 ゲロ吐き娘にランクアップ。これで志野くんの勘違いも醒めちゃうだろうな。

 最後になってしまうかもしれないけど、でも志野くんの背中が気持ちいい。ずっとこうしてたい。

 

 ーーーーー

 

 家に着くと、ガマガエルが出てこようとするちょうどそのときだった。

 

 「おい、その娘は!」

 

 「ふらふらしてるみたいだったので、家を聞いて、連れてきました。中に入れますね。」

 

 志野くんはわたしをおぶったまま、器用に靴を脱いで家に上がり、リビングに入ってソファにわたしを丁重に座らせた。

 

 ガマガエルがついてきている。

 

 「さあ、用は済んだだろ。出ていくんだ。」

 

 「そういうわけにいきません。ちょっと聞いたら、おかしなことをなさっているじゃないですか。」

 

 言い争っている。相手は大人なのに、志野くんもまるで大人みたいに対等に渡り合ってる。

 

 「この証文をみろ。ちゃんと書いてあるだろう。」

 

 「なるほど、書いてありますね。ちょっと読ませてください。なになに、『甲 紫藤 勇、乙 我間我 得男、甲は乙に紫藤みなりの処女をーー』」

 

 契約書を読んでる。

 

 「なるほど、これで、紫藤みなりさんの処女を我間我さんが買われたと。」

 

 「ああ、印もあるだろう?その子の指印も。」

 

 「指印なんて無理やり押せるじゃないですか。しかもズレズレです。」

 

 「でもついてるだろう。それに未成年者だから、契約は親がするものなんだ。」

 

 「そうなんですか?でも、なんでみなりさんは寝そうになってるんですか。ほら、うとうとしてる」

 

 「しつこいぞ。お前も男だからわかるだろう、眠くなる薬を入れてやったんだ。おねんねしてもらう、そしてヤる、当たり前のことだろう。」

 

 「ほうほう。興味があります。」

 

 「だろう?」

 

 「でも、それって違法なことですよね。」

 

 「バカめ、合法だ。処方箋があれば普通に薬局でも買える。」

 

 「違うんです。たとえ薬が合法でも、それで心神喪失や抗拒不能にさせてセ○クスしたら、強姦罪ですよ。懲役です。」(※正確には準強姦罪(準強制性交罪))

 

 「ーーちゃんと契約書がある、違法じゃないだろ。」

 

 「この契約書、内容が違法です。断言できます。法律的には無効なんです。どうせ指印も無理矢理押させようとしてズレたんでしょう。」

 

 「もういい!あの紙は冗談だ!薬を飲ませた証拠もないだろ!?ーーこれでいいか?もう帰る、不愉快だ!」

 

 「帰っていいんですか?証拠ならありますよ。」

 

 「!」

 

 いつのまにか志野くんの手に、テープレコーダがある。テープがくるくる回って、録音されてる!いつの間に。

 

 「どうします。いままでの自白、取れてるし。そのコップの成分を鑑定したらどうなるでしょうね。指紋もばっちり出るでしょうね。」

 

 「脅すのか!」

 

 「いえ、穏便に解決したいんですよ。」

 

 「どうしろっていうんだ!」

 

 「まず、牢屋にぶち込まれたくなかったら電話をかけてください。みなりさんのお父さんに。あの話、かわいそうだからやめることにした、とかなんとか、後でみなりさんにお父さんから迷惑かからないように。」

 

 「俺の出した5万円は!」

 

 「あんたを牢屋にぶちこむこともできるんですよ、それくらい我慢するのが当然でしょう?でも、」

 

 志野くんは、おもむろに財布を取り出して一万円札を取り出した。5枚数える。まだありそう。なんで高校生がそんなに持ってるの?

 

 「ほら、受け取ってください。ただ、受け取るなら受領書を書いてくださいよ。」

 

 「ーーそのテープはどうするんだ。また後から脅すんだろ。」

 

 「自業自得でしょう?でも、もちろんみなりさんの心次第だけど、もし我間我さんがみなりさんに、この家にもう関わらないと誓い、そうできるのなら、俺(・)は(・)この件は蒸し返さない。」

 

 その後も何度か志野くんに圧力をかけられて、ガマ男が脂汗をかきはじめ。最後には強く促されて、受領書を書き、お父さんに電話をかけ始めた。

 

 それを見届けた志野くんがソファに寄ってきて、耳元で、大声で電話しているガマ男に聞こえないよう、小さい声で説明してくれた。

 

 「紫藤さん。さっき言ったように、あいつもお父さんも牢屋にぶちこめるかもしれないけど。家族が噛んでて、内容が内容だから、ってのはわかったから、あいつに釘を刺すだけにして、関わらないようにしてもらう。それでいいかな?」

 

 「いいよ、志野くんがいいと思うことをやって。」

 

 小声でささやき返す。なんか共犯者になったようで楽しい。

 

 ガマ男の電話が終わった。志野くんが念押しする。

 

 「じゃあ、二度とみなりさんには関わらないこと。この家に来ないこと。こっちがあなたをどうにでもできることを忘れないでくださいね。」

 

 「あ、ああ!」

 

 「はい、これで以上ですね。お疲れさまでした。」

 

 志野くんはガマ男にそう言って、ガマ男を玄関に誘導した。ガマ男はよろめきながら出て行った。

 

 志野くんは戻ってきて、ふう、と息をついた。

 

 「紫藤さん。大変だったね、ーー大丈夫?」

 

 わたしはこんなことに関わらせてしまったという罪悪感、そして好きな人にこんな醜い内幕をみられてしまったという絶望感で、顔を伏せていた。

 

 「やっぱり、変な薬が残ってる?病院行っとこうよ。」

 

 「いやだよ、行きたくない。」

 

 お金もかかるだろうし。噂が回ったり、警察に話がいったりしたら。

 

 「まあ、あんなやつの言うことは信じられないけど、一応は普通の睡眠薬みたいだしね。念のため、もう一回吐いとく?」

 

 「もういいよ。今は、眠気もあんまりないし。」

 

 かなり頭ははっきりしてきてる。大丈夫だろう。

 あと、これは薬のせいじゃないと思うけど。

 体の芯がじんじんあったかい感じがする。整ってる方だけどまあ平凡な志野くんの顔が、輝くくらいかっこよくみえる。

 

 「下も、その、浣腸しとこうか?良かったら薬局で買ってくるけどーー。」

 

 うわっ変態だ!変態だよ志野くん!

 

 「絶対やだ!大丈夫だって!」

 

 薬を体から排出させたいってことだとはわかってるけど、乙女の貞操の危機だ。絶対に抵抗する!

 飲んだのはほんのすこし、一口二口だったこと、今はもう頭がはっきりしてきていること、を力説して思いとどまってもらった。志野くんを変態にするわけにはいかない。

 

 「でも、少なくともゆっくり寝てたほうがいいかな。」

 

 さすがにそこは不要と考えたのか、志野くんはそう言って、すこし微笑んで見せた。

 

 顔を洗面台で洗って口をもう一度ゆすいでさっぱりさせた後、二階の子供部屋に行く。散らかった家だけど、なぜか今は気にならなかった。二階のベッドにもぐりこむ。

 やっぱり薬が残ってたのかな。少し眠いや。

 志野くんは枕元にしゃがみこんで、顔を見ててくれる。わたしは右手をふとんから出し、志野くんの手を握った。

 

 「」

 

 なぜかびっくりしてるな。ふふ。やっぱり志野くんもしょせんは高校生男子。

 手をつないだだけなのに、どぎまぎしてるようだ。顔が赤くなってきてる。でも、どきどきしてるのは、わたしもだよ。

 志野くんの手はすこし骨ばってるけど大きくて、力強くて、温かかった。

 もう少し志野くんの顔を見ていたかったけど、薬の影響も、連日の睡眠不足もあるんだろう、眠い。

 わたしが最後に見たのは、なぜか熱っぽくわたしの顔を見つめている志野くんの姿だった。

 夢のない、深い眠りにわたしは落ちていった。

 

 ーーーーー

 

 気が付くと、わたしの右手から志野くんの手のぬくもりがなくなっていた。

 はっと上半身を起こして周りをみる。志野くんは背中を向けて、子供部屋のちゃぶ台で何かの作業をしていた。起きた音を聞きつけたのか、こっちに振り向いた。

 

 寝ていたのはほんの少しだったのだろう。日はまだほとんど傾いていない。

 枕もとの時計に目を走らせると、2時少しすぎを指している。

 

 「眠れたかな?まだ1時間もたってないんだ、寝てていいよ。」

 

 ぶんぶんと首を振る。実際、おどろくくらい眠気はなくなっていた。

 活力が体に満ちていて、そしておなかが空いている。

 

 「食べる?」

 

 志野くんはオレンジの皮を剥いていたようだ。目が吸い寄せられる。身を口に入れてもらう。美味しい。果汁が口に行きわたる。あさましい気もしたが、飲み込んで口を開けるとと次々に入れてくれた。ひなに餌を与える親鳥のようだ。

 

 「よかったら、これも?」

 

 志野くんがちょっと迷った後、リュックサックから新聞紙にくるまれた分厚いサンドイッチを出してくれた。二人で半分こして食べる。少し喉が詰まるので、途中で水を取りに行った。

 

 落ち着いた。

 

 二人で顔を見合わせる。うれしくてにこにこしたら、志野くんも笑ってくれた。

 

 「じゃあ、僕はこのへんで。」

 

 「あ、」

 

 聞きたいこと、話したいことがいろいろある。でも志野くんも忙しいのかな?

 

 「志野くん。」

 

 忙しかったらいいけど。

 良かったら送るよ。ちょっとだけ散歩したいし。

 それに、わたしも志野くんのこと、知りたいんだ。

 志野くん、今日、わたしのこといっぱい知ったでしょう?

 わたしだって知りたい。志野くんのこと、いっぱい。

 

 見上げて、そう言った。

 志野くんは困惑ぎみだけど、いやがってはいない。むしろ、嬉しそうだ。

 自転車が置いてある公園まで、一緒に行くことになった。

 

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