タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
多少、後から加筆の可能性があります。
20231103 登場人物(紫藤みなりの前の、特別奨学生)の名前を、一部修正します。
(旧)
(紫藤みなり視点)
自分の部屋に、もどることにして。
今しがた目撃したものにショックを受けてたけど、なんだか現実味がなくて。
でも音がしないように気をつけながら、わたしは狭い通路をたどった。
――部屋に戻ったら、全部ばれてて。
あの隠しとびらをあけたら、だれかが待ち構えてたりしたらどうしよう。
そんな妄想を抱きながら、せまい通路を這うようにして戻り。
びくびくしながら、本棚に偽装された扉を開けた。
もちろん部屋は無人で、わたしがいない間、誰かが出入りした気配もない。
わたしはベッドにそっとうつぶせにたおれこみ、体を伸ばして、ほうっと息をついた。
5分くらいそんなにして伸びてたけど、いつまでもそうしてるわけにもいかず。
また誰かに会うんじゃないか?なんて思いながら(さすがにあの場にいた人たちのだれかに今会ったら、普通に話せるか自信がなかった)、トイレに向かい。
洗面所で水を飲んで、いつのまにかからからになってた喉をうるおしてから、急いで部屋に戻り。
シーツに潜り込もうとして、――そしていままで着てたガウンを見下ろした。
うーん。まずいかな。
冒険の間はふとももの半ばくらいまでまくりあげてたんだけれど、ちょっぴり埃がついてる?
でも今、パタパタ音を立てるのもよくない気がする(この一角、私とまいらさんしかいないし、防音はよさそうだと思うけど)。
わたしは、ちょっと考え。
ガウンを脱いで、ベッドのシーツに入った。
ベッドのシーツは、ホテルみたいにぱりっぱりにきれいに張られてるわけじゃないけど、清潔なものだ。
真夏だけど、少し高原にあたるからなのか、涼しい。
裸の肌にじかにさわさわするシーツが、心地よい。
まだあの不思議な果汁の影響が残ってるんだろうか、やがてふわふわと心が安らいできた。
さっきまで感じてた不安は消えてきて、今はまた、大丈夫大丈夫、みたいな気分になってきてる。
重たいまぶたを閉じると、この館の奇妙な人たちのことが、頭に浮かんでくる。
やさしい顔とおそろしい顔をもつ、二重人格のおじいさん。
アンドロイドみたいな、無感情な伯父さん。
下品で意地悪で乱暴そうな、近知郎さん。
背が高く落ち着いてる、でもためらいもなくあの男の人の耳を切った剣波さん。
困るくらいにフレンドリーで押しつけがましい、でもハンサムな外見で好みの青年、テドさん。
きれいだけど元ヤン(?)で、なんか事件起こしたことがあるらしい、侍女のまいらさん。
そして、まだ姿をみていない謎の「クルスィファ」さんと、篠崎さん。
(篠崎さんは、あの囚われのラプンツェルと同一人物だろうか?)
昼食会では、なにごともなくおだやかな雰囲気だったのに。
その後にあの隠し通路を使って分かった、ひどく異常な館の姿。
あのおじいさんとこの館は同じだ。何かおそろしいものが、隠れてるようだ。
早く、それこそいますぐ逃げたほうがいいんだろうか。
でも、まいらさんや篠崎さん。あと善の側の(?)おじいさんやテドさん。
あのひとたちを、見殺しにすることはできないよ。
志野くんだ。志野くんと、さとみんに相談して、そして、――
ただ、考えるには、わたしは精神的に疲れきっていたんだろう。
頭をぽふんと枕に落として数十秒後には、わたしの意識はなくなっていた。
――――――
――――――
(第三者視点)
館の、秘密の地下牢獄で。
館の主に拷問され、さらには体力において彼女に勝る残忍な男と戦わされ、疲れ切った侍女は。
解放され、足をひきずりながら本館に戻り、入浴しなおしていた。
温かいお湯にちゃぽん、と浸かると、はりつめていた心がすこしずつほぐれてくる。
まだ完全ではないが、それなりに体力は戻ってきているし。
喧嘩は好きではないが、別に不得意ではない。
でもやっぱり、害意むきだしで本気で殴りつけてくる、自分より体が大きく力も強い相手と戦うのはかなりのストレスだった。
今日は、運がよかった。
体力に勝る相手がこちらを侮ってくれたのは、もちろんだが。
なにより、負かしても心が痛まない相手だったのがよかった。
むしろ、失禁するくらい締め上げてやって、すっきりした。
ふぁらりす(?)の牛がなんとか、とか御前様が言ってたけど。
きっとこの後、あの男は悪趣味な拷問道具で責め殺されるのだろう。ざまーみろだ。
この侍女は一度、そんな陰惨な場面をみせられたことがあったし。
今日の自分たちのように男たちが戦わされ、一方が他方を殺すありさまを観戦させられたことも1回あった。
ちなみにそのときは近知郎が、やすやすと相手の屈強な男をうつぶせに組み敷き。
笑いながら、その頸椎をへし折って殺していた。
侍女はもともと、楽天的な性格だ。
でも目の前で人が殺されるのをみた、その日はさすがに寝つきが悪くなった。
ベッドに入っても、自分の体が、わらくずみたいに少しの風で吹き飛ばされてしまいそうに心もとない。
がたがたと、勝手に震えてしまう体を寝具できつくきつく巻いて、胎児のように丸まり。
気を失うようにして、なんとか寝つき。
そして悪夢をみた。
いつか自分も、ああいう風に対戦相手に殺されたり。
あの老人に玩具として弄ばれて、嬲り殺されたりするのだろうか。
せめて館の主である老人と情交して、自分の価値を認めてもらえたら。
戦わされたり拷問されたりすることは、ないのではないか?と思い。
週に2度ほどの添寝や付き添い入浴のたびに老人を誘惑しているのだが、一度も応じてもらえていない。
どうも、あの妙な何かを頭に載せていないときの老人は。
載せているときとは、まったく別人のように性格が異なっていて。
善良で無害な人物のように思える。
ただ、そんな状態のとき。
彼女が老人と接する添寝や入浴のときには、老人はあまりまともな会話ができる状態ではない。
きっとあの側用人が老人によからぬ薬を盛っているからなのだろう、と彼女は推測している。
きょうの午餐会のように、何も頭に載せていない状態なのに、普通に正気で意識のはっきりした状態なのは、とても珍しい。
彼女が、付き添い入浴や添寝などで老人に付き添うときは、老人は。
ほとんど回らない口で、サルが恐ろしい、カニはとても悪い奴だ、と。
恐怖に染まった顔で、何度聞いてもよくわからない話をモゴモゴと彼女に訴えかけてくるだけなのだ。
だれが老人にクスリを使ってるのか、とかの肝心なことは、話してくれない。
(呆けてるせいもあるかもしれないが、この状態のときには老人はある種のことを『話せない』みたいだ、と彼女には思えた。)
ちなみに添寝のときは、彼女にも睡眠導入剤らしい薬が処方される。
老人と言葉を交わせるのは、意識がある冒頭の時間だけだ。
この侍女は、女たちをクスリで死んだような意識不明の状態にさせて、その間に客に好き放題にさせる、というサービスが売りの、変態の集う店に一時的に囲われていたことがあり。
その店の客と同じで、買われた以上はきっとモノのように犯されるのだろう、と割り切って。
自分が意識を失った後、好きなだけ好きなようにしてくれてかまわない、と最初に老人に伝えたのだが。
なぜかこれまで一度も、寝ている間に勝手にその体を性欲処理に使われることはなかった。
むしろ起きてみると、乱れてたはずのふとんが丁寧にかけられてたりする。気を使われていたようだ。
素の老人は、呆けてはいるが悪い人ではないのだろう。ちょっと自信なくすけど。
だからこの本当なら無害な老人を操っているのであろう側用人を、侍女は強く警戒していた。
老人が(別の種類のクスリを使われて?)豹変して、頭が切れるけど、ひどく残酷な所業に及ぶ状態のときは、必ず近くにこの側用人がいる。
侍女が一度、見せられた責め殺しの場面では、この側用人が。
正確無比に丁寧に、むごたらしい拷問を実行していたし。
さらに、近知郎の話では。
不要な人間を生きたまま煮殺したり、ギコギコと切り刻んだりといったことも、この側用人は平然とやっていたらしい。
でもこの側用人、外見はごくごく実直な、なんなら銀行とかの固いお勤めのまっとうな人間に見えるのだ。
日頃は穏やかで、侍女の仕事や心構えも丁寧に教えてくれる。まったく内心を見せることなく。
おそらくは高齢と薬のせいで人格がめちゃくちゃにされてると思われる老人や、残虐性がハッキリしててわかりやすい近知郎より。
彼女にとっては、この穏やかな側用人こそが不可解で恐怖を掻き立てる存在だった。
ぴちゃん。
――あまり湯につかりすぎても、よくない。
天井からしたたるしずくの音に、我にかえり。
回想にひとくぎりをつけ、ふうっと息を吐いて、彼女は湯から出る。
先のことは考えない。とりあえずは、今日明日を生き延びよう。
自分でも自信のある、見事な体を洗面スペースの大きな鏡に映す。
挑発的に、軽く腰に片手を当てて体をねじり、胸をつき出したポーズで妖艶な流し目を使ってみる。
殴られた赤い痕のある頬が気になり、軽く手を当ててみる。少し腫れている。
よく冷やしておけば、赤みと腫れは明日にはひく。内出血、出るかな。化粧でなんとかごまかせるだろう。
風呂から上がれば、共用のキッチンの冷蔵庫の氷嚢で冷やしておこう。
そう、侍女は思った。
もう、あの負かした男の行く末のことなど、まったく考えていなかった。
風呂場の浴槽部分の天井は、高い。
さっきの天井からのしたたりが、単なる湯気による露以外のものではなかったか、という可能性に。
そのとき彼女が思い至ることは、なかった。
――――――
事実上、相手の男を殺したも同然だが、特に気に病んでいないこの侍女は。
育ちが悪いが、必ずしも酷薄な性格ではない。むしろ育ちを考えるとかなり善良だ。
彼女の家も、彼女が生まれた頃は、地方都市のやや貧しいがありふれた一家だった。
幼いころはよく来てくれていた父は、そのうち家に寄りつかなくなり。
優しく美しかった母も、やがて彼女に関心を向けなくなり、おそらく男の家に出て遅くまで戻らないということが増え。
彼女は小学校に上がる頃以降は、週2、3回訪れてくれる、野菜の行商をしていた母方の祖母と。
あと同じ長屋アパートのおかみさんたちや、彼女を妹のように扱ってくれるその子供たちに育てられたようなものだ。
小学生高学年の頃にその祖母が病死すると、母はほとんどアパートに帰らなくなり、やがて家賃不払いで追い出され。
最初は母の男の家に同居させてもらったけれど、その男に襲われるというよくある事件の後、そこも飛び出し。
本格的に衣食住に困るようになった彼女は、同じような境遇の子供たちと廃墟寸前のボロアパートの一室で共同生活を営むことになり。
そのうち気がつくと、困窮した不良少女たちの集団の取りまとめ役の一人となっていた。
何しろ、生きのびなくてはならない。
普通のバイトは限られてるし、足元をみられてほとんどまともに稼げない。
危険だが単価が高い「売り」もせざるを得ない。
場合によっては美人局や、客の財布から金を抜くような犯罪行為も。
避妊にはみな気をつけていたが、失敗したり産みたくなったりする子も出てくる。
いまいち甘いところがある彼女は、仲間や赤子を見捨てられず手を尽くしたりなどして。
その評判を聞きつけて、身を寄せる子も出てくる始末。
社会から取り残された、居場所のない少女たち(後に、少年たちも2、3人入れた)の共同体は。
細々ながら、まあまあうまくいっていた、と思う。
かなり悪い男が目をつけて介入してきて、その男に騙されて結託した子たちに嵌められ、彼女が追い出されるまでは。
その後、あの共同体は多分、怖い人たちの売春組織に吸収されてしまったのではないかと思う。
追い出された彼女は、その時その時を生き延びるのに必死で、あまりその後のことは気にしていられなかった。
途中までみんなで育ててた仲間の赤子が、ちゃんと育ったかときどき気になったが。
数年後に侍女は、時間をみつけて仲間たちと暮らしてたそのボロアパートの近くに行ってみたこともあったが。
かつての仲間や赤子の姿はなく、思い出の部屋も遠目には空き部屋になっているみたいだった。
心の中でなにかが、ふしゅう、としぼんだ気がした。
その日は自分の部屋にもどると、いつもは飲まないやけ酒を呷った。
あとは、
幸いにも彼女は、人目を引く華やかめの容貌、男の関心を惹く身体に恵まれており。
ポールダンサーや、ストリッパーとして働いたり。
監督に気に入られて、映画にも出たり。
(意外なことに、単なるエ口ビデオではなくちゃんとした映画なのだ。まあ、脱ぐ役なんだけど。)
それなりにがんばって、生き抜いてきた。
ただ、ろくでもない男に騙され、借金を負わされて落魄し。
さらにはルームメイトを強姦しようとした男のアレを斬り飛ばすという事件をおこし、過剰防衛で傷害の前科がついてからは、悪条件で体を売る生活が続き。
過酷な生活の中で健康をすり減らし、かなり重篤な、死病にもなりうる病を得てしまっていた。
御前様に購入される前後。彼女は、迫りくる死の足音を遠くに聞いていた。
そんな折、富豪の侍女兼慰み者として買われないか、という話が回ってきたのだ。
契約書を読まされたが、残念ながら彼女はあまり難しい漢字は読めない。
むずかしい法律のことは、もちろん何一つわからない。
買ったら払う。借りたら返す。約束は守る。
その程度しか、わかっていない。それでこれまでやってこれた。
ただ、今回の契約は、危険なものらしいとは感じていた。
何をされても仕方ない、命を奪われることもあるかもしれない、という点。たしかにヤバい。
しかしその時の彼女は日に日に体力が落ちてきていて、自分でもだめかもしれないと思っていた。
死ぬのはイヤだ。絶対にまだ死にたくない。
買われたら玩具にされて殺されるのかもしれない。でも生き延びられる可能性だってあるに違いない。
今のままだと、遠からず死ぬしかない。それに比べれば、まだマシだ。
生きるためには、なんでもしよう。
そう思って、身売り証文にサインした。
最初に、あの側用人と、クルスィファという筋骨隆々とした男の2人に会った。
とくにクルスィファは一目見て、衰弱していた状態だったにもかかわらず、彼女のことを気に入ったようだった。
その後、病院に入院させてもらい、最高級の治療を受けて。
若く生命力の強い彼女は、だんだんと体力を回復した。
完治したかどうかまでは彼女にはわからないが、日常生活に支障はないレベルにまで。
そしてさらに、館での勤務もこなせるくらいまで。
並行して、授業や実習まで受けさせてもらった。
ちゃんと鉛筆でやる勉強なんて、中学以来のことだ。
ときたま、胸が悪くなるような残酷な所業を見せつけられることがあるが。
今までだって悪質な雇い主に囚われ、似たような経験をしたことがないわけじゃない。
それ以外は、ここでの生活は彼女が経験したことのないような、まっとうな暮らしだった。
だから彼女は、客観的にはかなり酷い仕打ちを受けていると思われるのに。
ここに買われたことを、感謝している。
それまでの生活がひどすぎて、ときおりかいまみる、この館の暗黒面も、ときおり受ける残酷な仕打ちも。
「それくらいは普通だろう」と思っているのだ。
意外に純粋なところのある彼女は、衣食住の安定した生活を得て。
ささやかな未来への希望すら抱きはじめる。
――侍女としての仕事を学んで、ちゃんと勤め上げて円満に足抜けして、堅気の暮らしをしたい。
あまりお金はたくさんはいらない。男も、もういいや。
できれば、小さいかわいい子供たちに囲まれる暮らしがしたい。
昔の共同生活や風俗勤務のときに、仲間たちの何人かが抱っこしたりバギーにのせていたりした(彼女も抱っこさせてもらったり、哺乳瓶を咥えさせたり、おむつを替えたりしてお世話してあげたりしたことがある)、小さな赤子や幼児。
すごい不細工なのに、すごくかわいく思えた。
小さな手に指を握らせたりすると、胸の奥から暖かい何かがでてくる気がするのだ。
いいなあ、と当時、彼女は仲間たちをうらやましく思っていた。
だから。
その望みのために、彼女は修業のように、毎日心を込めて侍女としての仕事につとめ。
夜の就寝時間前には時間をとって、小学生向けの計算や漢字ドリルや九九の暗唱を勤勉にこなす。
時々は館の男たちに手荒く犯され、今日のように生命の危機に直面したりもするけど。
でもその異常さがわからない彼女には、この館はかなり居心地がよい、マシな職場なのだ。
ただ、やっぱり気になることがある。
彼女の、元同僚(?)。
特別奨学生であるという、
閉じ込められてる理由はわからない。何か、不都合なものを見聞きしたのかもしれない。
あの子がどうなるのか。先のことは考えない癖をつけてしまった彼女には、よくわからない。
なんとか、助けてあげたいけどな。
でも、どうしていいかわからない。
側用人様に一度勇気をふるって聞いてみたが、穏やかに微笑まれただけで何も答えは返してもらえなかった。
――あの子、殺されちゃうのか。
そう思うと、なんだか胸が締まるみたいに、きゅんとする。
側用人様が、不要だと判断した男をなぶり殺しにしたのを見せられたときのことを思い出す。
サンドペーパーで、全身の皮を丹念に剥がして塩をすり込まれ。
意識のあるまま、無煙ロースターのとろ火で焼かれ、耳をつんざく絶叫をたてていた。
――もしもあの子が、あんな目に会うのだったら。
そう思うと、ひどい焦燥感を覚えた。
しかしいなくなって数日すると、良くも悪くも切り替えが早い彼女のなかで、
――みなりちゃん、うまくやっていけるかな。
最初は、いろいろ教えてあげて。
そして近知郎たちからも、守ってあげないと。
小さい子をまもるのは、大きい子の務めなんだから。
あの子を見ると、胸がぽかぽかと温かくなる。
赤ちゃんをみるときと、同じ感じだ。
なでなでしたり、美味しいものを食べさせてにこにこしてるのをみてみたい。
――さて、ここはアタシががんばってあげなきゃ。
おそらくは過去の自分を投影しているのだろう。
なんだか妙なやる気スイッチの入った彼女は、深夜の洗面所で。
洗った顔に、それまでの生活では使ったこともないような高価な美容液を染ませ、痛まない程度に頬を軽くたたき。
自分に気合を、入れ直していた。