タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
三人称視点です。
「まあまあ、よさそうだったじゃない。」
「うん、期待以上だね。」
調布智美と国領ハルカの、二人は。
絵画教室でのモデルを終え、ほくほくとして階段を公民館の階段を降りていた。
国領ハルカの鞄の中には、絵画教室の主宰者からもらった2枚の千円札の入った封筒がある。
今回は来てくれた心づけということにしてほしい、と絵画教室の主宰者は言っていた。
今回は試しで、ということだったし、国領ハルカとしても異存はない。
続ける場合も、だいたい同じようにしましょう、と言っていたし、
アルバイトとしても、実入りがいい方だ。
このアルバイト、じっとポーズをとって動いてはいけない。30分ほど。
けれども、その間にいろいろ考える材料を用意しておけば、必ずしも無為な時間ではない。
事実、国領ハルカは、頭の中で体操の技のこととか、今週の予定とかアルバイトのこととか、親しい友人たちのこととか、その一人である
ちなみに付き添いである調布智美も、絵に興味があるということで体験参加の扱いとしてもらって。
国領ハルカのデッサンをして、指導も受けてもらって喜んでいた。
受講生は、老若男女さまざま、10人くらいだ。
おじいさんもいる。主力は小母様だが、若い男の子も、女の子も、中年のおじさんもいる。
みんな、熱心にみつめてきて、それはもちろんデッサンのモデルだからなのだが、――どことなく国領ハルカは晴れがましく感じた。
特に、魔○の宅急便に出てくるトンボ君みたいな青年。ひときわ熱い視線を注いできていたような気がする。
その近くに座っている、ちょっとおとなしい感じの大学生くらいの女の子は、おそらくトンボ君に気があるのだろう(まだ付き合ってるほどではない、と国領ハルカは踏んだ)。
その彼女は、国領ハルカに注がれるトンボ君の視線に気がついたのか、気が気でなさそうな感じだ。
ただ性格がいいのか、現在のところはとくに彼女から敵意は持たれていない、――と思う。
ボクは別にトンボ君には興味ないから。そっちでくっついてくれるといいよ、と彼女は思う。
この教室のやり方なのだろう。30分弱、彼女がポーズをとってモデルをしている間にも、先生が参加者の間を回って行って個別に指導を入れていて。
その後、10分ちょっとくらい、それぞれの作品をみんなでみる。
そして簡単に先生の講評と解説、実演での指導などをする(その間、国領ハルカは休憩だ)。
それが終わると、参加者全員、短時間の休憩。
紙コップと飲み物(麦茶だ)が出され、参加してた小母様のひとりが、これよかったら、と手焼きらしいクッキーをみんなに供していた。
そしてその小母様を含めた仲良しの人たちらしき一団が、まぁーきれいでかわいらしいわあ、
国領ハルカも、そんな雰囲気は嫌いじゃない。きゃぴきゃぴと元気に応じる。調布智美も、向こうで主催者の先生を交えて何人かで話してる。
主催者はもうかなり年をとった温厚そうなおじさん、というよりおじいさん。
もともとは美術の教員で、現在は一度定年退職して、非常勤で教えているらしいが。
フルタイムではなく週3日とかなので、それ以外の時間でこのような絵画教室を複数やってるらしい。
主宰者の先生の柔らかい人柄のためか、メンバー間の人間関係も悪くなさそうだった。
調布智美も、デッサンをチェックしてもらっていた。
それを見せてもらったけど、結構上手い。写実的ながらドラマチックな力強いタッチ。実物よりも少し体の起伏が強調されていて、面はゆい。
他の人のも、講評のときに見せてもらった。玄人はだしの上手いのも、稚拙なのもある。当然、顔が似てない別人になってるのもあるのはご愛敬だ。
トンボ君の絵は、繊細なタッチでとても上手い。
後半も、そんな感じで進む。
疲れてないか確認された後、こんどはちょっと違うポーズで。
その後、また総括で講評が入る。
絵画教室自体は、もう少し時間があるらしいけど。
遅くなるといけない、雨になりそうだし早めに帰ってね、今日はもういいですよ、と先に帰される。
国領ハルカたちの正味での拘束時間は、1時間半ちょい程度。
これからも国領ハルカがときどき来てくれるかも、と先生がいうと、みんな歓迎の拍手で送ってくれる。
参加者にお別れの挨拶をして、バイト代の封筒を主宰者の先生からもらって。
ふたりは教室の開かれてた会議室を出て、玄関の方に歩いた。
「続けるんでしょう?」
「うん。雰囲気も悪くないし。できれば、続けたいさ。
――たださ、先生の話だと、月1か2くらいだよね?
それだとたいした収入にはならないんだよね。」
石膏像とかオブジェとか静物画とかもあるし、公民館の付設の公園で風景画を描くこともある。
だから生きた人間である国領ハルカがモデルとして呼ばれるのは、「ときどき」≒月2くらいになるということらしい。
茂良男のノルマを単独で満たしそうな収入には、到底ならないだろう。
学業に差し障らないのは、とてもいいけれど。
「社会経験とかを積みたいんでしょう?だったら、いいじゃない。
それに、他の教室とかは?遠くなければ、って誘われてたみたいだけど。」
「うん。さとみんの家の近くの会場とかなら、受けてもいいかな。」
この先生、いくつか似たような絵画教室の講師を別の地区でも引き受けているらしく。
その中には、
もしかするとロカっちの家の近くとか、みなりんの家の側とかもあるかな。
もしそんなのがあって、部活の休みの曜日と合えば、やってもいい。
時間帯次第だが、部活がある日でも体力的にはやれなくもない。
そう、国領ハルカは思う。
公民館の玄関まで来る。生暖かい空気に、湿り気があり。
そして最初の一滴が、ぽつり、と。
「降ってきたね!」
「急ぎましょう。――ハルカ、傘ないわよね?」
ふたりは、急いで帰ることにする。
雨が降るかも、というのは天気予報で知ってたから、調布智美は折りたたみ傘を持ってきてる。
でも、国領ハルカは持ってきてない。
それに、スコールみたいに大雨になったら、二人での相合傘は厳しいだろう。
二人は、――いろいろしゃべりたいこともあったのだが。
傘もささず小走りに、国領ハルカの家の方面に向かう。
公民館からは近い。歩いてせいぜい5、6分くらい。かなり走って飛ばしたから、もっとずっと早い。
家の近くに来ると、調布智美は足取りを緩める。
ちらっと時計を見る。午後7時半すぎ、穏当な時間だ。
家の前までは行かず、家に入る路地の入口のかなり手前で、別れる。
「じゃあね。気をつけて。
って言っても、すぐそこだからここから見とくけど。」
「うん、ありがとー!さとみんも、気をつけてね、またねー!」
さりげない気づかいがうれしくて、なんとなく甘酸っぱい気持ちになり。
それをごまかすように、国領ハルカは駆け出し、玄関ドアを跳ね開けるようにして開けて入っていく。
もうこの時間だったら、伯父さんは分からないけど伯母さんは必ずいる。
あのいけすかない義兄がいても、大丈夫だろう。
国領ハルカは、足のバネをうかがわせる足取りで、靴を脱ぎ捨てて框を上がっていった。
―――――――
もう大丈夫だろうか。
国領ハルカが家への筋に入るまで、周りに目を配りながら待機し。
そして国領ハルカが自宅のある路地に入るころに後を追うように歩き出し、その露地の前を通り過ぎざまに
遠くに響く雷を聞きながらも、すぐには帰らず、路地を通り過ぎたあと、またふり返り、しばらく佇んでいた。
人の往来がないのを確かめて、そして少し考えて、折り畳み傘を取り出して差し、家の方向に足を向けてあるき出す。
国領ハルカと別れたときはまだ傘もいらないくらいだった雨が、本降りに。
そしてすぐに、激しい雨に。
ざああっ、と大粒の雨が、まだ熱く火照ってるアスファルトの表面に、波状に幾度となく打ちつける。
蒸し暑い一日だったが、肌で感じる気温が急速に下がり始めた。
正直、折り畳み傘では心もとない。
現実に、かなり強めの風の所為もあって。
膝や腰のあたりまで、とどく雨粒。
濡れて裾付近がまとわりつきはじめたスカートや、びちゃびちゃになり始めた靴下がとても不快だ。
――スニーカーも制服も、帰ったら洗わないといけないだろうな。
早く服、脱ぎたい。シャワー浴びたい。
うんざりしながら、調布智美は家路を急ぐ。
だが一見、無防備に見える彼女の背中は、心なしか警戒モードにあることに。
強くなった雨に慌てて道を急ぐ通りすがりの人々は、気づく由もなかった。
――――――
とある人通りのない、狭い通り。
(調布智美は知るべくもないが、あの国領ハルカがタカとカツらに襲われたあたりに近い。)
そこに、さしかかったとき。
後ろから音を忍ばせて近づいてくる足音には気がついていたけれど、いきなり肩に手がかかりそうになったのは予想外だった。
「あ、きみ、「大丈夫です。」」
くるっと回転し、肩を触られる前に、相手の伸ばされた手を外して間合いを取る。
肩を抱き寄せようとしていたのであろう相手は、驚いたようだった。
心の中で舌を出しながら、相手を見定める。
外見は、すごくいい。
中肉中背、つまり彼女とおおむね同じくらいの身長で。
顔はバブル期に人気絶頂だった「
見覚えがある。あの公民館の太極拳教室で演武していた青年だ。
清潔そうな無地の白い厚手のTシャツ、濃い紺のブルージーン、足元は少しウェスタン風の黒いストラップブーツ。
柔らかそうなソフトウェーブがかかってる髪は、少し色を抜いてるみたいだ。
右手には、大き目のしっかりした雨傘。
「いや、大丈夫じゃないでしょ。
そんなに濡れてて、風邪ひくよ?」
――その制服。君、中央の子でしょ?
僕もOBだし。たまたま
車があるから、よかったら近くまで送って行くよ?
ものやわらかに言い募る、美青年の目をみる。
相手の嘘を見抜いたりとかの特殊能力は、彼女にはない。だからあっさり、あの元家庭教師にもダマされた。
そう自分でも自覚していて、眉が寄る。
心理的な後遺症で、最近少し和らいだとはいえ、男に向ける目は厳しくなってしまう。
ただ、それを割り引いてもいくつかの不審な点があるように彼女は感じた。
「ありがとうございます。」
「あ、それじゃ、こっちだけど、「――でも、」」
かなり失礼なのかもしれないが、語調を強めて割り込む。
「貴男のご親切なお申し出、すごくうれしく思いますが。
でもあたしは、もう今更ですし。貴男の車も濡らしてしまいます。」
――それに。
さっきすれ違ったんですが、荷物を持ったおばあちゃんが濡れてて困ってましたよ。
そういう方から、助けてあげてくださいね。
そう、敵意も隔意もみせずに、猫をかぶって丁寧に答える。
相手がちょっと格好いいからソフト路線にしたわけじゃない。多分。おそらく。
「いや、大丈夫だよ。バスタオル敷けばいいし。」
「ですから、そのご親切はおばあさんかおじいさんに。」
「でも、今僕の目の前にいるのは君で、――」
「繰り返しになってしまいますが。
貴男はとても親切な、優しい人なんだと思います。
でもあたしは、知らない男の人の車に乗るのが、雨でびしょぬれになるより、ずっと嫌なんです。」
あくまで丁寧に、だが断固として言い切ると、さすがに言葉が続かなかったようだ。
「では、失礼します。」
「あ、待って!
せめて、これ持っていって?
返してくれなくて、いいから。」
丈夫そうな長傘を押し付けられる。
押し返そうと思ったが、手を離すと傘が落ちるだろう。
こちらが拾うと、隙をみせてしまうことになる。
あちらに拾わせてもいいが、それはそれで相手に踏み込ませることになるし、気も引ける。
男には不信感を持っている
「――返せないけど、いいんですか。」
捨てることになるかも、と言い向ける。
「いいよ、もともとそのつもりなんだし。
家まで、気をつけて帰ってね。風邪、ひかないように。」
「ご親切、ありがとうございます。
お兄さんもお気をつけて。」
爽やかに笑う美青年の顔に含意は読み取れない。もしかすると、まったくの善意の人だったのかもしれなかった。
おずおずとした振りを作って、
「じゃあね。また会えるといいね。」
どうも、と再度頭を下げる。
相手は、
彼女がじっと見返していると、向こうに歩き出す。運動のできそうな、軽い足取り。
彼はそして、肩越しに軽く振り返り。
ひらひら片手を振ってみせた後は、振り返らず、角を曲がっていった。
その後、数十秒、見ていた。
変わった動きは、ない模様だ。
さて。
――好意には、甘えようか。
びしょ濡れではあるが、これ以上濡れたいわけじゃないのだ。
傘はずっしりとしていて、おそらくは上等なつくりだ。
長さも長いし、骨の数も心なしか多い気がする。
疑ってしまって、悪いことをしたかもしれない。
調布智美は、自分のちゃちな折りたたみ傘をたたみ。
長い傘を開いて差し、暗くなった道を急ぐ。
――今週は、たしかお父さんが帰ってこれるんだったな。
ちょうど、空港からのバスに乗ったころかもしれない。
いっそ途中、駅のバスターミナルまで、このまま迎えに行こうかな?
だけど足元や濡れた服が気持ち悪い。じゅくじゅくしてるし。いったん帰ろう。
と、そんなことを思いながら。
――――――
――――――
(第三者視点)
「――失敗?」
「ああ、ガードが固いよ。」
調布智美に傘を預け、颯爽とした足取りで角を曲がった青年は。
そこから軽く小走りになり(彼も雨に濡れたいわけじゃないのだ)。
表通りにハザードランプを点けて停めてあった自動車に、乗り込む。
自動車は濃紺のドイツ車。オリンピックの五輪に似たエムブレム。
良く知られたベ○ツやB○Wみたいにわかりやすく高価な目立つ車ではないが、上品で女の子受けもいい。
助手席に、
ぼさぼさの短い髪、痩せて隈の濃い顔は中性的だ。
実際にこの近くまで
荒事もできる、兄である彼は自動車を運転してきて追いつき、ここで交替したのだった。、
「お
「そんなことはないんだよ。失敗ばっかりさ。――でも。」
「?」
「傘、持たせた。超小型電波発信器つき。」
「さすがお
少しかすれた声での、賞賛の言葉を受けて。
さらさらした長めの髪についた水滴をタオルで拭きながら笑う、美青年の顔には。
さっき調布智美と会話していたときには決して見せなかった、どこか黒い邪悪な笑みが浮かびはじめてきていた。
「楽しみだね!
つかまえたら、今度は長く生かして遊ぼうよ。」
この前のは、すぐ死んじゃったからなー。
途中から髪もきたねー感じに抜けちゃってさ。最悪だったよ。
そう続く残酷な言葉に対し、微笑みながら青年は頷く。
こんどの
清楚で硬質な雰囲気、気の強そうな外見も、彼の征服欲をそそっていた。
あの連れ立ってたもう一人。趣向が違っていて、あれはあれで欲しい。
両方一緒に捕獲できたら、ますますいいのだが。
「こんどこそ、本番。
最後はちゃんときれいに皮を剥いで、つやつやした状態で仕上げたいね。」
ふたりは、にんまりと細めた目、三日月のような口で笑みを交わす。
今回、彼らはボディスーツも作ろうかと話し合っていた。
(数年前映画化された『羊たちの沈黙』は、彼らふたりのお気に入りの一つだった。)
前回は死んでから皮を剥いでみだが、正直いまいちな出来だった。
今度は、生きたまま剥げるだろうか。
「ただ、 ちゃんと家まで
何しろボタン電池だからな。電波も弱くて距離も短い。
時間も、持ってせいぜい3、4時間。」
「そんなものかー。じゃあ、すぐ行かなきゃだめじゃん!」
今にもドアを開けて走り出しそうなのを、制止する。
「まあ、焦らなくていい。
このあたりに家があるのかもしれない。通りまで抜けるかもしれないけどね。」
「じゃあ、車で?」
「うん。車、ゆっくり動かすから。この受信機、反応をチェックしててくれな?」
――この雨の中だと、普通の追跡は難しい。
それに相乗りを断ったのも、警戒されたというより家がこのすぐ近くだからかもしれない。
自動車を、さっきの路地の出口方向から、路地に入れてみよう。
狭いから、慎重に行こう。雨も、降ってるしな。
そう、美青年は思い。
ワイパーを動かし、アクセルを踏み、車を発進させた。
助手席では、受信機を握りしめた、この美青年と同様に整っているはずのにどこか妙な印象を与える姿が。
濁った目を輝かせていたのだった。