タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
(志野視点)
姉が、帰省してくるらしい。
ただ、アルバイトの関係でお盆直前になってしまうと書いてある。
青春18切符を使い、「大垣夜行」つまり「ムーンライトながら」と各停・快速乗り継ぎで帰るのだと。
よくやるよな。一人で帰るんだろうか?
女の子の一人旅、しかも夜行ってのはなあ。日本は安全だとはいうけれども、さ。
諸兄ご存じのとおり、この時代、JRの青春18切符は5枚セットで1万円ちょっと。繁華街のチケット屋さんでは、バラ売りしてくれてた。
1枚2250~2300円くらいじゃなかったかな。
それを使い、そして僕の実家は夜行を駆使すればかろうじて東京から1日で到達できる距離にあるから、飛行機とかに比べれば格段に安い。
僕も帰省するとき、お世話になったよ。
でも姉は、そこまで節約しなくてもいいと思うんだけどな。
たしかに僕の家はお金持ちなわけじゃない。だけど公務員だし、そんなに貧乏なわけでもない。
この時期まだ存在していたスカイメイトを使えば、航空料金だって相当安くできるはずだ。半額ぐらいだっけ?
姉はかなりしっかり者で、僕と違って在学中から勉強もしっかりやりつつアルバイトもしてたはず。
だからそれなりにお金はあるんじゃないかと思うけど。
インカレでやってるサークルの合宿とかにも参加するみたいだし、学生としては節約したいのかもな。でも、あまり危険なことはしないでほしい。
土曜日の帰宅後。
ややシスコンの気があることを自覚している僕は、丁寧な字で書かれた姉からの手紙を読み、そう思って少し眉をしかめた。
(あ、ちなみに姉の側は、カケラもブラコンの気はないと思う。幼少時にお医者さんごっこをしたのを僕はしつこく覚えてるけど、姉はきれいに忘れてると思う。)
しっかり者で頼りがいのある姉だが、今は僕の年齢の半分くらいの女の子。どうしても心配になる。
姉の手紙は、ハガキではなくちゃんと便箋に書き大判の封筒に封入されたものだ。
しばらく音沙汰なかったが、大学の定期試験があって忙しかったようだ。
姉はつくづく、こういうところはマメだ。
僕が姉に調査を依頼していたことについても、参考になりそうな補足の資料や文庫本もつけてくれてた。
もっとも手紙本文にそこまでの量はない。追加調査しても、あまり新しい発見はなかった、ということらしい。
本に関してもネタ切れか、あまり関係なさそうなものだった。大学の頭のいい同級生に、それとなく聞いてみたら勧められたものらしくて面白そうではあるけれど。
うーん、あまり現実的には参考にならないだろうな。でも後で検分してみよう。
姉からの手紙をそっとしまい、伸びをする。
まだ早いというのに、窓の外からは、暑苦しいアブラゼミの声がし始めている。
今日も暑くなりそうだな。
それにしても、今日はどういうことになってたんだっけ。
紫藤の家に行って、様子を確かめてみよう。
紫藤と何して過ごそうかな。僕としては紫藤となら、何でもいい。扇風機の風を浴びながらいちゃいちゃするだけでもいい。
でも、できれば郊外の涼しい森とかにいって森林浴(?)でもしてみたいかな。あの竜神様関係の「
そう、僕は思った。
――――――
それから、1時間あまり後。
「先輩、すみませんっす。」
「ああ、いいんだ。君も大変だね?」
目の前で、涙ぐみそうなくらい恐縮しつつ、紫藤弟がうどんをすすっている。
正直、あまり美味しくはないんじゃないかな。
単なるかけうどんで、ネギすら乗ってない。
だけど紫藤弟は、すごい勢いで食べてる。うん、ちょっと引くくらい。
姉の手紙を読み終え、早く紫藤といちゃつきたくなった僕は。
少しずつぬるくなりはじめた空気を切り裂き、自転車で坂を駆け下り。
長々とした坂を上って、紫藤の家に行き。
インターホンを鳴らし、───数回鳴らすも反応がなく、最近いい気になってて紫藤に嫌われたかもしれない、と被害妄想を抱き始めたころに、やつれた紫藤弟がドアを開けてくれた。
正直、どうしたのかと思ったよ。
どうやら紫藤は天候の所為で、家に帰れず、ホストファミリーの家に泊まると連絡があったらしい。
台風のため地盤が緩んでいて、そして昨日も夕方から急にまた大雨になって、あちこちで小規模な土砂崩れが起きてるのは事実だ。
紫藤のホストファミリーの家も、おそらくちょっと山あいに入ったところに位置しているのだろう。
僕にも電話くれればいいのに、とは思ったけど、紫藤みたいな性格の子はホストファミリーの家の電話で交際相手に電話かけるなんてことは、しないだろうな。
(これは携帯電話が一般的になった20年後には、かなり理解しがたい状況かもしれない。
でも、少なくともこの地域のこの年代に、由緒正しい進学校の子が、しかもお世話になろうという家の電話でそんな破廉恥な(?)ことをするなんて、ダメダメ、といった感じだったんだ。
昔気質のホストファミリーだったら、関係微妙になってたかもしれない感じ?)
ともかくそれで、紫藤弟は自分で自分の食事を作ることができず。
――というかその気力が出なくて、やや涼しい廊下で気絶するように眠り込んでいたらしい。
そしてそこに僕が来た、という塩梅。
僕はほとんど荷造りされ、空っぽになりかけていた冷蔵庫からわずかな食材を見つけ。
荷造り中の段ボール箱から乾麺のうどんを発見し、おそらくは普通は使われていなかったと思われる、かなり賞味期限が過ぎてるのに後生大事に取っておかれていたヒガ○マルのうどんスープを用いて。
粗末なかけうどんを作り。
そしてこうして紫藤弟を餌付けしている、というわけだ。
ずるずるとすする音とともに、汁まで飲み干されたどんぶりが置かれた。
「先輩、ごちそうさまっした。」
ただ僕は、彼の声にわずかな気おくれとともに、まだ残る満たされない食欲の気配を看取し。
「──お代わり、いるかな。」
「――お願いしまっす。」
2杯目の準備に入るのだった。
――――――――
礼を言われ、いえいえそれほどでも、などとうそぶきながら。
僕は、うどんを供するためにあばいた、半ば荷造り済みの食材の箱をもとに戻す。
それにしても。
すごい片付いてしまってるけど、もう引っ越しなんだっけ?
「そうなんす。今日、宅配便に持ち込もう、って言ってました。」
そっかー。明後日から学校の寮なんだね。
楽しみかもしれないね。
あれ。でも明後日中に受け取るんだったら、今日明日中に発送しないといけないんじゃない?
「だから、みなり姉といっしょに荷物持ち込むつもりだったんすけど。」
それ、やっちゃう?
「え。いいんすか。」
いいも何も。
最寄りの営業所だか代理店がどこだか知らないけれど。
紫藤がこんな荷物、持って運ぶのは大変じゃないかな。
集荷じゃなくて、持ち込みなの?
「ええ。その方が100円くらい、割引があって安いって、――」
そうか。うーん。
――――――
まあ、そこまで節約しなくていいんだけどな。なんか既視感を覚えるよ。
ただ、紫藤弟の荷物は、すでに大型段ボール箱4つにきちんとまとめられてヒモまで掛けられている。
(あと歯ブラシとか文具とかの小さな雑多なものが残ってるが、これは大型のボストンバッグとかに詰め込んで、明日か明後日、そのまま持っていけばいいと僕は思う。)
たしかに、持ち込めなくはない量ではある。
それに、集荷にすると、一日中家に待機してないといけなくなるよな。
ここはひとつ、紫藤の想定してたように持ち込むことにするか?
そういうことになった。
――――――
このころは、まだコンビニは少ない。
このざくろが丘団地にも、まだいわゆるフ○ミマもローソ○もセブ○イレブンもない。
昔ながらの商店街が、団地の中央にある。1階が商店で、2階以上がアパートの、例のやつね。
そこのお米屋さんが持ち込み発送できる代理店になってる。ネコさんの宅急便ね。
おんなじ商店街のはずれの方に、郵便局もある。こっちも発送できる。
ただこの時代、大型の段ボールだと、ネコさんの方がわずかに安かった気がする。
だから、僕たちはそちらを目指した。
数十分後。
僕たちはすっかりばてて、商店街でガリガリ君に似たソーダ系アイスを購入し。
二人で並んで日陰のベンチに座り、それを舐めてた。
いや、天気は曇りなんだけどさ。蒸し暑くて。
大量の段ボールを積み上げて(一度で済ませたかったんだ)、自転車に括りつけて。
そしてそろそろ押して行って、なんとか一度ですませたんだ。お米屋さんには、ちょっと呆れられながらね。
ただ、超汗だくになってしまってさ。
せっかく持込割引で節約したんだけど、その一部をアイスという形で還元せざるを得なかったんだ。
「あー、先輩。これ、心配しすぎかもしれないっすけど。」
「ん?」
ちょっと大きくなりすぎたかな、という感じの
紫藤弟は美少年と言って差し支えないが、うん、僕は何も感じない。
ただ単に、「こいつ顔だけなら、ゲームかラノベの主人公か主要キャラ、いけるのになー」って思うくらいだ。
「みなり姉、なんだかその。浮気っていうか。」
「!」
あ、紫藤弟がビビった。
「あー、すんません!浮気じゃないんす。
みなり姉は多分、全然、違うんすけど。
えーと、寄宿先の人っていうんすか?その人が、みなり姉に」
あー、粉、かけてきてるみたいだって?
確かに不快な話では、ある。
「まあ、距離が近いっていうか。べたべたしてくるっていうか。
そこんとこ、気を付けた方がいいかもしれないっす。」
「ありがとう。」
うーん。いや、これが3、4か月前だったらさ。
みなりが自分で幸せを見つけてくれたら、それでいいやって思えたけど。
今はもう、僕は紫藤を離せない。別れるくらいなら、――!
たちの悪いストーカーみたいな思考を僕はめぐらし始めるが。
紫藤弟は、僕の漂わせはじめた黒い気配に恐怖しているようだったので、なんとか無理して収めて、平静を装う。
紫藤弟は、あたふたしながら、話を変えようとしている。
「ただ。
みなり姉の奨学金の団体だか、寄宿先なんだか、なんなんすかね。」
「え?」
「いや、あんな超高級な外車、出してくれたり。」
要は、なんか得体のしれないものを感じるというのだ。
黒塗りの外車が送迎に来るのは、まだいい。過渡期の一時期だけだろうから。
でも、高校・大学の授業料以外に毎月の給金、親(紫藤継父)への見舞金、そして母親の治療費負担。
それは、手厚すぎる気がしている。
そして、その奨学金団体の側の担当者(?)の、べたべたぶり。
もしかすると、厚遇を餌に、紫藤に恩を売りつけまくって、その負い目を使って。
紫藤を、どうにかしちゃう(要は、手を付けて愛人にする)つもりなんじゃないか。
そう、懸念しているらしい。
ごめん、それやってるの、僕だわ。
でも、たしかに。
生活保護行政とかでも聞くよな。給付側の担当者が、受給者につけこんでどうこう、とか。
ときどきニュースで見たりした。
実際にはその逆パターンも多いのかもしれないけれど。
紫藤の受ける奨学金の条件は、とてもいいものだと聞いた。
お母さんの治療費も出してくれるんだって!って、紫藤がすごくうれしそうだったのを覚えてる。
そんな馬鹿なと思ったけど、まあ特別枠だし、住み込みという条件を聞くと、言ってみれば将来の幹部を見込んで採用してる、って考えれば。
まあ、ありえなくはない。ただ。
「たしかに、外人が担当者の一人なんすよ。
これが、すげー、胡散臭いんす。
超でっかい、志野先輩より背ぇ高くて幅も大きい巨人なんす。
みなり姉、なんか熱を測るとか言って額を合わせられて赤くなってましたよ。」
なにっ。
確かにそれは。へー。ふうん。
僕は、――まあ、紫藤が悪いとは思わないけれど。
でも、心中かなり穏やかならぬものを感じた。
紫藤に何か、埋め合わせを求めたい(?)ような気分。
「だから。
オレ、みなり姉と離れちゃうけど、不安で。」
要は紫藤弟としては、そんな職権濫用するようなクソ野郎より、僕の方がいい、と。
そういうことらしい。
「ただ、だけどさ。
女の人の心は、変わっちゃったら戻らないからなー。」
そう、僕は平静を装って返す。
女の子は、冷めて、離れ始めると早いんだよな。
紫藤は、そんなことないと思うけれど。
でも、紫藤も女の子だし、――
1回目の世界で、わずかな期間、付き合ってた女の子。
その子も、離れ始めるとあっという間だった。
だからそれが、今でもトラウマになってる。
でも、紫藤は。
「だから、志野先輩、その。
みなり姉のこと。そーならないように、うまくやってくださいっす。」
いや、君、つい先月くらいは「みなり姉はオレのもの」みたいなこと言ってたよね!?
そう思ったけど。
素直に彼の応援自体は、受け取ることにした。
いくつか、補足的な話も聞いた。
(というか僕の黒い気配を感じた彼が、あたふたと紫藤の僕のこと好き好きエピソードを紹介してくれたという感じだ。)
僕のことでナチュラルにのろけてたり。
いつも紫藤弟が叱られるときに、僕が引き合いに出されてたり。
この前日蔭谷でみんなで歩いた時も、紫藤がずっと僕のことを視線の先に置いてたり。
たぶん僕のことを考えてぽやーとしてるときが観察されたり。
「志野くん、──んふふ」みたいな寝言が傍受されたり。
いやそれ、君が紫藤のこと好きすぎるでしょ、みたいなことまで。
ちなみに。
その紫藤に粉をかけてる、外国人についていえば。
すこし僕に似たところがあるって紫藤が言ってたらしい。
だけど、本命は志野先輩だと思うっす、と紫藤弟は断言してた。紫藤自身は、その外国人の担当者のことを、ちょっと迷惑というかウザがってた、と。
似たところがあるというのも噴飯もので、似ても似つかぬスキンヘッドの強面ゴリラマッチョだったと紫藤弟は言っていて、少し安心するとともに。
なんだか、いうに言われぬ不安がもくもくと心の空に出てきたのだった。
紫藤にその気がなくても、紫藤弟のいうように、抗拒不能な力関係を利用して無理やり関係を結ぶ、ってこと。
ありえなくはないもんな。
ましてや、体格差まであるとなると。
紫藤にはよく言い含めて、防犯ブザーとか持たせとくかな。あれ、あまり効果ないって説も聞くけど。
紫藤弟には、重ねて礼を言い。
ごみが飛び散りやすい、ふたのないゴミカゴに、アイスのごみを飛ばないようにまとめて入れて。
おそらくは心配事を僕と共有できて気が軽くなった彼の、男子校での男の子ライフのよしなしごとをふむふむと聞きながら。
自転車を引いて、いったん紫藤の家に戻ったのだった。
――――――
「ごめんね、志野くん。」
僕たちが家に戻ると、紫藤もすでに戻ってきた。
2階の自室のベッドにいたらしいけど、僕たちが帰ってきた音を聞きつけて、下のリビングに降りてきた。
(ちなみにテーブルとソファは、まだ置いてある。
どうも、紫藤がホストファミリーのところに寄宿することになっても、しばらくは家を売ることはせず、様子見するらしい。)
今日は僕の買った、あのデニムのワンピースを着てくれてる。
昨日は、連絡を入れられなかったことを申し訳なさそうに詫びられる。
いいよそんなの。
それより、知りたいことがある。あるけど、――
「あ、それと、志野くんとさとみんとに、相談したいことが、――うぐぐ、」
頭を押さえて、紫藤がしゃがみ込む。
「みなり、大丈夫か!?」「みなり姉!」
しかし、顔をしかめながら、紫藤が立ち上がる。
「ちょっと頭が痛いかな。
寝不足じゃ、ないと思うんだけど。」
「ああ、でもちょっと寝とくか、――それとも病院、行くか?」
「ありがとう、志野くん。ちょっと休ませてね。
お医者さんは、まだいいかな。
あ、千里。どっか行く?」
「あ、オレ。えーと、別に、」
「どっか行くよね?1時間くらい。その後お昼。」
「ハイ。」
おい、いいのかよ。
紫藤は姉の威厳(?)を見せつけて、紫藤弟を追い払った。
まあ、僕のところも似たようなものだ。
僕は紫藤のお姉さんっぷりに、妙な安堵を覚えた。
――――――
「それでさ。志野くん。」
大したことはない、と言いながらも、紫藤は今はベッドの上に転がってる。
僕は頭痛がある、と聞いたときから、不吉な予感を覚えていて。
脳神経外科あたりに予約を取ろうとしたのだが、紫藤は頑として聞き入れなかった。
手招きされて、僕も横に転がる。
紫藤はなんだか恥ずかしそうに、目をぱちぱちさせながら、僕の腕にそっと両手を添わせた。
「いろいろ、相談したいことがあったんだ。
でも、今はちょっと。明日、明後日かな。さとみんと一緒のときに、――うーん。」
また、頭痛がしてるらしい。大丈夫かよ。
「いいよ、みなり。そのうち、な?」
「うん。でも、――ごめん、また後でね。」
顔をしかめた紫藤だったが、話を切り替えた。
「千里も引っ越すし、わたしもそろそろ引っ越すことになるんだ。」
「ああ、そう言ってたな。」
家はしばらく残るから、ときどき寄って荷物を取ったり、家に風を通しに立ち寄ったりするつもりだとか。
僕もできる範囲で協力する、と言ったけど。
ただ、紫藤が言いたかった論点はそこじゃない。
引っ越してしまうと、しばらくは多賀島中央に通うことができたとしても、
「――寂しいよ、志野くん。」
しんみりと、紫藤が僕の腕を強く引き寄せてきた。
僕も紫藤の方に向きを変えて、そのまだ小さい肩を、もう片方の腕で抱き寄せた。
僕の脇腹に頭をつけた紫藤が泣いていたけど、声を殺してるのは気づかれたくないからなのだろう。
抱いた腕の指先で、背中をぱたぱたと軽く叩いていた。
やがて落ち着いた紫藤の、すやすやした寝息が聞こえてくるまで。
―――――
―――――
(紫藤みなり視点)
そんなに寝不足なことは、ないと思うんだけどなー。
今朝、おきたときからときどき覚える、この頭痛。
偏頭痛って言うんだっけ。
志野くんが過剰に心配してくるけど、多分たいしたことはないと思うんだけど。
今は、またちょっと寂しくなって志野くんに泣きついて、とんとんしてもらって。
恥ずかしくて顔を上げるに上げられず、軽く寝入ったふりをしている。
でもこれはこれで悪くない。
志野くんのシャツに顔をつけてて、息を吸い込むと、志野くんの匂いを胸いっぱいに吸い込めるんだ。
ふふふ。
さて。この頭痛。
寝不足のせいじゃない。
時間的には、昨日は結構よく寝たと思うんだ。
ベッドもふわふわぼよぼよで、気持ちよかったし。
寝た時間も、そこまで遅くないはず。
あの冒険の後で、電池切れでぱたんって、寝てしまったんだし。
あ、でも。心当たりがあるとすれば。
寝不足ではないって言ったし、時間的には、そうなんだけど。
やっぱりすごく刺激的というか、おそろしい体験があったから。
すごく、何か変な夢を見た気がする。
あと1回、夜中に人が来たように錯覚して、目が覚めてしまったような気がする。
よく覚えてないけど、そのとき頭というか、うなじのあたりを触られた気がした。
よく考えてみれば、すごく変だ。寝てる人の部屋に入ってくるなんて、ないよね。
起きて周りを見たけど、誰もいなかったし。
起きる前に出て行ったのかな?もしそうだとしたら、それ、まいらさん?
そんな気はしない。
まいらさんは、今朝はすごい普通だった。わたしが家に帰るので寂しそうにしてたくらいで。
まあいい。
夢の方だけでも、思い出してみたいな。
たしか、あの伯父さんや、近知郎さんや。
志野くんといたとき一度すれちがった、巨人な男の人や。
あとさとみん、ハルカちゃんと。
文化祭でみた、すごい美人な先輩とかも出てきてた夢だった。
そこまでは、覚えてる。
でも、その夢。
どうしても詳しい内容が、思い出せない。
なんだかわたしの抑圧された願望がおぞましい形で、噴き出したような夢だった気がするんだ。
目覚めたとき、なんだか全身ががくがくする感じが、おさえきれなかったくらいの。