タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
「大丈夫、志野くん?」
「大丈夫。でも次に休めそうなところで、休憩しようか。」
気づかわしげな、紫藤の声に応える。
いや、大丈夫なんだけどさ。
ただ、暑いんだ。汗が背中をびちゃびちゃにしてるのがわかる。
汗臭くなって、紫藤にヤダーって思われないかな。
そう思いながらも、僕はひたすらにペダルを踏んだ。
ほら、走ってれば風で少しは涼しいし。汗も乾くし。
――――――
あの後、僕たち3人は日蔭谷の家に寄り。
少し昼食に早い時間帯だったけど、ごはんをたかった。
(朝から僕の作ったうどんをおかわりしたはずの紫藤弟も、またありついてた。
あ、ついでにたっくんも。)
ナギさんのピアスを取って、淫靡なことがあったすぐ翌日のことだったから。
内心、何かナギさんの態度が変わってたらどうしよう、とか恐れていたけれど。
ナギさんは、いつも通りだった。もちろんマコトさんと、肩によじ登ってくるたっくんも。
ナギさんからは、いつもと変わらず、控えめだけど確かな愛情が伝わってくる、――気がする。
(ここらへんは、あまり人の感情を判断する能力が高くない僕にはよくわからない。)
ナギさんは、紫藤や紫藤弟に対しても、もちろん分け隔てなく暖かい態度で。
そう、仲のいい姪や甥に対するような感じ?
表情のあまり変わらない顔に、かすかに、うれしそうな気配を漂わせながらかた焼きそばを運んできてくれてた。
紫藤のひざに座り、かた焼きそばに入っている海老をねだっているたっくんを横目に。
僕はナギさん、マコトさんと健康診断の話とかを打ち合わせる。
明日(月曜)から、たっくんも入れて3人で、泊まりこみで人間ドックに行ってもらう。
大の大人2人もいるし、学校の補習もあるので、僕自身はついていかない。
念のため僕と大人2人で手順を追ってシミュレーションして、計画に穴がないか確認した。
たぶん、大丈夫だろう。まあ、ただの健康診断だし。
庭で、たっくんと紫藤弟とでしばらく昆虫採集をした後で。
紫藤弟をたっくんの遊び相手兼マコトさんの助手として日蔭谷の家に残し。
僕と紫藤のふたりは、竜神沢の近くの、例の神社に行ってみることにした。
竜神に使わせる予定の池状の「門」のある、あそこだ。
いや、せっかくのデートだから、もっと無心に遊べるところが良かったのかもしれないけれど。
紫藤がなぜか乗り気だったし。
僕も宿題は残しておきたくなかったんだ。下心もあったけど。
そして今。
なまなましい草いきれが、あたりを包んでる。
ときどき、ひゅうっと車が通りすぎる以外、真昼の県道沿いには人もほとんどいない。
昼に近づくにつれ晴れてきて強い日射が、雨の水滴を残す、伸び放題の草に照りつける。
ガードレールを越えて葛が道路に伸びてきてるところもある。
ときにはその葛のツタを踏み越えながら、自転車を走らせる。
盛夏だ。
ずっと道の先の方。木々の上に、もくもくとした入道雲がみえる。
あれで、雨降ったりするかな?
さて、そろそろゆるいのぼりの坂道に入る。
でも大丈夫、この坂はペダルに体重をかけていけば今の僕なら余裕で上がれる。
「志野くん、大丈夫?歩こうか?」
僕の後ろに二人乗りして、荷台に横座りしてる紫藤から、少し心配そうな声がかかる。
紫藤は麦わら帽子をかぶり、ナギさんから借りた、日焼け防止も兼ねた長手袋みたいなのをつけてる。
すごくダサかわいい。
僕は持参した野球帽だけど、首が焼ける。だから今は土方のおじさんみたいに、手ぬぐいを頭から背中に流してる。
「もちろん大丈夫。乗ってていいよ。」
もっと急な坂があったら、歩くのお願いするかも。
そう、伝える。
がんばれがんばれ、と紫藤の応援。
今回は、また懲りずに二人乗りで向かっている。
ちょっと考えたんだけどね。
今回、紫藤は自転車を日蔭谷に持ってきてるし。
だから紫藤も自転車で行った方がいい、という考えも。
ただ、紫藤の自転車は変速なしのママチャリでしかない。
天気も今は悪くないけれど、急変するかもしれない。そのとき、自転車2台は融通が利かない。
紫藤の服装も、そこまで自転車向きじゃないジャンバースカートだ。
(それはまあ、ナギさんの服を借りる手もあったのかもしれないのだが。)
行動の自由さとかを考えて、今回も二人乗りすることにした。
正直、自転車で行く距離じゃないんだけれどさ。いい運動だ。うん。
でも正直、そろそろ中型の免許取りたい。来週、1日サボって免許取りに行くか。
今回は2、30分おきによさげな公園や神社とかで止まって、休憩する。
僕はもちろん、乗ってる紫藤も疲れるだろうしね。公園で少しだけいちゃついたりも。
だから、まだ体力は十分残ってる。
「動物とか、出ないかなー。」
「死んだのだけだったね。」
むー、と紫藤のテンションが下がる。
生きてる猪の子供とかお猿さんとか出てくれればいいんだけどね。
僕たちのみつけたのは、不用意に道路に出て轢かれたのであろう狸の死体ぐらいだった。
みつけて、顔を見合わせたよ。
「それにしても、こっちでよかった?」
本当は今日は、もっと純粋に観光地っぽいところに行ってデートらしくしたかったな。
あの以前行った、樋木崎温泉のひなびた旅館に再度来訪してもよかった。用事もあるし。
でも昨日は紫藤がホストファミリーの昼食会に呼ばれてそのまま泊まったのもあって、十分に相談とかもできず。
結局、いつもと同じパターンになってしまってる。
本当は、南頃支遺跡とか行ったり、美術館に行ったりしてもよかったのにな。
ただ、美術館でやってる展覧会、僕のよくわからない抽象画っぽいやつで。
紫藤の口添えもあって、こっちにしたんだ。
「いいよ、楽しいし。
わたしは志野くんと行ければ、どこだって。」
木漏れ日をまぶしそうに見上げながら、紫藤がそういう。
ぴとっと頬を背中に寄せられると、僕ももうそれだけでいいような気がしてきた。
でもその背中。外のシャツまで汗がにじんでるんじゃないかな。不安だ。
──────
「着いたね、志野くん。」
そうしてまた1時間。
ようやく、僕たちはあの竜神沢近くの神社に到達した。
この神社のこぢんまりした社務所には、人が住んでる気配はない。
ただ、本物の廃神社ほど荒れはててはいない。
境内に落ち葉は軽く積もっているが、ぐじゃぐじゃになるくらいたまってるわけじゃない。
境内の道も、蜘蛛の巣が張ってたりするけど、通れないくらい枝が茂ってたりはしない。
たぶん誰かが通って来て掃除したり剪定したりしてるんだろう。週1か、あるいは隔週くらいか?。
最寄りの集落は、あの竜神のいる集落だ。
あの集落の住人が、もしかすると掃除しているのかもしれないな。
聞いてみるか。
この神社、一般的な神社とは違うつくりだ。
入口から入ってほどなく社務所があるが、その近くの拝殿みたいなのはかなり控えめ。
(これ多分、付置されてるお稲荷さんみたいな摂社なんじゃないかと思う)。
本当の正殿、奥の院みたいなのがないんだ。
山岳信仰か何かで、この山自体、あるいは奥の洞窟がご神体ということなんじゃないかと思う。
ちなみに社務所は閉められていて、誰もいない。
そうなるといたずらとか、しにくる奴がいそうなものだけれど、荒らされた形跡はない。
地図をみればここに神社があるとわかるし、駐車場というか自動車の停められる空き地がちゃんとあるんだけど。
ここらへん自体が相当に辺鄙なところだし、神社へのアプローチは私道っぽい無舗装の細道になってて、わかりにくいからだろう。
まだインターネット掲示板みたいなのは一般的でないし、秘境だとか心霊スポットだとか書かれたらとたんに荒らされてしまいそうだ。
今回は、あの竜神が通れるかどうかの調査だ。
僕はあの龍神が移動することを想定しながら、神社までの道、そして神社内の道をたどる。
持ってきたメモ帳に、大まかに境内の地図を記し。
難しいルートでなく、通りやすいルートについて、道幅を確認し、階段の段数や高さや段幅を記入する。
一応、巻き尺は持ってきてる。何度も通えるところじゃないから、紫藤にも手伝ってもらってきっちり測る。
「ここが、その場所なんだね。」
「ああ、ここだ。」
目的地にたどりつく。
巌に穿たれた、祠というか洞窟。
その洞の入った先。入り口から見えるところに、水が湛えられた池がある。
池の斜め上、入り口の上部付近に開口部があるのか、奇跡的にひとすじの日光が池に差し込んでいて、神秘的な雰囲気を高めている。
池の水は、湧き水みたいだ。溝が切ってあるところを、流れ出て行ってる。
洞窟の入口から池に至るまでで、一番狭いところは、──横4メートルか。
縦は、――脚立がないから正確には測れないが、いちばん狭い入り口部分でも、目測で3メートルちょっとくらいはある。たぶんいける。
帰りに、あのパワハラ娘のところに寄って、竜神のサイズを測らせてもらうか。気は進まないが。
ここまで竜神が来て、「通れませんでした」だと、まずいもんな。
聖域なのかはわからないが、簡易な置き柵がある。
しかし、明らかに中に入って掃除などされてる形跡があるし、小さな社というか神棚らしきものもある。たぶん柵は動物避けだろう。
柵を除けて中に入り、池の端まで進んでみよう。
紫藤が、一筋の日光の照り返しで照らされている、澄んでいるのがわかる水面を覗き込み、なにかに驚いている気配。
観光地ならこの場所のいわれとかが案内版に記してあったりするんだろうけど。
この神社は、その手の親切な案内はあまりなかったりする。
危ないところ、崖道なんかには、「危険」って書いた立札があるんだけどね。
洞窟までの道をひととおり、みたところ。
階段が昇れるかどうか、ということと、鳥居と洞窟の縦横が通れるか、そして洞窟に行く途中の参道の一部の道幅が気になるくらいかな。
僕たちは、それらの懸念事項をまとめ。
ほこらみたいな洞窟で、また手を合わせて参拝し。
帰り道でもう一度難所を確認しながら、神社の入り口に戻って行った。
――――――
竜神の娘の村を訪れる林道。
舗装などもちろんない、幅も2メートルもないくらいだ(ただ、単なる山道にしては広めかも?)。
幅だけからいけば、軽トラが通れなくもないのかな?
アウトドア仕様のジ○ニーくらいなら、いけるのかもしれない。
ただ、この山道は、おおげさにいえば「U」あるいは「V」みたいな感じに、路面が湾曲してて。
さらに、ところどころで木の根っこがぼこんと出てたり、土留め式の段があったりする。
目立った倒木がないのは、たぶん誰かが定期的に整備してるからだろう。
竜神が移動する場合、神社側もさることながら、ここの通行が問題となるかもしれない。
そう思って、僕はこっちの道も、難所をいくつか書き留め始めた。
「志野くん、道わかる?」
「うん。だいたい、だけどね。」
竜神の娘の住む村への正確な道は、実のところわからない。
紫藤といっしょにきたときは、村のはずれというか、たぶん竜神の棲み処のあの岩山を取り巻く盆地のへりのあたりに出てしまったし。
国領を捜しにやってきて、あの竜神の洞窟に追い込まれたときは、竜神の娘に途中で襲撃されて、その後必死で走って逃げまどっただけだったからな。
あ、思い出すとなんだかあの竜神の娘に腹が立ってきた。さんざん、追い詰めては好き勝手言って、嬲りやがって。
まあいいや。
ともかく、村があると思われる方向は、見当がつく。
この道は、おそらく村への幹線道路なのだと思う。それなりに幅も広い。
道は曲がりくねりながら続いている。
雨が降った後のせいで、しっとりとした地面。
ところどころ、うっかりつるっと滑りそうになる。
「それでさ、志野くん。
その、まいらさんって女の人なんだけど。
胸がね、すごいんだ――あっ」
紫藤からホストファミリーの話などを聞き出しながら、歩いていると。
ふと、紫藤が緊張したように、言葉を止めた。
目を上げると、木漏れ日の下に、質素な作業着をまとった、でも玲瓏とした竜神の娘の姿があった。
竜神の娘は、紺の上衣の裾をようやく腰が隠れるくらいに短めに折り返し、帯で挟んだ格好で。
下は、やはりかざりけのない藍色の下衣(僕の地方じゃ「たっつけ」とか言ってたと思う)を身に着けていて、さらに
その竜神の娘の、きりっと整った顔が、どこか責めるような色を浮かべて僕をみつめていて。
僕はなんだか浮気中のところを見られた男のように、どきっとした。
「これはこれは、勇士殿。
――何か御用でしょうか。」
どこか、竜神の娘はつんとした語調で、僕に呼び掛けた。
そして、ちらっと僕の後ろにかくれた紫藤に視線を走らせ。
もの問いたげな色を濃く浮かべて、再度こちらに目を向けた。
ん?
理由はわからないが、竜神の娘は僕(と紫藤?)に不快感というか不審の念を抱いている気がする。
どこか、アウェイ感を感じるんだ。
ともかくここは、僕たちには敵意がないということを示さねば。
名前、何だったっけ。
あ、思い出したけど苗字がわからない。まあ、しかたない。
「あー、こんにちは。咲耶さん。
―――今日も、空がきれいですね。」
こっちを詰問するように見つめる、竜神の娘の猫に似た目(今は日陰で、普通の人間の目とほぼ同じだ)が怖くて。
思わず視線を上に外すと、晴れてきた夏の空。
青い空を白い雲が流れてるのが印象的で、思わずそんなことを言った。
できるだけ刺激しないよう、親しげな柔らかい調子で。
僕は人づきあいがヘタクソだからな。ろくな世間話もできないんだ。
天気の話は、我ながら上々。陳腐だが無難で堅実な
竜神の娘も、実際、そんな僕の常識人の言葉を聞いて、――あれ?
なぜか、そう呼びかけられた、竜神の娘には。
動揺した気配がある。
竜神の娘がまとっていた、つんつんしてた空気が、戸惑うようなものになっている。
すくなくとも、さっきの拗ねたような雰囲気は薄くなっている、のだが、――。
なぜか僕のあいさつと同時に、僕の斜め後ろ。紫藤がいると思われるところから。
謎の冷気と圧力が、高まりゆくのを感じた。
なぜだかわからないが、僕は生命の危機に直面しているようだ。
「今日は、その。
咲耶さんに会いたくて。
それと、もちろん、竜神様にも。出来ればですが。」
竜神の娘の、ますます強まる困惑というか動揺した気配。
斜め後ろからは、ますます強まるプレッシャー。
なぜだ!?
ん?
わかった!わかったぞ!
そういうことか。
理由がわかったので、僕は笑みを浮かべた。
なるほど、一般人はこんなふうに世界を理解できているのか。分かればちょろいな。
僕は正解を確信して、軽やかに言葉を継いだ。
「えーと、こっちの子は、僕の、――恋人です。
ね、みなり。自己紹介して。」
「「!」」
なぜか竜神の娘は、すごく驚いているようだが。
僕は成功を確信して、うながすように軽く紫藤を振り返る。
すると。
「紫藤みなりです!よろしくお願いします!」
なんだか急に、斜め後ろからのプレッシャーがやわらぎ。
紫藤がてててと僕に並ぶ位置に出てきて、お辞儀をして。
はずむようなかわいい声が、ひびいた。
顔も、にこにこだ。
ほら、やっぱりね。
僕が、紫藤をちゃんと紹介せずにいたから怒ってたんだな。
そりゃそうだよ。僕は鈍いからな。気づかなかったよ。
「──ご挨拶、痛み入ります。
咲耶と申します。みなりさん、よしなに。」
しかし、竜神の娘の動揺は解けず。
驚愕が深まったようにすら思えるが、丁寧に言葉を返す。
そして、ちょっと赤い顔。疑問を覚えたような、「いいのか?」みたいな顔で、僕をちらっと見る。
こっちの困惑は、消えていないな。
どうしてだろう。
ふたたび僕は、灰色の脳細胞に活動を促した。
今日は冴えてる。すぐ突き止められるだろう。
あ、わかったぞ。あれだな?
僕に恋人がいるとは思わなかったんだな。
いや、そーかー。
おっちょこちょいの竜神の娘は、僕のことを。
「国領ハルカのフィアンセ」か何かだと、そう思ってたんだよな。たしか。
まったく、中2の少年少女かよ。何もかもを色恋沙汰に結びつけるなんて。
まあいい、僕はだいたい、女の子とは縁がなさそうにみえるみたいだし。
これは、ちゃんと誤解を解かねばなるまい。
本当は国領ハルカじゃなくて、紫藤が僕の彼女だってことを。
だってこの見た目だけはいい、牛刀イカレ暴力女。
勝手に勘違いして、いろいろやらかしそうなんだ。
たとえば、さ。ありそうな最悪シナリオ。
”勇士殿。そなたを、見損ないました。”
”え?”
”勇士殿は、国領ハルカ殿の許婚者でありましょう。”
”いや、そんなことは一言も、──”
”あまりにも。あまりにも放埒。
あの乙女を、捨てるというのですか?”
”捨てるも、何も、──”
”しかも。どうみても今度の乙女子は。
まったくの童女ではないでせうか!
風上にもおけぬ変態性欲者め!
そのカリ首、切り飛ばして腐った性根を正します!”
とか言って。
僕の××の先っちょをすぱんと切り飛ばすとか、さ。
いや、リアル首も切り飛ばされたり。なまねこなまねこ。
確かに、僕は国領ハルカが好きだ。未練を持ってしまってる。
あの桜色に色づいた、白い体を抱いたんだ。ちゃんとしたセ○クスじゃないけど。
まあ、今は仲違いっていうか。微妙に疎遠な関係なんだけど。
責任を取れっていうのなら、喜んで取りたい。いや、腹切り自裁以外で。
でも、僕には紫藤と調布がいて。
僕は紫藤を愛してる。一緒に死んでも構わない。どんなことがあっても最後まで、運命を共にするつもりだ。
そして調布のことも。うん、大好きだ。絶対に放さないって約束させられてしまったし。
――あー、でも。
竜神の娘が怒らないように、どう伝えたらいいんだろうな。
「咲耶さん。
いろいろ疑問があると、思いますが。
後で、ちゃんと説明させてください。」
――でも、まず知りたいことがあります。
あの転移の門と思われるものまでの道を、調べてきたんです。
竜神様が通れるかどうか、とか。
そう真剣な表情を作って言うと。
まだ、戸惑いが消えないものの。
竜神の娘は、怒りを見せることはなく、こくこくと頷いた。
──────
僕たちは、今度は普通の道を通って集落に招じ入れられ、竜神の娘の自宅に案内された。
その途中で、天真爛漫な紫藤に説明する形で、竜神の娘が村の現状を話してくれる。
(竜神の娘は、自己紹介の後は紫藤にも、孫娘に対するようにやさしい口ぶりでいろいろ話をしてくれてる。なんだか僕のファーストコンタクトの時と違う。不公平だ。
あとたぶん、竜神の娘は紫藤の年齢、勘違いしてる。)
この集落。
集落といっても、山道を抜けた先の平地の十字路の周辺にある数軒の家と、共用に使ってる建物とがあるにすぎない。
かなりはずれに散らばった村人の家を含めても、十軒程度。
この十字路から北に行ったはずれに、あの竜神の洞窟や、(僕が追いかけ回された)広大な窪地があり。
その窪地のへりに、竜神の巫女(世話係)の家系だった、竜神の娘の家がポツンと一軒ある。
この集落自体には電気も通じてないのだが、南の外れには1軒だけ、電気と電話がつながってる家があるらしい。
あの最初に紫藤が飯場行きのトラックに乗り込んで、途中で降りて隠れてた橋のたもとの集落側から電線と電話線を引き込んでるとか。そこが、言ってみればこの集落の窓口。
逆にいえば、そっちの橋のたもとの集落(下竜神沢)がもともとの集落であり、こっち(上竜神沢)は、もともとは農作業のとき使うような小屋がある程度で。
部屋住みで一生を終えた年寄りとか、流行り病を疑われた病人とかが、住まわせられてた感じだったらしい。
とはいえ時代がくだり、竜神の娘が物心ついたときは、小さいが独立した集落になっていたらしいが。
今はもうほとんど転出し、住人はわずかしかいないとか。
あの神社のことを聞くと、これも答えてくれた。
もともとは宮司がいたらしいが、今はその地を離れてしまっている。
その宮司の家、かつてはときどき帰ってきて手入れをしていたそうだが、ここ数年は姿を見ないという。
だからこの集落の者が週に1度、自発的に掃除を行っている。でも行き届かないところも多いかもしれない、と。
この竜神の娘は、もともとはそこの神社の宮司の傍系の家だったようだ。
ただ、そのことについては触れられたくないような気配があり、僕と紫藤もこの話題を続けるのを避けた。
竜神の娘の家に、招じ入れられる。
紫藤はあまり態度に表さないが、ものめずらしく思っているようだ。
前回来たときには暗くて詳細はよくわからなかったが、相当に古い。大正から昭和初期あたりか。
ただ、屋根は古びて風化してはいるが瓦で葺いているようだし、手入れもされている。
外の緑を眺められる、縁側に面した部屋に入る。
網戸もつけられていて、風も通っていて、軒先には風鈴が揺れている。
不均一な硝子戸と網戸越しの庭には、朝顔の棚。
完成したと思われる不細工な猪のぬいぐるみが、部屋の隅に転がっている。
「──粗茶ですが。」
「ありがとうございます。」「いただきます。」
とぽとぽと注がれた、ぬるい番茶を飲む。
「お聞きになりたいこととは。」
そのように。
竜神の娘は、前掛けをはずし、下に着ていた山袴みたいなのを脱いで、膝くらいまでの上衣だけになっていて。
きちんと正座して、僕に問いかける。
その上衣の裾から出ている、白い膝を目の端で盗み見ながら。
僕は、転移の門であると思われる神社の洞に竜神を移動させるルートについて、説明する。
今日来た、あの道を使うのか。最短のルートは。
おそらく移動は夜になるが、夜、あの表の舗装された道までは竜神が自力で移動できるか。その先は。
神社までの舗装道路はときどき1車線になるが、通行車両対策は。そもそも夜、往来はどのくらいあるのか。
竜神は、階段を登れるのか。
竜神は、どのくらいの体重があるのか。身長(縦横)は。難所の鳥居とお洞の入口はくぐれるか。
村人たちには竜神を見せないようにする場合、竜神の娘と僕たちだけで難所を乗り越えさせることができるのか。
そんな懸案を、確認する。
いつしか僕も紫藤も、龍神の娘も。
ちゃぶ台に広げた僕のメモ帳から、さらに竜神の娘の供したわら半紙に転記した経路図のうえに身を乗り出し、議論に熱中していた。
放課後に約束して、友達の家で。
お楽しみ会の演し物を計画する、小学生みたいに。